花咲く世界のクロニクルセブン -じじいと孫のCode:VFD-   作:白鷺 葵

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・オリジナルドラゴンが出てきます。ご注意ください。


指針を定めて

「ウラニアに協力してもらうには、ニアラを倒すだけじゃなく、アトランティスのルシェたちを助ければいいと思うんだ」

 

「俺も、イノリと同意見です。女王を頷かせるには、国の危機や民の命を救うのが手っ取り早いかと」

 

 

 イノリとユウマの意見を聞いたジュリエッタが、2世紀前のお笑いよろしく椅子から転がり落ちた。見事なフォームである。

 その様を目の当たりにしたミカゲが口元を抑えて震え、アリーは満面の笑みを浮かべて「それならいいかも」と手を叩いた。

 

 他の13班たち――特にソウセイとリョウスケが人一倍表情を輝かせる。

 

 

「ちょっと待て! それがどういうことか、お前等分かってるのか!?」

 

「ジュリエッタ。オッサンに戻ってるぞ☆」

 

『あ、昔のトマリくんだ。懐かしいなあ』

 

「あっ、待って。ちょっと待って。今のナシ、ナシでお願い!!」

 

 

 ついうっかり地を出し、ジュリエッタは男言葉で喋ってしまった。それを、社長と尊敬する相手から指摘され、彼は慌てて取り繕う。

 ジュリエッタの男言葉を懐かしんだのだろう。ヨツミはジュリエッタの昔話を始めようとしたが、本人に宥めすかされて断念したようだ。

 どうにか調子を取り戻した技術主任は、咳払いの後、イノリたちへと視線を向けた。女言葉で喋るよう気を付けながら、もう一度同じことを問うてきた。

 

 前回の任務のことを思い出しながら、イノリは持論を述べる。

 

 

「首都アトランティカで出会った人々の多くは、玉砕作戦推進派の貴族たちだった。推進派の実質的なトップは執政官のタリエリというルシェの神官で、彼の進言を受け入れた女王ウラニアが旗印として立っているような状態だね。……でも、タリエリや上層部貴族とは対照的に、ウラニア個人はまだ迷ってるみたい。この時点で、交渉の余地はあると思ったの」

 

『玉砕推進派の旗印である女王ウラニアと、故郷を愛するウラニア……その狭間で揺れてるってことか』

 

「国を束ねる者としての誇りと責任、個人の願いや感情……誰であれ、その間で悩むことはある。それがヒトだからな」

 

 

 イノリの言葉を聞いたマサハルとヨリトモが気難しそうな顔をした。

 ウラニアの心理状況は、2人にとっても身につまされるものがあったのだろう。

 

 

「ウラニアが玉砕派の旗印として立っているのは、精鋭兵や先王――父親を失ってしまった悲しみや、滅んでいく故郷を見ていることしかできないという絶望が原因なんだと思う。何もできない無力さから諦めてしまった、というのもあるかもしれない。破滅の道だけが鮮明に見えるから、そこしかないと思いこんでしまった」

 

 

 脳裏によぎったのは、暗い笑みを湛えたウラニアの横顔。青の瞳は、深い諦めの色が滲んでいた。

 

 たくさん絶望してきたのだろう。荒らされ、滅びゆく故郷を見て、心を痛めてきたのだろう。抗おうとして傷ついた人々の姿を、ずっと見続けてきたのかもしれない。

 ボロボロになった心は、痛みを拒絶した。これ以上、自分が傷つくのも、故郷や民が傷つく姿を目の当たりにするのも嫌になった。どのみち痛みを伴うのならば、と、破滅へと突き進んでいる。

 

 

「……その情報から総合すると、やはり、件の女王は『交渉の余地あり。但し、並大抵のことでは頷かない』ということになります。それも、アトランティスの滅びを阻止するレベルでないと、首を縦には振らないでしょう」

 

 

 イノリの言葉を引き継ぐようにして、ユウマが話を続けた。

 

 

「“ニアラを倒すためには竜殺剣が必要不可欠”、“竜殺剣を作れるのは女王ただ1人”、“女王は玉砕推進派の旗印として振る舞っているが、本当はアトランティスを救いたいと考えている”……。“アトランティスの国土と民を救う交換条件として、竜殺剣の鍛錬を依頼する”というのは理にかなっています」

 

