花咲く世界のクロニクルセブン -じじいと孫のCode:VFD- 作:白鷺 葵
・この時点では覚えていない技を使用している戦闘シーンがあります。ご注意ください。
・原作にはないオリジナル要素が出てきます。ご注意ください。
「この敵、複数回連続攻撃を行ってくるみたい! あの牙は驚異だから、気を付けて!」
「了解!」
ミオの分析により、リトルドラグの攻撃パターンが告げられる。やはり、祖父が虚ろな表情で呟いていた通りだ。
ここにシキがいれば
今この場にいる人選――
「相手が手数で攻めてくるなら、こちらも罠を仕掛けます!」
リヒトは手札から氷と炎のカードを引き、目の前に罠を展開する。罠はこれだけでは終わらなかったようで、次は氷と雷のカードを引いて、更に罠を追加した。
デュエリストがトラップを仕込むとき、2種類の属性カードを組み合わせることで罠を具現化させる。トラップを設置した本人が、敵の攻撃を受けることで発動する仕組みだ。
「なら、俺も仕込んでおくか」
ソウセイは鋭い眼差しをそのままに、一瞬で気配を消した。エージェントの真骨頂、ハイディングである。
ハイディングには『姿をくらますことによって、敵から狙われにくなる』効果があった。他にも、敵の不意を突いて攻撃を急所に当てることもできるという。
イノリも自身のマナを研ぎ澄ませ、呼吸を整える。自身の攻撃力を強化する技、赤火の呼気。時間が経てば経つほど攻撃力が増幅する、長期戦向きの技だ。
リトルドラグは怯むことなく、リヒトの元へと突っ込んだ。鋭利な牙がリヒトの腕に食い込む。
後衛職のデュエリストは、後衛職のセオリー通り防御に難がある。リヒトは堪らず呻いた。
「ぐ……!」
「リヒト!?」
「……ッ、ふふ。かかりましたね……! ――トラップ発動!」
ミオが金切り声をあげた。だが、リヒトは呻きながらも不敵に微笑んだ。即座に罠の発動を宣言する。次の瞬間、リトルドラグの足元から鉄条網が具現化した。鋭利な金属が体に食い込み、身体から血が噴き出す。
次に呻いたのはリトルドラグの方だ。間髪入れず、リヒトが仕掛けていたもう1つの罠が発動した。リトルドラグの足元に、巨大な落とし穴が出現する。落とし穴にはまったリトルドラグは身動きを封じられた。
「よくもやってくれたな……!!」
その隙を逃さんと言わんばかりに、どこかに潜んでいたソウセイが即座に反撃を加える。撃ち放たれた銃弾はリトルドラグの体に傷をつけた。
ソウセイの攻撃に続くような形で、リヒトが雷属性のカードを掲げる。蝶を模したマモノが現れ、大量の鱗粉をまき散らした。ばちばちと雷が爆ぜる。
途端にリトルドラグの動きが鈍くなった。小刻みに震えているあたり、麻痺効果が入ったのかもしれない。そこへ、リヒトが銃口を向けた。
絶対に外さない――その意志を込めた紫の瞳が、容赦なくリトルドラグを射抜いた。
引き金が引かれる。銃弾はリトルドラグの急所に当たったが、その命を絶つには至らない。
自身の攻撃が致命傷でなかったことが悔しいのか、ソウセイは苦々しく舌打ちした。言動は物々しくぶっきらぼうであるが、根は仲間思いの熱い男だ。怒りは治まらないらしい。
「イノリ!」
「任せて!」
鋭い声で、ソウセイはイノリの名を呼んでこちらを見返した。とどめを刺せと言わんばかりの眼差しに、イノリは頷いて駆け出した。
双刀が鮮やかな炎を纏う。リトルドラグはイノリに気づいて反撃しようとしたが、落とし穴の効果が発動したため身動きできないでいる。
無防備になったドラゴンに、イノリは容赦なく炎の太刀を浴びせた。
「――決まれば!」
炎属性攻撃であり、自分の攻撃に炎属性を付加する双刀の技――裂きモミジ。
この一撃が致命傷となったのだろう。リトルドラグは断末魔の悲鳴を残し、弾けて消えた。
強敵を撃破したイノリたちは、己の得物をしまった。この結果に驚いたのはナビゲーター役をしていたミオである。彼女はぱあっと表情を輝かせ、3人の元に駆け寄ってきた。
「すごいすごい! あのスペックのドラゴンを倒すなんて!!」
