喰霊-廻-   作:しなー

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※今回も後で改稿入ると思います。






第3話 -お見舞いと土宮神楽-

 

 表情(・・)のない少女だ。

 

 それが、俺が初めて土宮神楽を見たときの感想だった。

 

 

 

 

 

「……母を助けて頂き、ありがとうございました」

 

 俺が彼女を初めて見たのは分家会議で土宮邸に向かった時だ。

 

 話したのは二言三言だし、僅かな時間ではあったが、雅楽さんの隣に付き添っている土宮神楽の表情を見ることが出来たのである。

 

 表情(かお)の無い少女だ。

 

 何となく、そう思った。

 

 恐らく俺の言う”表情の無い”と一般に言う”表情の無い”は意味合いが異なるのだろう。

  

 彼女は笑顔も見せたし緊張しているような表情も見せていた。

 

 だから、普通の人が見たらただのシャイな少女ぐらいにしか思わないはずだ。

 

 だけど、俺には目が笑っていないように見えた。

 

 俺が知っている彼女など、言い方は悪いが所詮は人間が描いたニセモノのヒトだ。

 

 逆説的ではあるが所詮は二次元世界に存在するだけの存在しない(・・・・・)人間だ。

 

 だから俺のその直感など役に立たないガラクタ以下の価値しかないのかもしれない。

 

 だが、それでも俺はこの子には”表情が無い”と思ってしまったのだ。

 

 確かに一縷の信憑性も無いような、そんな直感なのかもしれない。

 

 でも、目が笑っていないような気がしたのだ。

 

 母親が生きているというのに、喰霊-零-の彼女とはそれが違った。

 

 その表情があまりに喰霊-零-と食い違っていたように感じたのだ。

 

 でも、さっきも言った通りこれは俺の頼りない直感に頼った判断であるのだから、俺も深くは考えなかったのだが……。

 

 

「父上が言っておりました。貴方が居なければ自分も母も死んでいたと」 

 

 

 でも今彼女の表情を見てそれは確証に変わりつつあった。

 

 俺のベッドの横で俺に礼をいう土宮神楽。

 

 綺麗な表情で、綺麗な声で、綺麗なふるまいをして俺に礼を言う。

 

 だが、その顔に浮かぶ表情は全くない。

 

 本当に無色だ。瞳に()が全く存在しない。

 

 

 

 人の目には様々な()が浮かぶものだ。

 

 例えば、三途河戦に向かう前の俺の目には決意の色が浮かんでいただろう。

 

 昨日の諌山黄泉の瞳には喜色の色と邪悪な色が浮かんでいたように見えた。

 

 だが、この子にはそれが無い。

 

 いや、正確にはこの発言は正しくない。

 

 あるとしたらそれは諦めの色。諦めというよりは達観と言い換えたほうが適切だろうか。

 

 そんな色が浮かんでいるのだ。

 

 気持ちが追いついていないだけなのかもしれないが、現時点では悲しみの色ですら浮かんでいないように感じる。

 

 ただ単に親に言われたことを淡々とやっているだけの、そんなプログラムを実行するだけの機械のような印象。

 

 それがこの子から伝わるイメージだ。

 

「そういってくれて凄い嬉しいんだけど、俺は殆ど何もしてないよ。大したことなんかしてないからさ。……そうだ、諌山黄泉っていう変なお姉ちゃんにはあった?あと諌山冥っていう綺麗なお姉ちゃん。あの二人が俺も含めて助けてくれた人達だからさ、後でちょっとお話してきなよ」 

 

 出来る限り優しい笑顔でそう語り掛ける。

 

 表情が無いとは言ったが、それはあくまでも現時点での印象に過ぎない。

 

 別にこの子は感情が無いわけじゃなくて、自分の境遇と現状に思考が追いついていないだけだと俺は思うのだ。

 

 だから驚いたことには驚いたが、別にそれ自体はそこまで気にすることではない。

 

 零では諌山黄泉との絡みでこの子の感情というものは段々と形成されていくのだから。

 

「……冥さんとはまだです。先に貴方にご挨拶しろと黄泉さんが」

 

「ドSな方とはもう話したのか。雅楽さんの病室行く的な発言してたしその時にでも話したのかな。冥さんには機会がある時にでも一言お礼言っておくといいかもね」

 

「……わかりました。申し訳ありませんが、これより鍛錬がありますので失礼します」

 

 ぺこりと頭を下げる土宮神楽。

 

 ……丁寧なのはいいんだけど、諌山黄泉にはこの子最初の方からタメ語じゃなかったっけ?

