花咲く世界のクロニクルセブン -じじいと孫のCode:VFD-   作:白鷺 葵

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・この時点で覚えていない技を使って戦う場面があります。ご注意ください。


灯火の火種

「助けてくれてありがとう」

 

「恩に着るよ」

 

 

 逃げ遅れたルシェの民を助けながら、ノーデンス13班とISDFは坑道を進んでいく。

 奥へと続く洞穴が見えたとき、どこからともなく竜の咆哮が響き渡った。出所は、眼前に広がる洞穴からである。

 

 

「この奥が鍛冶場なんだ。メイヘムはこの先にいる」

 

 

 モルスの言葉を聞いたイノリたちは、洞穴へと視線を向けた。強敵――帝竜メイヘムとの戦いを予期し、気を引き締めたのだろう。しかしながら、Code:VFDの主導権はISDF側に握られていた。実力も経験も、雇われた元一般人よりも軍人の方が上だ。

 急ピッチで才能が開花しているとは言えども、ノーデンス13班が帝竜に勝てるかと問われれば微妙である。できないわけではないが、泥試合になることは確実だろう。最も、泥臭い勝利はミカゲ含んだ旧13班の十八番なのだが。それでよければ問題はない。

 だが、計画には確実性が求められている。そのため、帝竜戦で矢面に立つのは、当然のようにISDFの2人――ミカゲの教え子(ヨリトモ)教え子の部下(ユウマ)に決まった。勿論、帝竜戦の要もユウマである。彼は堂々とした様子で、粛々と帝竜退治を引き受けた。

 

 次の瞬間、ユウマの表情が歪む。彼は呻き声を噛み殺すように歯を食いしばり、頭を抑えた。

 

 

「どうした、ユウマ?」

 

「……い、いえ、大丈夫です。問題ありません、提督」

 

 

 ユウマの表情が歪んだのは一瞬のこと。ヨリトモに声をかけられたときにはもう、平時のような笑みを浮かべていた。その笑い方に、ミカゲは何とも言えない違和感を覚える。

 部下の様子がおかしいと気づいたのは、上司のヨリトモも同じだった。後者は追及しないことを選んだようだが、ミカゲはどうしても追及せずにはいられなかった。

 

 思わず、ユウマに問いかける。

 

 

「なあ、本当に大丈夫なのか?」

 

「大丈夫ですよ。貴方の出る幕はありませんから」

 

「……うっわ。普通、そんなバッサリ言うかよ」

 

 

 ミカゲの心配/気遣いを切り捨てるように、ユウマは堂々とした笑みを浮かべた。彼の言葉はやけに刺々しい。快く思われていないことは明白である。

 元々、ミカゲも彼を快く思っていない。“イノリに近づく異性”という観点からなのだが、ユウマはそれとは別方向で、ミカゲに対して対抗心を抱いているようだ。

 U.E.77年に生きる人々からすれば、80年前の竜戦役――嘗ての旧ムラクモ13班、あるいはそこに所属していた渡来ミカゲは過去の遺物だ。古き時代の化石でしかない。

 

 敵意に近い感情を抱くユウマに、ミカゲが真正面から訊ねても答えない。曖昧にはぐらかして逃げようとするだろう。

 ……少々嫌らしいやり方だが、致し方がない。ストレートがダメなら変化球で攻めるのがセオリーだ。変化球だって立派な戦術である。

 

 脳裏に浮かんだのは、忘れられない親友。人類戦士に至った男が、まだ人間だった頃のこと。

 

 

「……俺の親友の話なんだけどさぁ」

 

「?」

 

「そいつ、人体実験の後遺症で、しょっちゅう発作を起こしていたんだよ」

 

 

 藪から棒にそんなことを言われ、ユウマは目を白黒させた。“渡来ミカゲの親友”なんて、普通に考えれば1人しかいない。その人物がどんな末路を辿ったのか、ユウマはおそらく知っているはずだ。たとえ知らなかったとしても、ヨリトモが説明してくれるだろう。

 

 

「発作が起きる度に胸を抑えてたんだ。人体実験されるとき、胸部に機械の管つけられてたから」

 

 

 タケハヤが人体実験を受けていた現場を、ミカゲは何度も目にしたことがあった。当時の光景を思い浮かべる。

 耳をつんざくような親友の悲鳴、四方八方に伸びた管、目まぐるしく点滅する機械、数値が変動した画面――。

 

 人体実験なんて、とてもじゃないが見ていられる光景ではなかった、けれど、目を逸らすことだけはどうしてもできなかった。してはいけないと思っていた。

 タケハヤの人体実験が行われた理由は、半分はミカゲが原因であった。ミカゲを“対竜兵器の担い手”とするための踏み台として、人体実験が行われたためだ。

 残りの半分は、異母姉である日傘ナツメの私利私欲である。彼女は力を求めて竜となった。己が神となるために、ナツメはSKYの幹部たちに非道な実験を行った。

 

 タケハヤは、ミカゲとナツメ絡みの実験のせいで、命を著しくすり減らしたのである。

 

 

『俺は、俺の人生を後悔したことは一度もない。俺の生き方は、俺が選ぶさ』

 

