ダンジョンに竜の探索に行くのは間違っているだろうか   作:田舎の家

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第五話 ギルドとダンジョン

 【ヘスティア・ファミリア】結成の翌日。

 ヒュンケル達とベル・クラネルは、『ギルド』本部にやって来た。

 神ヘスティアの眷族となり、『恩恵』を受けた彼らは、ここで冒険者への登録を行うのだ。

 

 白大理石の広いロビーの奥、ギルドの受付窓口で冒険者登録を求め、ヒュンケル達が自分のLvを告げると、案の定、カウンターに並ぶ受付嬢達の間で、騒ぎが起こった。

 

 Lv6が三人に、Lv5が一人。

 

 全く無名の第一級冒険者がいきなり四人も現れ、同じく無名の【ファミリア】の団員として冒険者登録を求めて来たのだ。

 『ギルド』としても、無視は出来ない事態であった。

 

 尤も、Lvを低く詐称する者はいても、高く詐称する者はいない。

 所属する団員のLvが高ければ、それだけ【ファミリア】の等級も上がり、同時に『ギルド』に納める税金の額も跳ね上がる。

 

 その為、団員の【ランクアップ】を申請せずに、脱税を行う【ファミリア】もあるらしい。

 支払う税金を考えれば、Lvを実際よりも高く申請するメリットは無いのだ。

 それに、強者が弱者を装う事は出来ても、その反対は難しい。

 実力を見れば、すぐにばれてしまうだろう。

 

 そんな事情もあって、ヒュンケル達の冒険者登録は認められたものの、暫くの間、『ギルド』の中で話題になり、憶測が飛び交う事になった。

 

 

 ギルドの受付嬢エイナ・チュールは、途轍もない新人冒険者を目の前にして、内心冷や汗を掻いていた。

 今朝の彼女の出勤と同時に、五人のヒューマンがギルドを訪れ、冒険者登録を申し出た。

 一人はLv1で、完全に新人の冒険者、十四歳の少年、ベル・クラネル。

 後の四人は、いきなり第一級冒険者として登録しながらも、オラリオのダンジョンに潜った経験は無いという、謎の一行。

 

 (確か昨日、人を捜しているって言って、ギルドに来た人達……よね?)

 

 エイナは、彼らに見覚えがあった。

 昨日の午後、ギルドにやって来て、ダイという名の少年の冒険者がいないかと、訊ねて来た四人組だ。

 エイナがそういう名前の少年冒険者はいないと告げると、厳しい顔で去って行った彼らだが、今日再びギルドにやって来た。

 

 昨日とは違い、【ファミリア】に入って神から『恩恵』を受けた者として、冒険者になる為にだ。

 

 (でもまさか、四人とも第一級冒険者だったなんて……)

 

 申請を受け付けた時には、何度も確認してしまった。

 それでも間違いではないと、返された。

 

 そして、彼らの冒険者登録は、ギルドに受理されたのである。

 

 

 ギルドでは、新人冒険者にはアドバイザーを付けて、冒険をサポートしている。

 今回は、初心者のベルだけでなく、ヒュンケル達も『ダンジョン』の探索が未経験だと告げると、ベルと一緒にアドバイザーを担当してくれるという、ギルドの女性職員を紹介された。

 

 ほっそりと尖った耳、眼鏡のレンズ越しに見える澄んだ緑玉色の瞳を持つ、妙齢の女性。

 彼女は、ギルドの窓口受付嬢の一人で、エイナ・チュールと名乗った。

 

 人間とは若干違うその繊細な姿は、人間とエルフという種族とのハーフの特徴だった。

 この世界には、元の世界よりも多数の種族が、『人類』という大きな括りの中にあるらしい。人間も『ヒューマン』という一種族に過ぎず、各種族間の深刻な対立は、少なくとも都市部ではあまり見られない。

 

 ヒューマンと各種族との間には子供が作れる為、混血児も珍しくないようで、特に差別される事もない様だ。

 それを知って、ラーハルトには多少思うところがあったようだが、表には出さなかった。

 

 「では、これよりオラリオに於ける、冒険者の基礎的な知識と、『ダンジョン』に関する勉強会を執り行います」

 

 Lv6という冒険者達を前にして、エイナの口調は若干強張ってしまい、彼女を生徒に厳しい女教師のように見せていた。

 ベルなどは、ガチガチに緊張して表情が固まってしまっている。

 

