花咲く世界のクロニクルセブン -じじいと孫のCode:VFD-   作:白鷺 葵

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・この時点では覚えられない技を使う戦闘シーンがあります。ご注意ください。


想いの芽吹き

「すみません。……あの、やっぱりわたし、帰ります。自信、ないし……」

 

 

 「自分は体が弱いから、ナビをすることはできない。足手まといになってしまう」――ミオはそう言って、ノーデンスへの協力/Code:VFDの参加を辞退した。彼女はみんなに一礼すると、背中を向けて去って行く。リヒトはミオの背に手を伸ばしかけたが、悲しそうに俯いた。

 

 戦うことを選ぶ人間が居る傍ら、それを選択しない人間だっている。

 当たり前のことだと、イノリの頭の中では分かっていた。

 

 

『おじいちゃんのお姉さんはな、全能力A級能力者(生まれながらの秀才)だったんだ』

 

『お姉さんは、S級能力者が如何に特別な存在なのかを叩きこまれながら生きてきた。それは、『全能力A級(秀才)でしかない自分が、自分よりも優秀なS級能力者(生まれながらの天才)を率いる』というコンプレックスを肥大化させる原因になった。……それを拗らせた結果、過激な能力主義者になってしまったんだ』

 

『おじいちゃんは、そんなお姉さんを止めてやれなかった。S級能力者(生まれながらの天才)のくせに、彼女に何もしてやれなかった。力を持つ者を有無を言わさず戦場に放り込んだり、S級能力者じゃない人を捨て駒にする作戦を決行したり……最後には、力を欲した挙句、沢山の人を喰らって人竜になってしまった』

 

 

 寂しそうに、哀しそうに、あるいは懺悔するかのように。己が手にかけた怨敵――日傘ナツメ/人竜ミヅチのことを語る祖父の姿を、今でもはっきりと思い出せる。

 

 

『……あの人はただ、誰かから認めてほしかっただけなのにな』

 

『努力しても報われないんだって事実が辛くて、苦しくて、絶望して、『何をやっても無駄ならば、全部壊せばいい。誰も自分を認めてくれないなら、みんないなくなればいい』という結論に行きついてしまった』

 

『確かに、あの人がしたことは到底許されることじゃない。……でも、おじいちゃんは思うんだよ。あの人の絶望を打ち砕くことができたら、あんな悲劇は起きなかったんだって』

 

 

 祖父から見た日傘ナツメは、厳しくも優しい指導者であり、並々ならぬ努力家で、漫才と厚焼き玉子が大好きな女性だった。都庁奪還時の祝賀会では、当時はまだナツメの補佐官だったキリノと一緒に漫才を披露していたという。

 そう語る祖父から当時の映像を見せてもらったが、はたしてそこには、祖父の言葉通りの女性がいた。柔らかく微笑みながらキレのあるボケをかまし、相方のキリノからびしりと突っ込まれて笑う、日傘ナツメの姿があった。周囲から響く笑い声からして、2人の漫才が好評であることも伺えた。

 

 もし、普通の人々がこの映像を見たら、誰もこの女性を日傘ナツメ――人竜ミヅチと結び付けることはできなかっただろう。人類の裏切り者という存在からは、漫才で見事なボケ役に徹したナツメの姿なんて想像つかない。閑話休題。

 

 

『あなたには戦う力、ひいては世界を救うための力があるわ。戦場に出て戦うことは、力ある者の義務であり、責務なのよ。そこには、一切の疑問の余地はない……分かるわね?』

 

 

 2020年の竜戦役で、祖母のユイたちはなし崩し的にムラクモ13班に所属することになったそうだ。戦うことを選んだのは本人たちの意志だったそうだが、当時のムラクモ総長だったナツメは、既に13班に所属していたミカゲ以外の面々をこう説得したらしい。

 最初は乗り気でなかった祖母も、力ある者の責務とあればと納得して戦いに参戦したという。当時は致し方のないことだが、冷静に考えてみると、一種の脅迫である。ナツメは暗に「力があるくせに逃げるのか? そんなの許されない。戦え、問答無用だ」と言ったも同義なのだ。

 切羽詰っていた2020年代とは違い、ひたひたと近づいてくる脅威を感じる程度のU.E.77年(現代)には若干の余裕がある。そのため、よっぽどのことがなければ、『本人が嫌がっているにもかかわらず、強制的に徴兵される』という事態は起こりにくい。それは、ノーデンスという企業にも言えることだった。

 

 

「残念ね。でも、戦う意志のないコを戦場に引きずり出すことはできないわ」

 

 

 ジュリエッタは深々とため息をつく。そうして、彼は静かに目を閉じて、呟くような声色で言った。

 

 

「『力に固執すると、自身が道を踏み外してしまったり、それに巻き込むような形で他人の人生を狂わせてしまうことに繋がる』もの」

 

「ジュリエッタの尊敬するセンセイの格言だね☆」

 

