ダンジョンに竜の探索に行くのは間違っているだろうか   作:田舎の家

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第十話 神の宴

 ベルが夜通し戦い抜き、ボロボロになって帰宅して丸一日眠って目覚めた朝。

 軽く朝食を取りながら、【ヘスティア・ファミリア】の団員達は今日の予定を話し合った。

 

 ラーハルト、クロコダイン、ヒムの三人は補給物資を購入次第、午後からでも『ダンジョン』に行く事を決める。

 しかし、ヒュンケルは今回の探索には参加せず、二、三日ベルの特訓を行う事にした。

 

 「良いんですか、ヒュンケルさん? ダイさんを捜しに行かなくても」

 

 自分から望んだ事ではあるが、ベルとしてはダイ捜索の使命を持つヒュンケルの時間を、自分の為に使って貰う事には遠慮があった。

 

 「一度口にした事だ。違える心算はない」

 

 ダイの捜索を急ぎたい気持ちはあるが、この世界で出会った人と人との絆を疎かにする気はヒュンケルにもなかった。

 

 「ぐあははっ、気にするな、ベルっ! ダイの捜索はオレ達に任せておけ。おまえは、しっかりとヒュンケルに扱いて貰えば良いっ!」

 

 そう豪快に笑って、クロコダインはベルの背中をバンッと叩く。

 

 「うわっ!」

 

 前に押し出され、危うくテーブルに顔をぶつけそうになったベル。

 赤くなった背中を擦り、起き上がるベルにヒュンケルは夕べからの懸案を伝える。

 

 「だがその前に、おまえには行く所があるだろう」

 

 ベルが、特訓を受けるよりも先に行くべき所。

 それは当然『豊穣の女主人』であった。

 

 早く謝りに行けなければ、冗談抜きで命は無いだろうとヒュンケルが告げると、ベルは真っ青になった。

 彼も、それが冗談では済まない可能性を感じ取ったのだろう。

 やはり危険に対しては、敏感な感覚を持っているようだ。

 

 そんな訳で、ヒュンケル達四人は物資の補給に行き、ベルは『豊穣の女主人』に食い逃げの代金の支払いに行く事になった。

 

 そしてヘスティアは、食器棚の引き出しから取り出した物を手に、何かを決意した様子で眷族達の方を振り返る。

 

 「ベル君っ、皆っ、ボクは今日の夜……いや何日か部屋を留守にするよっ。構わないかなっ?」

 

 彼女が言うには、友人の開くパーティーに出席するらしい。

 荷物をバックに詰め、ヘスティアは部屋の外に向かう。

 

 「じゃあ、ヒュンケル君。ベル君をくれぐれも宜しく頼むよ。あ、でも、特訓だからって、怪我させちゃ駄目だからね」

 「大丈夫だ、『回復薬』は十分に用意する」

 

 ちゃんと治る怪我しかさせないと、太鼓判を押すヒュンケルに、ベルとヘスティアの顔が少し引き攣る。

 

 様々な用事を抱えつつ、今日という一日が始まった。

 

 

 

 ホームを出て物資補給に向かったヒュンケル達は、『青の薬舗』で回復薬や高等回復薬、精神力回復薬などを纏め買いする。

 これからの探索にも、ベルの特訓にも必要なのでいくらあっても構わない品物だ。

 するとヒュンケルは、眠たげな表情をしたナァーザからなぜか左手で握手を求められ、ジーと見つめられた。

 どうやら、『エリクサー』の注文の催促をされているらしいと、ヒュンケルは受け取る。

 

 『エリクサー』はとても高価な薬なので、注文を受けて生産すれば、この【ミアハ・ファミリア】が得る利益も他の薬とは段違いの額になるのだろう。

 店の様子を見るとあまり繁盛しているとは言えなさそうなので、結構切実な問題なのかも知れない。

 

 しかしナァーザには悪いが、今のところこの一行に『エリクサー』を注文する緊急性は薄いと言わざるをえない。

 ダイの『アバンの印』が二十階層で見つかった事で、今の彼らの探索階層はその実力に反して『大樹の迷宮』を中心に行われていた。

 この辺の階層に出現するモンスターでは、どう間違っても彼らに重傷を負わせる事が出来ないのである。

 

 従って『エリクサー』の必要性が無い。

 さらに積極的に金を稼ぐ心算もないヒュンケル達は、モンスターの集団から逃げ出したり、貴重な資源を見つけても無視して通り過ぎる事もしばしばで、彼らの【ファミリア】の財政には、まだそれ程の余裕がある訳でもない。

 

 結局、【ミアハ・ファミリア】への『エリクサー』注文は先延ばしになるのであった。

 

 

 

 その後も、店で食料などを購入し、ヒュンケルと別れた三人は『ダンジョン』へ向かう。

 街に残ったヒュンケルは、ベルが帰って来るのをホームで待つ前にもう一つ買い物を済ませようと、商店街として活気付いている北のメインストリートにやって来た。

 

 この通り界隈は、服飾関係で有名らしい。

 種族毎に体格差や文化の違いがある為、それぞれの専門服飾店が軒を連ねているのだ。

 ヒュンケルは、ここに着替えの服を調達しに来た。

 

 長い旅暮らしに加え、最近のダンジョン探索で服も傷んで来たからだ。

 彼が入るのは、当然ヒューマンの専門店。

 そこでヒュンケルは、シャツやズボン、下着を数着分購入する。いずれも既製品だが、大都市だけに在庫は豊富でピッタリのサイズの物が手に入った。

 

