花咲く世界のクロニクルセブン -じじいと孫のCode:VFD- 作:白鷺 葵
洞窟内部は、青光する鉱石によって照らし出されていた。澄んだ水が上層部から流れ落ち、天井には鍾乳洞が幾重もぶら下がっている。
平時なら「幻想的な光景」だと言えただろう。周辺に赤い
道中のドラゴンを狩りながら、イノリたちは奥地――奥地にあるであろう集落――を目指していた。
ジュリエッタの予測通り、クラディオンはドラゴンとマモノの巣窟と化している。アクアリアやドラゴハンマードがウヨウヨしており、一般市民が迂闊に出歩けば、文字通り一瞬で捕食されるだろう。
勿論、そんな人物がいれば即救助している。大分奥へと進んだはずだが、現地住民の姿は見かけていない。ナガミミも生体反応を探っているようだが、それらしきものは見つからないようだ。
既にこの区画内を闊歩していたドラゴンたちは狩り尽している。今回は「経験を積む」という名目で、
『“このフロアのドラゴンを全部狩る”っつー選択肢はマァマァじゃねーか? オマエ等は経験が圧倒的に足りないからな』
「人類戦士に五体を引きちぎられ、サンダーブレスで消し炭にされ、SKYで滅多刺しにされてもまだ『経験が足りない』と?」
ナガミミは茶化すような口調で軽口を叩いた。それを聞いたミカゲは、ナガミミに対して非難の眼差しを向ける。よく見れば、目に光がない。
「俺は後、どんな経験を積めばいいんだ? ゾンビの首がもげるのを目の当たりにし、超強酸で人間が溶ける現場に居合わせ、竜になった姉と人類戦士をこの手で屠り、屍累々のライバル組織の痛々しい光景を目の当たりにし、獅子身中の虫と化した議員と口で攻防を繰り広げ、仲良くなった住人や戦友たちがドラゴンに嬲り殺しにされる光景を見ていることしかできなかった経験は何だったのかと」
「おじいちゃん、落ち着いて」
『アンタは……まあ、その、なんだ。とりあえず、リハビリを頑張れ。あとはメンタル関連』
イノリは思考回路が脱線してしまったミカゲをゆする。あまりの憔悴っぷりに気圧されてしまったのか、ナガミミは何とも言えなさそうな様子で呟いた。
程なくして、ユイがミカゲを諌めて沈静化させる。ミカゲも正気に戻ったようで、バツが悪そうにナガミミへと謝罪していた。閑話休題。
「本当に、この先に生存者がいるんでしょうか」
周辺を確認したユウマが、ぽつりと呟いた。翡翠の瞳は怪訝そうに揺れている。
ユウマが生存者の存在を疑問視する気持ちは分からなくもない。オリハルコンの聲を聞き取れる存在――シキとソウセイが居なければ、現時点で“集落は無事である”ことなど掴めなかったはずだ。
だが、彼の表情はすぐに変わることになる。数歩先にいたヨリトモが足を止めたためだ。ヨリトモが指し示した場所には、真新しい足跡がある。生存者に繋がる証拠を目の当たりにし、ユウマはようやく納得した様子だった。
証拠は足跡だけではない。視線を上げれば、目の前にはドラゴンの死骸が転がっている。人1人を丸飲みできる程の大口が特徴的なドラゴン、ドラグメガマウスだ。奴の体に刻まれた裂傷は、武器によるものである。
「まるで、集落へ足を踏み入れようとする生き物に対する警告ですね。この傷口からして、人数は多そうです」
「そうだな。ある程度訓練され、統率された兵団だと考えるのが妥当だろう」
死体の様子を確認したリヒトが分析し、彼の言葉をヨリトモが引き継ぐようにして補足した。2人とも表情が厳しい。ドラゴンを屠った兵団がこの近辺に居るとなると、アトランティカで対峙した騎士たちとは比べ物にならないことは明白だ。
ここから先はルシェ族たちの領域である。このまま正直に踏み込んだ場合、トラップや戦闘は避けられないだろう。周囲を見回したが、迂回路らしき道はない。洞窟内を流れる清流によって、道は一本道しか存在していなかった。
