花咲く世界のクロニクルセブン -じじいと孫のCode:VFD-   作:白鷺 葵

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・初代に出現した帝竜が登場します。ご注意ください。
・上記の帝竜は、初代とは違う能力が付加されています。ご注意ください。


死を呼ぶ黒

 有明の夕日は美しい。一仕事終えてきたせいか、普段よりも目に沁みるような心地になる。ブンイチが珍しく感傷に浸っていたとき、ISDFの隊員たちとすれ違った。ノーデンスと共同で時空を超えている部隊だろう。横須賀基地へと帰投するその背中を見送った。

 

 ブンイチは意気揚々とノーデンスのエントランスに足を踏み入れた。早速愛しのマスコットを探しに行こうとし――丁度、件の相手を発見した。

 ウサギを模したマスコットは、こちらの存在に気づいていない。幸運にも、無防備な背中を晒していた。ブンイチは迷うことなく駆け出す。

 

 

「ナガミミ様ー! ただいまーっ!」

 

「げぇーっ!? ブンイチ!!」

 

 

 ブンイチはナガミミにスライディングし、タッチダウン宜しくマスコットを抱きしめた。ナガミミはひっくり返した声を上げて、脱出しようと派手にもがく。

 耳を振り乱し、手を押し付け、ナガミミは必死になってブンイチの拘束から逃れようとしていた。その度、柔らかな肌触りがブンイチの五感を刺激する。

 澄み切った森林のような心地よい香りを鼻一杯に吸い込みながら、ブンイチはマスコットに頬ずりした。ああ、ブンイチの想い人は今日もツンデレ可愛い。

 

 

「オ……ちょっと待つミミ! いつものことだけど、本当にオマ……キミは無茶苦茶ミミ! いい加減自重を覚えてほしいミミ~!」

 

「あはは、可愛いなあナガミミ様。照れ屋さんだもんなぁ」

 

「照れてないミミ! 本気で嫌がってるんだミミィィィ!」

 

 

 ナガミミは全力で暴れているらしいが、ブンイチの握力からしてみれば全然大したことがない。女の子とのじゃれ合いレベルである。

 何故だかわからないが、現在、ブンイチには、顔を真っ赤にして暴れる金髪の美女の姿がはっきりと見えていた。本当に可愛い。

 

 幸いなことに、この場にはアリーやジュリエッタ、チカやリッカのような邪魔者たちの姿はない。受付嬢は別件を言い渡されてグロッキーになっているようだし、今ならお持ち帰りしても咎められることはないだろう。

 

 

『――おい、いい加減にしないか』

 

 

 ぺしん、と、誰かに頭を叩かれた。何事かと見上げれば、そこには呆れ果てた顔をした男性が佇んでいた。灰色の髪を束ね、眼鏡をかけ、ひげを生やし、黄色のスーツを身に纏った男――旧ムラクモ13班に所属していた東雲マサハル氏である。

 彼の瞳には、幾何かの懐かしさと疲れが滲んでいる。それは安堵であり呆れだった。彼の眼差しの意味を、ブンイチはよく知っている。遠い昔から見慣れた眼差しに、安堵したのはブンイチも同じであった。

 

 刹那、マスコットの元へと通信が入る。声の主はアリーだった。

 

 

『やっほーナガミミ。今、あなたの近くに暇な子はいるー?』

 

「ナイスタイミングだアリー! ケダモノが、ケダモノが!!」

 

『……オケオケ。大部分は把握したよ』

 

 

 第一声よりだいぶ疲れたアリーの声がする。その時間は僅か十数秒だ。何が起きたのだろうと思いつつ、ブンイチはナガミミに頬ずりする。ビロードのような肌触りが心地よい。

 次の瞬間、マサハルによって、ブンイチはナガミミから乱暴に引っぺがされた。首根っこを引っ掴まれているため、抵抗することすらままならない。自分の体は不便だ。

 黒呪病によって15歳で成長が止まってしまったブンイチであるが、それ故に、立ち回り方については人一倍気を使ってきたつもりだ。第3者にそれを言うと怪訝そうな顔をされるが。

 

 こめかみに血管を浮き出しかねないマサハルの様子を見て、ブンイチは押し黙ることを選択した。物理的手段に出られたら、一撃でノックアウトされることは目に見えている。運動能力S級(デストロイヤー)の一撃の威力を舐めてはいけない。

 自分の相棒が“マサハルの一撃を再現するために思考錯誤を繰り返していた”姿を思い返し、ブンイチは空恐ろしい気分になった。「機械仕掛けで再現には成功したものの、反動が厳しい」とは彼の談である。閑話休題。

