花咲く世界のクロニクルセブン -じじいと孫のCode:VFD- 作:白鷺 葵
ヒーローと桐の時計
「……ええと、これは一体?」
若草色の髪を首付近まで伸ばし、眼鏡をかけた隻腕の学者が、きょとんと首を傾げた。赤い髪を結んだ女性が手にしているブツの意味を、全然理解できていないらしい。
「見れば分かるでしょ? 時計よ時計。アクセサリー用のペアウォッチ。懐中時計タイプ」
「それは知ってるよ。僕が知りたいのは『どうしてキミが、これを僕に贈るのか』ってこと!」
女性が指し示した時計の片割れをしげしげと眺めたあと、学者は困ったようにこちらを見返す。「腕時計タイプならまだしも」とぼやく学者は、浪漫のろの字も分かっちゃいない。
この学者が恋愛に疎いことは知っていた。モノづくりの腕は天才でも、恋愛という観点から“モノがどのような意味を持って使われる/贈られるのか”なんて分野外だろう。
察しろ、と言っても土台無理な話。「ああもう、これだから」と呟いて、女性はこれ見よがしにため息をついた。学者はますます眉間の皺を深くする。
人の心の動きについては人一倍察知するくせに、恋愛となると、どうして突発的な鈍感を発症するのか。
ライトノベル主人公も突発性難聴を併発するが、それと同等であった。そういうキャラじゃないくせに。
「その頭脳は飾り物なの? もう、総長のくせに不甲斐ない!」
「すっごく不当!!」
苛立ちをそのまま口に出せば、即座に突っ込みが飛んでくる。2020年の都庁奪還時に披露した漫才で、突っ込み役をやったときみたいにびしりと決めてきた。
何か言い返そうとする学者を無視し、女性は手早く懐中時計を男の首にかけた。金色のチェーンが室内等に照らされ反射する。蓋には桐の葉と花が刻まれていた。
桐の花は、この男の誕生花だ。ついでに、彼の名前にも『桐』の字が入っている。母の実家に勤めている職人に頼んで作ってもらった特注品だ。
因みに、対になる女性の時計には、女性の誕生花であるチューベローズが刻まれていた。花言葉は“危険な快楽”である。閑話休題。
「時計を贈った意味を学者に気づいてもらいたい」と言うのが女性の願いだ。口に出すより、そっちの方がサプライズになるだろう。
正直なところ、「学者を赤面させて、照れさせてやりたい」というのが本音だ。その欲望を叶えるためにも、学者には自力で答えにたどり着いてもらわねば。
「総長、連想ゲームをしよう。時計といったら?」
「えっ? ……じ、時間?」
「そうだね、大正解。物を贈ると言うのは、送り手が何らかの意図をもって物を選んでいるんだよ。機能性だったり、メッセージ性だったり」
女性はそう言って、補足する。
「今回の贈り物は、強いメッセージ性を持って選びました。連想ゲームで言った、『時計:時間』というのもその1つ」
「メッセージ……」
「“私が貴方に時計を贈る”行為を、さっきの連想ゲーム風に言い換えると?」
「……“キミが僕に、時間を贈る”?」
「その通り! そこに文学的情緒を加えるとどうなるかな?」
女性はニヤニヤ微笑みながら、学者の答えを待った。学者は唸りながら、その言葉に拙く浪漫を付加していく。
「“キミの時間を、僕に”――」――そこまで言って、学者は慌てた様子で女性の方へを向き直った。
女性の思った通り、彼の顔には朱が散っている。半ば狼狽した様子で、学者は女性に声をかけた。
「……ねえ。僕の記憶が正しければ、キミ、以前言ってたよね。『チェーンのついたモノは、“その人物に対しての独占欲と、その人物を束縛したいという欲求”の現れなんだ』って」
「おお、覚えてたんだ。意外だわー」
「記憶力にはこれでも自信はあるんだよ。……って、そうじゃない! キミが僕に贈った懐中時計は、チェーンがついてて、首にするタイプのものだ。つまり、つまり、これは――」
学者は顔を真っ赤にして押し黙った。杖をついていなければ、口元を覆っていたであろう。
