その男、ドM 故に最強   作:トクサン

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その男、ドM 故に最強

 

その男、ドM 故に最強

 

 ある伝説がある。

 その男はふらりと現れ、瞬く間に頂点を奪い去り、あらゆる敵を屠ったと。

 

 曰く、絶対に折れぬ不屈の心。

 曰く、悉く打ち滅ぼす拳。

 曰く、全てを受け止める鋼の肉体。

 

 鎧も纏わず、武器も使わず、己が肉体一つで最強を目指した武神。

 二つ名を『無敗の英雄』

 彼の者は常に前線を逝き、戦火に呑まれようとも決して止まらぬ。

 常勝無敗、まさに無敵、最強。

 相対した者は逃げるか、或は戦場に散るか。

 この世に知らぬ者は居ないと言わしめる、その男の名はー

 

 

 

 

「あぁ、女王様に嬲られたい‥‥はぁ、はぁ」

 (うら)らかな昼下がり、皆様は如何お過ごしでしょうか。俺こと菅原隆一(すがわらりゅういち)はいつも通り領地にて日向ぼっこを敢行中です。この世界に来て早二カ月、いやはや時の流れと言うのはいつも残酷なもので。気付けば俺もこの世界の住人の一人、まさに唯一のプレイヤー。昨日も元気に戦場でSMプレイを楽しんできました、なんつって。

 

 

 この男、菅原隆一。

 草原に寝そべりながら夏の直射日光をモロに浴び、態々(わざわざ)全身を黒色に統一しつつ熱を帯びる男。その行動理由は「その方が気持ちが良いから」

 この世界でその名を知らぬ者は居ない武神、その人。だが実際に語られる英雄譚が真実とはかけ離れている様に、この男もまた英雄たる力を持ちながらも、その実‥‥。

 

 

「うっは、真夏の直射日光まじ気持ちぃ‥‥」

 

 

 Mであった。

 それもとびっきりの。

 

 そもそもこの男がこの世界に来た発端を話せば、この男の本質がおのずと見えてくると言うモノ。いつも通りSMプレイを風俗店で楽しんだ後帰宅、しかしいつも通りのプレイに満足出来なかった男が取った行動、Mとはまさに死の瀬戸際こそ気持ち良い(エクスタシイ)と言う持論を展開する男は遂にその一歩を踏み出した。

 

 首吊りである。

 

 男は現状に満足出来なくなっていた、蝋燭も鞭もビンタも何もかも生ぬるい、全力でぶん殴られてもまだ足りない。ならばこそ、今が自分の持論を試す時。真に死にかけた時、それは最高に気持ち良い(エクスタシイ)時なのでは無いか。そう思い、男は実践した。

 

― そして死んだ。

 

 しかしその死に顔は、まさにこの世の至福を味わったと言わんばかりの表情で。男の死体を見た警察官は「何故こんなに笑顔なのか」と疑問を覚え、何かしらの精神作用薬物が使用された可能性を疑ったとか何とか。

 そして死んだ男であるが、何の因果か生前好んでプレイしていたゲームの世界で生きていた。この男の趣味趣向を存分に反映させたキャラクター、名を『(´・ω・`)(しょぼん)

 装備はラスボスからドロップする超激レア「下着」のブリーフパンツ一丁。「ラスボスなのに下着ドロップ」「しかもブリーフ」「誰得」「そのくせ防御力くそたっけぇ」と言う酷評を受けた、まさに外見を犠牲に防御力を高めた呪いの一品。防具の下に履けば問題無いのではと言う意見もあったが、このゲームは嫌な所で凝っておりダメージを受ければ鎧が壊れる。結果どう頑張ってもブリーフパンツが画面に栄えた。そして誰も履かなくなったブリーフパンツ、しかしこの男にとっては正に神の様な防具だった。

 

 ダメージを受けた時の快感をモロに浴びたい、その為に防具など邪魔の極み!

 であれば下着のみを着ければ良い、履いてれば運営に文句も言われまい!