 「そう、硬くならなくても大丈夫だ。オレ達は教わる立場だからな、エイナさん」

 

 ヒュンケルが僅かに苦笑し、場の空気を和らげる。

 

 「少し事情があって、オレ達はこの街や『ダンジョン』についての知識が乏しい。君に教えて貰える事は、ありがたいと思っている」

 

 実際、オラリオやダンジョンに関するヒュンケル達の知識量は、田舎から出て来たばかりのベルと、大差ないであろう。

 

 「そ、そうなんですか……」

 

 緊張が少し解けたのか、エイナは肩の力を抜いて、息を吐いた。

 冒険者には、横暴な者達も少なくない。ましてや、彼らは第一級冒険者なので、最初の距離感を量りかねていたのだろう。

 ヒュンケルが一歩引いた態度を見せたので、彼女も安堵したらしい。

 

 「判りました。それでは、私がしっかり教えないと、いけないかな」

 

 エイナの瞳が、眼鏡の奥でキラリと光る。

 世話焼き気質の彼女は、冒険者達に生きて帰って来て欲しいと、人一倍強く願っている。

 その思いが、担当冒険者への苛烈な勉強会という形で発揮される事を、彼らはこれから知る事になるのであった。

 

 

 エイナの授業は多岐に渡った。

 オラリオとダンジョンの基礎知識、様々なモンスターの名前、姿、能力、対処法、得られる戦利品から始まり、現在のオラリオの情勢や、各【ファミリア】の公開情報、有名な冒険者の名前、ギルドの利用方法、犯罪行為やその罰則等々、一同が知らなかった情報が次々と出て来る。

 

 それに対して、ヒュンケル達が質問し、疑問をぶつけ、彼女が答える。

 昼食を挟んで授業は続き、午後になると、ベルは既に涙目になっていた。

 ヒュンケル達は、元々一軍を率いていた将軍やエリート兵士であり、決して不勉強な者達ではない。

 それでも、エイナが教えてくれる情報量は、一日で消化し切れるものではなかった。

 彼女は、これからも定期的に勉強会を開きますと、皆に宣言した。

 その時だけは、鉄面皮のラーハルトですら、眉をピクッと引き攣らせた。

 

 

 「しかし、この『ダンジョン』が、これ程の規模を持っているとはな……」

 

 エイナが教えてくれたダンジョンの情報に、ヒュンケルが厳しい目を向ける。

 ダンジョンは地下に広がる、円錐のような構造を持っており、基本的に深い階層程、その規模が大きくなる。

 

 地下一階なら、バベルのある中央広場程の広さだが、二十階層でオラリオの半分、四十階層で街の全域に匹敵する広がりを持つらしい。

 アバンが百五十階まで踏破したという、『破邪の洞窟』に比べても、一層毎の広さは圧倒的だ。

 この一千年の間に、数多くの冒険者達が迷宮探索に挑み、『上層』のマッピングは完成しているものの、『中層』の奥や、『下層』以下の階層となると、正規ルート以外では、今も多くの未探索領域を残しているという。

 

 「それに、どの【ファミリア】の冒険者も、ダンジョンの最深部までは到達していないのだな?」

 

 迷宮内の地図を睨み、ラーハルトがエイナに訊ねた。

 

 「そうですね、現在の最高到達記録は、五十八階層までです。つい先日ですが、【ロキ・ファミリア】が、未到達階層の開拓を目指して遠征に出発しましたから、もしかしたら、五十九階層に至れるかも知れませんけど……」

 

 彼らが生きて帰って来ない事には、それも判らない。

 

 「【ロキ・ファミリア】……。オラリオでも、最強の派閥なんですよね?」

 

 若干持ち直したベルが、質問する。

 

 「ええ、第一級冒険者が七名も所属する、大派閥よ」

 

 それだけの強者達ですら、ダンジョンの最深部を知る訳ではない。そこは、誰も立ち入れない謎の領域なのだ。

 

 「ダンジョンの奥深くへの遠征か……」

 

 その話を聞き、クロコダインも難しい顔をする。

 【ロキ・ファミリア】は、二十人以上の精鋭を揃え、遠征に出発したという。

 遠征の期間は、往復で約二週間。

 当然、それだけの人数が必要とする補給物資も、二週間分持って行かなければならない。

 その全てを、人力で地下に運んで行くのだ。

 

