喰霊-廻-   作:しなー

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第13話 -もう一人の神童-

「どうしたんだい、今回はやけに積極的だね。噂に違わぬ勇猛果敢ぶりだ。それが本来の君なのかな?」

 

「随分余裕ぶってるけど、無駄口叩いてる暇あるのか?あんま喋ると強がりに聞こえて情けないぞ?」

 

「それを言うなら君もだろう?さっき森で戦ってる時よりも随分口数が多いみたいだ。それはつまりそういうことなんだろう?」

 

 

 軽口を叩き合いながら交戦を続ける俺と三途河。

 

 

 俺は三途河に一瞬も休む暇なく攻撃を叩き込み続ける。

 

 時間を稼げば援軍が来る可能性が高いと考えて、時間稼ぎのためにしつこくしつこく粘り強く攻撃し続けているのだ。

 

 迫りくる蟲は刃を潰した刀で叩き潰し、飛んでくる棒手裏剣は身体を反らすことで回避する。

 

 どんな仕組みかはわからないが、こいつは時間を与えると直ぐに蝶となって消え去る術を使い始める。

 

 時間稼ぎをしなければならないのに加えて、あの瞬間移動の仕組みがどうなっているのかわからない以上、俺は連撃を続けざるを得ない。あれを発動する時間すら与えないように連撃を与え続けるしかないのだ。

 

 後ろに休ませなければいけない人間がいる状況であるため、さっきのような戦法もとることができない事がそれに拍車をかける。

 

 だが―――

 

 俺は脇目で土宮舞を見る。

 

 出血の量が本当に酷い。

 

 正直、時間稼ぎなんて、悠長な事を言ってられる状況じゃないかもしれない。

 

 

 

「しつこい男だね君は。あんまりしつこいと嫌われ―――」

 

「喋ってる暇あんのか!?」

 

 だから俺は、勝負に出た。

 

 再度飛んできた棒手裏剣を、避けずに受け止める(・・・・・・・・・)

 

 流石に驚愕の表情を示す三途河。

 

 牽制として放ったのは分かっている。だからそれが当たっても大したダメージにはならない事も分かっている。

 

 この機会を狙って、事前に小野寺の霊力で身体の要所をコーティングしておいたのだ。多少動きは鈍くなるが一発なら棒手裏剣を受け止めることができる筈だ。

 

 それでも当然ながら、攻撃をかなりの近距離で受けているため、100%ダメージをカットなど出来る訳がない。

 

 装甲を貫通して体に刃物が突き刺さる感覚。鋭い痛みが身体を駆け巡る。

 

 だが、浅い。その悉くが俺の骨まで届くことなく筋肉で全て遮断される。

 

 その痛みを噛み殺し、即座に装甲を解除する。これで、動きやすくなった。

 

―――ここだ。

 

 意を決して、三途河の顔面へ掌底をぶち込む。

 

 手のひらに伝わる鈍い感触。弾けるように揺さぶられる三途河の頭。

 

 入った(・・・)

 

 そのまま顔面に蹴りをぶち込む。再度ヒット。恐らく、この時点で俺は三途河に与えたダメージという観点で喰霊世界の全ての人間を超えたのではないだろうか?

 

 後退して逃げようとする三途河の顎に後ろ回し蹴りを叩き込む。

 

 鈍いながら鋭い音を立ててまたしてもヒットする左足。左足に固いものの芯を捉えた時特有の感覚が跳ね返ってくる。

 

 内心ガッツポーズをとる。綺麗に入った。

 

 人間には様々な急所がある。

 

 目玉、心臓、男なら金的。上げ出したらきりがない。

 

 だが、その中でも特に弱い部分と言ったら一つしかない。

 

 脳みそだ。そこだけはどうやっても鍛えられないし、そこを攻撃されれば確実に死に至る。流石の殺生石といえどもそこの修復には時間がかかるだろう。

 

 だから俺は脳震盪を狙っていた。

 

 顎を強く打撃されると頭蓋の中で脳がシェイクされ、一定時間ではあるが脳機能を麻痺させることが出来るのだ。

 

 その結果、足に来る。

 