 探索に赴くクロコダイン達に『袋』を預けてあるので、買った衣類は肩に担いだバックパックに薬と一緒に入れる。

 店を出て煉瓦造りの石畳を歩くと、道にはおしゃれな格好をした人達が多い事に気付く。

 その中には、煌びやかなドレスを手にした容姿端麗な女神達の姿もある。

 

 この半月の間に、ヒュンケルも何柱かの神々を目にする機会があったが、彼らは年齢こそ様々だが皆美しい姿をしていた。

 

 その時、どんっという、小さな音がヒュンケルの背後から聞こえた。

 

 「おっと、ごめんよ、アマゾネス君! すまない、急いでいるんだ!」

 

 次の瞬間、さらに聞いた事のある声がヒュンケルの耳に届く。

 振り返ると、通りを進む見慣れた女神の後ろ姿が目に飛び込んで来た。

 

 (ヘスティア? なぜここに……)

 

 少し気になったヒュンケルは、彼女が入って行った店に近付いてみた。

 

 『今日は『宴』があるんだ、ほつれているところだけを直してくれれば、みっともなくなくなればそれで構わないからさ!』

 

 店内から聞こえる貧乏臭い発言は、間違いなく【ヘスティア・ファミリア】の主神、ヘスティアのものであった。 

 

 「………………」

 

 ヒュンケルは無言で店に入ると、困惑する店員の前で仕立て直しを懇願するヘスティアの腰に片手を回し、ひょいと持ち上げた。

 

 「うわあっ! あ、あれ、ヒュンケル君? わぁ、な、なにをするんだ君はぁ!?」

 「失礼した」

 

 店員に会釈し、そのままヒュンケルはジタバタと手足を暴れさせる女神を小脇に抱え、問答無用で店の外に連れ出した。

 人気のない路地裏までヘスティアを持って来ると、彼女を道に下ろして向き合う。

 

 「どうしたんだよ、ヒュンケル君。何で君がここにいるんだい?」

 

 乱れた服を直しつつ、突然現れたヒュンケルに疑問の視線を向けるヘスティア。

 その彼女の手には、質素なワンピースがあった。

 それ自体は、彼女に良く似合いそうな素朴な服。

 しかし、街を歩くなら兎も角、『宴』と呼ばれる場所に着て行くには庶民的過ぎる服だ。

 

 「『宴』とは何だ?」

 

 彼女の疑問を無視して、ヒュンケルはそう訊ねる。

 

 「うっ、そ、それは、その……」

 

 口ごもりつつ、ヘスティアは『神の宴』の事をヒュンケルに話す。

 それは、資産に余裕のある【ファミリア】を抱える神々が好き勝手に開く顔合わせの会合だった。

 

 「つまりは、神々の集いか。だが、『宴』という以上、それなりに恰好をつける必要があるのではないのか?」

 

 ヒュンケルはヘスティアが宴に着て行く心算だったらしい、フォーマルな感じに誤魔化した普段着を見る。

 

 「オレ達が渡した金はどうした? 300万ヴァリスはあった筈だぞ。それで、ドレスでも買えば良いのではないか?」

 

 この半月の間、ヒュンケル達は何度も『ダンジョン』に泊まり込みで潜り、『大樹の迷宮』を中心に探索を行っていた。

 あくまでダイ捜索を優先するという事で、彼らは積極的に金を稼いでいた訳ではないのだが、通行を邪魔するモンスターを殲滅し、その『魔石』と『ドロップアイテム』を回収するだけでも、それなりの大金を得ている。

 

 それらの金は、四人の手元にダンジョン探索の資金として、各自50万ヴァリスくらいを確保し、残りは全てヘスティアに【ファミリア】の貯蓄金として渡していた。

 その金額は既に300万にはなり、主神の判断で好きに使ってくれて構わないと、彼女にも話してある。

 

 どう考えても、『宴』に着て行くドレスの一着も買えない額ではない筈だ。

 他の女神達が、ドレスを用意しているのも、その宴に参加する為だろう。

 

 「あー、そのお金はだね、勿論、ちゃんと保管しているよ。でも、ほら、君達Lv6の実力者が加わってくれたから、ボクらの【ファミリア】の等級が、結構上がっちゃっただろ? その分、ギルドへの年間徴税額も多いからさ、無駄遣いは止めようかなー、なんて、は、は、は」

 

 取って付けたような言い訳をして誤魔化そうとしているが、ヘスティアの青い瞳には、何らかの覚悟が宿っているのをヒュンケルは見抜く。

 本気で節約を考えているのなら、最初から宴に出る必要はない。

 彼女が急に宴に出る必要があったとすれば、何かの目的が出来たからだと、ヒュンケルは推測する。

 

 そして、今ヘスティアが覚悟を決めて何かをしようとするならば、それは『誰』の為だろうか。

 

 (ベルの為としか思えんな)

 

 まあ、考えるまでもない事だった。

 ここ最近のヘスティアの態度を見ていれば、ベルの為なら何でもやりそうだと嫌でも判る。

 

 「『何か』を手に入れたいが、金は使えない、という事か?」

 「ギクッ!」

 

