ダンジョンに竜の探索に行くのは間違っているだろうか 作:田舎の家
ヒュンケルが意識を取り戻した時、彼の手には、専用の鞘に納められた『ダイの剣』が握られていた。
その周囲には、他の三人も倒れている。
「皆、大丈夫か?」
上体を起こし、声を掛けると、彼らはすぐに目を覚ました。
「ここが異世界なのか?」
目覚めた場所から、周りを見渡すラーハルト。
そこは険しい山中のようで、灰色の岩盤を露わにした無数の山嶺が見える。
「だが、森も見える。人気は無いようだが、元の世界と比べても奇異な様子はないな」
クロコダインが巨体を揺らして、そう言った。
「なんだよ、いきなり化け物でも出て来るのかと思っていたのに、拍子抜けだな」
ぐりぐりと肩を回すヒムは、つまらなそうだ。
彼らが思った通り、ここは元の世界で良く知る、自然豊かな山奥と変わらない場所だった。
「まずは人里に出て、誰かと接触しなければ始まらん。オレ達は、ここでは完全な異邦人のようだからな」
ここがどのような世界かは不明だが、最初にやる事は人間を捜して話を聞く事だろう。
ダイを捜すどころか、自分達の身の置き所も不明なのが現実だ。
「それじゃあよう、コイツを使って、人間に変身しておいた方がいいんじゃねえか?」
ヒムが、首に掛けた『変化の首飾り』をチャラッと鳴らす。
「そうだな、ラーハルトならまだ誤魔化し様があるが、オレやヒムをモンスターの事を知らない者が見たら、腰を抜かすかも知れん」
巨体を誇る蜥蜴人に、銀色のボディを持つ金属人は、控え目に言っても凄く目立つ。
この世界でのモンスターの存在がどのようなものか判らない以上、情報収集の為に人と接触するなら、逃げられるような事は避けたい。
「では、使ってみるか」
ラーハルトは首飾りに触れ、念じてみた。
すると、彼の青い肌と尖った耳に変化が起こる。魔族の青い肌は白くなり、耳の形も丸くなった。
元々人間とのハーフであるラーハルトの容姿は、人に近いので、見た目の変化はそれだけだった。
「それじゃあ、オレも」
ヒムが念じると、やはりその金属の肌が人肌に変わった。
それだけでなく、金属体には見られなかった、耳や生殖器まで現れ、見た目は完全に人間の男になった。
「おお、こりゃすげえっ!」
自身の肉体の変化に、ヒムが感激した。
勿論、変身したとしても、ヒムの戦闘能力に変化はない。
「次は、オレか」
クロコダインも、首飾りの力で人間に変身する。
2Mを軽く超える巨体をそのままに、赤緋色の髪を持つ隻眼の巨漢がそこにいた。
蜥蜴人が人間に変わったので、最も変化が激しいのがクロコダインなのだが、その顔には、確かに元の彼の面影が残っている。
「フム、これが人間の身体か。どうにも、尻尾が無いとバランスが取り難いな……」
その姿で歩くクロコダインは、少しギクシャクしていた。
そうして、魔法の道具の力で人間の姿になった彼らは、精霊から貰った武装も装備してみる。
ヒュンケルは『神秘の鎧』を身に着け、腰に『覇者の剣』を帯剣し、背中に『ダイの剣』を背負うと、指に『スーパーリング』を嵌めた。
片側の腰に『袋』を吊るし、旅のマントを羽織れば、準備は完了だ。
ラーハルトは『星降る腕輪』を腕に嵌め、ヒムは貰った『旅人の服』を着込み、生まれて初めてブーツも履いた。
クロコダインも服を着ると、『メタルキング』の名を持つ武具を全身に装着し、『グレイトアックス』と『破壊の鉄球』を背負う。
「行くぞ」
そして一行は、山の中を進み始めた。
山中を歩くヒュンケル達が最初に発見したのは、険しい山道であった。
「獣道とは違う。明らかに人の手が加わっている道だな」
「じゃあ、人間がいるって事か?」
異世界での人間の存在証明。少なくとも、道を整える技術や必要性を持つ種族がいる事は間違いない。
一行は、その道を進んでみる事にした。
そして、暫く進んだその先で、彼らは、見た事のないモンスターから遠巻きに威嚇される人間を目撃した。
『ィアアアアアアアアッ!!』
甲高いモンスターの鳴き声が、山道に轟く。モンスターは人間に襲い掛かっては行かないものの、その場を離れようとはしない。
囲まれた数人の若い男達が、手に持った山刀や弓矢でモンスターを牽制している。
「おい、人間がいるぞっ!」
「モンスターもだな、オレも見た事のないやつだ」
彼らが目にしたのは、女のような上半身に両腕の代わりに翼が生え、汚い羽毛に覆われた猛禽の下半身を持つ、半人半鳥のモンスターだった。
その狂った老婆のような顔を持つ鳥型モンスターが、十匹程で、数人の若者を囲み、怪鳥のような鳴き声で威嚇している。
「助けるぞっ!」
その状況を確認すると同時に、ヒュンケルが飛び出す。
(身体が軽いっ!)
