お待たせいたしました。
今までのあらすじ書いておくので、忘れた人は一読すると理解しやすくなるかと思います。
凜と冥、諌山幽より指令を受け三森峠へ⇒非常に危険な雰囲気。結界をくぐると三途河に遭遇、凜生き埋めに⇒なんとか脱出。対策室とも合流し、掃討戦へ⇒今話
「結界用意!霊力に余裕がある人は結界の発動に力を貸して!……ほら凛!貴方はまだ余裕あるでしょ。また玉砕したからってやる気なくさないの」
またしても諌山冥に謝罪をスルーされ、ハートブレイクな俺の襟首を細腕からは想像できない力で掴むと、無理やり結界を張るポイントに引きずり込んでいく黄泉。
精神的にも肉体的にもなかなかの疲労がきているものなのだが、どうやら目の前の少女は俺の休憩を許してはくれないらしい。
鎌鼬を倒してからおおよそ2時間程が経過した。
休み休みあの後も戦闘を行っていたのだが、流石に疲労が溜まってきたことと、害となるような霊はほぼほぼ全て駆逐が完了したためにベースキャンプに俺と黄泉は戻ってきた。
俺達以外のメンバーもあたりの霊達をあらかた掃討しており、一休みしたのちに最後の大詰めとして霊を寄せ付けなくする為の結界を張ることとなったのである。
その休憩時間に冥さんに再度謝りに行ったのだが、すっと顔を自然に逸らされて終わってしまった。
……いやあ、流石にもう許してくれてもいいんじゃないですかね、冥さん。
さて、話を戻すか。
その結界とやらを張るために霊力の強い何人かが選抜され、結界の要となる剣に霊力を注ぐこととなった。最後に紀さんがそれを起点に結界を張って終了だ。
俺は小野寺に生まれた弊害で術自体は全くもって使えないのだが、霊力だけならお化けクラス(黄泉談)にあるので霊力タンクとして駆り出されたという訳だ。
ちなみにだが、俺の霊力量は相当なもので、黄泉をして羨ましいと言わしめたほどである。
だがそこは俺である。霊力チートでウハウハなんていったヌルゲーなことにはならなかった。
俺の戦闘スタイルと小野寺の術自体はかなり相性が良く、応用も利くし使い勝手は良いし中々気に入っているのだが、小野寺の術は霊力消費が驚くほどに少ない。全力で霊力を使った所で全くと言って良いほどに消費されないのだ。
霊力を惜しみなく使うとの前提のもとで、とあるケースを想定してみよう。
俺が全力で黄泉と戦って、その後に雅楽さんと本気でやりあって、その後で今回の戦闘を経るというありえないケースだ。ここでは俺の体力が持たないだろうとか、不可能だろうそんなことといった議論はシカトする。あくまで想定である。
そんなケースを想定して見たとしても、その戦闘で俺が使うであろう霊力は、俺が持つ霊力の2割に達するかどうかといったほどである。
残りの8割以上は使われずに残ってしまう。どんなに頑張って使って戦闘をしたとしてもその数値は消費されずに残ってしまう。
つまりは宝の持ち腐れ。これだけ大量の霊力を持っているにもかかわらずそれが全く活かせていないのである。
ならもっと消費するスタイルで戦えば良いじゃんとの声が聞こえそうだが、別に消費量を多くした所で術式の力が上がる訳でもないし、むしろバランスというものが大事なので術式が弱体化するなんてことも往々にしてある。
それに不動明王結界術のような霊力を食う技が小野寺にある訳でもないし、いたずらに消費量を増やしても何のメリットもないのである。
せめて「霊力の半分は持っていかれるけど、威力が絶大な奥義」みたいなのがあったら良かったのだが、そんなものなどありはしなかった。
もしかすると
とりあえず黄泉に言われた通りに霊力を封剣へと移していく。こういった時に霊力タンクなる俺は役に立つ。
まあ、喰霊-零-の時系列じゃ殆ど役に立つ機会はないのだが。
「それじゃ紀之。お願い」
「ええ?俺かよ」
「紀之貴方凛以上に疲れてないでしょ?それに張れるの貴方ぐらいしか今いないじゃない」
「ええーお前が張ればいいだろう?」
「私はもうヘトヘトなの。霊力も結構使っちゃったし」
軽口を叩いてる黄泉だが、その実かなり疲れていることを俺は知っている。
