花咲く世界のクロニクルセブン -じじいと孫のCode:VFD- 作:白鷺 葵
・動物への虐待表現があります。ご注意ください。
・キャラクターに対する暴言があります。ご注意ください。
・上記の要素はあくまでもフィクションです。
・書き手にはアンチ、ヘイトの意図はありませんが、そういう表現に見える可能性があります。
―――
ⅢのChapter2、開幕。
始まる前から踊り狂う
――その日は、どしゃ降りの雨が降っていた。
梅雨前線の真っただ中、東京の天気は連日のように雨が降っている。
今日は一段と酷かった。――まるで、空が哭いているみたいで。
「やめろっ……! やめろよ! ミーコに何するんだよ……ッ!!」
傘をさして河原を歩いていたミカゲが足を止めたのは、誰かの声が聞こえたからだ。視界の端に目を惹くものがあったからだ。
子どもたちがぐるりと何かを取り囲んでいる。何かを叩く音が断続的に響く中、紛れるようにして呻き声がした。
聞き耳を立てる。呻いているのは少年だ。少年の声に混じって、猫のか細い鳴き声が聞こえたような気がする。
「ミーコを……ミーコをいじめるなあっ……!!」
「いじめる? トウゴくんは人聞きが悪いですねぇ」
「俺たち、トウゴくんのオトモダチと遊んでるだけだよー?」
悲痛な少年の叫びを、複数の声が嘲笑う。鈍い音と少年の呻き声。少年はコンクリートに尻餅をつきながらも、何かに向かって必死に手を差し伸べた。だが、同世代の子どもたちに羽交い絞めにされる。少年の手は無情にも空を切った。
子どもたちの輪は少年から猫に中心を移す。子どもたちは楽しそうに笑いながら、猫に手を伸ばした。悲痛な――けれども弱々しい猫の鳴き声が響いた。金切り声をあげる少年とは対照的に、猫の声はどんどん弱々しくなっていく。
そうして、ついに猫の鳴き声が途切れた。反応がなくなった猫を、子どもたちは面白半分で弄る。それを目の当たりにした少年は目を見開いた。「ミーコ!」と叫んだ彼の手は空を切る。
「おい、クソガキども。そこで何やってるんだ!?」
「うわあ! 逃げろ!!」
ミカゲの姿を視認した子どもたちは、蜘蛛の子を散らすようにして逃げていく。
残されたのは、体中にあざを作った少年と、ぼろぼろの三毛猫だ。
少年はミカゲなど気にも留めず、猫の元へと駆け寄る。
「ミーコ、ミーコ!」
少年は猫の名前を呼びながら、必死に猫を揺さぶる。猫はぐったりしたまま、ピクリとも動かない。少年の顔がどんどん青ざめていく。この現実を信じたくないと叫ぶかのように。
ミカゲの目から見ても、猫はもう手遅れであった。竜戦役の最中、家族や恋人、友人を失った避難民の背中が、少年のそれと重なる。
暫くして、少年は猫の死を理解してしまったのだろう。彼はボロボロ涙をこぼしながら、猫の亡骸を抱き上げた。大切なものを抱え上げるかのように。
少年は無言のまま、猫の亡骸を抱えたきり動かない。雨の音に紛れて、少年の声なき悲鳴が響き渡る。その姿が、いつかの自分と重なった。
竜戦役を駆け抜ける中で、ミカゲは見知った人々の死を何度も目の当たりにしてきた。自分たちを「希望だ」と言って、死地に赴くその背中を。
泣く資格なんてない。死を悼む暇もない。泣きたければ、死を悼みたければ、何としてでも自分たちが勝たなければならなかった。生き残らなければならなかった。
「……風邪ひくぞ、少年」
ミカゲは少年の元へ歩み寄り、傘を差し出した。
少年は猫を抱えたまま微動だにしない。
「傷の手当もしなきゃならん。キミが病気になったり、怪我したままだと、その子を弔ってやれる奴が居なくなるだろ」
「!」
「
ミカゲの言葉を聞いた少年は顔を上げた。瞳一杯に涙を溜めた彼は、驚いたように目を瞬かせる。
幾何かの沈黙の後、少年はおずおずとミカゲの方に歩み寄ってきた。ミカゲの言葉を信じてくれたらしい。
2人は無言で歩き出す。雨脚は激しさを増してきた。まるで、少年の嘆きを現すかのように。
「――強くなりたい」
ミカゲの家へ向かう道すがら、少年はぽつりと呟いた。