可哀想なことに、彼は何とも情けない面を晒していた。それがまた、女性の欲望をそそるのだけれど。
あのね、と、学者は酷く震えた声で呟く。
「キミ。そういうのは、男の甲斐性ってのがあるんだよ」
「貴方に甲斐性なんてあるの?」
「あったの! キミに先を越されたけど!!」
「今は無いの?」
「あるよ! ――もう、ついて来て!」
顔を真っ赤にした学者は怒鳴るようにして吐き捨てると、おぼつかない足取りで歩きだす。女性は彼の隣に並んだ。追い越すことは可能だが、そんな真似をする程堕ちちゃいない。
移動中の間、学者はぶつぶつと不平不満を零している。「もっと相応しい形で言いたかった」と主張する学者だが、機会がなければ永遠に言わなかったであろうことは明らかだ。
程なくして学者の私室にたどり着く。扉を開けて室内に入れば、彼は半ば倒れるようにして自分の椅子へと座った。机の引き出しを開けて、小さな箱を取り出す。
学者の顔は真っ赤だ。口元は弧を描いていたが、緩んでいるのか戦慄いているのかの判別がつかない。
緊張しすぎて自分がどんな顔をしているのか分かっていないのだろう。彼らしいと言ったら彼らしかった。
「……本当に、こんなのがきっかけなのは、あれなんだけどさ――」
学者はそう言って、箱を差し出す。女性は箱を開けてみた。
箱の中からお目見えしたのは、装飾も何もないシンプルなプラチナリング。
どんなものを選べばいいのか分からなくて、ここに着地した感じが漂っている。そんな彼が好きだ。
「受け取って、くれるかな」
――世界で一番無様な/一番愛おしいプロポーズを、女性は一生忘れない。
***
『ねえ、その時計、どうしたの?』
「誰かが落としていったみたいなのよ」
「落とし主が分からないのよね」と言いながら、ジュリエッタはその時計を弄ぶ。蓋に桐の葉と花が刻まれた懐中時計だ。チェーンが千切れてしまったらしい。
ジュリエッタはその時計をまじまじと観察する。細部まで作りこまれたデザインに、彼は感嘆の息を吐いた。作り手の腕前に感服しているようだ。
「でも、誰かが身に着けているのを見たことがある……そんな気がするのよねぇ」
『……ジュリエッタ』
「何?」
『その時計貸して。落とし主に心当たりがあるんだ』
ヒイナの申し出に、ジュリエッタは目を丸くした。
■■■
「オレの右手が炎を上げる! ――ブラスターレイブン、参上!」
ノーデンスの入り口から、高らかな名乗りが響いてきた。それにつられるような形で、イノリはエントランスから外の様子を伺う。広場の一部に人だかりができていた。
「ああ、そういえば。ヒーローショーは今日だったわね。あのヒーローがノーデンス内をうろうろしてたワケだわ」
「んふふー☆ チビッコたちに大盛況だね」
丁度そこへ通りかかったのはジュリエッタとアリーだ。前者は大量の書類を抱え、後者は封筒と鞄を抱えている。2人の様子からして、仕事が忙しいのだろう。
特に後者は、これからどこかへ出向しなければならないらしい。詳しい内容は分からないが、アリー曰く「とても大事なおシゴトなんだよー」だとか。
天真爛漫で天衣無縫なアリーが社長らしい姿を見せたのは、これが初めてのことではないだろうか。目を瞬かせるイノリに対し、アリーは楽しそうに微笑んだ。
「ブンイチをスカウトしたとき、『ブラスターレイブンのヒーローショーの場所提供』と、『ブラスターレイブンの出入り許可』を条件として出されたんだ」
「その要求を二つ返事で了承しちゃったアンタも大概よ? アリー……」
裏話を暴露したアリーに対し、ジュリエッタはげんなりとした様子でため息をつく。彼の様子からして、アリーの決定による余波を受けたことは明らかだ。
ノーデンスはドラゴンクロニクルの解析に力を注いでおり、その継続を最優先に動いている。ISDFとの交渉でも、『ドラゴンクロニクル解析を進められる環境を保証してほしい』と訴えていた。セブンスエンカウントによる戦力確保もその一環である。