「厳密に言えば違うわよ。この言葉をアタシに贈ってくれたのは、恩師の叔父さんにあたる研究者。アタシにとっては雲の上のような人よ。……その人も、『友人からの受け譲りだよ』って笑っていたわ。だからこれは、又聞きの又聞きってワケ」

 

 

 ジュリエッタはどこか懐かしむように遠くを見つめた。すかさずアリーが補足を入れる。それは不完全だったようで、ジュリエッタ本人から修正が入った。

 ジュリエッタの言葉を聞いた3人は、思わず目を点にした。学園で行われたOB・OGの講演会で、似たような格言を引用して話をしていた人物がいたことを思い出したからだ。

 自分たちの記憶が正しければ、その格言を引用していた人々は“渡来ミカゲの授業を受けた”という共通点があった。そして、キリノに次いで彼と懇意にしていた研究者の筆頭は――。

 

 

「もしかして、その人――」

 

 

 イノリたちがその人物の名前を挙げようとしたとき、突然爆発音が響いた。大地を揺るがすかのような振動に、思わずイノリたちは身を伏せた。戦闘訓練の賜物である。

 爆発音に紛れ、重低音の唸り声が耳障りだった。ぞわり、と、得体の知れぬ感覚が背中を撫でる。怨敵が降り立ったことを伝える、本能的な警笛だ。

 

 

「何!? 今の音……」

 

「オイ、ヤバイことになった!!」

 

「ぬおおおおお!? ナガミミッ!? お前、どこから!」

 

 

 突然姿を現したナガミミに驚いたジュリエッタが、野太い悲鳴を上げてのけぞった。オネエになる以前の彼のことが気になる態度であるが、今はどうでもいい。

 

 

「ジュリエッタ、まーた顔と声がオッサンに戻ってるゾ☆」

 

「あ、あらいけない。……というか、あんたはこんなときでも平常運転なのね……」

 

 

 アリーの指摘を受けたジュリエッタは、取り繕うように顎に手を当てた。爆発と振動にも笑顔を崩さない社長の様子に、技術主任はげんなりとした様子で肩をすくめた。

 あの爆発音の正体を知っているのはナガミミだった。切羽詰った声で、マスコットは何があったかを報告する。ノーデンス社のエントランスにドラゴンが出現したらしい。

 しかも、単騎ではない。群れだ。奴らは傍若無人にこの地を踏み荒らしているという。その話を聞いた途端、イノリの中から何かが沸々と湧き立ってきた。

 

 狩らなければならない。竜を狩らねばならない。

 “すべての竜を狩り尽せ”――この衝動を、何と言おう。

 

 

「こんなの、予測よりずっと早いじゃない! ねえ、アリー!!」

 

 

 ジュリエッタは悲鳴に近い声を上げた。藤色の瞳は、縋りつくかのようにアリーに向けられている。それを真正面から受け止めたアリーは、考え込むように顎に手を当てて思案した。

 

 真面目な顔になったのはほんの一瞬。

 次の瞬間、彼女は緩く笑いながら状況を確認する。

 

 

「ナガミミ、ISDFは? こんなときのための国際自衛軍でしょ?」

 

「こっちに向かっているみたいだが、到着するにはまだ時間がかかるだろうな」

 

「オケ。すぐ入り口を封鎖して。対処はISDFの到着を待とう」

 

「待って!」

「待ってください!」

「ちょっと待て!」

 

 

 2人の会話に割って入るように、イノリたちは声を張り上げた。まさか3人一緒に同じような行動をするとは思わなくて、イノリたちははたと顔を見合わせる。

 金色の瞳も、紫苑の瞳も、イノリと同じ想いを滲ませている。2人もまた、イノリの想いを受け取ったのだろう。満足げに頷き、アリーたちへと向き直った。

 

 

「ISDFの到着を待っていたら手遅れになるよ! セブンスエンカウントに遊びに来ていた一般人はどうなるの!?」

 

「ドラゴン襲撃に対しての措置が避難誘導だけでは不十分です。奴らを食い止めないと……!」

 

「犠牲者を減らすためにも、このまま手を(こまぬ)いて見ていることは得策ではないだろう」

 

「何言ってるのよ!? 中途半端な戦力じゃあ二次被害の恐れがあるわ。それに、ノーデンスに雇われた人間が武器を持って外に出ようものなら、即座に逮捕されちゃう。ISDFの規定を知らないわけじゃないわよね?」

 

 

 詰め寄るように、イノリたちは言葉の機関銃を唸らせる。その勢いに気圧されながらも、ジュリエッタは屹然と言い返した。

 

 ISDF以外に武力を有する民間組織は幾つかあるが、数はそんなに多くない。民間組織が武力を有するためには、ISDFに許可を申請しなくてはならない。厳しい審査基準を超えて特別許可を勝ち取ったとしても、次に待っているのはISDFからの監視である。