 

 

『ついさっき、ミオがナビゲーターとしてCode:VFDに協力したいと申し出てくれたのよー』

 

「知ってるぜ。なんせ、オレ様はその場に居合わせたからな」

 

『じゃあ話が早いわね。彼女に再試験をしたいんだけど、ケダモ……ブンイチに協力してもらいたいんだ』

 

 

 ノーデンス上層部では、眞瀬ブンイチは“ケダモノ”で通っているらしい。隣に居たマサハルが額を抑えて天を仰いだ。丁度そのタイミングで、背後の方から誰かの声が聞こえてくる。ブンイチはそちらの方に視線を向けた。

 

 

「あの人たち……」

 

「技術部の連中だな。なんでも、セブンスエンカウントでバグが見つかったようだ。だが、メンテが思うように進まないらしい」

 

『メンテ、というと、プログラム系列か?』

 

 

 バグ、という単語に、マサハルが難しい顔をした。ゲームのバグと聞くと、真っ先に連想されるものはプログラムの羅列である。

 英字と数字が複雑に組み込まれた記号を目の当たりにした場合、一般人は呆ける以外に手はないだろう。餅は餅屋、プログラムはハッカーだ。

 

 

「いいや、ソースコードとにらめっこしろって話じゃない。バグが集まって奇跡的に生まれちまったドラゴンの始末だ」

 

『そんなことがあり得んのかよ……!?』

 

 

 マサハルはリョウスケを呼びに行こうとしたが、ナガミミに引き留められる。それを聞いたマサハルは目を剥いた。

 

 本職のハッカーであるリョウスケが知れば、どのような原理なのかを追求し始めるであろう。旧ムラクモ機関所属の技術者は、最終総長キリノを含んで情熱/変態的な人物ばかりだったためだ。徹夜明けなのに「今日はすこぶる調子がいい」とハイになっていたこともある。

 もしこの場にリョウスケが居合わせていたら、開発者であるジュリエッタの元へと突撃したかもしれない。三日三晩で済めばいいが、ジュリエッタが徹夜になる未来しか見えなかった。相棒に頼んで、メディカルチェックを施してもらうべきだろうか。閑話休題。

 

 

「そんなの、どうやって修理するのさ?」

 

「実践でエラーコードを記録して、そっから原因を解析するんだ。オマエはいつも通りドンパチすりゃあ問題ない」

 

『そうなんだよねー。今のところは被害は出てないんだけど、()()()()()()がうろついているのは、ちょーっとマズいんだよー』

 

 

 ナガミミの解説をアリーが引き継ぐ。ホログラムに映し出された女社長は朗らかに笑っている。だが、薄らと開かれた紫の瞳は憂いに満ちていた。

 ゆったりとくつろぐアリーの背後では、見覚えのある少女が緊張した面持ちで座っていた。いつぞや見かけた少女である。確か、那雲ミオとか言ったか。

 “先日ナビゲーターを辞退したミオが、改めて「ナビゲーターとして協力したい」と申し出てきた”ことは、つい先程耳にしたことである。

 

 再試験、という単語が頭をよぎった。ブンイチは眉間に皺を寄せる。

 

 

「もしかして、『ミオちゃんの再試験兼ねて、そのバグエネミーを倒して来い』ってこと?」

 

『わーい☆ 大正解なのよー!』

 

 

 ブンイチの予想は間違っていなかったようで、アリーは嬉しそうに笑った。

 

 一仕事終えて戻ってきた人間に、本人の承諾なしに新たな仕事を押し付ける――典型的なブラック企業である。その日はきちんと休暇を申請していたのに、急に仕事を入れるとは、本当に容赦がない。

 “どこぞのブラック民間企業の社長が社員に刺された”というニュースを耳にしていたブンイチからしてみれば、ブラックデスマーチを容認――いや、むしろ推奨するアリーの企業方針に反発する者が現れてもおかしくなさそうだ。

 

 正直、ブンイチは、いつかアリーは社員に刺されるのではないかと思っている。しかし、不思議なことに、アリー・ノーデンスは社員から好かれていた。

 彼女には“人を極限まで追いつめる”という気質、あるいはきらいがある。けれど同時に、“人を成長させる環境を整えることを惜しまない”という一面もあった。

 後者の面が強いため、当事者も第3者も、前者の事実に気づきにくいのだろう。“崖っぷちの中で見せる人間の成長”を好んでいると言われればそれまでだ。

 

 

