花咲く世界のクロニクルセブン -じじいと孫のCode:VFD- 作:白鷺 葵
・キャラクターへの暴言/煽り表現があります。ご注意ください。
・オリジナルのドラゴンが出てきます。ご注意ください。
楽園と名を変えた地球が救われたのは、タケハヤの老老介護が終わってから3か月後のことだった。
竜という強大な敵を倒したという祝賀ムードは、それから半年が経過した今でも冷めやらない。
その興奮と熱を復興へのエネルギーに転換して、人類と地球は再び立ち直ろうとしていた。
どの国も希望で満ち溢れていて、思わず目を細めてしまう。嘗ての東京復興と似ているから、というのも理由だろう。
既に滅んだはずの禁地トゥキオンにも、ちらほらと人が出入りし始めている。旧世界のロストテクノロジーを求めてきたプレロマの学者だ。嘗て世界を救ったハントマン――“セブンスヘヴン”に所属していたメイジとヒーラーの青年たちだった。
今後の復興と対竜研究の参考にするためであり、禁地を根城にしているエメルやアイテルからの許可も得ているらしい。2人も黙認しているようで、メイジとヒーラーが機械を片手に唸っている姿を見かける。その横で、リョウスケがはらはらしている姿もだ。
元技術者としては、メイジとヒーラーが機械を壊してしまわないか心配なのだろう。対竜研究の内容を応用して、対人兵器にしてしまう等の懸念もある。生まれ落ちた技術が、生み出した人間の意図に反して使われることは世の中の常だった。
「13班! ムラクモ13班はいるか!?」
ミカゲの思考回路を阻むかのように、幼い少女の刺々しい怒鳴り声が聞こえてきた。間髪入れず、扉が蹴破られる。
金髪の髪をお団子に束ね、白い法衣に身を包んだ少女――ヒュプノスの巫女でアイテルの姉・エメルが、眉間に皺を寄せていた。
普段から苛立たしそうにしているのだが、今日は輪をかけて酷い。まるで、先の大戦でニアラを打ち損じたときのようだ。
「なになに? どうかしたの?」
「俺たちに何か用か?」
つい先程まで、ブラスターレイブンの同人誌(どぎついR-18禁モノ)をめぐって取っ組み合いをしていた東雲兄妹がぴたりと動きを止めた。2人は即座に依頼人/エメルに向き直る。一瞬のうちに、依頼人の話を聞く態度になっていた。
東雲兄妹は古菅チェロンと親しくしていた。その縁から、都庁/議事堂のクエストカウンター設立、および依頼の斡旋仲介に携わってきた。その際――13班側の窓口として――の対応スキルは健在である。
クエストカウンターでヒイナ、マサハル、チェロンが楽しそうに談笑している姿は2020年の頃から目にしている。最初の頃は、ヒイナとマサハルが東雲財閥の令嬢と次期社長だなんて思ってもみなかった。
依頼を引き受ける気満々の態度がお気に召したのか、エメルの表情が若干和らいだ気がする。物々しい態度は変わらないが。
「妹を探してほしい。数日前から、アイテルの行方が掴めなくなった」
「え? アイテル、ドラゴン対策用の軍資金を稼ぐためにヨロズ屋を始めたんじゃなかったの?」
「尋ねてみたら店が潰れていた」
「潰れた!?」
「開店から3ヶ月しか経過してないぞ!?」
エメルから齎された情報に、経営に関わってきた東雲兄妹が目を剥いた。
開店3カ月で店を潰してしまうとは、アイテルは一体何をしたのだろう。
「そりゃあ、『接客態度最悪だなあ』とか『相場に合わない値段だなあ』とか思ってたよ! リンゴを異常に嫌って、梨に異様な執着を見せてるのも懸念材料だったよ!」
「遊びに行ったら、大量のリンゴを押し付けられたっけ。『形が嫌いだから』って」
マサハルが頭を抱えて唸る。ヒイナはどこか達観したような笑みを浮かべて頷いた。以前ヒイナが大量のリンゴを抱えて帰ってきたことがあったが、そういう事情があったらしい。
因みに、そのリンゴはムラクモ13班が美味しく頂いた。調理当番はミカゲ、ユイ、シラユキ、リョウスケである。東雲兄妹とヨツミに当番を頼むと碌なことにならないためだ。
東雲兄妹は料理が壊滅的だった。兄も妹も火力に物言わせるタイプで、どんな食材も例外なく炭にしてしまう。ヨツミの場合は、何故か電化製品が反逆するのだ。
