喰霊-廻-   作:しなー

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遅くなりました。
約一か月かかり申し訳ない。
ちょっと難産でした。
今回はバトル回。


第8話 -新入り歓迎会-

「―――と、言う訳で新人の剣輔君です。俺と、実は神楽からの推薦なんで仲良くしてやってください」

 

「……どもっす」

 

 俺からの紹介で、弐村剣輔(原作主人公)はぺこりと頭を下げる。

 

 弐村剣輔。原作(喰霊)主人公であり、物語のまさに中核となる重要すぎる存在。

 

 170cmにまだ達していない体躯に、中学二年生らしく幼さの残る顔だち。少し長めの髪を顔の右側で分けて流したおしゃれな髪形をしており、端正な顔立ちと相まって10人いたら5、6人は間違いなくハンサムだと評するだろう。

 

 喰霊-零-だけを視聴した人にとってはなじみ深くなく、喰霊(原作)を見た人にとっては非常に親しみやすいキャラクターである、弐村剣輔という男。

 

 喰霊の主人公であり、後々に神楽の護衛としての役割を担うことになる原作(喰霊)の最重要キャラクターの一人だ。他にも追儺などというキャラクターに関連させて話さなければならないことがいろいろあるが、今回は省略しようと思う。

 

 性格は常にクールながらも誰かのため(特に神楽のため)には身の犠牲もいとわない熱血な性格で、冷静で落ち着いているように見えるがいざ熱くなると勇気ある行動をとれるという、いかにもな主人公じみた男である。と、いうより主人公である。

 

 寡黙ではあるが暗いというわけではなく、個性的な喰霊世界のキャラクターのせいでツッコミ役に回ることが多い。この主人公を嫌いだという読者はあまりいないのではないかと思わせるすっきりとしたキャラクターだ。

 

「ほら剣輔。お前からも挨拶」

 

「うっす。えーと……。弐村剣輔です。一応剣道やってます」

 

 振られて自己紹介を行うが、自己紹介は苦手だと言っていたのがよくわかる。俺も苦手だが、それ以上に苦手な奴が頑張って緊張しながら自己紹介をしたのだろうと一目でわかる自己紹介だった。

 

 とはいえ仕方がないだろう。

 

 隣に立つ俺はともかく、椅子に座りながらこちらに笑顔を向けている神楽に、慈愛に満ちた微笑みを湛えた美人の姉ちゃん、筋骨隆々の三人組、車椅子に座った美人さんとそれを押すクールビューティー、そして狐を乗せた謎の男にスーツの似合う短髪の男。

 

 全員が前線に立つ退魔師で、尚且つベテランと呼べる人達だ。そのうちの二人なんかは時の人と呼べるレベルで周囲の認知度が高い超有名人だ。緊張も当然といえる。

 

 実を言うと、こいつを対策室に誘うつもりは毛頭なかった。いや、正確にはほとんどなかったというのが正しい。

 

 どこで会えるのかもわからないし、今の神楽未満の戦力を対策室に勧誘したところで戦力にならないどころか、むしろ足手まといになられる可能性が高い存在なんてどうして誘う必要があるのだと思っていたからだ。

 

 だが、この前神楽の食べ歩きに付き合わされていたとき、本当にたまたま、何の偶然かと思わされたが本当に偶然にこの男が低級の霊に付きまとわれているところに遭遇した。

 

 喰霊-零-ではそんなシーンないはずなのだが、明確に殺意を持った霊に剣輔が追われていたのだ。

 

 多分あの程度ならあいつ一人で退治できたはずだし、それをわかって剣輔もその霊をスルーしていたと思われるのだが、お人好しな神楽が剣輔を助けることを提案。

 

 断る理由がとっさに浮かばなかった俺は仕方なく神楽の案に乗って剣輔を誘導し、人気のないところで除霊を行ったのだ。

 

 その結果、何故か神楽が剣輔を気に入ってしまい、万年人手不足である対策室に推薦することとなってしまった。

 

 剣輔ほどはっきり霊が見えている人はかなり稀有であり、全国を探してもそのクラスの霊能力者ならば間違いなくこちら側についているはず、というレベルなので、室長も二階堂桐も囲い込んでおきたかったらしく、あっさりとその提案が受理されることとなったのだ。