 活動内容の報告と購入・開発した武器の内訳を逐一書類に記入して提出しなければならないし、定期的にISDFの臨時検査が入る。「最近は予告なしの抜き打ちで行うため、常に気を張っていなければならない」と頭を抱えていた、世界救済会の役員の姿を思い出した。

 個人が自衛手段として武器を有するのは良いが、ISDFの許可を得ない民間団体に所属する人間が武力を有しているのは、あまりよろしくない事態だ。場合によっては、その民間団体が厳しく罰せられたり、その民間団体が開発した技術が軍に徴集されることもある。

 

 アリーやジュリエッタが「ISDFの到着を待つ」と頑なになるのは、ISDFにノーデンスの計画――ドラゴンクロニクルの完全解明/Code:VFDを勘付かれたくないのだろう。人類を救うための希望を、軍事利用されることを恐れているのかもしれない。

 

 

「アンタたちはCode:VFDの要なんだから、自分の価値を考えた行動をして頂戴!」

 

 

 藤色の双瞼が、空色、金色、紫苑の瞳と派手に火花を散らす。

 誰一人として、己の意見を譲ろうとしない。

 

 

『――大丈夫』

 

『おじいちゃんが、守ってやるから』

 

 

 イノリの脳裏に浮かんだのは、眩しいものを見るかのように笑った祖父の姿だった。

 紫苑の瞳に宿るのは、揺るがない意志と覚悟。――そうして彼は、死んでいった。イノリたちを守るために。

 

 先の大戦で亡くなった命を痛んでいた祖父の背中を、失われてしまった命を想う祖父の言葉を、イノリは誰よりも近い場所で見てきた。

 命の優先順位に従って、ムラクモ13班を守るために死地へ赴いた人々の話を、何度も聞かされた。自分は英雄ではないのだと、皮肉気に笑う姿を見てきた。

 13班が人類の希望であるために、誰かの命を踏み台にした。だから、歩みを止めることは絶対にできない。それは、彼らに対する裏切りと冒涜になる。

 

 “キミは力があるから、キミは希望だから”――そんな理由で、目の前で築かれていく屍の山を許容しなければならないのか。

 犠牲を『仕方がないこと』だと割り切らなければならないのか。諦めなくてはならないのか。……そんなの、嫌に決まっている。

 

 

「――『みんな、居なくなるんだ』」

 

「え?」

 

「『“ムラクモ13班は人類の希望だから”って、みんなみんな、俺たちのために死んでいくんだ。俺たちには、そんな大層な価値なんてないのに』」

 

 

 祖父の言葉を諳んじる。

 

 

「……おじいちゃんは、いつもそう言ってた。いつも、そのことで悩んでた。……最も、そう言ってた張本人は、その人たちと同じように、希望(私たち)を守って死んじゃったけど」

 

 

 イノリの言葉を聞いたジュリエッタは、はっとしたように目を見開いた。

 「あなたは」と、酷く震えた声で言葉を紡ぐ。イノリは口元を歪ませた。

 

 

「もう、あんなことは嫌なんだ。“力があるから、希望だから”――そんな理由で、目の前で築かれていく屍の山を、手を拱いて見ているしかないのは」

 

「――ええ、そうですね」

「――ああ、そうだな」

 

 

 血反吐を吐くような心地で紡いだイノリの言葉に、リヒトとソウセイは頷いた。自分たちの決意が伝わったのか、ジュリエッタの藤色が揺らぐ。

 次の瞬間、会議室のモニターに、ノーデンスの入り口広場が映し出された。白い翼竜の群れが、我が物顔でエントランスを蹂躙していた。

 パニックに陥った人々が我先にと逃げ出す中、見覚えのある若芽色の髪の少女――ミオの姿が映し出される。彼女は頭を抱え、身を震わせながら蹲っていた。

 

 つい先程別れたばかりなのだ。ドラゴンの襲撃に巻き込まれている可能性も視野に入れるべきだった。

 リヒトが大きく目を見開く。普段は落ち着いていて穏やかな青年の顔は、焦燥に染め上げられた。

 

 

「っ、ミオ!」

 

「ああ、リヒトくん!」

 

 

 彼はイノリの制止を振り切るようにして駆け出した。

 

 

「ちょっとだけ、待ってくれるー?」

 

 

 それに続こうとするイノリを、アリーが引き留める。

 振り返ったイノリとソウセイを見たアリーは、満足げに微笑んだ。

 

 

「――うん、イイよ。その意志に従って、やってごらん」

 

「ボス!?」

 

「キミたちが本物の“狩る者”であるなら、誰もキミたちの意志を止められないよ」

 

 

 まるで、母親が子どもを慈しむかのような眼差しが向けられる。初めて顔を合わせたときの天衣無縫な空気は成りを潜め、気高く美麗な慈母が佇んでいた。

 