 

 俺警戒されてんのかなとか思いつつ笑顔で送り出す。

 

 物凄くよそよそしい反応にほんの少し傷ついたのは内緒である。

 

 黄泉の時もよそよそしかったのはよそよそしかったが、それ以上によそよそしかった気がする。

 

 なんていうか謝る理由が無いのに謝らざるを得ない状況のあんまり優秀ではないサラリーマン的な。

 

 うん、例えが分かり辛い。

 

「っていうかこれから鍛錬?」

 

 土宮神楽の姿が見えなくなってからポロリと呟く。

 

 聞き逃すところだったけど、確かに今神楽ちゃんは「鍛錬をするので失礼」みたいなことを言った筈だ。

 

 お母さんが倒れてるようなこんな状態で鍛錬?

 

 こんな状況でか?

 

 普通ならずっと付き添いで病院に居るのが普通な気がするんだが……。

 

 お母さんが意識不明の重体になっている状態で小学校6年生の女の子が鍛錬に集中できるわけが無いだろう。

 

 というよりさせる意味が分からない。

 

 うちの母親なんて対策室から連絡が入った瞬間にすっ飛んできて今は宿泊用具を取りに戻っているというのに。おかげであんまり寝れてない。

 

 下手をすれば親父も朝までお泊りコースだ。

 

 過剰なんじゃなくてこんな年齢のガキ共に対する反応としてはこっちが普通だ。

 

 こんな時に鍛錬をさせる親なんて常識的に考えて間違っている。

 

 ……雅楽さんの指示なんだろうが、雅楽さんはちょっとどころか大いに土宮神楽(自分の娘)の愛し方を間違えてしまってるみたいだ。

 

 確かに喰霊-零-3話時点の神楽ちゃんも生まれてしまいますよそりゃ。

 

 表情が無いって直感も当たりなのかもしれない。少なくとも俺なら表情はなくなると思う。もしかすると感情もなくなるやもしれない。

 

 

 俺の親父は結構キチガイな程に厳しいが、それは俺が親父が出す程度の試練ならば易々とこなしてしまうということを何回か初期のころにやってしまったために段々ハードルが上がっていってしまった為なのだ。

 

 決して最初から阿呆みたいなレベルを要求された訳ではないのである。

 

 階段を2段飛ばしとかで昇って行った結果、要求される水準が訳の分からないものになっていたというだけである。

 

 予想外に優秀な息子が生まれて有頂天になってしまったのだ。

 

 俺が出来ない子供であるとか、弱音を吐いたりしたらここまでの水準になどなってはいなかった筈だ。

 

 恐らく一般的な小野寺のレベルの教育に乗っ取って俺は育成されただろう。

 

 いや、最終的に小野寺蓮司(俺の親父)がキチガイなのには変わらないんだけどね。

 

 いくら期待以上だったからって普通の大人が音を上げる訓練をやらせてリバースしてる息子を叱るような奴はまともじゃないと思う。

 

 訓練中はずっと「こいついつかぶっ飛ばす」と思ってました。先日予期せずしてそれが叶ってしまったのは記憶に新しい。

 

 

 それに対して土宮さんの娘は俺のようなイレギュラーではない。あくまであの人の娘はその年齢しか生きていない可憐な少女であって、俺のように年齢の三倍近く精神年齢が発達した人間ではないのだ。その点を考慮するとあまりにも厳しすぎる。

 

 確かに土宮神楽のスペックは俺なんかより遥かに優れたものがあることは欠片も疑いようがないが、それでもあんなに小さな女の子が役に立つのかもよくわからない鍛錬なんぞを好き好んでやるとは思えない。

 

 教育とは洗脳に等しいとはよく言われることであるが、”退魔士の代表的な名前を持つ家系なのだから強くあれ”と教え続けることもそれに近しいものがあると思う。

 

 事実諌山黄泉にその思考を偏屈であるとバッサリと否定されていた。

 

 とりあえず重要だと刷り込ませるだけ刷り込ませて自分の意思を持たせずに鍛錬に打ち込ませる。

 

 流石にここまで酷い教育や訓練の仕方では無いとは思いたいが、かなり近しい所まで近似出来ているのではないだろうか。

 

 そんな教育をされて親に逆らおうなんて気持ちが起きるわけないしな。

 

