ダンジョンに竜の探索に行くのは間違っているだろうか   作:田舎の家

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第七話 ダイの大冒険

 「やあ、お帰り、ヒュンケル君、ラーハルト君、ヒム君、それにクロコダイン君」

 

 ソファーの上で寝転がって本を読んでいたヘスティアが、パタンと本を閉じて、『ダンジョン』から帰って来た眷族達をホームに迎えた。

 

 「ああ、今戻った」

 「ただいま、神様っ!」

 「無事戻って来たぞ、女神殿」

 「………………」

 

 ヒュンケル達四人は、ヘスティアに帰還を告げ、魔石灯の明かりに照らされた地下室を見回す。

 そこに、ヘスティア以外の人影はなかった。

 

 【ヘスティア・ファミリア】のもう一人の団員、ベル・クラネルは不在だった。

 朝方の探索で、『ゴブリン』一匹を倒しただけでダンジョンから出てしまったが、再び入り直したのだろうと、ヒュンケルは思う。

 

 彼らは、今日の目的であったダンジョン十八階層への到達を果たして、探索を切り上げた。

 途中、『怪物進呈』や『怪物の宴』に遭遇し、大規模な戦闘に巻き込まれたが、難無くそれを退け、地上に帰還したのである。

 その後、『ギルド』本部に立ち寄り、アドバイザーのエイナ・チュールに、今日の到達階層を報告し、同時に『魔石』と『ドロップアイテム』を換金したのであった。

 

 「ベル君とは、ギルドで会わなかったのかい?」

 「オレ達がギルドで換金する時には、いなかったな。まだ、ダンジョンに潜っているのだろう」

 

 冒険者生活初日であるにも関わらず、こんな時間まで粘るのは感心しない。

 ヒュンケルがそう言うと、ヘスティアは少し言い辛そうに、昼間あった事を彼らに告げた。

 

 彼女によると、ベルはやはり一度ここに戻って来ていた。

 『ゴブリン』を一匹倒したと、はしゃぎながらヘスティアに報告しに来たそうだ。

 

 「それで?」

 「うっ、その、ボクが『ゴブリン一匹だけ倒して、ダンジョンから帰って来たのかい?』って言ったら、顔を真っ赤にして、そのまま飛び出して行っちゃったんだ……」

 

 余りに虚しい戦果報告に、居た堪れなくなったらしい。

 そして、そのままダンジョンに再突入しに行ったのだろう。

 

 「そうか、まあ、それならその内に帰って来るだろう」

 

 少し溜め息を吐きつつ、ヒュンケルはベルの帰宅を待つ事にした。

 

 「それじゃ、オレ達はシャワーでも浴びちまおうぜ」

 「そうだな」

 

 ベルが帰って来るまでに、ヒュンケル達は順番にシャワーを浴びて、今日一日の汗を流した。

 そして、日が暮れきった頃、ベルがホームに戻って来た。

 

 「神様、帰って来ましたっ、ただいまっ!」

 「お帰り、ベル君。それで、昼間の事なんだけどね……」

 

 ベルを心配し、昼間の事を謝るヘスティアに、ベルも申し訳なさそうに頭を下げている光景が、シャワーを浴び終えたヒュンケル達の前で繰り広げられる。

 【ヘスティア・ファミリア】の冒険者達による、ダンジョン攻略初日は、ほのぼのと終ろうとしていた。

 

 

 「夕食が、凄い豪華ですね……」

 

 ベルは、テーブルの上の夕食を前に、深紅の瞳を丸くしていた。

 料理の類いが得意な者がいないので、出来合いの物を買って来たという品が多い。

 しかし、そこには、肉や野菜をふんだんに使ったいくつかの料理、それに大きなパンの塊、祝杯用のワインまでが並べられていた。

 

 「本当に良いのかい、ヒュンケル君?」

 

 ほんの数日前までの食生活とはかけ離れた、今日の夕食に、ヘスティアも恐縮気味だ。

 

 「まあ、オレ達に出来る事は、これくらいだからな。今日の探索でも、金は手に入った。食事くらいは、贅沢しても困りはしないだろう」

 

 苦笑しつつ、ヒュンケルが女神と少年にそう言った。

 

 「そうだぜ、神様。食い物には、拘らなくちゃな。オレは、生まれ変わって、一番嬉しいのは、食い物の味が判るようになった事だぜっ!」

 

 ヒムも、目を輝かせてテーブルの上を見つめている。

 生命体に生まれ変わった彼は、かつては持たなかった感覚を獲得している。一つは『痛覚』であり、もう一つは『味覚』だった。

 以前のヒムは、何も食べる必要が無かったので、味とは無縁だったのである。

 

 「フハハッ、それに戦士にとっては、この身体が資本だ。ベルも遠慮なく食べろ」

 

 並外れた巨体のクロコダインは、当然、並外れた食事量を要求される。

 

 「それじゃあ、頂きますっ!」

 

 ベルが料理に頭を下げて、皆の食事が始まった。

 

 

 「むぐむぐ、うん、美味しいよ。君達眷族のお蔭で、こんな美味しい料理が食べられるなんて、ボクは幸せな神様だなぁっ!」

 

 魔石製品で温められた料理を頬張り、満足そうなヘスティア。

 

 「本当ですね~、僕なんて、今日一日で300ヴァリスしか稼げなかったのに……」

 

 料理を口にしつつ、ベルは自分とヒュンケル達の稼ぎ差を知り、少ししょんぼりしていた。

 ベルが今日稼いだ金は、300ヴァリス。

 一方、ヒュンケル達が稼いで来た額は、30万ヴァリスだった。

 今日だけで、彼らはベルの一千倍の金を稼いだ訳だ。

 