 カクンと三途河の膝が落ちる。

 

 運動機能が低下するので普通に立っていることすら不可能になるのだ。

 

 

 絶好のチャンス。

 

 俺は攻撃の体制を整えており、三途河がその膝を地につけている。

 

 俺は足に刃を纏わせ、三途河を殺すべく蹴りを繰り出そうとする。

 

 だがやはりと言うべきか、そうは問屋が卸さなかった。

 

 

 致命の一撃をかまそうとする直前、俺が見たのは三途河が握る何か(・・)

 

 それ(・・)が何かは分からない。いや、その形をした物全体の総称は分かっているのだ先ほどまで、コイツが頻繁に使っていた物だから。

 

もしかしたらそれは無視してもいいような、むしろ無視すべきで俺の行動の阻害になどならないような些細な抵抗だったのかもしれない。

 

 だが、それ(・・)を見た俺は転がるように緊急回避を行った。

 

 これまた何故かはわからないが、それに俺は言いしれない恐怖を感じてしまったのである。

 

 それと同時に破裂する(・・・・)その何か。

 

 赤黒い液体が大量に噴出し、辺りを赤黒く染めた。

 

紅と言うにはあまりにも醜く、暗く黒すぎる液体。

 

その爆発源を中心として、それは辺り1面にばらまかれた。

 

「この糞野郎!自爆テロかよ!どこぞの過激派かてめえは!!」

 

俺の目の前の地面が音を立てて溶けていく。まるで某宇宙人の体液のようにそれは地面を溶かして地中へと進んでいく。

 

もし。あと5cm、ほんの5cmでも身体が前にあったのならば。俺の身体は今頃見るも無残に溶け爛れていた事だろう。

 

 叫ばずにはいられない。こんなの本当に自爆テロだ。

 

 

 その赤黒い液体が触れた所はたちまち溶け出し、三途河もろとも溶かしていく。

 

地面を溶かすほどの強酸だ。こんな物が自然界にあるとは思えないという程にその酸は強力であった。

 

 当然、その中心にいた奴はその被害の影響を一番に受けている。描写するのも避けられる惨状。その光景に俺は少々吐き気を催してしまう。 

 

 俺から逃げるために、自分の肉体を犠牲にした。

 

 酸性の血液を持つ蟲を爆発させて、自分ごと被弾させて俺から逃れた。

 

 ……なんつう奴だ。

 

 その気化した空気にすら効果があるのか、上空の木々も枯れ始める。

 

「……この蟲は使いたくなかったんだけどな。使わされるなんて今日一番の驚きだよ」

 

 だが、殺生石の回復力はその酸の威力すら上回る。

 

 普通の人間である俺が近づけないのをいいことに、見るも無残な姿となっていた三途河の傷はみるみる間に修復していく。

 

 残った酸でまだやられているものの、それすら回復していき、ほとんど布きれ同然になった服以外は30秒もしないうちに再生してしまう。

 

 ……チート過ぎる。こんなのもう回復なんて呼べるレベルじゃない。

 

 復元とかそのレベルだ。

 

「服もボロボロだ。お気に入りの一着だったのにどうしてくれるんだい?」

 

「着付けが逆の着物で良ければ俺がプレゼントしてやるよ!」

 

 

 三途河に遠距離で攻撃を仕掛けようと短剣を作り出す。

 

 ここで、1つ勘違いをされてしまっては困るので、念のために述べておこう。

 

 俺がここまで三途河に対して先手を打って行けているのはこの13年間、俺がこいつを倒すためだけにといっても過言ではない鍛錬を積み、戦略を練ってきたからである。

 

 だから俺はこいつに対して優位に立てる。

 

 もし土宮雅楽や諌山黄泉などが俺と同レベルのこいつに対する知識を保有していて、尚且つそれに対する策を練ってきたのならば俺以上に上手く立ち回れる可能性が高い。

 

 俺が彼女らに対して持っているアドバンテージはただ一つ。こいつの事を知っているというだけなのだ。

 

 ならその知識を伝えればいいのではないかと思うだろうが、それをやって信じてくれる人が何人いるかという話だ。

 

