喰霊-廻-   作:しなー

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第9話 -神童 vs 神童2-

 喰霊白叡を操っても問題が無いほどに広い修練場の中で、主だった音を鳴らしているのはたったの2人。

 

 諫山黄泉と小野寺凛。一般に神童や天才と呼ばれている2人の少年少女である。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

 諫山黄泉の鋭い気合いと共にそれ同様鋭い剣閃が小野寺凛へと降り注ぐ。

 

 常人なら反応すら出来ずに御陀仏してしまう程の一撃。だがそんな攻撃もこの2人の戦いにおいては小手調のための一撃に過ぎない。初撃以上に鋭い斬撃が次いで繰り出されるが、それらは全て相手を仕留めるためではなく実力を測るためのもの。繰り出す方は躱される前提で、繰り出される方は躱し切る前提でその一瞬を過ごす。

 

「あいつら本当に中学生かよ」

 

「ああ、なんだよあの動き。しんじらんねえ」

 

「バケモンだろ……」

 

 固体と固体が激しくぶつかり合う音が鳴り響く中、そんな声が其処彼処から聞こえてくる。

 

「どう思う?アレにお前勝てるか?」

 

「馬鹿言うな。勝てるわけがねえだろうが」 

 

 先程までこの訓練施設で鍛錬に勤しんでいた環境省の面々もその鍛錬を止めて2人の戦いに見入ってしまい、そんな声を思わず漏らしているのだ。

 

 仮にも特殊機関で戦闘要員として働いている人間をしてこう言わしめることからも2人の実力は推し量れよう。荒事を生業とする大人から見ても「神童」の戦いは格が違うのだ。

 

「それにしてもやっぱ諫山って凄いんだな」

 

「本当にその通りだな。小野寺のガキンチョも十分化け物だが、諫山はそれ以上だ」

 

「やっぱ神童っても諫山黄泉の方が上なのか?」

 

 ガキン、という木刀と霊力で出来た物質が奏でるとは思えないような音を立てて諫山黄泉と小野寺凛は鍔迫り合う。

 

 素人が見れば一見互角に見えるその戦いだが、実のところ優勢なのは諫山黄泉だ。どちらもまだ一度も攻撃を食らってはいないのだが、攻撃に出るか守りに出るかのイニシアチブを完全に諫山黄泉が握っており、小野寺凛は自らが望むような攻防を満足に繰り広げることが出来ていない。

 

 内心で舌打ちを1つ。勝っている瞬発力と筋力を用いて諫山黄泉を鍔迫り合いの状態から弾きとばし、一旦距離をとって仕切り直す。

 

―――流石だな。

 

 素直に感心する。舐めていたわけじゃ無いし、侮っていたわけでも当然無い。だが、頭の中でその実力が下方修正されていたのは事実なのだろう。流石にこれ程までに攻めきれないとは思わなかった。

 

 負け惜しみや言い訳では無く、凛は十全の力で戦っているとは言い難い。最近の身体の不調のせいで訓練を一週間近くしていなかったのは事実だし、それを抜かしてもフルスロットルと言うには程遠い力しか出していないからである。だが、それは諫山黄泉も同じ。彼女もまた凛と同じで全くもってその力の全貌を見せてはいない。

 

―――黄泉の本気に、果たして俺は勝てるのか。

 

 対峙し始めてから冷汗が止まらない。背中に張り付くシャツがたまらなく不快だ。だが、そんなことを気にしていられる余裕なんて存在しない。

 

 鍔迫り合いで押し勝って距離を離した次の瞬間には諌山黄泉は自分の眼前に迫っている。それをいなして距離を離したかと思えば再度目の前に現れる。

 

 取り付く島も、息をつく暇も無い。

 

 首を刈るべくして斜めに振り下ろされる刃を半歩下がって躱し、カウンターに回し蹴りをお見舞いするがそれもあっさり後退されて避けられてしまう。

 

 それどころかカウンターにカウンターを合わされて、木刀の柄の部分を用いた打撃を一撃貰ってしまった。

 

「っぐ……!」

 

 本日の初ヒット。それを諌山黄泉が奪っていった。

 

「どうした小野寺凛!お前の実力はその程度か!?」

 

 平常とは異なる猛々しい声で黄泉はそう発破を掛けると共に、諌山黄泉はその剣戟の速度を上げていく。

 