「民と国土、ひいては国の未来をも人質に取るってこと? ……人質なんて、いかにもアンタたち(ISDF)が言いそうなことね」

 

「……まあ、いざというときには、そうなってもらうかもしれません」

 

 

 人質、という言葉に、ほんの一瞬だけユウマの表情が曇る。

 けれど彼はすぐに笑みを浮かべ、ジュリエッタの言葉を肯定した。

 

 

「ですが、ドクター・ジュリエッタ。Code:VFDの成就に拘っている貴方なら、竜殺剣、ひいては竜殺剣を作れる女王の協力は、喉から手が出る程欲しいんじゃありませんか?」

 

「……流石、ISDFねぇ。えげつないことを平然と言うんだから」

 

 

 そんなユウマに対し、ジュリエッタは苦々しい表情を浮かべる。清々しいまでに恐ろしい言葉を使ったユウマに、イノリは思わず視線を向けた。

 まるで作り物みたいに完璧な笑み。以前、顔を合わせたときに見せた柔らかな笑みとは違い、薄ら寒さを感じる。何とも言えぬ不安が湧き上がってきた。

 ユウマはイノリに視線を向けようとはしない。敢えて避けているように思える。イノリが首を傾げたのと、ジュリエッタが観念したようにため息をついたのは同時だった。

 

 

「仮に、仮によ。“アトランティス救済と民の保護をやる”として――」

 

『本当!? ありがとうジュリエッタ!』

 

『流石トマリくんだ! 私が見込み、希望を見出した科学者の1人……!』

 

「待って! まだやるとは言ってない! 言ってないから! だからそんなキラキラした目でこっちを見ないでェェェェェ!!」

 

 

 飼い主を見つけた子犬みたいに目を輝かせたリョウスケと、自分が見出した後継者を語るヨツミの様子に居たたまれなくなったらしい。ジュリエッタは頭を抱え、金切り声をあげた。

 

 途端にリョウスケとヨツミは悲しそうな顔をした。ジュリエッタは何かをぶつぶつ呟き、振り払うようにかぶりを振る。

 二つ返事で頷けない理由をジュリエッタは語り始める。ルシェ族を保護した後の事後処理に関することだった。

 

 

「“アトランティス救済と民の保護をやる”として、現実問題が山積みなの。ルシェたちを保護すると言っても、行く当てはあるの?」

 

「現代の東京、ノーデンスで保護すればいいと思うわ。勿論、世界救済会が全力でサポートする! ルシェの人権保護関連だったら、私、力になれると思うし」

 

「僕からも援助資金を出します。足りなければ、東雲財閥(ウチ)にも協力を依頼します。……勿論、見返りはありますよ? ビジネス関連でも、僕が東雲財閥(ウチ)の方に口添えしますが、どうでしょう?」

 

 

 意地の悪い表情を浮かべたジュリエッタに対抗するかのごとく、声を上げた者がいた。世界救済会役員の娘にして同組織に所属している那雲シキと、天下の東雲財閥末っ子御曹司の東雲リヒトである。

 2人が切ったカードは、文字通り“民間団体/財閥企業による力技”だ。シキは各地で活躍する巨大な慈善団体の人間として、リヒトは巨大な財閥の経営者一族の1人として、ノーデンスの技術主任に交渉を持ちかけている。

 これで、予算という言い訳は使えまい。民間の底力を目の当たりにした公権力(ISDF)勢が、空恐ろしそうに視線を彷徨わせる。ISDF隊員のひそひそ話――「金と組織ブランド力による暴力」云々――があちこちから聞こえてきた。

 

 あくどい笑みを浮かべるリヒトとシキに、ジュリエッタは思わず呻いた。

 だが、素直に頷くわけにはいかないのだろう。歴史改変云々に関する問題もある。

 

 

「アトランティスを救って、現代に大きな影響が出たらどうするのよ!?」

 

「“アトランティスを救っても、現代に影響を出さない方法”は存在してるぞ」

 

 

 次に手を挙げたのはミカゲだった。脱力しかかったような面持ちは、議論を真面目に聞いていたとは思えない表情であった。だが、祖父の鋭い眼差しは、議論内容を吟味していることを示している。

 

 

「……どういうことよ?」

 

「簡単な話、発想の転換だよ」

 

 

 ミカゲはそう言うなり、びしっと人差し指を立てた。指の先端は、ジュリエッタに向けられた。

 