「もう、こんな思いをする命がなくていいように。俺自身も、こんな思いをしなくていいように」
俯き加減だった顔が上がる。その横顔は、嘗ての13班員――シラユキを守るために奮戦していたヨツミを連想させた。黒の瞳には、揺らがぬ意志が宿っている。
脳裏に浮かんだのは、2020年の池袋。自衛隊とアオイを守ろうとして命を散らした、頼れる兄貴分/上官だ。ミカゲの手は、自然と胸元のリボンを握り締めていた。
「今度こそ、大切な
拭えない過去、消せない後悔。そうして、痛みを知ったゆえの強い決意。少年の奥底で揺れるのは、失われた命を悼む優しい心だ。親愛なる総長の眼差しとよく似ている。
人の上に立つべき人間は、この少年のように“痛みを知っている”人間だとミカゲは思う。その意志の強さに、揺らぐことのないその眼差しに、ミカゲは光を見つけた。
彼のような人間がいるならば、自分が居なくなった世界でも大丈夫だ。漠然と――けれど絶対的な確証が、ミカゲを突き動かす。気づいたら、口をついて言葉が出ていた。
「少年」
「?」
「――俺でよければ、教えてやる。“大切な
ミカゲの言葉を聞いた少年は目を剥いた。ミカゲの申し出が意外だったのか、パチパチと目を瞬かせる。
しかし、それも一瞬のこと。少年はミカゲをまっすぐに見返して、躊躇うことなく頷き返した。
13班の系譜は、世代や血筋など関係なく、次世代の担い手へと受け継がれていく。何と素晴らしいことだろう。
いつか、彼の“何かを守るために強くなりたい”という想いが、数多の困難を打ち砕いていく。いつの日か、未来を切り開くための力になる――そんな予感があった。
「少年。名前は?」
「――
彼の声は、とても小さな声だった。
けれど、豪雨の中でも、はっきりと響く。
「
それが、渡来ミカゲと少年――
***
――その日は、鰯雲が広がる秋晴れであった。
庭にはコスモスの花が咲いている。縁側から望む景色は、平穏という言葉を具現化したようなものだった。
「俺、
少年だった頃の面影を僅かに残しながらも、逞しい青年に成長した教え子――ヨリトモは、照れたようにはにかんだ。その手には、志望校の合格通知が握られている。成績開示も行ったようで、通知と一緒に成績も記載されていた。
どの成績も平均より一回り上だが、中でも突出していたのは実技の近接戦闘だ。特に、ヨリトモの十八番――ミカゲが目を付けた彼の才能――であった剣術は文句無しである。二刀流も一刀流も優れているとコメントされていた。
「おめでとう、トウゴくん」
「ありがとうございます、ユイさん」
ユイに褒められたヨリトモは、嬉しそうに表情を綻ばせる。そんな教え子の様子を見た妻は、「今日はお祝いね」と言いながら台所へと引っ込んでいった。
憧れの
大人げない嫉妬と言うのは重々理解している。ただ、ミカゲの場合、そういう情緒が出来上がった時期が遅かった。出来上がったと同時に黒呪病が発症し、現在に至る。
今、どうしてか、「男の嫉妬は醜いものだ」と笑っていた天敵/ヒイナの言葉が脳裏をよぎった。趣味で使うメモ帳を片手に、恍惚とした表情を浮かべていたことは記憶に新しい。閑話休題。
「入学祝の方は後で贈る。それとは別に、餞別があるんだ」
「え?」
「ちょっと待ってろ」
ミカゲはそう言うなり、胸元に結んでいた紫のリボンを外した。それを真ん中から二つに折り、鋏で切る。切った端を針と糸で縫い、端の方に蜻蛉玉を結び付けた。明るい空色の蜻蛉玉が、陽光を受けて輝く。
それを、予め購入していたお守りに結び付けて完成である。因みに、お守りは近所の神社で購入したもので、無病息災を祈るものだ。こちらの方には何の変哲もない。ヨリトモは不思議そうな面持ちで紫のリボンを見つめていた。
「あの、先生。このリボンは……」
「お守りだよ。仲間や俺たちを守って逝った、俺の上官の形見」
「えっ!?」
お守りに結ばれた布切れの正体を知り、ヨリトモは目に見えたように狼狽する。なんだか微笑ましくなって、ミカゲはくすりと笑った。