 比較するのも失礼で馬鹿馬鹿しい話だが、それが、今のベルとヒュンケル達との力量差なのである。

 

 「気にする事はないよ、ベル君。君は君なんだから、自分のペースでやれば良いんだ。君が心がけるのは、『命を大事に』だよ」

 「そうだ、お前は稼ぎを気にするより、まずはダンジョンでの戦いに集中するんだ。『魔石』を拾うよりも、生き残る方を優先しろ」

 

 ヘスティアとヒュンケルが、落ち込む少年に声を掛ける。

 ベルの稼ぎが少ないからといって、非難する者など、ここにはいないのだ。

 

 「それにね、ベル君。ボクは、これからも、バイトは続ける心算さっ! 君達眷族だけに、稼ぎを頼ったりはしないんだぜっ」

 

 今まで通り、『ジャガ丸くん』を売る露店でのバイトは続けると宣言し、ヘスティアは胸を張る。

 

 「神様……」

 

 そんなヘスティアを、ベルが尊崇の眼差しで見つめた。

 勿論、働いている露店を大爆発させてしまい、その失費をバイト代から支払わなければならないという事は、眷族達には内緒であった。

 

 「ほうっ、女神殿がそれ程の覚悟ならば、オレ達も頑張らねばなっ!」

 「おう、この街には、いろんな食い物があるらしいもんなっ!」

 

 クロコダインとヒムが、骨付き肉を咀嚼しながら、女神を称える。

 

 「やれやれだな……」

 

 その横で、ラーハルトが嘆息した。

 

 地下室での【ヘスティア・ファミリア】の夕食は、賑やかに行われたのである。

 

 

 「ところで、ダンジョン探索は、どうだったんだいヒュンケル君?」

 

 千切ったパンを口にしつつ、ヘスティアが今日の探索について皆に訊ねた。

 

 「ああ、特に問題はなかった。ギルドで貰った地図に沿って、無事に十八階層まで辿り着けた」

 

 その途中で起こった幾度ものモンスターとの戦いは、大した障害ではなかったと、ヒュンケルが言うと、他の三人も頷いた。

 

 「十八階層……」

 

 今日初めて一階層に足を踏み入れたベルとは、桁の違う階層に彼らは到達している。

 

 「ふーん、まあ君達程の実力者なら、大丈夫だよね。でもベル君は、間違っても真似しちゃ駄目だよ」

 「は、はい」

 

 ベルは、まだ冒険初日を生き延びただけである。

 彼が十八階層に実力で到達出来る日は、順調に行っても、二、三年後であろう。

 ヘスティアはそう思って、少年に忠告した。

 

 「それで、ベル君はどうだったんだい、初めて潜ったダンジョンは? 何とかやっていけそうかな?」

 「はい、えっと……」

 

 ヒュンケルから受けた指導と『恩恵』の効果もあって、ベルは何とかダンジョン一層目での『ゴブリン』や『コボルド』との戦いを生き延びられたと語る。

 

 「そっか、安心したよ……」

 

 ヘスティアが、ベルはダンジョンで女の子を追い掛けているんじゃないかと心配したと言うと、ベルは顔を真っ赤にして否定した。

 そこから、ベルは英雄譚に出て来るような運命の出会いがしたいとか、ハーレムは男の浪漫だとか熱く語り出すのであった。

 

 「「「「………………」」」」

 

 そんな少年を見て、一同は似たような事を考えていた。

 この奥手で純情な少年に、変な洗脳をしたらしい彼の祖父。

 随分と罪作りな爺さんであると。

 

 「ベル君が育て親のお爺さんから受けた影響は、深刻みたいだねぇ。ねえ、ヒュンケル君、君なんかも、親から受けた影響は大きいのかい?」

 

 ベルの奮う熱弁が一息ついた時、ヘスティアは、ベルと同じヒューマンであるヒュンケルに、そう訊いて来た。

 

 「そうだな、オレもベルと同じで赤ん坊の時に親を亡くし、両親の顔は知らない。オレを拾って育ててくれたのは、『地獄の騎士』という『アンデッドモンスター』のバルトスという男だ」

 

 訊かれたヒュンケルは、当たり前の事のようにそう告げる。

 

 「モ、モンスターッ!? ヒュンケルさんは、モンスターに育てられたんですかっ!?」

 「それに、『アンデッドモンスター』ってなんだいっ!?」

 

 さらりと告げられたヒュンケルの過去。

 その話に、ベルとヘスティアが目を見開いた。

 

 「そうか、この世界にアンデッドの怪物はいないのか?」

 

 『ギルド』でダンジョンにいるモンスターの絵姿を一通り目にしたが、その中に、死から蘇った怪物、『死に損ない』の不死族はいなかった。

 

 骸骨姿のモンスターならば、『スパルトイ』という敵が『下層』に出現するらしいが、これはアンデッドではなく、『ゴーレム』に近い存在だろう。

 

 「『アンデッド』とは、邪悪な魔力によって死から蘇った亡者達の事だ」

 

 ヒュンケルは、二人にアンデッドについて説明した。

 『骸骨』の兵士や『ミイラ男』『腐った死体』等々、アンデッドにも色々いるが、いずれも元は命を落とした者が、死んだまま動いている怪物である。

 

 「動く死体……、それって、『呪い』みたいなものなのかい?」

 「そうだな、強大な魔力を持つ者によって作り出されて、その者の魔力の供給を受けて存在を維持している。作った者が死ねば、アンデッドも崩れ去る」

 

