また、活動報告にて重要なお知らせをしておりますので参照ください。
黄泉との手合わせから3ヶ月近くが経過した。
既に季節は冬へと移行し、街中の空気は3ヶ月前とは異なり凍てつくような冷たさとなっている。
あの戦いの後俺は飯綱紀之と桜庭一樹に付き添われて医務室へと向かったのだが、2人の雰囲気はお世辞にも良いものとは言えず、「ああこれ何か言われるなー」と思っていると案の定医務室にて「お前は何をやっているんだ」と2人がかりで説教をされてしまった。2人とも結構冷静にお説教をしているつもりだったのだろうが、案外目はマジで切れている様子でぶっちゃけちょっと怖かった。特に飯綱紀之。殴られるんじゃないかとヒヤヒヤしたものだ。
そしてそのお説教している2人を遅れて医務室にやってきた諫山黄泉がお説教するというなんともよくわからないカオスな状況が生じた。諫山黄泉曰く「私達の戦いになんで貴方が口を出すのか。お互いの了解の上でやったのだから問題ないだろう」とのことで、飯綱紀之曰く「了解しているのとこれとは話が違う。いくらなんでもあれ程の危険を見過ごすことは出来ない」とのこと。凄まじく平行線の議論が2人の間で成された。
そのまま2人はヒートアップ。アニメの5話みたいな調子で口論が始まってしまったのをまさかの
俺は病院でレントゲンやCTなどの検査を受ける為に搬送され、黄泉は対して攻撃をもらっていない為にそのまま医務室での治療で通常任務へと戻っていった。因みに俺は何処も怪我してませんでした。同伴してくれた桜庭一樹と見知らぬお姉さんから「どんな身体してんだよお前(意訳)」との喜んで良いものなのかどうか分かり辛いお言葉を頂きました。ありがとうございます。
身体には異常が無いとのことだったので、一応安静にしておけという医者の言葉は無視して次の日もお勤めに向かい、皆に化物を見るかのような目で見られたのは言うまでも無い。多分岩端晃司とかが俺の立場だったならそんなことは言われないのだろうが、俺みたいな150cmも無いチビが黄泉にあそこまでやられて次の日にピンピンしているのが信じられなかったのだろう。実際にそんな感じの言葉も言われたし。
そんな事を思い返しながら俺は教室の机で頬杖をつく。
対策室に正式に加入して3ヶ月経ったわけだが、あの黄泉との手合わせが評価されたのか俺は最初から実戦投入されている。神楽は喰霊-零-の初期の時点では殆ど前線で活躍はしていなかった訳だが、俺の場合は最初から黄泉と並んで前線投入だ。神楽はあまり良い顔をしていなかったが、多分実力と、あと何より年齢を考慮してのことだろうなーと俺は納得している。流石にその歳にしてはかなり腕が立つといえども小学生を実戦投入は憚られるのもあるのだろう。実力も今の神楽だと正直物足りないし。
「いいか、関係代名詞というのは簡単に言えば先行詞を説明する為の物でーーー」
その言葉ではっと我に帰る。いっけね、思いっきり惚けてたわ。
今は午前11時頃。学校での授業の真っ最中だ。
それにしても関係代名詞か。確かあれって中学3年とかで初めて出る分野じゃなかったっけ?などと授業を半分聞き流しながらそう考える。
俺が居るのは結構レベルがお高めの私立の特進クラス。他の中学よりも進歩が早くてもなんらおかしくはないのだがそれにしても進みすぎだろうと思ってしまう。まあそれでもこのクラスの大半がこの授業に軽くついて行っているのだからこのクラスのレベルの高さはお察しだろう。
ちなみに俺のこの学校での順位は2位。3位以下に落ちたことは無いのだが1位になったことも殆どない。
最近神楽を見ていても思うが、この世の中はとにかく理不尽だと思わざるを得ない。
才能、という壁がこの世には存在する。それは凡人ではいくら抗っても超えることのできない壁であり、正当な方法では迫ることしかできない絶対的な溝である。
多分俺にはある程度の才能はあったのだろう。前世でも本気でやれば大体の事は出来たし、本気でやらずともある程度の所まではクリアすることが出来た。でも本気になってやればやる程、自分の上には更に上がいてそいつらに迫れこそすれども抜かすことは出来ないと痛感させられる。努力すればする程、
この生においても、俺は才能があると言ってもいい。才能が無い無い言ってはいたが、なんだかんだ
でも、やっぱりその程度なのだ。幼い頃から死ぬ気で鍛錬してきたというのに、それを嘲笑うかのように才能で超えて行く奴らが普通に存在するのがこのクソッタレな世界だ。
俺はこの世界で勉学にもしっかり励んでいる。仮にも前世では一流と呼ばれる大学に通っていた身である。このレベルの高い進学校といえどもその授業のレベルはまだおままごとに等しい。大学生からしてみれば中学の勉強なんてそのレベルだ。