ヨツミが「こねる……! そして混ぜる……! しからばッ!!」と気合を入れた刹那、使ってもいない電子レンジが突如爆発する/傍にあった冷蔵庫が火を噴く/使ってもいない炊飯器が爆発する等の現場に直面したミカゲの気持ちは、きっと誰にも分かるまい。未だに原因は不明のままだ。
「軍資金って、この前カザンでオークションやったんじゃなかったの? 『とんでもないもの出品された。アレを買う客も、おかしい奴しかいなかった』って、カザンの新大統領が途方に暮れてたの見たけど」
「兵器開発に投じようとしたら、復興に全部持っていかれた。竜対策がどれ程重要なのか、どいつもこいつもまるで分っていない!!」
「……ぶれないなあ、エメル総長代理。いや、今は元学士長だっけ?」
竜を狩りつくすことに重点を置くエメルは、竜抹殺のためならその他諸々は度外視しがちである。帝竜オケアノス討伐作戦における硫酸デスマーチ、対ニアラへの千人砲の使用と「この星の命すべてを弾丸にしてでも竜を殺す」発言の過激さが顕著であった。
ギリギリ歯ぎしりするエメルの様子に、リョウスケは苦笑して肩をすくめた。良くも悪くも、彼女が持つ純粋な意志――竜を許さないという憎しみが、人類の未来を切り開く重要な要因になったのは事実だ。
タケハヤというストッパー亡き後のアイテルは、割と好き放題しているように思う。エメルと同じく、自重という箍が吹っ飛んだかのようだ。
このままいけば、エメル以上の暴挙に出る可能性も浮上してくる。姉の暴走だけでも手一杯だと言うのに、妹までそんなことになったら流石の13班も困ってしまう。
正義の味方から託されたときから予想していた問題ではあるものの、幾ら考えても有効的な手段を思いつくことができない。
自分たちができることは、彼女たちが暴走した際に引き留めてやることか、引導を渡してやることくらいだ。
(……引導を渡すなんてこと、起きなきゃいいんだけど。命の恩人にそういう真似をする羽目になるのは、な)
薄暗い影が近づいてきたような感覚に、ミカゲは思わず目を伏せた。
嘗てのミカゲは、自分が有する
“いざとなったらドラゴンクロニクルの担い手になる”という約束の元に施された治療だった。しかし、タケハヤにその役目を掻っ攫われたため、当初の意図に反してミカゲは生き延びて余生を終え、現在は霊体となってトゥキオンを根城にしている。世の中何が起きるか分かったものではない。
ミカゲの延命治療には異母姉であるナツメも関わっていたし、腐れ縁の親友であるタケハヤたちへの人体実験はミカゲの調整も兼ねていた。自身が関わってきた人間たちのうち、ミカゲは
「エメルの依頼は、“行方不明になったアイテルを探してほしい”ってこと?」
「いいや、他にもう1つある」
ユイの問いかけに、エメルは皺を更に深くして首を振った。
かっと開かれた紅蓮の瞳は、竜に対する憎しみを語るときの眼差しを彷彿とさせる。
竜はもうこの星に居ないというのに、怨敵の気配を感じ取って殺気立っているかのようだ。
「エデンに“影の世界”が出現した。その奥地から、忌まわしき真竜の気配を感じる」
「真竜の気配……!?」
「アイテルの行方が掴めなくなったのも、“影の世界”誕生と真竜の気配を感じ取ったのと同時期だ。真竜の存在が、アイテルの失踪と深く関わっている可能性がある」
エメルから齎された情報に、ユイが険しい表情になる。“影の世界”は外界の影響――主に時の流れ――を受けない世界だ。どんな仕組みかは分からないが、“影の世界”にはドラゴンしか出現しない。むしろ、ドラゴン以外の生命体が存在しないのだ。そして、迷宮の奥地には帝竜の幻影が待ち受けている。
嘗て、タケハヤの介護および老老介護は“影の世界”で行われていた。ヒュプノス姉妹からまともな説明もなく放り込まれたミカゲたちは、ヒイヒイ言いながら最奥までたどり着いたものだ。最奥でタケハヤと再会した挙句、ヒイヒイ言っていた以上に大変な目に合う――タケハヤを鎮めるため、命がけで戦う羽目になるとは思わなかった。
そのため、ミカゲたちは“影の世界”を『タケハヤが正しく死ぬ瞬間まで封じ込める牢獄』だとばかり思っていた。彼亡き後は、“影の世界”は消滅し、二度と出てくることはないと考えていた。しかし、自分たちが認識していたものとは全く違かったようだ。エメルの様子からして、“影の世界”は真竜と何らかの関わりがあるらしい。