 諌山冥ならば信じてくれるかもしれないが、多分彼女だけだろうし、それにその知識の確度が不確かな状態における戦闘など、知識を持っていないのに等しい。

 

 だから極力こいつとは一対一ではなく、誰かとこいつが戦っているときに乱入したいのだ。

 

 その場ならば持てる知識を発揮しても疑われることなどない。なぜなら三途河がそれを行使しているから。それを見た推論を述べていると解釈され、そしてある程度実力の知れた味方の推論を疑う愚か者はなかなかいない。

 

 つまり事前に半信半疑以下の確度の低い情報を流した状態で戦わせるより、戦闘中に確度の高い情報を流して戦わせるほうが勝率が高くなるのだ。俺が戦うと想定している人間のなかで即席の情報に対応できずに死ぬような力不足の存在はいないし、そっちのほうが確実である。

 

 グループを組んで戦う時も、戦力の高さと勝率は、俺を抜きにしては恐らく相関しない。

 

 俺という三途河専門の存在がいて初めて戦闘の領域に乗れるのである。

 

 極端にいってしまうと、三途河に対する知識が無い状態の「土宮舞、土宮雅楽、土宮神楽(中2時点と仮定する)の3人」で戦うよりも現時点の「小野寺凛、諌山黄泉、諌山冥」で戦うほうが勝率が高いのだ。戦力としては圧倒的に前者が勝っているのにも関わらず、である。

 

 流石に前の3人でも切ったら毒を噴き出す蟲がいるだとか、腹に薙刀を突き刺しても死なないだとかの知識無く戦うことは困難だろう。

 

 だが逆に俺と同等の知識を全員が有している、またはそのグループにいる誰か一人でも有している場合、俺の存在は不要となる。戦術によっては組み込んで貰えるかもしれないが、俺に要求されるのはあくまで「三途河に対する絶対的な知識」であり、必ずしも「俺の戦力」ではないのである。

 

 

 

 何度も言うが、俺にはそこまでの才能はない。

 

 せいぜいあったとしても努力が人並みに反映されるという人並みの才能ぐらいだ。

 

 だから、この圧倒は別にズルをしているとか、俺が強すぎるから出来ているという訳ではないのだ。

 

 ただ俺の13年間の努力が正確に反映されていて、それが実際に三途河に届いているというだけである。

 

 

 

 

 

―――だから、想定外のことをやられると俺は弱い。

 

 

 

 

「―――いいのかい、そんなに僕ばかりに気を取られていて?」

 

「はぁ?」

 

 

 

 

 

「ぁあああああ゛あ゛あ゛!!!」

 

「ぐうっ!!」

 

 

 

 突然の悲鳴に思わず後ろを振り向く。

 

 そこにあったのは衝撃の光景。

 

 土宮舞は苦悶の表情を浮かべ、苦悶の声を上げながら地面に倒れ込んでいた。

 

 先ほどまで妻を守るようにしてその前に威風堂々と構えていた土宮雅楽は、額に脂汗を滲ませながら片膝を地面につけて胸を抑えていた。

 

 両者ともに共通するのはその出血。

 

 雅楽はともかく、土宮舞に関しては先ほどよりも酷い量の血液を垂れ流していた。傍目でもあれでは生命の危機があるレベルの出血なのが見て取れる。

 

―――何が起きてやがる!?

 

 先程まで何ともなかった2人が、急に苦しみだし、悶えている。

 

 確かに傷は酷かったし、放置していいレベルではなかった。

 

 だからといっていきなり苦しみ出すほどの物じゃ―――

 

 そこまで考えてある思考にたどり着く。

 

 遅効性の毒。

 

 こいつが、あの2人を苦しめていたであろう要因は毒じゃなかったか―――

 

「よそ見をしたね、小野寺凛」

 

 その声にはっとなり、俺は前を向く。

 

 しまった。いくら謎の悲鳴に気を取られたからとはいえ、戦闘中に後ろを振り向いてしまった。

 

 三途河の手に握られた棒手裏剣。

 

 戦闘における一瞬とは無限に等しいと俺は前に述べた。その一瞬を巡って俺達は技術を身に着け、戦略を学ぶ。

 

