花咲く世界のクロニクルセブン -じじいと孫のCode:VFD-   作:白鷺 葵

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・ナガミミが大変な目に合います。ご注意ください。
・ブラスターレイブンが大変な目に合います。ご注意ください。
・ケダモノキャラの暴走表現があります。ご注意ください。


気苦労は億千万

 少年は恋をした。人生で初めて恋をした。人生で初めて、恋愛的な意味で誰かを好きになったのだ。

 

 思い立ったら即行動。“本能、欲望、己の価値観には素直に従え”――尊敬し敬愛する人の教えに従って、少年は全力で駆けだした。

 件の相手はセブンスエンカウント入り口に居る。周囲の人間を跳ね飛ばす勢いで、少年はその相手の前に立った。

 

 

「お客様、チケットはお持ち――」

 

 

 相手が何かを言い終える前に、少年はその人物の手を掴む。

 こちらを見上げた瞳が驚きに揺れたように見えたのは、きっと気のせいではない。

 「お客様?」と、件の人物は固い声色で小首を傾げる。ああ、可愛い。魅力的だ。

 

 込み上げてくる感情そのままに、少年は愛を叫んだ。

 

 

「ナガミミ様、俺と結婚してください!!」

 

 

 

 

 

 この出来事を相棒に報告したら、乾いた笑いを浮かべて天を仰がれた。

 その理由を、少年は一切理解できないでいる。

 

 

 

***

 

 

 

「ナガミミ様、俺と結婚してください」

 

「ナガミミは仕事中ミミ。帰ってくださいミミ」

 

 

 今日も、少年の想い人は愛おしい。可愛い顔して冷淡な態度というギャップは最高である。相棒にそのことを語って聞かせたら、どうしてかその場に崩れ落ちて咽び泣かれた。喜んでくれたのかと思ったが、その割には悲壮感に溢れていたように思う。

 まあ、そんなことはどうでもいい。今日も今日とて、ナガミミを口説くので忙しいのだ。相棒からの頼まれごとがあったけれど、ナガミミを口説くことの方が優先順位が高い。可愛いウサギ型マスコットに、少年はアプローチを繰り返す。

 

 

「素っ気ないナガミミ様も好きです。結婚してください」

 

「ありがとうミミ。でも、ナガミミは生涯独身なので帰ってくださいミミ」

 

「業務用の笑顔も、蔑むような絶対零度の目つきも最高です。結婚してください」

 

「気持ち悪いミミ。帰れくださいミミ」

 

「あなたのすべてが愛おしくて仕方ないです。結婚してください」

 

「……いい加減にしろよコンチクショウ。頼むから帰れ。帰れっつってんだろ。冷やかしなら要らねぇよ」

 

 

 ついに堪忍袋の緒が切れたのか、ナガミミはドスの効いた声で囁いた。気のせいか、黒いオーラが滲んでいるようにも見える。

 

 しかし、少年にとってそれは威嚇にすらなりはしない。ただのご褒美である。少年を悦ばせるもの以外になり得なかった。

 気分が高揚しすぎて、自分が今どんな表情を浮かべているのか見当がつかない。多分、恍惚としていることは確かだ。

 

 

「その罵倒、ゾクゾクします。もっと罵倒してください」

 

「ひッ!?」

 

「――そして、俺と結婚してください」

 

 

 ナガミミの手を取り、少年は真剣な眼差しでマスコットを見つめる。

 この想いには嘘偽りもなければ、伊達や酔狂で言っているものでもない。

 本気である。本気であることを伝えたくて、少年はセブンスエンカウントに通い詰めているのだ。

 

 通い始めて1ヶ月。ナガミミは相変わらず冷たい態度である。でもそれがいい。これから色々な顔を見れると考えれば、だ。

 

 

「……ねえ、ナガミミ様。どうしたら、俺が本気だって分かってくれるの?」

 

 

 先程のお礼も兼ねて、少年は声のトーンを落とした。ナガミミの耳元で、密やかに囁く。やや掠れた自分の声に、ナガミミがびくりと身を竦ませた。

 片方の手を離して、艶めかしい手つきでウサギの耳を撫でた。肌触りはとてもふかふかしていて、柔らかい。その光沢はまるでビロードのようだ。

 

 