物々しい表情のエメルを見ていると、ミカゲは奇妙な引っかかりを感じる。
それはユイも同じだったようで、彼女は素直にその疑問をエメルへぶつけた。
「“セブンスヘヴン”の面々には頼めないの?」
ムラクモ13班の
ユイの疑問は最もである。ミカゲたち
未来を切り開く役目は、次の世代たちの仕事である。“影の世界”攻略も、本来なら
「奴らは復興事業で大忙しだ。文字通り世界中を股にかけているため、なかなか居所が掴めん。それに――」
「それに?」
「“影の世界”に足を踏み入れることができるのは、おそらく貴様らだけだ。……奥地に潜む真竜の気配が、他ならぬお前たちを求めている」
そう言ったエメルの紅蓮の瞳は、怒りと憎しみで燃えていた。自分が“影の世界”に乗り込めたなら、怨敵を殺してやるのにと言わんばかりに。
まるで、「実際に“影の世界”に足を踏み入れようとしたら、立ち入ることができなかった」という鬱憤を吐き出したかのようだ。
ムラクモ13班は、思わず顔を見合わせた。真竜直々に自分たちが指名されるだなんて、誰が予想できただろう。驚くのも当然のことだった。
幾何かの沈黙の後、頷き合う。
それができるのが自分たちだけだと言うなら、断る道理はない。
(俺も、相当なお人よしになったもんだな)
即座に「任せて!」と返答したユイの背中を見つめながら、ミカゲはひっそりと苦笑した。
***
「もぉやだぁ、帰ろうよぉ。疲れたよぉ、面倒だよぉー!!」
リョウスケは半べそになりながら、周囲に居たドラゴン十数匹を一気にハッキングした。即座にマッドストライフを発動させる。真正面から馬鹿正直に殴り合うことが面倒らしい。
実際、ハッカーは殴り合いに向かない職業だ。仲間の援護と防御系列に特化した守りの要である。ハッキングが決まれば攻勢に回ることができるものの、そこに至るまでが大変だ。
トリックスターであるヒイナやヨツミの攻撃のおかげで、周囲のドラゴンたちはハッキングの弱体がかかっていた。結果、この場にいたドラゴンの大半にハッキングがかかった。
リョウスケの意のままに動かされ、ドラゴンたちは攻撃を仕掛け合う。その間に、ムラクモ13班は立て直しに入った。
「お手伝い、お願い!」
「怪我を治すね!」
「サンキュー! ――今度はこっちの番だ。喰らっとけ、遠慮なくなぁ!」
ユイがCURE☆フォームで陣形を整え、シラユキがキュアで仲間たちの傷を癒していく。CURE☆フォームの恩恵を受けた癒しの光は、あっという間に仲間たちの傷をふさいだ。
ドラゴンの攻撃を一手に引き受けてカウンター迎撃に集中していたマサハルが、即座に攻撃に転じる。脳天にドリルクロウラーを叩きこまれた雑魚竜は、悲鳴を上げる間もなく倒れこんだ。
「哀れだな」
「全弾、ぶちかますわよっ!!」
端の方に居たヨツミは、毒を喰らって弱っていたドラゴンの毒を更に重症化させる。戦闘開始直後からベノムアンプリフを何発も叩きこまれたドラゴンは、そのまま力尽きた。
倒れたドラゴンを蹴倒す勢いでヒイナが飛び出し、別のドラゴンに二丁拳銃を向けた。文字通り、8発の弾丸が竜の体をぶち抜く。断末魔の悲鳴にも臆さず、ヒイナは不敵に笑う。
「遠慮はいらないよ、ミカゲくん!」
「先輩、派手にやっちゃって!」
「私が背負うよ」
「――任せとけ!」
ユイが合図するようにミカゲに視線を向けて微笑んだ。彼女は即座にATK☆フォームを展開する。リョウスケはアタックゲインを発動し、シラユキはマナフローターでサポートしてくれた。
不動居で力を貯めていたミカゲは、3人の援護を確認して頷き返す。エグゾーストを発動し、刀を鞘に納めた。凄まじいマナが迸る。異様な力の増大に気づいたドラゴンたちが動きを止めた。
奴らが動きを止めたのは、ほんの一瞬。けれど、その一瞬さえあれば充分だ。ミカゲはニヤリと笑う。遠くから「うっわ、悪い笑みねー」と苦笑したヒイナの声が聞こえたような気がした。
鞘から刀を引き抜き、一閃。
そうしてミカゲは刀を鞘に戻す。
鍔が鳴ったのと同時に、空気ごとドラゴンの群れを切り裂いた。サムライの秘奥義、天地絶ちである。その一閃は断末魔をも飲み込み、竜の群れはあっという間に花弁へ還る。それを確認した13班の面々は、得物を収めた。
