喰霊-廻-   作:しなー

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第10話 -神童 vs 神童3-

 黄泉が競り合いで負けた事は何度かあった。

 

 それはしかし当然の事であると言える。なにせ相手は黄泉よりも力のある相手だ。黄泉の方が背が高いといえどもそんなものは鍛えている男に対してあまりメリットにならない。

 

 だが、今のように駆け引きを含めた勝負で押し切られたのは初めてだった。

 

 あまりにも荒々しい一撃で木刀が弾かれた。黄泉を狙った攻撃では無く、木刀をたたき折らんとするかのような攻撃。後先を考えずにとりあえず全力で剣を振ってみましたとでも言い出しそうなそんな一撃。

 

 今までの凛の攻撃の組み立て方は「無骨ながらも論理立てて作られた」ものであったため、訳がわからない荒々しい攻撃に一瞬理解が飛んで競り合いを制されてしまったのである。

 

 とはいえそんな大雑把な一撃が戦況に大きく影響を与える訳も無く。何度か黄泉の刀を大きく弾いた程度で直ぐに仕切り直される。

 

(……やけくそにでもなった?それならちょっと拍子抜けかも)

 

 突然大雑把になった攻撃を黄泉はそう分析する。確かに無駄に力の籠った攻撃は当たらずともそれ自体が大きな脅威となるが、無駄に力の籠った攻撃なんて早々に当たるものじゃない。そんなものは戦い慣れしていない素人が怖がる類の攻撃であってプロが警戒するような攻撃では無いのだ。

 

(?)

 

 内心拍子抜けしている黄泉の目に映ったのは様子の変わった小野寺凛。外見上特に変わった様子は見受けられないが、今さっきほんのちょこっとだけ気持ちの悪い笑みを浮かべたような気がしたのだ。ギリギリの試合などが面白くて笑ってしまう人はたまにいると聞くが、少なくとも黄泉はお目にかかったことが無い。

 

 もしかしてこれが小野寺殿が言っていた凛の……などと思案していると、凛が動いた。

 

 重戦士のような重い攻撃を繰り出す割には相変わらず軽快なステップ。このスピードと攻撃の重みのアンバランスさが小野寺凛の何よりの武器かもしれないと黄泉は思う。軽快な身の動きに騙されて適当な防御を行ってしまえば凛の思うツボだ。ガードごとやられてお終いだろう。

 

 ただ攻撃のパターンは随分と単調だ。一度癖とそのアンバランスさに慣れてしまえば捌き切るのはそう難しいことでは無い。

 

 さて、次は何をしてくるのか。過去の行動パターンと組み合わせて小野寺凛の次の手を予測していると、彼のとった行動はシンプルだが今までに一度も取らなかった選択肢だった。

 

「っっっ!」

 

 苦悶の声を上げながらそれを間一髪のところで回避する。

 

 顔面を狙った一撃。下手をすれば死んでいたかもしれない程のそれが黄泉の顔の横すれすれを通過していく。

 

 模擬戦には暗黙の了解とも呼べるルールが存在する。それは模擬戦は模擬戦であって本番の殺し合いじゃないんだから相手が本当に死にそうな攻撃とか、例えば顔面みたいな所を本気で狙わないようにしようね、というものである。

 

 暗黙の了解であるため守る必要などは実はないのだが、非殺傷系の武器を使用するのもこれの一環であるし、これを守らずして模擬戦をやってなんかいたら直ぐに死傷者が発生してしまうだろう。

 

 だから基本狙うとしてもフェイントに含ませるとかその程度に止めるのだが、凛の攻撃はほぼ殺しにかかっていると解釈されておかしくない、というよりはそうとしか解釈しようのない一撃だった。

 

 それが続けて何撃も繰り出される。一撃一撃が下手をすれば致命の一撃に成り得る物を何度もである。

 

 これには流石の黄泉も防戦一方になってしまう。

 

 首、頭、顔、あとは意識が逸れがちになる爪先等の末端部分。そんな通常ならば配慮をして攻撃など行わない部分を積極的に狙ってくるのだ。

 

 正直な話、黄泉も先程から際どい所を狙ってはいた。小野寺凛が「黄泉の剣が蠱惑的だ」と思ったのは恐らくはそれが原因だろう。

 