 金はある、しかし、ドレスは買えない。無駄遣いは出来ない。

 そんな状況を考察して口に出すと、ヘスティアのツインテールが空に向かって真っ直ぐ伸びた。

 汗を流しつつ、ヘスティアはヒュンケルから視線を逸らす。

 

 「……ヘスティア、もしもだが、ベルの為に『何か』を買いたい、金を使いたいと言うなら、オレ達が【ファミリア】に預けた金は、好きに使って貰って構わない」

 

 やれやれと思いつつ、ヒュンケルは彼女にそうはっきりと告げる。

 妙な遠慮をされては、彼らの方が困ってしまうのだ。

 

 「ええっ! でも、そんなの、ベル君だけを贔屓にするって事じゃないかっ。ボクは、君達皆の神様なんだよ、勝手にお金を使う訳には……」

 

 いくら大好きなベルの為でも、ヒュンケル達四人が半月で稼いで来たお金を彼一人の為に使う事は、【ファミリア】の主神として抵抗があるらしい。

 

 「贔屓と言うなら、オレ達は最初から贔屓して貰っている。忘れたか? ベルとは違って、オレ達の入団は、条件付きだ」

 

 【ファミリア】入団の際、ヒュンケル達は自由行動や脱退許可などで、ヘスティアからは便宜を図って貰っていた。

 派閥の本来の在り方を曲げても、ヘスティアは彼らの望みに力を貸してくれたのだ。

 

 「それじゃあ、本当に良いのかい? あのお金を、ベル君の為に使っても……」

 「ああ、問題ない。最初に出会った日に言っていたな、【ファミリア】とは、家族という意味だと。ならば、家族の為に使う金を、無駄とは思わん。最初から、オレ達に出来る貢献は、資金稼ぎだけだと言っているしな」

 「ヒュンケル君……」

 

 眷族の温かみに触れ、ヘスティアが感極まった様子で青い瞳を潤ませる。

 

 「では、ドレスを買いに行くぞ。オレ達の主神に、余りみっともない恰好はさせられないからな」

 

 そう言って、ヒュンケルはヘスティアを連れて高級服飾店に入った。

 店員を呼び、彼女に似合うドレスを見繕う。

 流石に最高級の品とは行かないが、ヘスティアと【ファミリア】が恥を掻かない程度に、体裁を保てる品を選ぶ。

 

 少しして、それは完成した。

 

 ヘスティアが着たのは、沢山のレースとフリルがあしらわれた蒼海色のドレスだった。ヘスティア最大の武器である立派な胸も、谷間がしっかりと強調されている。

 身に着ける装飾品は控え目、ツインテールに結っている髪を下ろして薄化粧を施し、いつもとは全くイメージが変わった女神の姿がそこにあった。

 

 「これ、本当に良いのかい、ヒュンケル君?」

 

 姿見の鑑に映るドレスアップした自分に、恐縮しつつも少しご機嫌な女神。

 

 「最高級の物を揃えた訳じゃないからな。あくまで、そこそこの物だ。気にする事もないだろう」

 「それでも、ありがとう、ヒュンケル君」

 

 素敵なドレスに身を包み、眷族に礼を言うヘスティア。

 そんな彼女をじっと見つめて、ヒュンケルは口を開く。

 

 「何をしに行くかは、あえて訊かん。だが、やるからには、逃げない事だ」

 

 その言葉に、ヘスティアがハッと目を見開いた。

 ヒュンケルの鋭い戦士の瞳と視線を交わし、彼女はゴクッと息を飲み込んだ。

 

 「勿論だよっ、ボクは君達の神様なんだぜっ!」

 

 そしてグッと親指を突き出し、女神は恰好良くポーズを決めた。

 それを見て、ヒュンケルの口元にも微笑が浮かぶ。

 

 「それと折角、恰好を整えたのだから、宴の料理を箱に詰めて持ち帰って来るような真似は、禁止だ」

 

 ついでなので、この間まで貧乏神だった彼女がやりそうな事も注意して置く。

 

 「ドキッ!! な、なんで判ったんだいっ!?」

 「まさか、本当にやる気だったのか……?」

 「引っ掛けかーっ!!」

 

 こうして、ヘスティアは『神の宴』にドレス姿で出席する事になり、ヒュンケルはベルの特訓の為にホームに戻ったのであった。

 

 

 

 正午を過ぎてヒュンケルがホームに戻ると、ベルもそこに帰って来ていた。

 無事に生きているところを見ると、『豊穣の女主人』の女将ミアやウエイトレスの女の子達から許しを貰えたのだろう。

 

 「では、覚悟は良いな、ベル」

 「はいっ!」

 

 ヒュンケルはベルと共に、古代の神殿の残骸が転がる、人気のない地区に来ていた。

 これから行う特訓は、周りに人がいると迷惑になるからだ。

 

 「今からオレが教える技の名は、『アバン流刀殺法』という。オレの剣の師である、勇者アバンが創始した剣術だ」

 「ヒュンケルさんの師、勇者アバン……。確か、ダイさんを鍛えた人の名前ですよね?」

 

 以前聞いた話では確かそうだったと、ベルは思い出す。

 

 「そうだ。アバンは、今から十五年前、やはり世界を征服しようとした魔族、魔王ハドラーの軍勢と戦い、世界を救った人間の『勇者』なのだ」

 