「正直、今すぐ独り占めしたいくらいなんだ。もう、限界だよ……」

 

「――ぁ」

 

 

 少年はナガミミを抱きこむ。大切に、大切に、溢れんばかりの愛を持って。ウサギのぬいぐるみは、抵抗する間もなく少年の腕に収まった。

 ナガミミが抵抗する間を許さず、少年は大きく息を吸い込む。マスコットからは、森林を思わせるような爽やかな香りが漂った。

 暫し硬直していたナガミミだが、抱きこまれていると理解すると、慌ててジタバタし始めた。可愛いものである。

 

 気のせいか、金髪ツインテールの美少女が、顔を真っ赤にして涙目になって抵抗しているように見えてきた。少年はつい、にへらと笑う。

 

 本当はこのままトンズラしたい。しかし、これ以上コトに及ぼうとすれば、即座に社員の双子が得物片手に襲い掛かってくるだろう。――いや、来た。

 少年は悪戯っぽく微笑み、ナガミミを開放した。その勢いを崩さず、自分が持ってきていた得物――刀(刀身は鞘に納めたまま)で、乱れ飛んで来た一撃を受け止める。

 

 

「主任からの重要案件! 不審者撃退だよ、チカ!」

 

「また、貴方ですか……!」

 

 

 木刀片手に飛び出してきたのは、ノーデンスの社員をしている双子の少女――チカとリッカだ。特にチカの声には、怨嗟の色が滲み出ている。

 

 

「……貴方のせいで、チカは、もう4日も眠っていないのです……。チカの安眠のため、得物の錆になって欲しいのです……!」

 

「うっわ、それは怖いなあ……!」

 

 

 少年はチカの気迫に引き気味になりながらも、双子の攻撃をいなす。木刀とはいえ、その一撃はずっしりと重い。

 下手すれば、剣を教えてくれた師匠や銃を教えてくれた師匠、知り合いや相棒の“全力の一撃(パンチ)”より上かも知れない。

 分の悪さを知っているから、今日はこれで撤退するしかないだろう。本当はもう少しナガミミと話していたかった。名残惜しいが、命あっての物種である。

 

 

「危ない危ない。逃げるが勝ちってね! ――じゃ、また来るよナガミミ様! 次はもっとお話しようねっ!!」

 

「……も、もう来ないでくださいミミィィィィ!!!」

 

 

 少年は即座に離脱する。ナガミミの照れ隠しをBGMに、少年は駆け出した。双子は少年の後を追うことより、ナガミミの安全確認に重点を置いたようだ。ぐったりしたウサギのマスコットを介抱する少女たちの絵面は一部のマニアたちから好評のようで、何名かが写真を取ろうとしていた。

 勿論、双子たちの無許可撮影はNGである。撮影されていることに気づいたチカとリッカは即座に制圧行動に出た。マニアたちの阿鼻叫喚を尻目にしつつ、少年はノーデンスの広場を後にする。次はどんな話をしようかと思案しながら、少年は微笑んだ。明日もまた、ナガミミと話ができたらいい。

 

 マスコットが喜ぶような食べ物は何だろうと、少年は割と真面目に思案していた。

 

 

 

 少年がセブンスエンカウント出禁を喰らったのは、その翌日のことである。

 

 勿論、その程度で諦める程度の愛ではない。

 何度迎撃されようが、少年はセブンスエンカウントに通い続けた。

 

 

 

***

 

 

 

 少年は、合法的且つ日常的に想い人と一緒に居られる方法の算段を確認していた。「頼んでいた例の件を何とかしてくれ」と相棒から頭を下げられたという理由もある。

 後者も重要案件だったが、ナガミミを口説くのが忙しすぎて保留にしていた。流石に保留期間が長すぎたか、と、少年は反省した。勿論、アテがないわけではない。

 少年の手の中には一枚のチラシが握られていた。ノーデンス・エンタープライゼスの契約社員募集である。業務内容はセブンスエンカウントのメンテナンスおよびデバッカーだ。

 

 主な仕事はバグチェックであり、マモノ退治と同じ方式でバグを駆逐していくらしい。機械の知識だけではなく、戦闘技能も求められる。

 

 希望者は多いものの、書類審査・面接・実技試験を突破出来る人間は殆どいないと言われていた。

 実技審査はセブンスエンカウントのスコア結果が関わってくる、とも。

 