 ダンジョン深層部へのアタックが、大掛かりな遠征隊を必要とするのは、主力の第一級冒険者の他に多くのサポーターが付き従うからだった。

 もしも、ダイがダンジョンの奥深く、五十層よりも下にいるのなら、彼らもその場所に行かなければならない。

 

 幸い、彼らの手には、多量の荷物を簡単に持ち運べる、精霊がくれた魔法の『袋』があるので、補給物資の運搬に人手を取られる心配はない。

 

 「エイナさん、ダンジョンの中でも、人が生きて行く事は可能なのだな?」

 

 一通りダンジョンの事を聞き、ヒュンケルはその事をエイナに確認する。

 

 「はい、可能ですね」

 

 ダンジョンの中でも、階層によっては水も食料も豊富に存在する場所がある。モンスターが生まれない安全な階層もあり、警戒しながら野営する事も可能だとエイナが教えてくれた。

 

 「ダンジョン内には、いくつかの安全階層がありますが、最初の安全階層は十八階層にありますね。ここには、冒険者達が、『中層』から『下層』に挑む際に中継基地となる、街が作られています」

 

 それは、Lv1のベルには、まだ知る必要のない情報だが、ヒュンケル達にとっては、重要な情報だった。

 

 「ダンジョンの中に、街があるのか!?」

 

 もはや、何でもありのとんでもない迷宮の有様だが、それは彼らにとっては朗報だった。

 今の時点でも、ダイが何故ダンジョンの中にいるのかは不明なのだが、水も食料も確保出来て、安全に過ごせる場所もあるのなら、彼の無事は期待出来る。

 

 「あの、ヒュンケルさん達は、確かどなたかを捜しているんですよね?」

 

 昨日も聞いた話なので、エイナが訊ねて来た。

 

 「そうだ。ダイという十二歳の少年なのだが、やはり心当たりはないか?」

 「はい、昨日も言いましたけど、そういう名前の冒険者は知りません。もしかして、その子もお強いんですか?」

 

 第一級冒険者である彼らが捜す相手なら、十二歳の少年と言えども実力者なのかも知れない。

 

 「ああ、強いな。オレ達が第一級冒険者だと言うなら、あいつもそうだろう」

 「え?」

 

 そのヒュンケルの言葉に、エイナの眼鏡がずり落ちる。

 もしも、それが事実なら、ダイという少年は、第一級冒険者と呼ばれるLv5以上の力の持ち主という事になる。

 現在、Lv5に至った史上最年少記録は、十三歳の筈だ。

 彼らの捜し人は、『彼女』の記録を超えているらしい。

 

 「オレ達の目的は、そのダイを見つけ出す事だ。どういう理由かは不明だが、あいつはダンジョンの何処かにいるようなのだ」

 

 捜し人がダンジョンの中にいる。

 だから彼らは、その人を捜しに行く為に冒険者になった、とエイナに話した。

 

 「あの、それでしたら、やっぱり『ギルド』に冒険者依頼を出された方が、良くはありませんか?」

 

 ダンジョンの中には、日々大勢の冒険者が出入りしている。

 人捜しをするのなら、そうした冒険者に協力して貰うのが確実だろう。

 冒険者に仕事を依頼をするには金が必要だが、Lv6が三人もいるパーティなら、ダンジョンの『下層』や『深層』で、短時間の内に大金を稼ぎ出す事も可能になる。

 

 「いや、それも考えてはみたのだが……」

 

 確かに、人手を掛けて捜せば良いのかも知れない。

 しかし、この世界の、特にオラリオの情勢を知った今、ダイの事は、あまりこの世界の者に知られたくないと、ヒュンケルは判断していた。

 

 未知と娯楽を求める神々、その神々の派閥に所属する眷族である冒険者達。

 この都市を取り巻く【ファミリア】同士の対立構造のバランスは、かなり微妙なものだと彼らは知った。

 そこに、異世界からやって来た自分達に加えて、神々に匹敵するような戦闘能力を持つダイの存在が明るみになりでもしたら、それを切っ掛けとして、どんな抗争が勃発するか予測出来ない。

 

 「ダイの事は、あまり他人に知られたくない。取り敢えず、オレ達で捜してみる。他の冒険者に依頼する事はないだろう」

 「そうですか」

 

