喰霊-廻-   作:しなー

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第17話 -三森峠6-

「あのー冥さん。本当にすみませんでした」

 

「……」

 

「出来心だったと言いますか。ちょっと慌てる冥さんが珍しくてついついやってしまったといいますか……。とにかくごめんなさい!」

 

「……」

 

 諫山冥に腰を90度に曲げて深々と頭を下げる俺。

 

 そして今までのようにお巫山戯ではなく、本当にごみを見るかのような目をした後に顔を逸らして意図的に俺の言葉を無視してくる諌山冥。

 

「いい?神楽。あれが屑男ってやつよ。あーゆーのを彼氏にしないように気を付けるのよ」

 

「わかったよ黄泉。凜ちゃんみたいなのは絶対に彼氏にしない!」

 

「おいてめぇら、聞こえてんぞ!」

 

 謝罪をスルーされる俺を遠目から見ながらおちょくってくる神楽と黄泉、それを笑って見ている対策室の面々。

 

 思い返して欲しいのだが、ここは災害クラスにも認定されかねないほどの異常な土地である。こんな災害クラスの環境で女の機嫌をとってる俺が一番言えたことではないのだが、そんなとんでもない環境の中でよくもまあそんな冗談を言い、そして笑っていられるものだ。

 

 さて。なぜこんなカオスな事態になっているのか。事は2時間ほど前にさかのぼる。

 

 トンネルに閉じ込められ、諌山冥と通話した後のこと。

 

 俺は室長に直接連絡を取り、今後の対応について提案と意見交換をしたのだが、その結果として東京からもあの対策室の面々が派遣されるということと、東北からも俺を救助するために小隊を派遣するよう手配するとのことだった。

 

 東京から福島までは高速道路を使用しても三時間近くかかってしまう。緊急事態ということで飛ばしてくるのはくるのだろうが、それでも車には限界がある。

 

 防衛省のようにヘリを持っているというのならば話は別なのだが、残念ながらまだ特戦の方々とは絡みが殆どない。

 

 実は俺と黄泉は個人的に絡みがあったり無かったりするのだが、環境省がお願いして動いてくれるような状況でも関係でも無いので空の便は使用できない。

 

 ……ちなみに、防衛省の特戦4課についてなのだが、今の所誰かが死んだという情報は俺の元に入ってきていない。

 

 俺が三途河に干渉したために歴史が改変されたのか、それとも史実通りに動いていてこれから殺されるのかは俺には判別できない。もしかしたらもうあの未来は回避されているのかもしれないし、これから起こるのかもしれない。

 

 話が脱線した。話を戻そう。

 

 つまり対策室の面々が来るまでの間の時間で東北支部の近いやつらが俺を助けに来てくれるらしいので我慢しててね、ということだった。

 

 するとその言葉の通り暗闇に1時間拘束される程度で済み、東北支部の方々が俺を救出してくれた。

 

 俺の能力で手伝ったということを抜きにしてもトンネルをこれ以上崩落させないように俺を救出する手際は見事の一言だった。

 

 その後、福島支部の代表の人と情報の共有と周囲への対処について協議し、流石にこの人数でこれに対応するのは危険すぎるということで対策室が来るまでは待機という結論に達した。

 

 というのも日が徐々に傾きつつあり、明らかに結界が解ける前よりも脅威度が増しているのだ。本当なら今すぐにでも行動を起こすべきなのだが、派遣されてきた人たちはどちらかというとバックアップ要員寄りで、戦闘専門要員が到着するのは対策室よりも遅くなるとのことだったのだ。

 

 お役所仕事め……と愚痴を言いたくなるかもしれないが、これは仕方がないことであり、この業界は慢性的な人手不足なのだ。北関東に東京から俺たちが派遣されて退治に行っていることからもその様子は伺えるだろう。いわんや東北をや、というやつである。

 

 それに俺自体も若干疲れていたのだ。前後左右が全くわからない程に暗い洞窟の中で50体以上の怨霊を切り伏せたり追い払ったりしていたのだ。

 

 先程三途河が張っていた結界の要領を真似ながら殺生石を霊力でコーティングするという難題に挑戦しながらだったので余計疲労が溜まってしまった。

 

 ちなみにどうやら結構いい感じで再現できたらしく、殺生石の妖力の7~8割くらいは抑えられるコーティングが完成した。俺の殺生石不快感センサーがこんなところで役に立つとは思わなかった。

 

