ダンジョンに竜の探索に行くのは間違っているだろうか 作:田舎の家
ヒュンケルの背にある『ダイの剣』は、主の行方を一瞬だけ指し示し、再び沈黙した。
その剣の意志を受け取ったヒュンケルと、ラーハルト、クロコダイン、ヒムらの視線が、迷宮都市オラリオに敷かれた石畳に突き刺さり、その奥を睨む。
「ダイは、この街の地下、『ダンジョン』の中に居るっ!」
ヒュンケルは、己に告げられたその事実を皆に話す。
「ダイ様が、ダンジョンにっ!?」
主君の居場所を聞き、ラーハルトは、ぐっと『鎧の魔槍』を握り締める。
「確かなのか、ヒュンケルッ!」
「いきなりだな、おい」
異世界にやって来てまだ数日しか経っていないのに、突然ダイの行方を告げられ、皆に喜びと同時に疑念も思い浮かぶ。
「間違いない。『ダイの剣』は、たった今、街の地下深くに居るダイの反応を捉えたのだ」
ヒュンケルは静かな口調で、自分が剣から感じ取った事を話す。
「だが、その反応は一瞬だったようだな。今はもう、ダイの反応を捉えられんようだ」
剣は既に、沈黙している。
ダイの生存は伝えてくれるものの、その正確な居場所は突き止められないらしい。
まるで、『何か』の一瞬の隙をついてダイの存在を感知したが、その『何か』に突如、ダイの存在を遮断されたかのように、『ダイの剣』は主の位置を見失った。
だが、それでも剣は、ダイが『ダンジョン』の中にいる事は、判っているらしい。
「ダイ様が、ダンジョンに居るという事は、ダイ様はこの世界で冒険者になっているという事か?」
ダイがダンジョンの中に居る理由を常識で考えれば、ラーハルトの推測が最も合理的だった。
「そうだな、ダイもこの世界に突然放り出されたとしたら、世界の中心と呼ばれるオラリオの街に来る事は考えられる。ダイの力なら、冒険者としても十分にやって行ける筈だ」
ダンジョンに潜れば、モンスターを倒して『魔石』や『ドロップアイテム』を稼ぐ事が出来る。
力を持つ者にとっては、最も効率的で手軽な金儲けの手段と言える。
ヒュンケルも、ダイが冒険者になっている可能性を考えた。
「ふむ、確かに。と言うよりも、それ以外にダイの生活手段は無いだろうしな」
クロコダインは思う。
十二歳までデルムリン島でモンスターと暮らしていたダイが、人間の社会にやって来て、結局三ヶ月しか経っていなかったのだ。
その圧倒的な戦闘能力以外に、ダイが生活の為に、金を稼ぐ手段などあるとは思えない。
「それじゃあ、これからオレ達もダンジョンに行くのか?」
ヒムが、仲間達に次の行動を問う。
「いや、ダイが冒険者をやっているのなら、まず向かう先は『ギルド』だ」
この街の統治機構であり、冒険者達を統括し、ダンジョン探索を管理し運営する『ギルド』という組織の事を、彼らはカームから聞いていた。
そこに行けば、全ての冒険者の情報が手に入る筈であった。
「行くぞっ!」
一行は、早足で『ギルド』本部に向かった。
『ギルド』の窓口受付嬢エイナ・チュールは、困惑していた。
いつものように、『ギルド』本部で冒険者への対応に当たっていた彼女の元に、四人の戦士風の男達がやって来たからだ。
三人の若い青年と、三十歳前後の見上げるような大男。
その武装も雰囲気も、歴戦の戦士の様子なのだが、【ファミリア】に所属する冒険者ではなく、無所属の旅人だと言う。
彼らは、本部の広いロビーにやって来るなり、受付カウンターにいたエイナに話し掛けて来た。
「人を捜している。歳は十二で、ダイと言う名の少年だ。おそらく、この街で冒険者をしていると思うが、心当たりはないだろうか?」
四人の中でも、銀髪に切れ長の鋭い目をした青年が、エイナにそう訊ねた。
「特定の冒険者をお捜しですか? その……所属する【ファミリア】や、現在のLvなどは、判りますでしょうか?」
「いや、【ファミリア】は不明だ。Lvも判らないが、かなり強い筈だ」
所属する派閥も不明、Lvも不明、判っているのは名前と年齢だけのようだ。
『ギルド』では、冒険者の個人情報は保護されているが、名前とLv、それに所属する【ファミリア】の名だけは公開されている情報であり、伝える事が出来る。
「十二歳で、かなり強い少年ですか……」
そう訊かれて、エイナも困った。
かなり強いと言う以上、その子はLv2以上の上級冒険者なのだろう。
しかし、少なくとも、彼女が知る十二歳のくらいの子供の冒険者の中に、ダイという名前の子はいなかった。
「子供の冒険者もいるにはいますが、数は少ないですし、上級冒険者に至っている子はさらに少なくなります。お捜しの子が十二歳で、それ程強いのでしたら、必ず名前が知られている筈ですが……」
ダイという名の十二歳の冒険者はいないと、エイナは彼らに告げる。
「……確かなのか?」
銀髪の青年に、焦りの色が見える。彼の仲間達も納得していない様子だった。