「どうしますか? このまま進むか、トラップを避けるか――」
「リーダー、1ついい?」
こちらに意見を訊ねようとしたユウマを遮り、シキが躍り出た。言葉を封殺された形になったユウマはほんの一瞬ムッとしたようだが、すぐに表情を取り繕った。
後ろの方では、ヨリトモにユイが何かを説明している。おそらく、“13班のリーダーがイノリに決まった”ことについてだろう。イノリはシキの意見を促した。
「この先にトラップは無いわ。あるとしたら、戦いよ」
「誇り高き同族が、罠なんて姑息な手段に頼るわけない」とシキは断言する。澄み切った深緑の瞳は、同族に対する敬意と信頼で満ちていた。
「ルシェは――私もそうなんだけど、正々堂々を好む気質があるわ。余程のド屑じゃなければ、不意打ちで奇襲なんて卑劣な真似なんて取るはずない」
「だが、アトランティカで遭遇した衛兵は難癖付けて襲い掛かってきたぞ。まるで世紀末のような治安だった」
「それ本当なの!? いくら有事とはいえ、ルシェの風上にも置けないわ!」
ソウセイがアトランティカで出会った衛兵のことを議題に挙げた途端、シキが眦を吊り上げ憤慨した。彼女はそういう輩と同列に見られることを嫌う。
もしも彼女が同行していたら、間違いなく淑女の嗜み(物理)が炸裂していたであろう。その場合、衛兵は顔面崩壊程度で済むだろうか。嫌な予感しかしない。
イノリの予感を肯定するかのように、シキは拳に掌を打ち付けた。ぱん、と、乾いた高音が鍾乳洞内に反響する。彼女の表情はどこまでも真剣だった。
本題に入ると言わんばかりに、シキはイノリへ向き直る。
深緑の瞳には一切の揺らぎはない。
「ここはルシェ族の誇りと風習に法って、真正面から小細工なしで挑むべきよ。ドラゴンの死骸程度で引き下がってしまったら、『共闘する相手として不足である』とみなされてしまうわ」
「ルシェの兵団に対して、“私たちの戦う意志と勇気”を示すってこと?」
「その通り。そのためにも、私たちはこのまま正面突破すべきだと思う」
イノリの問いに、シキははっきりと頷いた。
「陸の民の代表として、陸のルシェの代表として、私は海のルシェたちと向き合う必要がある。……だからお願い。今回の件、私に任せてほしいの。私の言葉を信じて、進んでほしい」
「シキちゃん……」
力強い深緑の瞳。真夏の日差しを浴びてのびのびと生い茂る木々を思わせるようなそれは、誇りと意志で満ちている。
多分、イノリが断ったら単独で進もうとするだろう。イノリに被害が及ばないよう、十分配慮をした上でだ。
彼女の眼差しを真正面から受け止めたイノリは、力強く微笑んで頷いた。途端にシキが表情を輝かせる。
「但し、私も矢面に立つよ。陸の民の代表として、ノーデンス13班のリーダーとして」
「2人だけに責任を負わせるつもりはないぞ」
「僕たちも一緒に行きますよ」
イノリの言葉を引き継いで、ソウセイとリヒトも頷いた。伊達に、人生の半分以上の年月で親友をやってきた訳ではない。
シキが嬉しそうに表情を綻ばせた。「ありがとうみんな! 大好き!!」と言って、彼女はイノリたちに飛びつく。イノリたちもそれを受け止めた。
優しい視線を感じ取って振り返れば、旧ムラクモ13班員たちがこちらを見守っているところだった。ユイとシラユキは感慨深そうに目を細め、ヒイナとマサハルが満足げに頷いている。ヨツミとリョウスケは感極まったように目を潤ませていた。
「ところで、お前等はどうするんだ?」
「え?」
「代表者だよ。陸の民の代表にして、ISDF代表。誰が矢面に立って、交渉および戦闘に臨む?」