 

 これが剣輔がここにいる一連の流れである。

 

 その後、対策室の面々にも自己紹介をしてもらい、俺と神楽が剣輔と遭遇して推薦するに至った経緯を説明してひとまず顔合わせは一段落した。

 

 ナブーさんの意味不明さや、岩端さんのストライクゾーンに剣輔が乗っていることが判明したり(ちなみに俺は全くそういう対象として見られていない)、桐さんの毒舌が牙をむいたりといろいろあったが、特筆すべきところは特にないのでここは省略しておこう。

 

 彼女はいるのかとか、姉ちゃんは美人かなどという質問をして(後者は主に桜庭さんがだが)剣輔のプライベートなことを一通り聞き終わった後、剣輔の今後の扱いへと話がシフトする。

 

「それで配置なんだけど、これから剣輔には主に黄泉のバックアップありで前線に立ってもらおうかと思ってる。神楽を前面に出して、そのバックアップを剣輔にお願いしつつ俺と黄泉が更にバックアップするって感じ」

 

「そろそろ神楽を前面に出していきたいけど一人で立たせるのは不安だし、凛や私がフォローするのは過剰だろうからちょうどいいかなって。腕前もそこそこだったし、少し鍛えれば十分戦力になるわ」

 

 頑張ってね、とほほ笑む黄泉。俺は剣輔と直接やりあったことはなく、神楽と少し打ち合っていたのを見た程度なのだが、黄泉は手合わせをしたことがあるらしい。

 

 黄泉のお墨付きを得るとは流石原作(喰霊)主人公。喰霊ではそこまで実力があると記述されていないが、飯綱紀之には「筋がいい」と言われているし、何だかんだ鎌鼬や天狗、九尾などの強敵を葬っているため、センスはいいのだろう。

 

 ……やられたら黄泉や俺でもきついかなりのチート技も1個もってるしな。

 

「えー。私一人でもできるよ!」

 

「我儘言わないの。本当ならまだ前線に立つのだって私は反対なのよ?」

 

 文句を言い始めた神楽に、宥める様にそう語りかける黄泉。

 

 神楽の実力はもう十分だとは思うが、なかなかに黄泉は過保護だ。カフェでこの前色々と話したが、黄泉としてはまだ前線に立って欲しくはないらしい。

 

「凛ちゃーん。黄泉が頑固ー」

 

「諦めろ神楽。ああなったら黄泉は聞かないよ」

 

 黄泉が淹れて手渡してくれたコーヒーに口をつけながらそう告げる。

 

 さらっとこういうことをするあたり女子力が高いのだが、違う女子力(心配性なオカン的な意味)もかなり高いのか、神楽のことになるとかなり過保護になりすぎる傾向にある。

 

 俺も数度説得しているのだが、残念ながら効果はなかった。あの世界線と違って(かなり無茶させても大丈夫な男)がいるせいなのか、神楽に対して原作なんて比じゃない程慎重な性格になっているように感じる。

 

「剣ちゃんは最初から前線なのに!それなら推薦しなきゃよかった!」

 

「それはそれでどうなのよ。……てか剣輔の前線投入こそやめろと俺は言ったんだけどね」

 

 実は剣輔を前線に投入しようと言い始めたのは黄泉だ。多分俺が言い出したことだと思う人が多いと思うのだが、実は黄泉が剣輔をいきなり前線にぶち込むことを進めてきたのだ。

 

 俺も提案しようとは思っていたのだが、黄泉や俺のバックアップがつくとはいえ最初から前面に立たせるのはどうかと思いその案は却下した。しかしながら室長たちが「男の子だから大丈夫よ」との謎理論で武装する黄泉に賛成し、可哀そうにも前線投入が決定したのだ。

 

「最初から前線投入たあお前も災難だな。諌山、あんま凛と普通の男子を同列に見てやんなよ?この狂犬と同じに扱われたら普通の人間は壊れるぞ」

 

「失礼ね。いくら私だって剣輔君を凛と同列に扱ったりなんてしないわよ!……男の子の基準が凛になっちゃってるのは認めるけど」

 