だけど俺は1位を取れていない。結構本気で対策して勉強を怠っていないのに、この学校でトップなのは俺じゃない。
ちらりと流し目で斜め後ろを覗き見る。そこに居るのはメガネをかけた所謂ガリ勉と呼ばれそうな一人の男子。安達諒。俺が足搔いても超えられていない高い高い壁。理不尽だと思わざるを得ない。こちらには有り得ない程のアドバンテージがあるというのに、そんなもの無いかのように俺の上をポンポン行ってしまうのだ。
そして、俺が最近そんな思いを特に抱くのは、土宮神楽だ。
ーーーいや違うな。正確にはこんな思いを強く抱き始めた
神楽のポテンシャルは異常だ。
黄泉はまだ気がついていないようではあるが、最近化物みたいな速度で腕を上げてきている。今はまだ片手間にゲームでもしながら捌いてあげましょうといったレベルではあるが、もう3ヶ月もすればそんな余裕木っ端微塵になっているだろう。少なくとも俺が神楽と同じ年齢の時に神楽とやりあって勝てる自信があるかと言われれば正直無い。というか
それも当たり前ではある。俺が正面からやって負け越している
だから俺が敵わなくても仕方がないのかもしれない。才能が違うのだ。それに俺がやるべき事は彼女たちの悲劇を食い止めることであり、別に彼女たちに武力で勝つことではないのだ。そう理解しているつもりだった。いや、つもりだったというよりも普通に理解している。俺が敵わなくなるだろうことも納得している。でも。
ーーーそれでも、妬ましい。
正直嫉妬してしまう。羨ましくてたまらない。
これだけの努力を、文字通り血の滲むような努力をしたとしても届かないその才能。持って生まれた、神から授けられた
分かってはいけないことだと理解しているのだが、今なら殺生石で堕ちた黄泉の気持ちがはっきりとわかってしまう。
三途河によって黄泉は悪霊に堕とされたわけだが、その際ハッキリと神楽の才能に嫉妬していた。私に無いものを、私では手に入れられないものを持っていると述べていた。
結局最後は神楽への嫉妬心よりも神楽への愛情が圧倒的に勝り、その何よりも尊い思いが殺生石の力を捻じ曲げて神楽に殺されるわけだが、それでも黄泉が神楽のその才能に対して妬みを持っていたのは本当なのだ。事実、
そして、そんな黄泉の気持ちを俺はありありと理解できる。言い方は悪いが、あんな
神楽は可愛い。本当にいい子で、絶対に喰霊-零-みたいな悲劇を体験などさせたくないと心から思う。それに俺も今ではあいつを妹みたいに思っているし、神楽も本当の兄ちゃんみたいに慕ってくれているのがわかる。だからこそ、そんな可愛い可愛い神楽が俺を追い越していくのが悔しくて悔しくてたまらないのだ。
……息子に越される親父の気持ちってこんな感じなんだろうか。オイディプスコンプレックスじゃないけど、父親と息子が一定の年齢にまで達するとぎくしゃくするそれを今俺は神楽に感じているのかもしれない。
……いくら何でもしみったれた話になり過ぎたな。
これ以上俺の醜い嫉妬心を垂れ流しても生産的じゃないだろう。ちょっとは明るい話にでも持って行こうか。
さっき俺は神楽を妹みたいに思っていると言ったが、実は俺には実の妹ができました。
当然まだ生まれてはいないが、おめでたというやつだ。どうやら既に六か月目らしい。
最近母親の腹回りがどうにもたくましくなってきた感が仕方なく、正直にその思いをぶちまけた所、なんとおめでたであったと言う訳だ。
なんとなくで俺にはサプライズにしていて、いつ俺が気が付くか両親で楽しみにしていたそうだ。それを「まじかー」と言って聞き流しながら、六か月目ってことは親父のアバラが完全に治ってしばらくしたあたりかな、等と逆算をしていた親孝行な俺もいたりする。
エコー検査もしてきたらしく、ほぼ間違いなく女の子だとのことだ。14週目あたりからわかるらしいから六か月目の子供なら間違いはないだろう。6ヶ月目の赤ちゃんってことはあと数か月で生まれてくるくらいには大きくなっている訳だし、エコーで間違えるとは思いにくい。
楽しみだ。俺の妹ということで世間の相当なプレッシャーをかけてしまう可能性があるが、その分俺は可愛がってあげようじゃないか。
早く生まれてこないかな、なんて思っていると携帯が震え始める。仕事用のそれではなく、個人用のそれが震えていた。
―――誰だ?こんな時間に。
基本的にメルマガなどに登録をしていないため、メールが来るとしたらほぼ確実に知り合いからだ。だが、この時間に携帯をやっているやつなど居るのだろうか?
机の下で隠しながら携帯を開く。差出人は安達と……諌山冥?