イノリや旧ムラクモ13班員たちに影響されたのか、ミカゲはちらりとヨリトモに視線を向けた。ISDF側から参加しているのは、ヨリトモ率いる特殊戦術部隊である。
部隊の長という点では、ヨリトモが矢面に立つのが普通だろう。イノリはそう考えていた。しかし、イノリの予想は、ヨリトモの隣にいたユウマによって覆された。
「じゃあ、俺が矢面に立ちます」
「ユウマ?」
「提督、今回は俺にやらせてください。何事も挑戦してみろと言っていたじゃないですか」
部下が自ら立候補するとは思っていなかったのだろう。ヨリトモは目を丸くしてユウマの名前を呼んだ。
ユウマは涼し気な笑みを崩さず、意欲を示す。ヨリトモは顎に手を当て唸った後、ハッキリと頷き返した。
教え子とは正反対に、興味深そうにユウマを見たのはミカゲである。紫水晶の双瞼が瞬いた。
ミカゲからの視線を感じたのか、ユウマは彼の方へと向き直った。そのまま、調子を崩すことなく、ユウマは言葉を続ける。
「――それに、言われっぱなしで終わるわけにはいきませんから」
――しかしながら、ユウマの瞳には滾る炎が宿り、声の調子にも刺々しさがあった。敵意というにはあまりにも無垢で、敬意というにはあまりにもドロドロしている。強いて言うなら、対抗意識。
イノリにはユウマの発言は理解できなかった。だが、ミカゲは彼の言葉から何かを察したのだろう。目を瞬かせた後、眉間に皺を寄せた。まるで「しょうもない事実に気づいてしまった。気づかなければよかった」と言わんばかりに。
ユウマは笑いながら「“泥をかぶるのが軍人の仕事”ですしね」と締めくくったが、ミカゲは何か言いたそうにヨリトモへ向き直った。ヨリトモも渋い表情を浮かべていたが、部下の自主性を信じることにしたらしい。黙したきり、何も語らなかった。ミカゲも追及することをやめたようで、小さく肩をすくめた。
矢面に立つ代表者たちが決まったところで、イノリたちは前を向いた。ドラグメガマウスの死骸が転がる先に、奥へと続く一本道がある。
この奥には、クラディオンの勇敢な兵士たちが待ち構えているのだ。陸の民/U.E.77年代表の人間として、気を引き締めなければならない。
イノリたちが決意を新たに、一歩踏み出したときだ。奥の岩場から人影が2つ、姿を現す。浅黒い肌に尖った耳――ルシェ族の青年であった。
(……あれ?)
青年たちの様子に違和感を覚えて、イノリは思わず目を瞬かせた。
夕焼け色の髪にバンダナを巻いて、青の装束に身を包んだ青年の手には、銛が不自然な形で握り締められていた。“今にも投擲しようとしたが、結局投擲することが叶わぬままだった”と言わんばかりの体勢だ。こめかみからは嫌な汗が流れている。
心なしか、彼の隣にいた青年――白銀に近いペールグリーンの髪を束ね、薄緑の装束に身を包んだ方――も、“台詞を忘れた役者がアドリブで取り繕おうとしたら、収拾がつかなくなった”かのように視線を彷徨わせていた。どちらにも、挙動不審という共通点がある。
気のせいでなければ、岩場の裏で何かがこそこそと引っ込んでいく姿が見えたように思う。あの格好は、王都で見かけた衛兵と同じ装備だ。ルシェ族の兵士たちはひそひそと話し込んでいる。彼らはイノリたち異邦人――特に、陸から来たルシェであるシキに向けられていた。
「あれが、ウィータ様が仰っていた“ニアラを討つ者”なのか?」
「あの同胞、私たちとは違う服を着ているわ」
「陸の国から来たルシェらしい。アトランティスから陸に向かうなんて、変わってるよな」
ルシェたちの会話に耳を傾ける。異国で暮らす同族/那雲シキの存在は、アトランティスの民からしてみれば珍しかったのだろう。
他の場所からも視線を感じて、イノリは別な方向へと目を向けた。そちらの方でも、兵士たちがひそひそと会話している。
