喰霊-廻-   作:しなー

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まだまだ原作準拠です。
ちょいと目新しいものがないかもしれませんが、僅かに生じている差異を見つけながら是非お楽しみください。
次回は戦闘シーンです。


第3話 -マイケル小原-

「おにーちゃん!」

 

「おう!?ちょ、華蓮(かれん)!料理中はそういうことしちゃダメって教えてるだろ」

 

「おにーちゃん!」

 

「聞いちゃいないなこの子は。誰に似て……いや、分かり切ってるか」

 

 土蜘蛛を退治したその翌日早朝、俺は我が家のキッチンに立っていた。

 

 とはいえ料理が不得意な俺が作れる料理などベーコンエッグとかスクランブルエッグもどきとか温泉卵ぐらいしかないため、母に頼まれてただ鍋をかき混ぜているだけなのだが。

 

 それでも鍋を掻き回されている最中に2歳児のタックルを喰らうのは流石に危ない。

 

 鍛えているといえど2歳児ともなれば相当の重さがある。そんな重さを持って全力でぶつかられては流石にバランスを崩してしまうというものだ。非常に危ない。

 

「おなかへった」

 

「ちょっと待ってね。もうすぐ出来るからさ」

 

 ぐいぐいと俺の袖を引っ張ってくる華蓮を軽く宥める。

 

 この子は小野寺華蓮(かれん)。ほぼちょうど2年前くらいに生まれた俺の妹である。

 

 まだまだ小さくて赤ちゃんの雰囲気を残している華蓮ではあるが、自慢なことに一歳半検診で二語文をペラペラ喋るというなかなかの成長を見せている。

 

 俺があまりに言葉が早すぎたせいでそこまで騒がれてはいないが、同年代と比べれば十分に成長が早く、利口で聡明な子だ。

 

 両親の溺愛っぷりも大したもので、俺と稽古をしていても泣き声が聞こえればすぐに飛んでいき(親父)、ハンバーグとカレーとお寿司が食べたいと華蓮がごね始めた時にはそれらが全て晩餐に並び(母親)、お兄ちゃんの高校に行ってみたいとポツリ呟いたのを聞き逃さずに俺の授業参観に連れてきたり(両親)など逸話には枚挙に暇が無い。

 

 かくいう俺も夜中に泣き止まない華蓮を散歩に連れて行ったりとか、アイスが食べたいと言われたらバイクにまたがってアイスを買いに行ってしまったりと甘やかしているのだが。

 

 ともかく、両親からは無知な子供を一から育てていくという経験を一度奪ってしまっているため、自分の子供を育てる楽しみを是非とも味わってほしいと切に思う。

 

 俺みたいなイレギュラーは確かに手はかからないかもしれないが育て上げる喜びというものがないだろう。

 

 上から目線な視点になってしまうが、是非とも親として子の健やかなる成長を見守ってあげてほしい。

 

 さて、話は多少変わるが、ここまでの話を聞くと華蓮が異常に甘やかされて育っていると感じるだろう。

 

 確かに甘々なくらいには大切に育てられているが、ただ甘やかされているだけかというとそうでも無い。

 

 親父は食事のマナーとか公共でのマナーとか、そういったことにはかなり厳しいし(俺がそれを常識として守っていたために指導されたことがあまりなかった)、怒る時はきっちり怒る。華蓮が親父を嫌いになるんじゃないかと思ってしまうくらいには怒ったりする。

 

 そしてお母さんも躾には意外と厳しい。母に怒られた記憶が殆ど無いのだが(俺は親父とよく揉める)、母は笑顔で怒るタイプの人間だ。

 

 あの怒り方は結構怖い。小学校の時に親父の酒を無断で拝借したのがバレて一度本気で怒られたのだが、「なんでこんなことをやったの?」との問いを発して微笑みながら黙り込むのだ。

 

 俺たちの視線まで自分の目線を合わせて、両肩を抑え込みながら徹底的に俺たちの目を見続ける。俺たちが目を見て行いの悪かった点をしっかりと述べるまで決して離してくれないのだ。

 

 ……あの時は正直怖かった。もうこの人に怒られたく無いと本気で思ったものだ。

 

 華蓮もよくこれをやられて大泣きしている。あの年の子には怖いだろうなぁあれ。

 

 

 ……ちなみにではあるが、本当は華蓮は(れん)という名前にする予定だったらしい。

 

