花咲く世界のクロニクルセブン -じじいと孫のCode:VFD-   作:白鷺 葵

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ⅢのChapter0、開幕。


Chapter0 トウキョウ・シークエンス《プリムラ・マラコイデス:運命を開く》
エンカウンター


 よく晴れ渡った蒼穹が、窓の外に広がっている。空からの日差しは燦々と降り注ぎ、蝉の鳴き声が遠くから響いていた。外からは運動部員の掛け声が聞こえてくる。校庭からも、少し離れたプールサイドからも、活気あふれる声は絶えることはない。

 70年以上昔に造られた暁学園は、戦闘技能および対竜関係に対する知識を学ぶための専門学校だ。竜戦役後に誕生した、世界初の“戦闘および対竜研究の担い手を育てるための学校”である。初代学長は嘗てのムラクモ13班――桐野ヒイナ氏だ。

 嘗ての英雄である渡来夫婦や、限られた特別期間内では■■リョウスケや那雲ヨツミが教鞭を取った学校としても有名だ。彼らの教え子たちは各部門で活躍している。いずれは自分たちも、羽ばたいていきたいものだ。

 

 新聞部の部室は、学校の情報管理室である。運動部員の喧騒から少し離れた、冷暖房完備の部屋。そこに、4人の少年少女が集っていた。

 

 

「セブンスエンカウント?」

 

「はい。今度、アメリカから上陸するアトラクションの名前です」

 

 

 赤毛に赤い眼鏡をかけた青年――東雲俐仁(リヒト)から手渡されたチケットを、黒髪ショートボブに花を象った髪飾りを付けた少女――渡来(イノリ)はおずおずと受け取った。

 件のチケットには、80年前に咲いていたとされる赤い葬送花――フロワロと、竜をデフォルメしたようなイラストと、2021年の竜戦役の最終決戦場であるスカイタワーが描かれている。

 

 

「ネットでも話題だったな。転売厨がバカみたいな値段で売りさばいているのを見たぞ」

 

 

 黒いマスクをつけた青年――風間創生(ソウセイ)はチケットを眺めながら、この場にキーボードを展開して画面を指示した。

 

 画面に浮かびあがったのは、セブンスエンカウントのチケットを取り扱っているネットオークションだ。値段を確認すると、一般の中流家庭では手が届かない値段を叩きだしている。0の数が1つ、もしくは2つ程多い。

 一般中流家庭の出であるイノリ、ソウセイ、金髪のルシェの少女――那雲四季(シキ)は思わず顔をしかめる。ただ1人だけリアクションが薄いのは、4人にチケットを手渡した張本人であるリヒトだった。

 東雲リヒトは、東京に本拠地を構える大財閥・東雲財閥の末っ子御曹司だ。まだ未成年で末っ子とはいえ、将来彼が受け継ぐであろう資産/現時点で彼が所有する資産は、一般の中流家庭とは比べ物にならない。

 

 最も、東雲財閥の人間たちは、“金持ちだからと言って、金でモノを言わせるような人間”ではない。金銭感覚は、下手すれば一般人よりもシビアな感性を持っている。

 リヒトにとって「金を使う」ということは「投資する」ことと同義だ。生半可なものにはビタ一文払わないし、価値を認めたもの/可能性を見出したものに対しては出資を惜しまない。

 

 

「1枚入手するだけでも膨大な金が飛んでいくのに、それを4枚も……。リヒトが出資するってことは、相当ってことね」

 

「そうですね。内訳としては、興味と期待半分、疑惑半分ってところでしょうか」

 

 

 ソウセイが具現化したウィンドウに表示される値段の羅列に、シキは表情を引きつらせる。

 伺うようにリヒトを見たシキに対し、リヒトは顎に手を当てた。その眼差しは、普段より鋭い。

 

 

「疑惑……とは、穏やかじゃないな。何か、そう感じるようなことがあったのか?」

 

「リヒトくんの語り口からして、なんだか物々しさを感じるなあ」

 

 