何の見返りもなく頷いてくれれば最高であるが、世の中そんなに甘くない。S級能力者たちが条件を突きつけてきた場合、「目的成就のために必要な経費」として支払うのであろう。ブンイチはそれを要求し、アリーは二つ返事で答えた。
実はイノリたちも、Code:VFDに協力する代わりに、いくつか条件を付けている。主な条件は『長期休みが終わった後は、学業を優先する』、『作戦遂行が優先される状態下になった場合、学校側への手配を行う』だ。
勿論、アリーとジュリエッタは二つ返事で頷いてくれた。特にジュリエッタは「学生だもの。学業が優先なのは当たり前よね」と苦笑していた。中でも、進路が決まっているイノリに対する配慮は大変だったと零していたか。
それでも条件をきっちり守ってくれるあたり、イノリたちを重要な戦力だと認め、期待してくれているようだ。それに応えたいと思うのは人の性であろう。イノリはひっそりそんなことを考えた。閑話休題。
「徹夜明けで死にそうになってるときに、ヒーロースーツに身を包んだ男が『やあキッズ! ヒーローショーの許可を貰いに来たよ!!』なんて言いながら、執務室に入ってきたときのアタシの心境なんて誰も分からないでしょうね」
「うわあ。それ、申し込む側にとって、すっごく気まずいんじゃあ……」
「……あのヒーローも居たたまれない気分になったのかも。アタシのメディカルチェックをして、生活改善のアドバイスや体調改善に役立つ料理のレシピを教えてくたわ。栄養剤までくれたのよ」
「“中の人”は博学なのねぇ。アクターの前は何してたのかしら」と、ジュリエッタはしみじみと呟いた。そうして、時計を見て目を見張る。
ジュリエッタは慌ただしく奥へ走り出した。アリーも現在時刻を把握すると、鞄と封筒を抱えて颯爽と出かけて行く。その背中をイノリは見送った。
「2人とも多忙だなあ……」
「当たり前だろ。Code:VFDが円滑に進むよう、方々へ駆けまわってんだから」
イノリの零した言葉に答えたのはナガミミである。“愛くるしい主任”オーラを崩さぬまま、マスコットはひっそりと耳打ちした。
「それから、喜べよ。13班に新しい戦力が投入されることが正式に決まった」
「ってことは、シキちゃんが合格したってこと?」
「ああ。それだけじゃねえ。リハビリがてらセブンスエンカウントをプレイさせたオマエの爺さん、セーフティモードで
「『大丈夫、タケハヤよりはマシ』を連呼してたな」と、ナガミミは深々と息を吐く。ミカゲの尺度が人類戦士基準なのは今始まったことではない。生前からである。
そのことを素直に教えれば、マスコットは遠い目をした。生前からタケハヤを斃し、彼が正しく死ぬための守り人として刃を交えてきたのだから、当然と言えよう。
ミカゲにとってのタケハヤは、「良くも悪くも印象的な相手」らしい。イノリはミカゲの話を聞いただけだが、語り口や表情からして、特別な思い入れがあることは明白だった。
祖父が親友に向ける感情は、尊敬であり、畏怖であり、憎しみであり、苛立ちであり、憤怒であり、親愛である。
清濁併せ持ったミカゲの眼差しに、明確な色を見出すことは不可能であった。
イノリがそんなことを考えていたとき、エレベーターの扉が開く。慌ただしく飛び出してきたのは、つい先程「セブンスエンカウントに挑戦する」と言って出陣していった那雲シキであった。彼女はサイン色紙を抱えている。
「シキちゃん、どうしたの?」
「頼まれごと。ブラスターレイブンっていうヒーローのサインが欲しいんだって」
シキはそう言って、サイン色紙を指し示した。
研究室に缶詰になっている研究者がいて、彼は息子から「ブラスターレイブンのサインが欲しい」と頼まれたという。
しかし、その研究者は多忙すぎて、サインを貰いに行く暇がないそうだ。彼に代わり、シキがサインを貰ってくることになったらしい。