 りんとれんで語呂がいいとか言っていた気がする。それに、親父の名前が蓮司だから、女の子が生まれたらそこから一文字使おうとしていたらしいのだ。けれど流石に女の子らしく無い名前だよねーと母親が相談を持ちかけてきたため、「華」を加えて華蓮にすれば?と提案したところ、母親が気に入って華蓮になったというわけだ。

 

「凛、もうそろそろ火を止めても……あら華蓮おはよう。起きたの?」

 

「はよーおきたー」

 

「それじゃ顔洗わないとね。凛、鍋ありがとう。私が見ておくから華蓮を洗面所に連れてってあげてくれる?」

 

「はいよー、わかった。華蓮、行くぞー」

 

「かおあらうのやー!」

 

「やーじゃないの。ほら、行くよ」

 

 何故か顔を洗うことに抵抗感を示す華蓮を脇の下に手を入れることで持ち上げ、むりくり洗面所へと連行する。

 

 らちだーらちだーなどと叫ぶ我が妹。言葉を覚えるのが早いのは良いことだが、拉致なんて言葉を何処でいつ覚えたのだろうか。

 

「おお凛。今日は早いな。いつもギリギリまで寝ているというのに」

 

「親父おはよう。そうしたかったんだけど、お母さんに叩き起こされてね」

 

「ああおはよう。いつもこのくらいに起きるよう心掛けなさい。華蓮もおはよう」

 

「はよー」

 

「おはよう、だ華蓮。挨拶はキチンとなさい」

 

「はーい」

 

 キャッキャと楽しそうに笑い、おはよーございまーすと間延びした声で挨拶する華蓮。そのまま朝食に向かう親父にさりげなくついて行こうとする小狡い小娘を捕獲して洗面所に連れて行く。

 

 やめろーやめろーと顔を洗うことに異常な抵抗を見せる我が妹。なんだろうか。洗面所に親でも殺されたのだろうかこの子は。

 

「ほら、こんな感じに袖まくって。ほら、反対側も同じく自分でやってみ」

 

「こーう?」

 

「そうそう、上手上手。それじゃ水出して顔洗おうか」

 

 華蓮が顔を洗いやすいように段差を作ってあげる。

 

 さっきまでは顔を洗うことを拒否していたくせに、今度は嬉々として顔を洗い始める華蓮。最近何かにつけて嫌々言うようになってきたのだが、これが噂の嫌々病なのだろうか。2歳くらいの子供には良くあることだと聞くが。

 

「おにーちゃおわったー!」

 

「待ちなさい華蓮。洗い終わったら顔を拭く!」

 

 顔がビタビタのまま洗面所を走り抜けていこうとする華蓮の首の後ろを掴んで捕獲し、顔にタオルを押し付ける。

 

 タオルを押し付けられながらも嬉しそうに騒いでるあたり、こいつはわざとやってんだろうなぁこれ。

 

 絹のようなとか、珠のような肌、という表現が誇張ではないぷりぷりの肌をなかなかお高いタオルで拭いていく。

 

 確かこのタオルは雅楽さんからの贈り物だった筈だ。お祝いにとプレゼントしてもらった所をみた覚えがある。

 

「きもちー」

 

「ほら、後は自分でやる。ちゃんと拭くんだよ」

 

 あいーなどと言いながらごしごし自分の顔を拭き始める。あーそんな乱暴に拭いたら肌に悪いだろうに。

 

「おわったー」

 

「終わったらここにポイして。……そうそうよく出来ました!それじゃご飯行こうか」

 

「ごはん!」

 

 そう言っておんぶで連れて行くことをせがむ我が妹。そんな妹をおんぶして無駄に遠い食卓まで歩いて行く。

 

 背中に感じる命の重み。この子は小野寺華蓮としてしっかりとした生をこの世界に咲かせている。

 

 この子が生まれてから考えるようになったことなのだが、もし俺がこの世に生を受けていなかったら小野寺はどうなっていたのだろうか。

 

 俺の容姿の子供がそのまま生まれていたのだろうか。それとも小野寺という家自体が俺という存在を存在させる

ために用意されたものなのだろうか。

 

 正直、興味がある。まさにifの世界に生きている俺ではあるが、違うifの可能性を見てみたくなる時があるのは理解してもらえるだろう。

 

「おにーねぐせー」

 

「こら。髪を引っ張らないの」

 

 そんなあったかもしれない世界(パラレルワールド)の話に思いを馳せながら、背中の可愛い妹と食卓に向かうのだった。

 

 

 

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「あら、マイケル師匠がお見えになってるの?」

 

 対策室の室長室。

 

 一目で高級とわかる設備の数々が備えられたその部屋の主である神宮寺菖蒲はその秘書的役割を担う二階堂桐と相対していた。

 