 物々しい響きを宿す単語に、ソウセイは表情を曇らせた。イノリも同意する。リヒトは2つ返事で頷き、言葉を続けた。

 

 

「ええ。ノーデンス・エンタープライゼスは、十数年前からいきなり台頭してきた企業です。元々は弱小のゲーム企業でしたが、買収されて社名を変更し、CEOが現在の人物になって以降、急速に成長してきました」

 

「確か、アリー・ノーデンスって人だったっけ?」

 

 

 イノリの言葉に、リヒトは小さく頷いた。自分たちの会話をしっかり聞いていたのだろう。ソウセイはキーボードを軽やかに叩いた。具現化されたウィンドウにノーデンス関係の情報が表示される。いくつもの写真やグラフが表示された後、1人の女性が映し出された。

 鮮やかなローズピンクの髪に、シャープな楕円淵眼鏡をかけた麗しきキャリアウーマン――CEOのアリー・ノーデンスだ。独特の口調と人懐っこい性格が特徴の人物であり、相手の地位や年齢、性別で態度を変えることがない大らかな女性である。

 「自由奔放な性格に振り回される」とは、社内ナンバー2の技術主任――ジュリエッタの談だ。だが、アリー・ノーデンスはその言動とは裏腹に、鋭い観察眼を持っている。ノーデンス・エンタープライゼスが発展してきたのも、経営の才能があったからこそだろう。

 

 社長のプロデュース能力があったからこそ、ジュリエッタが生み出してきた企画がヒットした。

 今回話題になっているセブンスエンカウントも、社長と技術主任のコンビがあったためだろう。

 

 

「そういえば、“ノーデンスが裏求人を募集している”という話を耳にしたことがあるな」

 

「裏求人って、物々しい言い方ね。そこはスカウトと言うべきでしょうに。……“セブンスエンカウントのハイスコアラーがスカウトされてる”らしいっていう噂話でしょ」

 

「む。……少々オーバーだったか? すまない」

 

 

 シキの指摘を受けたソウセイは、目を瞬かせた後視線を逸らした。それを見たリヒトは苦笑して肩をすくめた後、「話を戻します」と言葉を続けた。

 

 

「セブンスエンカウントは、“80年前に起きた竜戦役を再現した”という触れ込みで有名なバーチャルリアリティーゲームです。その技術力は以前から気になっていました。ついでに、ノーデンスが行っているスカウトについても」

 

「……“セブンスエンカウントが、何かの測定機である”という噂のこと?」

 

「そうですね。セブンスエンカウントでハイスコアを出すということは、その人物が卓越した戦闘技能の持ち主であるということと同義です。もし噂が本当だとしたら、ノーデンスは『戦力となる人物を欲している』ということになります。……ただのゲーム会社が、何故戦力を欲するんでしょうか?」

 

 

 イノリの問いかけに、リヒトは頷いた。彼の疑問は最もである。ソウセイが提示した情報を見る限り、ノーデンス・エンタープライゼスはただの一般企業だ。マモノや竜災害に備えて戦力が必要なISDFとは違い、マモノや竜と戦う必要はないだろう。話を聞く限り、なんともきな臭い気配が漂う。

 きな臭いと言えば、最近の東京情勢もだ。イノリの周囲には、風邪気味の人が増えている。街中ではISDFの制服を着ている軍人が絶えず巡回しているし、空を見上げれば翼竜の影らしきものがちらつく。ニュースを見れば、極東支部の役人たちが慌ただしく記者会見に臨んでいた。

 その裏側にある不穏を、断片的ではあるが、イノリたちは知っている。生前、祖父の渡来ミカゲが懸念していた“竜災害の再来”が近づいているのだ。ドラゴンの目撃例やISDFの巡回強化、風邪気味の人々――実際は、致死率100%の病/竜班病患者――の増加も、その影響だと言えるだろう。

 

 80年前に起こった近代神話、竜戦役。祖父たちが駆け抜けた時代は、遠い昔の御伽噺になりつつある。誰もが当時の痛みを忘れ、復興と安寧の中で生きていた。

 勿論、イノリたちも例外ではない。祖父たちが体感した生きるか死ぬかの絶望的な状況を、自分たちも肌で感じたことはないためだ。

 