「なあ、どうするんだ? エーグル団長とモルス、あの体勢のまま前に出たぞ?」
「……そりゃあ、さ。異邦人と言えど、同胞から“ああいうこと”を言われたらなあ」
「今まさに、我々は“異国の同胞”の言うド屑になろうとしていた訳か……」
兵士たちの会話を耳にしたイノリは、ほぼ反射的にシキへと視線を向けた。幸か不幸か、彼女には兵士たちの話は聞こえていないらしい。深緑の瞳は、青装束を身に纏った青年へと向けられていた。
青年たちはイノリたちの存在に警戒している様子だった。相手の出方を伺うように、じっとこちらを見返している。
青装束を身に纏った騎士も、薄緑の装束を身に纏った騎士も、いつでも得物を構えて攻撃を仕掛ける体勢を取っていた。
しかし、シキの眼差しに込められた想いは伝わっているのだろう。彼らが得物に添えた手が、ほんのわずかだが震えていた。
重苦しい沈黙の中で、イノリは一歩前に出た。
押しつぶされそうになるのを踏みとどまるようにして、第一声を紡ぐ。
「初めまして。私はノーデンス・エンタープライゼスの特務部署・13班に所属している渡来イノリです」
「俺はISDF極東本部特殊戦術部隊所属、如月ユウマです。ノーデンス・エンタープライゼスの13班とは、作戦行動を共にしています」
重苦しい空気の真ん中に、大きな風穴が空いたような感覚。この場に流れていた空気が一変したのを肌で感じとる。やや遅れるような形で、ユウマがイノリの自己紹介に続いた。彼の言葉を引き継ぐようにして、イノリは自分たちがこの地に足を踏み入れた理由を告げる。
「真竜ニアラ打倒のため、アトランティスの滅びを覆すため、私たちは東京――陸の国からやって来ました」
「なんだと……!?」
青装束を身に纏った青年が眉間に皺を寄せた。彼の言葉を皮切りに、洞窟中に動揺が広がっていく。イノリたちを値踏みするような眼差しが、あちこちから突き刺さってきた。
内心、とても居心地が悪い。しかし、イノリは真っ直ぐ青年たちを見返した。自身の実力はミカゲやユウマには遠く及ばないが、この意志だけは誰にも負けていない。
「みなさん、武器を収めてください。彼女たちこそ、託宣に提示された“狩る者”――竜殺剣の担い手となる勇者たちです」
そのときだ。岩場の奥の方から、1人の女性が姿を現した。
海岸の波打ち際を思わせるような蒼と白の髪が揺れる。金色に輝く瞳は、イノリたちを――ひいては希望そのものを、揺らぐことなく見据えてきた。
アトランティカで出会った神官が身に纏っていたローブとは違い、白と水色を基調にしたワンピース風の巫女衣装にマントを羽織っていた。
兵士たちの中でも、彼女が身に纏っている服は人一倍技巧が施されている。下層区に流れ着く前は、それなりの地位と身分を有していたことが伺えた。
短剣を得物にしている騎士たちと違い、彼女の得物は大きな鎌だ。不気味なそれは、死神を連想させる。
神秘的な雰囲気を纏う女性に、イノリたちの眼差しは釘付けだった。
「それは本当か? ウィータ」
「はい」
青装束を身に纏った騎士の問いに、女性――ウィータは迷うことなく頷いた。彼女の名前には聞き覚えがある。首都で出会ったアトランティスの民が口にしていた名前だ。
文官や兵士から様付けで呼ばれていたし、執政官のタリエリも彼女の名前を口にしていた。特に後者は、ウィータという人物に対して、強い感情を抱いているようだった。
イノリがそんなことを考えていたとき、ウィータはこちらに視線を向けて会釈した。柔らかな微笑みには一切の敵意がない。イノリたちを味方と認識し、信頼している。
「私はウィータ・クリュティエ。嘗て、アトランティスの王宮に仕えていた
「