ヒュンケルは、自身の肉体の復活を実感した。
今まで鉛のように重かった手足が思い通りに動く。疾風のような速さで両足が大地を駆け抜け、抜刀した『覇者の剣』は、吸い付くように手に馴染み、彼と一体化する。
新たに現れた人間に気付いたのか、半人半鳥のモンスター達は、一声大きく鳴くと、何故か男達を無視してヒュンケル達の方に殺到した。
向けられるのは、純粋な殺意と狂気。
少なくとも、話が通じるようなモンスターには見えない。
だが、動いたのはヒュンケルだけだった。
他の三人は、それで十分だという事を、理解している。
ヒュンケルは、一呼吸も必要とせずにモンスターとの距離を詰めると、『覇者の剣』を一閃させた。
空中に光の残像を残す、稲妻の如き斬撃は、鳥型モンスターが殺された事に気が付く間もなく、その首を刎ね飛ばす。
その斬撃が、文字通り目にも止まらぬ速さで十度繰り返されると、同じ数のモンスター達が、地面に屍を晒していた。
助けられた男達は、ポカンと口を開けていて、何が起こったのかを理解していない。
だが、他の三人は、ヒュンケルの剣技を確かに見ていた。
「おいおい、これがあいつの本当の技なのかよ……」
ヒムが若干悔しそうに唸る。
ヒュンケルとは何度も戦った事のあるヒムだが、その時のヒュンケルは、ラーハルトから託された『鎧の魔槍』を装備していた。
元々持っていた『鎧の魔剣』を失い、友に託された武装を使用してはいたものの、彼の本来の得物は、幼少期から愛用していた剣である。
槍は素人でしかないのを承知の上で、ヒュンケルは『鎧の魔槍』を最後の戦いまで使い続けた。
そして、今『鎧の魔槍』は本来の持ち主であるラーハルトの手に戻り、ヒュンケルが持つのは、『覇者の剣』だった。
『魔剣戦士』とまで呼ばれたヒュンケルが、漸く本来の力を発揮出来る武器を手にしたのだった。
「それだけではない。おそらく、『世界樹の雫』で弱っていた身体を治した事も影響している」
ラーハルトは、ヒュンケルの動きから、彼の身に起きた肉体の超回復によるパワーアップを感じ取った。
「完全に復活したな、ヒュンケル」
クロコダインも友の復帰に、笑みを浮かべた。
剣を鞘に納めると、ヒュンケルは自分が倒したモンスターを見た。
半人半鳥のそのモンスターは、彼から見れば、そう強い敵ではなかった。魔法も使ってこなかったし、動きも、肉体の強度も、低級のモンスターのものだ。
だが、倒したモンスターの中に、死ぬと同時に、屍が灰の塊に変わったものがいた。
これはいったい、どういう事だろうか?