ミオははしゃいでいたけれど、彼女はすぐに表情を曇らせた。原因は、リヒトの怪我だ。白い制服が赤く染まっている。
心配そうにリヒトを見つめるミオに、リヒトは柔らかに笑いかけた。「大丈夫ですよ」と言って、傷を自分で手当てする。
伊達に、暁学園で戦闘訓練を専攻している訳ではないのだ。金持ちのボンボンだからと言って甘い目で見ると痛い目に合う。
イノリたちはそのまま軽くハイタッチした。リヒトは勢いのまま、ミオの方を向いて手を挙げる。ハイタッチをしようという証だ。
ミオは一瞬目を瞬かせたが、嬉しそうにはにかんで手を叩いた。余韻冷めやらぬと言わんばかりに、自分たちは輪になって談笑する。
『チームXX、強制ログアウトを開始します』
「えっ!?」
「何!?」
「何ですか!?」
「何事だ!?」
いきなり響いたアナウンス。何が起きたのかと身構えるイノリたちに対し、世界が一気に断線する。
瞼をこじ開けるかのように光が突き刺さってきた。出所は派手な照明だろう。次の瞬間、カプセルの蓋が開く。半ば放り出されるようにして、イノリたちは現実世界へと帰還した。
いつの間にか、自分たちの周辺には沢山の人が集まっている。誰も彼もが、イノリたちを注視していた。表示されていた画面には、歴代のスコアが表示されている。
歴代プレイヤーの中で、イノリたちのチームの得点が堂々の1位/S級になっている。2位とのスコア差は数万点程あり、絶対に覆せない点数だった。セブンスエンカウント始まっての最高得点である。
自分たちが異様な注目を浴びていることに、ミオはおろおろしているようだった。自分たちが何か間違ったことをしたのだろうかと不安そうだ。そんな彼女に、リヒトはゲーム画面を指し示した。
「僕らが最高得点ですよ!」と語るリヒトの声は、普段よりも熱っぽい。そんな友人の姿を、ソウセイは柔らかな眼差しで見守っていた。仲間たちの様子が微笑ましくて、イノリも頬を緩ませる。
「お客様……お客様! ミミ~!」
「あー、待ってよナガミミ様ー!!」
入り口にいたマスコットが、慌ただしくイノリたちの元へと駆け寄ってきた。そのマスコットの後を追いかけて、マスコットを口説いていた緑色の髪の少年も駆け寄ってくる。
少年はイノリたちに視線を向けたのち、スコア画面を見て凍り付いた。そのまま、イノリたちとスコア画面を見比べる。目は丸く、大きく見開かれていた。
「……嘘。マジで?」
「え、何が?」
呆気にとられた少年は、ぽろりと零すように呟いた。その意味が分からなくて、イノリも首を傾げる。自分たちの問いに答えるかの如く、ウサギのマスコット――ナガミミが声を張り上げた。
「おめでとうございます! お客様は選ばれたミミ! ――……ブンイチ、今は仕事中ミミ。ぼうっとしちゃダメミミ」
「あ、ごめんねナガミミ様。えっと、……うん。キミたちをノーデンス本社に案内するよ! 因みに俺は眞瀬ブンイチ。セブンスエンカウントのデバッカーをしている、ノーデンスのパートタイム社員だよ!」
ナガミミの言葉に、少年――眞瀬ブンイチが満面の笑みを浮かべて説明を引き継いだ。2人の発言を聞いた観客たちがざわめき始める。
まことしやかに囁かれていた都市伝説――『セブンスエンカウントで高スコアを出すと、本社から声がかかる』が本物だったと知ったためだろう。
さて、どうしよう。イノリたちは顔を見合わせた。ノーデンスの謎っぷりは予てから知っている。リヒトはそれに興味を持ったから、ここに来たのだ。
「……僕は行きます。色々、訊いてみたいことがありますから。イノリとソウセイはどうしますか?」
「俺もだ。イノリはどうする?」
「とりあえず、行くだけ行ってみようかな。話を聞いてから、どうするか考えるよ」
理由はどうあれ、イノリたち3人組はノーデンス本社へ向かうことを選択した。残るはミオである。
「ミオはどうします?」
「あ、私は……」
「どうしたミミ~? はやくこっちについて来るミミ~」
リヒトの問いかけに、ミオはしどろもどろの返事をした。ついて行くべきか否か、まだ考えあぐねているらしい。だが、ナガミミやブンイチは待つ気はなさそうだ。