 「父や兄、姉たちは考えすぎだと笑うんですけど」と、リヒトは苦笑しながら言葉を続ける。

 

 

「ウチの財閥に、件の会社が接近しつつあるんですよ」

 

「ノーデンス・エンタープライゼスがか?」

 

「ええ。ウチ主催のパーティにアリー社長が顔を出しましてね。ゲーム業界に進出している兄や兄の関連会社役員に、セブンスエンカウントへの出資等の話を持ちかけていたんです」

 

 

 ソウセイの相槌にリヒトは頷き、「だから気になって」と締めくくった。顔は苦笑そのものだが、彼の瞳はどこまでも鋭い。

 ノーデンスという会社が、東雲財閥にとって有益か否か/東雲財閥の理念に沿った企業かを見定めるかのようだ。

 

 

「……まあ、そうやって深く考えるのは僕だけですから。みなさんは気にせず、アトラクションを楽しむことに集中してください。僕自身、このゲームシステムを体験してみたいというのは本心ですし」

 

「だろうと思った」

 

 

 警戒を解いて悪戯っぽく笑ったリヒトに、ソウセイはふっと笑って肩をすくめた。東雲財閥御曹司とはいえ、リヒトも普通の青年である。新しいものに興味を示すのは当然だ。

 

 

「学生最後の夏休みは楽しいことになりそうだね!」

 

「人気アトラクションのチケットだもの。思い出作りにはぴったりじゃない」

 

 

 つられてイノリとシキも笑う。イノリたちは今年で最高学年だ。

 進路に関する状況も明らかになってきている。進路が決まった者、まだまだ考えあぐねている者、様々だ。

 

 イノリはISDFの隊員育成に関わる訓練所に所属することが決まっているし、シキは世界救済会の医師団に就職するため医学関連の学校へ進学するという。イノリは既に試験を終えて合格しており、シキの場合は夏休み開始前に結果が出るそうだ。それによっては、夏休みの予定が変わるという。

 リヒトはやりたいことが沢山あって、どうするか考えているという。どの道を選ぶか自体を楽しんでいるように見えた。ソウセイも似たようなものらしい。祖父・リョウスケと同じ“戦う技術者”を目指す彼は、世界救済会のような民間団体か軍関連の道に進むか悩んでいるという。

 ISDF以外にも、民間団体が対マモノ災害関連の人命救助活動のため、戦う力を有している団体もある。ただ、それを結成するためには、ISDFからの特別許可を得なければならないらしい。他にも様々な制約が課せられるため、民間はなかなか厳しいという。

 

 ISDF側が“嘗てのムラクモ13班と自衛隊――民間団体が国家権力/軍隊よりも上に立つ”ような関係性になることを恐れているとも言われているが、真相は定かではない。

 

 

「それじゃあ、いつ遊びに行くかの予定を立てなくちゃ」

 

「ですね」

「ええ」

「だな」

 

 

 イノリの音頭に、リヒト、シキ、ソウセイは頷き、学生手帳を取り出した。校則や校内見取り図だけでなく、スケジュール帳としての機能を有した優れものだ。

 

 互いの予定を語らいながら、各々の都合のいい日時をピックアップしていく。

 4人は学生最後の夏休みに思いを馳せていた。最高の思い出ができると、信じて疑わなかった。

 

 

 

■■■

 

 

 

「ねえお嬢ちゃん。俺と一緒に遊ばない?」

 

「え……」

 

「連れはいないんでしょ? 遊ぼうよ」

 

 

 リヒトの目を惹いたのは、若い男が少女をナンパしている光景だった。若芽色(わかめいろ)の髪をリボンで結んだ少女は、チケット片手に、困ったように視線を彷徨わせている。どこからどう見ても、少女は男の誘いに否定的である。

 だが、男は彼女の様子などお構いなしに手を掴んだ。大人しそうな印象の少女だったから、押せばどうとでもなると思ったのだろう。抵抗しようとする少女を半ば引っ張り込むような形で、セブンスエンカウントへ向かおうとした。