「あ、ありがとうございます」
助けられた若い男達が、一行に感謝の言葉を言って来た。
(話す言葉は同じか、これだけでも助かるな……)
もしも、言葉まで異なる世界に来たなら、出だしから苦労するところだった。
それに、見たところこの人達は、彼らの世界にいた人間となんら変わらないように見える。
やはり、この世界にも人間は居たのだ。
「いえ、無事で何よりです。それより、訊きたい事があるのですが……」
ヒュンケルは、自分達は旅の者で、道に迷ったと彼らに説明した。
そして、人里への道を訊ねる。
「それでしたら、我々の村にお越し下さい。小さな村ですが、歓迎いたしましょう」
「村?」
「はい、この先にある『エダス村』です」
一行は、こうして異世界の住民と接触したのであった。
そこは、周囲を険しい絶壁で閉じられた山間部にある小さな人里だった。
「見た事のない種族がいるな……」
村に入って、ラーハルトの目に最初に飛び込んで来た光景は、村人の中に混じる人間とは違った姿をした人々だった。
がっしりした横に大きな体格の男や、長い耳を持つ白い肌に細身な女性、それに獣のような耳や尻尾を持つ者までいる。
どうやらこの異世界では、人間以外の様々な種族が一緒に暮らすのが普通の事のようだった。
「それより、コイツはなんだ?」
「うむ、何とはなしに、強い威圧を感じるな」
ヒムとクロコダインは、村と森の境目に置かれた黒い石碑のような物に着目していた。
二人はその物体から、耐えられない程ではないが、何らかの力の波動を受けていた。
「ああ、それは黒竜様の鱗ですよ」
同行して来た村人が、そう教えてくれた。
「黒竜?」
不穏な単語を聞き、ヒュンケルが訊ねる。
所々聞いた事の無い単語が混じっていたが、村人の説明によると、古代に『隻眼の黒竜』と呼ばれる竜の王が、この場所を通り過ぎた際に落として行った鱗なのだそうだ。
近隣のモンスターは、この鱗から発する竜の王の気配に脅え、村には近付かない。
そのお蔭で、この村では安全に生活出来るのだそうだ。
先程の彼らも、黒竜の鱗の欠片を持っていたので、囲まれていてもモンスターが寄って来なかったらしい。村で必要な物の買い出しなどで移動する時には、そんなやり方をしているのだ。
世間では暴虐の怪物として怖れられる『隻眼の黒竜』も、この村では、祀られる存在なのだと村人は言う。
「つまり、黒竜とやらを厄神として祀る事で、被害が出ないように祈っている訳か」
自分達には太刀打ち出来ないものを、神のように祀る事で鎮める。
そうした信仰の形態は、聞いた事がある。
ここ『エダス村』は、元の世界のテラン王国と同じく、竜の信仰が根付く村だったのだ。
「これも、何らかの繋がりかもしれんな」
ドラゴンの騎士であるダイを捜しに来た自分達が、最初に辿り着いた場所が、竜を祀る村だったのだ。
奇妙な縁を、ヒュンケルは感じた。
一行は、村人によって村長の家に案内される。
そこでは、『エダス村』の村長である、高齢の老人が出迎えてくれた。
「そうでしたか。村の者をお助け下さり、感謝します」
カームと名乗った村長は、村人を助けてくれた事を感謝し、道に迷ったという一行を歓迎すると言ってくれた。 こうしてヒュンケル達は、村長の家に泊まらせて貰う事になったのである。
村長の家で、ヒュンケル達はこの村の事情を聞いた。
この村は、元々妖精の里だったそうだ。
妖精、エルフと言う魔法に近しい種族は、寒村の例に漏れず、若者が都会に出て行ってしまい、過疎化が進んでいた。
そこへ、他種族の世捨て人がやって来るようになったのだという。
今では村人の半数以上が、訳有りの人達の子孫であり、山奥の村にありがちな余所者に対する警戒心や迫害とは無縁らしい。
「そんな訳でして、ここは行き場を失くした漂流者達の為の隠れ里です。あなた方も、気兼ねなくお過ごし下さい」
村長のカームは、穏やかな物言いで一行を客人として迎えてくれた。
「では、お世話になります。それと村長、色々とお聞きしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」