 さて、そして本題なのだが、東北の担当者と会話を終え、俺は諫山冥の元に向かったのである。

 

 俺としては諫山冥を疑ってなどいなかったし、退魔士としては失格であるが彼女のことを信じてしまいたかったので、特になんとも思ってなかったのだが、どうやら冥さんは思うところがあったようで態度が随分としおらしかったのである。不覚にもキュンとしてしまった。

 

 俺が普通に話すだけで、本当に僅かな差ではあるが慌てた様子を見せ、冥さんからの話題の切り出しもどこかたどたどしかったのである。

 

 ……そんな冥さんの様子は、控えめに言ってもすごく可愛らしかった。黄泉や神楽にドキリとさせられることは正直かなりあるのだが、いつも泰然としている女性が年相応の顔を見せた瞬間に俺はどうやら萌えてしまうらしく、結構胸が高鳴ってしまったのだ。

 

 そして俺はそんな冥さんをもう少し見ていたいなーと思い、悪いことだと思いながらも冥さんをからかいにいってしまったのだ。

 

 「そっか。騙されて、たのか……」、「冥さんを信じてたんだけどな……」などとギリギリ(アウト)なところを攻め続け、冥さんがしおらしい反応を見せるのを眺めて楽しんでいたのである。

 

 正直自分でもクズだとは思うが、それでもやりたくなってしまったのだ。それだけ珍しく、楽しい反応であったということだ。詳しくは勿体無いから語るまい。俺の記憶にのみ残しておこう。

 

 そんな冥さんの反応(俺への弁解でそんな反応を見せてくれるとは意外だった)を堪能すると、最後に「まぁ実は最初から疑ってませんでしたけど」とカミングアウト。

 

 ポカンとする彼女にそう思った経緯とかをサラッと説明するとその表情が(おもむろ)に冷たいものに変化。絶対零度よりも下の温度ってあるんじゃないの?と思わせるような目を俺に向けて口を聞いてくれなくなったのである。    

 

 以上が事の顛末だ。

 

 先程から何回か謝りに行ってるのだが、その度に完膚なきまでに玉砕し、後から到着した神楽達にも罵りを受けているというわけだ。

 

「こころおれそう」

 

「あ、また無視されて戻ってきた」

 

「あちゃー凛も結構凹んでるわね」

 

 言葉通り、なかなか心が折れそうだ。かわいい反応が見れたのでぶっちゃけ悔いも後悔もないが、人生でも五本の指に入るくらいには反省している。

 

「……はぁ。結構マジで心が叫びたがってますよ俺は」

 

「自業自得じゃない。女心を弄ぶから手痛いしっぺ返しをくらうのよ」

 

「凜ちゃんの女たらし!男の屑!」

 

「……女たらしに関しては否定させてもらうが、それ以外は否定できないな」

 

 項垂れる俺。それにしても神楽。最近俺に対して随分容赦が無くなってきたじゃないか。

 

 そんなコントみたいなことをやっていると、管狐を用いて偵察を行っていた紀さんが戻って来た。カズさんや岩端さんも一緒で、近くの調査は一通り終えたものとみられる。

 

「よ、女たらし。機嫌は取れたのか?」

 

「いや、紀之。あっち見てみろよ。諌山嬢の様子を見る限り見事に玉砕してるみたいだぞ」

 

「やめてやれ二人とも。遊びに来たんじゃないんだ。……黄泉、凜。辺りを調査させてきたが、どうやらこいつは結構厄介みたいだな。いかんせん数が多い。一体一体はそこまでだが、特にあっちのほうがやばいな」

 

 俺を茶化してくる紀さんとカズさんはとりあえずおいておいて、岩端さんが状況の説明を始める。

 

 特に反応が強いのは小山の向こう、つまりは俺たちが居たトンネルの奥だろうとの事だった。俺が先程カテゴリーBを討伐したから、上位の怨霊に触発されて新たな霊が引き寄せられるといったことはないだろうが、完全に日が落ちるまでに討伐しないと流石に危険かもしれない。

 

 ちなみに今回来ているのはいつもの対策室のメンバーだ。室長と桐さんはいつも通り本部にてバックアップ要員であり、ナブーさんはさっきから微動だにせず銃を構えているため会話には参加して来ていないが、ちゃんと車の付近に待機している。

 

「そこに関しちゃあ俺らだとどうしようもねぇな。凛と黄泉、頼めるか?」

 