 魔族の中でも、【魔王】を名乗る程の戦闘能力と魔力を得るに至ったハドラーは、大魔王バーンの計画以前に、地上侵攻を行なった。

 アバンは三人の仲間と共にそれに立ち向かい、ハドラーを倒して世界を救ったのである。

 

 「その後、アバンは勇者の家庭教師として、後進を育て始めた。オレがその『アバンの使徒』の最初の一人だ」

 「伝説の勇者の一番弟子……、それじゃあ、ヒュンケルさんが僕に教えてくれるのは、『勇者』の使う剣術なんですかっ!?」

 

 世界を救った勇者、即ち『英雄』の編み出した剣技。それを学んだ剣士が、さらに自分に教えてくれる。

 その事実に、ベルは自分の体温が上昇するのを感じた。

 

 「まずは見ていろ、これが『アバン流刀殺法』地の技、『大地斬』だっ!」

 

 そう言うなり、ヒュンケルは腰の鞘から『覇者の剣』を引き抜き、跳躍する。

 近くにあった一際大きな瓦礫の柱に飛び乗ると、片手に握った剣を、無造作に、だが己の中にある『力』の流れの全てを把握して振り下ろした。

 

 「『大地斬』ッ!」

 

 その瞬間、数人が手を繋がなければ届かないような太い石柱が、真っ二つに切り裂かれる。

 

 「うわっ!」

 

 その光景を目にし、ベルが思わず叫んだ。

 ずり落ちた石柱の残骸が砕け、土埃が舞う。

 

 「そして、海の技、『海破斬』ッ!」

 

 さらに振るわれる剣の一閃。

 

 しかし、ベルの眼には、それを映す事が出来なかった。

 Lv1である彼の動体視力では、残像しか見えない程の速さ、即ち、音の伝わる速度を超えるスピードの剣撃が、もうもうと立ち込める土煙を綺麗に両断する。

 

 「空の技、『空裂斬』ッ!」

 

 構えたヒュンケルの剣が、瞬時に光に包まれた。

 刀身から煌々と光を放つ剣を、土煙が二つに割れて見通しが良くなった空間目掛けて、振り下ろすヒュンケル。

 

 ベルは見た。

 刃に収束した光が、そのまま光の斬撃となって前方に飛んで行く光景を。

 光の刃は標的とされた残骸の石柱に当たり、それを粉々に撃ち砕いた。

 

 三つの技を放ち、何事もなかったように剣を鞘に納めるヒュンケルをベルは見つめる。

 今までの特訓では、ベル相手に手加減をしていた為に感じ取れなかった、Lv6の頂きに立った戦士の力。

 それを目の当たりにして、唖然とするベル。

 彼が憧れる少女と同じく、目指す高みは果てしなく遠いようだった。

 

 

 

 力を落とし加減した演武を終え、ヒュンケルは今の技の内容をベルに説明する。

 『アバン流刀殺法』を構成する三つの技。

 

 即ち、力の技『大地斬』。

 スピードの技『海破斬』。

 光の闘気を操る『空裂斬』。

 

 「これらの技を身に付けた者は、大地を斬り、海を斬り、空を斬る事が出来る。そして、その先には全てを斬る事も可能になるだろう」

 

 ヒュンケルの語る『アバン流刀殺法』の真髄に、ベルがゴクッと大きく息を飲んだ。

 

 「全てを斬る技、アバン流の奥義、それが『アバンストラッシュ』だ。アバンが生み出した、【魔王】を倒す【勇者】の一撃だな」

 

 その一撃は魔王ハドラーを倒し、大魔王バーンの片腕を斬り落とした。

 

 「まあ、全ては最初の技『大地斬』を習得しなければ、意味がない」

 

 『大地斬』は力を制御し、一切の無駄なく刃に力を集中させる剣技。

 極めれば、岩であろうが、城であろうが真っ二つに出来る。

 

 「あの、それじゃあ、ヒュンケルさんは、その『アバンストラッシュ』という必殺技も使えるんですか?」

 「使おうと思えば、使えるだろう」

 

 既に三つの基本技をマスターしている今のヒュンケルなら、完全な『アバンストラッシュ』を放つ事は可能であった。

 

 「だが、オレには、この技を使う意志も資格もない。『アバンストラッシュ』は、アバンの正統な後継者であるダイの技だからな」

 

 特に魔道に堕ちた己を恥じるヒュンケルとしては、師の名を冠した技を使う事には、どうしても抵抗があった。

 

 「でも、それだと、ヒュンケルさんが全てを斬らないといけなくなった時には、どうするんですか?」

 

 必殺技を封じるのでは、強敵との戦いの時に困りはしないかと、ベルは訊ねる。

 

 「オレには、オレの技がある。皮肉な事に、アバンを倒そうとして編み出したものだが、今のオレが使うなら、力、スピード、闘気が三位一体となり、『アバンストラッシュ』と同格の威力を持つ技になるだろう」

 

 ヒュンケル自身が編み出した必殺技、その名は『ブラッディースクライド』。

 今ではその威力が『アバンストラッシュ』に優るとも劣らぬという、確かな自信がヒュンケルにはあった。

 

 「だが、それはオレのオレ自身への拘りだ。ベルならば、使っても問題はあるまい。使えるようになりさえすればだがな」

 

 この少年なら、アバンも文句は言わないだろう。

 なぜかヒュンケルは、自然とそう思えた。

 

 「本当に、僕にも出来ますか?」

 