 

「ニアラを倒して滅びを脱したとして、国が復興するためには人員が必要になる。だけど、ルシェの民を現代に避難させた場合、国を復興させる人員がいなくなるんだ。彼らが故郷へ帰還しない限り、アトランティスを復興させるルシェが居ないわけだから、“『将来的には』、アトランティスが滅亡する”という運命は変えられない」

 

「!!」

 

「国土の復興がどれだけ難しいことかは、俺たちムラクモ13班やISDFの連中はよく知ってるだろ? それを斜めから見れば、そーゆー解釈に行きつくってワケよ」

 

 

 ミカゲはくるりと振り返り、ISDFの兵士たちを見回した。身に覚えがあるようで、隊員たちは顔を見合わせる。暗い表情がちらつくあたり、未だに復興が進まない国を目の当たりにした者もいるようだ。

 元ISDFのジュリエッタも同じ気持ちのようで、沈痛そうな面持ちになった。しかしそれも一瞬で、次には、ミカゲが提示してきた例のえげつなさに口元を引きつらせる。ユウマが目を真ん丸にしてミカゲを見た。

 

 ミカゲはしたり顔のまま話を続けた。

 

 本格的に復興が始まるためには、国土を取り戻す必要がある。そのためには、竜殺剣を作った後、ニアラを倒さなければならない。

 倒したとしても、復興するためには膨大な資材や資金、技術、時間が必要となる。最も、それを費やしたからといって、復興するとは限らない。

 “故に、アトランティスの民を救ったとしても、歴史改変の影響が出るまでは、膨大なタイムラグがある”――祖父はそう言って言葉を切った。

 

 

「……つまるところ、それは、問題の先送りでしょう? 歴史改変が発生する可能性は否定できないわ」

 

「そうだな。それは否定しない」

 

 

 ジュリエッタは噛みつくような声色で言った。ミカゲはしたり顔を浮かべたまま、大仰に頷く。

 

 

「それじゃあ1つ訊ねるが」

 

「?」

 

「1万2000年前に来襲した全盛期の金ぴかから検体を入手するとして」

 

「金ぴか、って……ニアラのこと?」

 

「イエス、金ぴか!」

 

 

 話を続けようとしたミカゲを遮り、ジュリエッタがしかめっ面で問いかけた。

 ミカゲは大仰に頷いた。紫水晶の双瞼には、ニアラに対する憎しみが揺れている。

 

 

「あるいは、学習能力のない慢心野郎かなあ。アトランティスに来て、2020年の東京にも来て、5000年後の未来にも来て狩られてるんだ。何回も撃退されてるのに、本当に懲りないヤツでさー」

 

「そうなんだよねー。ニアラは他の真竜と違って、何度も地球に来襲しては尻尾巻いて帰って来ちゃったんだー」

 

 

 ミカゲの言葉を引き継いだのはアリーだ。彼女は呆れたようにため息をつき、肩をすくめる。

 彼女の表情から、“飼っているペットが粗相をしたときの飼い主”を連想したのは何故だろう。

 心なしか、アリーの目が薄く開いたような気がした。微かに覗いた紫苑の瞳には、疲労が滲んでいる。

 

 

「5000年後の未来で狩られるまで、ずーっとだよ? ……だから、ニンゲンから『オードブル食いに来てオードブルにされた慢心金ぴか竜』って言われるのよー……」

 

「Code:VFDで一番最初に狩るべき真竜もニアラなんだろ? 文字通りの前菜、文字通りのオードブルってワケだ」

 

 

 アリーの言葉を聞いたミカゲは、うんうん頷きながら話を逸らしていく。ニアラに対する愚痴よりも、途中で途切れた話の方が大事だ。

 イノリがミカゲを呼び止めるよりも先に、ジュリエッタがわざとらしく咳ばらいした。ユイも「ミカゲくん」と祖父の名前を呼ぶ。ミカゲは苦笑したのち、話を戻した。

 

 

「1万2000年前に来襲した全盛期の金ぴかから検体を入手する場合、その時間線で奴を仕留めるんだろ?」

 

「ええ、そうよ」

 

「ってことは、“1万2000年前に金ぴかは死ぬ”んだよな?」

 

「ええ、そう――……!!」

 

 