 

「“セブンスエンカウントのハイスコアラーが、ノーデンス社員としてスカウトされる”っていう噂も、この募集広告が理由の1つなんだよなあ」

 

 

 少年はおにぎりを頬張りつつ、チラシを眺める。

 

 少年は一度もセブンスエンカウントをプレイしたことはない。だが、己の実力を充分熟知している。旧日本政府における才能分類、S級能力者――その中でも、少年は3つの能力適性を有していた。……どれもS級の最低値だが。

 そりゃあ、80年前に活躍したムラクモ13班より劣るし、何より全能力S級能力者(マルチタスク・オール)の渡来ミカゲには遠く及ばない。けれど、彼ら亡き今、自分がそれを成させばならぬのだという誇りはある。

 

 

「下準備をしっかりやっててよかった。偽造戸籍のおかげで身分確認もスムーズにいって書類審査は合格したし、面接ではナガミミ様への愛を3時間ぶっ続けで語ったら社長さんが乱入して来て、直々に『面接合格』と言い渡してくれたし。あとは今日の実技審査さえ突破すれば、相棒の案件もスムーズに進むし、大手を振ってナガミミ様と一緒に過ごすことができる! なんだ、これはただのパラダイスか!!」

 

 

 想像したら、頭の中がお花畑になってきた。今すぐ全力疾走したい衝動に駆られたが、食べた直後の運動は胃の消化に悪い。

 そして何より、実技試験に挑む前に体力を消費するのは愚策と言えよう。実技試験は長丁場になると聞いたためだ。

 おにぎりを飲み込み、ペットボトルの麦茶でそれを流し込む。半ば無理矢理だったため、喉元の奥につっかかるような感覚に見舞われた。

 

 しかし、それも一瞬のことだ。喉元奥のつかえはあっという間になくなる。少年は時計を確認した。

 

 実技試験開始まで、あと15分。愛しのナガミミと話をする時間はありそうだ。

 社長から直々に手渡された『特別入場許可証』を片手に、少年は意気揚々とセブンスエンカウントへ踏み込んだ。

 

 

「お客様は出禁になってますミミ。今すぐこの場からお引き取りくださいミミ。でないと社員を呼びますミミ」

 

 

 勿論、少年の姿を確認したナガミミは即座に警戒態勢に入った。心なしか、黒いオーラが吹きだしているように見える。そんなウサギのマスコットも愛おしい。

 何も知らないナガミミは、助けを求めるように入り口に視線を向ける。社長から実技試験監督に任命された社員――件の双子・チカとリッカだ。

 

 主任から助けを求められた双子は、何とも言えなさそうな顔で互いの顔を見合わせる。ひそひそ何かを話していたが、2人はナガミミへ向き直って首を振った。悲壮感溢れる表情なのは何故だろう。少年には分からない。とりあえず、『特別入場許可証』と募集チラシを示す。

 

 

「俺、今から実技審査受けるんだ。合格すれば、いつだってナガミミ様と会えるよ!」

 

「えっ? ……えっ」

 

 

 少年が提示したものを、ナガミミは呆けたように見つめた。幾何か遅れて、その許可証が何を意味しているのかを理解する。途端に顔色が青くなった。

 許可証を確認しては、「え」だの「あ」だの「嘘だろ」だのとブツブツと呟き続ける。そんな主任を見た双子の社員は、更に悲壮な顔をして天を仰いだ。

 

 少年はニコニコ笑いながら、ナガミミをぎゅっと抱きしめる。相変わらずふかふかしていて、ビロードみたいな肌触りだ。森林のような爽やかな香りも健在である。

 

 ナガミミが悲鳴を上げて暴れるよりも先に、少年は抱擁を解いた。

 そうして、満面の笑みを浮かべて手を振った。

 

 

「じゃ、行ってくるよナガミミ様! 期待して待っててね!」

 

 

 少年はセブンスエンカウントへと踏み込む。施設内は遊びに来た人々やデバッカーの募集の実技試験を受ける人々でごった返していた。自分のスコアや他人のスコアに一喜一憂する声がひっきりなしに響いている。

 