 

 勿論、そんな光景を黙って見ていられる訳がない。

 

 

「何しているんですか。彼女、嫌がっているでしょう」

 

 

 2人の間に割り込むようにして、リヒトは男の手を振り払った。

 その勢いで、件の少女を後ろ手に庇う。少女が息を飲む声が聞こえた。

 

 

「なんだお前!?」

 

「嫌がる女性を無理矢理連れていこうなんて、紳士としてあるまじき行為ですよ」

 

「んだと……!? 邪魔をするなよ!」

 

 

 突然の乱入者(東雲リヒト)に対し、男が眦を吊り上げる。彼は即座に暴力に打って出た。突き出された拳を、リヒトは受け止める。

 体術の成績はぎりぎり並であるが、対応できないわけではない。相手の男の勢いを利用して、そのまま地面に叩きつけた。男の間の抜けた悲鳴が響く。

 そんな男を尻目に、リヒトは少女を守るようにして立ちはだかる。男は尚もリヒトに対して敵意をむき出しにしていた。

 

 乱闘騒ぎを目の当たりにしたためか、野次馬たちが集まり始めた。セブンスエンカウント前にいた受付のマスコットや、受付のマスコットを口説き倒していた少年も、リヒトに視線を向けてきた。

 

 これ以上騒ぎになると、色々と面倒なことになる。

 リヒトは深々とため息をついた。

 

 

「これ以上の騒ぎは無益です。僕にとっても、貴方にとっても」

 

「この野郎……!」

 

「――ですので、これで手を打ってくれませんか?」

 

 

 リヒトは懐からチケットを取り出した。セブンスエンカウントをプレイするために必要なチケットである。一般券とはいえ、プレミア価値が高い。競争率も凄まじかった。

 

 人気アトラクションのチケットを目の当たりにした男は目の色を変えた。表情も目に見えて明るくなったように思う。男は媚びるように、あるいは卑しい笑みを浮かべた。

 男はリヒトの手からチケットをふんだくる。下卑た笑みを浮かべた男は、意気揚々とセブンスエンカウントへと向かった。乱闘が解決したため、野次馬たちも去って行く。

 

 

「ふう……。あ、大丈夫ですか?」

 

「! あ、はい。ありがとう……」

 

 

 男の背中を見送ったのち、リヒトは少女の方に向き直った。少女は一瞬びくりと身を振るわせると、慌てた様子で頭を下げる。

 彼女には目立った外傷はない。あの男に何かされたような形跡もなかった。リヒトはほっと息を吐く。ああ、本当に良かった。

 「怪我がなくて何よりです」と微笑めば、少女は虚を突かれたように目を見開き、息を飲んだ。そのまま、少女は頬を赤らめて微笑む。

 

 可憐な花が咲いたかのような微笑み。――ああ、なんて、綺麗なんだ。

 今度はリヒトが息を飲む番だった。じわじわと胸を満たすような照れくささを、何と言おう。

 

 堪えきれず、リヒトは視線を彷徨わせた。それは少女も同じようで、2人して照れ照れとしたまま動けない。こういうときはどうしたらいいんだろうか。

 

 

「……そうだ。イノリたちと、セブンスエンカウントで待ち合わせをしてたんだった」

 

 

 友人たちとの約束を思い出して、リヒトはポンと手を叩いた。同時に、施設に入るために必要なチケットを、男に譲り渡していた。

 これでは施設内に入ることもできない。あそこはチケットを持っていないと、問答無用で追い出される/施設内に入場できないためだ。

 

 

「仕方がないですね。僕も遊べなくなったと連絡を入れないと……」

 

「あのー……」

 

 

 リヒトが端末を取り出してイノリたちへ連絡しようとしたとき、少女がおずおずと懐から何かを差し出した。セブンスエンカウントのチケットである。

 ただし、このチケットは特別なものだ。イラストの脇に、金のインクで『S級特別招待券』と印字されている。プレミア中のプレミアだ。

 これが1枚あれば、チケットの持ち主を含んで3人までなら入場することが可能である。そんなチケットを、彼女は持っていた。

 