「凛が基準とは剣輔君も可哀そうだ。ほどほどにしてやれよ?黄泉」

 

 カズさんと紀さんからそう釘を刺される黄泉。

 

 人のことを何だと思ってやがると言いたくなるところだが、体調を崩した黄泉と神楽のために二日くらい寝ずにお勤めをし続け、俺には黄泉たちより結構無茶な振りをしてくる室長から出勤停止命令を食らってしまう程にはワーカーホリックだし、仕方ないかもしれない。

 

「とりあえず改めてよろしくな、剣輔。何か心配事があったら俺、岩端にいつでも相談してくれ」

 

「……よろしくお願いします。正直この時点で不安なんだけど……」

 

 不安げにぼそりと呟く剣輔。

 

 正直俺としても素人を前線投入するのは不安なのだが、三途河戦に向けてさっさとこいつにも強くなってもらわなきゃならないし、多少の荒療治は必要か。

 

「それで今日は俺何をすればいいんですか?動ける服装で来いって黄泉さんから言われてるんで、ジャージは着てきてるんですけど……」

 

 その声を聴いて俺も剣輔に目線を向ける。

 

 確かにジャージ姿だ。こういった初顔合わせだし、制服でも着てくるのかと思いきや今からランニングにでも行くかのような格好だなあとの感想を抱いた覚えがある。

 

 まさか黄泉の指示とは。この後実戦訓練でもするのだろうか。六本木のあたりに低級の霊が巣食ってたはずだし、そこだろうか。 

 

「それは今から説明するわ。……室長、お願いしてあった件はどうなっていますか?」

 

「ばっちりよ黄泉ちゃん。ちゃんと確保してあるわ」

 

「30分後から貸し切れるようセッティングしてあります。今から準備をして向かえば丁度かと」

 

 ……?貸し切り?別にパーティーをやるわけではないだろうに、なんでこれまた。

 

 この後何をするつもりなんだこの女性陣たちは。俺も何も聞いてないぞ。

 

「何するつもりなわけ?」

 

「あら、凛には話してなかったっけ?新人が入ってきたらやることなんて決まってるじゃない」

 

 そう言って剣輔に微笑みかける黄泉。

 

 一見するとただの美人女子高生が中学男子に微笑みを向けているだけなのだが、その笑顔に俺はかーなーり見覚えがあった。当然、このシチュエーションにも。

 

「――そう、対策室恒例の新人歓迎会に決まってるじゃない」

 

 やはりというべきか。俺も経験したことのある展開だった。具体的には二年前ぐらいに。今でも忘れはしない。俺が狂犬とか呼ばれるようになったあの一件である。

 

 ……恒例なのかあのイベント。間違いなく前例は俺だけだが。

 

「相変わらずだな黄泉は。程々にしてやれよ?」

 

 土宮舞と同様に、俺のプランの中で全く想定していなかった嬉しい誤算の一つが剣輔だ。有効に活用できれば今後の展開が少し楽になる。

 

 鍛錬には一切手を抜かない黄泉のことだ。やりすぎることはないだろうが、下手に厳しくして剣輔が黄泉に苦手意識を持つのは避けたい。

 

 これでも俺なりに剣輔の調きょ……訓練プランは考えているんだから出来れば崩したくない。こいつに無茶させるのはもう少し先の予定なのだから。

 

「何を言っているの凛は。部外者みたいな言い方して」

 

「は?」

 

 剣輔の身を案じて黄泉にクギを刺すと、部外者面するなと逆に指摘される。

 

「凛もやるのよ、当り前じゃない。凛は剣輔君と戦ったことないでしょ?」

 

「確かにそうだけど、え?俺がそれやるの?まあ言うなら戦ってるところを見たことすらないけどさぁ」

 

 身体の出来具合などから殆どどのくらい戦えるかの予想はつくが、よく考えれば直接戦闘しているところを見たことがなかった。

 

 確かにこの機会に剣輔の詳細な実力を知っておくのは悪くないかもしれないが、当事者に了解も何もなく戦闘の準備をしているのはどういったことなのだろう。

 

「なら丁度いいじゃない。ほら、さっさと準備しちゃいましょう」

 