人間嫌いのラーハルトや、モンスターとして生きて来たクロコダイン、戦う為の兵器であるヒムに代わって、人との交渉の窓口はヒュンケルが担当した。
「何でしょうかな?」
カームが好々爺の笑みを浮かべ、静かにヒュンケルの言葉に耳を傾けている。
「その為には、まず我々の事情をお話ししなければならないのだが……」
そこまで言って、ヒュンケルは言い澱む。
異世界からやって来たなどという突拍子もない話をして、受け入れて貰えるだろうかと、気になったのだ。
しかし、ヒュンケルの躊躇を静かに感じ取ったカームは、穏やかに言った。
「先程も言いましたが、ここは世捨て人の村です。あなた方がどのような人達でも、我々には関係ありませんよ。私も老い先短い身の上です。秘密をお話になっても、墓場まで持って行きましょう」
「……ありがとうございます」
カームの老いた目の中に誠意を読み取ったヒュンケルは、その親切心に対して素直に頭を下げた。
そして、自分達の事情を語る。
この一行が、この世界とは異なる世界からやって来た者である事。
自分達の目的は、この世界に飛ばされ行方不明になった仲間を捜し出し、元の世界に連れ帰る事。
その為に、この世界に関する情報を求めている事を、カームに話した。
「ふーむ、それは何とも不思議な話ですな……。いや、疑う訳ではないのですが、それならあなた方は、この世界の事を何も知らないのですか?」
カームは、ヒュンケルの話を頭ごなしに否定しなかった。
何とか受け入れ、真実だという前提で考えてくれている。
「はい、まだこの世界に来て、一日も経っていません。この村の人間に出会って、漸くこの世界にも人間がいる事を知りました」
「そうですか。では、私が知る事だけですが、お教えしましょうか?」
「そうして頂けると、正直助かります」
そして一行は、カームからこの世界の基本的な知識を教えて貰える事になった。
『古代』と呼ばれた時代『ダンジョン』と呼ばれる場所から、数多のモンスター達が世界中に解き放たれた。
そして、、地下の『大穴』から溢れ出るモンスターと人類は、壮絶な戦いを繰り返していた。
一進一退の攻防は、やがて人類側が不利となり、絶望が世を覆った。
そんな時、『彼ら』がやって来た。
神々の降臨。
世界の各地に、天界から多くの神が降り立ち、人々に言った。
『遊びに来た』と。
それでも、神々は彼らの子供たる人類に『力』を与えてくれた。
『神の恩恵』、そう呼ばれる力をだ。
力を得た人類は、大穴を塞ぐ『蓋』として、塔と要塞を建設し、モンスターの地上進出を阻止する事に成功したのである。
「それが、今から一千年前の出来事だそうです」
カームの語る古代の出来事に、皆が唖然としていた。
中でも、彼らですら無視出来ない事実が、その話の中で語られている。
「つまりこの世界では、神々が天界から地上に降臨していると……」
ヒュンケルは、その事を問い質さずにはいられなかった。
神の存在は、元の世界でも知られていた。
人の神、魔の神、竜の神の三柱の神々によって世界は創造されたと、神話に語られている。
神々は天界にいて、地上にその姿を現す事などない。
あの大魔王バーンとの地上消滅を掛けた戦いの時でさえ、神々からの直接の助けは無かったのだ。
「はい、その通りです。尤も、神様達は、下界で暮らすに当たって、その超越的なお力を封じております。全能の身から、敢えて零能の身となって、下界での不自由な暮らしを楽しんでいるそうです」
だから、神と言っても、その整った見た目以外では、一般人と大差無い能力しか持たないそうだ。
強大な力を持ってはいるが、もしもその力を下界で行使してしまった場合、問答無用で天界に強制送還される。そうしたルールの下に、神々は下界に居るのである。
「信じられん。力を封じてまで、地上に遊びに来ただとっ!? この世界には、そんなふざけた神々がいるのかっ!」
神など信じた事はないラーハルトでも、神が地上にやって来た理由は、眉を顰める話だった。
「確かに、驚きだな。神が地上を歩いている世界とは」
「神様ねぇ、どんなやつらなんだ?」
クロコダインとヒムも、想像を超えた話に困惑気味だ。
