喰霊-廻-   作:しなー

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第5話 -内通者-

 ゆらりと薙刀が揺れる。

 

 その銀色は先の共闘において何度も見た。

 

 俺のように敵をぶった切るスタイルとは異なり、舞うような華麗さで敵を切り裂く鋭い太刀筋。

 

 舞踏と言って差し支えの無い動きから繰り出される銀の薙刀。

 

 その舞とも呼べる太刀筋はぞっとするほどに、つい嫉妬してしまう程に華麗で美麗だった。

 

 撫でるように、鞣すように、それでいて鎌鼬の如くその銀は敵を切り裂く。

 

 見とれるほどに美しいその舞踏。

 

 俺の命を救ってくれたあの剣戟。

 

 俺に共闘の素晴らしさを伝えてくれたその剣閃が、今俺に向こうとしていた。

 

「こんばんは、諌山冥さん。こんな夜更け近くにわざわざようこそ」

 

「こんばんは、小野寺凛。そんな夜更け近くに起きていてくれて感謝します」

 

「いえいえ。そんなことよりもこんな夜更け近くに随分物騒ですね」

 

「ご存知でしょうか。物騒なことをするのはそんな夜更けと相場が決まっているものです」

 

 銀が俺に向けられる。

 

 あの戦闘において何よりも頼りになったその薙刀が、一転して俺の喉笛を掻き切らんと喉仏の辺りに添えられる。

 

 抵抗する余裕など無かった。

 

 大して寝ていないことによる疲労と痛み止めなどの薬による何となくの身体の不調、それに加えてかなりの腕前を持つ退魔士による一瞬の踏み込み。

 

 この状況でそれを回避することが出来たのならばそれこそそいつは神童と呼べる存在だ。

 

 少なくとも俺には些細な抵抗をする気力を見せることぐらいしか出来なかった。

 

「確か貴方には貸しがあったはずですね。そのうちの一つをここで使わせて貰います。

……動かないでください。このような公の施設で血を流させたくはありません」

 

 空気も裂いてしまうのではないかと錯覚してしまうような刃先が首元に添えられる。

 

 諌山冥に借りていたそれは4つ程あったはずだ。

 

 命を救ってもらった際に借りたそれを、命を奪いかねない状況で返さなければいけないとは何たる皮肉だろうか。

 

 

「……私が聞きたいことの見当はついていますね?」

 

 静かにそう問われる。

 

 聞きたいこと。それの見当は粗方ついている。

 

 それについて質問されることや疑われることくらいは想定していたのだが、まさか薙刀を持ってこられるとは思いもしなかった。

 

「……俺のスリーサイズとかですかね。それならちょっと前の健康診断を見てもらえればすぐわかる……!!」

 

 先程までは押し付けられてはいなかった刃が、首の皮に押し付けられる。

 

 その刃を通して冷気が俺の肌へと浸透し始める。

 

 額に伝う一筋の汗。

 

 ……まずいな、これ脅しじゃない。いざとなればこの人、本気で俺の首落とすつもりだ。 

 

「小野寺凛。私がそういった冗談を好むタイプに見えますか?」

 

「……見えないですかね」

 

「ええ。その通りです。ならば貴方がするべきことはそのつまらない冗談を吐くことではないとも分かるでしょう?」

 

 更に強く刃が押し付けられる。

 

 触れているだけでとてつもなく鋭利だと分かるその刃先。

 

 首の皮が切れていないことが不思議だ。

 

 包丁とかならいざ知らず、ここまでの切れ味を持つ得物に触れていてその部分が切れていないなんて普通では考えられない。

 

 刃物は引かないと切れないとはよく言われるが、それは所詮二流の切れ味を持つ刃物の話だ。

 

 宝刀獅子王や舞蹴のような一流の退魔刀やそれに準ずるレベルの退魔刀ともなれば人の皮程度触れただけで切断するなど容易い。

 

 事実黄泉は桜庭一樹を殺すシーンにおいて獅子王を軽くなぞらせるだけで金属にすら傷を与えていた。

 

 それなのに俺の皮が切れていないということは。

 

 諌山冥が絶妙な手加減を加えて俺の皮を斬らないようにしているということに他ならない。

 

「……別に、俺はあの事件の黒幕と繋がってなんかいませんよ」

 

 弁解を始める。

 

 俺の状態が万全だったとして、いや十二全に戦える状態だったとして、それでもこの状態から抜け出すことは不可能だ。

 