 アンデッドは、強力で邪悪な魔法の産物であり、上位のアンデッドならば知能も高く魔法も使いこなすと、ヒュンケルは語った。

 

 「でも……、そのアンデッドのモンスターが、ヒュンケルさんを拾って育ててくれたんですよね?」

 

 語られるアンデッドの恐ろしさとは正反対に、ヒュンケルが育て親を語る口調に誇らしさが滲んでいるのを、ベルは感じた。

 彼らの世界のモンスターの中には、ベルのいる世界のモンスターとは違って、知性と理性、それに心を持ち、言葉を話す者もいると、ベルも既に知っている。

 それでも、骸骨が子育てをする光景は、彼も想像出来なかった。

 

 「そうだ。オレの育ての父バルトスは、アンデッドモンスターではあったが、立派な武人の心の持ち主だった。父として、オレに初めて温もりを与えてくれた男だ。残念ながら、オレが六歳の時に死んだが、今でも父の事は武人の鑑と尊敬している」

 

 ヒュンケルはそう語りながら、懐かしさに微笑を浮かべる。

 

 「そうだね、ヒュンケル君を見ていれば、君を育てた人が立派な武人だって言われても納得するよ」

 

 話を訊き終え、ヘスティアが納得して頷いた。

 やはりベル同様、育て親の影響は大きいのだと、彼女は改めて思う。

 

 「でも、『動いて喋る骸骨』なんて、初めて見たら、多分僕は凄く驚きますよ。オラリオの『ダンジョン』にはいなくて良かったです、神様」

 「まったくだね、ベル君」

 

 そう言って、女神と少年は、共に頷き合った。

 

 

 「それで、今後の予定なのだが……」

 

 夕食を終えると、ヒュンケルはヘスティアに今後の探索の予定を説明する。

 情報が限られる中、ダイがいる可能性の高い、十八階層以下を探索する為に、彼らは安全階層を拠点に、二、三日泊まり込みで捜索に当たる事を決めていた。

 

 「ふうん、それじゃあ、君達は、一度ダンジョンに入ったら、二、三日は地上に帰って来ないんだね?」

 「ああ、その方が探索を進めやすい。ベルの訓練も引き受けているし、ギルドでの勉強会もあるから、一日二日の休みは取る心算だ。すまないな、ベル」

 

 ヒュンケルが、訓練に時間を余り割けない事を、ベルに詫びる。

 

 「だ、大丈夫ですよ、ヒュンケルさん。戦い方を教えて貰えるだけでも、ありがたいんですからっ!」

 

 謝るヒュンケルに、ベルが慌ててそう言う。

 最強クラスの戦士の大事な時間を、駆け出しの自分に使って貰っている身としては、そんな事を言われては恐縮するしかない。

 

 「そのくらいの事は、気にするなベル。オレ達は、同じ女神殿の眷族になったのだからな。なんなら、ヒュンケルの代わりに、オレが戦い方を教えてやるぞ」

 

 クロコダインが、力瘤を見せるように、ぐっと腕を曲げる。

 その丸太のような腕の太さは、軽くベルの胴回りを超えていた。

 

 「えーと、その、無理です……」

 

 クロコダインのような、圧倒的な怪力を必要とするような戦い方は、自分には出来そうもないと、ベルは思った。

 

 「でも、その間の食事とか、睡眠とかは大丈夫なのかい? 荷物だって、結構な量になるんだろ?」

 

 ダンジョン探索は、普通数人のパーティを組んで行う。

 その中には、直接戦闘をする者以外に、荷物持ちとして参加する者もいる。

 地下で数日過ごす為の物資や、回収した『魔石』や『ドロップアイテム』を持ち帰る為に、どうしても人手がいるのである。

 

 「それなら、この『袋』があるから、大丈夫だ」

 

 そう言って、ヒュンケルは自分の腰に取り付けた、何の変哲もない『袋』を軽くポンと叩く。

 

 「ん? その『袋』って、なんなんだい?」

 「この『袋』は、他の武具と一緒に『精霊』に貰った物だ。見た目の大きさを無視して、多くの物を収納出来る魔法の『袋』らしいな」

 

 ヘスティアに訊かれ、『袋』の機能を説明する。

 

 「何でも入る魔法の袋っ!? どれくらいの物が入るんだいっ!?」

 

 聞いた事のない魔道具に、ヘスティアが驚く。

 

 「流石に無限に入る訳ではないようだが、大きな倉庫一件分くらいの物資なら、入りそうだな。勿論、重さは感じない」

 

 まだ容量の限界まで入れた事がないので、正確なところはヒュンケルにも判らないが、兎に角、この『袋』一つで、常識外れの物資を手軽に持ち運び出来る事は確かだった。

 

 「凄いっ、夢のように便利なアイテムですねっ!」

 

 話を聞いて、ベルもこの『袋』の便利さに感じ入っていた。

 彼が使用しているただのバックパックとは、雲泥の差であった。

 

 「うーん、まさかとは思ったけど、君達の世界には不思議な道具がいっぱいあるみたいだねぇ。ねえ、ヒュンケル君、君達の持っている武具とやらの事も聞いて良いかい?」

 「ああ、構わない」

 

 そして、彼らは、各々の武器を女神と少年に見せて行く。

 

 「オレの『覇者の剣』は、天界産の『オリハルコン』製の剣だ。作者は不明だが、遥か過去の名工か、『精霊』達が鍛えた剣なのかもしれん」

 

 ヒュンケルが腰の剣を鞘から抜き、その刀身を晒す。

 