「……それで、その『神の恩恵』とは?」
色々疑問はあるのだが、ヒュンケルはカームに話の続きを促した。
下界に降臨した神々は、子供達と共に生きて行く為、【ファミリア】と呼ばれる派閥を作った。各々が、眷族とした子供達に、同じ『恩恵』を授け、その背に【ステイタス】を刻んだのである。
それは、地上で暮らす神々に許された唯一の力。
『恩恵』を刻まれた者は、積み重ねた【経験値】に従い、無限の可能性を発露する。
常人を超越した身体能力、魔法の力、奇跡の能力、神が人に開く、神へと至る道標。それが『神の恩恵』なのである。
「かく言う私も、若い時にある女神様の『恩恵』を受けた冒険者でした」
カームは遠い目を天井に向けて、そう話した。
「私の女神様は、天界にお帰りになってしまいましたが、今もオラリオには、たくさんの神々が居られますよ」
迷宮都市オラリオ。
今、モンスターが湧き出る『大穴』の上に築かれた巨大な都市は、その名で呼ばれている。
世界の中心、深淵に続く無限の迷宮を抱える都市として、この世に知らぬ者はいないと言う。
神から『恩恵』を授かった人類は、モンスターとの戦いに勝利する。
モンスターを生む『大穴』を封じ、地上に散ったモンスター達も、人里離れた場所に追いやった。
最強のモンスターである竜の王『黒竜』も、討伐こそ叶わなかったものの、当時の最強の英雄が、己の命と引き換えに片目を潰し、オラリオから退けたと言う。
そして、現在。
地上には、多くの国や都市が栄え、交易が行なわれ、人々の幸せな営みがあるそうだ。
「………………………」
カームから、この世界の話を聞き、一同が沈黙する。
今まで自分達がいた世界とは、異なる世界にやって来たという状況が、皆の心に重く圧し掛かる。
それは、文字通り常識がひっくり返る事態だった。
「村長、申し訳ないが、我々はもっと多くの事を、あなたから学ばねばならないらしい。数日で良いので、この村への滞在を許可して頂けないだろうか?」
ヒュンケルは、この機会に、この世界の情報を出来るだけ知って置くべきだと判断した。
ダイを捜す為には、まずこの世界に慣れる必要がありそうだった。
皆も同じ考えらしく、無言で村長を見た。
「構いませんよ。話なら、私や息子、娘、それに村の者に聞いて貰っても結構です。あなた方が異世界から来た事は話さずとも、訊かれた事には答えるよう話して置きましょう。本も何冊かありますから、目を通されてはいかがですか?」
カームは、ヒュンケルの申し出を受け入れてくれた。
「感謝します」
こうして、異世界の戦士達は、『エダス村』に滞在し、この世界の常識を学ぶ事になった。
それから、数日。
ヒュンケル達は『エダス』村の人々から多くの事を教えて貰った。
この世界の歴史を始め、地理、国、都市、政治形態、種族、神、派閥、冒険者、怪物、通貨、ギルド、迷宮、ステイタス、魔法、スキル何でもだ。
幸い本に書かれていた『共通語』の文字も、話し言葉同様、彼らが慣れ親しんでいた物と同じだった。
村の子供達が読み書きを習うのに使う本から、誰かが趣味で持っていた学術的な博物誌、それに世界の英雄譚を集めた書『迷宮神聖譚』等を読み漁った。
「これが、この世界の通貨、ヴァリス硬貨か」
ヒュンケルは、見せて貰ったヴァリスと言う単位の幾枚かの硬貨を眺める。
それは、金の含有量や大きさで、1ヴァリス硬貨から1万ヴァリス硬貨まで、価値の異なる金貨だった。
元の世界のゴールド硬貨とは、明らかにデザインが異なる。
ゴールド硬貨なら、ダイの捜索費用として各国から提供されたので、それなりに持っているのだが、そのままでは使えない事になる。
「ふむ、見た事の無い硬貨ですが、金で作られている事に変わりはありませんな。これを、ノームの古道具屋にでも売れば、ヴァリスが得られるでしょう」
持ち込んだゴールド硬貨をカームに見て貰うと、そう言われた。
金の価値は、どの世界でも変わらないらしい。
「では、やはりオレ達は、迷宮都市オラリオを目指すべきだと、言うのですね?」
「はい。あなた方の目的が人捜しなら、どこに居るか判らない以上、一度はあの場所に行くべきだと思います」