(ガトウも、こんな気持ちだったんだろうなあ)
2020年の竜戦役で散った男――ガトウの背中を思い返す。ムラクモの戦闘服を着た、厳つい顔の偉丈夫。厳しくも優しい眼差しでミカゲを見守り、気にかけてきた世話好きな男だった。
このリボンは、彼が身に着けていた紫のスカーフを細分化したものだ。彼の死を悼む気持ちと、死して魂だけになっても助けてくれたことに対する恩義であり、彼の生き様を忘れたくないという自分たちの願いだった。
ガトウ本人がこの場にいたら、「人のスカーフを細分化しやがって」と文句の1つや2つを投げつけてきただろう。それがミカゲたちの覚悟だと主張すれば、困ったような笑みを浮かべたに違いない。
「そ、そんな……悪いですよ。先生にとって、大事なものなんでしょう?」
「大事なものだからだよ。アイツの生き様にあやかって、な。――お前が、お前にとっての“大切な
ミカゲの言葉を聞いたヨリトモは、おずおずとお守りを受け取る。無病息災のお守りの脇に結ばれた紫のリボンが揺れた。空色の蜻蛉玉が煌めく。
飾りとして空色の蜻蛉玉を使ったのは、ガトウの他にもう1人、あやかりたい相手が居たためだ。最も、彼に関するものは殆ど残っていない。
だから、色で代用した。鮮烈な空色を、覚えている。
天下無敵、絶対的な“正義の味方”。ミカゲが惹かれ、妬み、憎み、敬愛し、親しんだ友の生き様が浮かんでは消えていく。
こちらも本人が生きていたら「うっわ、気持ち悪いな。ストーカーかよ」と軽口の1つや2つが飛んできそうだった。
「頑張れよ、トウゴ」
「はい……!」
ミカゲはヨリトモの肩を叩く。ヨリトモは真っ直ぐこちらを見返して、頷いた。お守りを大切そうに握り締める。
丁度そのタイミングで、あるかなしかの風が吹き抜けた。紫のリボンと空色の蜻蛉玉が、太陽の光を反射して煌めいていた。
■■■
「第5真竜フォーマルハウトの検体、確かに受け取ったわよ」
淡く輝く物体が入れられたカプセルを確認しながら、ジュリエッタは頷いた。
しかし、藤色の瞳は剣呑な色を湛えている。ISDFに対する疑念と敵意が滲んでいた。
「でも、こうあっさりとこっちの要求を飲むなんて不気味すぎるわ。……何か裏があるんじゃないでしょうね?」
「ふん。来るべき竜災害に備えるなら、選択肢は多い方がいい。貴様らが何を考えているかは知らんが、いざとなったらISDFが叩き伏せるのみ」
「“選択肢は多い方がいい”……ねぇ。そう言いながら、選択肢を“示した人間ごと”葬り去ったのはどこの組織だったかしら?」
「……。それに、こちらも相応の技術を提供してもらうのだ。そう、おかしな話でもなかろう」
ノーデンス代表のジュリエッタと、ISDF代表のヨリトモが腹の探り合いを繰り広げている。ミカゲはその様子を眺めて、何とも言えない気持ちになっていた。
優しさだけでは何かを変えることはできない。けれど、優しさを忘れてしまえば、何も成すことができなくなる。ヨリトモは今でも、優しさを失ってはいない。
出世すればするほど、舌戦で相手をねじ伏せたり、攻撃を躱したりする必要が出てくる。提督に昇り詰める間、ヨリトモはそちらの方も磨かざるを得なかったようだ。
睨み合う2人を尻目に、ノーデンス社長のアリーは満面の笑み浮かべている。「あと4つー☆」と言いながら、彼女はフォーマルハウトの検体を抱えた。
「……しかし、“俺の教え子とヨツミンが目をかけてた研究者が、俺たちの目の前でいがみ合っている”のを見ると……こう、悪い方で何とも言えない気持ちになるな」
『そうだな。だが、立場上仕方あるまい。非常に残念なことなのだが……』
ミカゲとヨツミは顔を見合わせてため息をついた。人の縁はどこでどう繋がるか、分かったものではない。自分と所縁ある者同士が手を取り合う場合もあれば、憎しみ合い殺し合うケースだってよくある話である。
しかし、生きている――『生きかえって』と言った方が正しいのかもしれない――間に、自分と所縁ある者同士が敵意満々で睨み合っている光景を目の当たりにするだなんて、誰が予想できただろうか。できれば見ないままで居たかった。