 だが、その一瞬を俺は自ら提供してしまった。(おの)ずからではなく、(みずか)ら進んでその永遠を与えてしまった。

 

 よりによって、こいつに。

 

 

「っくぁぁぁ!!」 

 

 俺の左の二の腕に深く突き刺さる棒手裏剣。どうやら反射的に身体をずらしたようで骨に突き刺さることは無かったようだが、それは俺の上腕二頭筋を外側から斜めに貫いた。

 

 丁度先ほどつけられた傷と交差するかのようにそれは俺に突き刺さる。

 

 諌山冥に治療をして貰っていたときとも比べ物にならないほどの激痛。ポーカーフェイスなど保っていられず、顔が歪む。

 

「ふう、やっと一撃が入ったね。苦労させてくれるよ」 

 

 そのまま三途河は俺の顎目掛けて掌底を繰り出す。

 

 当然こんな状況下においてそれを避けきることなどできるはずもない。モロに入るその一撃。

 

 脳震盪。

 

 それは頭蓋骨の中で脳が揺さぶられることによっておこる現象。

 

 綺麗に顎を打撃されたときに、それは頻繁に起こる。先ほど俺が三途河に対して使った戦法だ。

 

 それを、綺麗にやり返された。

 

 足に全くと言っていいほど力が入らなくなり、思わず地面にへたり込む。

 

 ……ふざけんな。遅効性の毒なんて誰がこの状況で思いつくんだよ。

 

 揺れる視界の中、奥歯が割れるほどに強く歯を噛みしめる。

 

「守るべき対象がいるというのは辛いものだね、小野寺凛。守るべきものがある人間は強いっていうけど、それは精神面での話だ。現実世界において戦闘中に守らなければならない人間がいる場合、その人間の行動、思考はかなり制限される。戦闘中でも常に気を配らなければならないのは守るべき対象であり、戦う相手ではないのだから」

 

 生まれたての小鹿のように足を震わせ、立ち上がれなくなっている俺の横を悠然と、堂々と素通りしていく。

 

「……ま、待て」

 

 視界がグラグラ揺れているせいで言葉もままならない。一気に形勢が逆転した。

 

 脳震盪は何も相手の足を崩すだけの技ではない。

 

 脳を揺さぶるわけであるから、首の鍛え方によっては意識を失う、下手すれば一発で廃人になる可能性だってあるのだ。

 

 そんな視界に映るのは三途河が土宮舞に向けて歩いていく後ろ姿。

 

―――やめろ。

 

 何をする気かなんてすぐに分かってしまう。

 

―――やめてくれ。

 

 先ほどまでとは打って変わって、無様に、みっともなく、芋虫のように地面を這いずり回る。

 

 奴の歩く速度など大したものでは無い筈なのに、全く追いつけない。

 

「君はそこで見ているといい。さぁ、これが君の力が及ば無かった結果だ。君の無力が招いた結末だ」  

 

 倒れこんでいる土宮舞のそばに行ってしゃがみ込むと、その髪をつかんで持ち上げる。

 

 女性の命である髪をぞんざいに扱う行為自体に憤りを感じるが、それ以上に土宮舞の容体が気になった。

 

 どうやら息はしているようだが、髪を掴まれても少し痛そうにするだけで殆ど反応がない。

 

「随分弱っているみたいだ。すぐにでも病院につれて行かないと死んでしまうかもしれないね。―――生きたいかい、土宮舞?」

 

 弱弱しい反応を返す土宮舞にそう問いかける。

 

 死にかけだが、まだ生きるという欲望はあるか、と。

 

 ここで死ぬことに未練はないか、と。

 

「貴女には確か娘がいたはずだ。まだ小学生の可愛い娘が。そんな娘を残して貴女は死ぬのかい?そんな娘をおいて貴女は居なくなってしまうのかい?」

 

 蠱惑的にそう囁く。

 

 神楽を残して死ぬことに心残りはないかと。

 

 娘を一人にして本当にいいのかと。

 

「―――でもね、この石なら叶えてあげられる。この石なら貴女の想いを受け止めてくれる。まだ貴女は生きられるんだ」

 