 しかし、レベルをカンストさせても防御力に不安が残る‥‥より長く気持ち良い(エクスタシイ)を得るにはどうすれば‥‥。

 

 そして泣く泣く防具を着用しラスボスと殴り合う事数十。流石にもうやる事も無く、引退と言う言葉が頭を覆い始めた時、そのブリーフパンツはドロップした。

 男は悟った、この装備は己が為に作られたアイテムだと。

 皮肉な事に、左程防具に頓着しなかった男の防御力はお世辞にも高いとは言えず、防具フル装備するよりもブリーフ一丁履いた方が遥かに防御値が上昇した。筋肉の鎧に輝く純白のブリーフ。 

 そして男は開花した、ステイタスは耐久と攻撃に全振り、敵と真正面から殴る事に特化したスキルも持つ男は正に最強の一角と噂されていた。防具さえ着れば本当に最強なのにとの声もあったが、男は耳を貸さなかった。

 

 そして何の因果か、再び男は(´・ω・`)(しょぼん)となる。  

 

 最初こそ戸惑った、しかしそれはものの数十秒で歓喜に代わる。ゲームでは所詮電気信号で送られた『快感』だった。しかし生身となった今、ステータスで大分強化された肉体はかなり死に難い。つまり、より長く気持ち良い(エクスタシイ)を得る事が出来る。

それに歓喜した。

 そして男は戦場で常に前線に立ち、己が国家に勝利を捧げんと奮闘する武神。傍から見ればそう思われるだろう。

だが内心はー

 

 うっはやべえ魔法超激キモチィイイイ! 大剣の一撃とかもうびんびんですわぁ! おっ、そこの弓の子もいいねぇ、眼球に向かって一撃、今の凄く気持ち良い(エクスタシイ)よぉ、もっと来て! ほら、カモンカモン! もっと殺す気で! さぁッ!

 

「さぁ、もっと来いッ!」

 敵陣に単身突っ込みつつ拳を振るい、悉く兵士を殴り殺す。それは本人なりの「快感」をお裾分けしたいと言う欲求から、ある意味善意で振るっているのだが、結局死ぬので絶望しかない、おまけにステータス補正で怪力になっている為即死である。

「くっ、コイツ、全然効いて無いッ!?」

「駄目、下がって、うあわぁあッ」

「撤退! 撤退ッ!」

 男の猛攻に耐えきれず逃げ出す敵軍、快感をくれないのならば既に用は無いと男は背を向ける。その姿が『逃げる者は追わず、立ち向かう勇者のみ相手にする』と言うある種の信念が滲み出ていると前線の兵達から全国に広まり。

 いつの間にか、本当にいつの間にか。

 『前線で奮闘する武神、されど敗者を虐げる事無く義に溢れる男』

 そういう事になっていた。

 

 

「隆一殿!」

 草原に寝そべる一人の男、屋敷より大分離れたこの場所は武神様が好んで良く来る場所の一つであった。真っ黒な服装で統一された姿、いつもの戦装束では無く普段着であられる彼の武神様は戦場では全く想像も出来ない程穏やかな表情であった。草に包まれた武神様の雰囲気は優しく、敵国から鬼の様に恐れられている存在とは思えない。

「ん‥‥(むしろ) か、どうした?」

 自分の声に反応した武神様は目だけで此方を射抜く、その青色に染まった瞳は穏やかで、しかし奥には何か底知れない魅力があった。

「はっ、殿下より伝令です、バース国境付近で呂国(りょこく)と小競り合いが起きていると、どうにも放置すれば本格的な侵攻戦になりそうなので、行って一蹴して来いと」

「‥‥殿下も人使いが荒い‥‥が、(いくさ)か」

「はい、戦です」

 そう言うと武神様はゆっくりと上体を起こしてから(おもむろ)に上着を脱ぎ捨てた。黒色の服が草原に脱ぎ捨てられ、その下から誰もが憧れる鋼の肉体が現れた。それに見とれている内に、いつの間にか下までも脱ぎ捨てられていた。そこから見えるは純白に輝く戦装束。皆から呼ばれているその装束の名はー

 

純白の聖三角(ホワイト・トライアングル)

 

 武神様曰く、「ぶりーふぱんつ」なる戦装束らしい。それのみを纏い戦場を掛ける武神様はどれ程の信頼をこの防具に込めているのか、言わずとも察せられると言うものだ。

「さて、では一丁行ってくるとしよう」

「はっ‥!」

 思わず見惚れていた所、何とか我に帰る。それから敵国の詳細な戦力をお伝えしようとした所、手で制された。

「良い、どれ程の数が相手だろうとも、この俺を満足させることは出来まい」

 その言葉に改めて尊敬と畏怖の念を抱きつつも、絶対的な安心感を齎す彼の武神に心酔する。この人ならば、自分の一生を捧げても悔いは残らないだろうと。

 