こういうときだけは「死んでいた方が良かったかな」なんて思う。「死は逃避である」とはあながち間違いではない。死ねば、もう何も見なくて済むためだ。都合の悪い現実も、所縁ある者同士の骨肉の争いも。その代わり、二度と何もできなくなってしまうのだが。閑話休題。
「これで、ISDFとノーデンスは事実上の共闘関係を結んだことになる」
『官民一体となった作戦行動になるわけだな。実にいい知らせじゃないか』
「だな。思惑は何であれ、人類同士で足の引っ張り合いされるよりマシだろ。前線部隊同士が仲良くなれりゃあ、TOPが頼りないオッサンだろうが利権大好き野郎だろうが何とかなるってこった」
『実例は自衛隊とSECT11か。イヌズカ総理とデイビット首相だな』
「作戦の要は、前線部隊同士の絆がモノを言う。中間管理職、あるいは前線部隊のまとめ役に託すとしようか。できることをしながら、な」
2020年代の国のTOPを思い出して、ミカゲとヨツミは苦笑する。視線の先には、腹の探り合いを続けるジュリエッタとヨリトモ、そんな上司たちを見て困惑するイノリたちとユウマの姿があった。
現代の東京、およびISDF極東支部総司令・アクツと司令部の連中は、デイビット気質の人間のみで固められている。しかも、構成人員はアクツのイエスマンたちだ。
彼に異を唱えた人間は、不慮の事故や不幸な事件に巻き込まれ、軒並み政治生命を絶たれている。職業によっては、仕事を続けられなくなったり、社会的な死を迎えた人間もいた。
上層部は文字通り掃き溜め状態でありながらも、汚職問題よりISDFの活躍がクローズアップされるのは、現場で救助活動や支援活動、治安維持を行う前線部隊のおかげであろう。
官僚たちは戦闘関連部署を動かす権限を持っているが、実際の戦場で部隊を率いるのは、現場に赴いた中間管理職だ。その相手と信頼を築ければ、万が一“協力者側の上層部が暴走してもダメージを減らす”ことができる。それは、“自分の組織のトップが”に置き換えることも可能だ。
実際、2020年代前半の内閣は後世から「ムラクモに頼りっぱなしの内閣」という総評を頂いた。ムラクモ総長・日傘ナツメが暴走したときも、自衛隊やSKYの協力によってどうにか立て直すことができた。SECT11の面々は、上司に命令違反してでも約束――マリナから手を引く――を守ってくれた。
『まあ、ノーデンスにはトマリくんがいるからな。技術力もそうだが、人類のことを本気で考えている優しい男は、キリノ総長やトマリくんぐらいなものだ』
「ISDFにはトウゴくんがいるからな。隊員から慕われるカリスマ性、任務遂行能力、良識的な視点を兼ね備えた男は、あいつくらいなもんさ」
ヨツミとミカゲの言葉が綺麗に重なる。そこで、2人は顔を見合わせた。
無言のまま、暫し互いの言葉の意味を考えた。意味を理解して、ミカゲは眉間に皺を寄せる。ヨツミもだ。
『いや、トマリくんだろ』
「いや、トウゴくんだろ」
言葉が綺麗に重なった。2人は睨み合う。
『いや、トマリくんだって』
「いや、トウゴくんだって」
言葉が綺麗に重なった。2人は睨み合う。
「俺、トウゴくんのいいところ、100個言えるぞ」
『100個程度で図に乗られても困るな。私はトマリくんのいいところ、200個言えるぞ』
「じゃあ俺300個」
『ならば私は400個だ』
「やめようぜ。個数だけ言われても説得力ないな。ここは実際に挙げ連ねてみようか」
『名案だ。ならば……!!』
勢いに任せ、ミカゲとヨツミは口火を切った。ミカゲはヨリトモの、ヨツミはジュリエッタのいいところを次々と挙げ連ねていく。
負けず嫌い同士が議論をすると、際限なくヒートアップするものだ。ミカゲとヨツミの声は次第に大きくなり、荒々しいものとなる。
もう少しで取っ組み合いに発展するのではなかろうかという状況になったとき。
「すみません、先生。やめてください」