マスコットとマスコットを口説き倒していた少年は、足早に施設の外へ向かう。置いて行かれると迷子になってしまう。イノリは慌てて2人の背を追いかけた。
一歩遅れるような形でソウセイとリヒト続き、躊躇っていたミオが慌てた様子でリヒトの後について行った。自分の意志というより、殆ど反射的な行動だったのだろう。
ナガミミとブンイチに先導されるような形で、イノリたちはセブンスエンカウントを後にした。
***
施設の外に出て、本社へ向かう。
その道中――一般人が来にくい場所に差し掛かったときだった。
「……ったく、こんな連中が手駒になるのかねェ」
先程まで可愛らしい声と口調で喋っていたはずのナガミミが、急に声のトーンを下げた。
ぶっきらぼうでふてぶてしい口調である。下手したら、ソウセイより口が悪いかもしれない。
「あの、ウサギ……さん?」
「ウサギさん……? ……ウサギさん、だと……!?」
「ひっ!?」
「ッ!!」
一瞬でキャラクターが変わったマスコットに対し、ミオがおずおずと声をかける。次の瞬間、朗らかに笑っていた少年が絶対零度の眼差しを向けた。慌ててリヒトがミオを庇うが、リヒトもどことなく怯み気味であった。
「違うよ。このお方はナガミミ様だよ。この荒んだ世界に降臨した、唯一無二のマジェスティックエンジェル様なんだ。ちゃんと覚えようね? お嬢ちゃん」
「やめろバカ野郎。威嚇すんな。そして変な話を盛るな。疑問符がつく上に現状じゃ鍵括弧の予定が付くが、こいつらは手駒なんだ。お前の後輩になるかもしれないんだぞ。こっちが緊急で戦力を要してる事情は分かってんだろ? テメエのせいで断られたらどう責任を取るつもりだ、ええ?」
「ナガミミ様がそう言うなら! ごめんねお嬢ちゃん」
ミオを射殺さんばかりに腰の得物に手をかけたブンイチを、ナガミミは即座に引き留める。マスコットから懇々と説教されたブンイチは敬礼ポーズを取り、即座にミオに謝罪した。
このマスコット、口は悪いが性根は良識人らしい。ついでに苦労人の気もあるようだ。深々とため息をついて天を仰ぐマスコットの背中からは哀愁が漂っている。
「どうしてこんな奴が自分の部下なんだ」と言いたげな気配が滲んでいた。ナガミミは、ブンイチの手綱を“完全に”握っている訳ではないらしい。
周囲(ナガミミ含む)の精神をがりがり削るような漫才を繰り広げた後、ナガミミはイノリたちに向き直った。
「今、お前等『口が悪い』とか思っただろ」
「えーと、その……」
否定できないため、イノリは思わず言いよどむ。
リヒトとソウセイも同じようで、何とも言い難そうに視線を逸らした。
「オレの口調はこっちが素なんだよ。営業モードは疲れるんでな」
「そんなナガミミ様も素敵です。俺と結婚してください」
「黙れドアホウ。こんなときにナチュラルにプロポーズしてくんな。オレ様は今、重要な話の真っ最中なんだよ」
「なんだかんだ言いつつも、職務に忠実なあなたが好きです。結婚してください」
「いい加減にしろよこのケダモノ野郎が。S級能力者じゃなけりゃあ、テメエなんて異常性癖とその他諸々でクビだ、クビ!」
「でも、ナガミミ様には人事権ないんでしょう?」
「通販番組の合いの手みたいなノリで言うんじゃねーよ。認めたくない事実を突きつけるんじゃねーよ。人事権持ってるやつが……アリーが認めてくれないんだよ……」
終わったはずの漫才が始まった。テンポよく繰り広げられるナガミミとブンイチの会話に、イノリたちは呆気にとられることしかできない。
次の瞬間、誰かの端末着信音が流れ始めた。レトロな雰囲気の漂う曲調だ。端末の持ち主はブンイチだった。
彼は電話の主/着信の名前を確認すると、凛々しい顔つきに変わった。紫苑の瞳はどこまでも真剣である。
幾何かの会話の後、彼は話を終えて端末をしまう。そうして、申し訳なさそうに苦笑した。
「ごめん、ナガミミ様! 急に本業に回らなきゃいけなくなっちゃった! 社長に『急遽早退します』って伝えて!」
「はあ!?」
「あと、ついでに休暇の申請もお願いしまーす!」
「おい待て! ふっざけんなコラァァァァァ!!」