 

 「お前等のせいで」となじってくれればどれだけよかったか。「責任を取れ」と言って、ミカゲを人類戦士にさせれば良かっただろうに。そうするだけの理由がタケハヤにあるし、そうされるだけの理由がミカゲにもある。それなのにタケハヤは、ミカゲに八つ当たりすることなく、喜んで自分の命を燃やし尽くしたのだ。閑話休題。

 

 

「なあ優男。お前、頭を抑えたよな」

 

「――!」

 

 

 ミカゲの言葉に反応したのか、ユウマの笑顔が消えた。険しい面持ちは、それ以上の追及を拒んでいる。もしかしてと思い、ミカゲは彼の頭へと手を伸ばした。

 次の瞬間、ユウマは鬼気迫った表情でミカゲの手を弾き飛ばした。乾いた音が響き、ミカゲの手が薄らと赤くなる。途端にユウマはバツが悪そうな表情を浮かべた。

 手短に謝罪して、彼は前を向き直る。「これ以上追及しても答えない」と、暗に示しているらしい。最も、ユウマの反応はミカゲの問いに「是」と答えたも同然だが。

 

 ミカゲはヨリトモへと視線を向けた。ヨリトモは即座に視線を逸らす。これで答え合わせは充分だ。

 

 

(ISDFの対竜兵器……もしかして、俺が追いかけてた兵器は――)

 

 

 精神種族として5000年の時を生き、実体化するにあたって失われてしまった己の記憶。自分が死ぬ前に追いかけていた、ISDFの対竜兵器――その断片に、ようやく手が届いた。どんな兵器だったのか、兵器開発の責任者のこともすっかり忘れてしまっていたが、前者の答えは目の前にあったのだ。

 勿論、“対竜兵器が生物兵器である”という可能性を視野に入れていなかったわけではない。ミカゲ然り、シラユキ然り、マリナ然り、そういう用途で生み出された/生かされた命があったことも事実だ。そして、彼女たちが居てくれたおかげで地球が救われたのも事実である。

 

 でも、本来は、そのような用途で命を生み出すことはあってはならないとミカゲは思っている。悲しい思いをするのは、自分たちの代で充分だ。

 生まれ落ちた命を否定するつもりはない。生まれ落ちた命に宿命と痛みを課すであろう“生物兵器”という括りを否定したいだけなのだ。

 もっとも、ミカゲの想いは当事者には通じにくいようだが。拒絶するかのようなユウマの背中を眺め、ミカゲはひっそりとため息をつく。

 

 

「おじいちゃん……?」

 

「……何でもないよ。気にすんな」

 

 

 不安そうにこちらを見つめるイノリに、ミカゲは曖昧に微笑んでみせる。内心は憂いだらけなのだが、それにイノリを巻き込むことは憚られた。

 

 

「総員、戦闘配置。帝竜メイヘムに備えろ。――突入する!」

 

「はい!」

 

 

 Code:VFDの主導権を握っているヨリトモが音頭を取る。イノリたちが頷き返した。

 老兵であるミカゲ/旧ムラクモ13班は、特に何も語らず後継者たちの背中を見守った。

 

 

 

■■■

 

 

 

「あれが、帝竜メイヘム……」

 

 

 鍛冶場に居座る巨体を遠巻きから眺めて、イノリは感想を零した。

 

 東京で対峙した帝竜スペクタスとは違い、翼のない四足歩行のドラゴンだ。背や頬にはサンゴ礁を思わせるような角が生え、長く細い尻尾を鞭のようにしならせる。顎の下には小さな棘が生えていた。

 オリオンブルーに輝く体躯は、クラディオン周辺を流れる清流の色を連想させる。対して、顎の部分は血のように毒々しい赤色だった。毒を有するマモノは己の毒性/危険性を誇示するために、派手な色をしている個体が多い。

 

 

「緊張しているんですか?」

 

 

 不意に声をかけられた。声の方を振り向けば、ユウマが歩きながらもイノリの方を向いていた。

 ユウマは相変わらず、余裕の笑みを浮かべている。自信と誇りに満ち溢れた、翡翠の眼差し。

 彼の表情――柔らかな笑みを見ていると、なんだか安心する。イノリは思わず表情を緩めた。

 

 

「……はい。実は、ちょっとだけ」

 

「大丈夫ですよ。キミたちには後方支援に回ってもらいますから」

 

 

 帝竜を狩るのは自分の役目だと締めくくり、ユウマは微笑む。彼は帝竜を一撃で屠る力を有しているのだから、当然と言えば当然のことだ。

 

 だが、先程彼が見せた異常が気にかかる。頭を抑えて呻いた姿は、どこからどう見ても大丈夫ではなかった。

 それを追求した祖父があしらわれたことから推測するに、ユウマは己の異常事態について語ろうとしないだろう。

 

 

(……私は、ユウマさんにとって、“頼りない一般人”なんだろうなあ)

 

 

 イノリとユウマの間に横たわる差を、ひしひしと感じる。その事実が重苦しい影を伴い、イノリの心に纏わりついた。なんだか悲しくなってきて俯く。自分の不甲斐なさが嫌になったのは、祖父が目の前で亡くなったとき以上だ。