()()()()()()の強さはS級能力者で互角、もしくは優位に戦えるレベルだからね。セブンスエンカウントで遊んでいる一般人が()()()()()()とエンカウントしてしまうと、即座にゲームオーバーで強制ログアウトさせられてしまうレベルかなー?』

 

『マジかよ……。絶対倒せない敵なんて、イベント戦闘じゃねーんだから……』

 

『クソゲーの烙印を押され、集客が下がるのは目に見えてるねー。このままだと利益の7割減は確実だと言われてる』

 

『7割ィ!? ちょっと待て! 一極に依存しすぎな経営は問題だぞ!?』

 

 

 アリーの話を聞いたマサハルの顔色が変わった。彼は嘗て東雲財閥を取り仕切り、経営し、発展させてきた社長である。新分野の開拓や開発から手を引くタイミング等の塩梅を見極めてきたマサハルからしてみれば、ノーデンスの経営は歪と言えよう。

 セブンスエンカウントの大ヒットに胡坐をかいているため、次回作についての構想や新作開発は進んでいないとみなされても仕方がない。実際はCode:VFDに力を入れているためなのだが、似たような状態である。

 他に新しいゲームを展開しようにも、セブンスエンカウント以上のゲームを生み出すのは難しいだろう。更なる利益を上げるには、セブンスエンカウントを基盤にしつつ、システムを発展させていくのが確実だ。

 

 最も、『近代神話を体験できる』という触れ込みで売り出されたセブンスエンカウントを超えるのは至難の業だろうが。

 それは、ゲームを売り出した側であるノーデンスにも言えることである。自分で自分の首を絞めたとも言えそうだ。

 

 

「……正直、気乗りしないなあ」

 

 

 ブンイチは思わず呟いた。解放されて自由を謳歌していたナガミミが、じっとりとした視線を投げてよこす。

 

 

「オマエのような万年休業パートを雇ってやれる程、こっちはお人よしじゃねえんだ。偶にはノーデンス13班として、こっちにも協力してもらわなきゃワリに合わねーよ」

 

「そうだね。でも、こういうのってモチベーションが大事だと思うんだ。時間外手当出る?」

 

「アホか!? オマエの頭は一体どうなってやがるんだ……!」

 

 

 頭を抱えて唸ったナガミミを視界の端におさめつつ、ブンイチはアリーとマサハルの方へと向き直った。2人はああだこうだと話し合っている。

 嘗ての会社経営者と大企業の社長が企業方針を語らう図は壮観であったが、ブンイチは気にすることなくアリーへ声をかけた。

 

 

「ねえ社長。時間外手当って出ますか?」

 

『アリーに何とかできる範囲なら』

 

「ナガミミ様の一日所有権とか」

 

『オケオケ。それで手を打とう』

 

 

 即決した。

 

 斜め後ろの方から「オレの意志はムシかよ!?」というマスコットの悲鳴が木霊する。マサハルもナガミミのことを不憫に思ったようで、アリーに対して反論した。

 しかし、“普段は仕事をしない社員が珍しくやる気を出してくれた”ということで、ナガミミ様一日所有権は『必要経費』という扱いとなったらしい。

 嘆きを叫ぶナガミミが、アリーと口論を始めた。アリーは頑としてナガミミの反論を受け入れない。そんな社長と主任のやり取りを見て、マサハルはげんなりとしている。

 

 正直な話、単騎で突っ込むと言うのは無謀だとブンイチは思う。しかし、相棒に頼むわけにはいかない。

 今日も相棒は無様に吹っ飛ばされて気絶していた。既に意識は取り戻したものの、自他ともに認める要安静である。

 

 

「マサハルさん、暇?」

 

『あ、あぁ――……げ』

 

 

 ブンイチはじっとマサハルを見上げる。マサハルは素直に返事をしかけ――災難の気配を察知して渋い顔をした。そういう気配を察するのは得意なくせに、結局は押されて頷き、自ら災難へと踏み込んでいく。

 色々あっても、最終的に、自ら率先して困難へと向かう背中は、()()()とても大きく見える。逆境や災難を耐え忍び、地道に道を切り拓いて、東雲マサハルは東雲財閥や竜災害で生き残った人々を守ってきたのだ。

 

 

「仕事帰りの俺1人で挑むのは、ちょっとなー」

 

『…………』

 

「頼むよ。マサハル()()()()

 

 

 第三者からすれば、ブンイチがマサハルを『おじさん』呼ばわりするのはどこもおかしくはない。けれど、ブンイチとマサハルにとっては、この言葉は少し意味が違ってくる。

 勿論、マサハルもその意味を理解している。故に、マサハルは気難しい顔をした。協力するか否かを思案しているようだ。元々のお人よしさが疼いているに違いない。

 当然であるが、協力すれば確実に災難に巻き込まれることも理解しているのだろう。だから、マサハルの顔はどんどん渋くなってくるのだ。あと一押し、だろう。

 