 2人が試合を始めておおよそ2分。軽々しく聞こえる2分という単語だが、案外2分とは長いものである。チャンバラを本気で2分間やってみるとわかるが、たった2分間であるのに体力の消耗は持久走を走る時以上だ。普通の人間ならば2分も木刀を合わせ続けていれば疲労困憊で立てなくなってしまうことは想像に難くない。

 

 だが、諌山黄泉にとってはここからが本番だった。小手先だけの試合から、本気の決闘に。自らに存在するギアを一気にトップまで持っていく。

 

 その急激な速度の上昇に小野寺凛の顔が驚きに染まる。多分、まだ自分が様子見の攻撃を繰り出すと予想していたのだろうなと黄泉は考える。

 

 驚いている間にみぞおちに掌底を一撃。木刀を使うと見せかけての一撃であったため綺麗に入ったという訳ではなかったが、それでも防御をされることなくその掌底は小野寺凛のみぞおちに吸い込まれた。

 

 くぐもった声が漏れる。なかなかに深い一撃。並みの退魔士ならこの一撃で沈むか決定的な隙を見せてくれるのだろうが、と黄泉は思う。だが、いくらこちらがイニシアチブを握っているとはいえど相手は並みでは無い。掌底を食らって前かがみになっていたことをいいことに、そのまま前転を行って黄泉の木刀での追撃からも視界から一瞬で逃れてしまった。

 

―――なんてアクロバティックな……!

 

 今の一撃で勝敗が決定されるとは思っていないが、まさかあのようなアクロバティックな動きで逃げられるとも思っていない。普段なら猿かお前はなどと突っ込みを入れていた所だろう。

 

 即座に後ろを振り向き、それと共に木刀を振り下ろす。

 

 それにドンピシャなタイミングで合わされる凛の刃。お互いがお互いに一瞬遅かったら相手の攻撃を受けてしまっていたであろうタイミングであった。

 

 正直な話、もっと楽に戦えると思っていたんだけどなあと黄泉は思う。過小評価していたわけでは無く、単にここまで自分に追い縋ってくる存在を想像できなかったのである。

 

 この試合で何度目かわからない鍔迫り合いが起こる。凛は距離をとって仕切り直しを図りたい様子であったが、黄泉は好機とばかりに接近戦に持ち込む。

 

 自身のトップスピードでの攻撃。捌き切ることの出来る存在は退魔士に何人居るだろうか。少なくとも一人居ることだけは分かったが、その数は両手の指で足りてしまうのではないかと黄泉は思う。

 

 小野寺凛の一撃は重い。そして速くその手数も多い。だからまともに打ち合えば諌山黄泉といえども力負けしてしまうことは必至だ。様子見で打ち合っていた時よりも全力を出し始めてからのほうがそれはより顕著になった。でも、

 

―――技量ならば、私が上だ。

 

 最小の力で、目の前の暴力をやり過ごす。柔よく剛を制すとはよく言ったものだ。凛の圧倒的攻撃力を攻撃の中心をずらすことで防ぎきると、僅かながら出来た隙に突きを叩き込む。

 

 突きは一見地味で大したことの無いように見える攻撃かもしれないが、実の所その威力は凶悪である。中学以下の剣道で使用が禁止されている点を鑑みれば理解がしやすいであろう。加えて、突きは点での攻撃である為、出が早く非常に避けづらいという長所を持つ。槍の方が剣より強いとよく言われるのは、リーチに加えてこの突きの要素が大きな要因である。

 

 完全に決まったかのように思えたその一撃だが、返ってきたのは鈍い手応え。コンクリートに突きを繰り出してしまったかのような、そんな感触が木刀を通して黄泉に伝わる。これは決して人体に当たった感触ではない。では何に、と思い目をやるとそこにあったのは戦闘中常に目にしていた鈍い金色の塊。それが突きを繰り出した小野寺凛の脇腹を覆うようにして存在していた。

 

 小野寺の「霊力を物質化する異能」で作られた壁。それを鎧みたいに脇腹に纏って黄泉の一撃を防いだのである。

 

 誘われた、と気がつくのに殆ど時間は必要なかった。

 

 弾かれたようにその場から飛び退く諫山黄泉。小野寺凛はあの攻防において自分が敗北することを予見して、それを逆手にとって反撃を繰り出すつもりなのだと一瞬で理解したのである。

 

 体勢を整えるために少しでも距離をと思いバックステップを行うが、何かにそれは阻害されてしまう。背中に触れていて、後退を阻止する壁のような何か。背後にある為に目視は出来ていないが、これも例の能力の応用だろう。本当に厄介な使い方をしてくる男だ。