 そのように言われては、エイナもそれ以上の事は言えない。

 彼らから正式に依頼されない限り、『ギルド』が勝手に依頼書を作る事は出来ないのだ。

 

 「エイナさんも、オレ達がダイを捜している事は、あまり触れ回らないで欲しい」

 「はい、判りました」

 

 こうして、ダイ捜索の依頼は見送られ、その情報が書類になる事はなかった。

 

 

 午後まで掛かって、エイナの勉強会が終わった。

 ダンジョンに関する一通りの情報は伝えられたが、それでも、ギルドが有する全ての情報を教えられた訳ではない。

 駆け出しのベルなら、『上層』だけの知識だけでも、当面大丈夫だろうが、ヒュンケル達には『中層』以下の知識も必要となって来る。

 

 一行は、これからも、定期的にエイナの勉強会に参加する事を約束し、解散となった。

 

 「ふうっ」

 

 エイナは大きく息を吐いた。

 Lv6の冒険者を相手にアドバイザーを務めるなど、彼女も初めての経験だったので、気疲れしたのだ。

 もう少し付き合いが深まれば、砕けた調子でも話せるだろうが、今日のところは、自分の口調も少し硬かったと思う。

 

 戦いも冒険も初心者のベルは兎も角、あの四人は、接してみれば生粋の戦士であり、礼儀を弁えた人達だという事が判った。

 圧倒的な実力に裏打ちされた自信が、態度に余裕を持たせている感じだろうか。

 知らない事は、謙虚に訊いて来るし、勉強にも熱心だ。

 『ダンジョン』での人捜しが目的だというのが、少し気になるが、悪い人達ではないのは判る。

 

 「よしっ、それなら、ベル君と一緒に、私が面倒見てあげれば、良いわよね」

 

 新たな冒険者の誕生を、ギルドの受付嬢エイナ・チュールは、熱意と共に歓迎するのであった。

 

 

 「あの、ヒュンケルさん、お願いがあるんですけど……」

 

 『ギルド』での冒険者登録と、エイナの勉強会を終えた彼らは、今日の夕食の材料を買ってホームに戻って来ていた。

 

 「なんだ?」

 

 訊き返しながら、ヒュンケルはベルの手の中にある、ギルドから支給された装備品に目を向ける。

 ギルドへの借金、という形で手に入れた短刀と防具。

 貧弱な装備ではあるが、ベルが初めて手にした、戦う為の道具だ。

 

 「はい、僕に戦い方を教えて貰えませんか?」

 

 ベルは、思い切ってヒュンケルにそう願い出たのであった。  

 勉強会でエイナにも言われたのだが、戦闘経験の無いベルが、ダンジョンで生き残るには、彼に戦いの基本を教えてくれる者が必要になる。

 

 普通【ファミリア】では、先輩の冒険者に教えを請うのだが、出来上がったばかりの【ヘスティア・ファミリア】には、初心者と熟練者しかいない。

 必然的に、ベルに戦い方を教えられるような者は、ヒュンケル達だけだった。

 

 そして、夕べ簡単に話を聞いた限りでは、ヒュンケルは剣の達人で、ラーハルトは槍の達人、ヒムは格闘術の達人で、クロコダインは重量級武器の使い手だと知った。

 この中から、誰かに師事するとしたら、どうなるか。

 

 ラーハルトは、最初から誰かに槍術を教える気など無さそうである。

 ヒムの格闘術は、ベルには余りにも不向きだろう。

 クロコダインに至っては、力と体格が違い過ぎる。

 結局、ベルの選択は、剣士であるヒュンケルの一択となった。

 

 「それは構わんが、オレ達もダンジョンの奥に進まねばならん。ここに居る時や、早朝の時間が取れる時になってしまうが、それでも良いか?」

 「はいっ! お願いしますっ!」

 

 意外とあっさり了承して貰えて、ベルは嬉しそうに叫んだ。

 その様子に、ヒュンケルが苦笑する。

 

 彼らの一行がヘスティアと出会い、【ファミリア】に入れる切っ掛けとなったのが、この少年ベル・クラネルだったのだ。

 ヘスティアの最初の眷族になった彼が、皆を受け入れてくれたからこそ、一行は路頭に迷わずにここから次の一歩に進む事が出来る。

 ヒュンケルとしても、その程度の頼みを聞くのは当然だと思っていた。

 