 目の前で見せられ、語られる驚異的な剣技『アバン流刀殺法』。

 正直言って今の自分には遠すぎると、ベルは思った。

 

 「アバン著作の書物『アバンの書』には、一週間で勇者になれる特訓スケジュールが記してあったな。ベルも挑戦してみるか?」

 

 ヒュンケルは、暗記するまで読み込んだ『アバンの書』の内容を思い出す。

 その書は、勇者アバンが、その武芸、呪文、精神の全てを後世の為に書き記した手書きの本であった。

 その中に記されていたのは、一週間で勇者になれる『特別』ハードコースの特訓方法。

 

 「ええっ、一週間で勇者になれるんですかっ!?」

 

 そんな事が出来るなら、ぜひやってみたい。

 ベルは無邪気にそう考えてしまった。

 

 「その代り、厳しい修行になるぞ?」

 「はい、お願いしますっ」

 

 それでも、『英雄』に一歩近づけるのならば、『彼女』の横に並ぶ為ならばと、ベルは恐るべき契約書にサインしてしまうのだった。

 

 

 

 廃墟地区で、ヒュンケルとベルは対峙していた。

 ダンジョンでの無茶な戦いで負ったベルの傷は、高等回復薬で完治している。体調も、丸一日休めた事で回復していた。

 アバンが構築した『特別』ハードコースの特訓は、通常の訓練コースに加え、早朝と夕方にも猛特訓が課される。

 つまり、朝から晩までの過酷な修行が一週間続くのであった。

 

 成し遂げれば一週間で勇者になれるかもしれないが、今まで、これをやり遂げた者は誰もいない。

 『ドラゴンの騎士』であり、元々鍛えてもいたダイであったならば可能だったかもしれないが、彼の修業は三日間で強制終了してしまった。

 

 これからベルがやろうとしているのは、そんな無茶苦茶な修行であった。

 

 

 

 ベルは、張り詰めた緊張の中にあった。

 今までのヒュンケルとの訓練では、感じ取れなかった、切り裂かれるようなプレッシャーを受けているからだ。

 この半月の間はド素人相手の基礎訓練だけだった為に、ヒュンケルも自然体でしかベルの相手をしていなかった。

 

 しかし、今日からは違う。

 本気で師弟として向き合った時、ベルの前に立つのはLv6の戦士であった。

 

 「脅えているな、ベル」

 

 片手に訓練用の『ひのきの棒』を構え、無造作に正面に立つヒュンケルが言った。

 

 「っ!」

 

 図星を差され、ベルの足が僅かに震える。

 

 「自分よりも強い者と戦うのは、怖いか?」

 

 ミノタウロスに襲われ、殺される寸前まで追い込まれた話はヒュンケルも聞いていた。

 だが『英雄』を目指すのならば、これからベルが挑まなければならない相手は、常に自分よりも強い者になる筈だった。

 

 「……ヒュンケルさんも、自分より強い相手と戦ったんですよね? もう駄目だとか、思った事はないんですか?」

 「ああ、あったな。だが同時に、絶対に負けられんと、足掻いても来た」

 

 魔王軍との戦いでは、彼とて幾度となく死を覚悟させられた。

 それでも恐れを克服して戦い続けられたのは、身体に受ける痛みが、流れ落ちる血と汗が、自分の犯した罪を洗い流してくれると信じたから。

 そして、そんなヒュンケルを信じてくれる、仲間達の為でもあった。

 

 「ベル、おまえが本気で強くなりたいのなら、いつかは、自分の中にあるその恐怖と戦わなければならなくなる。その時の為、オレには上手い事が言えないのでな、ここはオレの師の言葉をお前に聞かせて置こう」

 「ヒュンケルさんの師匠……、勇者アバンという人の言葉ですか?」

 

 【勇者】の言葉と聞き、ベルが背筋を伸ばす。

 それを見て、ヒュンケルはかつてアバンから聞いた言葉を口にした。

 

 『負ける時は、力の全てを出し尽くして思いっきり負けなさい。そうしないと、絶対に今より強い自分にはなれませんよ』

 『最後の最後まで、己の力を出し尽くして戦い抜く。それが、真の戦士です』

 

 ヒュンケルが追い詰められた時、彼を再び立ち上がらせたのは、一度は憎んだ師の言葉だった。

 

 「力の全てを出し切っての敗北ならば、恥じる事はない。おまえがいつか、その恐怖の対象と戦う時が来たら、思い出せ」

 「は、はいっ!」

 

 その言葉を聞き、ベルはギュッと手を握り締める。彼とて判っていた。強くなる事を目指すなら、いつか再び、あの『ミノタウロス』と戦う日が来る事を。

 その時逃げない為に、最後まで諦めずに戦う為に、これからの修業を精一杯やろうと、ベルは思った。

 

 「そうだ、諦めなかった者だけが奇跡を起こす。ダイやポップのようにな」

 「ポップさんですか? ヒュンケルさん達と一緒に、大魔王と戦った仲間なんですよね」

 

 以前の話で、ベルはその名前も耳にしている。

 最後までダイと共に戦った、強力な魔法を使う『大魔道士』。

 

 「そのポップも、最初はおまえと同じように、ただの田舎の村人に過ぎなかった」

 

 ただの村の少年がアバンに弟子入りし、魔法を学び、そしてダイに出会った。

 