 僅かに動けば首の皮が切れる状態とは即ち僅かに力を入れられれば首が切られる状態に他ならない。

 

「説得力がありませんね。それでは何故私にあのような指示を?北東に向かうように指示を出せたのです?」

 

「……以前にもカテゴリーAが出現したという報告があったのを覚えていらっしゃいますかね?それと発生状況が似ていたのでもしかするとと思ったんですよ。南西と北東以外の特異点に存在する奴らなんて雑魚ばっかりでしたし、外れても問題はないかなと判断しまして。それに仮に俺が内通者なのだとしたら敵の位置を教える意味がないと思いますが」

 

「確かに貴方の言うことは一理あります。ですが、私が向かった際に居たのは貴方と貴方なら対処しきれる量のカテゴリーCのみ。ピンチを演じる(・・・・・・・)にはふさわしい状況かと」

 

 諌山冥は無表情で佇む。

 

 諌山冥が浮かべている表情は決して仲間に向けて浮かべるタイプの表情ではない。

 

 あくまで俺を敵である疑いが濃厚な存在だと見て、ただただいつ処刑を断行するかを測りかねているといった、そんな表情だ。

 

 それに相対している俺は一体どんな表情になっているのだろう。

 

 ……まさか三途河の放ったカテゴリーCに襲われている状況がこんな形で自分を追い込むなんて誰が想像出来るというのか。

 

「……内通者である疑いを消すために自演したって言いたいんですか貴女は」

 

「ええ。あくまでも可能性の話ですが。カテゴリーAがあの場所に現れて次に土宮殿の所に向かったのも怪我を装う為の準備だったとも考えることが出来ます」

 

「……随分手の込んだ面倒くさいことを俺はやるんですね。そんなことをして俺にメリットが無い気がするんですけど」

 

 前に出そうになった俺を的確に刃を用いて押しとどめてくる諌山冥。

 

「最終的な目標が何であるかに依ります。もし貴方達の目的が土宮のお二人の打倒だとするならば確かにメリットはありません。それに貴方が彼女たちを身を挺して守る意味も確かにありません」

 

 だったらなんでと言おうとした俺を視線と刃で再度封じてくる。

 

 動いたら切ると言ったのを忘れたのかと言わんばかりの牽制であった。

 

「ですが今回のこの一連の事件が伏線であり、本格的な第二波(・・・・・・・)があるのだと考えれば殆ど全て辻褄が合います。……意味がお分かりですね?」

 

「……今回の戦いで功績を上げ尚且つ負傷した俺は内通者の疑いをまんまと免れ、そしてその功績から重要なポジションを任される可能性が高くなる。重要なポジションに居るということはその存在が作戦にとって要であるということ。その要が抜けたとき、作戦とは下手をすれば立て直しすら不可能なほどに瓦解していく」

 

 思考を回す。

 

 そう、ましてや―――

 

「―――そのポジションの人間が裏切者だった場合、一瞬で壊滅する恐れさえあります」

 

 ぐうの音も出ない。

 

 ハッキリ言ってしまうなら、この人が言っているのはあくまでも想像の範疇を超えない、根拠も何もないただの推測なのだ。

 

 俺を内通者だと断定する物的証拠も何もない推測から発展させたただの推理をもって俺と相対している状態であり、俺が内通者だと認めない限りは俺を裁くことなど出来やしない。

 

 俺の自白なしに俺を追い詰めることなど不可能なのだ。

 

 あくまでそう考えれば辻褄が合っているというだけのただの妄想の産物なのである。

 

 机上でただ状況証拠から尤もらしい推論を導き出しているにすぎない。

 

 だが、それでも俺はそれを完璧に否定することが出来ない。

 

 その妄想を否定するだけの物的証拠が何もないのである。

 

 あくまでこの推論はこの人が状況証拠から組み立てたものであり、物的証拠や確たる状況証拠から組み立てたものでは決してない。

 

 出発地点が物的証拠ならばその論理的矛盾を追及することは訳が無いのだが、始まりが状況証拠であるが故に否定をすることが難しい。

 

 ”ナイフから指紋が検出された”という前提から議論が出発したのならば「指紋が自分の物ではない」などの矛盾を突けばいい。だが”犯行が行われた時間帯に付近にいたから怪しい”という前提から議論が発展して、尚且つ本当にその時間帯にその場所に居た場合、否定のしようがないだろう。