 「へえ、ヒュンケル君がベル君を鍛えてくれるのかい?」

 

 横で話を聞いていたヘスティアが、興味を持った様子で話に加わった。

 

 「ああ、そのようだ。だが、オレも人に何かを教えるのは初めてだからな。上手く出来るかどうかは判らん」

 「ん? でもヒュンケル君だって、誰かから戦い方を教わったんじゃないのかい?」

 

 強力な戦士であるのに、意外と慎重なヒュンケルの言葉に、ヘスティアがそう訊ねる。

 

 「それはそうだが、オレは師達から見れば、不肖の弟子だったからな」

 

 そう言って、ヒュンケルは自分を鍛えた師達の事を思い出す。

 育ての父、地獄の騎士バルトスからは、武人としての誇りと心得を教えられた。

 勇者アバンからは、剣技と闘志、それに闘気術を学び、魔影参謀ミストバーンからは、憎しみと闇の闘法を学んだ。

 

 しかし、彼は父の教えに反してアバンを殺そうとし、憎しみのままに魔王軍の将となり、最後には師の一人であったミストバーンに引導を渡した。

 善と悪に鍛えられ、『魔剣戦士』と呼ばれていた過去の事は、今もヒュンケルの中で完全に払拭された訳ではない。

 師や仲間達の励ましや受け入れのお蔭で、最早それを理由に立ち止まる心算はないが、その清算は終わってはいない。

 その為にも、彼はダイを捜し出し、皆の下へ帰す覚悟でこの世界にやって来た。それも愚かだった過去への、償いの一つなのだ。

 

 「でも、ヒュンケル君、自分が不肖の弟子だと判っているなら、今の君は、どうすれば良い師匠、良い弟子になれるかも、判っているんじゃないのかい?」

 「それは……」

 

 ヘスティアが青い瞳で、真っ直ぐに彼を見つめて来る。

 

 「何も、武器の使い方やモンスターとの戦い方だけを教えるんじゃなくて、君の失敗とやらを生かしてベル君を鍛えてやっておくれよ」

 

 失敗を糧として、次の者に伝えて行く事。

 それもまた、指導者の務めだと、女神は言った。

 

 「……そうだな、判った。ベル、覚悟して置け、オレはオレの師達ほど、甘い教えはしないからな」

 

 ヘスティアの言葉を聞き、心の暗雲が少し晴れたヒュンケルは、口元に僅かに笑みを浮かべてベルを脅かした。

 

 「は、はいっ!」

 

 額に汗を流し、ベルが頷く。

 ベルは、自分が虎の尾を踏んだ事に、漸く気が付いたようだった。

 

 

 翌日の早朝、午前五時。

 【ヘスティア・ファミリア】のホームである廃教会近くの廃棄地区で、ヒュンケルはベルに指導を行う事にした。

 彼もダイを捜さなければならないので、ここで行われるのは、あくまで簡単な基礎訓練だけだ。 

 

 「遠慮はいらん、思うように打ち込んで来てみろ」

 「はいっ」

 

 ベルは短刀を構え、ヒュンケルはなぜか『袋』の中に入っていた、『ひのきの棒』を片手に握って彼と対峙する。  

 

 「行きますっ!」

 

 気合を入れたベルが、ヒュンケルに突撃して来る。

 戦いに関しては、全くの素人であるベルだが、既に『恩恵』の影響は受けており、その身体能力だけは、一昨日よりも向上していた。

 ヒュンケルは、その『恩恵』の効果に驚きながらも、ベルの攻撃を『ひのきの棒』で軽くいなしつつ、彼の現在の実力を見定めて行く。

 

 その結果、ヒュンケルが見切ったベルの実力は、完全に初級者のもの。今はまだ、アバン流刀殺法を教える段階ですらない、というものであった。

 ダイは、アバンから特別ハードコースの特訓を受け、三日で『大地斬』と『海破斬』を習得したが、それは『ドラゴンの騎士』としての圧倒的な資質に加えて、デルムリン島での野生児としての暮らしの中で培われたものがあったからだ。

 

 しかし、元田舎の農夫のベルには、はっきり言って才能が無かった。

 

 だが、才能が無い『村人その1』から、勇者と共に大魔王に一撃を食らわした大魔導士にまでなった男を、ヒュンケルは知っていた。

 それ故に、才能だけで見切りをつけるような事を、彼はしない。

 