 当の本人は「やっほぅ、またあの気持ち良い(エクスタシイ)が得られるなんて今からワクワクが止まらないぜぇえ!」と思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

快感の拳(ハート・ブレイク)ぅぅゥッ!」

 

 二メートル越えの巨漢、戦場の中でも異色のパンツ一丁と言う外見からは想像出来ない程の拳が奔る。瞬間、拳を中心とした前方百メートルの範囲に居た敵兵が軒並み吹き飛び、地面を抉りながら突き進む余波が全てを破壊した。

 たった一突きで百人余りの敵兵を屠った人間、彼の者は武神と呼ばれる男。呂国との小競り合いの地に増援として駆けつけた彼は、己が肉体を敵の前に晒しつつ十二分に拳を振るっていた。

「アァンド、気持ち良い(エクスタシイ)ご褒美(ラヴ)ッッ!」

 技名を叫びながら蹴りやら拳やらを奮い、その度に地形が変わる様を味方は呆然として眺めるだけ。最早彼一人居れば戦況は滞りなく、相手の壊滅と言う結果を以て終戦するのは目に見えていた。

 尚、この技名は字面こそキタナイが、叫ぶ技名は彼の元の世界を基準としているので味方や敵に意味は伝わって居ない。これが彼が誤解される原因だったり無かったり。

「はははははッ! どうしたぁ、先程の様に痛快な一撃を俺に入れて見せろぉ!」

 笑いながら拳を振るう姿は、仲間にはこれ以上ない程頼もしく映り、敵には悪魔の様に映るだろう。彼が上機嫌に拳を振るい、一人でも多く『気持ち良い(エクスタシイ)』を味わって欲しいと思うのには理由があった。

 この呂国との国境付近で起きた小競り合いは、彼事「武神」をおびき寄せる為の罠だったのだ。彼が増援として戦場に入るや否や、百人を超える魔術師による大規模魔術が発動し、彼を中心とした二百メートル前後が地獄の焦土と化した。罠だと知らせる時間も無く、五十人余りの兵士と共に武神が獄炎へと呑まれる。

 これは魔術大国の呂国が編み出した大規模戦術魔法と呼ばれる、言わば対人として使用するにはあまりにも規模が大きすぎる魔術であり、それを目撃した味方軍は武神の死をイメージした。

 しかし、当の本人は。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおっ!?」

 

 元気であった。

 それはもう、ビンビン(下が)に。

 

 炎に焼かれながらもその肉体は健在、それどころか妙にテカって嬉しそうですらあったと当時前線の兵士は語る。その張り詰めた筋肉は炎の熱すらも凌駕し、全身から蒸気を吹き上げながら武神は焦土と化した地面の上に立っていた。

 そして一言。

気持ち良い(エクスタシイ)ッッ!」

 武神の国に置いて「エクスタシイ」と言いう言葉は「彼の武神が好んで使う言葉」と言う事で、元の世界でいう「アーメン」に近い位置付けにある。つまり良く意味は分からないが御利益がある言葉的なイメージだ。

 それを叫びながら敵陣へと突貫し、喜々として拳を振るい今に至る。彼が滅多に叫ばない技名を叫んでいるところを見るに、余程先の魔術がお気に召したことが分かる。彼にとって「気持ち良い(エクスタシイ)」こそ正義であり、「気持ち良い(エクスタシイ)」こそ全てだった。故に先程の一撃は望外の快感であり、凡そ今まで受けてきた快感の中でもトップレベルのものだった。

 だから彼は喜んでいた。

 喜んで拳を振るっていた。

 それが相手にとっての「快感」であるかは別として。

 

「ぐぁあああっ」

「ひっ、うあぁ、やめろぉ!」

「ぐぁらいふぁ」

 拳を振るうごとに敵兵が宙を舞い、地面に叩き付けられ、悉くが死に行く。

敵の兵士は皆が思っていた。

そもそもあれ程の熱量の中で生きている人間など、人間と言えるのか。自分達が相対しているのは実は本当に人外の怪物なのではないかと。頼みの綱の百人を超える魔術師は全て魔力枯渇状態で早々に戦場を退いた、貴重な魔術師を死なせる訳には行かないので当たり前だろう。だが、(ただ)の兵士にこの武神が止められる筈も無く。魔術行使から十分もすれば戦場には敵兵の屍が生きている者の総数を上回った。しかし撤退は認められていない、自分達は此処で死ぬ(さだ)めなのかと皆が思った時。