 

 今回のケースは明らかに後者だ。

 

 俺は無実であるのにそれを証明してやることが出来ないのである。

 

 無意識のうちに歯噛みしてしまう。

 

 非常に面倒な事態になった。

 

 冷静な瞳でこちらを見据えてくる諌山冥に対してこちらも毅然とした態度で見据え返す。

 

 その瞳の奥ではどのような思考が回っているのだろうか。

 

 しばし視線が交差する。

 

 一瞬でも力が緩むかと思ったのだが、突きつけられた薙刀は的確に俺の動きを封じ続けていた。

 

 病院特有の夜の静けさがいつも以上に鮮明に感じられる。

 

 点滴の音ですら聞こえてくるのではないかと思うほどの静寂。

 

 刃物を押し付けられている緊張から流れる冷や汗。

 

 それを壊したのは諌山冥の方だった。

 

「……意外ですね。否定をしないのですか?」

 

 これは本心で聞いているのだろうと思わしき声が漏れる。

 

 刃物を押し付けられ内通者を疑われながらも弁解をされないのは流石に意外だったのだろう。

 

「……水掛け論って言葉をご存知ですか。意味は異なりますが焼け石に水って諺でもいいです」

 

「これ以上議論を交わしても無駄、と言いたいのでしょうか。私を納得させられるだけの根拠がないと」

 

「ええ。でもそれは貴女もでしょう?貴女の議論は相当に尤もらしい。だけどもし貴女の議論が正しかったとして、それを立証するためには俺の自白が必要不可欠だ。貴女の憶測では俺の有罪は決して立証できない」

 

 先に述べた通り、どうせ俺が何を言った所で俺の不利な状況は覆らない。

 

 それに尤もらしいことを何か考えて述べている最中に疑いを深めるようなことがあっては本末転倒だ。

 

 なら、俺がすべきことはもう殆ど無い。

 

 この人の言葉を否定してもよかったが、この人が期待しているのは醜く弁解する俺では無い筈だ。

 

 再び交差する視線。

 

 次はどんな問答が来るのかと身構えていた俺に諌山冥がとった行動はその薙刀を下ろすことだった。

 

「……え?」

 

 このタイミングで薙刀を下ろされるとは考えていなかった為に瞬間的に呆ける俺。

 

 一体どうしたのだろうかなどと考えた瞬間、俺の視界は回転した。

 

「……いっ!!!」

 

 怪我をしている左腕に走る衝撃。

 

 同時に胸囲にかけて感じる圧迫感。

 

 何が起こって―――

 

 ふと揺れていた視界が戻ると、そこにあったのは先ほどまで首筋に当てられていた銀色。

 

 文字通り目と鼻の先に諌山冥の握る薙刀が突きつけられていた。

 

 状況が全く掴めないながらも、恐怖に息を飲む。

 

 只でさえ刃物とは人間に恐怖を与えるものだ。

 

 殺傷を目的としていない日用品として使われる刃物でさえ人は恐怖心を覚える。

 

 それが向けられていると感じるだけでも人の精神は極度のストレスにさらされ、肉体的ダメージだけではなく耐えがたい精神的ダメージを受けることもある。

 

 訓練を積んでいる人間であってもいざ対峙してみると恐怖から十全の力を発揮できないなんてことは往々にしてあるものだ。

 

 だというのに気が付いたら目と鼻の先に殺傷を目的とする刃物が存在するというのは想像に絶する恐怖だ。

 

 しかも直前まで極度のストレスにさらされた状態からのこれとなると最早拷問に近い精神的ダメージである。

 

 思わず出そうになった声を飲み込む。

 

 目の前に突き出される刃。

 

 そしてそれを持って俺の上に跨る諌山冥。

 

―――押し倒されてるのか。

 

 ようやく状況の把握が完了した。

 

 喰霊-零-の8話で諌山冥が諌山黄泉にされたのと同じ状態、それを俺は諌山冥にされているのだ。

 

 脱出を試みようと本気で足掻くが、左腕の怪我の痛みのせいで力を発揮できずに振りほどくことが出来ない。

 

 足の力は腕の力の三倍あるという。

 

 その三倍の力で拘束されてしまってはいくら相手が女であろうと脱出は不可能だ。

 

 鋭い痛みを訴える左腕を無視して力を籠め続ける。が、足は一向に離れる気配がない。

 

 特殊な性癖の人間ならばこのシチュエーションに喜ぶのかもしれないが、冗談じゃない。

 