 「ベル、お前の今の力は判った。これから、一歩ずつ鍛えて行くぞ」

 「はいっ!」

 

 それから二時間ほど、ヒュンケルは武器の扱い方、身体の使い方、戦いに於ける注意点などを教えつつ、ベルとの模擬戦を続けた。

 

 「今のが剣の基本動作だな。完全に身に付ける為には、反復練習あるのみだ」

 

 早朝の訓練を終え、ヒュンケルが落ち着いた声でベルに言う。

 

 「は、はい……」

 

 地面に座り込んだベルが、大きく息を弾ませて答える。

 激しい訓練だと思っていたが、ベルと違ってヒュンケルは息一つ乱していない。見ると、最初に立っていた場所から、動いてすらいなかった。

 圧倒的な彼我の差を感じるが、同時にこれ程の戦士に戦い方を教えて貰える事に、ベルは充実感を覚えていた。

 

 「では、朝食を済ませるぞ。今日から、ダンジョンに潜るんだ。腹ごしらえは、しっかりとしておけ」

 「はいっ!」

 

 息を整えて立ち上がったベルが、元気良く返事をした。

 この先、ベルがどう化けるかは、神ですら知りえないであろう。

 それは、初めて弟子を持ったヒュンケルにとっても同じ事。

 異世界で出会った新たな師弟の関係は、良好にスタートしたようであった。

 

 

 訓練と朝食を終えると、ベルを加えた一行は、バイトが休みなのでホームに残るというヘスティアの見送りを受けて、『ダンジョン』に向かった。

 オラリオの街に伸びる、長いメインストリートを進み、街の中心部、白亜の摩天楼『バベル』にやって来る。

 

 「やっぱり、何度見てもでかい建物だぜ」

 

 首を仰け反らせて『バベル』の頂上を見上げたヒムが、そんな感想を漏らす。

 ダンジョンを封じる蓋の役目を果たしているというこの塔には、色々な施設があるらしいが、今から一行が向かう場所は、塔ではなく、その真下の『ダンジョン』である。

 

 『バベル』の地下一階。

 広大な円形空間の中央に、大穴が開いている。

 穴には地下へと続く螺旋階段が作られ、今も多くの冒険者達が、地下を目指して歩いて行く。

 

 「これが、『ダンジョン』の入り口か」

 

 一行は、穴の縁から底を眺める。

 

 「いよいよですね」

 

 ベルも、ゴクリと唾を飲み込み、緊張した面持ちで身を引き締める。

 

 「行くぞ、まずは『ダンジョン』がどんな場所なのか、この目で見なくてはな」

 

 そして、五人の冒険者は螺旋階段に足を踏み入れた。

 彼らの『ダンジョン』探索が、これから始まるのであった。

 

 

 そこは、薄青色の壁面を持つダンジョンの一階層。

 一行の目に飛び込んで来た光景は、今まで見た事の無い神秘であった。

 視界に広がるのは、薄青色に染まった壁面と天井。道は天然の洞窟のようにも見え、四方八方に伸びている。

 

 「ここが、『ダンジョン』の中か……」

 

 ヒュンケルは、その洞窟の内部を見渡す。

 天井に明々と燐光を放つ部位があるので、照明器具を持たなくても、内部は十分な明るさを持っていた。

 

 「明かりがあるのは、ありがたいな」

 

 真っ暗闇を想像していたラーハルトは、ダンジョン内部の明度が、戦いに影響しない程度にある事を確認する。

 

 「おっ! なんかいるぞ」

 

 ヒムが、通路の先に何かを見つける。

 そこには、緑色の体色を持つ、小柄な人型モンスターが一匹いた。

 

 「あれは、『ゴブリン』ですよっ! 間違いありませんっ! 僕、子供の頃に殺されかけた事があるんですっ!」

 

 その時のトラウマを思い出し、ベルの身体が強張る。

 

 「ふむ、エイナ嬢から聞いた、ダンジョンで一番弱いモンスターだな」

 

 クロコダインが、初見のモンスターに目を凝らす。

 数多の怪物を見て来た獣王の隻眼が、『ゴブリン』の実力を見抜く。

 彼らの世界で言えば、精々街の周囲をうろつく『スライム』や『大鴉』程度の相手だろう。

 他の者達も、概ねそんな評価だった。

 