 もう一度、ブンイチは彼の名を呼んだ。縋るような声色で、「マサハル()()()()」と呼びかける。

 幾何かの沈黙の後、彼は降参したかのように肩をすくめた。そのまま両手を上げる。マサハルは笑みを浮かべ、ガッツポーズを取った。

 

 

 

***

 

 

 

『エラーチェック用デバックモード起動します』

 

 

 システム起動音が響き渡り、世界が展開する。広がるのは2021年のスカイタワーだ。空は分厚い雲に覆われ、紫を帯びた雷が迸っている。周囲には赤い花が咲き乱れていた。

 現状の能力がどの程度のものかを確認するため、マサハルもセブンスエンカウントに足を踏み入れている。複雑そうな色を宿し、彼はじっとスカイタワーを見上げていた。

 

 

『……て、てすてす。てすてす……だ、だいじょうぶかな?』

 

『ええ、異常はないわ。頑張ってね、ミオ』

 

『は、はい!』

 

 

 ジュリエッタからの激励を受け、頼りないナビゲーターが返事を返す。ナビがナガミミではないことが残念だが、この仕事がうまくいけばナガミミの一日所有権が待っているのだ。やる気は万端である。

 

 

「じゃあ行こう、()()()()! さっさとバグを片付けなきゃ!」

 

『……だな。スカイタワー(ここ)にいると、昔のことを思い出しちまう』

 

 

 満面の笑みを浮かべたブンイチに対して、マサハルは複雑な表情を崩さない。ちぐはぐな自分たちではあるが、“早くこの仕事を片付けたい”という思惑は一致している。

 2人は顔を見合わせて頷くと、スカイタワーに踏み込んだ。途端に、大量のマモノたちが徒党を組んで襲い掛かってくる。ブンイチは素早く抜刀した。

 

 

「みんなまとめて!」

 

 

 自身のマナを刀に宿して振るう。金の光が舞い、巻き上がった旋風が雑魚たちを打ち払った。抜刀術の全体攻撃、金翅鳥王旋風である。

 抜刀術は乱戦を中心にしたオールラウンド型だ。一刀流のサムライにはもう1つの型があるのだが、そちらは一騎打ちに向いていた。

 ヘルクラウド、ブルーグラス、ラビ、スカウトポッドらが壁に叩き付けられて弾け飛ぶ。仮想空間で出現するエネミーたちの特性だ。

 

 

『ふううぅ……ッ! ――たぁーりゃ!』

 

 

 ブンイチが打ち損ねた敵を、マサハルが的確に叩きのめす。見事な崩伏連脚だ。相変わらず見事な足技に、ブンイチはひっそりと見惚れていた。勿論、こちらも負けてはいられない。ブンイチは再び大地を蹴った。

 

 程なくして、ブンイチとマサハルらに群がっていたエネミーの群れは弾けて消えた。バグの影響なのか、マモノたちはやたらと好戦的である。

 第一線を倒し終えても尚、周囲から殺気が飛んできていた。バグの元に到着するまで、どれ程のマモノが湧いて出てくるのだろう。

 

 

『えーと……今出現してきたエネミーは、リストに乗っている敵たちと同じだね。凶暴性が増しているのはバグの影響だと思う』

 

『おお、サンキュ。……そうだ、ミオ。他に何か分かったことはないか?』

 

『ううん。雑魚エネミーたちはいつもより好戦的だから、エンカウント率が倍になるってことくらいかな……?』

 

 

 マサハルの問いにミオは答えた。声はたどたどしく、どこか拙い感じがする。それ以外は、おそらく完璧なナビだと言えよう。実際、イノリたちの話を聞くと、“ミオはリトルドラグの異常性を一発で見抜いた”とのことだ。

 彼女に足りないのは自信と勇気である。自信と勇気は、経験でどうにかするしかない。経験が欲しいなら実践あるのみだ。まだまだ発展途上、これからの成長を期待と言ったところか。ブンイチはそんなことを思いながら気を引き締める。

 ナビゲートを行っていなくとも、ナガミミはブンイチたちの様子を確認しているのだ。愛しい思い人の前で醜態をさらすわけにもいかない。さっさとバグエネミーを発見し、華麗に討伐すれば、ナガミミも少しは見直してくれるだろうか。

 