 だが、小野寺凛の物は違う。黄泉のように極力弱めに攻撃するだとか極力避けやすいように配置するだとかの遠慮や配慮は一切ないのだ。「黄泉ならばこれでも死なないだろう」と、「自分の攻撃くらい軽く受け止めてくれるだろう」との、信頼に基づいた、実戦同様の相手を殺すための攻撃を全力で躊躇いなく繰り出してくる。

 

 非常にやりづらい相手だと黄泉は思う。恐らく自分が凛を殺す気で切りかかったとしても目の前の相手の厄介さの豹変ぶりには到底及ばないに違いない。

 

―――こいつの戦闘スタイルは徹底的に実戦向きなのか。

 

 自分や神楽は正統派(どこでもつよく)で、小野寺凛は比較的特化型(ときとばしょによる)なのだ。素の状態でも充分に強いが、多分真剣を持たせた戦場でならもっとこの厄介さと強さが跳ね上がる。無論、今よりも。

 

 再び黄泉の顔スレスレを凛の刃が通り過ぎていく。警戒の幅が広がっているため単純なフェイントですら脅威となっている時に再びの顔面狙いには肝を冷やさざるを得ない。今のは気を抜いていたら結構危なかった。

 

 危険を感じ凛との距離を離そうとする。一旦データがしっかり揃うまでは凛のペースに流されてしまっては危険であるとの判断からだ。だがそれは後頭部にかかる圧力によって阻止されてしまう。

 

(髪!?)

 

 髪を掴まれている。そう理解した瞬間には目の前に凛の膝が迫って来ていた。

 

 髪を掴んでの膝蹴り。後頭部をしっかりホールドされてしまっていることから避けるのは非常に困難だし、そして同様の理由で衝撃の逃がしようがない凶悪なそれ。倫理的に完全にアウトなことを除けば非常に効果的で決定力の高い技である。

 

 大抵はここで勝負が決まるのかもしれないが、そんな凶悪な一撃が目の前に迫っていても諌山黄泉は冷静だった。

 

 黄泉が選択したのはただ防御するでも回避するでもなく、凛の膝に木刀の柄を合わせて迎撃するという攻撃。頭を守るように腕で顔を覆いながらも的確に反撃を繰り出す。

 

 ゴンという木刀から伝わる鈍い響き。骨に木刀が食い込んだ感触。流石に衝撃を殺し切ることは不可能で腕と頭に多少鈍い痛みが走るが、それでもほぼ完璧に膝のダメージを抑えきった。どう考えても黄泉に不利すぎる状況だが、とっさの対応力でその窮地を無効化するどころか手酷い一撃を与えることにも成功する。

 

 

 間髪入れずに黄泉はタックルを繰り出す。膝への思わぬ反撃を貰い硬直していた凛はそれをモロにくらってしまい先程の黄泉以上の距離を吹き飛ばされてしまう。

 

 はっきりとは確認していないが木刀の柄が入ったのは小野寺凛の膝小僧部分。骨が壊れる系統の音はしなかったから骨折はしていないだろうが、それでもこの戦闘において左膝は死んだも同然だ。関節部分に衝撃を受けると関節の稼働時に耐えがたい痛みが走る。それを無視して戦闘を行うなど不可能に近い。そしてそんなダメージを与えたということは普通ならそれは黄泉の勝ちを意味している。

 

 だが目の前の男はそれでも立ち上がり、尚突撃してくる。普通なら生じている筈の痛みを完全に無視して、どこか楽し気な雰囲気を醸し出しながら切りかかってくる。

 

 それに周りの観客が凍り付くのがわかる。恐らく小野寺凛の様子が周りにも伝わったのであろうと黄泉は推測する。

 

―――小野寺殿が言ってたのはこれね。

 

 まるで怪我を負った獣が背水の陣で敵に向かうような、そんな一種の狂った状態に凛がなることがあると小野寺殿から聞いたことがある。最近は滅多に無くなったがそれでも時折その鱗片を見せることがあるのだという。

 

黄泉にとって凛は弟のような存在だが、その人格については常に飄々としていて冷静な奴といった、おおよそ年下にはあまり使わない評価を下している。大人っぽく常に落ち着いているため冷静さを欠いた彼を黄泉は見たことがなかった。

 