カームは、ヒュンケル達にオラリオ行きを勧めていた。
世界の中心と呼ばれ、モンスターが無限に湧き出す『ダンジョン』がある巨大な迷宮都市オラリオ。
そこには、世界中から人、物、金が集まって来るという。
当然、世界中からの『情報』も、この場所に集まる。
ダイがこの世界に飛ばされ、どこかで生きているのなら、彼の存在が目立たない筈はない。
闇雲に捜し回るよりも、まずはダイの情報がないか、オラリオで調べてみるのが賢明だと、カームは言うのだ。
幸い、この場所からオラリオまでは、そう遠い距離ではない。
行く道は険しいが、南に進めば、程無く都市が見える筈であった。
「それに、ダンジョンに潜れば、モンスターから得られる『魔石』や『ドロップアイテム』によって、お金を稼ぐ事も出来ます。尤も、それには『ギルド』に冒険者として登録する必要がありますし、その為には、【ファミリア】に入り、神から『恩恵』を貰って眷族になる必要もありますが」
神から『恩恵』を貰い、その神の派閥【ファミリア】の一員になった者の多くは、冒険者となって、ダンジョン探索に赴くらしい。
ダンジョンは、無限の資源の宝庫であり、モンスターを倒して得られる『魔石』と『ドロップアイテム』は、重要な素材として様々な品物に加工され、交易を通じて世界中に売られて行く。
オラリオは、そうした魔石製品の一大供給地としても、世界に知られているのだ。
「【ファミリア】か……。しかし、村長のお話では、神というのは、一筋縄では行かない相手とか?」
この世界の神について、カームは色々と彼らに教えてくれた。
神には食わせ者が多く、人格者の神は少ないと。
それだけでも、彼らにとってはとんでもない話だったが、そうした神が作る【ファミリア】という派閥は、場合によっては閉鎖的な組織でもあり、一度入ると、簡単には脱退出来ないものらしい。
ダイを捜すという目的がある彼らにとって、自由に行動出来なくなるという足枷は、避けたいのだ。
「神の力など、借りる必要はない。オレ達の目的は、金を稼ぐ事ではなく、ダイ様を捜す事だ」
あくまでダイの事を第一に考えるラーハルトは、神といえども、その下につく事を良しとはしない。
彼の仕える相手は、父親代わりだったバランと、その息子ダイだけなのだ。
「そうだな、オラリオとやらで必要なのは、ダイに関する情報だ。取り敢えず、今のオレ達に神の【ファミリア】とやらは、関係なかろう」
「そうだぜ。それによう、神なんかに触られたら、オレ達の正体だってバレちまうんじゃねえのか?」
今は『変化の首飾り』の力で人間に変身しているクロコダインとヒムだが、元はモンスターだ。
この世界に於いては、モンスターは人類の絶対的な脅威であり、倒すべき敵であった。
ましてや、元の世界と決定的に違って、『喋る』モンスターなどこの世のどこにも存在しないと、カームに教えられた。
魔族の血を引くとはいえ、人間とのハーフであるラーハルトは兎も角、クロコダインとヒムの正体に関しては、特に秘匿すべき事柄だと、一同は既に理解している。
「そうですか。しかし、ダンジョンは危険な場所です。いくらあなた方が強くても、何の知識も情報も無しにダンジョンへ潜るのは、止めた方が良いですな」
ダンジョンの情報は、『ギルド』が全て握っている。
それは、冒険者にしか開示されない。
無所属でダンジョンに潜る者もいるにはいるが、浅い階を冒険者にくっ付いて回るサポーターが精々だった。
「もしも、どうしても冒険者になる必要があって、【ファミリア】に入らなければならないとしたら、あなた方の事情を理解し、力を貸してくれる人格者の神を見つけるしかないでしょうな」
「人格者の神ですか?」
神々の多くは食わせ者であり、下界で楽しむ事を優先する傍迷惑な確信犯だと、彼らに教えたのはカームだった。
そんな神の中に、人格者がいるのだろうか。
「確かに、神々の多くは迷惑な性格をしておりますが、中には立派な方々も居られますよ。私の主神ブリギット様も、お優しい方でした。誰にでも分け隔てなく接してくれたお方です」
自らの敬愛する神の名を語り、微笑むカーム。