「丁度いいわ。ヒーローショーもやってるみたいだし。終わったら、サインを頼みましょう」
人だかりの向こうにブラスターレイブンの姿を見つけ、シキは色紙片手に飛び出した。観客の盛り上がり様からして、ショーは終盤のようだ。
青いヒーロースーツを身に纏ったアクターと、イノリたちにとって見覚えのある少年が、派手な殺陣を披露していた。イノリとナガミミは間の抜けた声を漏らす。
ブラスターレイブンと肩を並べて戦っているのは、イノリたちよりも早い段階でノーデンスにスカウトされていたパートタイマー社員――眞瀬ブンイチだ。
イノリとナガミミが呆気に取られている間に、ヒーローショーは終わったようだ。レイブンとブンイチがぺこりと頭を下げる。子どもたちは「楽しかった」と笑いながら、広場から去って行った。
ヒーローアクターから離れていく波にをかき分け、シキが2人の元へと向かう。
イノリとナガミミも、慌ててシキの背中を追いかけた。
「ブンイチくん!」
「ブンイチ!」
イノリとナガミミが名前を呼べば、ブンイチはこっちに振り返った。しかし、彼はイノリなど眼中にない。ブンイチの視線は、ナガミミにのみ注がれている。
「オマエの本業、ヒーローショーのアクターだったのかよ!?」
「そうだよ。ブラスターレイブンの相棒、ブラスターキッズ・眞瀬ブンイチは俺のことさ!」
ナガミミの問いに、ブンイチは満面の笑みを浮かべて頷いた。親指の先を自分に向けて胸を張る様子からして、彼は自分の本業に誇りを持っている様子だった。
ノリノリで前口上を述べるブンイチに、ナガミミは呆れたようにため息をつく。漫才宜しく戯れ始めた2人を横目に、ブラスターレイブンがイノリたちの方を向いた。
「おや。その色紙……もしかして、このレイブンのサインをご所望かい?」
「ええ。貴方のサインを欲しがっている男の子のお父さんから頼まれたの。お願いできる?」
「ラジャー! キッズ、少々待ちたまえっ!」
シキの問いに対し、レイブンは二つ返事で頷いた。意気揚々とサインペンを探していたレイブンだが、見る見るうちに顔色が悪くなる。
「あれ。な、ない……ペンが、“僕”のサインペンが……!」
(……“僕”? もしかして、“中の人”の地ってこっちなのかな?)
自信満々だった笑顔があっという間に崩れ、頼りないオーラが漂い始めた。そこには、ヒーローショーの主役としての貫禄は一切ない。
あまりの狼狽っぷりに、イノリとシキは唖然とレイブンを見返す。有明のヒーローは、ロボットダンス宜しく挙動不審になっていた。
サインを書くための道具を失い、軽くパニックになっている。相棒の様子を見ていられなくなったのか、ブンイチはナガミミとの漫才を止めた。
彼は腰のポシェットから小さな筆記用具入れを取り出し、その中からペンを差し出す。目が覚めるような若葉色は、ブンイチの髪の色を連想させた。
「はい、レイブン。サ――ブラスターペン」
「貸してくれるのか!?」
「当たり前でしょ? 俺の役目はレイブンのサポートだもん」
「予備はきちんと準備しておけって言ってるじゃん」と、ブンイチは眉間に皺を寄せた。用意周到な相棒に、レイブンは口元を緩ませる。
マスクに覆われているため表情はよく分からないが、レイブンは苦笑しているのであろう。レイブンはブンイチに礼を言い、さらさらとサインを書いた。
子どもに人気の正義の味方は、サインの仕方も慣れたものらしい。インクが尽きるまで書くと宣言したレイブンであったが、ブンイチにジト目で睨まれて閉口した。
「ありがとう! これで、コータくんも喜ぶわ」
ブラスターレイブンのサインを抱えたシキは拳を握り締め、小さくガッツポーズを取った。これで依頼は完了である。あとは、依頼者の元へサインを持っていくだけだ。
そんなシキの姿を眺めていたナガミミは、ヤレヤレと言わんばかりに肩をすくめた。「次の奴は超弩級のお人よしかよ」と小さく毒づく。