 ミオのナビゲートによれば、バグエネミーの反応はスカイタワーの2階にあるらしい。距離はそれなりだが、マモノひしめく中を突っ切れるとは思わなかった。

 勿論、手はある。ブンイチは鞄の中から小さな装置を取り出した。80年前のムラクモの技術によって作り出された装置、迷彩ツールである。

 

 ノーデンス技術班でも同じものの開発に成功しており、リッカのショップで販売されていた。閑話休題。

 

 ブンイチが迷彩ツールを起動させれば、マモノたちの気配が散った。このツールはマモノに見つかりにくくなる効果があった。

 今回のように、エンカウント率が高い場所を長期的に探索するのに向いている。

 

 

『すごい! エンカウント率がぐっと下がったよ。これで探索が楽になるね』

 

「それじゃあ、ぱぱっと片付けに行こうか!」

 

『だな。こういうことは、さっさと片付けるに限るぜ』

 

 

 ブンイチとマサハルは駆け出した。迫りくるエネミーを蹴散らして、あっという間に1階を踏破する。階段を登れば、すぐに2階だ。程なくして、奥のフロアから異様な空気が漂ってきた。ブンイチとマサハルは足を止める。ミオが不安そうに注意を促した。

 

 

『バグエネミーはこの先にいるよ。……ただ……』

 

「ただ?」

 

『気を付けて。この反応、帝竜クラスだよ』

 

「…………え?」

『…………え?』

 

 

 ミオの言葉に、ブンイチの思考回路はフリーズした。おそらくは、隣に居たマサハルも。

 

 帝竜。2020年代に活躍したムラクモ13班たちが、命懸けで戦い抜いてきた相手だ。7人がかりでどうにか倒してきたというレベルである。最近はノーデンス13班と旧ムラクモ13班がタッグを組んで、ようやく撃破できたとかなんとか。

 ブンイチとマサハルは顔を見合わせた。現在の自分たちの人数は2人。各帝竜を屠っていた旧ムラクモ13班の人数にも、メイヘムという帝竜を討伐したという新13班の人数にも、圧倒的に届かない。2人で帝竜を撃破するなんて無謀過ぎないか。

 

 

『今、データを解析しているんだけど、今までのデータベースにはヒットしないタイプだね。えーと、能力は……即死攻撃、眠り攻撃、氷属性攻撃に適性値が高いみたい。2人の能力値でも充分互角に戦えるとは思うけど……』

 

 

 『頑張って』というミオの声援が、これ程までに頼りないと思ったことはない。すぐに終わらせようという気持ちが、一気に削がれてしまった。

 何とも言えない顔をして、ブンイチはマサハルと顔を見合わせる。顔を見合わせたのは数秒前のことだと言うのに、先程以上に老けたように思った。

 ナガミミの一日所有権が報酬とは言えど、流石にこれは厳しすぎた。チカが自分の勤める会社を「ブラック企業」と罵る気持ちがよくわかる。

 

 次の瞬間、思いもよらぬ人物からの言葉が飛んで来た。

 声の主は、試験を後ろから眺めていたナガミミ様ご本人である。

 

 

『データ上は問題無ぇんだ。ただし、油断だけはするな。しっかり気を引き締めていけ』

 

「ナガミミ様……」

 

『……ンな情け無ェ面晒すんじゃねーよ。オマエはいつも通り、オレ様に突っ込んでいくようなノリでやってりゃいーんだよ。……分かったなら、さっさとバグを片付けろ!』

 

 

 それだけ言い残し、ナガミミはホログラム上から姿を消した。ただ、試験会場には居座っているみたいで、ジュリエッタが噴き出す声が聞こえてきた。

 ミオは困惑顔だったが、気を取り直した様子だ。彼女の案内に従って先に進む。広場一帯を飲み込むような暗闇が揺らぐと、件の帝竜が姿を現した。

 

 帝竜を一言で言い表すとするなら、暗闇が相応しいだろう。ヤツの趣向は四ツ谷をリアル四谷怪談へと変貌させたという女帝竜ロア=ア=ルアに近い部類かもしれない。

 しかし、灰の体躯にまだら模様が浮かんでいた翼竜と比較すると、デザインの方向性は違う。あの帝竜には、竜らしさが一切ないのだ。鳥のようなフォルムと言えよう。

 闇が実体化したような黒の体躯。辛うじて、輪郭周辺が紫を帯びていた。そんな帝竜の周辺にはどす黒い闇が渦巻いている。アレに飲み込まれたら、二度と光を拝めなさそうだ。

 

 

『――黒影竜、デッドブラック』

 

 