 そんなイノリを不思議そうに見つめるユウマの眼差しが痛い。彼から「どうかしたのか」と問われる前に、イノリは顔を上げた。取り繕うように――あるいは気分を切り替えるように、前を向く。

 眼前では、イノリたちの存在に気づいたメイヘムが威嚇態勢を取っていた。帝竜の唸り声が、洞窟の中に造られた鍛冶場一帯に反響する。思わずイノリは身構えた。他の面々も険しい顔をして帝竜に向き合う。

 

 その中でも、ISDFのヨリトモとユウマは涼しげな表情を崩さなかった。この2人にとって、帝竜との戦いは日常茶飯事なのだろう。特にユウマは、粛々と任務に挑みながらも、口元には不敵な笑みを浮かべている。

 ミカゲを筆頭とした旧ムラクモ13班員は真剣な面持ちで帝竜と対峙していた。80年前に帝竜を倒してきた英雄たちの横顔は、とても心強い。彼らの胸を借りるつもりで、イノリもメイヘムを睨みつけた。リヒト、ソウセイ、シキ、ウィータ、モルスも、緊張した面持ちのまま身構える。

 

 メイヘムが高らかに咆哮する。ヨリトモとユウマが前線に立とうとしたとき、突然ユウマが崩れ落ちるように膝をついた。苦悶の声を上げて、頭を抑える。イノリは慌てて彼の元へと駆け寄った。

 

 

「ユウマさん!? 大丈夫ですか!?」

 

「ぁ、……っぐ、ぅ……! ……あ、頭、が……ッ……!!」

 

「頭……!? まさか、さっきのアレは……!」

 

 

 頭を抑えて苦しむユウマに、イノリは先程のことを思い出す。

 あの動作――しきりに頭を抑えていたのは、やはり異常事態だったのだ。

 

 

「インストールの副作用か……!」

 

(――え?)

 

 

 焦りを滲ませたヨリトモが、思わずと言った調子で零した言葉を追及する暇はなかった。

 

 急に動きが鈍くなったユウマを獲物に定めたのか、メイヘムが高らかに咆哮する。奴は尻尾を鞭のようにしならせ、それをユウマ目がけて振り下ろした。

 イノリは迷うことなくユウマの前に躍り出る。咄嗟の判断のため、自分が防御する暇なんてない。メイヘムの一撃が直撃するのを覚悟する。

 しかし、尻尾がイノリに直撃する寸前、誰かが前へと飛び出した。尻尾の一撃は、イノリの前へと飛び出した誰かに当たる。間の抜けた悲鳴が響いた。

 

 

「っでぇぇ……! やっぱ、痛いモンは痛いぜ……!」

 

「モルスさん!?」

 

 

 イノリたちを庇い、メイヘムの攻撃を受けたのはモルスだった。

 彼は苦悶の表情を浮かべたが、すぐに口元を拭い、調子よさげに笑い返した。

 

 

「大丈夫、へーきへーき! それよりも、奴が来るぞ!」

 

 

 モルスが短剣を構えてメイヘムと対峙する。次の瞬間、イノリを除いたノーデンス班が前線へと躍り出た。誰もが武器を構えて、メイヘムを睨みつけている。

 

 

「リーダー!」

 

「イノリさん!」

 

「イノリ!」

 

 

 イノリを呼ぶ声が響く。イノリは一瞬呆気にとられ――自分がノーデンス班であることを思い出す。仲間たちは、リーダーであるイノリを待っているのだ。

 正直、ユウマのことが気にかかる。だが、イノリは13班のリーダーだ。現状では、リーダーの務めを果たすことが最優先事項である。

 イノリは迷うことなく前を見た。仲間たちの元へ――前線の真ん前へと躍り出る。それを目の当たりにしたヨリトモが、驚いたように声を上げた。

 

 

「任せていいのか……?」

 

「はい! ですから、ヨリトモさんはユウマさんを!」

 

「……恩に着る!」

 

 

 ヨリトモはユウマと共に戦線から離脱する。それを確認して、イノリはメイヘムへと向き直った。

 

 

『ヨツミさん、シラユキ! ユウマくんをお願い!』

 

『心得た!』

『了解!』

 

 

 ユイの指示を受けたヨツミとシラユキは、迷うことなくユウマの元へと駆け寄った。研究者/医師のヨツミがユウマに応急処置を施し、シラユキが治癒術を使う。ヨリトモは驚いたようだが、すぐに感謝の言葉を述べた。

 彼らの様子を横目にしつつ、ミカゲが刀の鞘に手をかける。リョウスケがキーボードを具現化させ、ヒイナが二丁拳銃を弄び始めた。マサハルが構えを取り、ユイがメガホンを構えて戦闘態勢を取った。

 

 

「――よし! みんな、行くよ!!」

 

 

 イノリの号令に従い、13班たちが飛び出した。

 

 

「リョウスケ!」

 

『任せてよ! 全力で行きたいもんね!』

 

 