「はい。星の聲を聞きとることで、未来を見通す力を有する術師たちの総称です。戦場では鎌を携え死相を操って、味方の死を覆し、敵の命を刈り取ります」
柔らかな態度を崩さぬまま、ルシェ族の
丁寧な物腰と不気味な大鎌――なんともミスマッチな光景である。
ウィータは穏やかに微笑みながら、自分の前に立つ青年たちを紹介した。
夕焼け色の髪に青装束を身に纏った騎士はエーグルといい、クラディオンの私兵団を束ねる団長だという。つまり、後ろの方で転がっているドラグメガマウスを狩った兵団の代表者だ。その実力は計り知れない。
対して、ペールグリーンの髪に薄緑色の装束を身に纏った騎士はモルスといい、ウィータの弟らしい。彼もまた、私兵団に所属してドラゴンと戦っている。平和だった頃は鍛冶師見習いとして修業に明け暮れていたという。
「では、集落の長の元へ案内しま――」
「待ってくれ、ウィータ。その前に、どうしても確かめたいことがある。……こいつらが本当に、ニアラを狩る者なのかを」
イノリたちを案内しようとしたウィータを、エーグルが引き留めた。言葉にはしていないものの、モルスも同じ気持ちらしい。眼差しで姉へと訴えていた。
ウィータは一瞬不安そうに表情を曇らせたが、二つ返事で頷き返した。「構いませんか?」という彼女の問いに、イノリは2つ返事で頷き返す。
“イノリたちが本当に、託宣で示された英雄なのか”――そう疑問に感じるのは当然のことだ。戦いになることは想定済みである。
戦いの形式は、代表者による一騎打ち。アトランティスの騎士たちが行う決闘の形式だという。武装私兵団の代表はエーグルとモルスだ。
つい数刻前の会話を思い出し、イノリはシキへと視線を向けた。シキも迷いなく頷き返し、前に出る。
“代表者=チームのリーダー”でないことに驚いた/不満なのか、エーグルの眉が怪訝そうに吊り上げられた。
「お前は?」
「ノーデンス・エンタープライゼスの特務部署・13班に所属している、那雲シキよ。陸の民の代表として、陸のルシェの代表として、貴殿との一騎打ちを所望するわ!」
「……分かった。クラディオン自警団団長として、海の民の代表として、その申し出、受けさせてもらおう」
堂々とした態度を崩さぬシキに、エーグルは真剣な面持ちで頷いた。
その向こう側では、モルスとユウマが対峙している。どうやら、ISDF側からはユウマが一騎打ちに挑むらしい。イノリの視線に気づいたのか、ユウマはゆるりと目を細めた。
「自分は大丈夫」と、翡翠の眼差しは自信満々に告げる。イノリも微笑み、頷き返した。ユウマなら大丈夫だろう。イノリはシキへと視線を戻した。シキとエーグルが対峙する。
ユウマとモルスの審判役は、自警団に所属する騎士だった。シキとエーグルの審判役はウィータだ。戦闘開始の合図と共に、4人が勢いよく駆け出した。
■■■
金色の竜を討つのは、時を超え、彼方より来る異邦人。かの者たちもまた、“竜を狩る者”。
陸の民と海の民が手を取り合いしとき、“竜を狩る者”たちは青く輝く剣を以てして、絶望を吹き払うであろう――。
ウィータの予言を思い出しながら、エーグルは目の前の少女――シキと戦いを繰り広げていた。
陸からやって来た、異国の同胞。短剣にマナを纏わせ戦う騎士/ルーンナイトとは違い、シキは己の拳にマナを込めて打ち込んでくる。陸の国に伝わる武術なのだろう。
短剣と拳がぶつかり合い、派手に火花が散った。エーグルは即座にシキの拳を撃ち払うと、勢いそのままに彼女を斬り付けた。彼女の表情が痛みに歪む。
しかし、次の瞬間、シキが笑みを浮かべた。まるで、獲物が罠にかかったことに喜ぶ漁師の表情――エーグルがそれに気づいたときにはもう遅かった。
「その程度ッ!?」
「ぐッ!?」