 ミカゲの言わんとしたことを察したのか、ジュリエッタはハッとした様子で息を飲んだ。イノリたちも、ミカゲが言わんとしたことを理解する。

 

 ニアラは1万2000年前にアトランティスに来襲し、当時の狩る者によって片翼を切り落とされる重傷を負った。その後、2020年に来襲した際にはムラクモ13班によって撃退される。ミカゲの話では、5000年後の未来でもニアラが来襲し、そこで年貢の納め時を迎えるらしい。

 Code:VFD成就のためには、全盛期のニアラを狩って検体を入手する必要がある。1万2000年前の時点でニアラが狩られてしまった場合、2020年に来襲した手負いのニアラや、5000年後の未来に来襲して撃破されるであろうニアラは“存在していない”ということになるのだ。

 そうなってしまった場合、2020年の竜戦役は発生しないことになる。2020年に竜災害が発生しなければ、この未来は――イノリたちが生きているU.E.77年という世界が存在しているかも怪しい。――つまり、“Code:VFDを進めること自体が、歴史改変が発生する要因になる”。

 

 ぎぎぎ、という軋んだ音を響かせながら、ジュリエッタの首がミカゲの方を向く。ミカゲは肩をすくめた後、ゆっくりと頷いた。

 次の瞬間、リョウスケとソウセイがジュリエッタを見つめる。前者はつぶらな瞳に悲壮感を湛えて、後者は鋭い瞳を血走らせていた。

 

 

『……ねえ、ジュリエッタ』

 

「……なあ、ジュリエッタ」

 

 

『どのみち、Code:VFDを推し進めれば、歴史改変が発生するんでしょ? ……それでも、歴史修正が云々って言い訳するの?』

「どのみち、Code:VFDを推し進めれば、歴史改変が発生することは明白だ。それなのに、歴史修正が云々と主張するのか?」

 

「…………それは、その」

 

 

 堪らず、ジュリエッタは視線を逸らした。彼のこめかみから汗がだらだらと伝い落ちていくのが見えた。

 リョウスケとソウセイは、ジュリエッタの後ろめたさをつつくような視線を向けていた。

 

 そんな空気に割って入ったのは、ナガミミを抱っこするという条件で大人しくしていたブンイチである。心なしか、彼の瞳に光がない。顔は微笑を湛えているのに、目が全然笑っていないのだ。その影響を受けたためか、抱えられたナガミミの顔色が異様に悪い。

 

 

「技術主任は、ニアラを倒すことで発生する歴史改変を度外視してでも、Code:VFDを進めたいんでしょ? ……それとも、““ニアラを斃したことで発生する歴史改変”の被害が微々たるものだ”っていう確証があるから、そっちに関してはノータッチだったのかな?」

 

「…………ノーコメント」

 

「却下で」

 

 

 薄暗い笑みを湛えたブンイチは、表情そのままにナガミミの頭や耳を撫でている。対して、マスコットの顔色がより一層悪くなり、小刻みに震えはじめた。

 ナガミミの反応と比例するかのように、ジュリエッタの表情も段々と渋くなっていく。沈黙が続く中、周囲の視線が技術主任へと集まってきた。

 沈黙を守り通そうとする技術主任の様子から、ブンイチは質問の矛先をTOPへ向けることにしたらしい。笑顔を崩さぬまま、アリーの方へと視線を向けた。

 

 アリーは朗らかな空気を崩さぬまま、顎に手を当てた。

 ジュリエッタはハラハラした様子でアリーを見つめている。

 

 

「そこはムズカシイ問題なんだけど、“大きなターニングポイントを変えるのは、それ相応のエントロピーが必要”ってコトは掴んでるかなー? 例えば、“真竜が地球へ来襲したことで発生した竜戦役”と、“その被害に関わるコト”とか」

 

「つまり、“過去の世界でニアラを倒しても、2020年代に竜戦役が発生したという事実や、それによって発生した被害云々については、一切影響が出ない”ってこと?」

 

「その可能性は高いねー。ニアラを倒した程度じゃ、2020年代の竜戦役を帳消しにするエントロピーには程遠いと思うよー」

 

 

 アリーは二つ返事で頷く。納得したブンイチは、ジュリエッタの方に向き直った。歴史改変云々という大義名分が通用しない可能性が出てきたためだ。

 歴史改変の影響が出ないなら、アトランティスの民を助けることに反対される理由はなくなる。しかし、ジュリエッタは首を縦に振ろうとしない。

 