 一瞬、ここにいるアリーは先程のアリーと同一人物なのかと疑いたくなった。驚いたのはイノリとソウセイだけではない。

 この場に居合わせたジュリエッタやナガミミも同じ気持ちだったようで、2人は惚けたように上司を見上げていた。

 幾何かの間を置いて、ジュリエッタはやれやれと言わんばかりにため息をつく。それは一瞬のことで、彼はすぐに力強く笑ってみせた。

 

 

「……成程。お手並み拝見、ってコトね。まっかせなさい! ――それなら、腹括ってサポートするわよ!」

 

「わかったよ。なら、コレを持ってけ」

 

 

 ナガミミはぶっきらぼうに何かを放り投げてきた。時計を模した端末であり、ホログラムにはナガミミやジュリエッタ、アリーの3人が浮かび上がっている。

 

 

「こいつは、オレ様たちと会話できる夢の通信機器だ。便利なんだからダセエとか言うなよ?」

 

 

 これはノーデンスが開発した特別な通信機器――ノーデンスウォッチだ。この端末を介して、3人はイノリたちのバックアップを行うという。

 他にもあると言って、ナガミミは薬品類を並べた。暁学園の戦闘訓練実習で配られる薬品類――メディカやマナ水である。

 悪態をつきながらも、ナビゲーターに立候補したのはナガミミだ。やはり、口は悪いが悪人ではないらしい。むしろいい人の部類だった。

 

 イノリとソウセイは顔を見合わせた後で、3人に礼を述べた。

 そうして、先に駆け出してしまったリヒトを追いかけて、会議室を飛び出した。

 

 

 

***

 

 

 

『いいか? ここから先はゲームじゃねえ。切れば血が出る、刺せば死ぬ。リアルで楽しい、現実世界だ』

 

 

 ホログラムで表示されたナガミミが、2人に語り掛ける。

 

 

『ようやく見つけた狩る者に、こんな所で死なれちゃ困るんでね。助けるってのがオマエらの意志なら、せいぜいうまくやるんだな。あのメガネにもしっかり伝えとけ。フヒヒヒヒ……』

 

 

 ナガミミが不気味に笑ったのと、イノリとソウセイがノーデンスのエントランスから飛び出したのはほぼ同時だった。広場では、白い翼竜たちが縦横無尽に闊歩し、人々に襲い掛かっている。赤い毒花――フロワロの花が至る所に咲き乱れていた。

 

 その中に、探し人であるミオとリヒトを見つけた。リヒトはミオを後ろ手に庇いながら、カードをかざす。氷属性であることを示す青い光が弾け、ローパーを模した氷のマモノが現れた。

 氷のマモノは怯むことなく翼竜に殴りかかる。その一撃を喰らっても尚、白い翼竜はリヒトに襲い掛かった。ミオを庇うリヒトは、翼竜の攻撃を受け止めるしかない。それを加味した上で、彼は罠を仕掛けていたようだ。

 

 

「トラップ発動!」

 

 

 鉄条網と落とし穴――やはり、複数のトラップを重ねかけしていたらしい。翼竜の体を鉄条網が切り裂き、大きな落とし穴が翼竜の下半身を飲み込む。

 しかし、トラップの追加効果――所謂状態異常は発生しなかった。白い翼竜は忌々しそうに嘶き、傷だらけのリヒトを睨みつける。

 手札を使い果たしてしまったようで、リヒトは苦い表情を浮かべた。行くも地獄、引くことも叶わない。彼の状況は、完全なジリ貧状態のようだった。

 

 

「リヒトくん!」

「リヒト!」

 

 

 イノリは双刀を鞘から引き抜き、白い翼竜に斬りかかった。炎を纏った太刀――裂きモミジを浴びせる。

 ソウセイは銃を構え、翼竜に狙いを定めて引き金を引いた。銃弾は翼竜の片目を貫き、奴の視界をふさぐ。

 

 2人はリヒトを庇うように躍り出る。それを見たリヒトは掠れた声でイノリたちの名前を呼んだ後、満面の笑みを浮かべた。

 

 

「遅いじゃないですか! 何やってたんです?」

 

「ナガミミから便利アイテムを貰ってたんだ。ちょっと待ってろ」

 

 

 ソウセイはそう言うなり、くつりと笑った。諜報員の得意分野には、既存の道具の効果を向上させることも含まれている。所謂、トリックハンドという便利技だ。

 便利技の恩恵は充分だったようで、メディス1つでリヒトの傷はあっという間に癒え、マナ水1つですっからかんになりかけていたマナも充分すぎるくらいに回復した。

 

 

「ありがとうございます。それじゃあ、反撃開始と行きましょう! ――ドローフェイズ!」

 

 

 普段の調子を取り戻したリヒトは不敵な笑みを浮かべ、山札から数枚のカードを引きだした。いいのが引けたようで、リヒトは表情を綻ばせた。

 

 イノリは赤火の呼気を使って呼吸を整える。それだけでは心もとないので、黒鋼の吸気も重ね掛けしておく。前者が攻撃を上げる長期戦向けの強化術なら、後者は防御を上げる長期戦向けの強化術だ。