 時間ぴったりにやって来た双子が、デバッカー試験の開始を告げた。番号が呼ばれ、試験に挑む人々が次々とログインしていく。

 そうして最後に、少年の番号が呼ばれた。少年は笑みを浮かべつつ、得物片手にセブンスエンカウントへログインする。

 

 

「――さて、負けないよ」

 

 

 試験開始の合図と共に、少年は戦場へと躍り出た。

 

 

 

■■■

 

 

 

「何、この数値……!」

 

 

 少年の叩きだした数値を目の当たりにしたジュリエッタが、モニター画面に釘付けになっている。アリーも一緒になって、食い入るように画面を見つめていた。

 

 件の少年が出した数値は、旧日本政府の分類で『S級』と称される人々が出した数値のラインだ。勿論、これはスコアにも反映される。

 デバッカー試験を受けている人々の中で、彼だけが圧倒的数値で独走していた。「嘘でしょう?」と、ジュリエッタは戦慄する。

 

 

「あのコ、面接でナガミミへの愛を3時間語り続けた狂信者よ? 目から光を無くす勢いで語り続けた程よ? 危うくアタシも洗脳されそうになったわ」

 

「そうだねー。白目剥いて、カタコトで『ナガミミサマバンザイ』って延々と唱えてたのを見たときは、ジュリエッタが正気に戻るかどうか心配だったしー」

 

「あのときはマジで危なかった。……そんなコが、まさか……」

 

「でも、データはしっかり示してる。……彼は、アリーたちが探していた“狩る者”だよ」

 

 

 少し方向性は違うかもしれないけど、と付け加えて、アリーは画面を見つめる。少年は何の苦もなくマモノたちを撃破していった。

 終いには、「セブンスエンカウントも大したことないかも」と、やや大きい声で呟く。まるで、誰かが『見ている』ことを想定しているかのようだ。

 そんなことを言われれば、黙っていられないのがジュリエッタである。彼は挑戦的に笑いながら、セーフティモードを解除した。

 

 少年は何かに気づいたように周囲を見回したが、不敵な笑みは崩れなかった。

 

 リミッターが解除されて出てきた特別性のマモノを、少年はあっという間に撃破していく。幼い風貌とは裏腹に、彼は歴戦を駆け抜けた“戦いのプロ”だ。

 彼の太刀筋や佇まいから、アリーは懐かしい面影を見出した。自分が見守ってきたいとし子たちの系譜を、件の少年は受け継いでいる。

 

 

「Sランク最低値でこの程度(レベル)なら、3つめのキィの“核”になり得るコは、どれ程の数字を叩きだすのかしら……」

 

「セーフティモードだと測定不能になると思うよ☆ S級能力者訓練モードなら計測できるレベルになるかな?」

 

「考えただけで気が遠くなるわね……」

 

 

 あまりの数値に、ジュリエッタはため息のような吐息をこぼした。アリーは満面の笑みで断言する。

 

 その数値が、いつか現実の結果として示される日が来たら――アリーは思わず口元を緩ませた。

 考えるだけでゾクゾクする。アリーにとって、成長とは愉悦だからだ。

 

 

「ボス……?」

 

「んー? どうしたの、ジュリエッタ」

 

「……驚いたのよ。アンタが開眼するの、珍しいから。特に、今回の件では開眼しっぱなしじゃない」

 

 

 「面接のときとか」と言うジュリエッタの指摘に、アリーは思わず目を細めた。「そうだねー☆」なんて間延びしながら、画面を食い入るように見つめる。

 予期していない形ではあったが、自分たちが探していた“狩る者”を1人手に入れたのだ。嬉しい収穫である。……やはり、ここに来てよかった。

 嘗て竜を屠った叢雲の生まれた地。人類の中で、唯一制竜権を有した大地――いとし子の系譜が存在するであろう、この島国/日本に。

 

 エネミーがはじけ飛ぶ音が響いた。少年に差し向けた敵はリトルドラグ。彼は何の苦もなくリトルドラグを倒し、得物を鞘に納めていた。

 スコアは文句なしのS級。勿論、文句なしの採用だ。ジュリエッタにその旨を告げれば、何とも言い難そうな表情を浮かべた。

 

 

「ジュリエッター? まず1人目を見つけたんだから、計画の段階が進んだってコトだよー? 喜ばないのー?」

 

「……そうね。ある一点にさえ目を瞑れば、順調な滑り出しだと言えるわね……」

 