 それを見たブンイチは、1回だけ瞬きをして、表情を消す。能面のような面持ちに、思わずイノリは息を飲んだ。対して、ミカゲが気まずそうに眉間に皺を寄せ、ヒイナがくすりと微笑む。まるで、ブンイチの表情の変化が、何かの前触れであるかのように。

 

 

「ねえ、渡真利(トマリ)さん」

 

 

 普段よりも低い声のトーンに、ジュリエッタがびくりと身を震わせる。しかも、本名で呼ばれた。

 いつもならば「本名で呼ばないで」と言うのに、ブンイチの様子に気圧されたためか、何も言えないでいる。

 ナガミミなんて、天を仰いだまま微動だにしない。外見がマスコットである故に、意識があるのか否かもわからなかった。

 

 

「貴方はどうして、“ISDFの研究者・渡真利(トマリ)十郎太(ジュウロウタ)”を捨てたの?」

 

「!?」

 

「軍の思考回路を『えげつない』って言うあたり、『大義のためなら、犠牲者が出ることはやむなし』理論で好き放題する連中を見てきたんでしょ? そういう闇の深さを知っているから、それが嫌だから、嘗ての肩書を捨てたんじゃないの? 技術主任はいつも『そういうのが嫌だ』って言ってたんだから」

 

「アタシの過去の話はどうでもいいでしょう。どうして今、そんな話を――」

 

「今の貴方の顔、そういう奴らと同じ顔してるよ」

 

 

 ブンイチの指摘を受けたジュリエッタが凍り付いた。その様子を確認したブンイチは、「そういう奴の顔は見慣れてるし」と、したり顔をして話を続けた。

 

 

「それが嫌だから、“それに加担していた可能性がある”過去を捨てたんじゃないの? なのに今、技術主任が嫌ってる奴と同じことしようとしてるんだよ? ねえ、それでいいの? 貴方が捨てたはずの“ISDFの研究者・渡真利(トマリ)十郎太(ジュウロウタ)”に戻ってしまって、いいの?」

 

「……アタシは……」

 

「下手したら、“ISDFの研究者・渡真利(トマリ)十郎太(ジュウロウタ)”よりも悪質な奴になっちゃうかもしれないんだよ?」

 

 

 それでいいの? と、ブンイチは問う。その眼差しを真正面から受け止めたジュリエッタは、茫然とした面持ちを浮かべていた。

 ヨツミが「トマリくん」と、ジュリエッタの本名を口に出す。酷く悲しそうな声だ。暫し沈黙がこの場を包む。

 

 

「そんなの嫌でしょ? だって悔しいじゃん。自分が嫌いな奴と同じになっちゃうの」

 

 

 ブンイチは一拍おいて、笑みを浮かべた。真夏の太陽を思わせるような、晴れやかで燦々とした、力強い笑み。

 

 

「どうせなら、HEROになろうよ。みんなを助けて、人を笑顔にする“正義の味方”に。技術主任なら、それができる」

 

 

 確証を持って言い切った少年の笑みに、イノリはふと目を瞬かせる。その笑い方が、誰かによく似ているように思った。誰、だっただろう。

 イノリがその人物に思い至るよりも、ジュリエッタが両手を上げるほうが早かった。「降参よ」と彼は苦笑しながらため息をつく。

 しかし、それも一瞬のこと。彼は力強く微笑むと、自分の拳を掌に打ち付けた。藤色の瞳はやる気で満ち溢れている。覚悟が固まったらしい。

 

 

「そこまで言うなら、やってやろうじゃない……!」

 

『本当!? ありがとうジュリエッタ!』

 

『流石トマリくんだ! 私が見込み、希望を見出した科学者の1人……!』

 

 

 ジュリエッタの言葉を聞いたリョウスケが感極まったように表情を輝かせ、ヨツミが自慢げに目を細めた。

 ソウセイが安堵したようにため息をつき、シキとリヒトが小さくガッツポーズをとる。イノリも、ユウマと顔を見合わせて表情を緩めた。

 

 盛り上がる様子を見守っていたブンイチは、満面の笑みを浮かべてナガミミを抱きしめる。ここでようやく、現実へ帰ってきたナガミミが呻き声を上げた。

 

 

「やったよナガミミ様! これで、おおっぴらに人命救助ができるね!」

 

