喰霊-廻-   作:しなー

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第8話 -神童 vs 神童1-

 

 

 知られていないことではあるが、環境省超自然災害対策室の地下にはかなり巨大な修練場がある。

 

 さすがは国直轄の施設というべきであろうか。非常にしっかりとした環境が整っており、人目に触れてはならない俺たちの家業の修練を積むならば最適と言ってもいいかもしれない。

 

 原作の神楽がここを使った際には二頭の白叡を遠慮なくぶん回しても大丈夫であったほどだ。相当にこの修練場は広い。

 

 そんな立派で素晴らしい修練場の中で、武器を構えているのは俺と諫山黄泉のたった2人だけだった。

 

 その場を満たしているのは、動けば切れてしまいそうな程張り詰めた空気と僅かに響く息遣いだけ。

 

 先程まで鍛錬に打ち込んでいた環境省の人間も、俺たちに場所を譲って俺たちを見守っている。

 

 俺もそうだが、諫山黄泉も木刀を正眼に構えたまま微動だにすらしない。

 

 肌を通して伝わる相手(神童)の実力。こうやって正面に立って武器を構えているだけなのに、やはりその名は伊達じゃないのだとありありと伝わってくる。ただ対峙をしているだけなのに、俺の精神力は一刻一刻と削られていっている。

 

ーーー冗談だろ……。

 

 冷や汗が流れる。身体中の感覚器官が鋭敏になっている状態で、汗が背中を流れていくのがとてつもなく気持ちが悪い。

 

 諫山黄泉が強いなんてこと、そんなこと分かりきっていた。彼女が規格外の存在であることはきちんと把握できていたつもりだ。

 

 だが、知っているだけでは意味がない。知っていることと教えることは別物だという諺があるが、その通りだ。諺とは意味が多少異なるが、諫山黄泉の強さを知識で知っていることと、身体で体感していることとでは全くもって別物だ。とある最強生物も言っていたが、百聞は一見に如かず、百見は一触に如かず、なのだ。

 

「それじゃルールの確認ね。終了条件は一方がギブアップするか、若しくは戦闘不能と判断された時。審判である私の終了判定も終了条件に含みましょうか」

 

 ポンと手を打つ神宮寺菖蒲。どうやら、この人が審判を務めてくれるらしい。

 

 対策室のほとんどの人間が知らない事ではあるが、実はこの人は現役だ。下手な実力者にレフリーを任せるよりもよっぽど安心だろう。

 

「外部からの助っ人も何もなし。一対一のいわゆるタイマン、ってやつね。それじゃあ、準備はいいかしら?」

 

 その言葉に、俺たちは同時に頷く。

 

 準備なんてとっくにできているに決まっている。むしろ、お互いにいつ始められるのかうずうずしているほどだ。

 

 緊張が高まってくる。

 

 ーーー何故だろう。この前土宮雅楽とやりあった時よりも、カテゴリーBを二対相手に立ち回った時よりも、そして三途河とやりあった時よりも緊張している。緊張で心臓が張り裂けてしまいそうだ。

 

 諫山黄泉はどうなのだろうか。彼女も、俺と同様に緊張してくれているのだろうか。

 

 ーーーいや、多分してなどいないだろう。こんな張り詰めた緊張を持っているのは俺だけのはずだ。ずっとそんな風に在りたいと思い続けてきた、ずっと憧れていた女性(ひと)とこれから戦うのは俺だけなのだから。

 

「泣いても笑っても待った無しの一本勝負。噂に名高い神童と神童の対決なんて夢のカードね。……それじゃ、始めて」

 

 始めの号令がかかる。予想していたよりは呆気なく、さらりとした号令だった。

 

 だが、俺達は違った。ダムが決壊するかの如く、途方もないエネルギーを持った爆薬が炸裂するかの如く。

 

 俺たち(神童と神童)はぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神童vs神童。みんなは見てみたくない?」

 

 始まりは、諫山黄泉のそんな一言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めまして小野寺凛です。不束者なため今後ご迷惑をおかけすることもあると存じますが、弛まず精進していく所存ですので何卒ご指導ご鞭撻の程よろしくお願い致します」

 

 社会人でもあんまりやらないんじゃないの?って位には無駄に丁寧な挨拶とともに頭を下げる。

 

 ここは環境省の超自然災害対策室。喰霊-零-並びに喰霊を見ていた人達ならば耳にタコが出来る程にはその名前を聞いたであろうお国直轄の秘密機関である。色々とやりたいことがあったりしたためスカウトを受けてから6ヶ月ほど加入を待ってもらっていたのだが、その6ヶ月がとうとう経過し、本日より正式に配属となった次第だ。

 

 それにしても堅っ苦しい挨拶になってしまった。俺としては「ご存知の通り小野寺凛です、これからよろしくお願いします」ぐらいで済ませようと思ってたのだが、親父に「子供とはいえ、お前はキチンとした挨拶が出来るのだから出来ることはやっておけ」と言われたので一応キチンとやってみたのだ。恥ずかしいけど。

 