 

 「ナガミミ……可哀想に……」と呟いたジュリエッタは両手で顔を覆った。ぐず、と、鼻が鳴るような音がする。表情は見得ないが、悲痛な感情が漂っていた。

 

 アリーはゆるりと微笑みながら、少年の姿を見つめる。ナガミミという尊い犠牲を払えば計画が進むのだから、随分と安いものだろう。計画を頓挫させるわけにはいかない。

 何が何でも、Code:VFDは成功させなくてはならないのだ。それが、アリーがいとし子たちに与える福音。……そうして、いとし子たちがそれを乗り越えた暁には――。

 

 アリーは胸の中央に手を当てた。丁度、心臓の位置。

 命の鼓動は刻まれている。規則正しく、途切れることなく。

 いつか、母が子に支払うべきものだ。子のために差し出すもの。

 

 

『私たちは、貴女のそれを愛とは認められないよ。受け取り手が愛と実感し、認識できなければ、それはただの毒でしかないもの』

 

『部下に労働を強いて自分だけ楽をしようとする態度は感心しないな。部下を守るために体を張るのが、上官としての役目ではないのかね? ましてやキミは母を自称しているのだから、子どものために体を張るものだと思うのだが……ああ、真竜だからそんなことないのか』

 

 

 遠い紡ぎの世界で、いとし子に言われた言葉が脳裏を駆けた。

 彼らが今、アリーが成そうとしていることを知ったら、何と言うだろう。

 

 

『えー、()だよ。オレ、こんな母さん(イヤ)なんだけど』

 

『俺も、高飛車で高慢ちきな怠惰系ニートババアはお断りだ。こんな重すぎるモン、愛とは言えないね』

 

『どうせならさあ、ボンキュッボンで脱がしがいがあって、危険な香り漂う、知的なおねえさま系の方が好みかなー。あ、眼鏡もイイね。丁度こんな感じの』

 

『おい馬鹿、その女社長モノR-18同人誌をしまえ。……ってかさ。人類の母親名乗るなら、せめて人間と認識できるような外見になって出直して来いよ』

 

『こんな口調のお母さんは嫌だな……。もうちょっと、親しみやすい方が……』

 

 

 今のアリーの姿を見たら、どう思うだろう。あのときの自分とは大きく変わったのだ。きっと、驚くに違いない。

 

 彼らが――あるいは、“核”となり得るべき存在の“狩る者”がアリーを見たら、アリーのことを知ったら、どんな反応をするのだろうか。

 「それは愛ではない」と、冷たく鋭い眼差しでこちらを見上げるのだろうか。それとも、強い意志を宿しながらも、粛々と運命を受け入れるのだろうか。

 いとし子たちがそれを認めなくても、それはアリーの愛であり、福音であり、献身である。それを成し遂げるためなら、アリーはすべてを投げうつつもりだ。

 

 

(たとえ、子どもから『愛ではない』と断じられ、憎まれ、否定されても……親は、全身全霊を懸けて愛を注ぐんだよ。――だって、子どもは親にとって“すべて”だから)

 

 

 胸の奥底に湧き上がった痛みには見ないふりをして、アリーは微笑む。

 子が親に愛されたいと願うことが当然ならば――ああ、そんなことを考えるなんてどうかしている。

 

 

「――さあ、“狩る者”を迎えに行かなくちゃ☆」

 

 

 椅子から立ち上がって部屋の外へ向かったアリーに続いて、ジュリエッタが慌ただしく立ち上がる。彼はナガミミに「少年がS級能力者であり、探していた“狩る者”の1人である」ことを伝えた。ナガミミは呆気にとられたようだ。返答がない。

 少年をスカウトする旨の話をした途端、通信機から切羽詰った悲鳴が響く。『おい正気か!? あんな変態を本当にスカウトすんのか!? やめろ! アレだけは、あのケダモノだけは勘弁してくれぇぇぇぇ!!』と、ナガミミの声が聞こえる。

 

 それらを、アリーは一切無視した。Code:VFD成就に必要な犠牲である。

 