でも、その響きが優しいように思えたのは気のせいではないのだろう。マスコットは後ろを振り返る。そこには、レイブンの女房役として振る舞うブンイチの姿があった。
「レイブン、さっき困ってた女の子にサ――ブラスターペンを貸してたでしょ。後で俺が回収しておくから」
「ありがとう、キッズ。キミは本当に優秀だな」
「当然。俺はブラスターレイブンの相棒だからね」
あくまでも役柄を崩すことなく、ブンイチは不敵に笑った。
しかし、ブンイチはふとレイブンの胸元に視線を向ける。彼は違和感を察知していたかのように目を瞬かせた。
女房役の様子が変わったことに気づいたレイブンが首を傾げた。ブンイチは眉間に皺を寄せながら、相棒に問う。
「……そういえばレイブン。時計は? 眞瀬時計店の特注ペアアクセサリウォッチ、懐中時計タイプ、男性用」
「い、いきなり何を言い出すんだ、ブラスターキッズ。とけ――ブラスターウォッチなら、ここに――…………え? 嘘?」
役柄をぶち壊しにされかねないこと――身に着けている貴重品の正式名を言われ、レイブンは一瞬口元を引きつらせた。当たり前のことを確認するように、彼は自分の胸元を見る。次の瞬間、レイブンの纏う空気が変わった。
彼の胸元には、時計らしきものは何もついていない。ブラスターレイブンのロゴマークがあるだけだ。時計がないという事実を理解した途端、レイブンは『ブラスターレイブン』の役柄を放棄してしまったようだ。派手に取り乱す。
「ど、どどど、どうしよう! あの時計は、“彼女”が“僕”にくれた、大事な贈り物だったのにっ!!」
大事な贈り物、というのがどのような意味を持つかは分からない。分からないが、レイブンの“中の人”にとって、強い思い入れがある品なのだろう。
眞瀬時計店と言えば、古くから続く老舗の中小企業だ。現在は時計だけでなく、アクセサリーや眼鏡、補聴器等の品物も扱っている、東雲財閥の関連企業の1つだ。
旧ムラクモ13班に所属した東雲ヒイナの母親は眞瀬時計店経営者の娘である。それが縁になったようで、リヒトの眼鏡も眞瀬時計店の高級品を使っているそうだ。
大パニックになるレイブンの姿を見ていられなくなったイノリとシキは顔を見合わせて頷き合う。
「大丈夫! 13班に任せて!」
「じゅ、13班だって!?」
シキの言葉を聞いたレイブンが目を剥いた。先程からずっと取り乱しっぱなしである。しかし、今はこの話をしている場合ではない。
どこで落としたのかを訊ねる。レイブンは自分の記憶を辿るようにして、自分の顎に手を当てて唸った。そうして、ポンと手を叩く。
ヒーローショーが始まる前に、ノーデンスの技術主任とぶつかったらしい。ヒーローショーが始まる前までは首にあったのだから、もしかしたら――。
「分かった。探してみる!」
「俺も探してみる。あのとけ――ブラスターウォッチは、とても大事なものだから!」
「あ、ブンイチくん!?」
ブンイチはそう言うなり、ノーデンス社へと駆け出した。鬼気迫る横顔を目の当たりにして、ナガミミは呆けたようにブンイチの背中を見つめていた。
イノリも慌てて先輩の後を追いかける。後ろからシキがついてくる気配を感じながら、イノリもブンイチの背中を追いかけたのだった。
***
ジュリエッタは技術主任室にいた。彼の机の上には関係資料が山積みになっている。
「ねえ、ジュリエッタ。懐中時計を見かけなかった?」
「懐中時計?」
イノリの問いに、ジュリエッタは目を瞬かせた。最初は合点がいかなくて首を傾けていたが、すぐにポンと手を叩く。
「それなら、ヒイナが『持ち主に心当たりがあるから預けてほしい』って言ってたけど」
「ヒイナ? ヒイナって……」
ブンイチが首を傾げた。そういえば、彼は“旧ムラクモ13班が復活した”ことを知らない。そのとき、ブンイチは席を外していたためだ。
知っていて当然という態度で話していたジュリエッタも、あの場にブンイチが居なかったことを思い出したのだろう。