「待ちやがれぇぇぇぇぇ!」と叫ぶナガミミの声をBGMに、ブンイチの背中はあっという間に消えてしまう。
彼の背中を成す術もなく見送るしかなかったウサギのマスコットは、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返した後、がっくりとうなだれた。
「あんな奴を、こんな条件付けてまで雇う価値があるってのか……!? 無いだろ、絶対に無いだろ! 今回のコイツ等も似たような奴らだったら、オレ、面倒見きれねぇよ……」
ナガミミはさめざめと嘆きを叫ぶ。その背中に、凄まじい悲哀を滲ませながら。
「え、えっと……その……苦労してるんだね」
「ええと……大丈夫だよナガミミ様。そ、そのうちいいことあるよ……?」
「……お前等……!!」
何を言えばいいのかわからないが、ナガミミを放っておけなかった。イノリとミオがおずおずと声をかける。途端に、ナガミミが身を震わせた。
「上手くいけばお前等がオレ直属の部下になるのか……嬉しくて涙が出そうだ……!」と、ナガミミはぐずぐずと涙声で言葉を紡ぐ。
このマスコットが人間だったら、思いつめたような顔をしていたに違いない――イノリには、そんな予感がしてならなかった。
***
ノーデンス・エンタープライゼスの会議フロアは、3階にある。ナガミミに案内された会議室には、2人の人物が待ち構えていた。
鮮やかなローズピンクの髪に、シャープな楕円淵眼鏡をかけた麗しきキャリアウーマン――CEOのアリー・ノーデンスと、おしゃれなブランド服を身に纏い、無精髭を生やした男性――技術主任のジュリエッタだ。
前者のアリーは天を仰ぎながら、目を半開きにしている。紫の瞳はどこか遠い場所を見つめているかのようだ。後者のジュリエッタはぐったりしていて、酷く疲れ切った様子だった。精根尽き果てたという言葉が似合う。
しかし、2人はイノリたちの姿を確認するや否や、人当たりの良い態度で4人を迎え入れた。
「初めまして、アタシはジュリエッタよ」
「ノーデンス・エンタープライゼスの技術主任さんで、会社のナンバー2ですよね?」
「あら。貴方、アタシのことを知ってるの? 嬉しいわ」
イノリが彼の肩書を諳んじれば、ジュリエッタは嬉しそうに目を細めた。そして、ゆっくりとソウセイに視線を向ける。藤色の瞳には、明らかな警戒の色が見えた。
何かを察したソウセイが、納得したように「ほう」と零した。それきり、2人は無言のまま火花を散らし合う。この2人に因縁らしき因縁はないはずだ。
……あるとするなら、セブンスエンカウントでソウセイがハッキングをしたくらいだ。あのときソウセイは何かと攻防を繰り広げていたが、もしかしたらその相手は――。
「あんたの実力は、しかと見せてもらったよ。流石はノーデンスの頭脳だ」
「……それは、どうも」
イノリの予想を肯定するかのように、ソウセイは言葉を紡いだ。どこか楽しそうな口調に、ゆるりと細められた紫苑の瞳。その眼差しには、純粋な尊敬が湛えられている。
それを見たジュリエッタは、鳩が豆鉄砲を喰らったように目を瞬かせる。その様子からして、てっきり喧嘩を売られると思っていたのだろう。彼は何とも言い難そうに礼を述べた。
「ちなみに、本名は
「ンギャアアアアアアアアッ! ダメ! その名前は忘れて頂戴!!」
ジュリエッタが頭を抱えてアリーを怒鳴る。彼は自分の本名に、何か嫌な思い出があるようだ。
対して、「良い名前なのに」とアリーはぶすくれた。彼女はジュリエッタの本名を気に言っているらしい。
話を続けようとするアリーを遮るようにして、ジュリエッタはアリーを紹介する。
「こっちがアリー・ノーデンス。こんな成りだけど、一応我が社の社長なのよ」
「ご無沙汰しています、ミス・アリー。
「勿論! 東雲財閥の末息子、東雲リヒトでしょー? まさか、キミがS級能力者だとは思わなかったよー☆」
「ええええええええええええええ!?」
会話の流れで、リヒトはさらっと自己紹介する。東雲財閥の末息子――御曹司であることを知ったジュリエッタとミオが絶叫した。