「どいつもこいつも暇だなぁ。なんで次々と沸いてくるかねぇ」
崩れ落ちるように座り込み、ミカゲは深々とため息をついた。ドラゴンばかりがわんさか出現する“影の世界”であるが、エデンに出現したこの世界は特に凄かった。
1つのフロアに足を踏み入れれば、十数匹のドラゴンの群れがうじゃうじゃやって来る。獲物に狙いを定めた捕食者そのものだ。奴らは魂ごと命を喰らう生き物だったか。
「構造的に、もうすぐ最奥地だと思うよ。ここまで本当に長かった……」
「一瞬たりとも気は抜けないね。何が出てくるかわからないから、慎重に行こう。……そのためにも、身体の調子を万全にしておかなくちゃ」
ウィンドウ画面を展開しながらマップを確認したリョウスケは、疲れ切ったようにため息をつく。
ユイも真剣な面持ちのまま頷いた。そしてすぐ、柔らかに微笑む。彼女の言葉を聞いた面々も頷いた。
この近場には泉が湧いていた。休憩するには丁度いいだろう。泉の周辺に腰を下ろした。
足元には、フロワロの花が咲いている。ミカゲたちが見慣れた赤/黒い花ではなく、淡い桃色の葬送花だ。この世界に咲き乱れるフロワロは、すべて桃色の花であった。
奥地へ行けば行くほど、葬送花はその数を増やしていく。最奥地はきっと、この桃色の花で覆い尽くされているのだろう。容易にそれを予測できた。
体をしっかり休めたムラクモ13班たちは、ついに最奥へと踏み込んだ。予想通り、最奥地は桃色のフロワロによる花畑が広がっていた。
「――ようこそ、愛しきワラワが子たち。5000年前に朋友ニアラを退け、朋友フォーマルハウトを屠った、嘗ての魂」
上空から声が響いた。ミカゲたちは思わずそちらへ視線を向ける。
そこにいたのは、真竜というよりは大きな鳥と言えるような外見だった。ニアラのようなゴテゴテした毒々しさとも、フォーマルハウトのような不気味な神々しさとも違う。
一言で言い現すとするなら、美麗。淡い桃色の体躯に、バラの花を付けた尾がゆらゆらと揺れる。羽ばたく度に、大地を覆う葬送花の花弁が舞った。幻想的な光景である。
紫苑の瞳に浮かぶのは母性だ。幼子の成長を見守り、喜んでいるように見える。だが、その母性の奥底には、家畜の末路を想像しているかのような残酷さが滲み出ていた。
「ここは影世界。無限にトウトウと積み重なる、別の紡ぎにある世界。朋友ニアラを退け、朋友フォーマルハウトを屠った戦い……見ておったぞ」
強いて言うなら、奴は生産者。そして、奴が愛しい子と呼ぶニンゲンたちは、彼女の家畜にすぎない。
好意的な気配に騙されてはいけない。奴もまた、ニアラやフォーマルハウトの同類なのだ。
「つまり、おたくも奴らと同レベルってこと?」
「――はえ?」
ミカゲの突っ込みに、真竜はぴたりと言葉を止めた。こてんと首を傾げる姿は、母親というより幼子みたいである。それをチャンスと見たミカゲは、即座に畳みかけた。
「根っこがDQNのくせに洒落た真似をしようとしてオードブルとかメインディッシュとか横文字言っちゃったり、腐りかけの食べ物を見ると徹底的に腐らせようと手を出したくなっちゃうタイプと友達なのか。……うわー、ないわー」
「前者なんて、散々家畜家畜言って何回も襲来して撃退された挙句、間違いから何も学ばないでやられただけの可哀想な奴だよなあ。オツムが足りないって言うかさ」
「後者なんて、自分が美味しいものを食べたいという誘惑に負けたせいで死んじゃったし。自分で自分の首締めちゃったら世話ないよねー」
「あれと朋友ということは、思考回路も似たようなものなのかな? だとしたらキミも、非常に残念なのだろう。……ああ、説明してもわからないのかな。ニアラとフォーマルハウトの朋友だものな。類は友を呼ぶと言うし……」
ミカゲの言葉を皮切りに、マサハル、ヒイナ、ヨツミが真竜を煽る。気のせいか、真竜のこめかみ周辺がひくついているように見えた。
真竜という生き物――ニアラやヘイズ系の性格をしている個体――は、煽りに弱い傾向がある。この真竜も似たようなものだろうか。
彼女は思案するように俯いた。どうやらこの真竜は、煽りに耐性があるらしい。怒るのではなく思案するあたり、天然気質に近いのかもしれないが。
幾何かの沈黙の後、彼女はゆっくり顔を上げた。