「ああ、あの場にいなかったアンタは知らないでしょうけど、色々あって、旧ムラクモ班が現代に復活したのよ。今、アタシたちノーデンスが身柄を預かってるわ」
「!!!」
ジュリエッタの言葉を聞いたブンイチが大きく目を見開く。口元が戦慄いたように見えたのは気のせいだろうか。
ブンイチが取り乱したのは一瞬のことで、次の瞬間には普通の表情に戻っていた。何かを思案しているのか、顎に手を当てる。
ナガミミと漫才をしているときの彼からは、想像できない程真剣な面持ちだ。正直、彼もそんな表情を浮かべるのかと思ってしまう。
ジュリエッタもイノリと同じ気持ちだったようで、目を丸くしている。
「それで、……ヒイナさんはどこに?」
「『ソウセイとリョウスケを捕まえに行く』って言ってた。ソウセイの方は、ついさっきまで、会議フロアの依頼カウンターでチカと話してたのを見かけたけど……」
「ソウセイくんにチェーンを修理して貰うつもりだったのかな。……となると、13班専用のレストフロアにいるのかも」
「それだ! ありがとう技術主任!」
イノリの言葉を聞いたブンイチは、我先にと会議室を飛び出す。イノリとシキも彼の背中に続いた。エレベーターに乗り込み、4階のボタンを押す。程なくして、エレベーターは目的地へ到着した。
丁度そのタイミングで、部屋から誰かが出てくる。探し人――風間ソウセイと■■リョウスケだ。2人は一仕事終えたように満足げな表情を浮かべていた。ソウセイの手には、新品同然の輝きを持った懐中時計が握りしめられている。
どうやら、チェーンの修理だけでなく、時計本体のメンテナンス(内外共々)もしたらしい。流石は職人である。イノリがそんなことを考えていたら、ブンイチがリョウスケの姿を見て固まっていた。「あ」と、間抜けな声が響く。
次の瞬間、リョウスケとブンイチの目が合った。
『あれ? キミ、フミ――』
「人違いです」
『そんなことないよ! キミ、フミ――』
「人違いです」
『え、でもフミ――』
「俺は、“眞瀬ブンイチ”です。それ以外の誰でもありません」
誰かの名前を口走りかけるリョウスケを遮るように、ブンイチは己の名を口にした。紫苑の瞳に悲壮感が滲んでいたように見えたのは何故だろう。
ブンイチの表情――痛々しいまでもの決意に気圧されたのか、リョウスケはそれ以上誰かの名前を口にすることはなかった。
何とも言えぬ空気を打破するように、イノリはこれまでのことをソウセイたちに説明した。リョウスケは時計の落とし主に心当たりがあるのか、遠い目をする。
「千切れたチェーンはきちんと直しておいたぞ。時計のメンテナンスもしたし、傷や汚れも綺麗にしておいた」
『それじゃあ、持ち主に宜しく言っておいて。“元々は裏方勤務なんだから、無茶したら承知しない”って。……“開発部所属の■■”って言えば伝わるはずだから』
「分かった。ブラスターレイブンに伝えておく」
イノリの言葉を聞いたリョウスケが、そっと視線を逸らして口元を抑えた。その眼差しは、遠い昔を思い出しているかのように優しかった。
ソウセイから時計を受け取ったブンイチは、即座に走り出す。イノリとシキも彼の背に続いた。エレベーターに乗り込み、エントランスを出る。
広場に戻れば、ブラスターレイブンの背中が目に入る。どうやら誰かと話をしていたようだ。いの一番に駆け出したブンイチが歩みを止める。彼の視線の先には、桐野ヒイナ。
紫苑の瞳はこれ以上ないくらい見開かれた。少年の口が小さく動く。ヒイナもブンイチに気づいたようで、静かに目を細めた。ブンイチは何か言いたそうに表情を歪ませる。けれど、彼は何も言わないことを選択したようで、口を真一文字に結んだ。
ヒイナは優しい眼差しでブンイチを見つめていた。何も言わないけれど、ヒイナとブンイチは通じ合っている。暫しの沈黙の後、ヒイナは小さく頷いた。ブンイチも頷き返す。その瞳には迷いはない。レイブンも、どこか悲しそうな笑みを浮かべていた。