前者は業務提携を結びたいと思う会社の経営者一族、後者にとっては雲の上のような存在だ。驚くのも当然のことだろう。
――そして、“東雲財閥の経営者一族である”という事実には、もう1つの意味がある。
「ってことは、リヒトは……」
「はい。第13代目社長にしてムラクモ13班に所属していた東雲
「なんてこと……」
ミオの問いに、リヒトは穏やかに微笑んだ。
その横で、ジュリエッタがへなへなと崩れ落ちる。
折角なので、イノリたちも自己紹介することにした。
「私は渡来イノリと言います。暁学園3年生で、来年からISDFの訓練所に行くことが決まってます。因みに私の祖父母は、ムラクモ13班に所属していた渡来
「俺は風間ソウセイだ。暁学園3年生で、じいさん同様“戦う技術者”を目指している。俺のじいさんもムラクモ13班に所属していた。元は4班、通称技術班に所属していたらしい。名前は■■
「ほ、ホントに……!?」
「……オイ、嘘だろ……? コイツ等が、嘗ての英雄の後継者だと……!?」
「え、英雄たちの系譜を継ぐ、ガチモンのサラブレッドじゃない……!!」
ミオとナガミミが呆けたような声を上げ、ジュリエッタは天を仰ぐ。彼は「とんでもない相手をスカウトしてしまったわ」と、消え入りそうな声で呟いた。
会議室ないが騒然とする中で、ニコニコ笑っている強者はアリーだけだ。「まるで運命みたいだねー☆ ロマンチックなのも大好きだよ☆」と、愉快そうに目を細める。
そこで、ジュリエッタは何かに気づいたように目を瞬かせた。この場にいるべき人間の姿を探しているかのように、周囲を見回す。
「……あら、ナガミミ。ブンイチは?」
「あのダブルワーカー・パートタイマー社員なら、『メインの仕事が入った』って早退して行きやがったぜ」
疲れ切ったナガミミの言葉を聞いた途端、ジュリエッタの顔が般若になった。
「はあ!? これから本格的に忙しくなるってときに、あいつ何考えてやがる!!?」
「ジュリエッタ、口調がオッサンに戻ってるぞー」
「あ、あらやだ。ごめんなさい」
アリーから指摘を受けたジュリエッタは、取り繕うように咳ばらいした。本来は男らしい口調のようだが、本人はそれを表に出すことを是としないようだ。
「まったく……アリー。どうしてアンタ、ブンイチみたいな扱いづらい事故物件をスカウトしたの?」
「いや、彼だってS級能力者だからね。……そりゃあ、ジュリエッタの精神崩壊でCode:VFDが頓挫するかと焦ったけど」
アリーは遠い目をしながらため息をついた。後半はぼそりと呟く程度のため、よく聞きとれなかったが。
そんな会社のTOPとNo.2の様子を一見したナガミミは、別の仕事を片付けるために会議室を去って行った。
「とりあえず、説明して頂けませんか? 貴方方がS級能力者を集める理由を」
「ここはただのゲーム会社ではないんだろう? 何が目的なんだ」
リヒトとソウセイが、会社の権力者たちに問いかけた。前者の場合、顔は笑っているのに目が笑っていない。後者は鋭い眼差しを向けている。
先程、ナガミミから説明はされていた――実際は、説明よりもブンイチに対する愚痴の方が多かった――けれど、イノリたちにしてみれば理解できないことが多すぎる。
唯一分かっていることは『ノーデンス社は戦う力を求めて
「あら、ナガミミから説明は受けてないの?」
「一応聞いたけど、話の大半がブンイチって子の愚痴ばっかりで……」
「……ナガミミ……可哀想に……」
イノリの言葉を聞いた途端、ジュリエッタは目頭を押さえて天を仰いだ。連鎖反応するかのごとく、アリーがそっと視線を逸らす。彼女から後ろめたさそうな気配を感じたのは何故だろう。
ナガミミの気苦労に関する話題を打ち切るかのように、ジュリエッタは服の袖で目元をこすった。本題に入ると言わんばかりに、彼はぱんぱんと手を叩く。アリーもこちらに向き直った。
「とりあえず、テキトーに座って頂戴。アナタたちとビシネスの話をしたいの」
***
「イノリたちなら、2020年とその翌年に発生した竜戦役のことは知ってるよね?」
「おじいちゃんから聞いたことがあります」