 「旅の最初の頃のあいつは、情けない男だったそうだ。だが、仲間との出会いや強敵との戦いを経て、ポップは成長して行った」

 

 ドラゴンの騎士とアルキード王国の姫の間に生まれた、ダイ。

 パプニカ王国の王女にして、賢者の卵、レオナ。

 勇者アバンと共に魔王と戦った、『英雄』を両親に持つ、マァム。

 幼い時から光と闇、善と悪の闘法を学んだ、戦闘の申し子、ヒュンケル。

 

 『アバンの使徒』に選ばれた他の四人が、文字通り『選ばれし者達』だったのに対して、ポップだけはただの村人。

 しかし、そのハンデを『勇気』を持って覆した時、彼は仲間達の中でも最も成長した者となった。

 

 「最後には、ダイと共にバーンにも臆せず立ち向かい、『人』の力を大魔王に見せつけてやった」

 

 ただの人だったからこそ、ポップは勇者を鼓舞し、大魔王にも屈しなかった。

 

 「ベル、強くなりたいのなら、今の自分を超えたいのなら、諦めるな。そして『勇気』を持て。勇気を持って諦めなかった者が、奇跡を起こす」

 

 最後の最後まで諦めなかった少年達。

 勇者や英雄とは、本当はそんな諦めの悪い、馬鹿な者達の事なのかも知れない。

 

 「ヒュンケルさんの仲間の人達は、皆凄い人達なんですね……」

 

 ただの村人から『英雄』になったポップの話を聞き、ベルはまだ見ぬ偉大なる『大魔道士』に憧れを抱く。

 自分もいつか、そんな『英雄』になりたいと。

 

 そんなベルの様子を見て、ポップの普段の様子については口を噤んで置く事にしようと、ヒュンケルは思う。

 

 そして、『特別』ハードコースの特訓は始まった。

 

 

 

 ベルに課される特訓は、彼が魔法を使えない為に魔力を高める為の瞑想を除外し、ひたすら剣術と格闘技の模擬戦を行う事になった。

 

 ベルのナイフを、ヒュンケルが『ひのきの棒』で弾き、いなし、受ける。

 同時に、ベルの隙を指摘するように、棒が彼の身体を叩き、拳が、蹴りが飛ぶ。

 それをひたすら繰り返し、負傷したベルには『ポーション』を飲ませて回復させる。

 

 叩きのめし、殴り、蹴る。

 ポーションで回復。

 ベルに息も吐かせずに相手を攻めさせ、体力の限界を見極めさせる。

 倒れても、倒れても、回復薬は十分に用意されていた。 

 

 そして、日が沈み、辺りが真っ暗になった頃ベルは動かなくなった。

 

 「大丈夫か、ベル?」

 

 ヒュンケルが声を掛けるが、返事がない。

 屍にはなっていないようだが、指一本動かせないようだ。

 

 「……今日の特訓は、ここまでだな」

 

 やはりベルには、この密度とスケジュールでの特訓は無理だったようだ。

 半日の『特別』ハードコースであったが、ベルの限界は見極められた。

 明日からは、通常コースの特訓に切り替え、時間を掛けて『アバン流刀殺法』を身に付けさせようと、ヒュンケルは判断する。

 

 彼は動かないベルを担いで、ホームの教会に戻った。

 

 

 

 その場所は、象の頭を持つ巨人像。

 迷宮都市オラリオでも、最大の構成員を抱える大派閥【ガネーシャ・ファミリア】のホーム『アイアム・ガネーシャ』。

 【ファミリア】の主神ガネーシャによって開かれる『神の宴』は、そんな奇天烈な建物で行われるのであった。

 

 下界に降り立った神々が、顔合わせの為に開く会合『神の宴』。

 大派閥の主催だけあって、会場となった大広間には人が溢れ、オラリオのほとんどの神々も集まっていた。

 【ガネーシャ・ファミリア】の主神、ガネーシャが、数日後に迫った『怪物祭』への協力を他の神に呼び掛ける中を、ドレスアップした【ヘスティア・ファミリア】の主神、ヘスティアが歩く。

 

 『おい、ロリ巨乳がドレス着ているぞ』

 『貧乏神じゃなくなったって、噂は本当だったのか?』

 『でも、あいつ北の商店街でバイト頑張ってるぞ、露店で客に頭撫でられてた』

 『訳が判らんな、ロリ神は……』

 

 半月前までとは違う彼女の様子を餌に、神々が話に興じていた。

 既に貧乏で無名の神だった筈のヘスティアが、第一級冒険者を四人も眷族に迎えた事はオラリオ中の噂になっている。

 好奇心の塊で暇を持て余している神々がそれを無視する筈がなく、この場にも情報収集の為に足を運んだ者もいるのだ。

 

 そして、その噂を肯定するかのような、ドレス姿のヘスティア。

 

 「目立ってるわよ、あんた」

 

 そのヘスティアに真っ先に声を掛けて来たのは、燃えるような紅い髪に真紅のドレス、そして大きな眼帯で右目を隠した美貌の女神。

 

 「ヘファイストス!」

 「ええ、久し振りヘスティア。元気そうで何よりよ。それに……意外とマシな姿を見せてくれたわね」

 

 【ヘファイストス・ファミリア】の主神、ヘファイストス。

 ヘスティアの神友にして鍛冶神でもある彼女こそが、下界に降りて来てからグータラな生活を送っていた彼女を追い出し、あの教会の隠し部屋を恵んでくれた面倒見の良い神物であった。