 ミカゲの指示を受けたリョウスケは、即座にキーボードを展開した。恐ろしい勢いでキーボードを叩いて、彼は現実を書き変える。80年前のハッカーが駆使した技――Bデータイレイザーだ。状態異常の回復を早める効果がある。

 だが、リョウスケ程の実力者だと、状態異常を即座に消去できる。クラディオンのルシェたちが脅威だと言う、メイヘムの毒対策だ。他にも、予算の許す限り、イノリたちは薬品類や装飾を購入している。

 毒を直すポワゾル、複数の状態異常を直すオゾナール、毒を防ぐお守りであるポイズンガード。そんなことなど露知らず、メイヘムは大きく息を吸い込んだ。次の瞬間、奴は尻尾の先端をノーデンス13班に向ける。尾についていた穴が開き、緑の霧が吐き出された。

 

 クラディオンのルシェたちを追いつめた猛毒である。しかし、毒霧の効果は発動しない。

 ポイズンガードによって防がれた者と、Bデータイレイザーによって治癒された者に分かれたためだ。

 

 毒の効果が発動しなければ、メイヘムの攻撃は大したことがない。今度はイノリたちの番である。

 

 

「これが本気? ――舐めてるの!?」

 

『はは、カワイイもんだねぇ。――らっしょい!』

 

 

 シキとマサハルが反撃に移る。前者がアンチ・バステによる状態異常を無効化しながらのカウンター攻撃、後者が吹裂く也によるブレス攻撃を無効化しながらのカウンター攻撃だ。

 痛烈な一撃がメイヘムの喉へと叩きこまれる。しかし、マサハルの攻撃はメイヘムに対して大きなダメージを与えるには至らなかったようだ。威力を比較すれば、シキの方が上だ。

 

 

『くそ。マモノや雑魚ドラゴンには結構通じたのに!』

 

『無茶をやらかせば、オマエが更に弱体化するだけだ。タダでさえ分相応以上なコトをやらかしてんだから、高望みはすんなよ』

 

『そりゃあどーも! ジリ貧での戦いなんて、何度も経験してるからなァ!!』

 

 

 舌打ちしたマサハルに対し、ノーデンスウォッチから声がした。声の主はナガミミだ。マスコットからのアドバイスを聞いたマサハルは苦々しく呟く。しかし、口元には不敵な笑みが浮かんでいた。それが歴戦の勇者としての貫禄だろう。

 

 メイヘムは尻尾を振り回したり、毒の霧を噴射してこちらへ攻撃を仕掛けてきた。一発一発は大したことがないが、塵も積もれば山となる。

 次の瞬間、温かなマナが降り注いだ。見れば、モルスが握る短剣の周囲に魔法陣が展開している。間髪入れず、ユイの歌――癒しのバラードが響き渡った。

 

 

「どこに居ようが同じだ!」

 

『全弾ぶちかますわよ!』

 

 

 ソウセイとヒイナが四方八方に銃を撃つ。銃弾は洞窟内の壁や鍾乳洞に反射した。ジャンプショット――跳弾による攻撃である。

 彼らと同じように、モルスやウィータも準備をする。前者は身命の誓いと呼ばれる技で自身の耐久を上げ、後者は力学の否定で仲間たちの防御力を上げた。

 イノリは赤火の呼気を使って攻撃力を上げ、ミカゲが不動居で力を貯めた。メガホンを構えたユイが大地を蹴り、メイヘムに音波攻撃を喰らわせた。

 

 

『飛んでみたいなっ!』

 

 

 アイドルの攻撃スキル、ベルセルクV。相手の視界を潰して盲目状態にした後、アイドルに狙いを集中させる技だ。

 

 音波攻撃を真正面から喰らったメイヘムが呻く。視界が潰されたのか、尻尾の攻撃は見当違いな場所に直撃した。

 勿論、その隙を逃すはずがない。ソウセイがアイスTROYを、ヒイナがマインスロアーを仕掛けた。

 

 

「氷雨を召喚!」

 

 

 背後に居たリヒトが、氷属性のマナを貯めて六芒星を描いた。青い光が弾け、マナが降り注ぐ。イノリたちのマナを回復させる効果があった。

 しかも、この技は氷属性のカードを使えば使う程、回復量が増えていくという特徴がある。Xバーンと対になる効果とも言えるであろう。

 イノリは双剣を構えてタイミングを待った。隣に居たミカゲも、居合の型を崩すことなくタイミングを待っている。

 

 

『みんな、お願い!』

 

『攻めて叩いて一気に倒す!』

 

 

 攻めに転じるため、ユイがATK☆フォームで陣形を整えた。リョウスケがアタックゲインで仲間たちの攻撃力を一気に引き上げる。

 リヒトは氷のマジュウを召喚した。冷気を纏った蹴りがメイヘムに叩きこまれる。氷のTROYが爆ぜた。それを合図に、イノリとミカゲが同時に飛び出す!