みぞおちに一撃が入った。エーグルの体がぐらりと傾く。迫る追撃をなんとか躱して、エーグルは態勢を整えた。
素早さではエーグルの方が上だが、シキの一撃は重く侮れない。しかも、彼女の武術は“後手に回ることを前提にした”攻撃も持っている。
迂闊に攻撃すれば、即座に反撃の餌食になるのだ。この攻撃の存在だけで脅威である。陸の国に伝わる武術も、アトランティスに伝わる武術とは引けを取らない。
「拳に気を……続けていくから!」
シキは一撃叩きこみ、その勢いのままもう一撃を喰らわせた。辛うじて直撃は避けたが、身体に違和感を覚える。マナの流れが乱されたような感覚だ。
彼女が嗜む武術は、身体を巡るマナを自在に操ることができるらしい。自身の傷をそうして治療したように、それは敵味方に適応される。
再び打ち合いを再開させた。刃と拳がぶつかり合い、火花を散らす。いくら傷ついても、シキは決して止まることはない。逃げることなく喰らいついてきた。
陸の民たちは「ニアラを倒しに来た」と言う。ウィータもまた、「彼女たちがニアラを倒す者だ」と断言した。
しかし、エーグルにはどうしてもそうは思えなかった。シキの一撃をいなし、エーグルは距離を取った。
「今の打ち合いで、よく分かったぜ。――少なくともお前は、ニアラの尻尾にも触れねえってことがな!」
エーグルは躊躇うことなくマナを解き放つ。シキは次の一撃が必殺技であることを察知したのだろう。表情をこわばらせた。勿論、エーグルは止まらない。
「――これで引かなきゃ、死ぬぞ」
警告と共に、短剣に己のマナを収束させた。マナに呼応して、この場に吹雪が舞い始める。シキは逃げない。逃げようとすらしなかった。
むしろ、真正面から受け止める覚悟を固めたようだ。深緑の瞳はエーグルから逸らされることはない。
「そんなの、やってみなければ分からないわ」
――彼女の声が、やけに鮮明に響いた。
思わずエーグルは目を瞬かせる。
拳を構えて、シキが不適に笑い返した。
「貴方の想い、全力で受け止める! それが、淑女の嗜みというもの……!!」
一瞬、その眼差しに引きこまれたような心地になったのは何故だろう。深緑の双瞼に魅せられる。揺らぎかけた己を律しながら、エーグルは得物を掲げた。
「おおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
エーグルのマナを纏った短剣は、青く透き通った槍へと姿を変える。穂先から冷気が解き放たれた。シキの姿は、あっという間に吹雪に飲まれる。
吹雪が晴れた先には、巨大な氷塊が鎮座していた。それ目がけて、エーグルは槍を構えて突進する。勢いそのまま、その一撃を氷塊へと叩きこんだ。
(他愛もない)
自分の勝利を確信し、エーグルは戦闘態勢を解いた。陸の民の代表者であるイノリが表情をこわばらせている。
この場を覆い尽くしていた冷気の白煙が晴れていく。そこに広がっていた光景に、エーグルは思わず息を飲んだ。
立っていた。冷気で肌を焼かれ、氷によって刻まれた裂傷から血を滴らせ、荒い呼吸を繰り返しながらも、シキは健在だった。
「……危なかった……!」
満身創痍になりながらも、シキは戦う姿勢を崩さない。よろめいても、ボロボロになっても、深緑の瞳に宿る輝きは陰っていなかった。
いや、それよりも、ニアラの尾にすら触れられない少女が、エーグルの奥義に耐え抜いたのだ。一体全体、何が起こったのだろう。
「お前、オレの奥義をどうやって!?」
「そんなの、気合に決まってるじゃない……!」
根性論? そんなもので、エーグルの奥義に耐え抜いたというのか。この少女は。
「拳に気を……!」
次の瞬間、シキが大地を蹴る。呆気に取られていたためか、エーグルの反応が遅れた。
(しまっ――!)