 赤い光が森の闇を照らす。絶望の光。だが、物語(喰霊-零-)の始まりの光。

 

 殺生石、それが三途河の手には握られていた。

 

 三途河と息も絶え絶えの土宮舞の視線が交差する。

 

 一見土宮舞は気丈に振る舞っているように見える。

 

 死に体な状態でも三途河を睨み付けているし、少なくともその瞳には強い意志が感じられるようには見えた。

 

 だが、その目に映る意思を三途河はどう解釈したのだろうか。

 

 その瞳を見ると三途河は薄い笑みを浮かべ、その手に掴んでいる髪を離した。

 

「小野寺凛、君はどう思う?」

 

 ゆっくりと立ち上がり、彼女の上に手をかざす。

 

 そこから漏れるのは赤い光。始まりと終わりである混沌の光。

 

―――やめろ。頼むからやめてくれ。

 

 本当にふざけるな。こんなにも簡単に形勢が逆転してたまるものか。

 

 さっきまで俺はあいつを追い詰めていたのに。

 

 あと一歩で俺はあいつを殺せていたのに。

 

 これだけ努力して、死ぬ気で鍛錬して、ここまで来たのに。

 

 今の俺には、地面をもがいて滑稽に這うことしかできなかった。

 

 

「彼女はこの石の担い手になってくれるかな?」

 

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

 

 ゆっくりとその手を開いていく。

 

 嫌にゆっくりと、俺を嬲るかの如く。

 

 

 

 

 赤い石が光を増し、存在感をあらわにする。

 

 

 

 その手はついに開き切られ、土宮舞へとその石が落ち―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「乱紅蓮!咆哮波!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金色の光が視界を埋め尽くす。

 

 それは、彼女の代名詞とも言える攻撃。

 

 画面越しに何度も見た金色の閃光が、土宮舞の上空を奔っていく。

 

 

 咆哮波。諌山家に伝わる宝刀「獅子王」に宿りし霊獣である”(乱紅蓮)”が放つ技。

 

 

 

 

 

「これはこれは。もう一人の神童まで登場するなんて流石に予想外だよ」

 

「この騒動の原因はお前だな、怨霊」

 

 

 柄の異常に長い、黒い刀身の日本刀を構える黒髪の美少女。

 

 どうやったかは知らないが、咆哮波を避けて森の奥に退避している三途河。

 

 その三途河に鋭い眼光と切っ先を向けている黒い制服の少女。

 

 

 

 俺が、何を賭してでも、それこそ命を賭してでも救いたいと本気で願った悲劇のヒロイン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――諌山黄泉に俺は危機を救われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「土宮殿に、小野寺凛?貴様がこれをやったのか、怨霊」

 

「そうだよ。ちょっと手こずったけど、ご覧の通りさ」

 

 両手を広げて、まるで自分の作品を自慢するかのようにこの現状を作ったのは自分だとアピールする三途河。

 

 それに警戒した様子を見せる黄泉。

 

 当然だろう。土宮家二人に俺まで倒れているのだ。警戒しないほうが不自然というものである。

 

 油断なく辺りを見渡す黄泉。その視線は土宮舞で一旦止まる。

 

 恐らくは黄泉も土宮舞の出血量が危ない領域にあることを看破したのだろう。

 

「乱紅蓮!」

 

 小手先調べとばかりに黄泉は鵺を三途河に向かわせる。

 

 鵺の恐ろしいところは白叡と違い基本的に自立的な行動が可能で、術者と離れた場所であっても戦闘が可能であることだ。

 

 しかもその戦闘力は相当高く、一応エリートである筈の環境省超自然災害対策室の3人と互角以上に戦い、そのうちの一人は死亡している程だ。

 

 しかも鵺が攻撃を受けても術者にダメージがフィードバックされることはなく、ただ鵺がダメージを追うだけであってなんの害もない。

 

 正直、白叡の力を見た後であっても、俺なら鵺を選ぶ。

 

 喰霊-零-において冥が執着したのが手に取るように分かるほどだ。

 