 

 「いやぁ良かった、やっぱり来たんだね。ここに来て正解だったよ」

 「何かしら、お金ならもうある筈だし……?」

 

 そしてヘスティアとヘファイストスが、神友同士のいつもの軽いやり取りをしていると、もう一柱、彼女達に近付く神がいた。

 

 「ふふ……相変わらず仲が良いのね」

 「え……フ、フレイヤっ?」

 

 現れたのは、完璧なプロポーションに比類なき美貌を持つ美の女神。

 【フレイヤ・ファミリア】の主神、フレイヤ。

 

 食えない性格をしたこの神が、ヘスティアは苦手だった。

 余り関わりたくはないが、それでも世間話を断る程の相手でもない。

 彼女にとっての天敵の神は、別にいるのだ。

 

 「おーい! ファーイたーん、フレイヤー、ド、ドチビ……??」

 

 そのヘスティアが大嫌いと公言する神も、この場にやって来た。

 大きく振っていた手を硬直させて、フラフラと歩み寄る女神。

 朱色の髪と、細い目から覗く朱色の瞳を持ち、黒いドレスを着こなしている。

 【ロキ・ファミリア】の主神、ロキ。

 

 「なんで、ドチビがドレス着てるんやーッ、折角、貧乏神のドチビを弄り倒そう思って、来てやったんやぞーっ!!」

 

 ヘスティアを馬鹿に出来る機会を逸し、悔しがる女神ロキ。

 

 「フン、そんな事の為に、態々来たのかい、君も暇だねー」

 「くくっ! だが、そんなドレスを着てるちゅう事は、あの噂もマジやって事か、ドチビ?」

 

 忌々しそうにヘスティアを睨みつつも、ロキは気になる情報の確認を怠る事はしなかった。

 

 「どんな噂だい?」

 「恍けても無駄や。うちんとこにも、情報は流れとる。最初は信じられへんかったけど、ドチビが、あのドチビが、第一級冒険者を四人も眷族にしたってなー」

 

 そのロキの言葉に、その場にいたヘファイストスとフレイヤだけでなく、周りの神々全てがヘスティアに注目する。

 訊き辛い事を彼女が堂々と訊いてくれたので、皆がそれに便乗したのだ。

 

 「それは、まあ、事実だよ。でも、その前に、ロキに訊きたい事があるんだ」

 

 ヘスティアはロキに、彼女の【ファミリア】に所属するアイズ・ヴァレンシュタインについて質問した。

 主に、彼女の男性関係について。

 そして、ロキの答えは完全否定。  

 アイズはロキに徹底的に可愛がられており、男は指一本触れられない様子だった。

 

 「ちッ!」

 

 ヘスティアは、悔しそうに舌打ちをする。

 これでベルがアイズに近付く可能性が、限りなく低くてもゼロではなくなってしまったからだ。

 

 「それで、この前まで『【ファミリア】に入ってくれなくて子供達は目がなーい』、なんて言ってたのに、どうやって、第一級冒険者をスカウト出来た訳?」

 

 ヘファイストスが、ヘスティアにそう訊いた。

 

 「そうや、そうや、なんでうちんとこやフレイヤみたいな、大派閥の門を叩かずに、ドチビの貧乏【ファミリア】なんぞに入る気になったんや? おお、それとも、Lv詐欺でもやらかしとるんか?」

 

 気に入らないヘスティアが、自分の派閥の最強戦力と同じ三人のLv6を得た事に納得行かないロキが、因縁を付けて来る。

 

 「そんな事が、ある筈ないだろ。君は、ボクが眷族の【ステイタス】も読めないと思っているのかい? 彼らは間違いなく、第一級冒険者の実力を持っているよっ!」

 

 眷族達の名誉にも関わる話なので、ヘスティアも引けずにそう言った。

 

 「ふうん、やっぱり、嘘や間違いじゃないみたいよ、ロキ」

 「……なら、面倒な真似をしてくれるわ、ドチビは」

 

 ヘスティアの様子を観察し、フレイヤとロキ、二柱の女神は彼女が嘘を吐いていない事を確信した。

 それは同時に、オラリオ最強の二大派閥を率いる彼女達にとっても、無視は出来ない事態という事になる。

 これまでLv6に至った眷族を従える神は、オラリオでは彼女達だけだったのだから。

 

 「……言って置くけど、ボクも彼らも、君達と違ってオラリオの覇権争いなんかには、興味ないよ。へんな勘違いは、しないで欲しいね」

 

 少し雰囲気が変わった事に気が付き、ヘスティアは声のトーンを落としてそう言った。

 いくら第一級冒険者を眷族にしたといっても、所詮【ヘスティア・ファミリア】は現時点では団員五人の小規模派閥に過ぎない。 

 

 それに対して【ロキ・ファミリア】【フレイヤ・ファミリア】は、七人、八人の第一級冒険者を有し、さらにはLv3、Lv4の実力者を多数抱えていて、その戦力の層の厚さにはどこの派閥も太刀打ち出来ない。

 

 質だけでなく数も揃えた強者達を束ねるのが、トリックスターの神ロキと美の女神フレイヤなのである。

 

 「まあ、ヘスティアがそう言うのなら、そうなんでしょうね、ロキ?」

 