「――ここで決める!」
防御する前に、シキの一撃がみぞおちに叩きこまれた。ただの正拳突きではなく、暴力的なマナを込めた正拳突きだ。
堪らずエーグルは体勢を崩す。勿論、シキは足を止めない。次の瞬間、彼女が己のマナを解き放った。
シキとエーグルの立場が逆転する。今度は彼女の攻撃が炸裂する番だ。防御しようにも、シキを止めることなど不可能である。
「我が想いを拳に込めて――ッ、てやあああああああああああああッ!!」
何発も何発も拳を叩きこまれる。そうして最後に、シキは容赦なく頭突きを喰らわせた。
もろに喰らったエーグルは吹っ飛ばされ、大地に叩き付けられる。その衝撃を最後に、意識が断線した。
***
「――ああ、気がついたのね?」
ぼんやりとした視界が、だんだんと鮮明になっていく。木漏れ日を連想させるような金と緑の色合いが、エーグルの視界いっぱいに広がっていた。
一歩遅れて、何とも言えない甘い香りが漂い始める。何の香りだろう? こういうものは上流貴族の嗜みで、下層民には縁のないものだ。
ウラニアやウィータが何かを話していた気がするが、話半分で聞き流していたか。それを悔いる日が来るなんて思わなかった――。
そこまで考えて、自分の視界いっぱいに広がるものの正体を理解する。女性の顔だ。つい先程まで相対峙していたはずの、決闘の相手――シキ。エーグルがそれを理解した途端、自分の感覚器官が膨大な情報を提供してきた。
ここは民家だ。クラディオンの集落にある、エーグルの自室。シキとの戦いで気を失ったエーグルは、そのまま集落へと運び込まれたらしい。多分、ここを教えたのはウィータであろう。シキ以外の人々は、ここには居ない様子だった。
頭部を支える柔らかなものの正体は、シキの膝である。俗にいう、膝枕だ。少し視線をずらせば、眩いばかりに白い脚が視界に飛び込んできた。真正面から顔面を殴られたような心地になったのは何故だろう。エーグルの頭は爆発寸前だった。
「え? は、な……え!?」
「急に動かないで。体に、どこか不調は無い?」
飛びあがって逃れようとしたエーグルだが、シキに引き留められた。彼女はごく自然な動作で、エーグルの表情を覗き込む。
近い。近い近い近い。色白の肌には程よく赤みが差していて、やけに艶っぽく見える。金色の髪がきらきらと光を放つ。まるで、太陽の日差しのようだ。
戦いでは苛烈に燃え上がっていた深緑の瞳は、今は惜しみない慈愛で満ちていた。似たようなものを、エーグルはどこかで見たことがある。
宝石の類が頭に浮かんだ。モルスが作った装飾品に使われた、透き通った緑色の宝石。あれは、何という名前だっただろうか――。
「ねえ、大丈夫? まだぼうっとするの? 調子が悪いのかしら?」
「はっ!? ……べ、べつに平気だ」
エーグルはぶっきらぼうに返事をした。が、突き放すような返答をしてしまう。しまったと思ってももう遅い。
恐る恐る、エーグルはシキを見た。シキはエーグルの様子をしげしげと確認した後、安心したように微笑んだ。
「よかった。傷の治療が終わっても、意識が戻らないから心配してたの」
「……治療? お前が治したのか?」
「ええ。いくら決闘の相手と言えども、気絶した人を放って置けないわ」
「そ、そうか。……あ、ありがとな」
「医者の卵として当然のことをしたまでよ」
躊躇うことなく言ってのけたシキに、なんだか居たたまれない気持ちになる。一応、礼は言えたけど、胸の奥が酷くもやもやするのだ。
シキが何かやったのかと思って視線を向けても、彼女の笑顔には一切の悪意がない。エーグルが大丈夫であることを確認すると、シキは立ち上がる。
どうやら、地上からの来訪者は外で現状を確認している様子らしい。本格的な話し合いは、自警団の団長であるエーグルも交えて行うのだという。