 三途河のようなカテゴリーAを相手にしたり、土宮神楽のような規格外な存在を相手にすると見劣りすると推測されるが、それでも十分チートなレベル。

 

 もしこの世界でチートを選べたのならば鵺を俺は選択していたかもしれない。

 

 

 

 だがやはり、それだけの力を持っていても三途河相手だと攻めあぐねるらしい。

 

 

「はあぁぁぁぁ!」

 

 宝刀獅子王が一閃し、3体のカテゴリーCを斬り伏せる。黄泉はそのまま乱紅蓮と共に三途河に接近しようとするが、三途河は土宮さん達にその矛先を合わせることでそれを回避する。

 

 蟲をばらまかれ、土宮の二人を狙われては黄泉、乱紅蓮ともに積極的に攻めに出られず、防戦に回らざるを得ない。

 

 攻めに出れば土宮さん達を狙われ、守りに出れば当然攻められない。

 

 そんな膠着状態が続いていた。

 

「ちょっと消耗してきたし、この状況で2対1はちょっと不利かな?」

 

 言葉とは裏腹に今だ余裕の表情でそう呟く三途河。

 

 俺の時とはあいつの戦闘スタイルが違う。余裕そうであっても言葉通り乱紅蓮と黄泉の2対1の状況は望ましくないということだろうか。

 

 だが、撤退をしないということはまだ土宮は狙われているということだ。

 

 どうにかして乱紅蓮と黄泉を排除する方法を考えているのだろう。

 

―――これは好機だ。

 

 なんども千載一遇と呼べるはずのチャンスを逃している俺が言っても説得力がないかもしれない。

 

 でも、もうこれしか後がないんだ。

 

 多分喰霊-零-では三途河と諌山黄泉はこの時点で顔を合わせていない。奴が残した残党を駆けつけた諌山黄泉が片付けただけの筈だ。

 

 このまま戦っては諌山黄泉が負ける可能性がある。

 

 もう欲張らない。撤退させればそれでいい。

 

 

 もしかすると撤退させることすら欲張っているのかもしれない。

 

 

 

 けど、あの少女(土宮神楽)のためにも、俺はやるしかない。 

 

 

「3対1だよ、三途河。神童2人に宝刀の霊獣1匹だ」 

 

 生まれたての小鹿の方がましなんじゃないかってレベルで足を震わせながら立ち上がる。

 

 視界が揺れる、吐き気がする。今すぐ地面にぶっ倒れたい。

 

 まだほんの少ししか脳震盪の影響は抜けきっていない。

 

 誰もが今の俺の姿を見たらパンチドランカー状態になっていることを一目で看破するだろう。

 

 それこそ中学生(三途河)にだって一目でばれる。

 

「それは面白いジョークだね。今際の際にユーモアのセンスが上がったのかい?」

 

「誰が臨終しかけだって?あれがジョークに聞こえるなんてお前こそさっきの酸で耳が溶けたまんまなんじゃねえの?」

 

 相変わらずの軽口。だが、今回に至っては三途河の言が完全に正しい。

 

「無理をするな小野寺凛!ここは私が引き受ける、休んでいろ!」

 

 諌山黄泉からも声がかけられる。

 

 そりゃそうだ。こんなフラフラな状態の奴に参戦されても困るだけだ。守るべき三人目が出来てしまい、さっきの俺よりも酷い状況になる。

 

「舐めないでくださいよ諌山黄泉さん。俺だって神童だのなんだのって呼ばれてるんですよ?このくらいなんともありませんって」

 

 なんとも無いわけが無いが、虚勢を張る。

 

 座っていようが動いていようが回復速度の変化なんて微々たるもんだろう。

 

 話しているうちに本当に僅かながら体調も戻りつつあるし、あと2分くらい稼げれば土宮さん達の盾ぐらいにはなれる筈だ。

 

 だが、そんな俺の様子は三途河にとって非常に愉快なものに映るらしい。

 

 ”笑っている”と完全に分かる薄笑を浮かべながら俺を見ている。

 

 本当に憎たらしいくらいに飄々としていやがる。

 

 普通の人間が相手なら既に二回は俺の勝利で勝負がついているというのに、悉くその勝負を振り出しに戻されている。

 