 頭を上げるとそこに並んでいるのはアニメで見慣れた面々。諫山黄泉を始めとして、神宮寺菖蒲、二階堂桐、岩端晃司、ナブー兄弟など対策室のエージェントメンバーが全員集結していた。

 

 ……俺はこのメンバーの中に入ってこれから活動するのか。ちょっと感激する。画面越しに憧れながら観ていたメンバーたちと同等の立場でこれから活動する事ができるのだ。フリーの身分も捨てがたかったが、それ以上にこの人達と活動できるのは喜ばしいかもしれない。

 

「あらあら、ずいぶん丁寧な挨拶ね。その歳でそれだけの挨拶が出来るなんて凛ちゃんは偉いわね」

 

「そうですね。その歳でそれなりの言葉遣いができるのは将来性が見込めます。少々薄気味悪くもありますが」

 

「もう桐ちゃんったら」

 

 始まる恒例のコント。無礼を働き嗜めるという予定調和。

 

 ってか室長、さり気なくアンタも俺のこと馬鹿にしてません?偉いね偉いねされるような歳じゃあ流石にないんですけれども……。

 

「その歳でそんな言葉遣いが出来りゃ大したもんだ。改めて岩端晃司だ。よろしくな凛」

 

「同じく桜庭だ。改めてよろしくな」

 

 握手を求めて来た2人に俺も握手を返す。

 

 飯綱紀之とは黄泉に連行された際などにちょいちょい会っているが、この2人とはかなり久々だ。正式に対策室入りをするって表明しに来た時も会えなかったし、多分あの病院以来じゃ無いだろうか。

 

「よろしくお願いします。そしてナブーさんもお久しぶりですね」

 

「「ナブー」」

 

 ナブー兄弟とも握手を交わす。この人達も病院以来だ。つーかぶっちゃけこの人達と仕事以外で会うという発想が俺にはなかった。

 

「よ、凛。調子はどうだ?」

 

「どうも。最近成長痛が酷くて悩んでます」

 

 気さくに飯綱紀之が話しかけてくる。……ふむ。相変わらずイラつくくらいにはイケメンである。あの日、病院で会うことは叶わなかったが、先程も言った通りこの人とは何回か接触している。黄泉を抜かせばこの人と絡んでいる回数はナンバーワンだ。さっぱりとした性格だし、気さくなにーちゃんといった感じで絡み易いのだ。

 

 余談だが、2人で歩いているとまあまあな頻度で女の人が話しかけてきたりする。全部が全部飯綱紀之目的で、ですけれども。

 

「そろそろ伸びてきて身長越すんで待っててくださいよ。……それと、神楽ちゃんもお久しぶりだね」

 

「こんにちは」

 

 ペコリと頭を下げる神楽ちゃん。久々に話すからか少々こわばってはいるが、以前の病院のように全く表情が無いといったようなことは無く、先程から黄泉とじゃれ合っていたりなどしながら笑顔を見せていた。

 

 流石は諫山黄泉。アニメと同様に神楽ちゃんの心的な傷をしっかりと取っ払ってくれたようだ。それは俺には間違いなくできない行動で、それが出来る諫山黄泉には正直嫉妬する。ちなみに対策室入りを6ヶ月も待ってもらっていたのは俺が下手に介入して心的外傷が治らないみたいなふざけた現象を起こさないための配慮でもあったりする。女の子の心境を理解して慰めてあげるといった行動は俺には難しすぎます。

 

 まさか俺1人の介入でそんなこと起こりようも無いとは思うが、万が一を起こさないための俺の措置だ。それに本当にやりたいこともあったからちょうど良かったのだ。

 

  ……それにしても。

 

「神楽ちゃんも病院以来だよね。……えっと、その、大きくなったね」

 

 忘れもしない。俺とこの子があったのは6ヶ月前。妖艶さとかといった色では無く、表情を意味する色を全く浮かべていなかったこの子との出会いがファーストコンタクトである。

 

 その時俺はこの子よりも多少以上に背が高かった筈だ。ベッドで上半身のみ起き上がらせた状況であったとはいえ、身長には敏感な俺だ、見間違いようなどあるまい。

 

 だが、今は違う。目線の高さが俺より少し低いかな?というくらいまでに迫っているのだ。

 

 一般に、女の子の方が男よりも成長が早いと言われている。だから、小学生高学年や中学の前半だと男の方が身長が低いということは往々にしてあるのだが、年下の女の子に抜かされそうである。思わず心の中で唸らざるを得ない。下手したら今年度中に身長抜かされんぞ俺。

 

「凛はチビだからな。ほら神楽、笑ってやるといいぞ」

 

「平均よりも小さいよな凛って。クラスでも一番前とかじゃないのか?」

 

「……ふふ、意外と小っちゃいんだね凛ちゃんって。なんか可愛いかも」

 

「可愛いはやめろ可愛いは」

 

 飯綱紀之と桜庭一樹の煽りに乗じて俺を馬鹿にしてくる土宮神楽。

 

 まじでやめてくれ。女子に俺が言われたくない単語のトップクラスに位置するのがそれなんだ。

 