 視界の端でソウセイがハイディングを使い、身を潜めた。ブッシュトラップによる奇襲戦法で攻めるつもりなのだろう。翼竜は自分の目を潰したソウセイを狙い、炎を吐き出した。だが、視界の悪さと身を潜んでいたことが相まって攻撃が外れる。

 勿論、ソウセイが反撃しないはずがない。彼はどこかから狙撃した。翼竜の羽に風穴が空く。堪らず、翼竜が悲鳴を上げた。そこへ向かってイノリは駆け寄り、飛天斬りを叩きこんだ。片翼をざっくりと斬られた翼竜がよろめく。

 

 そのタイミングを待ち構えていたかのように、リヒトがカードを掲げた。

 先程と同じ氷属性のカードだが、描かれていたのはローパーではない。シカだ。

 

 

「集中……! ――獄冷のマモノよ!」

 

 

 マナが弾け、シカを模した氷のマジュウが姿を現す。マジュウは高らかに嘶くと、自慢の脚に冷気を纏わせる。

 マジュウは一足飛びに翼竜の眼前に躍り出ると、白い翼竜に蹴りを叩きこんだ。冷気が爆ぜ、翼竜は悲鳴を上げながら崩れ落ちた。

 途端に、竜が立っていた場所から赤い花弁が舞い上がる。翼竜の命を絶った証拠だ。3人は慌ててミオに向き直る。

 

 ミオは唖然とした表情のまま、倒れた翼竜とリヒトの顔を見比べていた。

 

 

「嘘……あんなに大きなドラゴンを、倒したの……?」

 

「ミオ、怪我はありませんか?」

 

「う、うん。わたしは大丈夫……」

 

 

 リヒトは即座にミオの容体を確認する。逃げている最中に転んだのか、手足や膝に擦り傷があった。リヒトに庇われている間も攻撃の余波を受けたようで、服や顔の所々が煤を被っている。しかし、命に関わるような怪我はしていないようだ。それを確認したリヒトは、「ああ、良かった」と微笑んだ。

 次の瞬間、別方向から青年の悲鳴が響いた。多くの観光客が戦き、慌てふためく気配を察知する。イノリの背中に悪寒が走った。狩る者としての本能が、脅威を感じて警笛を鳴らしたのだ。白い翼竜たちは天を仰ぐと、広場の端へと移動し首を垂れる。――さながら、皇帝の眼前で跪く臣下たちのように。

 

 奴らを働きを労うかのように、新たなフロワロの花が開花していく。赤い花弁が不気味に舞う中、翼竜たちを束ねる親玉が飛来した。

 

 白い翼竜より二回りほど大きな赤い躯に、虹色の光彩を持つ翼を有したドラゴンだ。先程、この場を荒らしまわっていた白い翼竜たちとは比べ物にならない殺気が漂う。

 赤竜は己の降臨を餌どもに告げるかの如く、高らかに吼えた。大地をひっくり返してしまうかのような雄たけびである。ミオは恐怖で身じろぎした。

 何者にも揺らがぬ威風堂々とした佇まい――文字通り“皇帝”の名が相応しかろう。あれが、世界中で暴れまわる群れの王者/指揮官、帝竜なのか。本物を見たのは初めてだ。

 

 

『オイ、イノリ! リヒト、ソウセイ! 聞こえるか?』

 

 

 ノーデンスウォッチに、ナガミミのホログラムが表示される。毒舌マスコットの声は、どことなく切羽詰った響きを宿していた。

 

 

『いま来たヤツは帝竜クラスだ! ヤツの強さは、さっきの竜の比じゃねえ。今のお前らじゃ瞬殺されるぞ! コムスメ連れて、さっさと戻ってこい!』

 

 

 何やら重要なことを言われているような気がするのに、どうしてか、ナガミミの声が遠く感じる。周りの喧騒から切り離されたように、イノリの周辺は不鮮明だった。

 まるで、蜃気楼が視界いっぱいに広がっているみたいだった。その中で、仲間たちの気配と、視界の中央に鎮座する赤い帝竜だけが鮮明に見える。

 

 イノリは吸い寄せられるように一歩踏み出した。自分の中で、何かが鮮明に叫んでいる。

 それはやがて明確な意志となり、自分自身を突き動かす。一歩、また一歩、歩を進めた。

 どうやら、帝竜の元へ歩み出したのはイノリだけではない。リヒトとソウセイも歩み出す。

 

 

「嘘……そんな、信じられない」

 

 

 ミオが、酷く震えた声で呟いた。不鮮明に揺蕩う世界の中で、彼女の言葉は妙にはっきりと響く。

 

 

「あんなのと……戦うつもりなの……? ダメだよ、そんなことしたら! 絶対死んじゃうよ!!」

 

 