紫苑の瞳は目を瞬かせる。ミカゲは改めて、真竜に問うた。
「ねえ、おたくはニアラとフォーマルハウトの友達なの?」
「……前言撤回じゃ。あやつらはどちらかといえば、ペットみたいなものだ。正直、特にニアラは嫌いな部類に入る」
彼女はふんすと鼻を鳴らす。この真竜は、ニアラやヘイズ、フォーマルハウトと同レベル扱いされることが嫌だったらしい。真竜同士が仲良しかと問われると、答えは一概に「是」ではないようだ。
「愛しきワラワの子が神はふりの力を有するのかと思ったときから、ワラワはずっと見守ってきた。そうして、ワラワの子が真の意味で神はふりの力を得たとき……なんて喜ばしいのかと心が弾んだものだ。その成長に、ワラワは心を奪われたのじゃ。言うならば、これがワラワの愛……!」
でろっでろに甘い声。どこか恍惚とした口調で紡がれた真竜の言葉は、纏わりつくような響きを宿している。ミカゲの脳裏にヤンデレという言葉が浮かんだ。
どうやら他の面々も同じ気持ちだったようで、特にヒイナは堪えられなかったのだろう。ついぽろりと「超弩級のヤンデレだあ……天然記念物……」と呟いていた。
真竜はヤンデレの言葉を理解しているのかいないのか、はたまた興味がないのか、リアクションは一切なかった。熱の入った演説を続ける。
「死しても尚、その魂は衰えることがない。むしろ、より鋭く研ぎ澄まされている……成長は止まることはない。ああ、スバラシー! なんたる愉悦!!」
「……で? 目的は?」
ミカゲは躊躇うことなく得物――天叢雲剣に手をかけた。他の面々も、いつでも戦いを始められるようにと身構える。得物に手をかけながら、真竜を見上げた。
奴の物言いからして、長々と演説を聞かせるためにミカゲたちを招いたのではないのだろう。ミカゲの予想は的中したようで、真竜はミカゲに狙いを定めながら翼をはばたかせた。ぶわりと風が舞い上がり、殺気が膨れ上がった。
フロワロの花弁が散り、何もいない場所に人影が現れる。褐色の肌の少女を模したマモノと、白い肌の少女を模したマモノだ。褐色の肌の少女は青い剣を構え、白い肌の少女は赤い剣を構える。
桃色の麗しき竜――残酷なる慈母は、戦いの始まりを告げた。
「さあ、たわむれじゃ。この母御に、そなたらの力を見せておくれ……!!」
「――本気で行く、サクヒメ」
「――チルヒメ、最重要案件」
残酷なる慈母の言葉と共に、少女のマモノ2体が飛び出してきた。どうやらこの真竜は取り巻きもいるようだ。
褐色の肌の少女を模したマモノはサクヒメ、白い肌の少女を模したマモノはチルヒメというらしい。
少女たちは互いに顔を見合わせると、息の合った連携で怒涛の連続攻撃を叩きこんできた。刃が派手に乱れ飛ぶ。
「怯えちゃダメ!」
勿論、ムラクモ13班員は即座に防御態勢を整えた。間髪入れず、ユイがDEF☆フォームの号令をかける。仲間たちはそれに従い、防御態勢を取った。
舞うように振るわれた刃が体中を切り刻む。しかし、大した痛手ではない。それは、ユイが与えた守りの恩恵だけではなかった。
「ちょーっとビビっちゃったじゃーん、もー」
「勘弁してくれよ。……ま、避けるまでもないがな」
リョウスケとマサハルが、サクヒメとチルヒメの攻撃を予測していたためである。前者はデフェンスゲイン、後者はパリングシールドで守りを固めてくれた。
その脇で、ヒイナがハイディングで姿を消した。ヨツミはアサシンアイズを使い、チルヒメとサクヒメの急所を見極める。シラユキはデコイミラーを張った。
仕込みをしていたのはミカゲも同じで、刃下のリアクトを発動させて反撃の機会を伺う。チルヒメとサクヒメもまた、更なる追撃のため動き出した。
チルヒメの斬撃をミカゲが、サクヒメの斬撃をマサハルが受け止める。ミカゲはチルヒメの攻撃をいなしながら、その勢いで刀を鞘に納めた。収刀の紡ぎである。
対して、マサハルは即座にカウンターを放った。彼の一撃はサクヒメのみぞおちに叩きこまれ、サクヒメが苦しそうに呻く。シラユキはコンセントレイトでマナを貯め始めた。
「割り込み失礼!」
次の瞬間、ハイディングで潜んでいたヒイナが、チルヒメとサクヒメに奇襲を仕掛けた。ブッシュトラップを使ったらしい。不意打ちを喰らったサクヒメとチルヒメが体勢を崩す。
「攻めて叩いて一気に倒す!」