「はい。祖父や大叔母様が、いつも語って聞かせてくれました」
「勿論だ。じいさんから聞かされている」
「その様子だと、当事者たちがしっかり話を聞かせてくれたみたいだねー。じゃあ、竜の脅威については、この時代に生きている人間の中でも『よく知っている』と言えるわけだ」
イノリたちはアリーの質問に即答した。自分たちの眼差しを見て満足したのか、アリーは嬉しそうに微笑んで頷く。
「じゃあ、ミオは?」
「よく分かりません。『80年前に起こった災害で、ムラクモ13班と呼ばれる異能力者集団が活躍したらしい』ってくらいしか……」
「オケオケ。じゃあ、ミオに分かるように説明するねー☆」
対して、完全に一般人であったミオは、申し訳なさそうに肩をすくめた。アリーは笑みを崩さぬまま、朗々と80年前の近代神話を語り始める。
西暦2020年に、宇宙から第3真竜ニアラが来訪した。世界は美しき葬送花・フロワロに飲み込まれ、人類は滅びると思われた。しかし、人類は屈しない。各国の異能力集団に所属するS級能力者たちが中心となり、反撃の狼煙を上げた。中でも、唯一制竜権を有したのが、東京に本部を置く特務機関“ムラクモ機関”であり、ムラクモ13班である。
国家権力である自衛隊や対立組織であるSKYとの軋轢と和解、組織の長である日傘
しかし、竜災害は翌年にも発生する。次に来訪したのは第5真竜フォーマルハウト。前回の竜戦役の後遺症で力を発揮できなかった13班は、フォーマルハウトの紋章に倒されてしまう。東京は強力な毒性を持つ黒いフロワロに覆われる。
2代目総長
後に、エメル総長代理が現代に復活させたルシェクローン・マリナの力を使って、最強の対竜兵装――所謂竜殺剣を生み出した。最強兵装の担い手となった渡来ミカゲがフォーマルハウトにとどめを刺し、その真竜を完全消滅させるに至る。――そうして、その戦いから、今年で丁度80年の時間が経過したというわけだ。
「竜災害は、真竜と呼ばれる竜の襲来。そして、それに伴う美しき葬送の毒花、フロワロの繁茂で始まるの。フロワロに包まれた星は真竜に喰われ、すべての生命と文明を失い、無機と化す……」
「おじいちゃんが言ってました。『実際に、真竜の襲来によって星を喰われ、流浪の民となった種族がいる』って」
「えっ!? そうなの!? 実例があるなんて話、初めて聞いたわ……」
「あと、その人はおじいちゃんの親友の恋人さんだったそうです」
イノリの補足に、ジュリエッタは目を見張った。その人物についての特記事項を付け加えると、彼は遠い目をする。
英雄のサラブレッドが知る事実は、彼のキャパシティを軽く超えてしまったらしい。隣にいたミオはますます置いてけぼりだ。
「話を戻すわよ。この宇宙には、そんな真竜と呼ばれる種族が7体いるらしいの。嘗てこの星は2度の襲撃を受けて、世界中がフロワロに沈みかけたわ」
「それを2回とも撃破したのは、さっき説明したムラクモ13班だったんだ☆ 旧政府で言うS級能力者であり、竜を狩る者」
「――じゃあ、本題に入るわ」
アリーの言葉を引き継ぎ、ジュリエッタは話を切り出した。真剣な双瞼がイノリたちに向けられる。
「その竜災害で得られた真竜検体からは、竜の構造や生態……それはもう膨大なデータを解析できたの。アタシたちはその解析データの集合体を――」
「“ドラゴンクロニクル”だよね。日傘ナツメや、エメル総長代理が解析したもの」
ジュリエッタの説明を、イノリが引き継ぐ。それに同調し、リヒトとソウセイも頷いた。
「前者が人竜に至るため、後者が竜殺剣を生み出すために必要としたものですね」
「因みに、後者は俺のばあさんが帝竜検体で作り出したものだ」
「ワアー、サスガエイユウノサラブレッドー。エイユウタンノショウサイヲ、ノゾンデモイナイノニオシエテクダサルー」
「ジュリエッタ、しっかり!」
ジュリエッタが白目を剥いた。アリーが鬼気迫るような表情で彼をゆする。程なくして、ジュリエッタの意識が現実に帰還した。
彼は己が取り乱していたことを思い出すと、取り繕うように咳ばらいした。アリーは安心したように息を吐く。ジュリエッタは説明を続けた。