 

「お待ちなさいな!」

 

 一つ、上空より飛来する影があった。

 影は(さなが)ら隕石の様に戦地へと着弾し、轟々と地面を抉って砂煙を巻き上げた。場所は武神の直ぐ傍で、至近距離に何者かが着地したのだと理解した彼は、新たなる猛者の登場に胸を躍らせた。飛来する岩石を全て叩き落としながら、その人物が現れるのを待つ。黙々と続く静寂を断ち切ったのは叫び、それも己を誇示する様に砂塵が真っ二つに割れる。

 

「私が、来ましたわッ!」

 

 砂塵を裂いて中より現れるは、鎧とドレスを合わせた様な服を身に纏った女性。真っ白な髪に赤い瞳、手に持つ剣は紅色に輝く。整った顔立ちはしかし、好戦的な笑みに彩られ武神のみを見て居た。

― 魔剣姫 ドレルグラ・ローレライ

 魔術と剣術を極めた戦乙女、武神と並び「英雄」と呼ばれる存在の登場に、今まで死に体だった敵兵が一気に湧いた。

「姫様だッ!」

「ローレライ様が俺達の援軍にッ!」

 皆が一様に希望を持ち、その姿に歓喜する。

 対峙する武神もまた、思わぬ猛者の登場に満面の笑みを浮かべた。それは傍から見れば勇者の登場に歓喜する武人の表情。

だがその実、内心では「大規模魔術(アレ)を超える気持ち良い(エクスタシイ)を俺にくれるために来たんだな!? そうなんだな!?」と期待に胸を膨らませていた。

「久しいですわね、武神様」

「‥‥あぁ、よもやこの辺境の地で再び(まみ)えようとは」

 面識がある二人は互いに己の武器、魔剣姫は紅の剣を、武神は己が拳を突き出す。二人が出会ったのはこれで何度目か、数えるのも億劫になる程ぶつかり合った。そして今現在、武神に対抗できる唯一と言って良い程の人物がこのローレライだった。

剣技舞踏(ソードダンス)・業炎絢爛」

 ローレライが剣を一振りすれば、その紅に呼応した魔力が炎を生み出す。先程の大規模魔術にも匹敵する灼熱が離れている武神の肌をチリチリと舐めた。百年に一度の逸材、英雄の器、彼の武人に匹敵する英雄は不敵な笑みを浮かべ武神に問うた。

「念の為聞きますわ、投降なさって下さらない?」

 その呼びかけに武神もまた、笑みを浮かべ拳を焦土に打ち付ける事を答えとした。

「愚問」

「ですわね」

 戦闘開始の合図は無い、互いの体が一瞬で交差し剣と拳が火花を散らせた。一合、二合、その剣速と拳速は目に捉えられるものではない。

「ッ、相変わらず、出鱈目な硬度ッ! いい加減私のモノになりなさいなッ!」

「ハハハハッ、俺が欲しくば己の力で手に入れて見せろッ!」

 ローレライの剣が幾度と無く武神の体を奔り、その肉体を斬り付けるが、その結果は全くの無傷。凡そ傷らしいモノも見当たらず、武神の拳もまた宙を切る。二人の相性はある意味最高で、そしてある意味最悪だ。

 速度を生かした技で敵を翻弄し急所を突く戦闘スタイルを取るローレライ、片や敵の攻撃を全て受け切り、その上で強烈な一撃を叩きこむ武神。武神の攻撃はローレライを捉えられず、ローレライの攻撃は武神に傷をつけられない。これが最悪であり、最高でもある相性の結果だ。

 しかし、武神にとってローレライの存在はある意味特別だった。

 

― あッ、熱っ、気持ちィ、あぁそこッ、イッ、その小刻みクルぅ、おぅ、いぇあ!