「自由って素敵!」
リョウスケがアタックゲインで攻撃力を上げる。その援護を受けたユイが、メガホンを片手に熱唱した。
発生した音波が取り巻きごと残酷なる慈母へ襲い掛かる。その脇を駆け抜けたのはヨツミだった。
「詰めるぞ。――私の血肉となれ!」
ヨツミのフルムーンヴァンプがチルヒメに叩きこまれた。彼女の傷とヨツミの得物から滴り落ちた血をマナへと変換し、仲間たちの傷を癒す。
勿論、これらの攻撃は奴らを揺るがせるには至らなかった。サクヒメとチルヒメは武器を構え直す。ミカゲも不動居を取り、攻撃の機会を伺う。
彼女たちはまだやる気だ。戦意は折れていない。――しかし。
(……何やってるんだ? あの真竜……)
戦う気満々の取り巻きたちに対し、ミカゲたちに喧嘩を売ってきたはずの真竜は、一切動きがない。
それどころか、ぼけっと呆けているように見える。取り巻きたちにすべてを任せ、奴は一切何もしなかった。
たわむれようと言ってきた本人が何もしない――こんなバカみたいなことが許されるものか。
……正直なところ、腹立たしい。だって、健気に戦う取り巻きが可哀想すぎるではないか。
ぼけっと呆ける
そんな彼女たちを、残酷なる慈母は興味なさげに眺めているのだ。苛立ちが膨れ上がるのは当然のことだろう。
「さあ、もっと! もっと、そなたらの力を見せておくれ……!!」
さあ来いと言わんばかりに胸を張った残酷なる慈母は、相変わらずミカゲを見つめながらチルヒメとサクヒメを最前列へ押しやっている。自身は最後尾で、のんべんだらりと戦場を観察していた。サクヒメがチルヒメの傷を癒しつつ、相方のことを気にしているような素振りを見せる。チルヒメもまた、サクヒメのことを慮るように頷き返した。
「…………」
油断を崩さぬまま、ミカゲはちらりと仲間たちへ視線を向けた。この時点でもう、全員が「残酷なる慈母が異常である」ことに気づいている。残酷なる慈母に対しての苛立ちを募らせている。怒りが許容量を突破した。
ぱちん、と、何かが爆ぜるような音が聞こえた。この場一帯に、恐ろしいまでものマナが渦巻く。ミカゲ以外の全員がエグゾーストを発現したためだ。チルヒメとサクヒメがびくりと身を竦ませる。対して、残酷なる慈母は嬉しそうに目を細めた。
ミカゲも鞄からドラゴン幼体を引っ張り出し、それを得物で叩き割る。ミカゲの奥底からも、何かが爆ぜるような感覚が湧き上がった。その衝動に従い、ミカゲもまたエグゾーストを発現させる。ガタガタ震えはじめた取り巻き、恍惚そうに羽ばたく真竜の対比が眩しい。
どうやら、奴の性癖はどSでドMらしい。いたぶるのもいたぶられるのも大好きという、とんでもない変態だった。
しかも、ものぐさだから更に苛立ちが募るというか、救いがないというか……正直、印象はもう散々である。
だから。
「い い 加 減 に し ろ よ な ! !」
「あ ん た 、そ れ で も 上 司 ィ ! ?」
嘗て経営者であった東雲兄妹の奥義発動を皮切りに。
ムラクモ13班の攻撃が、残酷なる慈母へと叩きこまれた。
***
「はぁぁ……これ程までとは……! 愛しくて愛しくて、滅茶苦茶に引き裂いてしまいたい!!」
麗しき体躯を悦びに振るわせて、残酷なる慈母は恍惚とした声を上げた。ミカゲたちの予測通り、彼女はとんでもないヤンデレだったらしい。取り巻きであるチルヒメとサクヒメは「私は面倒見きれません」と言わんばかりに視線を逸らす。気持ちは分からなくはない。
“人の話を聞かない系のヤンデレ”には、既に2名ほど知り合いがいたためだ。最も、その双璧を成す片方――アイテルの行方を探して、ムラクモ13班たちは“影の世界”に足を踏み入れたのであるが。思えば、アイテルに関する手がかりは見つからなかったように思う。
それにこの真竜、何かがおかしい。嘗てニアラやフォーマルハウトと戦ったときのような、明確な手ごたえというものを感じないのだ。同時に、第1形態のフォーマルハウトのように、手加減している節も見受けられる。取り巻きを戦わせている時点で、ミカゲたちを侮っているのは見え見えだった。
「ああ、やはりそなたは、ワラワが見出した愛しい子じゃ!」
真竜のねっとりとした眼差しは、ぶれることなくミカゲを射抜いている。