「ご安心を。あなた方が何者であっても、神の目は真実を見抜きます。あなた方が正しい者であるならば、受け入れてくれる神は、必ずおりますよ」
彼は、天界に帰った主神の事を、今でも信じているのだった。
翌朝早朝、ヒュンケル達はまだ暗い内に『エダス村』を出発し、オラリオを目指す事にした。
見送ってくれる村長のカームを始め、世話になった人達に礼を言う。
「些少ですが、これを持って行って下さい」
カームが、ヒュンケルに、ヴァリス硬貨の入った小袋を渡そうとした。
「いや、お世話になった上に、お金まで受け取る訳には……」
「大した額ではありませんので、お気になさらずに貰って下さい。オラリオに着いて、お手持ちのお金を換金するまでには、少しは必要になるでしょう。どうせ、この村は自給自足していますので、大金は必要ありませんので」
そう言って、ヒュンケルを説得するカームに、彼も不承不承頷き、金の入った小袋を受け取った。
「では、申し訳ありませんが、頂いておきます」
頭を下げて、カームに礼を言うヒュンケル。
そして、異世界の戦士達は『エダス村』を後にし、迷宮都市オラリオに向かって歩みを進める事になった。
「この世界で、最初に出会った人々が、彼らで良かったな」
村の方を振り返り、クロコダインが呟く。
親切な村人達と出会えたお蔭で、一行はこの世界の常識的な知識を手に入れ、こうして次の目的地を定める事が出来たのだ。
「まったくだぜ、いきなり山賊にでも出くわしてたら、異世界の印象が悪くなってたもんな」
ヒムも、世話になった事は、嬉しかったようだ。
「情報が得られた事には、感謝するさ」
人間嫌いのラーハルトは、ほとんど村人と交流はしなかったが、彼なりに気は使っていたらしい。
「どんな世界でも、人の在り方の本質は変わりないようだな。安心したよ」
ヒュンケルもまた、『エダス村』の人々と出会えた幸運を感謝していた。
一行は、村で教えられた山道を通り、南を目指した。
途中何度か、モンスターの襲撃を受けたが、軽く撃退する。
カームの話で、山野にいるモンスターが、古代にダンジョンから生み出されたモンスターの末裔である事も知った。
地上にいるモンスターは、長い年月の間に力が劣化しており、ダンジョンにいるオリジナルのモンスターと比べると、遥かに弱い存在らしい。
ダンジョンの奥まで行けば、想像を絶する怪物が蠢いているとの事だ。
そうして険しい地形を抜けると、一行の前に草原が現れる。
その先に街道も見えて来た。
街道まで来ると、人の姿も見て取れる。
都市を目指すキャラバン隊や、逆に都市から遠ざかる馬車の群れ。広い農地も目につき、遠くには、港町らしい佇まいも目にする事が出来た。
「賑やかな街道だな、世界の中心と呼ばれるだけあって、交易が盛んなのか」
道を行き交う人々を目にし、クロコダインは人の多さに驚いた。
どうも、この世界の人口は、元の世界よりも大分多そうである。
そして、街道を進み続けた先に、それが現れた。
「でけえっ!」
その都市の規模に、ヒムが声を上げる。
一行の前には、見た事もない程高く分厚い巨大な城壁があった。それは、広大な都市を円形に取り囲んでいる。
その巨大城壁は、古代の要塞の名残であり、今では、都市を外から守る壁となっていた。
「まさか、これ程の規模の都市とは……」
面積に於いては、彼らの世界のどの都市をも上回る広さであり、それはあのバーンパレスをも超えていた。
おそらく、人口も数十万に達するだろう。
彼らは迷宮都市オラリオの偉容に驚嘆しつつ、街に入る門の前で長蛇の列に並んだ。
門では、簡単な検問が行なわれていた。
ヒュンケルは、武装したままで入れるのか気になったが、彼らの番になり、職員に話を聞くと、冒険者志願が多く訪れるこの街では、武装には五月蠅く言われないとの事だった。
それに、この街に所属している冒険者達こそが、世界最強の戦力であり、治安の維持に自信を持っているからだろう。
一行は、カームから貰ったお金で通行料を支払い、無事にオラリオの街中に入る事が出来た。
そこには、外とはまた違う圧巻の光景が広がっていた。