 マイケル小原。

 

 名高き名刀である舞蹴を打った名のある刀匠であり、常にふんどし一丁の変人。そんな彼の話題が取りざたされていた。

 

「はい。しばらく獅子王を預かるそうです。それと対策室の装備もメンテナンスが必要なものはメンテナンスがしたいと」

 

 獅子王には舞蹴を打ったマイケル小原をしてほれぼれすると言わしめた程に強い霊力が宿っている。霊力の強い存在が心血注いで打ち上げた一振りには強い霊力が宿るが、獅子王はその中でも最たるもの。

 

 その刃に霊獣鵺を宿すその刀は並みの退魔刀では太刀打ちすらできやしない。

 

 しかしそんな獅子王も所詮は一振りの鋼。使えば消耗するし、うちに宿す霊力も疲弊してしまう。よって時々腕のある人間がそれを研ぎなおす必要があるのだ。

 

「そう。それじゃまとめてお願いしちゃって」

 

「まとめて、それではいざという時の装備が」

 

 その言葉に二階堂桐は一瞬たじろぐ。諌山黄泉の獅子王を研ぎなおしに出す上にメンテナンスが必要なものをまとめて提出してしまっては万が一の時に支障が出る恐れがあるのだ。

 

 そう分析した二階堂桐は反論をしようとするが、室長から返ってきた答えは意外なものであった。

 

「そろそろ彼女にも主戦力になって貰わないとね」

 

「……!それでは」

 

「実戦に勝る練習はないのよ。それに、乱ちゃんにばかり頼ってちゃ、よくないでしょ?」

 

 乱ちゃん……、と何にでもあだ名をつける室長に一瞬困った顔をしながらもその方針の有効性を理解する。

 

 彼女、つまり土宮神楽を前線に出して成長させるということである。

 

 確かにそろそろいい時期ではある。実力の程は小野寺凜からのお墨付きも得ているし、いつまでも彼らに頼ってはいられないから、彼らに代わるエースを育成しておくことは重要だ。

 

 それに特に最近のような霊気圧の状況下では何が起こるかわからない。タイミングとしてはばっちりと言えるだろう。

 

「いい機会よ。シフト調整して。それにいざとなれば凛ちゃんがなんとかしてくれるわ。彼と黄泉ちゃんをサポートに付けて神楽ちゃんを前面に出していきましょう」

 

「わかりました。調整いたします。……そう言えば、小野寺凜が勧誘すると言っていた新人の件ですが」

 

「あら。話が進んだの?彼直々の推薦となれば断る理由は私としてもないわ。桐ちゃん、暇なときに面接してあげて」

 

「承知しました。大きな問題がなければ通す方向で処理いたします。それと他支部からの例の要望の件ですが」

 

「それなら丁重にお断りしておいて。こちらとしては彼を渡すつもりはないから。過剰戦力だとか言ってたみたいだけど、言わせておいて」

 

「承知しました。そちらも対処しておきます。……それにしても、なぜあの方(マイケル師匠)はいつも裸なんですか?」

 

 事務的な会話を終え、ふと口にしたそんな二階堂桐の疑問に、答えられるものは居なかった。

 

 

 

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「相変わらず疲れるおっさんだな。凜は会うの初めてだったんだっけか?」

 

「そーっす。存在を知ってはいたんですけど、生で見ると迫力が違いますね。あれが舞蹴を打った天才的刀匠だとは信じたくないというか、ある意味では納得というか」

 

「凜ちゃん凄い絡まれてたね。なんで?」

 

「俺って黄泉とフリーを除けば唯一マイケル師匠の作った武器を使ってない退魔師じゃん?だから是非使ってみないかっていう話を延々とされてたよ」

 

 俺は戦闘スタイル的に武器は持たなくていいんですと何回も言ったのだが、マイケル師匠的にはやはり残念なことらしく、何度も何度も武器の使用を進めてきた。

 

 結局断り切れずに「俺のスタイルにあう武器なら」と言ってしまったところ、今度新武器を携えてやってきマースと言われてしまった。

 

 J-FOXみたいな意味の分からない武器を持ってこないことを祈るのみだ。あれが来たら俺は断固として反対する。あんなものは人間が背負う武器ではない。

 

「凜凄いじゃない。マイケル師匠から直々に言われるなんてそうそうない事よ」

 

「とはいってもさ。刀とか持ってこられても俺使いようが無いしって感じなんだよね。武器は俺の能力で全部調達できるし、むしろ動きにくくなるっていうか……」

 