 逆らえる環境にいるのならば人間はストレスを感じにくいものだ。

 

 いくら練習がきついからって父親のお茶に下剤仕込んで復讐するなんて俺みたいなことを彼女が出来る訳がないし、そもそもそんなことをやって自分の親父をからかうなんて考えが起こらないだろう。

 

 それこそ諌山黄泉にその考え方をぶっ壊されるまでは。

 

 まあ退魔士なんだしそのくらいのことは皆やってるかもしれないけど、それでもちょっといき過ぎな気がするんだよな俺としては。

 

 

「やっほー。お見舞いきったよーん」

 

 そんなことを思っているといきなり響いた声。

 

 ズコンと鈍い音を立てて病室の扉が開かれる。

 

 ……なんだお前その威力は。

 

 とてもお見舞いに来た人間がやるような力加減の扉の開け方では無かった。

 

「何しに来たの君……?」

 

「お見舞いって言ったじゃない。それとも何かしら、凜は私のお見舞いじゃ不満?」

 

 多分この時点で誰が来たかを理解できない人間はいないだろうが、そこに現れたのは諌山黄泉。

 

 宝刀獅子王を携え無遠慮に病室へと乗り込んでくる。

 

 昨日散々俺の傷口を抉ってくれた糞アマである。

 

「不満っていうか昨日散々話したのになんでまた来るのさ。俺としてはしばらく会わなくていいんだけど。それに学校は?」

 

「うわー棘あるー。可愛くないなー凜は。学校って今何時だと思ってるのよ、もうとっくに終わってる時間」

 

「え?……あーもうそんな時間か。親の対応とか見舞客の対応で忙しかったからわかんなかった」

 

 自分が思ってた以上に客が来たので結構びっくりした。

 

 変な知らないおっさんとかに俺の活躍がいかに凄かったかみたいなことを延々語られたりとか、したり顔で俺のことを自慢し始めるおっさんを白い目で見つめるのとか、果てには縁談を進めてきた馬鹿の対応とかが大変だった。

 

 てめえら何俺の行動を自分の手柄のように思い込んでるんだとか、そもそも見舞いに来たくせになんで俺に負担掛けてんだよとか、どうして知らないおっさんから勧められた縁談を速攻で断ったら不満げな顔をしやがるんだよとか結構イライラしてしまったのは内緒である。

 

 大人の汚さというかなんというか裏側みたいなのを垣間見た瞬間でした。

 

 対して寝てないのに本当に疲れたよ。今日は眠りこけることにする。

 

 

 

 ……だけど、本当に面倒だったのは親への対応だった。

 

 親父はすげえ優しくてしっかりしてたんだけど、問題は天才的アホの子、小野寺千景(我が母親)(ちかげ)である。

 

 本当に大変だった。俺と親父を疲労困憊にさせるほどには大変だった。

 

 親父のファインプレーでとりあえず今は家に帰らせているが、帰ってなかったら今頃俺は病院で暴れていたかもしれない。

 

 

 号泣しながらポカポカ攻撃を繰り出して来たのとかはどうでもいいんだ。

 

 一撃一撃が俺にとっては致命傷なので一撃ごとに命が削られていく感覚を味わってしまったがそれは別にいいのだ。

 

 

 問題なのは「もう危ないことはさせません!」とか言ってほかの見舞客が来ているにも関わらず俺にべったりだったことだ。

 

 どこにそんな力があるのか分からないほどの力で俺にしがみついており、全く外せないし、親父とか俺が離れろと言っても全く聞かないのである。

 

 恐らく結構偉いであろう人が来てるのに俺に抱き着いたままお話をするわ、縁談の話の時とかその縁談相手の女の子を獣のような声で威嚇し始めるなど親父の胃が心配になることを次々にやり始めたのだ。

 

 お判りだろうか。自分の上司らしき人間が息子を見舞いに来たのにも関わらず、自分の妻が挨拶もせずに息子に抱き着いているのだ。しかも縁談にはうなり声をあげて威嚇し始める始末。

 

 心の底から親父を気の毒に思ってしまった。正直俺もかなり冷や汗が流れてた。

 

 息子の俺がまさかのフォローに回るというね。

 

 見舞いとかいう名目で俺に唾付けに来た奴らを俺が無下に出来なかったのはこれが理由である。

 

 普通ならもっとドライに対応するところなのだが、結構丁寧に対応せざるを得なかった。

 

 縁談だけは一瞬で断ったけど。可愛い子だったけど今はそんな暇ないのです。

 