「意識が戻ってすぐにこんなことを頼むのは心苦しいのだけど……」
「分かった。すぐ行く」
エーグルはそそくさと自室から出ようとして、足を止めた。胸の奥がもやもやする原因なんて、本当は既に理解している。改めて意識すると気が重くなった。
決着がつく寸前まで、エーグルはシキに対して誤った認識をしていた。彼女の実力は確かに未熟だし、エーグルが油断していなければ勝ち得なかっただろう。
しかし、シキは諦めなかった。絶対的な絶望の中でも、決して折れなかった。彼女たちの眼差しから伝わってきた想いは、エーグルたちと変わらない。
……いや、想いの強さは、エーグルたち以上だ。だから、エーグルの奥義を喰らって満身創痍になっても倒れなかった。
実力を認めたわけではない。けれど、意志の強さなら――確かにシキたちは、竜殺剣の担い手として相応しいだろう。
急に足を止めたエーグルの様子が気になったのだろう。「どうかした?」と、シキが小首を傾げた。深緑の宝玉がエーグルを映し出す。――どうしても直視できなくて、エーグルは目を逸らした。
「……あと、さ」
「?」
「さっきの決闘で言ったこと、訂正する。……今のお前等じゃ、ニアラの尻尾に触れるのが手一杯だろうな」
これが、エーグルにできるギリギリの譲歩だ。目を丸くするシキを視界の端に映しながら、エーグルは逃げるようにして部屋から飛び出した。
気のせいでなければ、背後の方からくすくす笑う声が聞こえてきた。振り返った先にはきっと、楽しそうに笑うシキの姿があるのだろう。そんな予感がした。
『――成程な。孫に好意的な異性を目の当たりにすると、こんな気持ちになるのか』
不意に、どこからともなく人の声が聞こえてきた。エーグルは足を止めて周囲を見回す。突然足を止めたエーグルの様子に驚くシキが目を丸くした。
『今なら、キミが心配する理由がよく分かるよ。ミカゲ』
今度はエーグルの背後から声がした。悲痛と悲壮に満ちた声。
振り返った先には――やはりと言うべきか――誰も居ない。
ただ、得体の知れない予感に、エーグルの体がぶるりと震えた。
【おまけ】
ミカゲ「ねえヨツミン。お前さんの得物は短剣だろ? なんで今銃持ってんの?」
ヨツミ『ミカゲ。私は銃の扱いが不得手なだけで、ハイディングの適性はヒイナと同格だ』
ミカゲ「それがどうしたの?」
ヨツミ『孫に好意的な異性を発見した』
ミカゲ「…………」
ヨツミ『…………』
ミカゲ「…………」
ヨツミ『…………』
ミカゲ・ヨツミ(何かが通じ合ったようにビシガシグッグッ)
ユウマ「どうしたんでしょう、あの2人」
ヨリトモ(不吉な予感を察知)
―――
今回の話で登場したシキのスキルは、順番に迎撃スタンス⇒ダブルフック⇒最期の炎⇒クーデグレイス⇒ブリッツエンデ(エグゾースト)。エーグル視点なので、ゴッドハンドのスキル名を明確にせず書きました。
思った以上にシキが前面に出た構成になったことにびっくりしてます。初期構想は“原作通りにエーグルが奇襲⇒シキ「奇襲戦法など邪道。男は拳で語れ! 拳で語るが淑女の嗜み!」一同「エェェェ!?」⇒訳わからんままシキVSエーグルの一騎打ち⇒河原の殴り合い宜しく互いを認め合う”ギャグ風味だったのに、なんでこうなったのか。
シキが同族に対してむやみやたらとハードルを上げた結果、奇襲そのものが無くなってしまったという珍事。代わりに、ウィータとエーグルに頑張ってもらいました。ルシェの決闘に関する云々はねつ造です。玉砕反対派の人々は、根が律儀だといい。期待されると応えたくなる性分だと尚いい。
シキとエーグルのフラグが立ちました。同時に、ヨツミがエーグルにフラグを立てました。ミカゲと通じ合った時点で、何が起きるかは大体見当がつくと思われます。オマケの後半でヨリトモとユウマが出ているのも意味があったりします。しょうもないけど。