 帝竜の姿を見て、アリーは懐かしそうに目を細める。そんな社長の様子に違和感を覚えたのか、ジュリエッタが問いかけた。

 

 

『どうしたのアリー? あの帝竜のこと、知ってるの?』

 

『ううん。アリーが知ってるのは、アレの名前くらいかなぁ』

 

『デッドブラック、とか言ったわね? ……直訳して“黒い死”、か。見た目も名前も物騒な帝竜ね。ミオが分析した得意攻撃も含めて、油断ならない相手であることは間違いないわ』

 

「……了解。気を付けるよ」

 

 

 ブンイチはそう返事をして、帝竜――デッドブラックと対峙した。帝竜もこちらを敵とみなしたようで、大きく羽を広げた。デッドブラックが羽ばたく度に、スカイタワー内に闇が湧いてくる。

 渦巻く闇はこのフロア一帯を包み込んだ。フォーマルハウト襲撃時を再現したため、元々光の少なかったスカイタワー内が更に暗くなる。電気の灯りすらをも、デッドブラックの闇は塗りつぶした。

 殺気が肌に突き刺さってきた。先程よりも威圧感が強くなったように思うのは気のせいではない。ブンイチのこめかみから冷たい汗が流れ落ちる。マサハルの横顔は険しいものになっていた。

 

 

『な、なにこれ!? フロアのデータが侵食されてく!?』

 

『ウソ……!? デッドブラックの能力値が、急上昇してる……!?』

 

 

 ノーデンスウォッチから、ジュリエッタとミオが切羽詰った声を上げた。フロア中に広がる闇も、デッドブラックの威圧感が増大したのも、気のせいではなかったようだ。

 2人の物言いからして、ブンイチとマサハルが視認している情報が、データで証明されているらしい。――すると、どこからか声が聞こえてきた。嘲笑うかのような、声。

 

 

『闇は、我が力そのもの。深淵こそ、我が領域』

 

「喋った!?」

『喋った!?』

 

『恐れおののけ、家畜。――そして、我の糧となるがいい!!』

 

 

 声の主はデッドブラックだった。驚きの声を上げたブンイチとマサハルなど気にも留めず、デッドブラックが舞い上がる。戦闘開始を告げるかのように、カン高い鳥の鳴き声が響き渡った。

 

 次の瞬間、この場に冷気が吹き荒れた。冷気は容赦なく、ブンイチとマサハルに襲い掛かる。割りと痛い。開幕全体攻撃とは苛立たしい限りだ。

 ブンイチは小さく舌打ちしつつ、刃下のリアクトで再行動の準備を整える。マサハルもデストロイリアクトを使い、再行動の準備に動いた。

 そして、デッドブラックが動く前に駆け出す。マサハルのジャブがデッドブラックの腹に叩きこまれた。奴の動きが鈍る。マサハルは更に攻撃を叩きこんだ。

 

 

『まだまだ! ――防げやしないぜぇ!』

 

 

 釣瓶マッハを叩きこまれたデッドブラックが呻く。これで、マサハルが大技を叩きこむ下準備は整った。

 デッドブラックはブンイチに狙いを定めたようで、氷の刃を展開した。それは容赦なくブンイチの肌を切り裂く。

 

 勿論、刃下のリアクトが発動する。ブンイチは迷うことなく、練気手当で傷を癒した。氷で切り裂かれた傷は跡形もなく完治した。そのまま、ブンイチは駆け出す。

 

 

「どれだけ居たって!」

 

 

 振り抜きざまに斬り付け、勢いを利用して刀を鞘へ納める。前傾姿勢を取って、一閃を放つタイミングを待つのだ。一刀流サムライのもう1つの型、居合の型である。抜刀とは違って乱戦には不向きだが、一騎打ちでは高い殺傷力を発揮する型だった。

 マサハルは反撃に備えて身構える。状態異常攻撃を警戒してのことだろう。案の定、デッドブラックは尾羽を広げた。不気味な紫煙を纏う尾羽は、投擲の要領でマサハルに降り注いだ。勿論、凶転ず也の一撃が叩きこまれた。

 

 体躯を揺らがせるデッドブラックの懐へと飛び込む。

 間髪入れず鞘から刀を引き抜き、その一撃を叩きこんだ。

 

 

「――開放! 見えたぁ!」

 

 

 居合の型・崩し払いである。体勢が崩れたデッドブラックの翼に、ブンイチは迷うことなく居合切りを叩きこむ。血飛沫の代わりに闇が舞い散った。

 