 なかなか小山の向こうの敵は手強いらしく、面倒そうな顔をしながら桜庭一樹が俺らにそう投げかける。それに首肯する俺と黄泉。まあ戦力的に当然の配役だ。

 

「よし、それじゃあ俺らは周辺の奴らをやるか。諌山の令嬢。アンタにも加勢を頼みたいんだが、頼まれてくれるか?」

 

 俺と黄泉が頷いたのを確認すると、冥さんにも話を振る岩端さん。なんというか、対策室の誰も諌山冥には話しかけるのを躊躇っていたので、岩端さんのこういう気づかいはありがたい。

 

 こういう時に空気をぶち壊してくれるのは室長なのだが、今日は司令塔として本部に残っているからここには当然居るはずもなく、皆彼女を持て余していたのである。俺なんか取り付く島もないしな。

 

 Good Job、岩端さん。ホモだけど。

 

 その言葉にこちらを向き、絶対零度の視線を俺に向けてから僅かに思考する冥さん。俺にそんな目を向けなくても……という言葉は置いておいて、討伐に参加してくれるのだろうか?

 

 今回の件って実は「お前の言ってることは出鱈目だ」と環境省が諌山分家を馬鹿にし、「行くなら勝手に行ってね」と放置した挙句、実は諌山が正しくて環境省が間違っていたという結構とんでもない(面白い)事態なのだ。

 

 しかもその事態の中心にあったのは殺生石。結果的に俺が殺生石を手に入れることが出来たとはいえ、環境省の責任問題?というか、とにかく批判されたら面倒なことになる。こんな重大な現場を放置しておいて、しかもそれに対して的確に上がってきていた報告を一蹴してた訳だし。

 

 まあぶっちゃけ俺が同行していた時点で「いや、だから環境省の人間も派遣したじゃないですか」と言い逃れはできるのだが。

 

「……いいでしょう。指示はお任せします」

 

 だが、諌山冥は参加してくれるらしい。後からなんやかんやといちゃもんをつけて色々要求してくることはあるかもしれないが、ともかく頼もしい戦力が増えたことは望ましい。

 

 諫山冥の言葉をもって全員の戦闘準備が完了する。拠点防衛の役割ではあるとはいえ神楽も舞蹴12号をその胸に抱え、やる気満々だ。

 

「黄泉、指揮は誰がとるんだ?」

 

「指揮は私がとるわ。異論はない?」

 

「ないよ。信頼してる」

 

「そ。ありがと」

 

 その短いやり取りを皮切りに、黄泉の調子が変わる。

 

 宝刀獅子王。諌山家に伝わる、霊獣鵺をその身に宿した一振り。平安時代から存在すると言われており、実物を使わせてもらったことがあるが、まさに至高の一振りという言葉がふさわしい。

 

 それを携える黒髪の乙女。15歳とは思えない凛としたその立ち振る舞いは圧巻の一言である。

 

「乱紅蓮!!!」

 

 そして、その一振りを雄々しき一言と共に抜き放つ。

 

 現れる異形の霊獣、鵺。

 

 諌山の当主が代々受け継ぐ宝刀に宿りし諌山の代名詞ともいえる霊獣が、その名を継ぐに最も能う少女の横に並び立つ。

 

「私が先行する。対策室は各自散開。東北支部の護衛のために紀之と神楽はここに残って。冥姉さんは遊撃を、凜は私の援護をお願い」

 

 年端も行かない少女とは思えぬそのオーラ。俺たちは黄泉の下した判断に迷うことなく了解し、その通りに従っていく。

 

「行くわよ凜。鵺に掴まって」

 

「了解。行こうか」

 

 鵺に掴まる。思ったよりは柔らかい毛の感触が手に伝わってくる。その下にある身体は鋼のように固く、全身凶器という言葉がぴったりな存在なのに、意外にもその体毛は柔らかくふんわりとしているのに以前は驚いたものだ。

 

 鵺が高く飛び上がる。

 

 向かうは小山の向こう。あの崩れたトンネルの先だ。

 

「飛ばすわよ!しっかり掴まって!」

 

「りょーかい!」

 

 ぐんぐんスピードを上げていく鵺。

 

 やはり霊獣とは便利なものだ。人の力では到達できない所まで軽々と到達できてしまうのだから。

 

 ……俺も何か霊獣使役しようかな。

 

 そんなことを考えてしまうのであった。

 

 

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 剣閃が走る。

 

