「殺生石ねぇ……」
分家会議が終了した後。池にあった座りやすそうな石でくつろぎながら俺は呟いた。
殺生石。
この喰霊-零-という物語を作り上げ、そして破壊した存在。
「九尾の狐の魂の欠片」であるそれは、作中に全部で10個存在する。
この中で喰霊-零-に登場するのはたったの2個(正確には白叡の中にあるもの、三途河が分裂させて与えたものも含めて4個)である。
殺生石は使えば非常に強大な霊力を得られる代物であり、体の成長を一時的に抑制したり、日常生活を送ることすら困難なほどの怪我を完治したり、切断された腕を再生させたりなどの異常なまでの恩恵を受けることができるが、当然ながらその力を得るためには大きなデメリットがあり、その力を使うと心の闇の部分が増幅され、負の感情に魂が蝕まれてしまい、最終的には精神も肉体も崩壊した自分の負の感情のみに基づいて行動する悪霊となってしまうという欠点がある。
自分の負の感情。つまりは醜い嫉妬や欲望などが増幅され続け、しかもその願望などを遂行するための理性のタガをこの石は消し去ってしまうのだ。
自分の欲望のためならばどのような手段をとることも全く厭わなくなる。
それこそ、殺人でさえもこの石は正当化してしまう。
この石の力は本当に絶大であり、そのうちのたった1個。たった1個の存在のせいでこの物語は崩壊へと歩を進めさせられてしまった。
まあ、ざっくばらんにこの石を解説するならば某作品でいう四魂の玉をマイナス方面に強化した存在と言えるだろう。
そんなかわいいものではないというのが俺の本音ではあるが。
ともあれ俺がこの世に生を受けてから13年。随分と時間がたったものだ。
最近ようやくクラウドだのスマホだのがない生活にも慣れて、固定電話で連絡を取り合うのが自分の中の常識になってきた。
そのせいと毎日が忙しすぎるせいで忘れかけていたが、俺が中1になっているということは土宮神楽は今小学校5年生、諌山黄泉は中学2年生になっているということなのだ。
つまりこの時間軸は
原作の五年前、それは
要するに、悪霊との戦いで
気づけたからよかったものの、うっかりしていた。
影が薄かったためにおぼろげな人も多いかとは思うが、喰霊-零-の三年前の時点で土宮神楽の母親は死んでいるのだ。
むしろそれがあの物語のスタートである。
「問題は、それがいつなのかだな」
投げられた石がぽちゃんと静かな音を立てて池に沈んでいく。
この時間軸のことについてはほとんど喰霊-零-内でも原作内でも言及されていない。
いつ起こるのかについては本当にこの時間軸であるという情報しかない。
それに加えて敵の規模はどうなのかとか、あのメンバーがそろっていてなぜ土宮舞は死んだのかとか、そこら辺も全く語られていないのだ。
白叡を持った土宮舞に体術で諌山黄泉を圧倒した土宮雅楽、そして今この段階でも神童と呼ばれて一目置かれている諌山黄泉が居て、それでもなおかつ土宮舞は死んでいる。あまり考えていなかったが、これは少々まずい。
諌山黄泉は後から駆け付けた可能性が高いし、敵も予測出来てはいる。
喰霊-零-ファン共通の敵である三途河だろう。
たとえ殺生石があってもあいつさえ死んでいればあの悲劇は起きなかった。原作で九尾を利用して蘇らせた自分の母親に刺されて死んだときは、申し訳ないがガッツポーズをしてしまった程にはあいつが嫌いだ。
あのマザコンが嫌いという意見に共感してくれる人は多いのではないだろうか。
それはさておき、三途河は少なくとも土宮神楽の両親を退けている。
恐らくは退魔士の中でもトップクラスに入ると推測される二人を、だ。
それになんの対策もなしに向かっていくのは愚の骨頂である。
そのため久々に開かれた分家会議で何か情報を得られないかと思って、親父と大喧嘩してまで参加したのだ。
文字通り骨が折れる戦いだった。親父の。
残念ながら親父の骨を折ってまで参加した分家会議であったが、三途河に直接的に繋がる情報は得ることができなかった。まあ当然ではあるが。
ただ「殺生石」という名詞と、最近霊力場が不安定だという情報は手に入れた。
この二つは面白い情報だ。
一見大したことがないように感じるこの「霊力場が不安定」という言葉は、ニアリーイコールで「殺生石が関係している」と解釈できるため、間接的にではあるが三途河に繋がる情報として推理することができるのだ。
もしかすると、悲劇の開始が近いのかもしれない。
この情報を得ることができただけでも親父の肋骨を折ってしまった分の代価は受け取ることができたといって過言ではない。
「ただなあ」
いくら三途河に繋がるかもしれない情報を手に入れたとしても、俺が一人参戦した程度では戦況が変わらない可能性がある。多分だが、今の俺では三途河には敵わない。
17歳時点の諌山黄泉と18歳時点の諌山冥を楽々処理している相手だ。その時点の3年前と言えども、今の俺じゃ勝てないだろう。使いたい技術があっても、行いたい動きがあっても未成熟な今の俺の体では残念ながら自分が思い描くパフォーマンスにははるか遠く及ばない。
喰霊-零-時点の諌山勢を今の俺が退けられるかと問われたら正直結構厳しい。逃げ切れば勝ちという条件付きの撤退戦でならば何とかなるか、といった感じだろうか。3年後とかなら三途河を含めて話は全く別になると思うんだが……。
どうしたものか。
一応13年間三途河を倒すためだけに戦術とか練ってきたし、そのための動きも練習はしてきてはいるのだが。
ぽちゃん、ぽちゃんと次々に投げ入れられる石。
せめて、協力者が居れば―――
「―――小野寺凛さんですね」
池に石を投げ入れていると、後ろから凜とした声がかけられた。
ダジャレとかそんなものではなく、本当に優雅な声。
その声につられて思わず振り向く。
白銀の長髪に、透き通るように白い肌、そしてルビーを思わせる赤い瞳。桜の着物を纏い、背中に一本芯でも入っているかのような美しい姿勢で俺の後ろに立っている少女。
喰霊-零-では殺生石に一番最初に取り憑かれ、そして諌山を崩壊させた張本人。黄泉に家督を奪われ、その恨みから怨霊となってしまったある意味悲劇の人。
「諌山、冥?」
諌山冥がそこには立っていた。
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絡みとも言えないなこれ。
1話あたりの文字数を二倍くらいにしようか悩み中です。
私執筆速度遅くて。
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