 ヒュンケルは、自分の傍で短刀を握り締めるベルを見る。  

 白髪の少年は、緊張と恐怖で、足を震わせていた。

 

 「こいつと戦えるか、ベル?」

 

 そんなベルに、ヒュンケルが静かに声を掛ける。

 

 「ヒュンケルさん……」

 「おまえは、冒険者になるのだろう? これは、その最初の試練だ。この一歩を踏み出さない限り、おまえは前には進めない」

 

 ベルの特訓は引き受けたヒュンケルだったが、彼らにはダイを捜すという目的があり、その為には『ダンジョン』の奥へと行かなくてはならない。

 まだ冒険初心者で、当分の間は『上層』で一人戦う事になるだろう、ベルのお守りをする事は出来ないのだ。

 その事を悟り、ベルも覚悟を決める。

 

 「やってみますっ!」

 

 硬い表情のまま『ゴブリン』に向き直り、ヒュンケルに教わった通りに短刀を構える。

 そして、超一流の戦士達が見守る中、ベルと『ゴブリン』の戦いが始まった。

 

 

 「やったっ! やりましたよっ! 僕、ゴブリンに勝てましたっ!」

 

 大きく肩を上下させながらも、ベルは、怪我らしい怪我はせずに『ゴブリン』に勝利した。

 ヘスティアの『恩恵』による身体能力の向上と、ヒュンケルが教えた戦い方の基本を忠実に守った結果であった。

 

 「ああ、良くやった」

 

 ヒュンケルが、珍しく優しい笑みを見せる。

 彼にとっては、アバンの修業を受けていた年齢一桁の頃には倒せたモンスターだろうが、素人のベルにとっては試練であり、それを乗り越えた弟子を褒めるのは、師匠の役割であった。

 

 「ベル、判っているとは思うが、おまえはまだ未熟だ。強くなるには、今のような戦いを一つ一つ積み重ねて行かなくてはならない。今のおまえなら、一、二層を探索するだけなら、死ぬ事はないだろう。しかし、エイナさんのアドバイスには従って、無茶だけはするな」

 「はいっ!」

 

 ゴブリンを倒して舞い上がっているベルだったが、返事は素直だった。

 そんなベルの様子を、他の三人もそれぞれの思いで見つめていた。

 何となく親しみが湧いて憎めない。

 ベル・クラネルはそんな少年であった。

 

 「ところでよう、コイツの中に、例の『あれ』があるんだろ?」

 

 ヒムが、ギルドで教えられた事柄を口にする。

 

 「どれ、調べてみるか」

 

 クロコダインが死んだゴブリンの死骸の前に屈み込み、その身体の中心に太い指先を突っ込んだ。

 そして、指先に当たった硬い物を摘んで引き抜く。

 それは、小さく輝く紫紺の石の欠片であった。

 

 「これが、『魔石』か」

 

 皆の視線が、その石に集中した。

 

 『ギルド』で教えられたモンスターの身体の中に必ず存在するという、魔力のこもった結晶体。

 ここ迷宮都市オラリオは、このダンジョンのモンスターから得られる『魔石』を様々な製品に加工し、独占販売する事で、巨万の富を築き上げている。

 『ダンジョン』とは、無限の富を生み出す鉱脈でもあるのだった。

 

 「やはり奇妙なものだな、この世界のモンスターは……」

 

 ラーハルトが、ゴブリンの死骸を注視する。

 魔石を抜き取られたゴブリンの死骸には、即座に変化が訪れた。急激に身体から色が消え失せ、全身が細かい灰となって、崩れ落ちる。

 残ったのは、地面に散らばる灰の小山だけであった。

 

 「魔石は、モンスターの生命そのものであり、最大の急所か。確かに、そのようだな」

 

 その現象を目にし、ヒュンケルはエイナの講義を確認した。

 やはり、彼らの世界にいたモンスターと、この『ダンジョン』のモンスターは、似て非なる存在であるらしい。

 

 「皆さんの世界のモンスターは、魔石を持っていないんですか?」

 

 常識の違いに戸惑う彼らに、ベルが訊ねる。

   

 「ああ、人工的に作られたモンスターでもない限り、そんな物は持っていない」

 「当然、オレの身体の中にも、魔石なんて無いぞ」

 

 クロコダインが、ドンと胸を叩いてそう主張する。

 