「上級冒険者に至った方なら、私達『ギルド』の職員なら、皆知っている筈です。まして十二歳で【ランクアップ】に至ったのなら、有名人になっていると思います」
「…………………」
理路整然とエイナが説明すると、四人は黙ってしまった。
「……では、ダンジョンの中に、冒険者以外の者がいる可能性はあるだろうか?」
今度は、質問を変えて来た。
「冒険者のサポーターとして、無所属の方が一緒に潜る事はあります。後は、物好きなお金持ちの方が、冒険者を護衛に雇って観光に行かれるケースもありますが、基本的には、ダンジョンの中には冒険者とモンスターしかいません」
「…………………」
再びの沈黙。
どうやら、彼らはそのダイという少年を捜してこの街にやって来たらしいが、手掛かりが乏しいのだろうか。
「あの、人捜しでしたら依頼料は必要ですが、『ギルド』に『冒険者依頼』を出す事も出来ますよ。お手続きを致しましょうか?」
エイナは、彼らにそう提案してみた。
『ギルド』では、一般人からの依頼の受付も行っているのだ。依頼料を積みさえすれば、冒険者達は何でもやってくれる。
「いや、ありがたいが、それは結構だ。それより、ダンジョンに関する情報を得るには、どうすればいいだろうか?」
今度はダンジョンに関する情報の入手方法を訊ねて来た。
「基本的な情報は、冒険者になれば『ギルド』から全て開示されます。迷宮内の構造や、モンスターの種類や能力、素材の入手方法や、様々な事態への対処手段などですね」
『ギルド』という組織が、一千年の間に蓄積して来たダンジョンに関するあらゆる情報は、全て冒険者に対してだけ開示される。
「つまり、詳しいダンジョンの情報が欲しいなら、冒険者になるしかないと?」
「はい、そうなります。冒険者になるには、何処かの【ファミリア】に所属して、主神から『恩恵』を受ける事が必要条件です。そうしてから『ギルド』に冒険者登録して頂きますと、同時にオラリオの市民権も得る事になります」
冒険者になるのでなければ、彼らはあくまで街への一時滞在者でしかない。
当然、街での信用や権利、情報などの面では不利益を免れない。
「【ファミリア】に所属するか……」
銀髪の青年は、困惑している様子だった。他の三人も、納得行かない顔をしている。
【ファミリア】に所属する事に、何か躊躇いがあるようだ。
「邪魔をした。話を聞いてくれた事に、礼を言う」
そうして、彼ら四人は、何の収穫も得る事無く、『ギルド』本部から去って行った。
不思議と気になる相手だったが、エイナはすぐに通常業務に戻る。
彼女の『ギルド』の窓口受付嬢としての仕事が終わるのには、もう少し掛かるのだった。
『ギルド』本部で、ダイの情報を入手出来なかったヒュンケル達は、街の通りの屋台で食べ物を買い、遅い昼食を取っていた。
特にヒムは、潰した芋に衣を付けて油で揚げた食べ物、ジャガ丸くんが気に入ったらしく、たくさん買って食べている。
「結局、『ギルド』とやらでも、ダイ様の消息は掴めなかったか」
ラーハルトが、忌々しそうに呟く。
やっと主君の消息に近付いたと思ったら、その行方がまた遠のいたのだ。
「だが、ダイがダンジョンの中にいる事は、間違いない。どういう事情でいるのかは判らないが、『ダイの剣』の反応も変わらないからな」
ヒュンケルは、背中から感じる剣の意志から、そう判断していた。
正確な居場所は不明だが、『ダイの剣』は主がダンジョンにいる事を示し続けている。ダイがダンジョンから出て来れば、この剣がすぐに報せてくれる筈だが、その気配はない。
ダイの行方は、ダンジョンの中にあるのだ。
「では、どうする? ダイを捜しにダンジョンに行こうにも、冒険者にならなければ、ギルドから必要な情報を貰えんのだろう」
ダンジョンの危険さを、カームから散々聞かされたクロコダインは、情報不足のまま迷宮に向かう事に懸念を持った。
果たして、闇雲に捜索してダイを見つけられるだろうかと。
「冒険者になるには、【ファミリア】ってやつに入らなきゃならないんだろ? オレ達を入れてくれる『神』なんてやつがいるのかよ」
ジャガ丸くんを平らげ、口元を拭ったヒムが言った。
カームから聞いた話では、神の多くが食わせ者で、未知を好むやかららしい。
それに【ファミリア】によっては、統制の厳しい所もあり、いざと言う場合に脱退が認められない事もあるという。
規模にしても大手や零細があって、所属人数が多い派閥だと、他の団員へのけじめもあり、行動の自由も利き辛いだろう。
モンスターまで仲間にいる未知の塊で、自由に行動出来る必要があり、事が済んだら脱退させて貰わなければならない異世界の一行にとっては、【ファミリア】に所属する条件は中々に厳しかった。