「あっバカ余計なことを言うな!」

 

「ちょっと!? 現地民の救助なんて聞いてないわよ!?」

 

「事後承諾すみません。でも、助ける方向性は固まったわけだから問題ないですよねっ!」

 

「アンタって奴は!!」

 

 

 ジュリエッタが2人に詰め寄り、ブンイチが開き直る。そんな彼らの様子を見て、アリーは朗らかに笑っていた。

 言い合いを始めた3人を目の当たりにしたミカゲは、何とも言えない顔をして視線を彷徨わせた。ヒイナが自慢げに鼻を鳴らす。

 何故ヒイナが誇らしげにしているのか、イノリにはさっぱり分からない。いや、それよりも、人命救助を提案したのはイノリたちである。

 

 それを主張しようとしたとき、イノリとブンイチの目が合った。紫苑の瞳は、「何も言うな」と語っている。先輩として、彼は後輩を庇うつもりらしい

 ブンイチに抱きかかえられていたナガミミにも、ブンイチの意図が伝わったのだろう。マスコットはやれやれと言わんばかりにため息をついた。

 

 

 

■■■

 

 

 

 思うところがあったから、ミカゲは“彼”の背中を追いかけた。探し人の後ろ姿はすぐに見つかった。“彼”は上官と並んで、何か話をしていたらしい。

 かすかに見えた上官の眼差しはどこまでも優しかった。対して、“彼”は非常に居心地悪くしている。難しそうな顔をしたまま、照れくさそうに視線を彷徨わせていた。

 

 

「おーい、そこの優男」

 

 

 ミカゲが声をかければ、優男――如月ユウマが目を点にしてこちらに振り向いた。彼の上官/ミカゲの教え子のヨリトモも目を瞬かせている。どちらも、ミカゲに呼び止められるとは思っていなかったらしい。

 

 作戦会議が終わったため、ISDFの連中は引き上げようとしている真っ最中だ。ヨリトモもユウマも帰投するつもりであることは明白である。

 彼らの表情からして、基地への帰投は急を要するものではなさそうだった。勿論、時間と手間を取らせるつもりなど微塵もない。

 ユウマは“ミカゲに話しかけられる”理由が分からず、不思議そうに小首を傾げていた。子どものような眼差しが、彼の歪さを際立たせている。

 

 

「俺に何か?」

 

「優しい顔して、お前はおっそろしいことを言うのな」

 

 

 ミカゲの言葉にユウマは一瞬眉間に皺を寄せ――けれどすぐに、先程の会議でユウマがした発言を指していると理解したのだろう。

 彼は笑みを浮かべたが、それには一切感情がなかった。ユウマの笑い方は、対竜兵器としての一生を義務付けられていた頃のミカゲとよく似ている。

 

 ミカゲもまた、笑みを浮かべて彼と対峙した。無言の応酬。「先生」と、厳しい顔をしたヨリトモの声がどこか遠い。

 

 

「“泥をかぶるのが軍人の仕事”ってのは分かるが、怯えながらやるなよ」

 

「え?」

 

「顔。めちゃくちゃ引きつってるぞ。目線も変な動きしてたし、表情硬い」

 

 

 「お前、絶対そういうの向いてないよ」と言えば、ユウマは間抜けな声を漏らして首を傾ける。青年という外見からは想像つかない程、あどけない顔をしていた。

 仕事でやむを得ず“嫌われ役”に徹するには、この青年は未熟であると言える。上っ面しか見ない相手なら誤魔化せるだろうが、よく見ている人間には通用しない。

 場数を踏み慣れていないのか、嫌われ役に徹するには精神的に幼いのか。その答えは分からない。ユウマの様子からして、“今後に期待”というところだろうか。

 

 ……最も、そんなものに慣れない方が幸せなのだろうが。“眞瀬ブンイチ”と名乗った少年の後ろ姿を思い返し、ミカゲはひっそり苦笑した。

 “彼”が“眞瀬ブンイチ”に至るまでの歩みを知っているミカゲにしてみれば、何とも言えない気持ちになる。“彼”を“ああした”のは自分たちなのだから。

 

 

「それに、“お前が何を考えて汚れ役になろうとしたか”くらい、あの子もちゃんと分かってるだろうさ」

 

「あの子、ですか?」

 

「――ユウマさん!」

 

 