 足を止めて振り返った。こちらを見つめるミオの瞳は、恐怖と不安で揺れている。若草色の瞳は涙で滲んでいた。程なくして、彼女の涙腺は決壊した。ぽろぽろと雫が溢れだす。

 そんなミオをみて、堪らなくなったのだろう。リヒトは彼女の元へと歩み寄り、ポケットからハンカチを取り出して彼女の涙を拭った。帝竜への恐怖で縮こまるミオに笑いかける。

 

 

「大丈夫ですよ。全員助けてみせます」

 

 

 ね? と、リヒトはイノリとソウセイに視線を向けた。ああ、と、ソウセイが即座に返答して目を細める。

 

 

「そうだね。……行きましょう、みんなを守りに!」

 

「はい!」

「ああ!」

 

 

 イノリも頷いた。そして、帝竜の咆哮に対抗するが如く音頭を取る。2人は力強く微笑んで頷き、帝竜へと向き直った。

 相変わらず、世界は蜃気楼に包まれたまま。鮮明に見えるのは、自分たちを敵と見定めた帝竜だけだ。

 ミオが震える声で紡いだ言葉も、ナガミミが切羽詰ったような声で紡いだ言葉も、どこか遠い出来事のように思う。

 

 唖然と腰を抜かす観光客の間を歩く。気づけば、観光客も帝竜の取り巻きたちと同じように、広場の端やセブンスエンカウントの施設内へと身を潜めたり、道を開けるように後退りしたりして、道を開けた。

 

 幾何の間もなく、イノリたちは帝竜の眼前に立った。帝竜はじろりとこちらを見返す。

 奴は何の感慨もなさそうにイノリたちを眺めていたが、喰らう対象に認定したのだろう。

 

 赤い帝竜は高らかに咆哮すると、イノリたちを極刑に処すために身構えた。イノリたちも得物を構えて帝竜と対峙する。

 

 

(“狩る者よ、すべての竜を狩り尽せ”――!)

 

 

 イノリの奥底から溢れた思いが、意志となって体を突き動かす。

 帝竜との戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

「よし、長期戦に備えるよ!」

 

「了解です! セオリー通り、罠で迎え撃ちましょう!」

 

「分かった! 道具に関する援護は任せておけ!」

 

 

 イノリの言葉に従うように、リヒトが罠を設置し、ソウセイがトリックハンドを使って道具の効力を引き上げた。イノリも2つの呼気を使って身体能力を強化する。

 

 帝竜はじっとこちらを見つめていた。ニンゲンどもの価値を値踏みしているかのように、帝竜はこちらを見下(みくだ)している。そのまま、イノリたちは攻めに転じた。

 ソウセイが銃を構えて引き金を引いた。弾は帝竜の眉間を掠める。そこへリヒトが雷のマモノを召喚し、帝竜にけしかけた。紫電の爆ぜる鱗粉に、帝竜はうっとおしそうに唸った。

 彼らの攻撃を合図に、イノリは双刀を構えて走る。勢いそのまま、イノリは裂きモミジを撃ち放った。焔を纏った太刀筋が、帝竜の眉間を傷つける。

 

 怒りに火がついたのか、帝竜が苛立たし気にイノリたちを睨む。奴はゆったりとした動作で――けれども、容赦なくリヒトに向かって爪を振り下ろした。

 彼は間一髪のところで回避したが、彼が数秒前まで立っていた場所は瓦礫の山ができている。爪の一撃の余波だけでリヒトはかなりの傷を負ったようだ。

 

 

(もしあれが直撃だったら――)

 

 

 本当に、ぞっとする光景だ。リヒトは転んでもただでは起きないようで、即座にトラップを発動させた。鉄条網と落とし穴が、帝竜に牙を向く。

 巨体は落とし穴で傾き、鉄条網が帝竜の皮膚を切り裂く。だが、帝竜は罠に怯むことなく――むしろ罠ごとぶち壊すかのように爪を振るった。

 帝竜が次の得物として狙いを定めたのはソウセイである。ソウセイも寸でのところで攻撃を回避したが、やはり受けるダメージは大きかった。

 

 

「まったく、笑えないな……」

 

 

 ソウセイは舌打ちしながらアイテムを放り投げてきた。トリックハンドのおかげで、治療薬は帝竜から受けた傷を癒すのに充分効果を発揮してくれた。

 

 

「風のように!」

 

 

 怒り任せに動こうとした帝竜に割り込むが如く、イノリは双刀を振るった。

 帝竜の体がぐらりと揺らぐ。相手の動きを一時的に妨害することができる技、影無しだ。

 

 

「油断が命取りだぞ」

 

「集中……! ――炎熱のマモノよ!」

 

 

 体勢が崩れた帝竜へ、ソウセイとリヒトが攻撃を仕掛ける。前者が至近距離からの射撃――ニーブレイクで、後者がワームを模した炎のマジュウを召喚して攻める。ほんの一瞬、帝竜の体がぐらついた。