 「オレの身体には、前は『核』があったんだけど、ヒュンケルに砕かれてから、今はどうなってるんだろうな?」

 

 彼らのいた世界のモンスターは、アンデッドや超魔生物でもない限り、死んでも灰になどならない。

 呪法生命体であったヒムの身体には、禁呪法で作られた『核』があったが、金属生命体として生まれ変わった今のヒムには、そんな物はもう必要なかった。

 

 「そうなんですか~」

 

 世界の違い、種族の違い、モンスターの違い。それらを聞き、ベルが感心したような声を出す。

 世の中には、まだまだ自分の知らない事がたくさんあるのだと、彼は思った。

 

 「じゃあベル、これはおまえの物だ。持っておけ」

 

 クロコダインが、指先に挟んだ魔石の欠片をベルに渡した。

 ベルは、初めて倒したモンスターの魔石を手にし、満面の笑みを浮かべる。

 

 「じゃあ、僕『ゴブリン』を倒した事を、神様に報告に行って来ますっ!」

 

 そう言うと、ベルはダンジョンの入り口方向に向かって、走り去る。

 脱兎の如きその行動には、皆も少し呆気にとられた。

 

 「おいおい、行っちまったぞ」

 

 ゴブリン一匹を倒しただけで、ベルはダンジョンから出て行ってしまった。

 

 「……あれに、見込みはあるのか、ヒュンケル?」

 「……才能には乏しいが、やる気は十分あるようだ。何か、切っ掛けさえあれば、化けるかもしれん」

 

 アバンがポップを育てている時も、こんな苦労と楽しさを感じていたのだろうか?

 ふとそんな事を、ヒュンケルは考えてしまった。

 

 

 

 「で? オレ達はこれからどうするんだ?」

 

 ベルが去り、薄青いダンジョンの中は、再び静寂が訪れていた。奥からは、モンスターを狩る初級冒険者の気配もするが、この場にいるのは彼らのみだ。

 

 「ヒュンケル、ダイ様の『存在』は、今もダンジョンの中にあるのだな?」

 「ああ、それは間違いない。『ダイの剣』の反応は変わらない」

 

 ダイの存在と繋がる剣が、教えてくれる。

 ダイは、間違いなくこのダンジョンの何処かにいると。

 しかし、剣もダイの正確な居場所は掴めていない。判明している情報は、変わらず僅かなものであった。

 

 「ダイがいるとしたら、探索が粗方終わっているという『上層』よりも、『中層』や『下層』の可能性が高いと思う。特に、モンスターが生まれないらしい、安全階層なら生き抜く事も出来るだろう」

 

 『ギルド』で得られた情報と、ダイが『ダンジョン』の中にいるという剣によって齎された情報。それらを繋げば、ダイがいるのは十八階層以下の可能性が高いと、ヒュンケルは判断する。

 

 「では、最初に目指すのは十八階層か?」

 

 クロコダインが、『グレイトアックス』を担ぎ直し、通路の先を見る。

 

 「そうだ。それに、オレ達はこの『ダンジョン』という場所を、もっと良く知る必要もある。もしかしたら、ダイを見つけるまでには、長い時間が掛かるかもしれないからな……」

 

 ヒュンケルは、そう言ってダンジョンの地面に視線を送る。それに釣られるように、他の三人の視線も、そこへ向いた。

 そこはおそらく、遥か地の底。

 

 「やはり、一筋縄ではいかない場所か」

 「おお、背筋がぞわぞわするぜ」

 「うむ、覚悟が必要なようだ」

 

 戦士達の直感は、このダイの探索が簡単なものでは終わらないと告げている。

 具体的な理由は不明ながらも、初めて『ダンジョン』に足を踏み入れた時から、彼らはある種の戦慄を感じていた。

 ダンジョンの奥底には、『何か』があると。

 

 それは、かつて大魔王バーンと対峙した時のものにも似ている。

 

 圧倒的なまでの、『未知の力』との遭遇。

 それに挑むのは、常に命懸けの冒険となる。

 

 「取り敢えず、正規ルートとやらを辿って、下に向かおう。今日の目的は、十八階層への到達だ」

 

 表情を厳しく引き締めるヒュンケルに、皆が頷く。

 

 

 そして、異世界の戦士達の『ダンジョン』への挑戦が始まる。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    

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