 意気揚々とアリーがセブンスエンカウントに乗り込んだのと、少年がログアウトしてきたのは同時だった。

 彼は満面の笑みを浮かべてナガミミの元へ駆け寄ろうとし、アリーの存在に気づいて足を止める。

 懐かしいいとし子の面影を噛みしめながら、アリーは人懐っこい笑みを浮かべて、少年に声をかけた。

 

 

「ドモドモ☆ ノーデンス社の社長、アリーだよー☆ ……ねえキミ、ウチで働かない?」

 

 

***

 

 

 

「なんでコイツを雇った!? 言え、言うんだ! 答えろアリィィィィィ!!」

 

「わーい! ナガミミ様、今日からヨロシク! ――ということで、今すぐ俺のものになってよ」

 

「う、うわあああああああああああぁぁぁぁぁ!? やめろケダモノォォォォォォ! 帰れ、帰ってくれェェェェェェェェェェ!!」

 

 

 

「……その血の宿命(さだめ)、か。受け継がれたのは、資質だけじゃあないんだねー……」

 

「しゃ、社長が……!」

「開眼している……!」

 

「ボスが……ボスが完全にドン引きしてる……! あのコは相当危ないわ……!!」

 

 

 ノーデンス社が賑やかになったことは、言うまでもない。

 

 

 

■■■

 

 

 

 ブラスターレイブンという有明のヒーローをご存知だろうか。元々は30年前、東雲財閥の関連企業が作ったゲーム『スーパーブラスト』の主人公だった。体に搭載された様々な武装を駆使して戦う“正義の味方”。嘗てのムラクモ13班を思わせるような存在である。

 後に、『スーパーブラスト』はOVAおよび書籍化された。ゲーム版『スーパーブラスト』とは違い、OVAおよび書籍版『スーパーブラスト』にはブラスターレイブンの相棒としてブラスターキッズ――“眞瀬(マセ)文一(ブンイチ)”という少年が登場し、主人公のレイブンをサポートした。

 ゲームとOVAおよび書籍版。どちらが人気だったかと言うと、ブンイチ少年とブラスターレイブンの凸凹コンビが華麗(?)に事件を解決し、人命救助やマモノ/竜退治を行うOVAおよび書籍版の方だ。発売当時はどのコンテンツも微妙であったが、最近は子どもたちやコアなマニアから押されて人気が出てきている。

 

 

(……いや、それだけじゃない。人々の噂で、ブラスターレイブンとその相棒のことが話題になっているからだ)

 

 

 青いヒーロースーツ――厳密にはヒーロースーツじゃないけれど、こう言い張らせていただこう――を身に纏った男は、端末を見つめて眉間に皺を寄せた。

 画面には、「ブラスターレイブンと眞瀬ブンイチに助けられた」と語る人々の書き込みが至る所に残されている。称賛の言葉が連ねられていて、何ともむずがゆい。

 

 

「『ブラスターレイブンと眞瀬ブンイチの目撃スレ』、結構伸びてきたみたいだね」

 

「こらこら、ブラスターキッズ。食べながら喋るのは行儀が悪い。食べ物や飲み物から出るガスが書物を傷ませる原因になると、いつも言ってるだろう」

 

「ブラスターレイブンこそ。誰のおかげでノーデンス社内に執務室を作ることができたと思ってるのさ」

 

 

 青いヒーロースーツを身に纏った男――ブラスターレイブンにたしなめられた少年は、不満そうに口を尖らせた。

 

 翡翠を思わせるように澄み渡った緑の髪。前髪の数房には、紫のメッシュが入っている。快活そうな顔立ちを見る度、遠い昔に見送った女性の姿が脳裏をかすめた。

 少年はそれきり口をつぐんだが、紫水晶を思わせる瞳はレイブンに強く訴えていた。「いつまで自分たちは、こんなやり取りを続けるのだろうか」と。

 

 

「……ごめん、ブンイチ」

 

「分かってる。……俺こそ、ごめん」

 

 

 居たたまれなくなり、レイブンは目を伏せた。それに対して、少年――眞瀬ブンイチは罰が悪そうに視線を逸らす。

 以前から、相棒には迷惑ばかりかけてきた。自分の我儘にも付き合わせてしまったし、そのために沢山我慢ばかりさせてきたように思う。

 ……その償いも、終わらせなくてはならない。すべてが終わったら、彼には彼の人生を歩んでほしい。それが、レイブンの願いだ。

 