 もしかして、彼女がナンパされていたのは、このチケットを持っていたからか。リヒトがそう思い至ったのと、少女が控えめに提案してきたのは同じだった。

 

 

「これ……」

 

「実は、こういう所に来るの、初めてで……もしよかったらなんですけど、一緒に入ってもらえたら嬉しいなって……!」

 

 

 「助けてもらったお礼も兼ねて。……ダメかな?」と首を傾げた少女に、リヒトは思わず目を瞬かせた。

 「いいんですか?」と問えば、少女は満面の笑みを浮かべて頷く。リヒトを先導しようとした少女は、何かに気づいたように足を止めた。

 

 

「そういえば、自己紹介がまだだったね。わたし、那雲(ミオ)

 

「那雲……? わあ、僕の友達の苗字と同じですね」

 

「そうなの? 偶然だね」

 

 

 リヒトの脳裏に浮かんだのは、今回来れなくなってしまった友人――那雲シキのことだ。

 急遽、どうしても外せない用事が入ってしまった仲間である。那雲という苗字は非常に珍しい。

 シキ以外の那雲姓を名乗る人物と、セブンスエンカウント前で相見えるとは思わなかった。

 

 

「貴方は?」

 

「リヒトです。東雲リヒト、暁学園の3年生です。よろしくお願いしますね、ミオさん」

 

「うん。よろしくね!」

 

 

 自己紹介をして、リヒトは少女――那雲ミオに頭を下げる。

 そうして、自分たちは2人で並んで、セブンスエンカウントへ向かったのだった。

 

 

 

■■■

 

 

 

 ノーデンス・エンタープライゼスの人気アトラクション――セブンスエンカウントが有明に上陸したのは、今より少し前のことである。それと同時に、ノーデンス社も日本に引っ越してきた。

 施設内はセブンスエンカウント目当ての客でごった返している。噂には聞いていたが、本当にすごいところだ。イノリはきょろきょろと周囲を見回した。気を抜くと、隣にいるはずのソウセイとはぐれてしまいそうだ。

 

 

「すっごい人だね」

 

「だな。目が回りそうだ……」

 

 

 派手な電飾と人の海に酔ったのか、ソウセイの顔色は悪そうだ。元々、ソウセイはこういう場所を好むタイプではない。

 だが、セブンスエンカウントの技術には、技術者としての興味をくすぐられたようだ。リヒトと似たような動機である。

 イノリとソウセイは、施設の入り口付近でリヒトと待ち合わせをしていた。夏休み前の約束通り、仲間たちと遊ぶためだ。

 

 

「しかし、シキも大変だな。合格したと思った途端、講習会に参加しなくてはならないんだから」

 

「そうだね。一緒に遊べないのは残念かな」

 

 

 ソウセイの言葉に、イノリは苦笑した。シキは無事に合格したが、学校側から講習会の参加を義務付けられた。その日が丁度、遊ぶ予定だった日付と被っていたのである。

 「あと1日早く終われば、みんなと遊べたのに!」とシキが悔しそうに連絡してきたことを思い出す。最後の夏休みの思い出は、ちょっとだけ寂しいことになりそうだ。

 

 不意に、外の方がざわめいたように思う。人だかりができているのは施設の外だ。入り口に居た受付のマスコットと、マスコットを口説いていた少年もそちらへ視線を向ける。

 

 しかしそれも数分のこと。人だかりはあっという間になくなった。それから幾何の間もなく、待ち人が受付を終えて施設内に入ってくる。――女の子を連れて、だ。

 リヒトに声をかけようとして、イノリは思わず目を瞬かせた。驚いたのはイノリだけではなく、ソウセイも同じ気持ちだったらしい。「え」と間の抜けた声を漏らした。

 

 

「り、リヒトくん。その子は?」

 

「あ、初めまして。わたし、那雲ミオっていいます」

 

 

 イノリの問いに答えたのは、件の少女――那雲ミオだった。彼女はぺこりとお辞儀する。

 