彼女にとっての賛辞でも、ミカゲにとっては迷惑極まりない。
「目覚めを迎え、羽ばたくべき箱舟の資格を有する者……母として、これ程悦ばしいことがあろうか!!」
「えー、
残酷なる慈母のご高説を遮るように、リョウスケが顔をしかめた。ミカゲもうんうん頷き同意する。
「だな。俺も、高飛車で高慢ちきな怠惰系ニートババアはお断りだ。こんな重すぎるモン、愛とは言えないね」
「ミカゲくんの言う通り。私たちは、貴女のそれを愛とは認められないよ。受け取り手が愛と実感し、認識できなければ、それはただの毒でしかないもの」
ミカゲとユイの言葉を引き金にしたのだろう。
13班の面々も頷き合い、次々とヤジを飛ばす。
「どうせならさあ、ボンキュッボンで脱がしがいがあって、危険な香り漂う、知的なおねえさま系の方が好みかなー。あ、眼鏡もイイね。丁度こんな感じの」
「おい馬鹿ヒイナ、その女社長モノR-18同人誌をしまえ。……ってかさ。人類の母親名乗るなら、せめて人間と認識できるような外見になって出直して来いよ」
「部下に労働を強いて自分だけ楽をしようとする態度は感心しないな。部下を守るために体を張るのが、上官としての役目ではないのかね? ましてやキミは母を自称しているのだから、子どものために体を張るものだと思うのだが……ああ、真竜だからそんなことないのか」
「こんな口調のお母さんは嫌だな……。もうちょっと、親しみやすい方が……」
ヒイナがR-18同人誌を残酷なる慈母に指し示し、妹の暴挙に突っ込みを入れつつマサハルが至極当然のことを指摘する。ヨツミがぶつぶつ考察を述べ、シラユキは彼の背後に引っ込みながら、真竜へ残念そうな眼差しを向けていた。
しかしながら、不平不満を爆発させた子どもたちの言葉に対し、残酷なる慈母は一切反応しなかった。その代わりに、取り巻きのチルヒメとサクヒメが何か言いたそうに真竜を見上げる。ハラハラしているように見えたのは気のせいだろうか。
家畜どもの主張なんて、気にする価値もないのだろう。桃色の葬送花の中に身を沈めていた体を起こし、羽をはばたかせた。風にあおられて桃色の花弁が舞う。何とも幻想的な光景だ。主が動いたのを察し、チルヒメとサクヒメは真竜の元へ侍る。
そうして、麗しき真竜/残酷なる慈母は、威風堂々と言葉を紡いだ。
「……いずれ、ワラワも真躯でこの星を訪れようぞ。……そのときを、心待ちにしておれ……!」
(…………あれ? なんか、微妙に声が震えてる――?)
ミカゲが違和感を感じて問いかける前に、慈母とその取り巻きたちの姿が風花に飲まれて消えてしまった。桃色の葬送花が生い茂る丘だけが延々と広がっている。
自分たちの予想した通り、あの真竜は本気ではなかった。真躯という言葉を聞く限り、“影の世界”に現れた残酷なる慈母は、実体ではなかったのだろう。
しかも、奴は「本気の力を引っ提げて、この地球へ来襲する」と予告までしてきた。それがいつになるのか、ミカゲたちが掴む手段はない。
残酷なる慈母はミカゲたちをご所望らしいが、既に終わってしまった魂にできることなど殆ど無に等しかった。当たり前のことが、酷く歯がゆい。
『13班……私たちが見出し、タケハヤが守り抜いた人類の希望……』
どうしたものかと思案するムラクモ13班の目の前で、青い光が瞬く。
ぼんやりとしていた燐光が、徐々に人の輪郭を取った。そして――青い髪の女性が姿を現す。
「アイテル! 無事だったんだね!?」
「今までどこに行ってたんだよ。心配したんだぞ?」
ユイとミカゲの問いに、アイテルは答えることはない。
「貴方たちの役目は、まだ終わっていないわ。ミカゲ」
ぼんやりと揺らぐ緋色の瞳が、ミカゲの姿を映し出す。
「超えよ、
アイテルの言葉に呼応するかのように、桃色の葬送花が舞い上がる。気のせいか、フロワロの花弁が青い光を帯びているように見えた。
天を覆う
世界を揺るがすほどの異変に、ミカゲは思わずアイテルを見た。彼女の気配はゆらゆらと揺蕩い、希薄になっていく。姿が薄らぼんやりとしか見えない。
同時に、自分たちが立っていた大地も希薄になり始める。
足元がおぼつかなくなったと思った刹那、浮遊感が纏わりついた。
それも一瞬のこと。浮遊感の次には、重力に従うかのように体が落下していく!!