 帝竜は重低音の唸り声を上げながら、こちらを睨みつけてきた。奴の視線を例えるならば、邪魔な羽虫をうっとおしがる人間の眼差しと大差ない。帝竜は空に向かって高々と咆哮すると、力をため込むように身構えた。

 

 

「何か来る!」

 

「く……!」

 

「ちぃ……!」

 

 

 イノリたちは慌てて防御の姿勢を取り――次の瞬間、暴風のように吹き荒れた一撃によって派手に吹き飛ばされた。受け身を取る間もなく、イノリは地面に叩き付けられる。

 体中が軋むように痛んだ。呻きながらも体を起こせば、帝竜が尻尾を地面に叩き付けているのが伺える。イノリを弾き飛ばした攻撃の正体は、帝竜の尻尾による薙ぎ払いだった。

 見れば、ソウセイとリヒトもあの攻撃によって弾き飛ばされたようだ。2人とも地面に叩き付けられたらしく、地面に倒れ伏している。2人の呻き声が耳を掠めた。

 

 帝竜は相変わらず、涼しそうな顔をしてイノリたちを見下(みくだ)していた。イノリたちが与えた傷も、奴にとっては大したことがないようだ。この場に君臨する王の如く、帝竜は吼えた。――さながら、身の程知らずの愚か者に極刑を与えんと言わんばかりに。

 

 だから何だ。イノリはよろめきながらも、半ば無理矢理体を起こす。

 だからどうした。体の痛みを無視して、イノリは得物を構えて帝竜を睨む。

 

 

(“すべての竜を狩り尽せ”――!)

 

 

 イノリの奥底から溢れた思いが、意志となって体を突き動かす。

 

 

「……まだ、折れちゃいない……!」

 

 

 自分たちは知っている。何度無様に叩きのめされても、沢山の人を守るために立ちあがった人たちのことを。

 自分たちは知っている。何度も躓いて転んでも、沢山の人たちに支えられて戦い抜いた人の背中を。

 

 自分たちは知っている。――最期の最期まで諦めることなく、逃げることなく、大切な人を守るために戦い続けた英雄の背中を。

 

 体を起こしたのはイノリだけではない。地べたに這いつくばっていたリヒトとソウセイも、よろよろと立ち上がる。イノリの後に続くかのように、2人も武器を構え直した。

 ノーデンスウォッチから雑音が聞こえる。ナガミミのホログラムがしきりに何かを訴えているけれど、今はそれよりも重要なことがあった。目の前の帝竜である。

 

 

「みんなを、守るんだ……!」

 

「……そのためにも……僕らは、アレを倒さなければ……!」

 

「まだだ……まだ、戦えるぞ……!」

 

 

 壊れかけた四肢を引きずって、頼りなさげによろめきながら、それでも大事なものを守りたくて、ここに立つ。己の意志で、帝竜を討つことを選んだ。

 

 

『チッ……死ぬまでやるつもりかよ!!』

 

 

 苛立たし気な舌打ちが、どこか遠くから響いてきた。それをかき消すかのように、帝竜が吼える。

 イノリたちも身構え、応戦しようとし――次の瞬間、何かが帝竜の真横に叩きこまれた。

 

 

「え――」

 

 

 一体何が起こったのだろう。イノリたちは思わず、攻撃が飛来した方向へ視線を向けた。そこには、ISDFの制服を着た軍人たちが武器を構えている。中でも目を惹くのは、ISDFの中でも地位のある人間が身に纏う制服を着た、壮年の男性と爽やかな青年である。

 前者も後者も、場馴れしているという貫禄が伺えた。歴戦を乗り越えてきた男たちである。到底、イノリたちのようなひよっこが及ぶ相手ではない。唖然と見ているうちに、壮年の男が部下たちに的確な指示を出した。上司が上司なら部下も優秀なようで、軍人たちは即座に己の役割を果たしに駆ける。

 

 

「お前たちが食い止めたのか」

 

「あ……」

 

 

 鮮やかな指示を出した男が、厳かな眼差しを向けてきた。怒っているのか、褒めているのか、面白がっているのか、呆れているのか、ぱっと見て判断がつかない。

 何と答えればいいのか/どう反応すればいいのか分からなくて、イノリは思わず視線を彷徨わせる。リヒトやソウセイも同じようで、何とも言い難そうな表情を浮かべた。

 しかし、彼らがイノリたちに興味を示していたのはごく短時間だった。ISDFの高官軍人は、威風堂々と君臨する帝竜へと視線を向け直す。彼らの瞳に迷いはない。

 

 

「随分手負いですね、ヨリトモ提督。こいつは俺が引き受けますよ」

 

「任せたぞ、ユウマ」

 

 

 上司――ヨリトモから許可を得た部下――ユウマは、微笑を浮かべて歩き出す。帝竜の睨みを真正面から受けても、彼は一切揺らがない。

 