 だから、見てみたかったのだ。あの凛が本当にそんなになるのか。そしてそれが本当なら1度戦ってみたかった。あの小野寺殿をして手がつけられないと言わしめる彼と。

 

 

 鍔迫り合いの最中、凛の左脚に負担がかかるように力を調整する。右脚よりも少し後ろにある左脚に体重がかかるように少しだけ力を入れて刀を押し込む。

 

 すると面白いようにカクンと落ちる左の膝。狂犬の如く痛みを無視して突撃しているといえども身体の異常それ自体は無視することが出来ない。精神論で超越できるのは精々が痛みまでであり、欠陥を埋めることは出来やしないのだ。

 

 凛としては激痛に耐えて力を入れたことだろう。もしかすると痛みに耐えているなどという高等な感覚は失われているのかもしれないが、とにかく左足で踏ん張ろうとしたことだろう。でもそれを身体が許さなかった。脳から行く命令を膝が受け止めきれなかったのだ。

 

 崩れる膝に伴って胸のちょうど目の前辺りに落ちてきた凛の顔を掌底で殴り飛ばす。渾身の一撃とも言えるいい出来の掌底。膝を抜かせば今日の一番のヒット。周りからは大きな歓声が上がる。今日一番の盛り上がりを周りが見せるほどの強烈な一撃であったということだろう。

 

 決定打にふさわしい打撃だったが目の前の異常者にとってはただのチャンスに成り下がってしまったらしい。掌底を繰り出した後のほんの僅かな硬直時間に手首を掴まれ関節を極められる。

 

「いった……!」

 

 完全に極められている右手首の関節。今の凛ならば即座に折ってもおかしくはなかったのだが、凛のダメージが甚大であったことと体勢がかなり不安定であったことが影響しているのか極められただけに止まっている。

 

 右手首に走るあの特有の痛みに黄泉は顔を顰める。思わずその痛みに呻くが、決められただけでまだ折られていないことを冷静に分析すると、痛みを押し殺して空いている左手でもう一度凛に掌底を放った。

 

「っぶ!!」

 

 凛の丁度鼻っ柱にそれは直撃する。本日二度目の顔面へのクリーンヒット。加えてそれは振動を内部に伝えやすい掌底という形でどちらも直撃している。軽い脳震盪でも起こしているのだろう。黄泉の右手首にかかっていた圧力が軽くなる。

 

 それを振りほどくとさらに追撃を加えるべく黄泉は刀を構える。流石にやりすぎだと思うかもしれないが、狂犬相手にはオーバーキルこそふさわしい。やってやりすぎる位で丁度良いのだ。

 

 その証拠に目の前の男はまだ戦うつもりらしい。

 

 一歩前に出ようとした黄泉の目の前すれすれをかぎ爪状の何かが通過していく。明らかに眼球を狙った一撃。あと一歩前にいたら目玉を持っていかれていたかもしれないと黄泉は肝を冷やす。女の髪を掴んだり、骨を折ろうとしてみたり、更には眼球を平然と抉ろうとしたりなど何時もの彼からは想像がつかない所業だ。おおよそ躊躇いや遠慮といったものが欠如している。

 

……成程、確かにこれは手が付けられない。

 

 まだ容赦がないだとか卑怯だとかいうのなら対処のしようはいくらでもあるが、目の前の男はそれだけではなく非常に楽しそうにしているのだ。満面の笑みを浮かべているとか、へんな笑い声をあげている訳ではないが、目が笑っている。表情は殆ど変化がないのだが、今俺は楽しんでいますと目が雄弁に主張しているのである。傷つけて傷つけられてを愉悦として享受している。

 

 そういった精神崩壊者を打倒するのは非常に面倒臭い。こういった手合いは気絶か殺害などの戦闘不能状態でしか止めることができないからだ。

 

―――なら、こっちもいっそ。

 

 一歩引いて腰を落とす。もはや遠慮なく戦闘不能にさせてもらおう。

 

 繰り出すのは全力の突き。狙うのは鳩尾。刀の扱いに熟練した玄人が本気で鳩尾に突きを入れるなど危険すぎて言語道断ではあるが、黄泉は躊躇わずにそう決断した。

 

 用意する突きは二発。フェイントの一突きと本命の一突き。一発目をわざと外して次で決める。

 