 今回は振り出しに戻されたどころか一回チェックまでかけられた始末。

 

 今もまだチェックがかかっている状態だ。そして、あいつの言う通り現状は実質2対1だ。その上2対1ならば退ける実力があるのは土宮戦で実証済みだ。

 

 それを分かっているからこそあいつはあれだけの余裕を持っている。

 

 

 

「諌山黄泉の言う通りだ。君はもはや戦力には成り得ないことを自覚するといい。それに戦況が例え2対1から変化したとしたって何も変わらないさ」

 

 本気でそう思っているのか、自信に満ち溢れた物言いである。

 

 その雰囲気に黄泉が警戒を高めているのがわかる。

 

 油断なく、それでいて恐れることなくカテゴリーAに相対するその姿は、とてもじゃないが中学生には見えない。だが、それでもこいつを前にすると役者不足の感が否めないのだ。

 

 ……殺生石とはここまで強力なものだったのか。

 

 今日発見する新たな真実だ。こいつの厄介さと相乗効果を発揮してとんでもない代物になっている。

 

 歯がみする。―――頼むから、早く治ってくれ。

 

 

 

投了(リザイン)するといい、小野寺凛。3対1であろうとこの状況は覆らな―――」 

 

 

 

「では4対1ならどうでしょう」

 

 

 三途河が喋っている最中に、空から銀が煌めく。

 

 三途河がいたところに振り下ろされる一閃。

 

 それを生み出したのは先ほどまで一緒に戦っていて見慣れた薙刀。

 

 

 

「冥さん!」

 

「冥姉さん!?」

 

 なぜ貴女がここに?といった様子で驚いた声を上げる黄泉。こんな状況でいうのも非常に馬鹿な話ではあるが、ドッキリを仕掛けられた人間のような顔をしていて正直面白かった。

 

 多分、俺も黄泉の立場だったら同じような顔で、同じような驚き方をする自信がある。

 

 ……それよりも、来てくれた。その事実に安堵する。

 

 戦場において、戦力となる人間が1人いるのといないのでは状況が全く別だ。

 

 三途河は2対1でも3対1でも変わらないと言っていたが、そんなことはない。

 

 さっき経験したばかりだが、戦いとは指数のようなものだ。

 

 雑魚ならいざ知らず、強敵を相手にするとき、その厄介さは数の増加に伴って指数関数的に増えていくと考えて差し支えない。

  

「初めましてですねカテゴリーA。ここまでの惨劇を作るとは流石、といったところでしょうか」

 

 静かな、しかし通る声でそう三途河に話しかける冥さん。

 

 黄泉もそうだったが、不思議と迫力のある声だ。

 

 諌山の女の度胸はどうなっているのだろう。冥も黄泉もカテゴリーAを前にして一歩も引いていない。

 

 

「……これはこれは。諌山の令嬢まで出てくるなんて。もしかして今日の一連の妨害は君の策略なのかい、小野寺凛?」 

 

 俺は答えない。策略とかじゃなくて偶然が重なっている部分がかなり多いからだ。

 

 だけど俺は泰然としてにやりと笑みを浮かべる。

 

 そう取ってくれるならそう取って貰いたい。勘違いしてくれるなら御の字だからだ。

 

 

「さて、こっちは揃った訳だが、お前はどうだ?ずっと一人みたいだけど仲間とか呼んでもいいんだぞ?」

 

「……君の言う通り僕の耳は酸でやられていたみたいだね。やっぱり君の減らず口は全然おもしろくないよ」

 

 そう言って身に蝶を纏い始める三途河。

 

「目的が果たせず残念だけど、今日は帰ることにするよ。流石に諌山冥まで参戦されると勝ち目はないからね」

 

 あまり残念そうではなく三途河はそう告げる。

 

 ……本当に担い手候補が俺に移ったということだろうか。

 

 土宮舞はただの実験体であり、俺の憎悪とやらを増幅させるためのものだったと言うことなのだろうか。

 

「逃がすと思っているのですか?」

 

 逃げようとしている三途河に、一歩詰め寄る諌山冥。

 