 

 大規模魔術にも匹敵する熱量と剣技の冴えは、武神のM心を(くすぐ)るに値するものだったのだ。傷こそ付けられぬものの、その威力は通常の兵士から受ける「気持ち良い(エクスタシイ)」と比べれば段違い、歓迎する事こそあるものの、嫌う要素など何一つも無かった。

 対するローレライも、武神には特別な感情を抱いていたりする。

 

「お願いだからッ‥‥倒れてよっ!」

 最初は自分と同じ英雄の称号を持つ存在に興味を持ち、対峙してこれほど強い人間が居るのかと戦慄し、初めての敗北に悔しさを覚えた。しかし、何度も対峙し、命のやり取りを繰り返す内に、その男の本質に触れた。圧倒的の武力を持ちながらも、その根底を成すのは慈悲の心。敗北しながらも生き恥を晒し、最初は何故殺さなかったと彼に泣きながら問うた。

 

― お前の剣には、『重さ』が足りない。

 

 それが武神が放った言葉だった。

 最初は意味が分からなかった、しかし今ならば分かる。

 剣が重いとか軽いとか、そういう物理的な事では無い。

 私は剣を『己の為に』振っていた。

 彼は他者の為に振っていた。

 

強きものを挫き、弱きものを救う。

言ってしまえば彼がしているのはそれだけ、しかしそれだけの力を持ちながらも己に酔う事も無く他者の為に力を奮う事が出来る存在に気付き、驚愕した。

自分とて、全てが全て己の為だった訳ではない。しかしその殆どは自分に向けられ、他者の為に剣を振るうのではなく、もっと高みに手を伸ばす為、己の為に剣を振り続けていた。それが違いだと、それが己と彼の『重さ』の違いだと。

そう突きつけられた気がした。

それからは国の為に剣を振るった、或は家族の為に、仲間の為に、友の為に。

そうした時から、自分の剣は音を変え、鋭さを変え、冴えを増した。まるで錆びを落としたかの様な滑らかさで刃は滑った。これが彼の言う『重さ』かと、自分の中で知らぬ感情が芽生えるのを自覚した。

 

それからと言うもの、彼の情報を逐一追い、現れたと聞いては挑みに行った。

だが未だ勝ち星を挙げるに至った事は無い。悉く敗北し、何度も生き恥を晒した。自分の剣は彼を傷付けられず、彼の拳は私を容易く屠れる。速さが何だ、当たらないからなんだ、幾千幾万斬撃を叩き込もうと効かぬならば意味は無い。勝負の最後はいつも同じ、私の体力が底を尽き彼の一撃が突き刺さる。最後に立っているのは彼であり、地面を這うのは私、その場面(シーン)を何度繰り返した事か。

 

「けれど、それも今日で終わりッ!」

 

 何度も敗北した、何度も地面を這った。

 しかしその度に私は強くなった!

 徐々にだが彼との戦闘時間は長期化する傾向にある、それは私の体力が鍛えられている証拠であり、技術が磨かれている証拠であり、彼に追い縋っていると言う状態を証明している。ならばこそ、今日こそ、今回こそは超えるのだ、あの武神をッ!

 

「むっ‥‥」

 武神の周囲を素早く動き回りながら斬り付けていたローレライの動きが変化し、一旦大きく距離を取った。それを武神は訝し気に見つめる、もしや退くつもりでは無いだろうなと内心冷や冷やしながら見守っていると、ローレライは一度大きく息を吸い込むと同時、燃える様な目つきで武神を見た。

 その目つきに武神は「何か」するつもりだと察知する、長い間戦場を渡り歩いた人間特有の闘気。それらが武神の肌を刺激していた。

「武神様」

 剣を胸の前に突き出したローレライが口を開く。その口調は酷く穏やかでありながら、しかし激情を秘めるかの様に熱を感じさせた。

「早々で申し訳ありませんが、次の一撃で最後とさせて頂きます」

 言うや否や、ローレライは己が魔力を剣に流し続ける。ローレライの魔力が可視化出来る程に溢れ出し、それらが一本の剣に纏められる。宛ら魔力そのもので構成された剣か、見ているだけで次の一撃が(おぞ)ましい程の威力を持つ事が予想出来た。周囲で見守っていた兵の殆どはその膨大な魔力と、それを操る制御術の才に驚愕し息を呑む。対して、次で終わらせると宣言された武神は、その言葉を聞いて尚表情は笑み。己が厚い胸板を叩き、豪語した。

「ならば次の一撃で終わらせてみよ、(おれ)は逃げも隠れもせんぞ!」

 もとより武神に隠れたり避けたりするつもりは毛頭無い。

 それは非常に『勿体ない』事だからだ。

それよりも武神はこの状況に歓喜していた、強者と認めるモノが「次で終わらせる」と言ったのだ、それはつまり今まで見た事も感じた事も無い『気持ち良い(エクスタシイ)』が来る事を意味している。それはどんな快感だろうか? どれ程の快楽だろうか?