 まず一突きを体制を立て直している凛の身体の中心から少しずれた所に置く。おおよそ心臓の辺りに配置されたそれは黄泉の狙い通り躱されて空を切るようにする。次いで一突き。こちらが本命だ。躱された刃を直ぐに巻き戻し、即座に一撃目以上の突きを鳩尾に配置し戦闘不能にさせる。

 

 実戦(宝刀獅子王)を想定しているのか小野寺凛は木刀の刃による攻撃を一撃たりとも貰ってはいない。相当に木刀での攻撃を警戒している。そのためもしかすると今回も普通に避けられるかもしれないが、その時はその時だ。とにかく小野寺凛を沈めてやる。

 

 黄泉の雰囲気が張り詰める。模擬戦を開始してからずっと張り詰めた空気を放ってはいたが、今纏っている雰囲気はそれの比ではない。試合ではなく殺し合いで纏うようなそんな雰囲気。少なくとも模擬戦でやりあう時の雰囲気ではなくなっていた。

 

 周囲が固唾を飲んで見守る中。黄泉が一歩踏み出して―――

 

 

 

「そこまで!!両者、武器を収めなさい!!」

 

 

 

 神宮司菖蒲(審判)の号令が響き渡る。

 

 平常とは異った迫力のある声。穏やかな何時もの声からは想像もつかないその迫力に、諌山黄泉だけではなく会場も小野寺凛ですら動きを止めた。

 

 シン、と響き渡る静寂。2人が戦う音がうるさいくらいに響いていた修練場は打って変わってしじまに支配される。

 

「試合はそこまでです。これ以上は取り返しのつかない状況が起こる可能性があると判断しました」

 

「2人とも、特に凛ちゃんはやりすぎよ。これは殺し合いじゃなくて模擬戦なのわかってる?」

 

 優しく、しかし嗜める雰囲気を持つ声。それに凛はすみませんと言いながら頭を下げる。

 

「あら、凛。正気に戻ったの?」

 

「……ええいうるさい。俺は何時でも正気だよ」

 

「黄泉ちゃんもよ。年下がオイタをしないように注意するのが年上の役目よ」

 

 すいませんと黄泉も室長に謝罪をする。

 

「それでは皆さんはこれより通常業務に移行してください。それと小野寺凛と諌山黄泉の二名は医務室へ」

 

「後で黄泉ちゃんは私の所にまで顔をだしてちょうだい。はいそれじゃ皆解散解散」

 

 諌山黄泉と飯綱紀之の喧嘩を一瞬で止めた女は伊達じゃないなと凛は思う。その場に居なければ理解できない類のものではあるが、流石は20代で室長を務めているだけはあると感じさせる仕切り能力。

 

 パンパンと二つ手を打つと野次馬をしていた環境省の面々は黄泉と凛に一言掛けると散り散りになって訓練に戻っていく。

 

―――これは引き分けになるのかしら?

 

 そう内心で独り言ちる。多分あのまま続けていたら黄泉が勝利していただろう。それに自分は凛の実力も見れたし、確かめたいことも確かめられため満足と言えば満足なのだが、周りはどうなのだろうか。

 

 少々険悪な雰囲気を纏った桜庭一樹と飯綱紀之に医務室に運ばれる凛を見ながら黄泉はそう思ったのであった。

 

 

 

 皆が固唾をのんで見守っていた神童VS神童の戦い。

 

 暫く環境省の一部の中で話のネタに上がることとなるこの一戦は、審判の試合中止の一言で中断されるというなんとも中途半端な形で終了した。 




※あとがきが長いとクレームが来たので見直した所、確かに長かった。弁護人が仕事を辞めるレベル。大事なあとがき以外は活動報告に移行しましたので、補完したい方はどうぞそちらをご覧ください。
でも残念ながら今回もあとがき長いというwさーせんw

型月用語で言うなら凛はどちらかというと普通のセイバータイプ以上に戦える異常な「アサシン」って感じで、黄泉神楽は最優であるクラスの中でも更に最優の「セイバー」タイプって感じです。凜は普通の所で戦ってもえげつなく強いですが(今回負けてるんでそう思えないかもですが)、樹海とかみたいな普通の人が戦いにくいような所で戦うとなかなかえげつなくなります。
とはいえ彼女らも樹海でかなりの応用力を見せていたのでどっこいどっこいかもしれませんがw。

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