 「うわぁ……、ヘファイストスの所で、何本も凄い剣を見たけど、ひょっとしたら、それ以上かも……」

 

 神友にして世界的ブランドを誇る鍛冶系【ファミリア】を率いる、鍛冶神ヘファイストスのホームでも中々目に出来ない至高の金属『オリハルコン』の輝きに、ヘスティアの青い瞳が煌く。

 

 「凄いですね、神様……」

 

 超一流の戦士に相応しい武器の威光に、ベルも圧倒される。彼が使っているただのナイフとは、比べ物にもならない、本物の『英雄』の為の武器であった。

 

 「オレの槍は、魔界の伝説の名工ロン・ベルクの傑作『鎧の魔槍』だ」

 

 ソファーに腰掛けたラーハルトが、面倒そうにしながらも説明する。

 合言葉を唱える事で、鞘の部分が瞬時に鎧に変化し、所有者の身に装着されるという話には、ヘスティアとベルも耳を疑った。

 

 「凄い、伝説の名工の作品なんて……」

 

 ベルの深紅の瞳が、壁に立て掛けられた『鎧の魔槍』に釘付けになる。

 今のベルでは、使いこなすどころか、成長の妨げにすらなりかねない、強力な武器だ。

 

 「オレの『グレイトアックス』も、ロン・ベルク殿が作ってくれた物だな」

 

 クロコダインが、同じく壁の大斧を指さす。

 

 重量級の大斧『グレイトアックス』は、ただの武器ではなく、それぞれの合言葉と共に振り下ろす事で、『火炎』『爆発』『真空』の三つの魔法効果を生み出す事が出来る強力な道具でもある。

 

 「魔法攻撃が出来る武器かぁ、それって『魔剣』の事だよ」

 

 『グレイトアックス』の話を聞いたヘスティアが、『魔剣』について教えてくれる。

 

 『鍛冶』の発展アビリティを持つ鍛冶師が作り出す、魔法を撃ち出す武器。

 オリジナルの魔法を超える威力は持たないものの、誰でも使えて、瞬時に放てる為に、冒険者達はこぞってこれを手に入れようとしている。

 尤も、その性能に比例して、値段も天井知らず。

 その上、『グレイトアックス』とは異なり、使用回数には限度がある武器、それがこの世界の『魔剣』だった。

 

 「魔法を放てる『魔剣』か。そんな武器も、オラリオには出回っているのだな」

 

 魔法を使えないクロコダインにとっては、武器の力は貴重なので、覚えて置く事にした。

 

 「ちなみに、オレには武器は必要ないぜ。オレのこの拳が、最強の武器だからなっ!」

 

 最後にヒムが、己の拳をぐっと握り締める。

 

 全身が『オリハルコン』の塊であるヒムこそが、この一行の中でも最強の攻撃力と防御力、それに魔法耐性を持つ、ある意味、反則級の存在であった。

 

 「聞いているだけでも、溜め息しか出ないよ。そんな武器を持つ君達は、これまでにどんな冒険をして来たんだい?」

 「僕も、聞きたいですっ! 皆さんは、やっぱり『英雄』なんですかっ!?」

 

 彼らが異世界で繰り広げて来たという、冒険の話に、興味津々のヘスティアとベルが身を乗り出す。

 特に、『英雄』への憧れを胸に秘めるベルは、話を聞く前から瞳をキラキラ光らせていた。

 

 「生憎、オレは英雄と呼ばれるような者ではないな。どちらかと言えば、英雄に討たれた『悪役』の身だ」

 

 そしてヒュンケルは、数か月前に起こった大魔王バーンと地上に生きる人々との戦いの物語を、淡々と語り始めた。

 

 神々が創り出した、天界、地上界、魔界の三界。

 地上界の征服を掲げ、魔界に君臨する実力者、大魔王バーンは、モンスターと魔族からなる六大軍団を編成して、人々が暮らす地上の国々に対して侵略戦争を引き起こした。

 

 「大魔王による、世界征服~~!?」

 「い、いきなり、凄い話ですねっ!」

 

 語られる内容の大きさに、ヘスティアとベルが声を上げて仰け反る。

 

 「前にも言ったが、その時のオレは、復讐に狂い、道を踏み外していた。愚かにも世の人と正義を憎んだオレは、大魔王軍に入り、六大軍団の一つ不死騎団の軍団長となって、侵略者の一翼を担っていたのだ」

 

 死してなお蠢く不死者の軍団を率いたヒュンケルは、パプニカ王国を滅ぼした。

 

 「オレも、ヒュンケルと同じだな。かつてのオレは、人とは敵対するモンスターだった。百獣魔団の軍団長として、獣系のモンスターを率いて、人間の国に攻め込んだのだ」

 

 クロコダインも瞑目し、かつての己の所業を語る。

 

 「大魔王の軍隊で、君達は、将軍を務めていたのか……」

 「皆さん、そんなに偉い人だったんですか……」

 

 次々と語られる話に、仰天する二人だが、話はまだ序盤だった。

 

 大魔王バーンから地上侵略の軍団指揮を任された魔軍司令ハドラーの命令により、六大軍団は世界各国に侵攻し、いくつかの国が滅ぼされ、人類側は劣勢を強いられた。

 大魔王軍の圧倒的な戦闘力の前に、地上の人々は絶対絶命の危機に陥っていたのである。

 

 しかし、その絶望的な状況の中に、光が差した。

 

 それが、【勇者】ダイの登場である。

 