 一閃、二閃。そして振り向きざまにもう一閃。

 

 その勢いを殺すことなく足元に踏み台を作り出し、それを蹴って飛び上がる。

 

 空に浮かぶ女性の怨霊を切り飛ばし、木の枝を蹴って速度をつけ、回転切りの要領で下に居たカテゴリーCを切断する。

 

―――いい調子だ。

 

 体の調子は悪くない。黄泉との一戦の頃に比べるとむしろ好調といってもいいだろう。

 

 最近ようやく身長が伸びてきて、前世の身長に近づきつつある。150後半に乗ってきたので、あと10センチ強身長が伸びれば前世と殆ど同じ身長に到達だ。

 

 そして、前世の身長に近づくことによって、ようやく俺の型が見えてきた。俺がずっとイメージしてきた身体の動かし方にようやく身体が、戦い方が追いついてきたのである。

 

 俺の一閃とは異なり優雅さを兼ね備えた黄泉の一閃が俺の背中を狙っていた男の怨霊の頭を飛ばす。そこに出来た隙をついて襲いかかるカテゴリーDを今度は俺が切り殺す。

 

 そして即座に俺たちは反転して背中合わせに怨霊達と対峙する。

 

 我ながら息のぴったりあった連携攻撃だと思う。離れたら近づいて互いを補完し、近づいたら離れて各自撃破を的確なタイミングで繰り返すことにより隙のない攻撃を繰り出している。恐らく、この界隈で俺と黄泉ほど連携のとれたコンビは居ないに違いない。

 

 ふう、とひと息入れる。

 

 相当に数が多い。先程から5分近く戦っているがなかなか数が減らずに此方へと襲いかかってくるのだ。確かにこれは銃器を扱うカズさんとか岩端さんとかだとちょっときついかもしれない。

 

「どうしたの凛?もうお疲れかしら?」

 

「ぬかせ。まだまだ疲れてないさ。なんせ俺は体力お化けなもんでね」

 

 お互いにしばしの休憩を入れる。戦いというのは不思議なもので、自分がいくら万全だと思いながら戦っていても疲労がいつの間にか蓄積してしまうのだ。

 

 これだけ長く命のやり取りというものを経験していても自分の体力がいつ枯渇するのかがはっきりと知覚できず、何故か気が付くと息も絶え絶えということがあったりするのだ。特にこのような四面楚歌な状況での乱戦では猶更である。

 

 それをわかっている俺と黄泉はこうして休憩を挟んでいるという訳だ。

 

「でも流石に少し気疲れはしてきたな。ずっと気を張り詰めっぱなしだったし」

 

 トンネルといい、冥さんへの謝罪といい、この状況といい、気を抜けない状況が三連発で続いているのだ。タフな精神を持つと自負している俺でも流石にしんどいものがある。

 

「凜は意外と怖がりだものね。また神楽と三人でホラー映画鑑賞する?」

 

「いや、あれはもうやめとこう。お前らの悲鳴で俺の心臓が持たない。あれが一番怖いんだよ」

 

 実は以前こいつの家でホラー映画を見たことがあるのだが、俺がホラー系の映画を苦手としているというのもあるのだが、それ以上に神楽と黄泉の叫び声が一番怖かった。

 

 おまいうではあるが、お前ら退魔師の癖になんでそんなホラー映画にビビってんだよと言いたくなってしまったものだ。

 

「仕方ないじゃない女の子なんだから。怖い映画を見たら悲鳴の一つもあげたくなるわよ」

 

「うっわあざと。か弱い女子アピールとか。かわいさアピール狙ってる?……ごめんなさい謝るから蹴らないで」

 

「次は諌山の宝刀が裁きを下しに行くから」

 

 ほんとにデリカシーの無い男ね、等とつぶやく後ろの少女。

 

 ……デリカシーが無いとかこいつには言われたくないものだ。

 

 人がホラー映画見てビクッとなっているところを動画で撮影して奈落さんに見せびらかしてみたり、対策室でテレビに繋いで大音量で流して俺の尊厳を削り取ってくれた癖によく言う。

 

 ……そういえば。

 

「そういや黄泉、頭痛大丈夫なのか?一昨日対策室でカズさんと三人で話してた時も痛いって言ってたし、さっきも頭痛いとか言ってたじゃんか」

 

「うん、大丈夫。今はもう平気。じゃなきゃこんな前線に出てないわよ」

 

「本当だな?黄泉は無理するところあるからな。信じるぞ?」

 