「入るとしたら、オレ達の正体と目的を知っても受け入れてくれて、自由に活動する事も許し、ダイを見つけたら脱退も許可してくれる話の判る神が率いる【ファミリア】だろう。尚且つ、他の団員もオレ達の事情を理解してくれねばならん。そうなると、団員数の少ない規模の小さな派閥と言う事になるか……」
自分で口にしてみて、その条件の厳しさにヒュンケルは愕然とした。
彼もかつては、大魔王軍という組織に所属していた身だ。
組織内のいざこざや、対人関係での一悶着、足の引っ張り合いも経験している。
ある意味、あの個性的な配下達を自由にさせ、そして統率していた大魔王バーンの器は、大したものだったのだ。
そして、今ヒュンケル達が必要としてるのは、そのバーン並みの器を持つ神であった。
(いるのか、そんな神が……)
異世界と言う究極の異郷にやって来て、頼る相手もいないという状況の中、彼らは早くも行き詰りつつあった。
「それでも、捜さねばなるまい」
「うむ、諦める訳にはいかん」
「成せば成るってやつか」
そんな状況でも、皆に目的を諦める選択肢は無い。
諦めなかったからこそ、奇跡を起こして世界を救った勇者ダイ。そのダイを捜す為ならば、自分達が諦める訳には行かない。
一行は、自分達を受け入れてくれる『神』を見つけ出し、【ファミリア】に入団する為に行動を開始した。
「ドンッ!」
取り敢えずいくつかの【ファミリア】を回ってみて、条件を受け入れてくれる神がいないか聞いてみる事にしたヒュンケル達は、手近な派閥のホームにやって来た。
そしてそこで、建物の前にいた守衛の団員に突き飛ばされ、地面に転がる一人の少年を目にする。
年の頃は十代半ば、ポップよりも若く、レオナ姫と同年くらいだろう。
髪は雪兎のように白く、チラッと見えた瞳も、兎のような深紅色。
体格も逞しいとは言えず、動きにも訓練された形跡が無く、旅姿を一目見れば、田舎から都会に出て来たばかりだという事が丸判りだった。
「団員なら、間に合っている。それに、素人に用はないんだよ」
守衛の団員も同じ判断をし、【ファミリア】への入団を求めて来た少年を、戦いの素人と見抜いて門前払いしたのだ。
【ファミリア】が必要としている人材は、それなりに実力と経験を持つ者だ。ずぶの素人では、足手纏いにしかならない。
ヒュンケルは、その団員に近付いた。
「んん? あんたらも【ファミリア】への入団希望者か? まあ、この田舎者よりは使えそうだが、入団試験を受けるかね?」
守衛をやっているだけあって、満更無能でもないのだろう。
その団員は、少年からは感じなかった戦う者の気配を、ヒュンケル達からは感じたのだ。
尤も、一行の実力を正確に見抜いた訳ではないのだが。
「いや、結構だ」
ヒュンケルは、転がる少年の片腕を掴み、ぐいっと立ち上がらせた。
白髪の少年が、キョトンとした顔で、彼を見上げる。
その様子は、なおさら兎に良く似ていた。
「入団を希望する者が最初に会うのは、門前の守衛だろう。そこに貴様のような者を置いておくような【ファミリア】では、オレ達の条件に合う筈がないからな」
「なっ!?」
ヒュンケルから、冷たい眼差しで睨まれ、気圧される団員。
『恩恵』を受けている者が、『恩恵』を受けていない者に竦み上がるという、常識外れの光景が展開された。
用は済んだとばかりに、一行はその場を立ち去った。
「あのっ、ありがとうございましたっ!」
その彼らを、白髪の少年が慌てた様子で追い掛けて来て、お礼の言葉を口にした。
ヒュンケルが振り返り、少年の方を見る。
「オレ達も、受け入れてくれる【ファミリア】を捜していたところだった。君のお蔭で、時間の無駄を食わずに済んだのだから、気にするな」
そう言ったヒュンケルだが、白髪の少年を見ると、彼がまだ何か言いたそうに、もじもじしている事に気がついた。
「なんだ?」
「そ、その、皆さんも、入団させてくれる【ファミリア】を捜しているんですか?」
少年は、四人の姿を見る。
全員が鍛え抜かれた戦士の立ち姿を持ち、武装も強力そうな物を所持していた。
田舎から出て来たばかりで、何の訓練も受けていない自分とは、大違いだ。
「そうだ」
「そうですか……」
自分とは違い、彼らならどこの【ファミリア】でも受け入れて貰えそうだと、少年は思った。
白髪の少年は肩を落とす。
彼の名は、ベル・クラネル。
田舎で祖父と二人で農夫をしていたが、一年前に祖父を亡くし、一念発起して冒険者になるべくオラリオにやって来た、十四歳の少年だった。
しかし、どこの【ファミリア】でも、戦いの訓練すら積んでいない素人のベルを、冒険者として受け入れてはくれなかった。
今日も朝からいくつもの【ファミリア】を回ったが、どこでも主神との面会拒絶の門前払いを繰り返され、流石に心が折れそうになっていた。
ここが最後と挑んだ【ファミリア】のホームでも、門前で突き飛ばされ、途方に暮れた時現れた四人の戦士風の男達。
こんな人達でないと、冒険者にはなれないのだろうか?