安達のは取りあえず無視して諌山冥のメールを開く。なんであの人が俺にメールを寄越すんだ?
諌山冥からメールが来るとか珍しい。珍しいっていうか人生初だ。俺からもメールなんかしたことないし。数か月前に電話でメアドを交換して空メールを送ったとき以来初のメールである。
内容は……『今日お会いできますか』。シンプルな一文だ。
病院での一件を思い出して思わず警戒する。あれだけの事があって尚且つ警戒も何もしないのはただの馬鹿だ。度胸があるのと蛮勇であることは別物だ。ぶっちゃけ美人のお誘いだから期待もするけど、それ以上に俺の第六感が警鐘を鳴らす。なんだ、何用なんだ。
取りあえず『大丈夫ですよ』との趣旨のメールを丁寧な文章で記入すると送信する。正直な所かなり警戒しているのだが、それ以上に一体何用なのかが気になる。流石に校舎裏に連れ込まれてリンチされるみたいな展開はないだろうが……。
そういえば安達からもメールが来ていたなと、脳のリソースは諌山冥のメールに全振りしながら安達のメールも開く。実は安達と俺は結構仲が良く、よく一緒に教師の授業をディスったり勉強の話をしたりしている。一見ガリ勉眼鏡君なのだが話してみると非常に愉快で毒のある面白いやつなのだ、安達は。
そんな安達からのメールの内容もこれまたシンプルだった。ただ一言。『前を見ろ』
前を見ろ?一体そりゃなんだと思い前を見ると―――
「よう小野寺。俺の授業で青空に現を抜かしてみたり堂々とメールをしたりするとは随分度胸があるじゃないか」
英語教師かつ俺の担任の岡崎が俺の斜め前まで接近していた。
……迂闊なり小野寺凜。女とのメールに気を取られてこんな一般人の接近に気が付かないとは。
俺は安達のほうを振り向く。意地の悪い笑顔を浮かべながら俺に手を振っている安達。……あの野郎。教師が俺に目をつけてることに気が付いて、わざわざ俺に携帯弄らせるためにわざわざメールしやがったな。
「いいご身分じゃないか学年2位。そんなに俺の授業はつまらなかったか?」
「……いえ、決してそういう訳では……」
「ふうん?その割には違うことにご執心だったみたいだけどな?……よし、いいだろう。小野寺、なにか一文関係代名詞を使った文章を作って皆の前で解説してみろ。それが面白いものだったら許してやる」
そう言って俺にチョークを差し出してくる岡崎担任。この教師は頻繁にこういうことをやるのだ。生徒を授業に巻き込んで一方通行ではない授業。なのでこの人の授業は結構面白いのだが……。
厭らしい笑みを浮かべている安達を睨む。あの野郎……。
―――そう言えば関係代名詞と言えば。
チョークを受け取って俺は教卓へと出ていく。このクラスでは結構みんながこれをやっているので誰かが颯爽と黒板前に行ったとしても誰も何とも思わない為、結構気楽に黒板の前に立てる。と言うよりもむしろ「あいつは何発表するのかなー」と俺と安達は注目されてる側なので、むしろ指名されたら行かないことの方が恥ずかしい位だ。
黒板の前に立ち、目の前に広がる緑の板に俺は英文を書き込んでいく。多分、俺が一番好きな英文。文字通り死んでも忘れなかった一文だ。
”Will you kill someone you love, because of love?”
この一文を知っている人は居るだろうか?恐らく、この世界には俺だけだ。
これは喰霊-零-のキャッチフレーズとでも呼ぶべきもの。喰霊-零-を見たことがある人ならば一度は目にしたことがあるのではないだろうか。
「これはちょっと難しい英文なんですが、先行詞someoneをyou loveが関係代名詞節になって説明してて―――」
そんな感じで説明を始める。
これの直訳は”愛の為に、貴方は貴方が愛する人を殺すだろうか?”といった所。なんの捻りもない直訳だとこんな感じになるだろう。
でも公式の訳はこうだ。
”愛するものを愛を信じて殺せるか”
この作品のすべてが、この英文には凝縮されている。
「―――というのがこの英文の訳になります。少々逐語訳からすると無理がある解釈ですが、なかなかかっこいい訳になってるんじゃないかと……」
思わず熱弁してしまった俺は、なんの反応もない教室の面々を見てはっと我に返る。
―――これは引かれているのだろうか。
こうやって誰かが何かしらのかっこいい文を探して和訳するのは一週間に一度は行われている儀式だが、柄にもなく熱弁してしまった。クラスの一部は真顔でノートを取っていて、一部は少々なんとも言えない顔をしていて、安達は爆笑している。
なんか今更になって首筋が熱くなってきた。
「……先生、実はさっき安達君とメールしていました。ごめんなさい」
「凜!てめえ!」
この気恥ずかしさは、安達で晴らそうと思う。
そんな大人げない一幕で英語の授業は終了した。