 2人だけの狭い執務室。嘗ての自分の立場を思い返すと、随分と寂しくなったように思う。

 

 クセモノどもに手を引かれながら、なんとか組織の長をやってきた。時には激励され、時には愛する女性(ケダモノ)に襲われ、時には愛する女性(ケダモノ)に同人誌のネタにされ、時には愛する女性(ケダモノ)に男としての矜持をぶち壊されながらも、彼女と一緒に歩んできた。ブラスターレイブンになった男の人生は、確かに幸せであった。

 嘗ての仲間たちは、もういない。最後の1人――根が優しい無精者はISDFに渦巻く闇を正そうとして、それに飲み込まれた。丁度8年前の話である。それよりも前には、13班員であり、生命科学を専攻していた研究者仲間も。彼らを喰らって生まれ落ちた可能性の芽を、レイブンは摘み取れないでいる。

 

 

(曲がりなりにも、僕は、世界を守ってきたという自負がある。そうして、“この判断を下せる人間は、僕しかいない”とも)

 

 

 レイブンは深々とため息をついて、嘗ての仲間から託されたデータと、自分が集めたデータを眺めた。ISDFの対竜兵器に関する研究データであり、その兵器は“極東支部の最高傑作”とされている。

 

 人類の努力と英知の結晶――レイブンにとって、棘を持つ響きだ。悲しい思いをする命を生み出したくないという願い、生まれ落ちた命を否定したくないという想い。その狭間の中で、レイブンは揺れ動いていた。

 思えば、“可能性に対する執着”がすべての引き金になったように思うのだ。レイブンが尻拭いしようとしている敵も、仲間がレイブンに託したこの資料に関しても、元は「可能性を見出した」ために保留してきたものである。

 己の願いを叶えるためには、絶対に揺らいではいけなかった。元凶を絶つという選択こそが絶対解であった。でも、己の想いがそれに待ったをかける。生まれ落ちた命に罪はないし、命を絶つということは可能性を絶つことと同義だ。

 

 

「……『レイブンは、優しすぎるんだ』」

 

 

 ブンイチは、誰かの言葉を諳んじる。

 そのこの場の主を、レイブンは知っていた。

 

 

「『どうしようもないくらい優しいから、優柔不断になってしまうんだ。でも俺は、そんなレイブンが総長でよかったと思ってる』」

 

「……ははは。何かある度、彼がよく言っていたなあ。結局、彼は真面目な話をするとき以外、僕のことを本名で呼んでくれなかったっけ」

 

「――俺も、そう思うよ」

 

 

 そう言ってレイブンを見つめるブンイチの瞳は、どこまでも真剣だった。

 

 

「俺は、貴方が俺の“相棒(■■)”でよかった。貴方の“相棒(▲▲)”でよかった。このことは、何よりもの誇りだと思ってる」

 

「……“文一”……」

 

「あはは。その名前で呼ばれるの、久しぶりだなあ。“■さん”」

 

 

 自分たちが“ブラスターレイブンと眞瀬ブンイチ”になってから、元の呼び名で呼び合うことは殆どなくなった。

 本来なら呼び合っていたであろう名前を、ブンイチは噛みしめるように呟く。その名に見合うことを、レイブンは何一つなし得ていないのに。

 ブンイチは、優しい眼差しでレイブンを見つめる。その笑い方も眼差しも、嘗て自分が愛した女性とよく似ていた。――よく、似すぎていた。

 

 こういうとき、顔が隠れていることと、自分の体質は便利だと思う。

 それらがなければ、レイブンは無様な泣き顔を晒していたと思うから。

 

 

「“■さん”、全然誤魔化せてないよ」

 

「……“文一”。こういうときは、苦笑しながらも黙殺するのがお約束なんだよ?」

 

「“■さん”が格好良く決まったことなんて一度もないでしょ?」

 

「ははは。耳が痛いなぁ。手厳しい」

 

「でも、そんな“■さん”だから、みんなが“■さん”を支えようと頑張ったんだよ。『無様でも、足がガクガク震えていても、音頭が決まらなくても、諦めずに武器開発して、作戦立案する“■さん”の姿が格好いいんだ』って、みんなが言ってたし」

 

 