「ありがと。……よし、休憩もいい感じで終わったし、そろそろ行くわよ!」

 

 その言葉を皮切りに俺たちは戦場へと飛び出す。

 

 そのタイミングも同時で、やはり俺と黄泉のコンビはなかなかのものなのではないかと思ってしまう。

 

 黄泉としても俺とはなかなか組みやすいらしく、度々お褒めの言葉をいただいたりしているので、実際にも俺らのコンビはそこそこなのだろう。

 

―――だけど、なんか違うんだよなあ。

 

 俺としても組みやすいし、実力があるから背中を任せても何の不安もないのだが、どこか違和感がある。黄泉はなんら違和感を抱いていないみたいだが、俺は多少抱いている。なんというか、喉に刺さった小骨は取れた筈なのに刺さっているような感覚とでもいうのだろうか。

 

 とりあえず要するに、諌山冥とコンビを組んだ時程、コンビによる相乗効果があまり感じられないのだ。多分俺と黄泉の戦い方が違うせいなのだろうが、あの指数関数的に効率が上がっていくかのような不思議な感覚を黄泉とは体験したことがない。

 

 多分、黄泉の対となれるのは土宮神楽のみなのだろう。俺では勤まらない。

 

 そんなことを考えながらも怨霊をバッタバッタと切り伏せていると、頬を鋭い風が撫でた。

 

―――風?

 

 即座に後ろを振り向く。

 

 それと同じタイミングで襲い掛かってくる鋭い爪のような刃。この形、この速度、そしてこの風。こいつはどこかで見たことがある。そう、原作の―――

 

「黄泉!鎌鼬だ!気をつけろ!」

 

 舌打ちを一つ。

 

 鎌鼬。原作(喰霊)で土宮神楽を多少苦しめたカテゴリーB。特徴はその素早い動きと、白叡を切り裂くことの出来る鋭い爪。

 

 平生ならばなんら問題のない敵なのだが、この森の乱戦の中に出てこられると結構厄介だ。

 

 三森峠旧道は長らく人の手が入っていないことにより、昔は道路であったところが土に覆われそこから木が生えたり雑草が生えたりなどでもはや森と化している。道路が残っている部分もあるのだが、俺と黄泉が入り込んでいったのは森の中だ。

 

 そして森の中で戦う際に気をつけることは多々あるが、その一つに相手を見失わないということがある。

 

 平地でもそれは同様なのだが、森は下手をすると直ぐに頭上を取られてしまう。それどころか森の中での戦闘は()()()()()()()()()()()()()奇襲が可能であるということだ。前面、側面、背面、先ほど言った頭上など、四方八方に死角が存在する。

 

 そんな中で速度も速く跳躍も得意な存在と遭遇したらどうなるか。

 

 答えは簡単だ。かなり苦戦する。

 

 後ろから湧いてきた怨霊を踏み潰すと、鎌鼬を追うべく速度を上げる。

 

 俺は森での戦闘が得意だ。絶対的に見れば平地での戦闘が一番好きで得意だが、ほかの人の苦手度合いなどを考慮に入れて相対的に見てみると森やビル街などの遮蔽物がある所の戦闘が一番得意になる。

 

 だから俺にとっては鎌鼬如き大した弊害にはならないのだが、この敵があふれている環境が大した弊害ではない弊害を大きな弊害へと成長させる。

 

 そしてそこまで森の中での戦闘に慣れていない黄泉にとってそれは殊更大きいものとなる。

 

 木を蹴って鎌鼬を追いかける。途中で相対した敵も難なく切り捨てながら、小野寺の術を利用して速度を上げていく。

 

「……やっぱ早いな」

 

 そこそこ全速力で追いかけてはいるのだが、やはり人間の限界というべきか、鎌鼬の速度には追い付かない。

 

 それどころか向こうには追尾するこちらに反撃を加えてくる余裕さえあるのだ。

 

 俺も木々を蹴って対抗してはいるが、相手のほうが遥かにトリッキーに俺を攻め立ててくる。直進していたと思えばいきなり左折をかまして俺の側面に回り込むとそこから更に攻撃を加えてきたりなど、正直追い付けない。

 

 こいつ一体に照準を絞れれば全く話は別なのだが、糞怨霊共が鬱陶しくてそれもかなわない。

 

 性能と環境。この二つの観点で俺は今鎌鼬に負けている。速度でも負けているし、立ち回りの軽さでも負けている。

 