 元よりフレイヤは、そんな事は疑っていない。

 

 「ふんっ! 喧嘩売って来たなら、叩き潰してやる思ったんやけどなー」

 

 曲者が多い神々ではあるが、ヘスティアには妙な信用があった。少なくとも、この女神が悪事には加担しないと、ロキも知っていた。

 

 「それにしても、それだけの実力者なのに、四人とも、今まで全く名声や噂を聞いた事がないわね。いったい、何処でどうやって【ランクアップ】して来たのかしら?」

 

 眷族達の実力が事実ならば、今度は別の疑問が生まれて来る。

 オラリオ以外の場所でも、『恩恵』を昇華し【ランクアップ】する事は可能である。

 しかし『ダンジョン』以外の場所では、強力なモンスターがいない為、Lv3くらいが限度と言われていた。

 

 一部特殊な例で、高レベルの戦力を有する世界勢力もあるが、その数は多くはない。

 いずれにしても、Lv5以上に至った強者でありながら、全く無名という者は極めて奇異な存在なのである。

 

 「まあ、事情は色々あるのさ。でも、彼ら四人は、皆立派な心構えを持った戦士だよ。ボクがそれを確認して、眷族にしたんだからね」

 

 フレイヤの質問に、ヘスティアが答える。

 炉の女神にして、家庭生活の守護神が認めた眷族。例え身元不明であろうとも、その子供達が邪まな意図を持つ筈がないのであった。

 

 「……それで、どーやって、その子達をスカウトした訳?」

 

 話が危険な方向に行かない内に、ヘファイストスが質問を戻した。

 

 「別に特別な事はしていないよ。彼らが、派閥の規模なんて小さくても構わない、徳の高い神の率いる【ファミリア】に入りたいって、言っただけさ、は、は、はっ!」

 

 ちょっと誤魔化す為に、ヘスティアが明後日の方向を向いてわざとらしく笑う。

 事実ではあるが、微妙に違っている。

 ヒュンケル達が求めていたのは、異世界から来たという彼らの事情を知っても受け入れてくれる、話の判る神とその団員だった。

 偶々、最初に出会った神であるヘスティアには眷族がおらず、一緒に入った唯一の団員ベルが素直な少年であった為に起こった偶然である。

 

 そんな事をのたまうヘスティアを、三柱の女神達が白い目で見た。

 詳しい事情は話す気がないと、察したからだ。

 

 各【ファミリア】には、それぞれ秘密にしている事柄の一つや二つは在るものと、皆知っている。それは団員の魔法やスキルを始め、裏の人脈や、情報等の事だ。

 おそらく、突然現れた第一級冒険者だというヘスティアの眷族にも、他派閥には知られたくない秘密があるのだと、女神達は考える。

 

 しかし、それを無理に暴こうとすれば派閥間の争いになってしまう。

 その場合、Lv6三人の戦力は決して無視出来ない。

 Lvが一つ違えば、通常四、五人で掛からなければ勝利は難しい。

 二つ違えば、十人、二十人いなければ戦いにならず、三つ違えば、百人掛かりで立ち向かっても全滅しかねない。

 

 無論、魔法やスキル、戦術を駆使すれば結果は違って来るが、単純な力だけで計算すると、Lv差というのは、それ程の脅威なのだ。

 

 それもあってか、ロキとフレイヤもそれ以上の追及はして来なかった。

 彼女達も、情報不足のまま動くような、愚か者ではない。

 今の段階では、【ヘスティア・ファミリア】への干渉は保留。

 それが都市最強の二大派閥を率いる二柱の女神が、心中で出した答えだった。

 

 

 

 そして、些細な言い合いから、ヘスティアとロキとの間で争いが勃発する。

 それは、持つ者と持たざる者の醜い争い。

 争いは激しさを増し、周囲の神々をも巻き込む。

 

 だが結局、その戦いは多くの過去の例と同じく、持つ者の勝利に終わる。特に今回は、いつもの凶器に加え、さらに凶悪な武装を用意していた為にヘスティアの圧勝である。

 

 非常に個人的な戦いに敗れたロキは、泣きながら会場から遁走して行くのであった。

 

 「ふっ、勝った」

 

 赤くなった両の頬を手の平で押さえつつ、ヘスティアは勝利を宣言した。

 

 「で、さっきの続きだけど、もう一人、あんたの【ファミリア】に入った子がいるんでしょ?」

 

 よたつくヘスティアを、後ろから支えながらヘファイストスが訊ねる。

 

 「そうだよ、ベル君だ」

 

 自分には勿体無いくらい良い子だと、ベルの事を自慢げにヘファイストスと話すヘスティア。

 すると、なぜかフレイヤが用は済んだと、会場を去って行った。

 

 「何だったんだい、フレイヤの用事って?」

 「さあ?」

 

 二柱の女神が首を捻った。

 

 そして、ここからが本番だった。

 鍛冶神ヘファイストス率いる【ヘファイストス・ファミリア】。それは、世界的ブランドを生み出す、『鍛冶師』の派閥。

 ヘスティアが神の宴に足を運び、彼女に会いに来た理由、それは全てベルの為。

 

 「ベル君にっ……ボクの【ファミリア】の子に、武器を作って欲しいんだ!」

 

 

 二柱の女神の協力によって、後に伝説となる武器が生み出される。 

  

  

 

 

 

 

 

 

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