 

 咄嗟に防御の構えを取る。木刀の峰に手を添えて衝撃に備える。果たして、次の瞬間に伝わる強大な衝撃。そのままダンプカーにはねられた人間の如く弾き飛ばされる。

 

「……っっっ!!」

 

 地面に激突しそうになったが、上手く受け身を使い衝撃を分散させることで体勢を立て直した。

 

 流石に3メートルも4メートルも飛ばされたなんてことはないが、それでも体勢が崩れていたとはいえあの身体でよくもまあ人間1人を弾き飛ばせるものだと感心してしまう。

 

 上手く受け身を取ることが出来た為か、回し蹴りを刀で受けた部分以外は大したダメージも無く再び木刀を構える。

 

「どうした黄泉?お前の実力はそんなものか?」

 

 先程自分が放った言葉を小野寺凛に返される。

 

「あら、こっちの防御を抜いたことなんてまだ無い癖にどの口が言うのかしら、それ?」

 

 軽口には軽口で応酬する。

 

「よく言うよ。地面で華麗にローリングしてた人の言葉とは思えないな」

 

「それこそ鳩尾に華麗な一撃を貰った人の言葉とは思えないわね」

 

 お互いに軽口を言い合いながらも相手から集中は一瞬たりとも外さない。外せば、外した方の負けはその時点で確定するからだ。

 

 小野寺凛はまだ理性的だ。実の所「今のをなんで防御出来るんだよ」などと内心で本気で愚痴を言ってはいるが、それでも目の前の男は冷静さを欠いてはいない。軽口を叩き合いながら黄泉はそう分析する。小野寺凛にまだ(・・)異常は見受けられない。 

 

 木刀を握る手に力を入れる。

 

 諫山黄泉には確かめたいことがあった。小野寺凛の父である蓮司が自分に話してくれたある1つの話。それを諫山黄泉は確かめたかった。

 

 いや、正確にはちょっと違う。

 

 本当は1度戦ってみたかったのだ。本気の小野寺凛と。

 

(出し惜しみなんて、させてあげると思ってる?)

 

 腰を落として剣を構える。自分(わたし)を相手に出し惜しみなんてしている余裕があるならやってみろ。そんな余裕、すぐに切り裂いてやる。

 

 こちとら伊達に神童なんて呼ばれてないのだ。

 

―――かかってらっしゃい小野寺凛。貴方の全力(・・)を潰してあげる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体の奥底からとある感情が湧き出てくる。長い間へばりついて落ちなかったヘドロがキレイに溶けて落ちていくかのような感覚。しかし一方で抑えきれない程に激しく、自らを内側から破りさってしまいそうな、そんな感覚。恐らくこれを人は歓喜と呼ぶのだろう。

 

 正直に言おう。俺は諫山黄泉よりもけっこー強い自信はあった。

 

 負けるかもとか何とか言っていたとは思うが、それでも俺が間違いなく優位に立てると思っていたし、乱紅蓮無しで追い込まれるとは正直思っていなかった。

 

 だが、この女は正真正銘の規格外(化け物)だった。

 

 なんだかんだ10回やったら9回位は勝てるだろうと思っていたのがおこがましいレベルだ。5回勝てれば十二分。認めたくはないが諫山黄泉は俺より格上だ。1週間まともに体を動かしていなかったなんて言い訳が通じない程には諫山黄泉の方が俺よりも強い。

 

 俺がまともに攻撃を与えられたのは先の防御の上から回し蹴りを叩き込んだ一撃ぐらいで、それ以外に俺からの有効打は存在しない。その一撃だって有効打には程遠いから実質有効打は無いに等しい。 

 

 先程の一撃からおおよそ5分が経過したがペースは完全に黄泉に握られっぱなしだ。加えて不意打ちで繰り出してくる体術を新たに数発ほど頂いてしまっている。鳩尾とか顎みたいな急所には攻撃を頂いていないが、片手の指は超える程度に肩や足などのちょっとした所に貰ってしまっている。

 

 事実ではあるが、周りから見たとしてもこの攻防は「終始諫山黄泉の優勢」に見えているであろう。

 

 そう。つまりは小野寺凛の劣勢。でも、だから。

 

 ―――だからこそ、この感情(歓喜)がどうしようもない。

 

 匂わせてすらいなかったかもしれないが、俺には戦闘狂の気がある。

 