―――けど。

 

 あえて俺は速度を落とす。

 

 そしてそれと同時に鎌鼬も俺の視界から消失する。

 

 森でのタブー、それは相手を見失うこと。俺は今、相手を完全に見失った。視界にも、聴覚でも鎌鼬をとらえることが出来ていない。

 

 ()()

 

 それは相手も同じこと。先ほどまでと同じペースで追いかけてきていた相手が、突如速度を減速する。そこに生まれるのは緩急の差。

 

 そしてそれは速度が早ければ早いほどに効果的となる。

 

「いらっしゃいませ」 

 

 俺の目の前に()姿()()()()()現れる鎌鼬。

 

 化け物には人間を凌駕する性能があるが、人間にはその性能を凌駕する戦略や戦術がある。

 

 既にこいつの動きのパターンは見切った。先程の動きだとこいつは俺の背後を取って攻撃してくるつもりだったのだろう。だから、あえて速度を下げてその後ろを取って見せた。

 

 いくら速かろうが動きを見切ってしまえばそんなもの何の脅威にもならない。力ばかりある人間が、合気道を極めた人間に勝てないのと同じことだ。

 

 慌てた様子でこちらから逃走しようとする鎌鼬。その速度は流石のもので俺では致命傷になるような攻撃を与えることは少々リスキーだ。

 

 だから、俺はその背中を軽く押してあげるだけでいい。

 

 導くように、本当に軽く。

 

「―――ナイスアシスト」

 

 なにも俺が止めを刺すことはない。

 

 なんせ、ここには()()いるのだから。

 

 鎌鼬がバランスを崩して向かった先は黒髪の乙女が待ち受ける死のエリア。

 

 その長い刀身をその鞘に納め、抜き放たれるのを今か今かと待ち受けている宝刀が存在する死の領域。

 

 黄泉は宝刀獅子王を、その刀身を鞘の中へと収めていた。

 

 鞘走りの抵抗を利用してその剣閃の速度と鋭さを増幅させる、日本刀にのみ許された抜刀術。それを俺たちは居合いと呼ぶ。

 

 音速にも迫る刃が一閃する。

 

 恐ろしい程の速さを持った黒鉄の刃が、空間を走り抜ける。

 

 その刃が届かない俺ですら両断されてしまいそうな鋭い一撃。

 

 その一撃が、鎌鼬をその鋭い爪のような刃ごと斬り裂いた。

 

「……いい一撃だ」

 

 黄泉が刃を振り切ったその領域に一瞬遅れて俺が着地する。もし一瞬黄泉が振るのを遅めたか俺が一瞬早かったならば俺は完全に黄泉によって両断されていた。

 

 そんなシビアな連携をドンピシャでやってのける。こんなコンビ、今のところ俺達以外にはいないだろう。

 

「凜こそよくあんなの誘導できたわね。私には無理ね」

 

「黄泉こそよく合わせてくるよ。相当に凄い居合だったぞ」

 

 黄泉から差し出された手を取って膝をついた状態から立ち上がる。

 

 黄泉はそう俺を褒めながらも、俺ならばできて当然とそう思っている。俺も、黄泉ならあのタイミングで合わせてくれることを疑っていない。

 

 互いに、あの空中でのとんでもない速度の戦いのなかでの一瞬のアイコンタクトでタイミングを合わせてくれると確信しているのだ。

 

 ……いい信頼関係だと思う。黄泉とは想像以上のコンビネーションが発揮できている。

 

―――でも、まだ足りない。

 

 黄泉とのコンビネーションは想定以上だが、これで終わりじゃない。まだ俺達には先がある。

 

「さて、手強いのもやったことだし、掃除といきますか」

 

「そうね。細かいのは纏めて処分しちゃいましょうか」

 

 そう言って鵺を近くに呼び寄せる黄泉。

 

 先ほどよりも開けた所に出たので一掃するつもりなのだろう。

 

「乱紅蓮、咆哮波!」

 

 黄色い閃光が怨霊たちの群れに穴を開けていく。

 

 障害物などないかのように突き進んでいくそれは、非常に頼もしく、非常に神々しい。つくづく味方でよかったと思う次第だ。

 

―――やっぱり俺も霊獣欲しいな。

 

 乱紅蓮が作った怨霊の穴を走り抜けながら、俺はそう思うのだった。

 




ようやく凜の戦闘をかけた。
恐らくはあと一話で2章は終わりかな?

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