まだ見ぬ『気持ち良い(エクスタシイ)』に想いを馳せ、武神は仁王立ちし両腕を広げた。

「さぁ、全てをぶつけて見せよッ!」

「行きますッ!」

 殆どの魔力を剣に注ぎ込んだローレライは、己の足になけなしの魔力を付与し一気に加速した。未だこの世界に踏み入った存在は居ない、此処は彼女だけの世界。全ての世界が速度を無くし、此処で動けるのは己のみ。そんな世界でローレライは一人駆け、武神の懐に飛び込んだ。風が遅れて巻き起こり、砂塵が遥か後方で舞い上がる。

 レベルカンストの武神ですら霞んで見える速度、それは並みの兵にとってまさに瞬間移動に等しかった。

 

― この一度だけ、この一瞬だけ、どうかお願い

 

「喰らいなさい‥‥ッ」

 面で駄目ならば点で、威力が足りぬならば加速も含めて、只一点だけで良い、ほんの些細な傷でも良い、攻撃が通りさえすれば。

 私が勝つ!

 

― スキル発動 『過捕護』(かほご)

 

 踏み込みは鋭く、剣を振りぬく速度は神速、加速と腕力と魔力によるブーストを全てまとめ上げ一撃に。宛らロケット砲の如く撃ち込まれた剣先は武神の心臓へと矛先を奔らせ、瞬く間に両者は交差した。

 遅れて来た風が吹き抜け、武神の足元から砂塵が舞う。そしてその姿を覆い隠すと同時、数滴の雫が地面に落ちた。

「‥‥‥ぁ」

 呆然とローレライが呟く、自分が持つ剣先から滴るソレを凝視しながら。

 真っ赤な血。

 見慣れた筈のソレ、幾度と無く血に塗れて来た剣には珍しくも無い光景、寧ろ浅い剣先だけ血に濡れるなど少ない方だと。

 だが、この剣を振るった相手は。

「斬った‥‥?」

 ローレライがそう口にすると同時、背後から大きなモノが地面に斃れる音がした。慌てて振り向けば無敗を誇った武神が地面に顔面から倒れている、それを見てローレライはただただ呆然としてしまった。

「ぶ、武神様が‥‥」

 それを見て居た兵にとっては、驚愕を通り越して天変地異に等しかった。無敗の英雄、武の神、負ける事も死ぬことも無いと謳われていた最強の男が。

 今、地べたを這っている。

「や、やった‥‥ローレライ様がやったぁぁああああああ!」

 対する呂国の反応は劇的だった。

前人未踏の快挙、武神を下したローレライに爆発的な歓声を上げる。形勢逆転などでは無い、この事実は両国の間に決定的な差を付けた。武神を失った国など最早恐るるに足らず、今やその武神を下したローレライすら居るのだ。地面に座り込み、先程まで勝つことを微塵も疑っていなかった兵は呆然と信じられないとばかりに斃れた武神を眺め、対し呂国の兵はローレライを讃え剣を掲げた。

「‥‥ふ‥‥ふふっ」

 ローレライも、未だ実感は湧かない。

だがうつ伏せに倒れた武神が自分の行った事を顕著に現わしていた、胸元から純白のハンカチを取り出し剣先をそっと拭う。そうすれば一点の曇りも無い刀身が露わとなり、拭ったソレを口元に持っていき大きく息を吸い込んだ。血から匂う仄かに甘い匂い、ローレライは胸いっぱいにソレを吸い込んだ後、頬を赤くして倒れ伏した武神に向かって呟いた。

「‥‥フフッ、私って意外と‥‥嫉妬深いんですの」

 