 女王様(黄泉) の言には逆らえないか、と思い立ち上がろうとすると、神楽と黄泉がそれぞれの得物(今回は訓練用の木刀)を持って立ち上がるのが目に入る。

 

 そしてそれに伴って「どっちが勝つかね」などと言いながら次々に部屋を出て行く対策室の面々。

 

 ……何かがおかしいぞ。

 

「ちょっと黄泉さん。俺、まだよく把握できてないんすけど、俺と凛さんが戦うんすよね?」

 

「黄泉、俺も正直展開が読めてないぞ。なんで俺と剣輔の試合なのにお前らが帯刀してんだ?」

 

 剣輔と俺のバトルであるならば、黄泉と神楽が帯刀をする必要は皆無だ。剣輔と意見が合致するのも当然だろう。

 

 その俺達の疑問に対して、黄泉と神楽は「こいつ何言ってんだ?」と言わんばかりの表情を浮かべて困惑する。

 

 いや、困惑してえのはこっちだよ、と剣輔も思っているに違いない。宴会で出し物をするのに、その出し物自体をすることを教えられていないのに等しいのだ。そんなんアドリブ力が幾らあったって無理だよ、お前ら。

 

 そんな困惑に困惑で返している俺達2人を相手に、目の前の美少女2人は朗らかに答えあわせを行った。

 

「そりゃ凛ちゃんと私はチームだもん。私が丸腰じゃ黄泉相手に辛すぎるでしょ?」

 

「凛と剣輔君、じゃなくて、”凛と神楽”と”私と剣輔君”が戦うのよ」

 

 ……チーム戦とか。ほんと、初耳です。

 

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「―――始め!」

 

「っ!」

 

 その号令と共に剣輔は凜に向かって駆けだす。

 

 剣輔と黄泉、そして神楽と小野寺凛がそれぞれチームを組み、相対している。

 

 当然剣輔、黄泉、神楽は己の武器である日本刀を模した木刀を所持しており、自らの武器と同様の形をした得物で戦闘に臨んでいる。

 

 唯一小野寺凛だけがゴム弾を使用した拳銃のみで参戦しており、戦力的に明らかに勝る凛・神楽のグループと剣輔・黄泉グループの間での差を縮める役割を担っている。

 

 この戦闘において、完全に剣輔は格下。それはこうして相対した瞬間にわかってしまった。

 

 相手は飛び道具を持っていること、自分が格下であることを踏まえて剣輔は凛に向かって駆け出した。

 

 格下が防御に回るのは不利であること、2mしか離れていないといってもそれは刀の距離ではないためにまず近づいて攻勢に出るのが先決だと考えたのである。

 

 幸い相手はホルスターから銃を抜いてすらいない。この状態なら俺が速い―――

 

「がっ……!」

 

 そう思った瞬間に胸に走る痛み。大したことはないが、それでも何かがかなりの勢いでぶつかったことが手に取るようにわかる一撃だった。

 

 少しふらついて後ろに下がる。流石に火薬が抑えられたゴム弾と言えども直撃すればそれなり以上には痛い。とっさに胸を抑えてしまう。

 

 後退する際に目に入ったのは既にホルスターから銃を取り出して俺に向けている男の姿。

 

―――いつ抜いたんだよ……!

 

 痛みに耐えながら、刀を構えなおす。いつ抜いたのか全く分からなかったが、どうやら撃たれたらしいと剣輔はあたりをつける。

 

「銃相手にできる限り距離を詰めるって選択は悪くない。ただ、銃口から目をそらしちゃだめだぞ」

 

 そしてまたいつの間に接近したのかわからないうちに接近され、人の好さそうな笑みでそう語り掛けてくる凜さん。

 

 一見すればただの好青年が浮かべる笑みだが、この状況だと狩りを楽しんでいる性悪が浮かべるえげつない笑みにしか見えない。

 

「くそっ!」

 

 感情に任せて木刀を振るう。型もへったくれもないスイングのような一撃を繰り出してしまう。

 

 だが当然ながらそんな一撃が当たる訳もなく。木刀での一撃は軽々と避けられてしまう。

 

「剣輔君!」

 