 帝竜の表情はよく見えない。だが、気のせいか、相手がこちらを嘲笑った気配を感じた。ずずずと嫌な音を響かせて、翼の傷跡が再生されていく。この場に闇が充満しているため、奴に有利な力が付属されているのだ。

 帝竜でも再生能力を持つ個体は居るし、それでムラクモ13班を苦しめたのも事実だ。だから、さほど驚くべきことではない。気を引き締めるようにして、ブンイチは再び居合の体勢を整える。マサハルも構えた。

 気のせいでなければ、この場を包む闇が濃くなってきたように思う。それに比例して、膨大なマナが蠢いていた。ずずず、という音は不気味で仕方がない。嫌な予感は間違っていなかったようで、ミオが慌てた様子で叫んだ。

 

 

『気を付けて! デッドブラックは、闇を纏うことで自分の能力を強化するよ!』

 

「了解! それで、どうしたらいいの?」

 

『え、えっと、マサハルさんにサポートしてもらって、強化を打ち消して!』

 

 

 ミオのたどたどしい説明を聞く限り、“旧ムラクモ13班の攻撃は、敵へ与えるダメージは低い代わりに、敵の使う特殊な強化を打ち消す効果がある”のだという。

 ならば、それを利用しない手はない。ブンイチはマサハルにアイコンタクトで合図を送る。意図はきちんと伝わったようで、マサハルは不敵に笑い返した。

 

 闇を纏って自らを強化した黒影竜は、不敵に笑う自分たちを嘲笑った。大きく羽を広げて咆哮する。ブンイチとマサハルは怯むことなく駆け出した。

 

 飛びあがったマサハルの蹴りが、デッドブラックの纏う闇のベールに直撃する。蹴りの風圧に押されるような形で、デッドブラックに加護を与えていた闇が吹き払われた。ブンイチはもう一度払い崩しを叩きこむ。

 それでも、デッドブラックは悠々とした態度を崩さなかった。ブンイチが自身の懐に飛び込んでくるのを待っていたと言わんばかりに翼をはばたかせる。再び膨大なマナが蠢いた。一歩遅れて、ミオの悲鳴が響く。

 

 

『ブンイチ、だめ! 今すぐそこから逃げてッ!!』

 

「え――?」

 

 

 黒洞々とした闇が眼前に広がる。視界どころか、ブンイチの持ちうる()()()を葬らんと言わんばかりに湧き上がった。何もかもがスローモーションのように流れていく。

 

 

『っ、くそ! ブンイチ!!』

 

 

 次の瞬間、ブンイチの肩に強い力がかかった。弾き飛ばされるようなそれの意味を、ブンイチは他人事のように流していた。

 誰かに肩を突き飛ばされた。突き飛ばしたのは、切羽詰ったような顔をしたマサハルだ。闇がマサハルを完全に飲み込む。

 ブンイチは床に叩き付けられる。闇が爆ぜたと思った刹那、マサハルがそのまま倒れ伏した。そのまま、ピクリとも動かない。

 

 即死攻撃――先程、ミオが言っていた言葉が脳裏をよぎる。人間を仮死状態に追い込み、“無抵抗のまま喰らう”という帝竜の食事スタイルを反映させた攻撃。

 倒れ伏したマサハルを眺めていたブンイチだったが、一歩遅れて、ブンイチはすべてを理解した。――胸の底から湧き上がったのは、怒り。

 

 

「――許さない!」

 

 

 ブンイチは怒りに任せて一撃を叩きこんだ。デッドブラックが呻く。

 

 

『小賢しい家畜が……! 貴様に何ができる!?』

 

「俺はお前みたいな奴なんかに絶対負けない! ――俺だって、正義の味方なんだッ!!」

 

『だめだよブンイチ! 1人じゃ勝てない! マサハルさんを治療しなきゃ――!!』

 

 

 誰かが背後で叫んでいる声がしたけれど、そんなの知ったことではない。ブンイチは即座に居合の構えでデッドブラックへと突っ込んだ。

 

 

 

■■■

 

 

 

『…………』

 

『ヒイナセンパイ? 技術主任室には立ち入り禁止だって言われてたんじゃなかったっけ?』

 

 

 技術主任室の扉で聞き耳を立てているヒイナの背中に、リョウスケは何の気なしに声をかけた。普段はすぐに振り返ってアクションを返してくれるのだが、彼女は振り返らなかった。その横顔は普段にもまして険しい。

 ヒイナにつられるような形で、リョウスケも聞き耳を立ててみた。部屋の奥は何やら大混乱のようで、ミオの悲鳴とナガミミの怒声、ジュリエッタの切羽詰った声が聞こえてくる。ただならぬ事態が発生していた。