 自分から志願したくせに思いのほか修練が辛すぎて投げ出したくなった時に「闘いとは楽しい物だ」と自分で自分に刷り込ませていたことが恐らくは全ての元凶であったのだと思う。 

 

 親父にその傾向を指摘されてからは協力して貰いながらそれを抑えるように努力していたのだが、それでもこれは自分に根付かせてしまった性質とも言える部分なので、忘れ去るだとか改善するなどということはやはり不可能だった。精々「隠す」という選択肢を取ることしか出来なかった。

 

 なのでこの病気とも言える症状は時折姿を現す。

 

 分家会議の時に親父と喧嘩したという話をしたのは覚えているだろうか?そして俺が親父の肋を数本お陀仏にしてしまったという話も。

 

 実はそれもこの病気が原因だ。親父も俺もヒートアップしていたのはしていたのだが、それでも親父ぐらいなら怪我を負わせずに完封程度楽勝だ。ちょっと苦戦するフリ(・・)なんかのオプションも一つオマケに付けてあげたっていい。

 

 だが分家会議にどうしても行きたかった俺は結構本気で親父に切れており、感情のコントロールが効かせられず手加減無用のボディーブローをぶち込んでしまったのだ。しかもご丁寧に霊力でしっかりコーティングした拳で、である。親父だったから良かったものの、あれがもし目の前の少女とか同年代の男子とかだったらやばかった。間違いなく内蔵にまで到達してる一撃だった。

 

 あれが一旦始まると本当に酷い。ギリギリの攻防がとんでもなく楽しくなるし、傷つくのも傷つけるのも何とも思わなくなる。

 

 闘っていると、どうしても「闘っている」という極限の実感が欲しくなる。生の実感に近しいかもしれないが、とにかくぎりぎりの攻防が本当に楽しくなってしまうのだ。

 

 それはともあれ、身に余る扱いきれない力など在るだけ無駄だ。そんな危険な制御できない力など使わない方がマシだと思い、隠して表に出さないようにしていたのだが―――

 

―――これは、駄目だ。

 

 こんなの抑え切れる訳が無い。一手間違えれば俺は敗北し、相手は当然勝利する。全力を出して相手したとしても勝つどころか負けないようにすることが精一杯。そんなぎりぎりの状況で自分を押さえることなんか出来やしない。

 

 それに先程から諌山黄泉の剣は非常に蠱惑的だ。俺に全力を出せと、受けきってやるから全部出し切ってみろと、そう言っているようにしか見えないのだ。

 

 戦闘開始から5分以上。本当は小手調べの時点から黄泉と自分の実力差には気が付いていた。多少打ち合えばその実力差など伺い知れるのだから。

 

 5分以上ずっとだ。これだけの天才(ビジョ)を相手に我慢し続けてきたのだ。

 

 13年間ずっとだ。目の前の神童(ビジョ)と戦う想像をしなかった日は無かったのだ。

 

 

 親父曰く、病気が発動すると「表情と目の色が変わる」んだそうだ。

 

 表情は物理的な意味で、目の色は比喩的な意味で。

 

 俺は今どんな顔をしているんだろうか。自分では見えないからわからないけど、多分(わら)ってるんだと思う。

 

 目の色はどうだろうか。多分、これも狂気に染まってるんじゃないだろうか。

 

 

 タガを外し(本気を出)ても諌山黄泉には届かないのだろうと思う。多分直ぐに対応されてしまうのだろう。それだけの才と実力が諌山黄泉にはある。

 

 でも、こいつには本気(狂気)でぶつかってみたい。俺の持てる全てをぶつけて、あわよくば地面に這いつくばらせたい。

 

 

 

 

 だから、もう我慢(遠慮)は終わりだ。

 

 これだけの才能(ゴチソウ)を前にして我慢(配慮)なんてしていられるか。

 

 

 戦いの前に以上に感じていた緊張は、全力を出せることに対しての緊張だったのだろうか。

 

 もはや何度目になるかわからない衝突。

 

 その衝突を、俺は初めて制した。

 

 

 

 




一人称いったり三人称いったりしてるのはご愛敬。雰囲気で察してください。

なげー。二分割だし。5000字くらいでバトル終わるのかと思ったしさ。びっくりだよ。
ちなみに引っ張ったんだし、次話で凛君俺TUEEEEE!!出来るの?とか思うかもしれないんですが、ぶっちゃけそこまでかっこいい活躍は出来ないです。つーかむしろ「ちょ、おま、ふざけんなよ」って感じの展開になる?かと。次話は凛君の評価下がるかも。お気をつけて。

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