 

 

「そこッ!」

 

「これでッ!」

 

 

 冷気を纏った一撃を叩きこむ。属性攻撃に反応して追撃するサムライの技、風林重ねだ。氷属性のTROYが炸裂し、メイヘムの鱗を冷気が焼く。

 それを見たモルスが、自分の短剣に雷のマナを収束させてメイヘムに斬りかかった。勿論、イノリとミカゲも追撃行動に入った。雷が爆ぜる。

 

 その後に続いて、シキがダブルフック、マサハルが介錯クリンチを叩きこむ。メイヘムのマナが乱れて防御力が下がり、痛烈な一撃を喰らった帝竜は呻き声を上げた。

 追い打ちは終わらない。ソウセイとヒイナが放ったジャンプショットの弾丸がメイヘムの鱗を傷つけた。ウィータが力のオラクルを打ち放ち、メイヘムの命を着実に削る。

 タイミングを待っていたと言わんばかりにヒイナが飛び出した。彼女は不敵に微笑みながら、ラッシュショットを放った。8発の弾丸がメイヘムを傷つける。

 

 次の瞬間、ヒイナが仕掛けていたマインスロアーが誘爆を引き起した。メイヘムの動きが一気に鈍くなる。この調子で攻めれば、帝竜を倒すことが可能だろう。

 

 

(いける!)

 

 

 イノリが勝利への希望を見出したときだった。

 

 メイヘムが高らかに咆哮し、力を貯めるように身を震わせた。体を覆う鱗が見る見るうちに青光りする。鱗と肌が硬質化しているのだ。

 それを目の当たりにしたミカゲが嫌そうに顔をしかめる。直後、ノーデンスウォッチから声が響いた。声の主はナガミミだ。

 

 

『オイ、13班! コイツは強力な硬化で攻撃を防いでくるぞ!』

 

「わかった! 硬化を解除させればいいんだね!」

 

 

 ナガミミの指示に従い、イノリたちはメイヘムに攻撃を仕掛ける。しかし、硬質化した鱗と肌を穿つほどの威力が足りない。イノリの双剣も、リヒトの召喚したマモノたちも、ソウセイの銃も、シキの拳も、モルスの短剣も、ウィータの鎌も、硬質化した鱗と肌によって弾かれる。

 

 

「嘘だろ……!? 攻撃が通らない……!」

 

「敵の攻撃が来ます!!」

 

『りょーかい! 俺に任せてよ!』

 

 

 唖然としていたソウセイを現実へと引きもどすように、ウィータが注意を促した。即座にリョウスケがBデータイレイザーを発動させる。効果の発動よりも一歩遅れて、メイヘムの毒霧が全員に襲い掛かった。

 メイヘムの毒攻撃は無力化できたが、こちらの攻撃が通らないとなると、確実にジリ貧である。どうしたものかと考えあぐねていたとき、何を思いついたのか、ミカゲが目を瞬かせた。「もしかして」と呟き、ユイへと視線を向けた。

 視線で通じ合った2人は、迷うことなく駆け出した。ミカゲが刀を構え、ユイが大地を蹴って飛びあがる。そのまま、ユイはメガホンを使って音波攻撃を放った。硬化してからは一切揺らがなかったメイヘムが怯む。

 

 次の瞬間、帝竜の鱗と肌が割れた。直後、ミカゲの風林重ねが発動して追撃が入る。メイヘムは悲鳴を上げた。ユイの攻撃によって硬質化が解けたため、ダメージが通ったのだ。

 

 

「成程な。半霊体化してる奴の攻撃なら、硬質化をぶち破れるってわけか」

 

『ニンゲンと精神種族とでは、体を構成するマナが違うからな。攻撃の特性も変わってくる』

 

『ということは、私たちのような半実体化状態の場合、“攻撃力は低い代わりに、マモノやドラゴンの特殊な強化を打ち消せる”ってこと?』

 

『だな。適材適所ってヤツだ』

 

 

 ミカゲとナガミミの言葉を聞いたユイがはっとしたように目を瞬かせた。ナガミミは二つ返事で頷く。「人間とマモノのマナには大きな差がある」という話は授業で習っていたが、それがユイたちに適応されるとは思わなかった。

 メイヘムが再び肌や鱗を硬質化させたとしても、それを打ち破る方法を見出せたのだ。ノーデンス13班と旧ムラクモ13班の力を合わせれば、勝機がある。イノリは仲間たちの方へ視線を向ける。仲間たちは力強く頷き返した。そうして、帝竜に向き直る。

 

 

「今がチャンスだよ。畳みかけよう!」

 

 

 イノリは己のマナを解き放った。エグゾーストである。それを皮切りに、リヒトが、シキが、ソウセイが、モルスがマナを解き放つ。

 戦いに終止符を打とうとするイノリたちを見て、ユイとリョウスケが頷き返した。前者がATK☆フォーム、後者がアタックゲインで援護してくれた。

 ウィータもマナフローターを使う。ミカゲはちゃっかり不動居を使っていたようで、不敵な笑みを浮かべてエグゾーストを発動する。

 

 ――これで、最大威力を叩きこむ準備はできた。

 

 

「まずは俺からだ! ――大、切、断!!」

 

 

 モルスの短剣にマナが込められる。燃えるような赤い色は、彼の命の輝きだ。その一撃を叩きこまれ、メイヘムの巨体がぐらつく。モルスはそのまま膝をついた。

 彼に襲い掛かろうとしたメイヘムだが、尻尾の一撃はモルスに当たることはない。次に動いたリヒトが繰り出したマジュウによって遮られたためだ。

 