 

「那雲……シキちゃんと同じ苗字だね」

 

「ほう。珍しいこともあるものだな」

 

「それについては私もびっくりだよ。私が知ってる“同じ苗字の親戚”は、『世界救済会に所属してて、世界中を飛び回ってるらしい』って話を聞くくらいで、一度も会ったことがないから……」

 

 

 那雲という苗字自体珍しいが、まさかシキと同じ苗字の人と相見えるだなんて。

 世の中、どこで何が繋がっているのか分からないものだ。

 

 

「そういえば、シキちゃんの両親も世界救済会の役員だよね。ルシェの人権保護に力を入れると同時に、医者として世界中を飛び回ってるって」

 

「そうなの!? そこまで一緒ってことは、まさか……まさか、そんなことないよね。あはは」

 

 

 シキの両親のことを思い出したイノリの言葉に、ミオはさらに驚いていた。そこまで一緒というのもまた、天文学的な一致ではないだろうか。

 イノリはそう思ったのだが、ミオは偶然ということにしたらしい。本人がそう言うなら、あえて蒸し返す必要もないだろう。

 この話題はここで区切ることにして、イノリとソウセイも自己紹介を済ませた。よろしく、と、互いに挨拶を交わす。

 

 

「待ち人合流ってことで、早速セブンスエンカウントにログインだね!」

 

「じゃあ、わたしはナビモードでバックアップするから、みんなはオフェンス……で、どうかな?」

 

「面白そうだね!」

「では、よろしくお願いします」

「それはいい。お手並み拝見と行こう」

 

 

 ミオがおずおずと手を挙げる。勿論、イノリたちに断る道理はない。2つ返事で頷けば、ミオはぱあっと表情を輝かせて頷いた。

 

 4人は受付を済ませて、セブンスエンカウントにログインするためのカプセルの中へ身を横たえた。

 スリーカウントの音が鳴り響いたのち、世界が暗転する。データが構成され、世界が目の前に広がった。

 

 

『ここは今から80年前の東京――西暦2021年、東京スカイタワー。突如、宇宙から飛来した第5真竜フォーマルハウトと人類の激戦は佳境を迎えていた――』

 

 

 自分たち4人の前に、システムメッセージが表示される。物々しい煽り文句と共に、ミッションが表示される。『迫りくるマモノを倒し、スカイタワーを開放しよう』。

 2021年のスカイタワー。80年前の竜戦役で、第5真竜フォーマルハウトとの決戦の地。祖父を含んだムラクモ13班の活躍を思い浮かべながら、4人は世界に降り立った。

 ゲームの中とは思えない程、見事な再現度だ。現実のスカイタワーは真竜の瘴気汚染が酷く、残念ながら立ち入り禁止となっている。

 

 

「うわあ、これゲームなんだよね!? まるで、本物のスカイタワーにいるみたいだよ!」

 

「この禍々しさ……祖父の資料を見せてもらったことがありますが、当時もこんな感じだったのでしょうか……」

 

「ノーデンス・エンタープライゼス……か。フ、ますます興味が湧いてきたな」

 

 

 ミオがはしゃぎ、リヒトが顎に手を当てて考え込み、ソウセイが愉快そうに目を細める。イノリも、改めて周囲を見回してみた。

 

 黒いフロワロの影響を受けて、紫を帯びた毒々しい大地。「竜殺剣がなければ、この場所に踏み込むことも叶わなかった」――祖父の言葉が脳裏をよぎる。嘗ての英雄たちと同じ場所に立っているという実感に、湧き上がるような喜びを感じた。

 同時に、施設内部からはマモノの気配が漂う。異質な殺気を感じ取ったのか、リヒトとソウセイもはしゃぐのをやめて、スカイタワー入り口を見据えた。学生ではあるが、戦う者の本能なのだろう。みんな、己の得物に手をかける。イノリも、己の得物である双剣の柄に手をかけていた。

 

 