オラリオは、八本のメインストリートが同心円状に伸びる、巨大な円形都市の構造をしている。
通り沿いには、たくさんの店が建ち並び、そこを行き交う人々は、ヒューマンだけではなく、エルフ、ドワーフ、獣人、小人族、それにアマゾネス達だ。
様々な種族が様々な職に就き、街は大いに賑わっている。
それらを眺めながら、メインストリートを歩くヒュンケル達の前に、巨大な塔が現れた。
ダンジョンを封じる蓋として建造された巨大建造物、通称『バベル』であった。
「これだけの物を、人が作ったとはな……」
街の中心部、その中央広場で塔の上を見上げる一同は、その規模に目を見開く。
それは、あのバーンパレスに聳えていた『天魔の塔』に匹敵する規模の巨大建造物だった。
「この塔の地下に、モンスターが生まれるダンジョンがある訳か」
ヒュンケルは、『バベル』の入り口に視線を向けた。
そこへ、武装した男女が出入りしているのが見える。
彼らが、ダンジョンに挑む冒険者達なのだろう。
「それで、これからオレ達はどうするんだ?」
「取り敢えず、ゴールドをヴァリスに換金しておこう。こんな街中では、金が無ければ何も行動出来ん」
ヒュンケルの提案に皆が頷き、異世界の貨幣を換金してくれそうな場所を探す。
何人かに話を聞き、辿り着いた場所は、路地裏にある一軒の万屋だった。
店に入ると、白い髭を蓄え、赤く染まった帽子を被った老人が対応してくれた。
ヒュンケルは、カームに話を聞いていたので、その老人が『ノーム』と呼ばれる精霊の一種である事を理解する。
この世界に於いても、精霊は神に近しい種族で、不思議な力を持っているらしい。
このノームなどは、宝石や貴金属を錬成出来るので、こうして街中に店を構える者もいるのだ。
「こりゃあ、珍しい物を持って来たな」
ヒュンケルがカウンターの上に金袋を置き、買い取りを頼むと、ノームの店主が袋からゴールド硬貨を取り出し、鑑定を始めた。
「金の含有量も多いし、鋳造技術も高い。見た事の無い硬貨だが、古代の遺跡からでも見つけて来たのか?」
「そんなところだ」
異世界の産物だとは言えないので、そう誤魔化すしかない。
「ふむ。それなら、これでどうかな?」
相場は判らないので何とも言えないのだが、ヒュンケルが店主から感じる心象は、信じるに足るものだった。
だから彼は、そのまま頷き、商談は成立した。
こうして一行は、手持ちのゴールド硬貨を売って、この世界の通貨で30万ヴァリスを得たのであった。
「取り敢えず、金は手に入ったな。どうする、今夜の宿でも探すか?」
「それより、オレは腹が減ったぜ」
金属生命体でも腹は減るらしく、ヒムが腹を撫でた。
「オレは、ダイ様の捜索を優先するぞ。どこかで情報を集めるべきだ」
日が沈むまでには、まだまだ時間がある為、ラーハルトはダイの捜索に行きたい様子だ。
「そうだな……」
皆の意見を聞き、これからの方針を纏めようとした時、ヒュンケルの背にある『ダイの剣』の宝玉が突如輝き、刀身が震えた。
「なっ、これはっ!!」
『ダイの剣』の意志が、一瞬だけヒュンケルの頭に重要な事実を伝えて来た。
剣が求め続けて来た相手、その者との確かな繋がりが、抽象的なビジョンとして彼の脳裏に走る。
それは無論、ヒュンケル達が捜している者の事である。
「おい、今のはなんだっ?」
「ダイ様の剣が、光ったっ!?」
「まさかっ!? ヒュンケル、何かあったのかっ!?」
皆がその異変に気づき、額に汗を浮かべたヒュンケルに詰め寄る。
「……今『ダイの剣』が、一瞬だけ捉えた事を、オレに伝えて来た……」
ヒュンケルは、厳しい表情を作って皆を見回す。
「剣は、ダイの反応を見つけたんだ」
「「「っ!!!!!」」」
三ヶ月の間捜し回っても見つからず、異世界にまでやって来て、漸く彼らはダイの所在に近付く事が出来たのだ。
「ダイ様は、ダイ様はどこに居る、ヒュンケルっ!!」
「マジかよっ!」
「ダイは、どこなんだヒュンケルっ!?」
彼らの質問に答える為、ヒュンケルは剣が指示した場所に視線を送る。
そこは、彼が立つ石畳の上。
それが何を意味するか悟り、皆が息を飲む。
「ダイは、この街の地下、『ダンジョン』の中に居るっ!」