 俺にとって最も嫌なことは戦闘スタイルが崩れることなのだ。

 

 最近は拳銃なども組み合わせても今まで通りのパフォーマンスが発揮できるような戦闘スタイルの調整に四苦八苦しているというのに新武器の導入など言語道断だ。

 

「凜ちゃんアクロバティックな動きするもんね。……それにしてもあの人よくあの格好で捕まらないね」

 

「捕まってるけどな、たまに」

 

 誰もが必ず抱くだろう疑問に、岩端さんがそう答える。

 

 環境省が口添えをして開放してあげてるのだろうか。原作ではそんな役割を弐村剣輔が担っていた気がする。

 

「しばらくお勤めはお休みだな、黄泉」

 

「別に獅子王が無くても戦えるわよ。岩端さん、退魔装備を見せて」

 

 紀さんの軽口を受けて、黄泉が残りの退魔装備を点検するために岩端さんに声をかける。

 

 殆どメンテに出したからあとはこれくらいしか残ってないぞ、と言って出してきたのは俺をして「うわあ……」と思わしめる装備群であった。

 

「女の子だとこれなんかどうだ?」

 

「それってアイロン?」

 

 岩端さんが女の子におすすめといって取り出したのは明らかにスチームアイロン以外の何物でもなかった。存在を知ってはいたが、マジでアイロンだ。退魔師になって10年以上だが、初めて見た。

 

「退魔式ナックル、"ダグラス28号"だ。霊水のスチームとナックルで悪霊を殴り倒す」

 

 うわぁーという顔の完成系を浮かべる黄泉と神楽。多分俺も同じ顔をしているだろう。

 

 っつーか28号?ダグラスの存在は知っていたが、改めて考えると色々おかしい。

 

 なんで27回も改良を加えているのか。27回も改良を加えるくらいならさっさと廃棄するか違うのにもっと力を注げよと言いたいのは俺だけだろうか。

 

「だめか。他に目ぼしい奴となると……。退魔式チェーンソー"パレ11号"。退魔式削岩機"ジャクソン33号"、退魔式ボイラー"J-FOX55号"くらいだな。どれがいい?」

 

 それぞれチェーンソー、削岩機、ボイラーの三種類を出してくる。どれもいまいちと呟いた黄泉に全面的に同意したい。ボイラーなんか神楽が言った通り重くて持てる気がしない。なんだよ岩端さんの身長クラスのボイラー背負って戦うって。未来から来たサイボーグでもない限り無理だろう。

 

「黄泉、俺が獅子王の模造刀作ろうか?流石にカテゴリーBクラスだとやばいけど、Cクラスなら問題ないの作れるぞ」

 

「ううん、これでいいわ。紀之、ちょっと付き合って」

 

 俺の提案をダグラス28号を手にして断る黄泉。

 

 俺の能力を持ってすれば獅子王と寸分違わないサイズ、形状の刀を作り出すこともできる。

 

 ただ材質が全く違うし、鍛え方も違う(というより俺の模造刀に鍛えるという概念がない)ので、重さも切れ味も強度も全く異なる一振りになってしまう。

 

 それでもダグラスよりはましかと思い提案したのだが、黄泉はダグラスを使うようである。緊急時には武器にこだわっていられないという判断からなのだろうか。

 

「ああ、いいよ……って悪い。今日は先約があるんだ」

 

「おい紀之。今さらっと俺との約束破ろうとしやがっただろ」

 

「悪かったよ一樹。……という訳でごめんな。そっちも二人で遊んで来いよ」

 

「またぁ?……わかったわ。紀之も楽しんできてね」

 

 アニメ(喰霊-零-)()()()黄泉の提案を断る紀さん。

 

 ……最近いい感じだと思ったんだが、ここは断るのか。

 

「それじゃ神楽、手伝ってもらえるかしら?凜もどう?」

 

「私はさんせー!手伝うよー!」

 

「俺も別にいいよ。親に頼まれてることあるから、それ終わったらすぐ行くよ」

 

 そう言って立ち上がる。

 

 黄泉の稽古に優先的に付き合ってあげたいのは山々なのだが、華蓮の世話で手が離せない母親の代わりに買い出しに行ってやる約束を最優先にしなければならないのだ。

 

 すぐに戻れば恐らくは間に合うだろう。さっさと行ってさっさと戻ってくるとしよう。

 

「ほんとにお兄ちゃんしてるよね凜ちゃんって。シスコンはモテないよ?」

 

「おい神楽。それ以上言うと今度からバイクの後ろに乗せてあげないぞ。……みなさんお疲れさまでーす」

 