「でええええええええええっ!?」
「う、うわあああああああああああ!?」
「なんとォォォォォォォ!?」
「嘘でしょぉぉぉぉぉぉ!?」
「ええええええええええええええええー!?」
「きゃあああああああああああああっ!!」
マサハルが、リョウスケが、ヨツミが、ヒイナが、シラユキが、ユイが悲鳴を上げる。
「おい待てアイテル! おいってば!!」
アイテルの気配をつかもうとして、ミカゲは慌てて手を伸ばす。その手はアイテルに触れることはなく、彼女はぼんやりとこちらを見下ろすだけだった。
背中を駆け抜けた悪寒を何と言えばいいのだろう。アイテルをあのままにしてはいけない――言葉にならぬ確証があった。タケハヤとの約束が脳裏を駆ける。
落ちていくだけでなく、世界がぐるぐる回るような感覚に見舞われる。視界は黒洞々とした闇が広がり、耳元を風が掠める音だけが響いていた。
いつの間にか、仲間たちの悲鳴が聞こえない。ミカゲは慌てて仲間たちの名前を呼んだが、自分の声すら聞こえない有様だった。
一体全体、何が起こっているというのだろう。視界の端に青い光が瞬く。希薄な気配からして、アイテルのものだ。
「――新たなる“狩る者”たちと共に、すべての竜を狩り尽くせ」
次の瞬間、暗いトンネルを抜け出したかのように視界が開けた。
深い闇とは打って変わって、目が覚めるくらいに眩しい空が視界を埋め尽くす。
眼前には雲海が広がり、その近辺にはドラゴンの群れが悠々と飛んでいた。
「なんだコレ……!?」
いや、それ以前にここはどこだ。状況を確認しようとするよりも先に、“狩る者”の本能が訴える。「奴らを狩り尽くさねばならない」と。
視界の端を悠々と横切ったのは、翼を持つ竜だ。一際目を惹くのは、白い体躯に、天使を思わせるような神聖さを帯びた個体。エデンにいたとき、エメルがまとめたドラゴン関連のデータベースを見たことがある。あれにはドラゴアンゼラと記されていたか。
だが、あちらで見たことがあるドラゴアンゼラと違って、体の大きさが倍近い差がある。あの体長は帝竜クラスだ。翼の数も2枚ではなく、3倍の6枚である。雰囲気もへったくれもない意見だが、奴の体から発せられる後光がうっとおしくて仕方がない。
2枚羽が下級天使を指しているなら、6枚羽を有するあの帝竜は、さしずめ天使階級上級第一位階――
『ミカゲくん!』
「ッ、ユイ!?」
背後から聞こえてきた声に振り返れば、半透明に透けたユイがこちらへ手を振りながら落下している。いや、ユイだけではない。ヒイナ、マサハル、リョウスケ、ヨツミ、シラユキも、姿が半透明だ。
13班の中で唯一、はっきりと存在を保っているのはミカゲだけらしい。先程出会ったアイテル同様、6人の存在は希薄である。しかし、仲間たちは倒すべき竜を見据えていた。戦闘態勢は万全だ。
『研究班のセオリーで奴に名を与えるとするなら、熾天使のヘブライ語から拝借して“トリスアギオン”だな』
『うわ、なんか物々しい名前だなー。……まあ、どんな奴が出てこようと、夢も希望も繋いでみせるけどね!』
顎に手を当てて頷くヨツミに、リョウスケが表情を歪める。しかしそれも一瞬のことで、リョウスケはにかっと満面の笑みを浮かべた。リョウスケの言葉通り、相手がいかに物々しい名を背負っていようと、負けるつもりなど微塵もない。
落下しながら武器を構えた人間を視認したのか、帝竜トリスアギオンがゆったりと首を動かす。6枚の羽をはばたかせ、高らかに嘶いた。教会のパイプオルガンが鳴り響くような雄たけびだ。そんなところまで神々しくならなくていいだろう。
『しっかし、落ちながら戦う羽目になるたぁ思わなかったぜ』
『エデンのハントマンにできたんだから、あたしたちにもできる!』
『出来るかできないかの問題じゃない。戦って勝つ以外、助からないと思う……!』
マサハル、ヒイナ、シラユキが、軽口を叩きながらもトリスアギオンとの距離を詰める。ヨツミとミカゲも攻撃態勢に入った。背後でユイとリョウスケが援護態勢に入る。
人間たちのあがきを眺めるかのような佇まいで、トリスアギオンはミカゲたちを見下ろしていた。審判を下す神のようだ。勿論、奴の下す審判を受け入れるつもりはない。
タケハヤから譲り受けたミカゲの得物――天叢雲剣が、トリスアギオンの後光を弾くように煌めく。神に抗う反逆者の如く、嘗ての英雄たちは得物を振るった。
圧倒的なフラグ回であると同時に、ミカゲ側の始まり回。彼らがどこに落ちるのかについては、暫くお待ちください。
反応がないからといって無関心であるとは限らないし、気にしていないとも言えない。
このとき、第2真竜“残酷なる慈母”が何を思ったのかは……まあ、お察しと言うことで。
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【参考および参照】
『ニコニコ動画』より『セブンスドラゴン漫才動画』シリーズ(『Vol.1(http://www.nicovideo.jp/watch/sm6139059)』、『Vol.2(http://www.nicovideo.jp/watch/sm6216324)』、『Vol.3(http://www.nicovideo.jp/watch/sm6352722)』)
『天使の世界(http://page.freett.com/tatsuya215/link14.htm)』より、『セラフ』