「じゃあ、ここからのナビゲーターは私に任せて! マニュアルは一通り読んだから大丈夫! マモノとエンカウントしたらバトル開始だから、気を付けてね!」

 

「わかったよ!」

「分かりました!」

「了解した」

 

「それじゃ、出発!」

 

 

 ミオのアドバイスに頷いて、イノリたちはスカイタワー内へと足を踏み入れる。

 こうして、イノリたちを筆頭とした4人による、セブンスエンカウント攻略が始まった。

 

 

 

***

 

 

 

「落とす!」

 

 

 イノリはヘルクラウドに対し、飛天斬りを叩きこむ。対空攻撃である飛天斬りは、空を飛んでいるマモノに効果的な技である。堪らずヘルクラウドが悲鳴を上げた。

 

 

「集中……――獄冷のマモノよ!」

 

 

 リヒトが氷属性のカードをかざし、マモノを召喚する。ローパーを模した氷のマモノは、ヘルクラウドに殴りかかった。

 炎をまき散らすヘルクラウドにとって、氷属性のマモノは天敵だったようだ。動きが一気に鈍くなる。

 その隙をつくような形で、ソウセイはハッキングでヘルクラウドの動きを封じる。彼はキーボードを軽やかに叩いた。

 

 

「命を捧げろ」

 

 

 彼がエンターキーを叩いた途端、ヘルクラウドのマナが弾けた。命を構成する光を失ったマモノが消滅し、マモノから奪い取ったマナがイノリたちに降り注ぐ。

 空っぽ寸前だったマナがあっという間に回復した。これなら余裕で戦えそうである。ソウセイに感謝の言葉を述べれば、彼は満足そうに目を細めた。

 

 

「これで、ボス戦はお終いだよ! お疲れさま!」

 

 

 イノリたちをナビゲートし、勝利へ導いてくれた立役者――ミオが、安堵の表情を浮かべて自分たちを迎えてくれた。

 流れに任せ、イノリはミオにハイタッチする。続いてリヒトが満面の笑みを浮かべ、ソウセイが控えめに目を細めながらハイタッチした。

 興奮冷めやらぬと盛り上がっていた4人であるが、ふと、得体の知れない違和感を感じた。特に、技術者志望のソウセイが眉間に皺を寄せる。

 

 

「どうしたの、ソウセイくん」

 

「――雰囲気が変わった。まるで、抑えていた何かを開放したかのようだ」

 

 

 ソウセイは注意深く周囲を見回す。顎に手を当てて何かを考えていた彼は、何を思い至ったのか、キーボードを具現化させた。ウィンドウと睨めっこしながら、パタパタとキーボードを叩く。

 どこかの情報をハッキングしているようで、彼は難しそうに唸る。暫し格闘していた彼だが、物々しいため息をついて、イノリたちの前に画面を指示した。画面には、『セーフティモード解除』の文字が浮かぶ。

 

 

「すまない。俺の力では、この情報を引き出すので関の山だった」

 

「これだけ分かっただけでも凄いですよ。……これで、ノーデンスにまつわる噂話は現実味を帯びてきました」

 

 

 ソウセイは申し訳なさそうに目を伏せる。ちょっとだけ悔しそうにも見えた。

 

 そんな仲間を労いつつ、リヒトは鋭い眼差しでウィンドウを見ていた。その視線を天井へ向ける。こちらを見ているであろう誰かに、「お前が見ていることに気づいているぞ」と言わんばかりの眼差しであった。

 イノリもそれにつられるようにして天井を見る。思えば、セブンスエンカウントを攻略している最中、ずっと誰かに見られている――否、品定めされているかのような気配を感じていた。

 奇妙な違和感と共に、殺気も増大したらしい。あちこちからマモノのうめき声が聞こえてくる。今まで遭遇したマモノとは桁違いである。セーフティモード解除という物々しい言葉を思い返し、イノリは大きく息を吐いた。

 

 ナビモードでバックアップを担当していたミオも異変に気づいたようだ。

 急に跳ね上がったマモノの強さに、不安そうな表情を浮かべる。

 

 

「みんな、気を付けて!」

 