戦闘の最中何度も法術を使っていたし、乱紅蓮に咆哮波を撃たせるのだって黄泉の霊力を使うのだ。何時間も車に揺られてここまで来て、その上前線で働いたのである。そりゃいくら黄泉でも疲れるだろう。
面倒臭そうにへいへい、と言いながらも何やら唱え始める紀さん。
文句を言うふりをしながらも何だかんだそれを理解しているのだろう。
……それにしてもこの人、本当に力はあるくせにいつも本気出さないよな。全力でやりあったことは一回もないのだが、軽く手合わせをした時に感じたあの人の槍術は相当なものだった。
正直に言うと手を抜いている状態でも、手合わせをしてみればその人の底というものは測れたりする。正確な「数値」みたいなものを出すことは不可能だが、なんとなく勝てるなーとか、誰よりも弱いなーということは大雑把に測ることができるのだ。
流石に黄泉レベルとは言わないが、それでもそのクラスとも戦えるレベルの腕があることは何となくわかった。管狐だとか、法術を使った戦闘がこの人の持ち味であるため、総合的な実力を考えると黄泉でも相当苦労するレベルではないだろうか。
長ったらしい詠唱を飯綱紀之は躓くこと無くスラスラと述べていく。
前にも述べたことがあるとは思うが、俺は法術を
特に上位の怨霊と戦う時は黄泉でさえ活用したりしているし、原作では飯綱紀之も乱紅蓮の咆哮波を水を利用した術で相殺したりもしている。
けど、俺はそれを一切使えない。それはおそらく俺の才能が全て小野寺の霊力に振られているためだ。
何と言えばいいのだろうか。
例えば、車を動かすにはガソリンをエンジンに入れる必要があるわけだが、そのエンジンは重油から生成されている。
皆は自分が持つ
重油に直接火をつけて使っているのが俺で、ガソリンを作ってエンジンを駆動させているのが一般の方々であるというイメージを抱いていただければ全く問題ない。
神々しい光とともに結界が作動する。
注ぎ込んだ量と詠唱から判断するに中々上位の結界を作動させたようだ。
「……よし、と。黄泉、終わったぞ」
「ありがと紀之。一先ずはこれで安心かしら?」
「多分な。特異点も消えてるみたいだし、よっぽどのことが無い限り大丈夫だろう」
そう言って伸びをする飯綱紀之。
確かにもう安心だろう。ここがこんな異常になったのはあの馬鹿が殺生石なんてものを持ち込んだからだ。この糞石さえなければ全く問題はないのだから。
……ってそう言えば。
「黄泉ちょいこっち来てもらっていい?ついでにノリさんもお願いします。……忘れてたんだけど、はい。一応リーダー黄泉だし渡しておくよ」
ポケットから先程拾ったあの石を取り出す。室長には報告済みなので別に黄泉に渡す必要はないかもしれないが、一応命令権は黄泉にあるのでホウレンソウはしておこうと思ったのである。
「?なにこれ?」
「殺生石」
いきなり俺の霊力が直方体の形に固められた箱を渡されてキョトンとしていたが、何気なしに放った言葉にぎょっとした顔をする黄泉と紀さん。
「殺生石!?」
「ちょっと待ちなさい凛。これが殺生石ってどういうこと!?」
「俺の霊力で上手くコーティングしてあるから分かりにくいけど、その中にあの赤い石が入ってる。多分怨霊が寄ってこない程度には妖力を抑えてあるから問題はないと思うぞ」
「いや、そういうことじゃなくて!」
「長くなるから簡単に話すと、三途河って覚えてるか?あのカテゴリーA。あいつが洞窟の中でそれの実験をしてたみたいだったから、それを俺が奪ったって感じ」
これがあいつにとって誤算だったのかそれとも狙い通りだったのかはわからないが、取り敢えず一個奪ってやった。
恐らくではあるが、これはあいつが分裂させたものじゃなくて新規の一品だろう。ハッキリとした根拠はないが、三途河の目に埋まっていた殺生石の大きさが以前と変わっていないような気がしたのだ。
それに殺生石自体の入手難易度はそこまで高くない。埋まっている場所さえわかってしまえば入手は簡単だ。
「そんな身構えなくても大丈夫ですよ紀さん。結構厳重にコーティングしてありますし、間違いなく害はないですから」
「とはいえ普通身構えるよ……。この件室長には報告してあるのか?」