 南方に浮かぶ怪物島デルムリン島で、モンスター達に育てられた少年ダイは、かつての勇者アバンの指導を受けて、新たな勇者として覚醒した。

 そして、大魔王バーンとの戦いを決意して島を旅立ったダイは、仲間の魔法使いポップや僧侶戦士マァムと共に、ロモス王国に侵攻していたクロコダインを倒した。

 続いて、パプニカ王国を滅ぼしたヒュンケルとも戦い、彼を倒すと共に、彼の魂を救ったのだった。

 

 「それじゃあ、ヒュンケルさんとクロコダインさんを倒した、そのダイって人が……」

 「そうだ、英雄と呼ばれる者は、オレ達ではなく、ダイの事だ。勇者ダイ、あいつは皆にそう呼ばれていた」

 

 ダイとの戦いで、二人は武人としての誇りと正義の心を取り戻し、ダイと共に戦う仲間となった。

 

 「倒した君達を、仲間にしたのかぁ。そのダイ君っていうのは、大物だね」

 

 彼らとの話で度々出て来る、ダイという名前。 

 そもそも、彼らは行方不明になったダイを捜す為に、この世界のやって来たと言っている。

 かつて命懸けで戦った相手に対して、そこまでの忠義や恩義を持たせるのだから、よほどの人物なのだろうと、ヘスティアは思う。

  

 「オレが務めていたのは、六大軍団長の一人で、超竜軍団の軍団長竜騎将バラン様直属の配下、竜騎衆の一人陸戦騎だな」

 

 ラーハルトも、自分の所属を話す。  

 

 超竜軍団は、最強のモンスター『ドラゴン』を配する無敵の軍団。

 そして、竜騎衆は、そのドラゴンを駆る三人の『ドラゴンライダー』の事である。

 

 「尤も、オレはあくまでバラン様の部下であって、大魔王軍に所属していた心算はないがな」

 

 彼が忠誠を誓っていたのは、バラン個人であって、ラーハルト本人は魔王軍などどうでもよかったようだ。

 

 「ドラゴンライダーっ! ラーハルトさんは、『ドラゴン』に乗っていたんですかっ!?」

 

 ベルの脳裏に、ドラゴンを乗りこなすラーハルトの姿が思い浮かぶ。

 それは正に、英雄の絵姿であった。

 

 「オレは、魔王軍の全軍を束ねる総司令官、魔軍司令ハドラー様の親衛騎団の『兵士』だったぜ。まあ、ハドラー様が大魔王バーンに処刑されそうになって、親衛騎団はハドラー様と一緒に魔王軍から離反したんだけどな」

 

 ヒムが懐かしそうに、今は亡き仲間達の事を想う。

 

 大魔王軍と勇者とその仲間達との戦いは、その後も益々激しさを増して行く。

 超竜軍団長バランこそが、ダイの実の父親である事が判明し、哀しくも行われた親子同士による超絶の戦い。

 団結する各国、そこを強襲する、巨大な人型移動要塞『鬼岩城』の脅威。

 判明する、大魔王の居城。

 初めて対峙した時の、大魔王バーンとの絶望の戦いと敗北。

 罠として用意された、ヒュンケルとクロコダインの処刑場。

 皆の力を一つに合わせ、ついに大魔王の居城バーンパレスへの突入に成功。

 天翔ける空中宮殿バーンパレスで行われた、数々の戦いの末に、彼らは勇者ダイを無傷でバーンの下に送り込んだ。

 

 そして、バーンは、その本当の姿を現す。

 真・大魔王バーン。

 その力は、天地を鳴動させた。

 

 「「…………………」」

 

 そこまでの話を聞き、ベルとヘスティアが無言でゴクッと唾を飲み込む。

 どれもこれも、『迷宮神聖譚』にも出て来ない、異世界の冒険譚。二人が引き込まれるのも、無理はなかった。

 

 「それまでの、叡智と魔力を持った老人の身体に、若さと力を持った全盛期の肉体を融合したバーンの前では、オレ達は無力だったよ」

 「うむ、そこまで来ていながら、ダイの盾になってやる事も出来なかった。情けない話だ」

 

 ヒュンケルとクロコダインは、その時の無念を思い返す。

 

 「君達が無力って……、その大魔王って人物は、どんな力を持っていたんだい?」

 

 第一級冒険者である彼らが、太刀打ち出来ない存在。

 こちらの世界では、『神の力』を使える神々を除けば、『深層』の階層主や、あの隻眼の黒竜ぐらいの筈だ。

 

 「そうだな、こちらの『恩恵』で示される【ステイタス】とやらの基準で言えば、Lv4以下の強さの者は、抵抗の余地もなく、バーンに睨まれただけで、『瞳』という宝玉にされ、無力化してしまう」

 

 ヒュンケルは、あの場に居た者達の力から、『瞳』に変えられた基準を推測し、こちらの【ステイタス】に置き換えてみる。

 

 「Lv4以下を、睨んだだけで、抵抗の余地なく無力化ぁっ!?」

 「そ、そんな怪物みたいな人と、どうやって戦うんですかっ!」

 

 Lv4と言えば、第二級冒険者として、多くの中堅派閥で団長を務めている者もいる。

 大手の派閥でも、幹部や二線級の主力を務める実力者であり、冒険者の間では、全て名が知られる存在だった。

 

 それだけ力ある者であっても、真・大魔王バーンにとっては、自分と戦う資格も無い雑魚に過ぎない。

 Lv5相当の強さの者、アバンやマァムであっても、ダメージを負えば同じ結果となり、やはり『瞳』に変えられてしまう。

 バーンとまともに戦うには、Lv6以上の強さが必要だった。

 事実、ラーハルトとヒムは、戦闘不能になる大ダメージを負うまでは、戦えたのだ。

 