ベルは、自信を無くして石畳に座り込んだ。
「君は、【ファミリア】に入団したいのか?」
銀髪の青年が、ベルに話し掛ける。彼の仲間達は先を急ぎたい様子だったが、彼の行動に口は出さなかった。
「はい、僕は冒険者になりたいんです。でも、どこの【ファミリア】でも相手にして貰えなくて……」
大都市に出て来ても、彼の居場所は無かった。
さらに肩を落とす、ベル。
「ふーん、そこの君は、冒険者になりたいのかい?」
その時だった。
誰かが、ベルに声を掛けて来た。
「えっ?」
振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
艶のある漆黒の髪を、味気ない紐の髪留めで二つに結わえた少女は、恐ろしく整った顔立ちをしている。
背は小柄で、幼女と少女の中間くらいの年齢に見えるが、幼さゆえの可愛らしさと美しさを併せ持ち、つい頭を撫でたくなる妹のような印象をベルは感じた。
「えっと、君は? こんなところに一人で、迷子なのかな?」
「……迷子みたいな目をしているのは君の方だろう?」
迷子呼ばわりされた少女は、ベルにぶすっとした顔を見せた。
「まさか……!?」
白髪の少年は、何も気づかずに会話をしているが、ヒュンケル達は現れた少女から、無視出来ない『何か』を感じ取っていた。
「馬鹿なっ、これがそうだと言うのかっ!?」
「ぬうう、本当にいるとはなっ!」
「冗談じゃなかったのかよっ!」
彼らが少女から感じ取ったもの、それは『神威』であった。
神が神である事を示す威光の証。
感じ取るのは初めてでも、疑いようもなく受け入れるしかない事実。
目の前にいる少女は、人間ではなく、『神』であった。
「あなたは、神なのか?」
ヒュンケルは、初めて出会う『神』という存在に、かつて大魔王バーンに接した時とは違った印象を受ける。
バーンも魔界の神と呼ばれるだけあって、その存在感、放たれる力は、見る者を圧倒した。
しかし、この少女の姿をした『神』から感じるのは、圧倒的な力ではない。
正直、無視しようとすれば無視出来る程度の力でしかないのだが、直感的に受け取る波動は、確かに彼女が『神』であると皆に思わせるものであった。
「うむ、ボクは神だ」
そこだけは、幼い少女とはかけ離れた偉容を放つ豊かな胸の上で、偉そうに腕を組む小さな女神。
「か、神様ぁっ!?」
ベルも、漸くその事に気が付き、愕然と少女を見上げる。
ヒュンケル達とベル・クラネルは、この日初めて『神』に出会ったのであった。
女神ヘスティアは、焦っていた。
下界に降臨して来てまだ日が浅い彼女は、神友の下でぐうたらな生活をしていたのだが、ついに友の忍耐も限界に達し、塒を追い出されてしまったのだ。
そして、自らの【ファミリア】を立ち上げるべく、団員の勧誘を行っているのだが、結果はゼロ。
全く無名の上に、見た目も威厳に欠ける彼女の眷族になってくれる子供達は、見つからなかった。
この日も五十人に断られ、どうしようかと思っていた時に、自分と同じように何件もの【ファミリア】に入団を断られている、白い髪の少年を見つけた。
気になってその少年の跡を追って来たヘスティアは、再び入団を断られて道に座り込む少年と、彼と話す戦士の一団を見て、声を掛けたのだった。
「すいませんっ、すいませんっ!!」
神を迷子と間違えた少年が、ヘスティアに謝る。
改めて話を聞くと、やはりどこの【ファミリア】からも入団を断られて来たそうだ。
「へー、それじゃあ君は、どの【ファミリア】からも門前払いを食らっていたって事かー」
「は、はい……」
その白々しいやり取りを、ヒュンケル達は黙って聞いていた。
目の前の黒髪の少女が『神』だという事は、感じ取れるのだが、その事実を受け入れるには、彼らといえども直ちにとは行かなかった。
「あー、んんー……実は、ボクは今【ファミリア】の勧誘をやっていてね。ちょうど冒険者の構成員が欲しいなぁーなんて奇遇にも思っていてだねえ、その、うん、えーと……」
喉の調子を整え、声に滲む必死さを隠すようにして、女神が少年を自分の【ファミリア】へと勧誘している。
その不自然な女神の様子に、少年は気が付いていないようだが、ヒュンケルは気付いた。
神自ら入団の勧誘を行っているくらいだから、ひょっとしなくても、小規模な派閥なのだろう。
「入りますっ! 入らせてくださいっ!」
しかし、少年は簡単に騙された。女神の勧誘に、一も二もなく飛び付いたのであった。
「……い、いいのかい? 本当に、ボクの【ファミリア】なんかで?」
「いいです、全然大丈夫です! むしろ僕みたいなやつが入っても大丈夫ですか!?」