 

「集中……! ――雷光のマモノよ!」

 

 

 巨大なクラゲを模したマジュウが現れ、メイヘムの体に触手を突き刺す。それを電導線にして、マジュウは雷を放出した。

 

 

「次は私! ――これで決める!」

 

「繋ぐぞ! ――甘いんだよ、お前は!」

 

 

 シキがメイヘムの胸部に、正拳突きを叩きこむ。ただの正拳突きではない。クーデグレイスと呼ばれる技だ。暴力的なマナを込めたその一撃が、メイヘムの巨体を揺らがせた。

 帝竜の呻き声が響く。間髪入れずソウセイが飛び出し、銃弾を連射する。4発の弾丸がメイヘムの鱗をぶち抜いた。帝竜の血飛沫が飛び散る。ミカゲとイノリは駆け出した。

 

 

「いっせーのーで! ――手打ちといこうや!」

 

「これで決める! ――必殺!」

 

 

 ミカゲの十六手詰めと、イノリの大一文字がメイヘムの体を引き裂いた。血飛沫が舞い、断末魔の悲鳴が響き渡る。メイヘムは崩れ落ちるように倒れこみ、二度と起き上ることはない。

 

 

『生体反応消失。――喜べオマエら、帝竜メイヘム撃破だ!』

 

 

 幾何かの沈黙の後に、ナガミミからの通信が入る。心なしか、マスコットの声は弾んでいるように思った。

 その言葉を皮切りに、帝竜撃破の喜びがこの場一帯に広がっていく。

 

 

「ッしゃああ! 勝ったぜぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 真っ先に雄たけびを上げたのはモルスだ。彼は年甲斐もなく飛び回ると、ウィータの元へと駆け寄った。ウィータは苦笑しながらも、モルスとハイタッチを交わす。モルスはその勢いのまま、他の面々にもハイタッチを強請った。

 

 彼の気持ちは分からなくはない。鍛冶師の魂である鍛冶場を占領していた帝竜を、この手で屠ったのだ。

 ニアラを倒すために必要な希望が繋がれた――喜ばないはずがないだろう。僅かとはいえ、勝機が見えたのだから。

 

 

「やりましたね! 僕らの勝利ですよ!」

 

「ああ。完勝とは言えないが、前進あるのみだ」

 

 

 リヒトやソウセイもそれに応えながら、勝利の余韻に浸る。満足げに笑う2人の元へ、マサハルとリョウスケが駆け寄った。祖父と孫が勝利を喜びあう。

 ユウマの応急処置をしていたヨツミとシラユキも、孫のシキを労うように微笑んだ。そんな祖父母の表情を見たシキが、自慢げな笑みを浮かべて笑い返した。

 得物を鞘に納め、イノリはミカゲを見返した。ミカゲは柔らかな微笑を浮かべる。大きな手がイノリの手の上に乗った。優しい手つきで頭を撫でられ、イノリははにかむ。

 

 

「よくやった、イノリ」

 

 

 祖父に褒められ、頭を撫でられるなんて久しぶりだ。子ども扱いされるのは嫌だけれど、ミカゲの経歴上、彼が“実はそういうスキンシップが大好き”な人間であることは理解している。それに何より、イノリは祖父母に褒めてもらう/頭を撫でてもらうのが好きなのだ。どっちもどっちである。

 

 勝利の余韻に浸っていたとき、背後から弱々しい呻き声が響いた。イノリが振り返れば、よろめきながらも体を起こしたユウマが周囲を見回している。

 ユウマとヨリトモの会話を聞く限り、ユウマは帝竜と戦う前の記憶しかないらしい。頭を抑えて苦しんでいたこと自体、覚えていない様子だった。

 

 

「ユウマさん、大丈夫ですか!?」

 

 

 イノリはわき目もふらずにユウマの元へ駆け寄る。しかし、どうすればいいのか分からず、イノリの手は中途半端に宙を切る。

 先程の苦しみ方は尋常じゃなかった。いくら大事ないとはいえ、心配なものは心配である。焦るのは当然と言えよう。

 情けないことに、イノリはおろおろすることしかできなかった。ユウマは呆然とこちらを見上げていたが、申し訳なさそうに苦笑した。

 

 

「ありがとう。キミには、相当心配をかけてしまったんですね……」

 

「ユウマさん……」

 

「俺はもう大丈夫ですから、そんな顔をしないでください」

 

 

 ユウマはどこか辛そうに微笑み、イノリの手をやんわりと押し返した。そんな風に微笑まれると追及できなくなってしまう。イノリは思わず俯いた。

 そんなイノリの姿を見て、ユウマは悲しそうに目を伏せる。暫くそんなやり取りを続けた後で、ユウマはハッとして鍛冶場の奥に向き直った。

 

 

「そうだ、帝竜は!? 帝竜はどうなりましたか!?」

 

「安心しろ。帝竜は、13班が撃破した」

 

 

 ユウマは切羽詰ったような声色で問いかける。ヨリトモ、ヨツミ、シラユキは、動かなくなった死骸を指示した。

 