「すみません、博士。やめてください」
『ミカゲくん、ストップ』
『ヨツミ、もうやめて』
「おじいちゃん、ヨリトモさん困ってるよ」
「おじいちゃん、いい加減にして」
「すまん」
『すまん』
耳を真っ赤にして恥ずか死ぬ寸前な教え子と、可哀想なものを見るような目でストップをかけてきた伴侶と孫たちによって、議論は中断に追い込まれた。
***
ミカゲとヨツミの褒め殺し合戦がひと段落したのを確認した少年――眞瀬ブンイチが、「ところで」と切り出した。彼の眼差しは、ISDF側の代表者/ヨリトモに向けられている。
少年からジト目で見られるという事態に、ヨリトモは眉間の皺を深くした。自分の娘に対しては子煩悩だった教え子だが、一般的な子どもの扱いはどうだっただろう。
……いや、そもそも、眞瀬ブンイチという少年が“一般的な子ども”にカテゴライズされる/できる存在かどうか。ミカゲはその答えをよく知っていた。閑話休題。
「ナガミミ様から聞いたんだけど、ナガミミ様のことを着ぐるみだのAI搭載ロボットだのと呼んだんだって? ――この無礼者が。ふざけるのも大概にしなよ」
「上司が上司だから部下も部下なの?」と締めくくったブンイチの目に光は無い。ヨリトモの名誉にかけて言うが、ヨリトモは真面目一徹な男であった。
故に、ナガミミに対して着ぐるみ疑惑を持ったのは、真面目に分析した結果である。ユウマも上司に倣って分析したからこそ、AI搭載ロボットと思ったのだろう。
「ナガミミ様は着ぐるみでもないしロボットでもない。ナガミミ様はナガミミ様なんだ。これ以上変なことを言うんだったら手打ちにしてやる。その立派な髭を毟って、禿げ散らかした頭に植毛してやろうか!?」
「ちょっと待て! 俺は禿げている訳ではない! この髪型はスキンヘッドと言ってだな……」
「でも“頭に髪の毛生えてない”んでしょう?」
「ぐ……!!」
自分の頭が禿げではないことを懇切丁寧に説明しようとしたヨリトモだが、ブンイチが持ちだしてきた言葉の凶器によって撃沈した。こめかみからだらだらと汗が伝う。
「違います。提督は禿げじゃありません」
見かねたユウマが助け舟を出してきた。
新たな敵を見定めたブンイチの眉間に皺が寄る。
「敢えて丸坊主にしているだけであって、提督の髪の毛は健在です。断じて禿げている訳ではありません」
「健在と言っても、ほんの薄らとでしょ? しかも、僅かな矜持を守るためにする苦し紛れの表現。そういうのはハッキリ言ってあげた方がいいんだよ。禿げてるって」
「ですから、提督は禿げでは――」
「だから、あの人は禿げで――」
勢いに任せ、ユウマとブンイチは口火を切った。つい先程発生した、ミカゲとヨツミの焼き直しである。議論内容は禿げか否かだが、こちらも白熱し始めたようだ。
議論がヒートアップしてきたのだろう。声は次第に大きくなり、荒々しいものとなる。禿げという単語が四方八方に飛び回る中、ヨリトモの顔色も悪くなっていく。
居たたまれなくなったジュリエッタが、ヨリトモに何やら声をかけた。険しい顔をしたまま、ヨリトモは俯く。あまりの事態に、ISDFの隊員たちがハラハラし始めた。
「お前等、もうやめてやれ!!」
「いい加減にしろ! 作戦会議が始まらねえじゃねーか!!」
ミカゲとナガミミが強制的に幕引きするまで、ユウマとブンイチの議論は延々と続いたのであった。
■■■
ノーデンスの13班と、ISDF特殊戦術部隊が合同で任務――Code:VFDのための真竜検体集め――を行うことが正式に決まった。ISDF側がノーデンス側の要求をすべて飲むような形になったと言う。政府が民間企業の言い分を丸々受け入れるという異例の条件であった。
ミカゲとヨツミによる褒め殺し合戦や、ユウマとブンイチによる“ヨリトモの髪型について”の議論がひと段落し、改めて互いの自己紹介を交わす。ノーデンスのエースという肩書に恥じないよう、これから努力しなければ。イノリはひっそり、決意を新たにした。
「キミたちとは連携して任務に当たることもあると思います。よろしく、13班」