3人の間に漂う沈黙に、どうしたらいいのか分からなくなる。イノリとシキは途方に暮れたような気分で顔を見合わせた。幾何かの後、ヒイナは実体を解いて姿を消す。それを確認したレイブンが振り返った。ブンイチが駆け寄り、懐中時計を差し出す。
「13班の仲間が拾って、修理してくれたんだよ」
「そうか。ありがとう、キッズ」
時計を受け取ったレイブンは、イノリたちの方を向いて頭を下げた。彼は微笑み、愛おし気に懐中時計を撫でる。
「これはとても大切なものでね。……この時計をくれた人は、“僕”――オレにとって、世界一大切な
「それじゃあ、この時計はその
シキの問いに、レイブンは静かに頷いた。
彼は時計を首にかけた後、重ね重ね頭を下げる。
レイブンとブンイチの様子からして、今日はこの後も仕事があるらしい。
「西にドラゴンあらば行って討伐し、東に困った人あらば駆けつけて救出する!」
「銀河を股にかけるスーパーヒーロー、それが地球戦隊ブラスターレイブンだッ!!」
音頭を取って、助手とヒーローはポーズを決めた。満足げな様子からして、うまく決まったのだろう。
去ろうとする2人の背中をイノリは引き留めた。リョウスケからの伝言を、レイブンにきちんと伝えなくては。
「レイブンさん!」
「なんだい、キッズ?」
「“開発部所属の■■”さんから伝言です。『“元々は裏方勤務なんだから、無茶したら承知しない”』って」
「――!!!」
イノリからの伝言を耳にして、レイブンははっと息を飲む。その面持ちは、失ったものが自分の目の前に戻ってきたかのようだ。
しかし、それもすぐに消え去る。何かを察したのか、レイブンは力強く微笑んで頷いた。そのまま、ヒーローとその助手は駆け出していく。
彼らの背中が見えなくなった後で、深々とため息をつく音が聞こえてきた。見れば、ナガミミが不満そうに部下が去って行った先を見つめている。ウサギのマスコットらしからぬ哀愁が漂っているように見えたのは気のせいだろうか。
「どうしたの、ナガミミ?」
「……ブンイチの奴、『ISDFとの顔合わせには顔を出すが、本業が大変だから合流はお預け』だとよ。ったく……」
「休暇申請の手続き」と呟くナガミミは、くるりと踵を返した。マスコットの横顔はどこか暗い。
おそらく、その話を聞いたジュリエッタが“オネエを捨てて怒鳴り散らす”様を想像しているのだろう。
いや、自分に降りかかる業務の山を思い浮かべているのかもしれない。真実は本人のみぞ知る、だ。
「これで一件落着ってことかな?」
「それじゃあ、私はジョーさんにサインを届けてくるわ!」
シキはサイン色紙を抱え、ぱたぱたと駆け出していく。彼女の背中を見送ったイノリは、大きく背伸びしベンチに腰かける。
空は雲一つない快晴。遠くの方には、翼竜と思しき影がちらついている。翼竜の群れは有明の空を悠々と横切って行った。
東京周辺はISDFが見回りを行っている。あの竜はどこへ向かうのだろうか。いずれにしても、
(……ユウマさんたちも、出動してるのかなあ)
イノリの脳裏に浮かんだのは、特殊部隊に所属している如月ユウマの姿だった。ISDF対竜部隊のエースである彼は、竜関係の任務で引っ張りだこだろう。
帝竜を一撃で屠る力を有しているのだ。ドラゴンとの戦いに、彼の存在は欠かせない。ノーデンスとISDFの駆け引きは難攻しているようだ。交渉の結果次第で、ユウマやヨリトモたちと一緒に戦うことになりそうである。
ジュリエッタたちは「ISDFに監視される」ことを危惧しているが、イノリは彼らとの共闘を『悪いものである』とは思えなかった。
人類同士で化かし合いを始めれば、即座に祖父のトラウマスイッチが入って、愚痴を延々と聞かされることになる。2021年の反ムラクモ派議員がどれ程陰湿だったかを基準にすれば、今回はまだマシの部類だろうか?