 普通ならばそれに続いて切りかかろうとするところではあるが、俺は冥さんを手で制した。

 

 多分、俺が回復してこの二人に続いて参戦できれば、簡単とはいかないが間違いなく片付くだろう。

 

 俺一人でもある程度まで詰められる相手だ。いわんや俺たちをや、である。

 

 だけど、多分もうタイムアウトだ。

 

 あと5分早く合流できていれば一緒に戦っていたかもしれないが、これ以上は土宮舞が持たない。

 

 正直かなり、いや、自分を自分で切り裂いてやりたい程度には悔しいが、逃げてくれるというのなら逃がしたほうがいい。戦うのはこの場においては得策じゃない。

 

「それじゃあ今回はサヨナラだ。君がこの石に選ばれた時にまた会いに来るよ」

 

「そのまま蒸発してくれると俺としては嬉しいんだけどな」 

 

 

 

 俺の声が届いたかどうかは分からない。

 

 だが、少なくともその願いは聞き入れられることはないだろう。

 

 

 青い蝶が空へと昇っていく。

 

 まるで魂が浄化され、天に召されるが如く。

 

 そんな上等で高尚なものなんかじゃないのに、その光景は恐ろしく綺麗だ。

 

 

 その場から殺生石の気配が完全に消え去る。それは三途河が完全にこの場から去ったことを意味する。

 

 カクンと膝が折れる。

 

 脳震盪のダメージとはそんなに簡単に抜けるものではない。軽いものならすぐ抜けるかもしれないが、今回のは三途河に狙って起こされたものだ。そんなすぐ抜けるような軽いものではない。

 

 気を張っていたから耐えられていたが、気が抜けるともう無理だ。立っていられない。

 

「小野寺凛!?」

 

 急に崩れ落ちた俺を見て黄泉が駆け寄ってくる。

 

 冥さんもこっちに向かってきているのが見受けられた。

 

 しかし、俺は二人を手で制すと、土宮さん達の方を指し示した。

 

「大丈夫、軽い脳震盪ですから。それよりも土宮さんをお願いします」

 

 

 本当なら俺がやるべき仕事なんだろうが、俺はもう動けない。

 

 申し訳ないが頼るしかないだろう。

 

「土宮殿、土宮殿!」 

 

 土宮舞を気つけする諌山黄泉と、雅楽を介抱する諌山冥。

 

 血まみれで息も絶え絶えの土宮舞。

 

 僅かながらも胸が上下している所を見ると、どうやら生きてはいるようである。

 

 雅楽は冥の問いかけに答えるだけの力はあるようだ。

 

 喰霊-零-のように、諌山黄泉が現場に着いた瞬間には雅楽に白叡の譲渡を終えていたなんて状況にはならなかったらしい。

 

 つまりは、俺は土宮舞を救えたのだろう。

 

 

―――だが、こんなのが本当に救ったと言えるのだろうか。

 

 命があるとは言えあの出血量だ。

 

 障害が残る可能性が極めて高い。

 

 

 仲がよろしくない筈の義従姉妹(黄泉と冥)が協力して土宮舞の出血を抑えるために止血を始めている。

 

 

 偉そうなことをさんざん言っておいて、俺は何も出来なかったのだ。

 

 

 

 

 

 そう思いながら、俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 









驚異的に長くなったな。
これにて1章は終了でございます。ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございます。
キャラ同士の絡みのssやろうかとおもって活動報告で投票やってるので、是非ご覧ください。




舞の容態については二章に入ってから詳しく述べますが、生きております。ご安心ください。

ただ、凜が述べた通り出血が多すぎるので色々あります。
多分、「あれ?救済ってそーゆーのでも救済って定義しちゃう?」
みたいな感じになるかと。

まあでもちょっとシリアスチックになってもこの物語はアレなんで最終的にはアレなんですよ(指示語を使いまくる現代人の鏡)。まあ救済なんでお察しですよね。

……そして三途河強くしすぎた感が。
でも多分喰霊-零-でもこのぐらいの強さはある気がします。

そして黄泉の口調ムズカC。
あのひと戦闘中だと口調変わるじゃないですか。
声も変わりますし。


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