 「でもよう、オレとラーハルトが一緒に突撃しても、結局、バーンには掠り傷一つ付けられなかったんだよな」

 「ああ、魔界の神を自称するだけの力は、誇張ではなかったな」

 

 ヒムとラーハルトでさえも、バーンの天地魔闘の構えに二度も迎撃され、『瞳』に変えられてしまった。

 それでも、バーンには指一本も届きはしなかったのだ。

 

 「Lv6の君達が、掠り傷一つ付けられないぃ……」

 「ほ、本当なんですか……?」

 

 語られる大魔王バーンの超絶的な戦闘能力。

 過去の英雄譚に詳しいベルでも、到底知りえない強大な脅威だ。

 

 「でも、君達とダイ君は、その大魔王を倒したんだよね? いったい、ダイ君って、何者なんだい?」

 

 そこまでの話を聞いて、ヘスティアは疑問に思う。

 神とすら呼ばれる大魔王を倒したという、勇者ダイ。

 それはいったい、何者なのか。

 

 「ダイは、『ドラゴンの騎士』だ」

 「ドラゴン……の騎士?」

 

 ヒュンケルが口にした言葉を、ベルが繰り返す。

 

 彼らの世界は、人の神、魔の神、竜の神の三柱の神々によって創造された。同時に神々は、『人間』と『魔族』、そして『竜族』を創り、世界を治めさせる。

 しかし、この三つの種族は、世界の覇権を掛けて争い続ける事となった。

 

 それを疎ましく思った神々は、世界のバランスを崩そうとする者を粛清する、究極の戦士を生み出した。

 

 それが、『ドラゴンの騎士』である。

 

 『ドラゴンの騎士』は、竜の戦闘能力と魔族の魔力、そして人の心を持つ、究極の戦闘生物であった。

 ドラゴンの如き強さ、あらゆる魔法を使いこなす魔力、天と地と海をも味方に変え、全てを滅ぼす力を秘めた絶対の破壊者。

 いずれかの種族の中に、世界を我が物にしようという野心を抱く者が現れた時、それを滅ぼし、天罰を与える役割を使命とされた者。

 

 「…………………」

 

 話が大き過ぎて、ベルは付いて行けなくなった。額から汗を流しつつ、固まっている。

 

 「……つまり、ドラゴンの騎士っていうのは、世界のバランスを崩そうとする者を、神に代わって粛清する、地上に於ける神威の代行者って事なのかい?」

 

 話が神々に及ぶものなので、ヘスティアが静かな口調で確認する。

 

 神々が、下界ではその力を振るってはならない、というルールは彼らの世界でも有効らしい。

 その抜け穴的に、この世界では子供達に神々が『恩恵』を与え、その【ステイタス】を昇華する事で、様々な害意に対応している。

 しかし、彼らの世界の神々は、地上に最強の代行者一人を送り、バランスを保っているようだ。

 

 「そういう事になるな。尤も、正確に言えば、ダイは正式なドラゴンの騎士だったバランと、人間の女性との間に生まれた、混血児だがな」

 

 通常、ドラゴンの騎士は、神の使いである『聖母竜』マザードラゴンから産み落とされる。

 ダイの存在は、数千年の歴史を持つドラゴンの騎士の中でも、特級のイレギュラーなのであった。

 

 「それじゃあ、ダイ君は、その使命に従って、世界征服を企んだ大魔王と戦ったのかぁ……」

 

 人の子を母に持つドラゴンの騎士、それ程の存在がいて、漸く人々の暮らす地上世界は大魔王バーンに対抗する事が出来たのだ。

 

 「ああ、そうだ。しかし、大魔王バーンの真の目的は、世界征服ではなかったんだ……」

 

 魔王軍で軍団長を務めていた、ヒュンケルとクロコダインはおろか、総司令であったハドラーでさえも知らされていなかった事実。

 

 バーンの真の目的とは、地上の征服ではなく、地上の消滅だった。

 

 「地上の……消滅……」

 

 呆然とした様子で、ベルが呟く。

 

 「そうだ、バーンは配下だったオレ達にも秘密で、地上消滅計画を遂行していた」

 

 世界征服というお題目を隠れ蓑にして、バーンは地上世界を消滅させて、地下世界である『魔界』を浮上させようとしていた。

 強さのみが全てを支配し、凶悪な怪物達が蠢く暗黒の大地『魔界』。

 人も魔族も竜も、そしてモンスターも、全てが魔界へと墜ち、破壊や殺戮を喜びとする強者のみが生き残れる世界の創造。

 

 バーンをもってしても創り出せない『太陽』への渇望と憧憬。

 理不尽を強いる、神々への怒り。

 その計画は、実現の直前まで達していた。

 

 「魔界を浮上させたバーンは、最終的には、『天界』にまで攻め入って、神々を倒し、自らが神になる心算だったらしいな」

 

 そうヒュンケルが付け足すと、ヘスティアが大きく息を吐く。

 

 「とんでもない事を考える子供がいたもんだよ。君達の世界の神々も、そこまでする子がいたら、本望なのかなぁ……」

 

 少なくとも、この世界には、大喜びしそうな神々が居そうであった。

 

 「まったく、ひでー話だよな。大魔王バーンのやつはよう、『見事アバンの使徒を討ち倒し、世界を制圧した暁には、この地上、おまえにくれてやろう、その時は再び【魔王】を名乗るがいい……!!!』とかハドラー様とオレの前で言ったんだぜ。それなのに、最初から、約束反故にする気だったんじゃねーかっ!」

 