 武神は倒れ伏したまま己の状況を冷静に考えていた。

 体が動かない、指先一本動かない、状態異常(バッドステータス)、麻痺状態だと。

 恐らく神経毒の類だろう、単純な威力では無く状態異常で攻めてきたのだ。全く動かない体、冷たい地面、確かにMとしては喜ばしい場面(シュチュ)ではある。

 だがしかし、忘れる事なかれ、この武神の本質は『気持ち良い(エクスタシイ)』か否かである。

 武神にとって拘束とは痛くなければ気持ち良く無いと同等であった、痛みを伴わない拘束などナンセンス、毒を流し込んで行動を縛るなど以ての外、これで馬乗りになって剣でめった刺しにすると言うのならばまだしもこれっぽっちも攻撃してくる素振りを見せないではないか。確かに最初の一撃は痺れる様な一撃だった、恐らく自分が体験して来た中でも上位に食い込む一撃だろう、出血したのは久方ぶりだった。

 

― だが、それだけだ。

 

 最初の一撃のみの快感、それも一瞬の事だ。それ以降は放置プレイ、これは宜しくない。武神の中でふつふつと自分でも制御出来ぬ感情が湧き始めた、それは単純な『怒り』

 自分を下すと意気込んでいた強者が一撃を高める訳でも無く、まさか状態異常の方向で攻めてきたと言う事実に対する失望。毒や延焼ならばまだ良かった、しかりよりにもよって麻痺の類である、動けなくして袋にするなら理解出来るがまさかの放置プレイ。事前に期待するだけ期待していたので、その反動で武神は大きな不満を抱いてしまった。

 失望は怒りとなり、怒りは武神に力を与える。

― 狂戦士(バーサーカー)

 武神以外は知らぬ事実ではあるが、この世界の元となったゲームで武神はそう呼ばれていた。と言うのも、最初に選択したジョブがそうなのである。詳細は読んで字のごとく、狂った戦士である。怒りに我を忘れる事で倍の力を得ると言うジョブ、その代わり意識が混濁したり理性が働かなくなってしまう。今の武神は半ばその狂戦士状態に片足を踏み込んでいた。

 ゆらりと、武神の体から赤いオーラが噴き出る。それは狂戦士となる前兆であり、いち早く気付いたのはやはりと言うかローレライであった。武神を包み込む赤いオーラに気付くや否や、それの内包する闘気に肌が粟立つ。ローレライを皮切りに周囲の兵達も武神の異変に気付き、歓声を上げていた兵達が次々と口を噤んだ。

 

「駄目だ」

 

 一言。

 武神は呟いた。

 

「この攻撃は気持ち良く無い(エクシタシイジャナイ)

 

 武神を取り巻く赤いオーラが体を縛る状態異常を打ち消し、ゆっくりと武神がその身を起こす。しっかりと両足で地面を捉え、丸太の様な腕は純白の戦装束に付着した砂を払う。その動作は酷く軽やかで、今まさに絶体絶命だったとは思えぬほどであった。二メートルの巨体が地に影を落とし、迸る威圧感に兵は勿論ローレライですら言葉を失っていた。

 こんな武神は、知らない。

 

「期待したぞ、(おれ)は、この身を超えうる力を予期した、或は今まで感じた事も無い気持ち良い(エクスタシイ)が感じられるのではないかと、大いに期待したぞ」

 

― だが、結果はこの有様か

 

 武神から放たれた闘気がローレライを直撃し、そのプレッシャーに冷汗が噴き出た。その余波で倒れる兵すら居る始末、水を打った静けさとはこの事か、そう思考しながらもローレライは一つの確信を抱いた。

 武神は激怒しているのだと。

 

「ならば(おれ)が、最高の『気持ち良い(エクスタシイ)』を感じさせてやる」

 

 言うや否や、次の瞬間には武神を中心に眩い光が周囲を照らした。

「っ!?」

「何だこれぇ!」

「なんもみえねぇえ!」

 ローレライを含んだ兵が悉く戸惑いの声を上げる、その光は視界を焼き世界を焼き、あらゆる光景を真っ白に染める程だった。しかしそれも一瞬の事、光は武神の戦装束の元へと収束され、目を細めれば辛うじてその光景を目にする事が出来た。

「‥‥綺麗」

 その光は何と表現すれば良いか。

 純白に輝く戦装束(ブリーフ)に集う光、それは武神の股間部分を神々しく照らし宛らもう一つの太陽と錯覚させる程であった。光は影を作り出すが、その影すらも圧倒的な光量の前に掻き消される。