 

 リョウスケは扉を開けて部屋の中へと踏み込む。大きなモニターには、セブンスエンカウント内部の様子が映し出されていた。

 闇に塗りつぶされかかった映像の中で、ブンイチが何かと戦っている図が見える。その脇には、倒れ伏したっきり動かないマサハル。

 ミオは半泣きで指示を出していたが、モニターに映し出されたブンイチには届いていない。彼は1人で、何かと戦いを繰り広げている。

 

 そうこうしているうちに、暗かった映像が更に暗くなった。それに比例するかのごとく、敵エネミーの能力値がぐんぐん上昇していく。エネミーにとって、暗闇が自分の得意領域のようだ。

 

 

(暗闇を好む……)

 

 

 はた、と、リョウスケは思い出した。東京の地下鉄を根城にしていた帝竜に、能力の強化とまではいかずとも()()()()()()()を持った個体が居たはずである。

 そのドラゴンは光を嫌っていた。地上の光が一切届かない地下水路に身を潜める徹底っぷりに、奴の討伐には人工的な光源が必要とされた。そこで選ばれたのが舞台照明。

 件の舞台照明の改造を仰せつかったのが技術班。当時のリョウスケは技術班に所属しており、13班の――ミカゲたちの活躍を間近で見たのは、その共同作戦が初めてだった。

 

 帝竜の名前はザ・スカヴァー。あまりにも巨体すぎたため、尾、胴体、頭の順に撃破していくと言う戦術を取った。どの部位も光に弱かったことはきちんと覚えている。

 

 

(もしかして、こいつの弱点も光なのかな?)

 

「おいジュリエッタ! オマエがセブンスエンカウントを作ったんだろ!? さっさと何とかしやがれ!!」

 

 

 普段よりも切羽詰った悲痛な声で、ナガミミはジュリエッタをなじった。マスコットの表情には一切の変化がないが、上ずった声色からして、今にも泣き出しそうに聞こえる。

 ジュリエッタもまた、「分かってるわよ!」と金切り声を上げた。彼もキーボードを叩いて食い下がっているようだが、浸食されたデータが多くて時間がかかる様子だ。

 

 現実世界に介入し、すべてを書き換える力を有する――それが、ハッカーの真骨頂。ならば、仮想空間を書き換えるくらいお手の物だ。

 

 

『ジュリエッタ、オレも手伝う!』

 

「リョ、リョウスケ……!?」

 

『暗闇を好む敵の弱点は把握済みだ! もっとぶっちゃけて言えば、そいつを倒すための舞台照明改造、オレも一緒にやったもん! それをあの仮想空間に持ち込めば……!!』

 

 

 『だから任せて!』と、リョウスケはキーボードを展開しながらジュリエッタを見返した。幾何の間を置いて、ジュリエッタは頷く。

 動いたのはリョウスケだけではなかった。ヒイナも何かをするつもりのようで、ジュリエッタに声をかけた。

 

 

『ねえ、ジュリエッタ。セブンスエンカウントにログインしたいんだけど、大至急手配頼める?』

 

 

 ヒイナの申し出に対して、ナガミミが酷く驚いた様子でヒイナを見上げる。表情は一切ないけれど、マスコットは何か、感じるものがあったようだ。

 ジュリエッタは迷うことなくGoサインを出した。彼はヒイナではなく、プログラムの羅列と向き合っているため、2人の間に流れる空気に気づいていない。

 ブンイチをナビゲートしていたミオもまた、藁にも縋るような声で「お願いします!」と告げた。その声さえ聞ければよかったのだろう。彼女は振り返ることなく駆け出した。

 

 彼女を見送り、リョウスケはプログラムと向き合う。視界の端に居たアリーが楽しそうに笑っている姿がちらついたが、そんなことなどすぐに忘れてしまった。

 

 

 




ミオの適性検査とブンイチ&マサハルによるバグチェック。1話にまとめる予定が、前後編になりました。ゲストとして、無印実機プレイで一番印象に残っていたデッドブラックを投入。バグチェックの難易度が一気に跳ね上がりました。
しかし、話の後半で逆転フラグが構築された模様。多分、次であっさり片付くと思われます。ナガミミ様の一日所有権、および狼狽え気味なナガミミ様は、ちょっとしたフラグになる予定です。あと、本編でプレゼントされるお弁当ネタも組み込みたいですね(笑)
無印/エデン名物「喋る帝竜」。このネタは、別の場面でも使われます。エデンに出てくる帝竜と言えば……? まあ、小ネタ程度にどうぞ。

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