「こちらこそ、よろしくお願いします。協力して頑張りましょう!」
ユウマの言葉に、イノリは満面の笑みを浮かべて答えた。一瞬、ユウマとヨリトモが目を見張る。
呆けたように息を飲んだ2人だが、ややあって、ヨリトモが表情を緩ませた。イノリが口にした「協力」という言葉を繰り返す。
彼らの反応からして、てっきり反発されると思っていたのだろう。上層部と現場の意見がイコールであるとは限らないのだ。
ヨリトモより遅れて現実へ戻ったユウマが口元を綻ばせた。ぱああ、と、擬音がつかんばかりの勢いで表情を輝かせる。
「ははっ、こうもすんなり受け入れてもらえるなんて……。獲物を横取りする悪者みたいに扱われたらどうしようかと思っていましたよ」
「……私、恩人を悪者扱いする人間に見えますか?」
「あ、いや、そんなことは……!」
ユウマの言葉を聞いたイノリは、思わず目を伏せた。分相応かつ不謹慎にも、彼と一緒に戦えるということに喜んでしまった罰が当たったのだろうか。
視界の端に、苛立たし気な渋面を浮かべたミカゲがちらついた。殺気をまき散らす祖父をひと睨みで黙らせ、視線を戻す。ユイが肩をすくめたのが見えた。
先程とは一転して、ユウマはおろおろしている。何かを言おうと口を開きかけて、けれど何も言葉が出てこない――そんな葛藤を繰り返した後、ユウマはしゅんと肩を落とした。
「……すみません。俺、キミを傷つけるつもりで言ったんじゃないんです。ただ、その……」
「?」
「民間側との共同任務の場合、大なり小なり軋轢が発生するのが常でした。キミみたいに、
だから、イノリたちの反応が珍しかったのだと、ユウマは言った。
世界統治機構により結成された国際自衛組織であるISDFであるが、だからといって、彼らが絶対正義であるとは言えない。利権が絡めば、
ISDFによって潰された民間団体の数は数知れず。潰されなかったとしても、事あるごとに煮え湯を飲まされたり、行動範囲等を制限されてしまう例もあった。それ故、ISDFに対して強い不信感を抱く人々も多い。
おそらく、ユウマやヨリトモたちはISDFの代表者として矢面に立ち、反ISDF派の人間たちの非難に晒された経験があったのだろう。嘗て、祖父が反ムラクモ派議員の非難に晒されながらも、ムラクモ側の証人として矢面に立ったように。
大丈夫だと示すように、イノリは笑い返した。
それを見たユウマも安心したように微笑む。
「だけど、良かった。キミとは仲良くなれそうです」
「こちらこそ。是非、よろしくお願いします」
ユウマが差し伸べた手を、イノリは両手で取った。“目上の人に対しては、敬いの意味を込めて両手で握手する”という話を聞いたことがある。実際、ユウマはイノリよりも年上だし、実力も立ち振る舞いも尊敬できる相手であった。
手袋越しに触れた手は、大きくてごつごつしている。近くで見ると、細身な外見とは裏腹に、大樹を思わせるような佇まいだ。イノリが思う以上に、ユウマは沢山の戦場を駆け抜けてきたのだろう。容易に想像できた。
「我々の目的はドラゴンの検体だ。目標物さえ入手できれば、妨害までするつもりはない」
「当然よ。13班の邪魔をしたら、アタシがタダじゃ済まさないわ」
「お2人さん。いがみあうなら、今すぐ俺とヨツミンで褒め殺し合戦再開させようか?」
『その旨を良しとする! 今度こそ決着をつけよう、ミカゲ』
「それだけは勘弁してください」
「それだけは勘弁してください」
刺々しい空気になりかけたジュリエッタとヨリトモを止めたのは、ミカゲとヨツミであった。先程ようやく沈静化した話題を持ちだしてくるあたり、祖父たちはまだ語り足りないらしい。
褒め殺しは流石に嫌なのだろう。殴り合い一歩手前の殺気で満ちていた会議室から、あっという間に殺気が消えた。この場一帯に珍妙な空気が漂い始める。暢気に現状を眺めていたアリーが、作戦会議の音頭を取った。