 丁度いいタイミングで、イノリの声が響いた。彼女はユウマを見つけると、わき目もふらず相手の元へと駆け寄る。

 

 普段はミカゲの存在に気づくはずなのに、イノリはミカゲを通り過ぎてしまった。孫に無視されるなんて、余程のことがなければあり得ないのに。

 ほのぼのすればいいのか、修羅場になればいいのか分からない。そんなミカゲを傍目に、イノリはユウマと話し込んでいる。話は弾んでいるようだ。

 

 

「先程はありがとうございました」

 

「え?」

 

「作戦会議のとき、私の意見が受け入れられるように、話を誘導してくれたじゃないですか」

 

 

 ミカゲの予想通り、イノリはユウマの発言の意図を察していた。イノリの提案が通りやすくするために、ユウマがさりげなく助け舟を出してくれていたのだと。

 その言葉を聞いたユウマの表情が一際明るくなったように見えたのは気のせいではない。彼が怯えていた理由に、イノリが関わっていることは明白だった。

 ユウマの出自が“ミカゲとよく似ている”ならば、彼の様子に覚えがあるのは当然である。兵器になりきろうとしてなり切れなかった、過去のミカゲの姿そのものだった。

 

 

(懐かしいなあ。あの頃は、ユイに好意を寄せながらも、自分自身を縛りつけてたっけ)

 

 

 難儀だった頃の思い出が、走馬灯のように流れては消えていく。人間、何が起こるか分かったものではない。

 

 

「俺はただ、任務を円滑に進めるための方法として、キミの意見を利用しただけですよ。それに、最終的にドクター・ジュリエッタを頷かせたのはブンイチでしょう?」

 

「でも、突破口が見えたことは確かですから。ありがとうございました」

 

 

 ユウマは表立って言うつもりがなかったのだろう。彼はあくまでも、“任務を円滑に進めるための発言”だったと主張する。実際、イノリの案が通ったのは、ミカゲとブンイチの発言によるところが大きい。それでも、イノリはユウマに礼を言った。

 感謝の言葉を真正面から受け止める機会が多くないのか、ユウマは何とも言えなさそうな表情を浮かべて視線を右往左往させている。ヨリトモの部隊は前線で戦うことが多い。しかし、それと並行して、人命救助もしていたはずだ。

 

 なのに何故、ヨリトモの部下であるはずのユウマは、感謝されることに慣れていないのか。

 

 

(……こいつ、人命救助にはあまり関わってないのかな?)

 

 

 ミカゲはユウマの反応を見つめながら、思わず首を傾げる。丁度そのタイミングで、ブンイチが飛び出してきた。

 

 慌ただしい様子からして、レイブンと一緒に“尻拭い”の続きをしに行くつもりなのだろう。

 勿論、イノリはブンイチにも声をかけた。後輩から声をかけられたブンイチは足を止めて振り返った。

 

 

「ブンイチくんも、さっきは本当にありがとう!」

 

「いいっていいって! 先輩として、正義のヒーロー(ブラスターレイブン)の相棒として、当然のことをしただけだからさ!」

 

 

 後輩からお礼を言われたブンイチは満面の笑みを浮かべる。何も知らないイノリたちは“ブンイチがヒーローアクターである”と思いこんで話をしているようだが、“彼ら”のことを考えるに、あながち笑い飛ばせるようなものでもない。その話を、誰かに語って聞かせるつもりもないが。

 

 

「先生」

 

「ん?」

 

「……ありがとうございました」

 

「……どういたしまして」

 

 

 話し込む3人の様子を横目に、ヨリトモは深々と頭を下げた。どうやら、教え子にはミカゲの意図が通じたのであろう。

 表立って主張したわけではないが、伝わらないのは少し物悲しいと思っていたところであった。ちょっと照れくさい。

 

 分かってほしい相手に分かってもらえれば。もしくは、誰か1人でも分かってくれる相手が居てくれれば、それでいいのだから。

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「…………うわ、マジかよ」

 

 

 銀の髪を束ね、翡翠色を基調にした騎士装束を身に纏ったルシェ族の青年――モルス・クリュティエは、目の前の光景に絶句していた。

 