こうして少年は、竈の女神の【ファミリア】への入団を決めた。
「僕は、ベル・クラネルですっ」
「ベル君か。ボクはヘスティアだっ!」
お互いの自己紹介が終わり、手を取り合う少年と女神を見て、ヒュンケルは一歩前に進み出た。
「少し、良いだろうか?」
「んん? そう言えば、君達も入団させてくれる【ファミリア】を探しているらしいねっ!?」
ついに最初の眷族を得たヘスティアが、有頂天な様子で一行の方を振り返る。
「ああ、確かにオレ達は、入団させてくれる【ファミリア】を探している。だが、オレ達が入団するには、どうしても派閥の主神に、飲んで貰わなければならない条件がある。あなたは、その条件を聞いてくれるだろうか?」
白髪の少年ベル・クラネルへの態度から見て、この幼い容貌の女神は、カームが言っていた食わせ者の『神』とは毛色が違うと、ヒュンケルは判断した。
初心な少年を引っ掻けるようにして勧誘しているが、これは、あからさまな必死さに気が付かない少年の方にも問題があるだろう。
少なくとも、悪意はない。少年は神を求め、女神は眷族を必要としていた。出会うべき者達が出会ったと言えよう。
「じょ、条件かい? ど、どんな条件なんだい?」
財力も無く、規模も小さな彼女の派閥に、どんな条件を求めるのか。
ヘスティアは、額に汗を浮かべつつ、ヒュンケルに訊き返した。
「ここでは、語れない。誰もいない場所で話したいのだが……」
人通りの少ない路地の片隅とはいえ、人気が全くない訳ではない。こんな場所で、秘密は口に出来なかった。
「うーん、それじゃあ、ベル君の【ファミリア】入団の儀式をやろうと思っていた場所で、君達の話も聞こうじゃないかっ!」
「はいっ!」
条件付きながらも、入団してくれるかも知れない相手を、邪険には出来なかった。
ベルも、強そうな人が一緒に入団してくれるのは、素直に嬉しいようだ。
「感謝する」
そして、皆はヘスティアの案内する場所に向かった。
案内された先にあったのは、みすぼらしい書店。
ヘスティアが、老齢の店主に声を掛け、二階の書庫を借りる。
一同を連れて二階の書庫へとやって来たヘスティアは、改めて自分が連れて来た者達を見回した。
一人は、彼女の眷族になる事を承知した、白髪の少年ベル・クラネル。
後の四人は、【ファミリア】への入団に条件があるらしく、まだ承諾の返事をしていない。
リーダー格の銀髪に鋭い目を持つ、帯剣した青年。
奇妙な鞘に納まる槍を握り、逆立つ茶髪に、顔への刺青をした男。
銀色の長髪に、旅装だけの無手の男。
見上げるような大男で、一人だけ三十歳前後と成熟しており、白銀色の武具で武装した男。
いずれも、ここ迷宮都市オラリオでは珍しくもない、冒険者の姿に見える。
「さて、改めて君達に名乗ろう。ボクは、ヘスティア。見ての通り、神だ」
ヘスティアは、書庫の奥に陣取ると、来客達に名乗った。
「オレの名はヒュンケル」
「……ラーハルトだ」
「ヒムって呼んでくれや」
「クロコダインという」
四人の戦士達が、ヘスティアに自らの名を告げた。
「ふーん、聞いた事のない名前だけど、別の【ファミリア】に居た事はないのかい?」
オラリオの外にも、神はおり【ファミリア】も存在している。
『恩恵』を受けて修業や実戦をこなせば、オラリオの迷宮以外の場所でも、【ランクアップ】する事は可能となる。
ヘスティアは、実戦慣れしていそうな彼らが、別の神から『恩恵』を受けていた者ではないかと予測した。
「いや、以前に【ファミリア】とやらに所属していた事はない。『恩恵』というものも、受けてはいない」
ヒュンケルと名乗った青年が、ヘスティアの推測を否定する。
「でも、皆さん強そうですよね」
まだ同じ【ファミリア】に入ると決まった訳ではないのだが、ベルは興味津々な様子で、彼らを見ていた。
「それじゃあ、条件というのは?」
「その事なのだが、オレ達はこの街に人捜しにやって来た。オレ達の目的は、あくまでその捜し人を見つけ出し、連れ帰る事なのだ」
「捜し人? その相手が、この街に居るのかい?」
オラリオにやって来て、神の【ファミリア】に入りたがる人々の目的は様々だが、その多くは、冒険者になって『ダンジョン』に潜る事だった。
人捜しならば、別に冒険者にならなくても出来る事だ。
「そうらしい。理由は説明が難しいのだが、どうやら、オレ達の捜し人はダンジョンの中にいる可能性が高い」
「ダンジョンの中? じゃあ、その捜し人は冒険者なのかい?」
「オレ達もそう考えて、ギルドに行ってみたのだが、オレ達の捜している者は、知られている冒険者の中にはいなかった」
だから彼らは、ダイを捜す為に『ダンジョン』に向かわなくてはならない。