「アタシたちノーデンスの真の目的は、『より多くの真竜検体を集めてドラゴンクロニクルを完全解明する』ことなのよ」
「でも、何のためにそんなことを?」
「――7番目の真竜、VFDを倒すためだよ」
ミオの問いにアリーが答える。物々しい空気に影響されたのか、弧を描いていた彼女の唇はゆっくりと引き結ばれていく。それでも、彼女の表情は、ぎりぎりで「笑っている」と言える程度で崩れなかった。
「第7真竜、VFD……?」
「そう。平和に見えるこの東京に、7番目――最後の真竜が目覚めようとしているんだ。――……そして、その真竜が出現するとき、この星は終わりを迎える」
アリー曰く、それは創造と帰滅を司る真竜のことらしい。ノーデンス上層部はその真竜のことをVFDと呼んでいるそうだ。
何故、ゲーム会社の社長と技術主任が、そんなことを知っているのだろう。イノリの脳裏に、そんな疑問が浮かんだ。
疑問に思ったのはイノリだけではない。リヒトも、ソウセイも、ミオも、訝し気に眉をひそめる。瞳には、明確な困惑の色。
待ってましたと言わんばかりに、ジュリエッタはくすりと笑った。そうして、説明を続ける。
「知ってる人は知ってるのよ。ISDF……国際自衛軍や政府のお偉いさんのことだけど」
「ああ、成程。情報統制か。ハッキングすれば大体どうとでもなるが」
「そうだね。最近やたらとISDFの制服着た人が巡回していたり、竜班病という致死率100%の奇病が発生してその患者が爆発的に増えたり、異常気象やプレートの消滅が発生しているという噂がまことしやかに囁かれているのって、やっぱり竜災害の予兆だったんだ」
「社交界で会う軍人や役人たちがひそひそ話してるのを耳にしました。報道を見る度、正直、『よくもまあこれで誤魔化せるもんだ』と思いましたよ」
「……あなたたちが優秀すぎて、なんだか空恐ろしくなってきたわ……」
ソウセイ、イノリ、リヒトの言葉を聞いたジュリエッタは、説明を先回りされてしまうことに不安を感じ始めたのだろう。いや、どちらかというと脅威だろうか。
因みに、リヒトやシキの場合は社交界で話題を拾い上げてくる。前者は財閥の息子、後者は世界救済会の役員の娘として、交流の場に顔を出すためだ。
その通りだとジュリエッタは頷く。補足として、アリーが竜班病患者の初期症状を語った。風邪と同じ症状のため、なかなか分かりにくい病なのだ。
「まあ、帝竜の瘴気が原因の病は、竜班病だけじゃないんだけどね。英雄の系譜を受け継ぐ貴女たちなら分かるでしょう?」
ジュリエッタの問いに、イノリたちは迷うことなく頷いた。――そしてそれは、いずれイノリたちも発症する可能性が高い病であることも。イノリは言葉を紡いだ。
「
「原因は、第5真竜フォーマルハウトがまき散らした瘴気。症状としては、『身体的および精神的な老化現象が発生しなくなるが、一定時期が経過すると、体の機能が著しく下がって衰弱死する』というのがセオリーらしいな」
「そして、その因子は母子感染と遺伝で発生します。『ムラクモ13班の系譜を引き継ぐ人間は、確実に発症する』とも。勿論、僕らも例外ではない」
「隔離遺伝や母子感染の場合は、発症した時点で外見年齢はストップする。けど、いつ発症するかも、発症した後にセカンドステージ――急激な衰弱死に移行するまでにかかる時間も不明だって言われてるね。大半の13班員やその子孫は、セカンドステージに移行したことが原因で命を落としてるみたい」
イノリの説明をソウセイとリヒトが引き継ぐ。そして、最後にイノリが黒呪病の説明を締めくくった。リヒトはうんうん言いながら、ちらりとミオに視線を向ける。彼女は小さく咳き込みながら、何とも言い難そうに視線を彷徨わせていた。
現在、4人――イノリ、リヒト、ソウセイ、シキの中では、黒呪病は『まだ』発症していない。同時に、いつ発生するかも不明である。そのため、竜班病患者の存在は他人事とは思えないのだ。症状が違えど、真竜の瘴気が原因なのだから。
黒呪病の説明を聞いたジュリエッタは頷く。
その表情が、ほんの一瞬曇った。