 今でも納得行かないヒムは、その時の事を思い出し憤慨する。

 バーンは、地上と【魔王】の称号をハドラーに与えるどころか、彼の体内に『黒の核晶』を埋め込んでいたのだ。

 

 「世界を滅ぼす……、そんな事を考える人がいるなんて……」

 「この世界で言えば、このオラリオを滅ぼして、『ダンジョン』に直接太陽の光を当てるようなものだよねぇ」

 

 ここオラリオは、ダンジョンからモンスターが溢れ出ないよう、蓋の役目をする要塞都市だ。

 もしも、オラリオが滅ぼされたら、世界中にモンスターが飛び出して、古代の戦乱の時代が蘇ってしまうだろう。

 

 「この世界には、そんな事考える人がいなくて良かったですね、神様」

 「まったくだね、ベル君」

 

 そう言って、少年と女神は共に頷き合った。

 

 

 「それじゃあ、ダイ君は、そのドラゴンの騎士の力で、大魔王と戦ったんだね?」

 「そうだが、ダイの力を持ってしても、バーンには対抗出来なかった。仲間達が捨て身で活路を切り開き、辛うじてバーンの片腕を切り落としたが、そこまでだったな。バーンは既に、世界消滅の計画を完成させていたのだ」

 

 その段階に於いて、大魔王バーンは、世界各地に究極の爆弾『黒の核晶』の設置を終えていた。

 六基の『黒の核晶』が爆発すれば、邪悪の六芒星の魔方陣によって魔力が増幅され、地上を跡形もなく吹き飛ばす。

 

 しかも、一基でも爆発させれば、他の五基も起爆するという念の入れようだ。

 世界の滅亡を止めるには、各地の爆弾六基を、全て魔法で凍結させるしかない。

 しかし、その危険を報せる術はなく、世界中の強者がこの場に集結し、戦闘不能の状態に追い込まれている。

 

 世界の終りまで、あと数分。

 大魔王バーンによる、完璧なチェックメイトであった。

 

 「ど、ど、ど、どうするんですか~~っ!!??」

 

 過去の物語を聞いているのに、今の事のように慌てるベル。

 想像してみれば、もうどうしようもない状態である。

 

 「奇跡が起きたのだ」

 「奇跡?」

 

 ヒュンケルは、訊ね返すヘスティアの、女神の青い瞳をじっと見返す。

 そう、それは正に『奇跡』だった。

 

 「オレ達のすぐ傍にいたのだ。『神の力』を宿す者が……」

 

 ダイの冒険の最初からの仲間。

 ダイにとっての初めての友達。

 

 『ゴールデンメタルスライム』、通称ゴメちゃん。

 世界に一匹しかいない、レアモンスターに過ぎないと思われていたゴメちゃんの正体は、『神の涙』というアイテムであった。

 

 本来、下界では行使出来ない『神の力』。

 それを、地上で行使する事が出来るという、天外のアイテム。

 その力を使えば、どんな願い事でも、叶える事が可能となる。

 

 「『神の力』を下界で行使出来るアイテム……。君達の世界の神々は、なんて物を創ったんだいっ!」

 

 神であるヘスティアには、それがどれ程の物なのか理解出来る。

 ルール違反、正に世界に対するチートである。

 

 「そうなのだろうな、手にした者の願いを何でも叶えてくれる道具など、世界のバランスを崩しかねん代物だ」

 

 それが発覚した時には、大魔王バーンですら驚愕し、神々の理不尽に激怒した。

 

 そんな道具であるからこそ、『神の涙』は使う者の正邪を判断する心を持っていた。『神の涙』を最初に見つけた者、即ちダイの願いを叶え、彼の『友達』になったのも、ダイが純真な心の持ち主だったからだ。

 

 ダイの友達、ゴメちゃんが起こした最後の『奇跡』。

 それは、世界中の人々の心を一つにし、世界崩壊の危機を報せる事だった。

 

 そして、『奇跡」は起きた。

 

 『黒の核晶』爆発の危機を知った者達が、その阻止に向けて自ら動き、ギリギリのところでその起爆を防いだのであった。

 

 人々の絆が、人の可能性が、世界を救ったのだ。

 

 「ふううううう……」

 

 ベルが大きく息を吐く。手に汗握る話に、息を止めていたのだ。

 

 「『神の力』を使って、その危機を世界中の人達に伝えたのかぁ……。本当に、崖っ縁の奇跡だったんだね」

 

 彼らが『神の力』に願った奇跡は、ほんの小さなものだった。

 その小さな願いが、世界を救ったのだ。

 

 「しかし、それでもバーンの優位は揺るがなかった。バーンにとっては、計画が少し狂っただけに過ぎなかった。一旦は世界の終わりを止めても、バーンはただやり直すだけで良いのだから」

 

 既に、大勢は決していた。

 ダイもヒュンケル達仲間も傷付き、最早バーンを倒す事は出来ない。

 ここまで来てもなお、彼我の差は圧倒的だった。

 

 「聞くのが怖いけど、その後、ダイ君はいったい何をしたんだい?」

 

 結果的に、彼らは大魔王バーンとやらに勝利したと、ヘスティアは認識している。

 ならば、ここから何かが起きたのだろう。

 まともに戦っても決して勝てない大魔王を倒す為に、勇者ダイは何かをしたのだ。

 

 「そうだ。ダイは、バーンを倒す為に、全てを捨てる覚悟を決めた」

 

 『ドラゴンの騎士』の最後の切り札。

 それは、人の心と身体を捨て、己の身を破壊と殺戮の化身たる魔獣『竜魔人』に変える事だった。

 