イノリを筆頭とした13班と、ISDFの代表者であるヨリトモとユウマが椅子に座る。自分の隣にはユウマが座った。早速作戦会議に臨もうとするイノリとユウマだったが、ふと、周囲から変な視線を感じ取った。
しかしそれも一瞬のこと。
面々はすぐに真面目な面持ちになって、作戦会議に臨む。
「さて、共同作戦を開始する前に、状況を整理しておくか」
ナガミミはそう言って、今回の作戦について話し始めた。
今回のターゲットは、アトランティスに出現した第3真竜ニアラ。奴は2020年でも観測されているが、その時点では既に手負いだ。手負いの検体では意味がないため、全盛期であるアトランティスに飛ばねばならなかった。
ISDFもニアラの検体を欲しているらしい。使用用途は一切不明らしいが、互いの利害が一致したため、今回の合同任務が実現したという。重要なのは検体の回収のため、ニアラが海に沈むという事態は避けねばならない。
更に、アトランティスと言っても、今回赴く場所は首都アトランティカではないという。
ジュリエッタが徹夜でポータルを拡張し、新たな場所へ飛べるようになったそうだ。
その話を聞いたリョウスケとヨツミが表情を輝かせた。
『すごい! すごいよジュリエッタ! 一晩で拡張できるなんて、まるでウチの総長みたいだ!!』
『流石はトマリくんだな! キミのような技術者が居てくれることが、人類にとっての希望だよ』
「い、いや、流石にムラクモ最終総長程じゃあないわよ……。博士も買い被りすぎですって」
技術者の英雄と尊敬する研究者から喝采され、ジュリエッタは照れたように視線を逸らした。
嬉しさよりも気恥ずかしさが勝ったのだろう。なんだか微笑ましい。
暫し顔を赤くしていた天才科学者であったが、咳払いをして言葉を続ける。
今回新しく飛べるようになった場所は低層区クラディオン。ルシェ族繁栄の基盤となった採掘場や鍛冶場の集まる、労働階級者たちが住まう区画らしい。
前回飛んだアトランティカが上流階級たちの根城なら、こちらは中流から下流階級の人々がいるのだろう。前者が玉砕作戦肯定派なら、後者には反対派も居そうだ。
しかしながら、ジュリエッタの見解では「マモノの巣窟になっているため、生存者がいる可能性は低い」とのことだ。彼の言葉を、アリーが引き継ぐ。
「クラディオン探索の目的は、竜殺剣の情報収集だよ。現戦力だけでニアラを倒すのはキビシーからね。竜殺剣は必要不可欠なんだ」
『竜殺剣……!』
「竜殺剣……!」
竜を屠った最強兵装の名を聞いたリョウスケとユウマが目を見開く。特に、前者にとっては――竜殺剣を生み出す力を有したルシェ・マリナを妻に迎えたリョウスケにとっては、その名前は因縁深いものだろう。当然、それは、担い手となったミカゲも含まれる。
「……成程。“マリナの起こした奇跡を、過去でもう一度”、ってことか」
「奇跡をもう一度?」
ミカゲが納得したように顎に手を当てた。ユウマが首を傾げる。
その詳細を説明しようとしたイノリより先に、ソウセイが手を叩く方が早かった。
「そうか! アトランティスの王族の力を借りて、竜殺剣を作るんだな!!」
『アトランティス滅亡間際ってことは、最後の王族は女王様だよね!? その女王様に協力してもらえば!!』
「そうそう! さっすが英雄とその子孫、発想がスバラシイのよー☆」
リョウスケとソウセイの答えを聞いたアリーが嬉しそうに手を握り締めた。話の流れについていけないISDF勢がポカンと口を開ける。
彼らの様子からして、現存する竜殺剣を使うものだと思っていたらしい。「ないなら作ればいいじゃない」を地で行く発想は出てこなかったようだ。
しかし、表情を輝かせていたソウセイは、すぐに厳しそうな顔つきになった。アトランティカに向かった際、そこで出会った女王の姿が脳裏に浮かぶ。
ウラニア・テ・クアンブル。■■マリナのATLコードのベースになった、アトランティス最後の女王その人だ。アトランティスと共に沈む決断をした、うら若き乙女。
「……しかし、彼女が協力してくれるだろうか」
『え?』
「アトランティスの女王・ウラニアは、玉砕作戦決行の準備を押し進めている」