 さっさと用事を済ますべく鞄を手に取り対策室を後にする。

 

 ……実は今日は神楽にとって一つの転換期となる出来事がある日だ。俺が対策室に今日顔を出したのはマイケル師匠が来ていたこともあるのだが、正確にはマイケル師匠が来た日に起こるこの出来事のためにやってきたのだ。

 

 カテゴリーD。怨霊となった人間の死体。つまりはゾンビ。

 

 俺や対策室の面々はカテゴリーDを殺すことは既に慣れ切っていることではあるが、神楽にとってはそうではない。

 

 人間の死体はあくまでも「人間」の死体であって、「タンパク質の塊」と割り切ることが出来ていないのが彼女の現状だ。

 

 退魔師としては残酷にそう割り切らなければならないが、それでも14の少女にはやはり辛い物があるだろう。甘やかすつもりは毛頭ないが、理解を示さないつもりも毛頭ない。

 

 それに、今日彼女の前に立ちはだかるのはあの女性だ。

 

 俺が居るせいでもしかしたらあの女性が死んでいないという可能性もあるが、それでも「人間の死体」であるカテゴリーDを切るか切らないかの葛藤を彼女が認識する日であることは間違いない。

 

 元々シフトが無くて、家でのんびりしようと思っていたのだが、さっさと帰って用事を済ませて()()()()()に付き合うとしよう。神楽がどうカテゴリーDに対処するのか見守ってやらねばなるまい。

 

 対策室の皆に一言かけると、バイクを止めてある駐車場に向かい、愛車を取り出す。

 

 1000ccの大型バイク。リミッターを解除?とかよくわからんことを祖父は言っていたが、とりあえずは300km/hぐらいなら頑張れば出せるモンスターマシンである。

 

 これは俺が16歳になってバイクの免許を取った際に祖父が買ってくれたものだ。

 

 お勤めで何かとバイクで移動したほうが早いということを紀さんから聞いていたので、免許もろともダメもとで親に打診してみたのである。

 

 するとその話を聞きつけた祖父が突如襲来。バイクが好きだという祖父の勧めでこの意味の分からんスペックのバイクを買ってしまったという訳である。

 

 バイクに詳しくない俺としては250ccくらいの小さいのでいいと言っていたのだが(普通は免許的にもそれしか乗れない)、バイクは車に比べて意外に値段がお手頃なことと、いざという時に死ぬほど飛ばせることと、なにより礼装を施しやすいという理由で大型にしたらしい。

 

 ……いざって時に飛ばせるようにって言っても300km/h出すことがあるとは思えないのだが。せいぜい出したとしても150km/h出せれば問題ないのではないだろうかという突っ込みはきっと無粋なのであろう。怨霊に突っ込んでく可能性もあるわけだし。

 

 ちなみにあんまり口外してはならないことなのだが俺は免許を二枚持っていたりする。普通は乗れない大型を乗れる理由がこれだ。

 

 バイク歴が三年になっているお勤め用のものと、俺自身の本当の免許の二種類である。

 

 なぜそんな面倒くさいことをしているかというと、俺の免許だと大型にも乗れないし、法律上の問題で誰かを後ろに乗せて走ることが出来ないためだ。

 

 一般道では一年、高速道路では三年のバイク経験年数が必要らしく、俺の免許ではどちらもクリアできない。お勤めでいざという時に誰かを後ろに乗せられないことは面倒なため、室長が色々と根回しをしてくれたのである。

 

 流石に高校の制服を着ている時は出せないが、お勤めのスタイルの時などはこちらを提示することになっている。

 

 流石は国家の暗部の力だと本気で思ったのは今回が初めてかもしれない。

 

 エンジンをかけ、バイクを起動させる。

 

 バイクにこだわりも愛着も大して持ち合わせていないのだが、やはり移動の手段としては非常に便利である。

 

「さて、さっさと済ませるか」

 

 未来を知っていたとしても、その未来は俺たちの行動によってすぐさま変化していく。

 

 未来とは固定的なものではなく、実は絶えず更に先の未来からの干渉を受けなければ定まらない可変的なものだとは某宇宙人の言だが、俺の知る未来もそれに近い。

 

 恐らくはアニメと同じことが起きるはずだ。これは確証に近いと言ってもいい。だが、万が一がある。俺が用心してあの場にいてやることが少なからず保険になるはずだ。

 

 そう思い、最近ようやく運転に慣れてきた愛車を駆動させ、目的地へと急ぐのであった。

 

 

 


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