 いくら女性とはいえその全体重と脚力が肺を圧迫した息もまともに出来ないような状況で眼前には簡単に命など狩られてしまう程鋭利な刃物がぶら下げられているのだ。

 

 いざ実際にそのシチュエーションに遭遇すると焦りと恐怖と苦しみしか感じ取ることしか出来ない。

 

 正直に言って抜け出す気ならばいつでも抜け出すことは出来るのだ。

 

 俺の能力は対人戦においてはなかなかに規格外だ。チートとまではいかないがそれに近しいものはある。

 

 小野寺の霊力を物質化する異能は例外こそあれ基本的に体中のどこからでも発生させることが出来る。

 

 それは今俺と諌山冥が接触している部分からでも能力を使用できるということであり、零距離の筈なのに太腿をナイフで刺すといったようなことが出来るのである。

 

 つまるところ俺が殺す気なら寝技は基本的に通用しない。

 

 掴み技程度の接触だと能力を発動させる間もなくしてやられてしまうが、寝技のように接触時間が長い技は能力を発動させるのに必要な時間がたっぷりあるため俺には通用しない。

 

 だから失敗したら俺が死ぬという恐怖と、この人が確実に大怪我をするという事実を除けば脱出事態は可能である。

 

 だが、一応抵抗するなというお願いをされているというのにまさかそんなことが出来るわけが無い。

 

 恩を仇で返すのは俺のプライドが許さないのである。

 

「……再度問いましょう。貴方は内通者ですか」

 

 違う、と声を上げる。

 

 自分で聞いていても余裕のない声だと分かってしまうほどに切羽詰まった声。

 

 当然諌山冥にもそれは伝わっているだろう。

 

 だが、俺にかかる力は一切緩むことはない。

 

「では、我々退魔士の敵と呼べる存在ですか?」

 

 それも違う、と俺は答える。

 

 寧ろ俺は退魔士の悲劇を止めるために活動してきているのだ。

 

 だがそれを説明することなど不可能だし、したところで疑いが深まるのがオチだ。

 

 前世持ちというならばまだしもこの世界の結末を知っているなんて言った所で一笑に付されるに決まっている。

 

 かちゃりと薙刀が音をたてる。

 

「……正直私としては貴方が内通者であろうとそうでなかろうとどうでもいいのです。もしそうなら粛清をすれば済むだけのこと。別段騒ぎ立てることではありません」

 

 滔々と今までこの人が俺にした行為をすべて否定するかのような発言を述べる。

 

……どうでもいいだって?

 

 

 思考を回転させる。

 

 俺がもし内通者だった場合、確かに粛清をすれば済むことではある。だがそれは粛清が出来ればの話であり、万が一間に合わなかった場合取り返しのつかないことになる。

 

 だからこの人はここに現れてこうして俺を問い詰めているはずなのだ。

 

 だが、それはどうでもいいといった。

 

 堂々巡りになるが、もし俺が内通者ならば排除すればいいから、と。

 

 ……本当にそうだろうか。

 

 何となくだが、本当の理由が別にある気がする。

 

 そう、例えば

 

―――対策室が全滅をしたとしても、むしろそれはそれで不利益では無いとか。

 

 その思考に辿り着いて俺ははっとした。

 

 

 この人の行動原理はなんだ?

 

 喰霊-零-において、この人はなんの象徴として描かれていた?

 

 

 俺の顔を見て、俺が何かをひらめいたことを察したのだろうか。

 

 俺の目を意志の籠った目で見つめ返してくる。

 

 そうだ。この人は別に対策室が壊滅したとしても問題が無いと言えば無いのだ。

 

 なぜならばそこには諌山黄泉が居る(・・・・・・・)のだから。

 

 

 ……正直に言って、この人が諌山黄泉が簡単に殺されるような存在だと思っているとは考え難い。

 

 会話を交わしたのは本当に僅かな時間であるが、この人には確かな知性がある。

 

 知性的なこの人が俺と黄泉の実力を知った上でそれ(壊滅)を本気で狙っているとはどうしても思えない。

 

 だが、多分これもこの人の本音の一つだ。

 

 壊滅したとしてもその過程で黄泉が消えるならばそれはそれで好都合なのも恐らくだが事実なのだ。

 

 

「貴方は黄泉に並んでこの業界の期待の新星。誰もが貴方を注目し期待している。……そして、それは私も同じ」

 