その為には、冒険者になる必要があり、さらには【ファミリア】に所属しなければならなかった。
「つまり、君達はダンジョンの中に人捜しに行く為に【ファミリア】に入りたいと?」
「そうだ。だから、【ファミリア】には入っても、オレ達には自由行動を許可して貰いたい。そして、もしも捜している相手が見つかった場合、【ファミリア】からの脱退も許可して欲しいのだ。無茶な条件だという事は承知しているが、何とか考えてみて貰いたい」
ヒュンケルの語る、【ファミリア】に入団したい理由。
そして、行動の自由の保障と目的達成時の脱退許可。
それを聞き、ヘスティアは考えた。
神である彼女に、子供達の嘘は通じない。今ヒュンケルが語った話には、嘘が無かった。
しかし、彼らにはまだ隠している事があると、彼女の直感が告げている。まずは、それが何か知らなければならないと、女神は考えた。
「ヒュンケル君、君は神には嘘が通じない、という事を知っているかい?」
「……伝聞でしかないが、知っている」
「うん、ボク達神には、君達子供の嘘は通じない。今君が話した事には、確かに嘘が無かった。でも、君達は何かを隠している。それを話してくれないかい? ボクは神様だから、君達がどんな話をしようと、それが嘘か本当かは判るんだぜ」
「…………………」
ヘスティアの言葉を聞き、ヒュンケルが沈黙した。
やはり、何か信じがたい事情を彼らは持っているのかもしれないと、彼女は思う。
だが、神には嘘は通じず、従ってどんな突拍子もない事を語っても、それを本人が真実と思っている事ならば、否定はしない。
「判った。あなたが神だと言うなら、確かに全てを話さなければ、失礼に当たるだろうな」
ヒュンケルは、チラッと後ろにいる仲間達を見る。皆当然のように、覚悟を決めた顔をしている。
この世界の人間と変わらないヒュンケルは兎も角、彼らの秘密はここでは重い。
それでも、ダイを捜す為なら困難にも挑むのが彼らだった。
「オレ達は、この世界の者ではない。『異なる世界』という場所から来た者なのだ」
「……異なる世界??」
予想外の言葉が飛び出し、ヘスティアも反応に困った。ベルに至っては、ポカンとして理解不能の様子だ。
「オレ達も正確に理解している訳ではないが、そういう事らしい」
ヒュンケルは、捜し人であるダイという名の少年が、大爆発によって発生した時空の亀裂に飲み込まれ、この世界に飛ばされてしまった事をヘスティアに説明した。
ダイを捜す彼らの前に天界の精霊が現れ、その状況を教えてくれて、一同をこの世界に送ったのだ。
「うーむー」
そんな話を聞き、ヘスティアが腕組みをして唸る。
流石にこの事情は、神である彼女にとっても予想外の事だった。
「信じられないか?」
「そうだね、君達が嘘を吐いていない事は判るんだ。でも、ボクも異世界なんてものは見た事も聞いた事もないんだよ」
神であるヘスティアでさえ、異世界からやって来た者の話など知らなかった。
神々が暮らす天界も、一種の異世界と言えなくはないが、少なくとも下界とは同じ次元に存在し、ルールに乗っ取って来たり帰ったりは出来る。
しかし、世界そのものを移動した神はまだいない。
「では、オレ達が元の世界に帰る方法も知らないと?」
「うん、そんな方法は、ボクも知らない」
神ですら、一行を帰還させる知識や手段を持ちえないとなれば、やはり簡単には元の世界には帰れない事になる。
ポップ達を置いて来たのは正解だったと、ヒュンケルは改めて思った。
「帰る手段に関しては、最悪の事態もオレ達は覚悟している。だが、ダイを見つけ出す事だけは、諦める訳にはいかない」
そう話すヒュンケルの言葉に、迷いは無かった。他の三人も、二度と元の世界に帰れないかもしれないというのに、平然としている。
異世界云々と言う話を抜きにしても、ヘスティアは、彼らにそこまでの覚悟をさせたダイという少年に、興味を抱いた。
「……一つ訊いてもいいかい?」
「ああ」
「君達にとって、そのダイ君という子は、どんな存在なんだい?」
いなくなった一人の少年を、世界を越えてまで捜しに来る。その覚悟は、どこから来るものなのかと、女神が問う。
「どんな存在か……」
神の問い掛けに、四人はそれぞれのダイに対する思いを巡らす。
「……オレは、一度は闇に堕ちた男だ。世の全てを憎み、滅ぼそうとしていた。そんなオレが、その愚かさに気付けたのは、ダイとその仲間達のお蔭だった」
父の死を正義のせいにし、その正義を象徴する存在『勇者』を倒す為、光と闇の武を学んで魔王軍の将となった男。