そんなことを考えていたとき、セブンスエンカウントからミカゲが出てきた。ノーデンスの敷地内に居る人々からの視線が突き刺さる。彼らはこぞってひそひそ話を始めた。
祖父は居心地悪そうに肩をすくめた後、イノリの元へと近づいてくる。イノリは手を振って合図し、ベンチの右側に移動した。ミカゲは左側に腰かける。
「おじいちゃん、お疲れさま」
「おう」
イノリは満面の笑みを浮かべて、祖父にねぎらいの言葉を駆けたのだった。
■■■
80年前は異界だった東京にも、建設中のビルが増えたように思う。漸く、世界は真竜襲来以前の生活レベルに立ち返ろうとしていた。
セブンスエンカウントの閉館時間は過ぎている。昼間はごった返した人影もまばらで、その多くが近隣住民かノーデンスの社員だ。
だが、その中で、“自分”は“彼”を見つけた。80年前の竜戦役が現実として横たわっていた頃、人類の希望として戦い抜いたヒーローの姿を。
「――ブラスター“アヤフミ”」
“彼”もまた、“自分”を見つけて微笑んだ。迷うことなくこちらへ歩み寄ってくる。
『ブラスター“アヤフミ”』という言葉に込められた意味を、“自分”はしっかり理解している。
『僕のことは好きに呼んでくれて構わないよ。“キリノ”でも、“アヤフミ”でも、“レイブン”でも! キミが呼びやすい愛称で呼んでくれ』
『じゃあ、“レイブン”で』
好きに呼んでいいと言ったのは“自分”だった。呼び名の候補にそれを挙げたのも“自分”だった。
ただ、状況問わずそんな風に呼ばれることになるとは、思ってもみなかっただけで。
当時の幼い少年が、永遠の青年になって90代で亡くなるまで、愛称と苗字呼びしかしないだなんて、予想していなかった。
『
総長、と呼ばれることが多くなった後も。
“彼”は、“自分”の名前を呼んではくれなかった。もう1つの読み方で、“自分”を呼び続けていた。
竜戦役から長い時間が経過したけれど、結局、“彼”は一度も本名を呼んでくれなかった。
『
親愛なる総長さま、と、柔らかな笑みを浮かべてその名を紡ぐ青年。“彼”は、『裏方で頑張っている人こそヒーローだ』と言っていたけど、“自分”はそうとは思わない。
“彼”はいつも、誰かを守るために矢面に立っていた。仲間たちと共に、大事な人を守るために戦っていた。人々の希望となるために、東京の大地を駆け抜けた。
“自分”はただ、彼らの背に隠れて怯えていただけだった。彼らの道を切り開くための道具を作り、手渡すのだけで手一杯だった。
彼らはそれでいいと言ってくれたけれど、納得なんてしていない。紆余曲折あって戦う力を得たときは、怒られた後、盛大に張り倒された。
それでも仲間たちに頼み込んで戦闘訓練につき合ってもらったか。最終評は『元が元だからあまり期待/過信してはいけない。ヒットアンドアウェイを忘れるな』である。……多分、褒められてはいない。
『裏方業務を得意とするオレへの悪口ですか? 殴り合いだけが戦場じゃないのに』とぶうたれた“開発部所属の■■”が、眉間に皺を寄せていたことは印象的であった。勿論、彼を否定するつもりはない。
「“アヤフミ”」
長々とした思考を一刀両断するかのごとく、柔らかな声が響いた。
一番最初に耳にした、無機質でがらんどうだった少年の声の面影はなく。
ときには気だるげな、ときには鋭い刃のように、ときには誰かを想う優しい響きをもって言葉を紡いだ。
この声の主を、“自分”は鮮烈に覚えている。決して忘れられるはずがない、正義のヒーロー。
ISDFに渦巻く闇に挑み、その闇によって飲み込まれ、亡き者にされたはずの友人が。
死体すらまともに残らなかったと言われた男が、今、五体満足で“自分”の目の前にいる。
「……相変わらず、“僕”の名前も、“オレ”の名前も、きちんと呼んでくれないんだね」
「あ、分かった?」
「分かるよ。何年一緒に戦ってきたと思ってるんだい?」
「今じゃあブランクの方が長いがな。抜き打ち訓練でもしてみるか?」
「遠慮しとくよ。再起不能にされたら困るからね」
ひとしきり軽口を叩き合い、互いの顔を見つめ合う。懐かしさに口元が緩んだ。
“彼”は何も変わらない。あの頃からずっと、正義の味方のままだった。
「何がどうしてこうなったかは訊かない。でも、1つだけ、言わせてくれ」
嘗ての“親愛なる総長”から、永遠となった“親愛なる正義の味方”へ。
「――おかえり、ミカゲ」
正義のヒーロー・ブラスターレイブン――嘗てのムラクモ最終総長・
キリノといえばメディカルチェック。例え本業が正義の味方になろうとも、体が義体になろうとも、彼ならばっちり診てくれるでしょう。