 

『勝利という義務は果たしたよ』

 

『うん! みんな、とっても格好良かった!』

 

「元々俺らは泥試合専門だからな。“最終的に勝てればいい”ってんなら、何とかなるぜ?」

 

 

 ヨツミが顎に手を当てて微笑み、シラユキが拍手喝采で13班を迎える。ミカゲもうんうんと頷いた。ユウマは帝竜の死骸とイノリたちを見比べる。

 彼は、半ば茫然とした表情でこちらを眺めていた。信じられないものを見ていると言わんばかりの眼差し。奥底で揺らめく感情は、驚愕と悲痛。

 勝利の喜びはどこにもない。自身に満ち溢れていた翡翠の瞳が、僅かながらも陰ったように見えたのは何故だろう。イノリの心に、得体の知れぬ不安が巣食う。

 

 イノリはユウマに声をかけようとした。しかし、それより早く、彼は俯く。

 暗い表情を浮かべたユウマは、申し訳なさそうに謝罪した。

 

 

「肝心なときに役に立てず、申し訳ありません。キミにどう謝ればいいのか……」

 

「そんなことないです! 仲間なんだから、助け合うのが当然じゃないですか!」

 

「仲間……」

 

 

 己を責めるような様子のユウマに、イノリは首を振った。所属組織が違うとはいえ、イノリたち13班とユウマたちISDFは共に戦う戦友である。上層部は利権だなんだで揉めているのかもしれないが、前線部隊で肩を並べる自分たちにとっては、そんなことなど関係ない。

 

 

「体調が優れないなら、無理せず遠慮なく言ってください。そりゃあ、ユウマさんから見た私たちは頼りない一般人でしょうけど……でも、できる限りのことはします。全力でサポートしますから!」

 

「……イノリ……。ですが――」

 

「持ちつ持たれつ、ですよ。私たちだって万能というわけじゃない。私たちがユウマさんに助けを求めることだってあります。そのときは、頼りにさせて頂きますから」

 

 

 「それが仲間というものですよ」と、イノリは締めくくった。こちらを見上げる翡翠の双瞼が、どこか不安そうに揺れている。イノリは、ユウマを安心させるようにして微笑んだ。

 イノリにつられたのか、ユウマの頬が緩んだ。何かに安心したかのように、柔らかく微笑む。――彼が笑うと、心の奥底に明かりが灯ったような心地になるのは何故だろう。

 

 彼はイノリに礼を述べた後、ほっと息を吐いた。

 

 

「ありがとう、イノリ。……不思議だな。少しだけど、気持ちが楽になった気がします」

 

「そうですか。……ユウマさん、あまり思い詰めないで――」

 

「――だけど、もうミスはしません。絶対に」

 

 

 イノリの言葉をかき消すようにして、ユウマはきっぱりと言い切った。どこか鬼気迫る面持ちに、イノリは思わず気圧される。

 今のユウマは、能面のようだ。顔から、表情と呼べるものが削ぎ落されている。連想したのは、精密に作りこまれた人形だった。

 ユウマの姿を見ていられない。でも、なんて言葉をかければいいのかが分からなくて途方に暮れる。――胸が、痛い。

 

 

「おい! 大丈夫か、お前ら!」

 

 

 薄暗いイノリの気持ちを断ち切るかのように、背後から聞き覚えのある声が響いてきた。振り返れば、エーグルが息を切らせてこちらに駆け寄ってくるのが見えた。

 

 

「エーグル! あなた、どうしてここに!? 集落は!?」

 

「さっきから石が騒いでたんで、気になってな。――そうか、お前らが帝竜を倒したから……」

 

 

 シキの問いにエーグルは答える。二度と動かなくなった帝竜の死骸を眺めて、エーグルは納得したように頷いた。

 エーグルはクラディオンの生まれのため、この近辺で石が騒げば、それがどこの石かをすぐに割り出せるのだと言う。

 石の聲に従った結果、この鍛冶場にたどり着いたのだろう。エーグルは大きく息を吐き、安心したように表情を緩ませた。

 

 

「……にしても、マジでメイヘムを倒しちまったのかよ。感謝の言葉もないな……。オレはお前らを見下しまくってたってのによ……」

 

「エーグルさん……」

 

「すまなかった。それまでの無礼を、どうか許してほしい」

 

 

 エーグルは真剣な面持ちで頭を下げた。

 どうやら、彼の心根は真面目で礼儀正しく素直な性格らしい。

 

 イノリが何か言うよりも、シキが口を開く方が早かった。

 

 

「……案外素直なのね」

 

「な、なんだよ! バカにしてんのか!?」

 

「ふふっ、冗談よ。これで御相子ってことで、堅苦しいのはナシにしましょう? その方が私も嬉しいから」

 

「……ッ! ――あー、もう……!!」

 

 

 シキはエーグルを茶化し、楽しそうに微笑む。彼女の笑みが、普段見るような快活な笑みとは毛色が違うように思えたのは何故だろう。

 反論しようとしたエーグルだが、彼は顔を真っ赤にしながら視線を背けた。唸るような声を漏らしていたが、結局は何も言わないことにしたらしい。

 