 ひときわ大きな浮遊岩の上で、“それ”は絶命していた。白い体躯に、4枚の翼を有したドラゴン。アトランティスの制空権を握っていた帝竜だ。

 占星術師であるモルスの姉曰く、この帝竜はトリスアギオンというらしい。星の聲から託宣を得て名付けたものであった。

 帝竜の体には、数え切れないほどの傷跡があった。一番目立つのは切り傷である。まるで、鋭利な刃物で細かく切り刻んだような――。

 

 

「傷口の形状からして、アトランティスの騎士たちが使う武器とは形状が違うな。しかも、帝竜を倒した奴は、その得物を超高速で振るった……」

 

「となると、そいつは相当の実力者ってことになるな」

 

「あ、やっぱエーグルもそう思う?」

 

 

 モルスの隣でトリスアギオンの死体を確認していたルシェ族の青年――エーグルも、モルスと同じ見解らしい。難しい顔をして、死体を眺める。

 奴はアトランティス上空を占拠しており、主にベルク海洋神殿や首都アトランティカ周辺に出没していた。空を飛んでいる相手を倒すのは、並大抵のことじゃない。

 

 

「でも、一体誰がコイツを倒したんだ? 上層に住んでる貴族や騎士連中に、帝竜を倒せるほどの実力者がいるとは思えねーし……」

 

「そもそも、ドラゴンと戦おうっていう気骨のある奴らなんて、もう首都に居ないだろ」

 

「だよなあ。叔父上の意見に歯向かった連中は、例外なしに首都から追放されたもんな」

 

 

 国の執政を取り仕切る叔父の背中を思い出しながら、モルスは深々とため息をついた。

 

 叔父の頭の固さには、昔から悩まされてきたのだ。

 いい加減、若者の意見に耳を傾けてくれてもいいはずである。

 

 

「でも、お前ら姉弟の場合は家出だろ。書置きして飛び出してきたって聞いたけど」

 

「あー、うん。『頭の固い叔父上なんて大っ嫌いだ』って書置き残して、俺と姉上の荷物を全部運び出した」

 

「うわ、えげつねえ。お前の叔父さん絶対泣いたぞ」

 

 

 モルスの話を聞いたエーグルがしかめっ面になった。彼の頭の中では、手紙を呼んだ後に泣き崩れるモルスの叔父の様子が浮かんでいるのだろう。

 叔父は仕事一筋だったため、伴侶が居ない。しかし、上司の子どもや、兄の子どもであるモルスたち姉弟を我が子のように可愛がってくれた。

 モルスも姉も、叔父に甘やかされてきたという自覚はある。彼は、上司の子どもやモルスたち姉弟のワガママにはめっぽう弱かった。

 

 モルスが「鍛冶師になりたい」と言ってアトランティカを飛び出したときも、なんやかんやで、叔父は手助けをしてくれた。以前から旧知の仲であったエーグルの父親に、クラディオンで生活するためのサポートを頼んでくれたのだ。

 鍛冶師見習いとして修業しつつ、親衛隊長の右腕として奮戦してきた日々を思い返す。竜がここに来る前の、当たり前の日常。もう二度と戻ってくることのない光景に、寂しさを覚える。懐かしさと悲しみに浸りかけ、モルスはそれを振り払うようにかぶりを振った。

 

 ――ニアラを屠る勇者の存在。その片鱗が、目の前にある。

 

 

「……やっぱり、姉上の託宣通り、異邦人が来たのかも」

 

「ニアラを討つ勇者、か」

 

 

 モルスとエーグルは、天を仰ぐ。浮遊する岩が幾重にも折り重なった先に、ほんのわずかな蒼穹が覗いていた。

 差し込む光は頼りない。けれど、モルスには、それが灯火のように見えてならなかった。

 

 




個人的に、Chapter6~7で「エントロピー云々」が突然出てきたのに面食らいました。最初からこの単語が出てきてれば、違和感なく「エントロピー云々」を受け入れられたのですが……。
EDの世界再編と、サブクエストの魚探し&ニアラの名前が消えていた話から邪推した結果、こんな設定に落ち着きました。歴史改変をタブー視するジュリエッタが、“アトランティスでニアラを倒すことで発生する歴史改変”についてノータッチなのは解せないなあ、と。
「ニアラを倒した程度では、2020年代の竜戦役に関する出来事は影響を受けない」ということが明確なら、ジュリエッタが“人命救助を渋りつつ、真竜退治に力を入れる”理由を説明できるのではないかと思った次第です。ガバガバです。
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