「何、気にすることはないさ。男は身長じゃねえよ。腕っ節と度胸がありゃ充分だ」

 

「それに小っちゃいと可愛くていいじゃない。私は好きよ」

 

 俺をかばうつもりがあったのかなかったのか。本人達にしてみればフォローになってたのかもしれないが、全くもってフォローになって無かった。

 

 180cmを優に超える大男に言われたくないし、そもそもその口調だとお前はチビって認めてんじゃねえかよっていうね。

 

 そして室長、可愛いはやめろと言ったばっかなんですが。あなたが好きかどうかは関係がないのですよお姉さん。 

 

「ねえねえ凛ちゃんって身長何センチ?」

 

 ずいっと近づきながらそう聞いてくる神楽ちゃん。

 

 病院の時の殊勝さはいずこへ行ってしまったのか、最早遠慮とか、気遣いとかが感じられない。悪戯な笑みを浮かべている。

 

 警戒を解いてくれたのなら別に万々歳なんだけどさ。俺のトークテクとかじゃなくて身長ネタで親密になると言うのは俺の心境的にあまりよろしくないなーとか思ってしまう。

 

「……ひゃ、150cmですけれども」

 

「ということは凛は146、7くらいかしらん?平均身長よりも結構小さいわね」

 

「あー!負けたー!」

 

 読んだサバは(諫山黄泉)にあっさり食われてしまったらしい。まさかの一瞬でばれた。

 

 いやまあ身長をごまかして言う人って大抵は2〜3cmサバを読んで報告するから推測するのは容易ではあるんだけどさ。

 

 それを皮切りにして身長の話で盛り上がり始める対策室の面々。

 

 俺は小さい頃から身体が大きくてな、とか今170超えてますだのといった人間の表面を数値化した憎むべき指標について其処彼処で会話が成される。

 

 ……今日って俺の就任祝いなはずだよな?祝われている気が全くしないのだけれども。

 

 むしろ貶されている気がするまである。遺憾の念を禁じ得ないぞこれは。

 

「凛ちゃんって前から何番目?」

 

「よし神楽。お説教してあげるからあっち行こうか」

 

 などといったようなおふざけたっぷりの会話の応酬で、俺の就任祝いとやらは一通り終了したのであった。

 

 

 

 

 諫山黄泉から例の一言が出たのはその後である。

 

 俺も大体みんなと話し終わったし、そろそろみんなも業務に戻ろうかとしていた時のことだ。

 

 諫山黄泉がレクリエーションがまだ残っていると言い始めたのである。

 

 最近成長痛らしき鈍痛が酷くて訓練もあまりしていないから俺は十分暇なのだが、流石にこれ以上公務員を拘束する訳にはいくまい。

 

 それに周りの面々を見る限り殆どがレクをやることを知らなかったみたいだし、どうせ大した企画じゃないんだろうと思い、そう実際に口にしようとした所、諫山黄泉と目が合った。

 

 その瞬間ゾクリと身体が震えた。

 

 その目は柔和だ。非常に優しく、何時ものように頼れるお姉さんのように一見見える。

 

 だが、その目の奥が笑っていなかった。敵を見据えたような、そんな目をしているのだ。

 

 ……なぜ俺をそんな目で見る。

 

 切にそう思う。まるで俺と今から事を構えるかのような剣呑な目をしてやがるじゃないか。

 

  どうしたものかと周りを見渡すと、周りの奴らは納得がいったという顔で諫山黄泉を見ていた。その場でついて行けてないのは多分俺くらいだったのだ。どうやらみんな黄泉の表情を見て黄泉の意図にすぐ気づいたらしい。流石はずっと黄泉と共に行動をしてきた面々なのだろう。

 

 ……どういうことだってばよ。

 

 俺はどう振る舞うのが正解なんだろう、是非とも説明が欲しいものだ。置いてけぼりっていうのはあまり精神衛生上よろしく無い。

 

 それに空気を読むのにはあまり自信は無いが、読もうとしない程に愚かであるつもりは無いのだ。

 

 さてどうしたものかともう一度黄泉の目を見て、そこで漸く俺もその意図に気がついた。

 

 なんてこった。こいつは俺と事を構えるかのような(・・・・・)目をしていたわけじゃなくて、本当に俺と事を構えるつもりの目をしているんだと。

 

 思わず「本気?」と聞いてしまった俺に対して、強い調子で「勿論」と返してくる黄泉。 

 

「一回戦ってみたかったし、確かめたいこともあるから丁度良いのよね」

 

「確かめたいこと?」

 

「そ、確かめたいこと」

 

 それって何、と聞こうとした俺に先んじて諫山黄泉は口を開く。

 

 別に割り込んで黙らせるような意図は無かったのだろうが、黄泉に黙らされたような形となる。

 

「レクリエーションとしては丁度良いでしょ。この時間なら地下の修練場も多分空いてるし、ただ何もせずに凛を返しちゃうのも悪いじゃない?」

 

 それに、と諫山黄泉は続ける。

 

「ーーー神童vs神童。みんなは見てみたくない?」

 

 その一言に、頷かない者など1人も居なかった。

 


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