 もしもの話ですが、と前置きをして諌山冥は続ける。

 

「―――もし私が誰が産んだ子よりも遥かに優秀な子供を産んだとしたら。もしその子が今後の退魔士業界を背負っていける程の人材であったとするならば。……世論とはどう動くのでしょうね」

 

 言っていることの意味が分からず再度呆けていると不意に外される薙刀。

 

 目の前にあった銀が俺の目の前から外され、諌山冥もそうとだけ言って静かに俺の上から降りていく。

 

 当然だが無くなる圧迫感と圧迫により生じる痛み。

 

 ……嫌にあっさり俺の上からどいたな。

 

 静かにベッドから降りていく諌山冥。

 

 その姿からは俺を警戒しているだとか、俺を驚異に思っているだとかの感情は見受けられない。

 

 一体今ので何がしたかったのか。

 

 わざわざ俺を押し倒して脅迫したにしてはあっけない幕切れだ。

 

 そんな疑問を持ちながらも久方ぶりに一息をつく。

 

 ようやく人心地が付いた感じがする。

 

 緊張から病室の出口に歩いていく諌山冥。

 

 内通者とやらの疑いを掛けた相手に対して堂々と背中を見せるとは随分無防備というかなんというか。

 

 あっさり俺の上からどいたことといい、もしかしてこの人は途中から俺が内通者では無いと確信に近いものを持っていたのかもしれない。

 

 俺が戦闘になったとして大した脅威ではないと判断された可能性も否定は出来ないが。

 

 

「……そういえばまだ貸しがありましたね。この際に使わせてもらいましょう。一つ、今日のことは他言無用でお願いします。それともう一つ、……もし今後対策室入りを打診される機会があればその申し出を受けてください」

 

 気持ちを整えている俺に、扉に手を掛けながら諌山冥はそう告げてくる。

 

 諌山冥がここを訪れたことは他言無用であり、尚且つ対策室の勧誘は受け入れろと。

 

 ……どういうことだ。

 

 病院に剣を引っ提げてやってきたわけだし他言無用は分かるのだが、対策室入りを引き受けろとは一体どんな意図があってのことなのだろうか。

 

 命を救ってもらった対価として提示された条件だ、いまいち理解は出来ないが飲まないわけにはいかないため首を縦に振る。

 

「……嘘は言わない殿方であると信じています。それでは、お大事に」

 

 何故かふっと微笑む。

 

 先程まで薙刀を突きつけていた人間に対して浮かべるような類の物ではないだろうそれはと思わせる表情だった。

 

 そのまま俺に一瞥くれると音もなく病室から出て行ってしまった。

 

 ……マジでなんだっていうんだ一体。

 

 どさりと音をたてる程の勢いでベッドへと倒れ込む。

 

 色々展開が急過ぎて脳みそが追いついていかない。

 

 つまりはどういうことなんだ?

 

 押し倒される前までの会話の流れは理解できたが、その直後辺りから会話についていけなくなってしまった。

 

 世論だの対策室入りだのには何の意味があるのだろうか。

 

 当然、予測ぐらいはついている。

 

 それも出来ないような馬鹿ではないとの自負はある。

 

 だが、本当にそうなのだろうか。

 

 その隠喩を、その隠喩通りに解釈すべきなのだろうか。

 

 根拠のないただの勘ではあるが、俺はそう思わない。

 

 あの人のことだ。その通りに取るのは無理がある――――

 

 ぐわんと視界が揺れる。先程諌山冥に押し倒された時のような物理的な揺れではなく、脳が回転しなくなった時に来るあれである。

 

 ダメだ、眠い。

 

 今の一連の意味合いを理解しようと頭を働かせるが、緊張から解放されたせいか突如として猛烈な眠気が襲ってきたのだった。

 

 徹夜明けでアルコールが入った状態並みの睡魔。

 

 今日はあまり寝れていなかったし、この睡魔に抗うことはかなり辛そうである。

 

―――明日考えればいいや。

 

 そっと瞳を閉じる。

 

 そもそも抗う必要などないのだ。怪我人は余計な事を考えずにさっさと眠る。それに限る。

 

 失敗する受験生のような、そんな考えを抱きながら俺はまどろみの中に落ちていくのだった。

 

 

 

 




 

 冥さんとの絡みって書くのに神経使うんですよね。
 凜と絡ませるのは実は三途河が一番楽だったりする。

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