「わかった。ミオはこのままサポートお願い! 行くよ、みんな!」

 

「分かりました!」

「了解した!」

 

 

 イノリの号令に従い、面々はスカイタワーを駆け上っていく。襲い来るマモノたちを次々と打ち倒しながら、屋上目指して歩みを進めた。

 奥へ行けば行く程、敵の強さも増してくる。だが、打ち倒せば打ち倒すほど、敵の動きや攻撃パターンの解析が進み、撃破するのも苦ではなくなった。

 ミオの的確なサポートもあって、イノリたちのチームは破竹の勢いでスカイタワーを攻略していく。あと少しで頂上へたどり着くと思ったときだった。

 

 自分たちの進軍を阻むかのように、“それ”は姿を現した。

 

 あれはマモノではなく、ドラゴンだ。祖父が見せてくれた資料の中に、このドラゴンと同じ外見の種類が何体か掲載されていたことを思い出す。

 種族名はリトルドラグ。耐久力はさほど高くないが、手数と素早さを駆使したかみつきやひっかきによる連続攻撃が脅威となる個体だ。

 

 

『……リトルドラグ……ミクロドラグ……2回行動単体連続攻撃(かじりつき)……2回行動ランダム複数回全体攻撃(スピネイジクロー)……喧しいくらいの大量乱入(来た、ドラゴンだ!)……――うん。死ぬ程痛いぞ』

 

 

 虚ろな顔をして天を仰ぐ祖父・ミカゲの姿が脳裏をよぎった。今はそんなことを考えている場合ではない。

 

 

「あのマモノ、マニュアルに載ってない……」

 

「違う、あれはマモノじゃない。80年前に東京を襲った、ドラゴンの1種だよ」

 

「ええっ!?」

 

 

 イノリの指摘に、ミオは驚いたように目を白黒させた。

 それを引き継ぐようにして、リヒトとソウセイが言葉を続ける。

 

 

「リトルドラグですか。こんなモノまで再現してしまうなんて、悪趣味レベルで凝ってますねぇ……!」

 

「嘗て、じいさんたちが倒してきた敵、か。……再現とはいえ、相手に不足はないな」

 

「じいさんたちが、倒した……? ――と、とにかく、強敵なのは確実だよ! ホントに気を付けて!!」

 

 

 闘志を燃やす2人の様子に気圧されながらも、ミオはイノリたちに注意を促した。仲間たちは得物を構えて、嘗ての英雄が倒した怨敵――ドラゴンと対峙する。

 

 

(あれは、ダメ)

 

 

 イノリは本能的に直感する。

 

 何がダメなのか、さっぱり分からない。

 分からない、が。

 

 

(何としても、“狩らなくちゃいけない”――!!)

 

 

 “すべての竜を狩り尽せ”。

 

 その言葉が、イノリの中に鮮明な響きをもたらす。それに突き動かされるかのように、イノリは駆け出していた。

 イノリだけではない。リヒトも、ソウセイも、明確な意志を持って、リトルドラグを迎撃する。

 予期せぬ場所での、初めての対竜戦闘。――その火蓋が、切って落とされた。

 

 




【おまけ】

ソウセイ(ハッキングなう)
ジュリエッタ「なにあの黒マスクエージェント。こっちのシステムを丸裸にしようってわけ!? ――負けないわよ!(迎撃開始)」
 <暫しお待ちください>
アリー「あれー? どうしたのジュリエッタ。そんな精根尽きたような顔して」
ジュリエッタ「うう……あの黒マスク、ただ者じゃないわ……! セーフティモードで計測不能を叩きだした黒髪ボブのお嬢ちゃんも、こっちの意図に勘付いてるあのメガネくんも……!!」
アリー「……そりゃあ、“13番目の叢雲(いとし子)”の系譜を継いでいるんだから当然だよねー……(ボソッ)」

―――
ついにⅢの本編開始。暫くはイノリたち東京組のターンが続きます。
リヒトとミオのフラグが立ちました。ミオのお爺ちゃんとお父さんの気苦労(その1)はここからはじまる……。
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