 暫し勝利の余韻に浸った後で、イノリたちは集落へと戻ることにした。行きとは違い、意気揚々とノーデンス13班とエーグルが先陣を切る。その次に旧ムラクモ13班、最後尾にISDFが並んだ。

 

 誰もが笑顔を浮かべる中、ISDFの2人――ヨリトモとユウマ、旧ムラクモ13班の渡来夫婦と那雲夫婦の表情だけが、どことなく曇っているように見える。

 彼らに声をかけるよりも先に、集落のルシェたちから迎えられる方が早くて、イノリはすっかりそのことを忘れてしまった。

 

 

 

■■■

 

 

 

『ユウマさん、大丈夫ですか!?』

 

 

 ユウマのことを心配するイノリの表情が、頭から離れない。

 

 今回の一件からして、彼女は不思議な人だと思う。帝竜を倒して傷だらけだというのに、自身の傷よりもユウマのことを心配していた。

 今にも泣き出してしまいそうな空色の瞳。焦燥の色が滲んでいた。薄らと涙の幕が張っていたように見えたのは、気のせいではない。

 そんな顔をさせたかったわけではなかった。傷つけたかった訳でも、悲しませたかったわけでもない。――イノリには、悲しそうな顔は似合わない。

 

 普段のように笑ってもらいたかっただけなのに、うまくいかなかった。言いたいことを飲み込んで、悲しそうに俯く彼女の横顔がちらつく。

 ユウマの身を案じてくれる人はいる。生みの親であるナグモ博士と、上司であるヨリトモだ。彼らはユウマの出自を知っているし、出生にも深く関わっている。

 

 

(――イノリは、俺のことを、知らない)

 

 

 渡来イノリは、如月ユウマの出自を知らない。完全な他人だ。

 真正面から如月ユウマという存在と向き合う、初めての他人。

 

 ――おそらくは、ユウマと“対等”に立つであろう相手である。

 

 

『仲間なんだから、助け合うのが当然じゃないですか!』

 

『私たちだって万能というわけじゃない。私たちがユウマさんに助けを求めることだってあります。そのときは、頼りにさせて頂きますから』

 

 

 空色の瞳は、真っ直ぐにユウマだけを見つめている。如月ユウマという存在を認め、価値を見出し、肯定する、絶対的な眼差し。

 それを向けられたとき、胸の奥底が熱くなったのは何故だろう。心の底から溢れたものは、一体何を意味していたのか。

 胸が苦しい。だが、それ以上に、何とも言えぬ感覚で満たされる。酷く甘美で、心地がいい。――こんなことは、初めてだった。

 

 “肝心なときに役に立たない”――あんな失態(ミス)、本来ならあってはならないことだ。叱責だけでは済まされない。挽回のチャンスなんて望めないだろう。使えなければ廃棄(すて)られる。

 

 己に与えられた存在意義(レーゾンテートル)を忘れたことはない。如月ユウマは、竜を狩り尽すために生まれ落ちた。

 それが揺らぐようなことなど、決してあってはならない。もう二度と、絶対に、これ以上の失態を犯すわけにはいかない。

 

 

(負けられない)

 

 

 ユウマは手を握り締める。手袋がこすれる音が、やけに鮮明に響いた。

 

 

(負けたくない)

 

 

 イノリの背中を見つめる。華奢で細く、しなやかな身体。以前は頼りなかった後ろ姿は、今は力強くそこに在る。

 脳裏に浮かぶのは、イノリの表情。雨が降り出しそうな空模様の如く歪んだ顔と、木漏れ日を思わせるような柔らかな笑みだ。

 

 もう、イノリの泣き顔や、それに準ずるような表情を見たくない。いつもみたいに笑っていて欲しい。彼女の笑顔を曇らせたのは、他ならぬユウマなのだ。あの失態のせいで、イノリには多大な心配をかけてしまった。

 

 

「――強く、ならないと」

 

 

 それは、ユウマにとって“当たり前のこと”だった。何の疑問の余地もなく、そう在ることが正しい姿だった。

 だけれども、今のユウマにとっては“改めて痛感したこと”であり、そう在りたいと“初めて自発的に思った”ことだった。

 

 




VSメイヘム戦終了。ミカゲとユウマ、イノリとユウマ、シキとエーグルのフラグがどんどん建築されていっています。結果、マントのお方が入りきらなくなりました。仕方がないので、あのお方の出番は次回あたりに持ち越しとなります。
このお話以後、前衛:ノーデンス13班+ミカゲ、基本はバディ&サポート・たまに前衛:旧ムラクモ13班という構図で戦闘描写をしていきます。戦闘や日常の光景で、新旧13班のお祭り具合を表現できるよう精進したいですね。
次回でChapter2をまとめたいのですが、「イノリとユウマの“テラスの語らい”に力を入れたい」と思っているため、収まるかどうかは未定です。はやくみんなをくっつけたい。……くっつけた後からが“原作における鬱本番”とは言ってはいけません。

あと、ノーデンス13班の紹介文、イノリの誕生日を修正しました。どうしてもやりたいネタがあったためです。申し訳ありません。
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