「その罪を償う為、一度は死を覚悟したが、ある人から裁きを受けた。生涯を友情と正義、愛を守る為に戦えと。オレの罪は、死んだ程度では購えない。生きて償わなければならないと」
それが、彼によって国を滅ぼされ、親を失った少女が下した審判。
「だからオレは、何があろうとダイを助けなければならない。あいつは、仲間であり弟弟子であり、恩人だからな」
ヒュンケルは、迷いの無い澄んだ瞳で、女神の青い瞳を見つめた。
嘘偽りの無い心情を、彼はヘスティアに明かした。
「オレは、ダイ様の父バラン様の部下だった。そして、バラン様亡き後、その不滅の忠誠をダイ様に誓った。この誓いは絶対だ。ダイ様がいる場所ならば、どこであろうと馳せ参じるまで」
人間と魔族の混血児であり、人間から迫害された過去を持ち、幼少からバランに育てられたラーハルトが、唯一忠誠を誓う相手。
それが、彼にとってもう一人の父バランの息子ダイだった。
「オレもヒュンケルと同じだな。かつては、人間などひ弱な存在としか思っていなかった。だが、ダイとあいつらに出会い、人間の持つ素晴らしさに気付いた」
モンスターとして生きて来た、クロコダインの人生に差した、一条の光。
彼に武人としての誇りを取り戻させ、人間への憧れすら引き出した者。
「ダイに出会わなければ、オレ達は今も魔道を彷徨っていただろう。オレにとっては、光を与えてくれた太陽のような奴だな。今では、一人の武人として、ダイの為なら死ねるぞ」
重々しく、クロコダインはダイへの思いを語る。
彼の武人としての忠誠は、既にダイのものであった。
「オレは、ダイとの付き合いは、薄いんだよな。一度戦った事があるくれーか」
生まれてまだ四ヶ月くらいしか経っていないヒムが、ダイと接したのは、幾度かの戦いの場面でだけだ。
「でもよ、ハドラー様があいつとの戦いに、どれだけ賭けていたのかは知っているぜ」
生みの親であるハドラーが、人生の最後に全てを賭けて挑んだ相手。
それが、ドラゴンの騎士にして、当代の勇者ダイであった。
「後でヒュンケルに聞いたけどよ、ダイはハドラー様の思いに全力で答えてくれたんだってよ。あいつの目的からしたら、遠回りでしかないってのにな。お蔭でハドラー様は、道化にならずに最後まで誇りを持って逝けたんだ」
これも後でヒムが聞いた話だが、二人の勝負が着いた後に、その場に死神が現れ、ダイに罠を仕掛けて彼の抹殺を謀った。
ハドラーは、自分達の戦いを穢されまいと、最後の力でダイを助け、宿命の相手勇者アバンの腕の中で生涯を終えたという。
「だからよう、オレはダイに恨みはねえんだ。寧ろ、感謝の気持ちがあるんだよ」
その気持ちからだろうか、最後の戦いでは、ダイに必殺の一撃を撃たせる為に、捨石にさえなってみせた。
「そんなオレも、今じゃこいつらの仲間だ。やっぱり、仲間の仲間は、仲間だよな」
ハドラー親衛騎団唯一の生き残りであり、ハドラーの命を貰ったヒムは、新たな仲間を得ていた。
「ま、仲間なら助けねえとな」
この場に居る四人は、かつては皆、人間と敵対する立場にあった、大魔王軍の精鋭である。
そんな彼らが、今は力を合わせて勇者を捜している。
これもまた、ダイが起こした奇跡なのだろう。
「ダイを救う事は、オレ達自身にとっても、救いになる事だと信じている」
最後にヒュンケルが、全員の思いを代弁した。
ヘスティアは、黙って彼らの話を聞いていた。
所々、判らない固有名詞や、聞き捨てならない言葉が混じっていたが、彼らの本気の思いは十分に伝わって来た。
彼らはかつて道を踏み外したが、そのダイという少年のお蔭で、正道に立ち戻って来た者達らしい。
だから帰れない可能性を覚悟の上で、この世界にやって来て、無謀な条件を承知の上で【ファミリア】に入りたいと言う。
「オレ達としても、派閥とやらに迷惑を掛ける気はない。聞いた話だが、ダンジョンでは強ければ金を稼げるらしいから、金銭面での貢献は出来ると思う」
彼らとしても、世話になるからには、一定の貢献は考えている。
尤も、この一行に出来る貢献は、その戦闘能力を生かしたものに限られる。その点、ここには『ダンジョン』があり、金だけは稼ぐ事が出来るのだ。
「いや、ボクを見くびらないで欲しいな。お金だけで、君達の受け入れの是非を決めたりはしないよ」
神友から追い出されてからは、ジャガ丸くんしか食べられないような貧乏暮らしが続いているヘスティアだが、そこは神のプライドがあった。
そんな風にかっこつけるヘスティアを、ベルが改めて神様を見るような目で見ている。
「……ならば、頭を下げるしかない。どうか、協力をお願いする」
ヒュンケルは、ヘスティアに頭を垂れて、ダイ捜索への協力を頼む。
ヘスティアは考えた。