 

「究極のMとは忍耐の究極、人の究極! 死すら超えた先にある気持ち良い(エクスタシイ)、限界を超え、死を超え、世界を超えようと未だ(いただき)(あら)ず! ならばこそ、それを体現してこその究極! 受けてみよ、(おれ)生命(いのち)を削り放つ一撃! Mの究極! 人の究極をッ!」

 

 収束された光は戦装束の先端、突っ切物(チ○コ)の先に圧縮され時を待つ。

 見惚れていたローレライは、しかし自身の持つ戦闘勘が「アレは危険だ、今すぐ逃げろ」と警鐘を打ち鳴らし、寸での所で我に返る。全力で脇に飛んだ瞬間、光の奔流が世界を染め上げた。

 

― 聖死(せいし)快砲(かいほう)

 

 武神が両腕を後頭部に添え、腰を突き出した瞬間。

 光は一筋の線となり呂国軍中心に着弾した。

 そして。

 

 爆音

 

 凡そ三百メートルを超える地面が一瞬の内に蒸発し、範囲内に居た生物は地面諸共消し屑と成り果てた。白は全てを染め上げ、人間であったものは黒い影として光に呑まれる。光は天高く聳え立ち、周囲の兵とローレライは余りの眩さと風圧に目を開けて居られなかった。

だが肌で、耳で、理解出来る。

 圧倒的な破壊が目の前で繰り広げられているのだと、凡そ一人の人間で成しえる事では無く、武神と呼ばれる存在が見せた「神」の力の一片だと。

 光は徐々にその力を弱めていき、糸の様に細くなって消え去った後に残ったのは円型に抉れた地面だけであった。兵の死体どころか、灰の一欠けらすら残って居ない。

 辛うじて光から逃れた百名程度の呂国軍は、最早言葉も無く、呆然とその光景を眺めるだけであった。それはローレライとて同じこと、よもや数千もの兵が消し飛ばされる様を見せつけられるとは、驚愕を通り越し思考停止に陥りそうになった。

 

早く逝く者(早漏)に真の気持ち良い(エクスタシイ)を得る事は出来ん、せめて一瞬の『気持ち良い(エクスタシイ)』に抱かれて逝け、Mの称号は軽く無いのだ、重いのだよ、相応には」

 

 戦装束(ブリーフパンツ)から蒸気を上げながら語る武神、その雄々しく反り返った姿はどこまでも雄大で、大技を放った後故に汗で輝く肉体。その姿は正しく武神に相応しい神々しさであった、それを見て自軍は再び割れんばかりの歓声を上げ、呂国は勝ち目など最初から無かったのだと心を砕かれる。よもや味方は数百余り、頼みの綱のローレライが放った渾身の一撃さえ届かず、最早絶望しか無かった。

 しかし、これで折れるのならば元より英雄などと呼ばれる筈もない。

 一人未だ闘志は衰えず、武神ただ一人を見据える戦士が居た。

「まだですわッ!」

 愛剣を振るい、威勢よく吠える。その声に呂国兵は俯いていた顔を上げ、声を上げた人物を見つめた。

「まだ終わってはいませんのッ!」

 最早魔力尽き、万策尽きたとしても関係無い、この胸の感情は武神に向かうに足る熱量を誇っているのだ。戦士、ローレライは雄大に立ちはだかる武神に向かって駆け出す。ここで退いては過去の自分と同じであると、ならばこそ彼の『究極』を超越してこそ。

 

「貴方に届くと言うモノですわッ!」

 

「面白いッ!」

 

 双方の体が急接近し、その拳と剣が火花を散らした。

 

 

 

 続かない。

 

 





 正直すまんかったと思っている(小並感)
何か色々リアルの方が忙しく、てんやわんやとしている内に余り小説を書かなくなってしまい、これはイカンと一念蜂起。
 ヤンデレを書きつつ新作を書いて、そんでもって活動報告で書いていたコレを少し書き足して投下しました。別に深い意味は無いです、ハイ。
 この作品は完全ギャグ路線なので余り質とかは気にしないで下さい、頭空っぽにして読むと楽しめるかも、描写少なくてすみません、その辺は脳内補完でお願いします。
 
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