――まるで、消えぬ痛みを抱え込むかのように。
「……そうね。病気を抱えていたとしても、天寿を全うできるというのは幸せよね……。“あの人”のように、志半ばで理不尽に命を奪われるよりは、ずっと……」
「ジュリエッタさん?」
「ああ、ごめんなさい。昔、お世話になった人のことを思い出してね。その人も黒呪病を患っていたのだけれど、セカンドステージに移行する前に不慮の災難で亡くなっちゃったのよ。……“表向きは”、ね」
「湿っぽい話はここまで。話題を元に戻そうねー」
この話はお終いとばかりに、ジュリエッタとミオの間にアリーが割り込んだ。
アリー曰く、もうすぐ政府の情報統制が意味を成さない事態になるという。世界中にフロワロが咲き乱れ、竜が闊歩し、星の死の果てに――第7真竜VFDが姿を現すらしい。
地球の終焉を回避する方法はただ1つ。真竜検体を手に入れて、ドラゴンクロニクルを完全解明するしかない。出現する全段階から凶悪な予兆を発生させる最後の真竜だ。
実際に7番目の真竜が現れれば、この星は成す術もなく滅ぶという。真竜情報と膨大なエネルギーの集積であるドラゴンクロニクルこそ、未来を繋ぐ希望なのだ。
「ドラゴンクロニクルを解明できれば、竜班病や黒呪病を撲滅することだってできるんだよ☆ ……過去と未来の狭間に居るキミたちには、それができる」
話題の重さに反比例するかのように、アリーは柔らかに微笑んだ。
「ドラゴンクロニクルを解明するためには、キミたちのようなS級能力者――狩る者の力が必要不可欠なんだ。だから、アリーたちの計画――Code:VFDに、是非とも協力してほしいのよ~!!」
彼女の眼差しは、イノリを射抜く。――いいや、イノリだけではない。リヒトやソウセイも含まれていた。
突拍子もないことを告げられ、困惑しないわけがなかった。3人は思わず顔を見合わせる。
「真竜検体を手に入れると言われてもな……」
「第5真竜に関しては、ムラクモ機関吸収後はISDFが管理してるって話を聞いたことがありますけど……」
「他の真竜の居場所なんて分からないよ。それに、いつ地球に襲来するかの予測だってできないし……」
「――その話は、アリーたちの計画に協力してくれるって前提なの?」
「うん」
「はい」
「ああ」
身内で井戸端会議を始めかけたイノリたちに、アリーは首を傾げる。イノリたちは、彼女を見返してしっかりと頷き返した。
ノーデンスという企業のことを全面的に信用したわけではない。だが、世界の裏で蠢く竜の気配を知りながら、野放しにしておくこともできなかった。下手をしたら、自分たちの思い描く未来や志を無に帰される可能性だってある。
滅びを受け入れることなど許容できない。ましてや、真竜による脅威は近づいてきているのだ。いつか必ず、VFDは目覚め、この星の命と文明を喰い尽くす。そのいつかは、自分たちの目前に迫っているのだ。
確かに、嘗ての祖父母――ミカゲやユイと同じように、竜災害に挑むということに対する高揚感はある。同時に、それがどんなに無茶苦茶なことかも。
……いや、竜戦役での地獄を体感したことのない自分が、覚悟を語るのはおこがましい。自分が未熟であることは、自分自身が1番知っている。
でも、だからこそ、イノリは思うのだ。嘗てのムラクモ13班員が願ったように、「未来を守りたい」、「今、自分ができることを精一杯したい」――と。
(そうして、おじいちゃんの想いに応えるために)
イノリは目を閉じる。浮かぶのは、イノリを守るために命を差し出した祖父・ミカゲの背中だった。
イノリたちのことを「俺の希望」と語り、自分自身を引き換えにして守り抜いた彼の最期を、瞼の奥に描く。
『お前が居てくれるなら、お前たちが居てくれるなら、きっと大丈夫だ』
遠い昔、英雄譚を語り終えた後。
柔らかに笑った祖父の笑みに応えるかのように、イノリはまっすぐアリーを見返す。
自分たちの返答を確認したアリーは、嬉しそうに破顔した。
圧倒的なフラグと説明回。
新13班員・トウキョウ組は、物語に全員登場しました。ただし、2名ほど合流が遅れます。