まだ確信は得られていないが、異世界からやって来たと言う彼らに力を貸すか否か。
今まさに発足しようとしている【ヘスティア・ファミリア】にとって、それは吉となるか凶となるか。
女神の判断が下される。
「判った」
彼女は、意外とあっさりした口調で、彼らの願いを受け入れた。
「オレ達の要求を、聞いてくれるのか?」
「ああ、そのダイ君とやらを捜すっていう君達に、行動の自由を認めよう。それに、君達がダイ君を見つけて、元の世界に帰れるようになった時には、退団も認めるよ」
ヘスティアはそう言って、彼らを見回した。
皆が少し、驚いたように表情を動かしている。
「自分達で言っておいてなんだが、よく承知してくれたものだな」
「全くだぜ」
クロコダインとヒムが、大きく息を吐く。まずは、第一関門クリアと言ったところだろう。
「いいんですか、神様?」
一人だけ蚊帳の外だったベルが、ヘスティアに訊ねる。
「うん、いいのさ。実はね、今日までボクの【ファミリア】に入ってくれる子供達は、一人もいなかったんだ。でも、今日ベル君が入ってくれて、さらにヒュンケル君達もボクを頼って来てくれた。この子達を拒否したら、神が廃るってもんだよっ!」
そう言って、ヘスティアが精一杯の威厳を込めた笑顔を浮かべる。
【ヘスティア・ファミリア】の始まりとしては波乱万丈だが、ここは自分が神としての器量を見せなければならない場面だと、彼女は判っていた。
「それより、ベル君は構わないのかい、彼らが同じ【ファミリア】に入っても?」
「えっ? 僕ですか、僕は全然構いませんよっ。ていうか、皆さん凄く頼もしい人達じゃないですかっ!」
ヘスティアが最初に受け入れた眷族の少年ベル・クラネルも、彼らの入団に異を唱えたりはしなかった。
寧ろ、純粋に歓迎している様子だった。
「……感謝する、神ヘスティア」
条件付きの【ファミリア】入団を許可して貰い、ヒュンケル達がヘスティアに向き直る。
「義理だけは果たそう。それ以上、オレは関知しない」
誇り高いラーハルトは、狎れ合う気はないものの、ヘスティアの事は認めたようだ。
「がはははっ、宜しく頼むぞ、女神殿っ!」
クロコダインが、豪快に笑う。
「これで、ダンジョンに行けるな。腕が鳴るぜっ」
ヒムが不敵な顔で、拳を握る。
四人は、こうして【ヘスティア・ファミリア】への入団を果たしたのであった。
「それにしても、異世界か~。そんな世界があるんだね。ベル君は知っていたかい?」
少し緊張が解けたのか、ヘスティアは、軽い調子でベルに話し掛けた。
「異世界ですか? あ、そうだ、異世界って言えば……」
誰も全く期待はしていなかったのだが、『異世界』という単語を聞き、ベルは何かを思い出したように、口を開いた。
「異なる世界からやって来た、『喋る不死鳥』の話を、本で読んだ事があります」
「「「「喋る不死鳥????」」」」
そんなベルの話に、この場にいた全員の視線が彼に集まる。
「えっと、子供の頃、僕を育ててくれた祖父がくれた本の中に、そんなお話があったんです」
彼が言うには、祖父が自分にくれた手書きの本に、異世界からやって来た不死鳥が、英雄と出会う話があったらしい。
子供のベルが、祖父に不死鳥の事を聞くと、彼は愉快そうに教えてくれたそうだ。
「七つの『玉』を集めて祈りを捧げると、『神鳥』が現れて願いを叶えてくれるって、お祖父ちゃんが言っていたんですけど……」
そこまで話して、ベルは皆の視線が痛い事に気が付いた。
祖父の手書きの本という事で信憑性を疑われ、さらに今の突拍子もない話で、子供向けの作り話と思われたようだった。
「ベル君、ひょっとして、君が冒険者になりたがった動機に、そのお祖父さんの影響もあるのかい?」
「じ、実は僕、『迷宮神聖譚』に出て来る運命の出会いってやつに、小さい頃から憧れてて……!」
「出会い~? お相手は、女の子って事かい? そんな事の為に君は冒険者に?」
「そ、そんな事、じゃないですよっ! 出会いは偉大なんです、男の浪漫なんですよ! 僕のお祖父ちゃんだって、『ハーレムは至高!』って言ってましたっ!」
「そうか、やっぱり君は、育ての親を間違ったんだね」
ベルが語る、彼が冒険者になりたい動機。
やはり、そこには、彼の愉快な祖父の影響が見られた。
皆から可哀想な子を見る目で見られ、ベルは恐縮した。
「すみません……」
ベルは、顔を真っ赤にして、頭を下げた。
祖父から渡された、『神鳥』を呼び出す『玉』を見つける為に必要だと言う、オカリナのような『笛』も村から持って来た荷物の中にあるのだが、見せられる雰囲気ではなかった。
それっきり、皆ベルの祖父の話を忘れた。