 それはまるで、己の命と引き換えにイノリたちを守り抜いた祖父の背中みたいだ。問答無用に非の打ちどころのない、天下無敵の“英雄(ヒーロー)”――その言葉が似合う。

 他にどんな例え文句があるのか、今のイノリには思いつかない。ユウマは帝竜との距離を大股で詰めていく。足を止めた彼は、そのまま帝竜と向き直った。

 

 

「さあ、掛かってこい。そして身を以て知れ。服従すべきは、どちらなのかを――!」

 

 

 どこからともなく風が舞う。ユウマの外套がはためき、この周辺に膨大なマナが集まり始めた。異様な気配を察知したのか、帝竜もユウマに狙いを定めた。

 ユウマは力をため込むかのように身を屈め、頭を抑えた。何かの痛みに耐えるかのような、苦悶の声が聞こえたように思ったのは何故だろう。

 爆発するように湧き上がったマナに、帝竜は怒りをあらわにした。何かの仇を取ろうとするかの如く、帝竜は高らかに咆哮する。

 

 

(――っ!!?)

 

 

 黒を帯びた、どす黒い紫――神々しくも毒々しいマナの輝きに、イノリは釘付けになった。リヒトとソウセイが戦くような吐息を漏らす姿が他人事のように思える。

 

 イノリは、自分の中にある何かがざわめいていることに気づいていた。けれどそれ以上に、ユウマの背中から目を離すことができなかった。

 帝竜が容赦なく手を振りかぶる。奴の一撃が叩きこまれるよりも先に、ユウマが右手に収束させたマナを解き放つ方が早かった。

 

 断末魔の悲鳴を上げて、帝竜がその場に崩れ落ちた。帝竜は己に待ち構える死の運命に抗おうとするかのように体を痙攣させていたが、間もなく沈黙した。

 呆気ない。イノリたちが壊滅寸前に追い込まれた相手を、ああも一撃で。リヒトとソウセイの、呆気にとられたような横顔が視界の端にちらつく。

 その間にも、ISDFの軍人たちは手早く事後処理に動いていた。上官は部下を労い、部下は涼しい顔をして頷いた。即座に上司は他の部下たちに指示を出した。

 

 

「なんですか、あの人……!? 一撃で帝竜を殴り殺すとか、明らかに禍々しいマナとか、突っ込みどころ満載じゃないですか……」

 

「ISDFの特務部隊に所属しているエースの話は知っていたが、間近で拝む羽目になるとは思わなかった……。大迫力じゃないか」

 

 

 リヒトとソウセイの会話が、耳に入ってはすぐに抜けていく。首を固定されてしまったかのように、イノリはユウマから視線を逸らせなかった。――いや、逸らさなかった。

 他の面々が動き出すの眺めていたユウマが、何かに引き寄せられたかのようにイノリを見た。彼は爽やかな笑みを湛えてイノリの方へ歩み寄ってくる。

 

 

「キミたちのおかげで楽をさせてもらいました。どうもありがとう」

 

 

 帝竜を一撃で屠る力の持ち主でありながらも、ユウマという軍人は、謙虚で礼儀正しい好青年だった。非の打ちどころがなさ過ぎて、逆に不安になるレベルである。

 しかし、ISDFの現役軍人――しかも、その風貌/若さからして、異例の大出世を遂げた人物であることは明らかである――に褒めてもらえるだなんて思わなかった。

 何とも言えない照れくささを感じて、イノリははにかんだ。自分のような未熟者には、賛辞の言葉など不釣り合いだ。本来その称賛を浴びるべき相手は、目の前にいるではないか。

 

 

「私なんて、大したことはないです。貴方の方こそ、凄いですよ。格好良いです」

 

 

 本当はもっと相応しい言葉があったはずなのに、出てきたのは陳腐でありきたりなものばかりだ。言葉にできない感謝が伝わればいいのに。それが少し、もどかしい。

 ユウマは一瞬驚いたように目を瞬かせた。鳩が豆鉄砲を食ったような眼差しは、すぐに静かで曇りのないものへ戻る。ユウマはゆるりと目を細め、静かに微笑んだ。

 

 

「俺は当然のことをしただけです。――それが、俺の使命ですから」

 

 

 揺るがぬ意志を持った響き。

 それは、帝竜を屠る前に語ったときと何ら変わらない。

 

 けれど。

 

 イノリには、先程聞いた彼の声よりも、幾分か優しく柔らかい響きのように思える。

 心なしか、目の前にいるユウマの表情もまた、温かな感情を湛えているように見えた気がした。

 

 




溢れだした感情の意味を、2人はまだ分かっていなかった。
蒔かれた種が芽吹き、花を咲かせ、朽ちて、また新しく芽吹いて花を咲かせることなど。
今の2人は、まだ知らない。――そもそも、想像してさえいなかった。

―――
圧倒的なフラグ回。やっとこさ、イノリとユウマが顔を合わせました。
ISDF勢は「今はまだ」平和です。――今は、まだ。
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