 “文一”の言葉に、レイブンは苦笑した。あれから必死に頑張ってきたけれど、本質はあの頃と何も変わっていないようだ。戦闘員の後ろに引っ込んで、無様に怯えていたころの自分の姿が浮かんでは消えていく。この世界は本当にままならない。

 

 最近は本当に絶不調だ。雑魚ドラゴンとの戦いでも、帝竜クラスの戦いでも、大事なときに吹き飛ばされて意識を失ってしまう。

 目的を果たすまでは死ねないと思うのだが、自分に残された時間がわずかであることには察しがついている。そして、目的を果たしたら立ち去る覚悟も。

 “文一”には何も言っていないが、彼は聡い子だ。レイブンに残された時間も、“文一”自身の時間も長くないことを知っているだろう。

 

 “文一”のことだから、レイブンの後を追いかけようとするのかもしれない。彼が尊敬していた身内は、己の持つ価値観や感情に忠実だからだ。

 己の心のままに行動してきたから、“文一”はブンイチとなって、ブラスターレイブンの相棒になったのだから。

 

 

(“文一”には、幸せになってほしかったなあ。僕や彼女たちみたいな“使命”とは無縁の、穏やかな人生を送ってほしかった……)

 

 

 ……そうして、できることなら――誰かを好きになって、誰かと寄り添って、家族を築いて、床の上で大往生するような、普通の人生を。

 

 

(……それが、どうして“ああ”なっちゃったのかなあ)

 

 

 レイブンは相棒の机へ視線を向けた。ブンイチに「ノーデンス社の一角を執務室に改造するため、社内に潜入してほしい」と頼んだことが、すべての始まりだったのかもしれない。何を間違ってしまったのかは分からないけれど、最終的には、レイブンの判断が引き金になったと言えるだろう。

 ブンイチ用のテーブルの上には、ノーデンスのマスコットキャラクターであるウサギのぬいぐるみ――ナガミミぬいぐるみをはじめとしたグッズが並んでいる。机の上に置き切れなくなったためか、レイブンのスペースまでもを侵略/浸食していた。フロワロ汚染並みに酷い。

 自分の好きなものを大量に積み上げるのは、レイブンが愛した女性と瓜二つであった。彼女の場合は同人誌(どぎついR-18本ばかり)だったように思う。自分の机が同人誌(ブラスターレイブン関連のR-18作品)で埋め尽くされていた現場を見たときは、そのまま卒倒してしまったこともあったか。遠い日々を思い出し、レイブンは苦笑した。

 

 まさか、“文一”が人外趣味に目覚めるとは思わなんだ。

 しかも、相手はこの会社のマスコットキャラクターである。

 

 何度も熱烈なアタックを繰り返し、出禁になっても熱烈なアタックを繰り返し、挙句の果てには(最初からノーデンスに潜り込む予定だったとはいえ)同じ部署の契約社員になってしまった程だ。レイブンの友人が生きていたら、マスコット同様「オイ、正気か!?」とドン引きしただろうか。それとも、レイブン同様「あいつの血筋だもんな」と遠い目をしただろうか。もしくは、「お前のせいじゃないのか?」と突っ込んでくるだろうか。もうわからない。

 

 

「じゃあ、俺、“表”の業務に戻るよ。ナガミミ様を愛でなくちゃいけないから!」

 

「そ、そう……。それじゃあ、頼むよ」

 

「任せといて!!」

 

 身支度を整えたブンイチが、意気揚々と執務室を飛び出していく。その背中を見送った後、レイブンはPCに向き直った。

 レイブンが果たすべき“使命”に関連する探し物は、この近辺に潜んでいる。詳しい反応までは探れなかった。

 

 

「『それなりに融通利く』って言ってた割には、趣味(ナガミミ様)関連で時間の大半を潰しているように思うんだよなあ……」

 

 

 レイブンは深々とため息をついて、執務室の天井を仰ぐ。

 

 拝啓、ブラスターレイブンが見送った愛する人へ。

 “文一”は、貴女の血筋を忠実に受け継いだようです――。

 

 乾いた笑いは、今しばらく止まりそうになかった。

 




今回も圧倒的フラグ回。
子どもが親に愛されたいと願うことは当然のことだ。――では、その逆のケースはどうだろう?
“子どもから「あなたはいい親だった」と肯定してほしい”という願いを、親は抱くのだろうか。
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