「もちのろんです。取り敢えず持ち帰って来てくれって言われてます」
ついでに言うと対策室以外のメンバーには極力持っていることを知らせるなと言われてたりもする。
「対策室以外には内緒で頼みます。あそこに座ってる百合の花の令嬢はその例外になるんでしょうけど、まだ話してなかったりします」
「……わかったわ。取り敢えず今この場で知ってるのは私達だけ?」
「そそ。この3人だけ」
多分冥さんはその例外になるとは思う。対策室以外には極力話すなとのことだったので積極的に話すつもりはないが、何かしらの事情があれば一応耳には入れておこうとは思っている。
「ならそれは凛が持っておいてくれないか?戦力的にも安心だし、どうやら俺達よりもそれについての知識が深いみたいだしな」
「わかりました。俺はいいですけど、黄泉もそれでいい?」
「ええ。私としてもそっちの方が安心かも」
「りょーかい。詳細は車の中で話すよ。他のメンバーにもその時に」
ぽいっと手に持っていたコップを放り投げる。
環境破壊がどうのこうのと言われる前に釘を刺しておくが、このコップは俺が霊力で作ったものなので環境破壊には当たらない。なんせ消そうと思えばいつでも消せるのだから。
「本当に便利よねその能力。羨ましいわ」
「そうか?俺としては黄泉達の方が羨ましいけどな」
「隣の芝生は何とやらってやつかしら?でも前も言ってたけど、凛は刃こぼれとか研ぎを意識して戦ったことないんでしょう?」
「うん。それはかなりのメリットだな。刃こぼれとか意識するの面倒くさくて退魔刀使ってないっていうのもあるし」
宝刀獅子王や舞蹴などは非常に頑丈で切れ味も通常の日本刀に比べれば落ちにくいが、あくまで比べてである。粗雑に使えばすぐ折れるし、刃こぼれなどしょっちゅう起きることだろう。
俺は全く繊細なタイプの人間ではないので、日本刀のような武器を使用して戦うのは性格に合わないのである。使うとしたらクレイモアとかの方が切れ味を重視しなくていい分好みだ。
「他の法術を使えないから一概には言えないけど、凛の能力はアウトドアとかでも凄い役に立ちそうだな」
「一般人と行った時は使えないですけど、1人で篭る時とかはかなり使えますよ。テーブルから椅子、食器までなんでもござれって感じです」
応用は効く能力なのである。これで普通の法術も使えてたらなかなかチートだったのに、世界とは残酷である。
「……さて、やるべきことも終わったし、そろそろ撤収するか。もう真っ暗になってきた」
まだ17時ではあるのだが、流石は冬といったところだ。ほぼ完全に日が傾いている。
俺達退魔士は夜に活動することが多いため夜目を鍛えてはいるのだが、それでも流石に昼間と夜とでは昼間の方が戦いやすく、夜はなるべく避けたいのが本音だ。
「そうね。神楽も疲れちゃったみたいだし時間的にもちょうどいいわね。………それで凛はどっちに乗っていくのかしらん?」
「どっちって?2台で来てるのか?」
「そうじゃなくて」
そういって南の方角を指差す黄泉。つられて見るとそこにはコップを持って岩に腰掛けて休む諌山冥の姿が。
……そうだった。俺、行きはあの人達の家の車で来たんだった。
「10分後には出発するからそれまでに決めておいてね。私は神楽の面倒見てくるから」
じゃねーと言い残してノリさんと共に船を漕ぎ始めている神楽の元へと歩いて行く黄泉。
そう言えばその問題が残っていたなーと若干憂鬱に思う俺。黄泉からは言外に向こうに乗ってけと言われているような気がするし、向こうに乗って行こうかと思うのだが許してもらってないし、こっちに乗って行ったら乗って行ったで冥さんから更に嫌われそうだし。
なんというジレンマ。殺生石を確保してしかもこの場所の鎮圧に一役以上は買った俺を多少は労ってくれても良いのではないだろうか。
「……もっかいアタックしてくるか」
気が重いながら、再度冥さんに許しを請いに行く俺であった。
二章の最終話になります。
次話より三章に突入、いよいよ時系列が喰霊-零-に追いつきます。
非常に重要な章になりますのでお楽しみに。
三章完結は年内を予定しております。