ソウセイの言葉を聞いたムラクモ13班員たちが、こぞって危機迫った表情を浮かべた。
特に、マリナの夫であるリョウスケの反応が顕著である。愕然としたように表情を引きつらせた。
『だ、ダメだよ! 玉砕作戦なんてダメだ! 死ぬなんて、絶対ダメだよ! その人を助けなきゃ!』
「ちょっと待って! 落ち着いて頂戴、リョウスケ。歴史改変は現代にどんな影響を及ぼすか――」
『竜殺剣を作れるのは、アトランティスの王族だけなんだ! 女王様が力を貸してくれなきゃダメなんだよ!』
諌めようとしたジュリエッタに対し、リョウスケは大きな声で主張した。マリナを妻に持つ彼にとっての常識である。その言葉を聞いたジュリエッタが凍り付く。暫し口元を戦慄かせていた彼だが、「なんてこと」と、頼りない声をこぼした。
どうやら、今回の任務では竜殺剣を作るために必要なもの――高純度のオリハルコンと、竜殺剣を作り出せる鍛冶師を見つける予定だったらしい。竜殺剣を作れるルシェが玉砕作戦に同意する人物となると、話が一気に難しいことになる。
しかも王族最後の生き残りだ。玉砕作戦推進のシンボルという側面もある。ウラニアは玉砕作戦を推し進める覚悟を固めている様子だった。それが自分の務めなのだと頑なになっている。決意の下に、生きたいという願いを抱きながら。
「……ウラニア王女は、曲がりなりにも、玉砕派の旗印とされている人物ですよね。彼女が僕たちの説得に応じてくれるかどうか……」
『無理だろうな。国のトップなんだから、個人的な感情だけで動くことはできない。仮に応じたとしても、周りの連中が全力で邪魔してくるだろう』
「頭の固いお方が居ますからね。ワガママだったら頷いてもらえる可能性はありますが、現状でそれを言う余裕があるかと言われますと……微妙です」
リヒトとマサハルが難しそうな顔をして俯いた。上に立つ者としての心理状態を分析した上での発言である。
このままウラニアたちが玉砕作戦を決行すれば、ニアラの検体を入手できなくなる。Code:VFDが暗礁に乗り上げることは間違いない。
先程まで楽しそうに笑っていたアリーの表情が曇った。気のせいか、薄らと目が開いているように見える。
「交渉の材料を用意できればいいんだけどなー……。何かいいものないかなー……」
「歴史改変が……ああでも、Code:VFDが……!!」
ふむ、と、アリーは思案を始める。その隣で、ジュリエッタは己の方針がCode:VFDを頓挫させかねない事態であることに唸っていた。
「過去を改変することで、現代に変な影響を出したくない」――ジュリエッタの言い分は最もである。“過去改変の影響で東京が消え去る”なんて事態に陥ったら笑えない。
しかし、竜殺剣を作るためには歴史改変に相当すること/現地住民(しかも国のトップである)と接触する必要があるわけで。完全に堂々巡りである。
絶望に瞳を曇らせ、頑なになった女王の横顔を思い出す。無念と悲しみを滲ませた青い瞳が揺れていた。イノリは思わず手を握り締めた。
彼女が竜殺剣作成に協力してくれる可能性を導き出すためには、何をすべきか。真っ先に思い浮かんだのは、“ニアラを倒してアトランティスを救う”ことだった。
諦めてしまったウラニアに、自分たちが希望を指し示す――ウラニアが竜殺剣作成に頷いてくれるには、それしかない。
「あの」
「あの」
イノリが手を挙げれば、声が2つ重なった。声の方向へと振りむけば、ユウマが発言許可を求めるために手を挙げている。
相手に発言を促し合った後、イノリとユウマは互いの顔をまじまじと見つめた。なんとなくだが、通じ合う。
“おそらく、自分たちの意見は一緒である”――それを確認するように頷き合うと、2人は仲間たちの方へ視線を向けた。
マリナの関係者が居たら、「竜殺剣を鍛えるための鍛冶師=アトランティス王族」とすぐに結びつくはず。
そうなれば、この時点から「アトランティスを救えばいいんじゃないか」というコメントが出てきそうだなと思ったんです。