 「りゅ、竜魔人~~っ!?」

 「なんですかそれっ!!!」

 

 最早、ベルもヘスティアも、開いた口が塞がらないようであった。

 

 「残念ながら、ここから後に起こった事については、オレ達も直接見ていた訳ではない。だが、この直後、バーンは大きなダメージを受けて、オレ達は『瞳』から解放された。ダイが、竜魔人となって、バーンと戦った結果だろう。もう、オレ達に出来る事は、ダイを信じて待つ事だけだったな」

 

 そして、ダイは帰って来た。

 バーンを倒し、元の少年の姿に戻って、皆の下へ帰って来たのだった。

 

 「凄いですよ、ダイさんはっ! 本当に世界を救った英雄なんですねっ!」

 

 ベルは、まだ見ぬ年下のダイをさん付けで呼び、尊敬の念を露わにした。

 ダイの活躍は、彼が夢見る英雄そのものだったからだ。

 

 「でも、それじゃあ、ダイ君はどうしてこの世界に来て、行方不明になっちゃたんだい?」

 

 戦いを勝利で終えたのなら、そこで万々歳の筈だ。

 ダイを捜しに、彼らがこの世界にやって来る理由がない。

 

 「最後の最後に、『刺客』が残されていたからだ……」

 

 戦いを終え、皆から祝福されるダイの下へ、さらに勝利を祝いに現れた者がいた。

 

 死神キルバーン。

 

 大魔王バーン直属の暗殺者であった彼の正体は、魔界に封じられた知恵あるドラゴン、『冥竜王』ヴェルザーの配下であった。

 バーンの下で暗躍しながら、同時にバーンを抹殺する機会を窺っていたキルバーンは、彼らの前で、切り札を披露した。

 

 魔界の悪名高き爆弾『黒の核晶』。

 それを使って、地上を更地に変えようとしたのだ。

 

 キルバーンの最後の罠。

 それを阻止しようと、ダイは爆弾を抱えて空高く舞い上がった。

 そして、ダイは世界を救い、世界から消え去ったのだった。

 

 「その時の結末は、のちに『精霊』から聞いた。ダイは、爆発で生じた時空の亀裂に飲み込まれ、異世界に墜ちてしまったと……」

 「だから君達は、ダイ君を捜しに、この世界に来たんだね」

 

 全ての話を聞き終え、ヘスティアが神妙に頷いた。

 

 彼らが繰り広げて来た、壮絶な冒険の数々。

 だが、彼らの冒険はまだ終わっていなかった。

 勇者ダイを見つけ出し、彼を待つ者達の下へ送り届ける。

 それが、ダイに関わった大人達である、彼らの責任でもあった。

 

 「ああ、ダイが『ダンジョン』の何処かにいる事は、判っている。この剣が教えてくれているからな」

 

 ヒュンケルの背中にある剣。

 ダイの為に、名工ロン・ベルクが鍛え上げた、『オリハルコン』製の『ダイの剣』が、彼の生存を今も彼らに伝えてくれる。

 

 「ダイさんは、ダンジョンにいるんですか……。早く見つかると良いですね」

 

 ベルも、心底そう思った。

 彼も、世界を救った本物の英雄に会いたくなったのだ。

 

 「でも、ダイ君を捜す手掛かりはあるのかい? ダンジョンは、途方もなく広いよ」

 

 ダイを捜す彼らに、ヘスティアがそう訊ねる。

 

 「今のところは、ダンジョンの中にいるという事以外は、全く手掛かりがない状態だ。見つけるには、ダンジョンの中を虱潰しに調べるしかないだろうな」

 

 ヒュンケルは、そう言って仲間達を見回す。

 

 「当然だ、ダイ様はオレが必ず見つけ出す」

 「そうだな、オレも早くダイに会いたいからな」

 「あのダンジョンの探索は、中々面倒そうだけどな」

 

 ラーハルト、クロコダイン、ヒムには、これからの長く続くだろう困難なダンジョン内の捜索に、怯む様子は微塵もなかった。

 

 「そうかぁ、君達は本当に覚悟を決めているんだね」

 

 四人の不退転の決意を改めて確認し、ヘスティアは眷族全員の顔を見つめる。

 

 「ベル君は、女の子との出会いを求めて、ヒュンケル君達は、ダイ君を求めてダンジョンに挑むんだね。でもね、皆無茶だけはしないでおくれよ。君達に死なれたら、ボクは、とってもショックを受けるんだよっ!」

 

 初めて得た自分の眷族達の、それぞれの目標を受け入れつつも、女神は頼み込むようにそう言った。

 

 「は、はい、神様っ!」

 

 ベルが、真っ先に声を上げる。

 彼にとっては、新しい家族でもある、この神様を一人にはしない。

 少年は、そう心に誓うのであった。

 

 「心配はいらない。オレは、不死身だ」

 

 幾度もの戦いで、何度も死に掛けたにも関わらず、生き延びて来たヒュンケル。

 彼こそ、正に不死身の男であった。

 

 「フッ、当然だな」

 「オレは、頑丈なのが取り柄なのだ、女神殿」

 「おお、あんなのは、一度きりで十分だぜっ!」

 

 他の三人は一度死んだ事があるので、言葉にも実感がこもっていた。彼らも、二度も死ぬのは御免なのだ。

 

 「??? うん、信じるともっ!」

 

 今の遣り取りに、多少の齟齬が感じられたが、ヘスティアは眷族達の言葉に、にぱっと笑みを浮かべた。

 

 

 団員五人の零細【ファミリア】の夜は、事も無く過ぎて行くのであった。

 

  

 

 

    

 

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