 

 

 ……ちなみにだが、実は「小野寺」なのは母の家系であり(・・・・・・・)親父の家系ではない(・・・・・・・・・)のである。

 

 つまり親父は婿養子であって本来なら当主ではない筈なのだが、子が千景(俺の母)しかいなかった俺の祖父母は我が子のあまりの天然さに小野寺存続の危険を認識。

 

 俺の母と仲が良く、尚且つ有望株であった俺の父をくっつけさせて小野寺当主に仕立て上げたのである。

 

 その目論見は大成功と言える。しかもこんな息子も生まれちゃった訳だし。

 

 うちの母は努力家で退魔士訓練もかなり頑張っていたのだが、残念ながら結果はお察し。

 

 でもその性格とその雰囲気の為に祖父母からも退魔士の方々から蔑視されるどころかとても温かい目で微笑ましく見守られるというある意味伝説の存在なのだ。 

 

 なのでそのエピソードとか母の性格を知る人は笑って済ませてくれてはいた。

 

 キレた爺も一人いたが、それが今回の唯一の救いだったかもしれない。

 

 

「というより自分で言っておいてなんなんだけど学校行ったの?あの後に?」

 

「勿論。対策室の車でちょっと仮眠をとってそのまま向かったの。授業は寝ちゃったけどね」

 

 カラカラ笑う黄泉。

 

 ちなみにタメ語なのは昨日それでいいと言われたからである。名前も呼び捨てだ。

 

「随分タフだな……。こんな所に来てないで家帰って寝たほうがいいんじゃないの?」

 

「大丈夫、私は昨日君みたいに動いてないからね。そこまで疲れてないのよ」

 

 はいっとペットボトルのお茶を投げてくる黄泉。

 

 お見舞い品のつもりらしい。

 

「凜は……疲れてるみたいね。お母さんの件、噂には聞いてたけどまさかあそこまでとは思わなかったわ」

 

「……噂になってんのかようちの母親」

 

「最近は君のせいで特にね。君が注目されるとその親にも当然目が行くから。うちのお義父さん(諌山奈落)も噂してたもの」

 

「そうだったのか……。今回ので更にそれを広めちゃったかもな……」

 

「いいじゃない面白いお母さんで」

 

 ケラケラ笑う黄泉。

 

 ……そういえばこの子には両親が居ないんだったな。

 

「んで、対策室のエース様がわざわざ俺の所にお越しになった理由は?本当に俺のことを見舞いに来てくれただけなわけ?」 

 

 話題を変える為に尋ねる。

 

 昨日「日を改めてまた来る」的なことを言っていたし、もしかするとそれなのだろうかと考えたというのもある。

 

 ぶっちゃけ昨日昨日とさっきから言っているが実際は今日の朝のことだから日も改まってないし、改まっていたとしても翌日に来るのはどうかとは思うが。

 

「そうね。君も疲れてるだろうしサクッと来た理由を言っちゃいましょうか。……実はね、ちょっと君とお話をしたいって人が居るのよ。あんな出来事の次の日だから遠慮しましょうってその人は言ってたんだけど、丁度いいしと思って連れてきたのよ」

 

 俺に会いたい人?

 

 ……疲れてはいるけどちょっと気になるな。

 

「どうかな?君が辛いようなら本当に日を改めるけど……」

 

「別に問題ないよ。もう来てるのその人」

 

「うん、それじゃあ呼ぶね。――大丈夫だそうです。お入りください」

 

 その声に合わせて開かれる病室の扉。

 

 その向こうに居た存在に「おふっ」と声を漏らしてしまう。

 

 ……そうだ、この人達を忘れてた。

 

「失礼します」

 

「あらあらごめんなさいね。怪我をしてて大変なのに。黄泉ちゃんがこの機会にお話しちゃったほうがタイミングがいいって言うから」

 

 キリっとした声を発するスーツ姿の短髪の女性に、車いすに座る妖艶な声をした長髪の女性。

 

 原作では死んではいないが両者ともに黄泉に徹底的にやられ、片や幼児退行をしてしまう、珍しく喰霊-零-オリジナルキャラクターなのに生き残ったほぼ唯一といっていい存在。

 

 二階堂桐に神宮司菖蒲。

 

 

 対策室室長補佐に、環境省超自然対策室の代表である室長。

 

 実質対策室のTOP2。

 

 

 

 それが、俺の病室に現れた。 

 


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