 体勢を崩した剣輔に何かしようとしていた凜に向かって黄泉が肉薄する。そのまま全国の剣道有段者が泣き出すような切れのある剣技を繰り出す黄泉。

 

 武の端くれにあるものとして黄泉や神楽の剣閃は憧れるものがある。あれだけ綺麗な一撃を繰り出せるまでに俺はどれほどかかるのだろうか、と剣輔は思わずにいられなかった。

 

 その剣閃をこれまた惚れ惚れするようなステップで躱す凜。簡単そうなステップなのに何故かリズムが掴み難く、黄泉もいまいち攻め切れていないのがわかる。

 

「ちょ、神楽!ヘルプ!この装備で黄泉はまずい!」

 

 とはいえ凜の武装は拳銃一丁のみ。多少普通の拳銃より頑丈ではあるが防御に使用できるものでもなく、また小野寺の霊術も縛っているため、黄泉の攻撃を防ぐ手段はただただ後退するか回避するのみ。

 

 バックステップなどを使用してタイミングを崩したり、ペースが掴み難いステップを繰り出しているといってもそれには限界があるようで、いつもにこやかに笑っているとの評価を受けることが多い凛が、本気で焦った顔をしながら回避していた。

 

「はいよ凜ちゃん!」

 

 凜の言葉に答えて、今まで静観していた神楽が黄泉の前へ踊り出る。

 

 目には目を歯には歯を、剣には剣を。

 

「ここからは私が相手だよ!黄泉!」

 

「来たわね神楽。凜のずるっ子ー。一対一の勝負から逃げるんだー」

 

「いや拳銃相手に正々堂々を求めるなよお前は」

 

 体勢を崩している自分にすかさず剣輔が近づこうとしているのを見つけた凜は拳銃を向けることでそれを制する。

 

 乱戦において拳銃などの重火器は使い場所を選ばなければならない。何故なら味方への誤射を絶対に防がなければならないからだ。だから乱戦で銃を使うのは愚策とも言える。

 

 だが乱戦において銃が活躍することもある。絶対に味方に誤射しない自信があり、尚且つそれだけの腕が本当にあれば、乱戦において銃は意識外から突然自分の命を狙う凶器と成り得る。

 

(なら俺はあの人を止めてればいい……!)

 

 そう剣輔は判断し、銃の焦点を絞らせないように凜へ向かって走り始める。

 

 自分が神楽と凜を相手にして長く持つ可能性があるのはどちらか。普通に考えればそれは凜だ。

 

 どちらも剣輔の力が及ばない存在であることには違いないが、自身のほぼ全力を出せる得物を持った少女と、明らかな縛りが加えられた凜とを比較したら明らかに凜の方が戦いやすい。

 

 黄泉にサクッと凛を倒してもらうのが一番早い方法ではあるが、その前に神楽に倒されてしまいそうなため、こちらのほうが正しいように感じたのである。

 

 それがこの状況において本当に正しいか剣輔には判断できないが、そう考えるのが妥当だと直感的に導き出したのだ。

 

 剣輔は凜に切りかかる。非常にいい速度の一撃だが、目の前の男は下手をすると数ミリ単位の距離でその攻撃を回避する。

 

「ッ……!この!」

 

 内心で驚きながらも熱くなりながらも冷静に。自分の習ってきたことを着実に繰り出す。

 

 身体の調子は悪くない。どころかむしろ良いくらいだ。だが当然のように避けられる。

 

 鼻先を数ミリ単位で、剣輔や観客から見れば当たったと思わされる程の単位で見切られる。どこを狙ったとしても全く同じく、最大でもcmに達しないレベルの見切りを続けられる。

 

(何なんだこの人……!)

 

 自分の剣が完全に見切られて自信を無くしたためにこのようなことを思っているわけではない。小野寺凜の動きがあまりに有り得ないから剣輔はそう思ってしまった。

 

 普通剣での一撃など見切れるものではない。プロの世界ならば剣輔程度の剣を見切れる存在が居るかもしれないが、それでもミリ単位で躱せる、しかも躱し続けることが出来る人間はいないと断言できる。

 

 そんなもの、発射された銃弾を見切って回避するのとなんら遜色のないレベルだ。

 

(化け物かよ……!)

 

「……驚いた。こんなことしといてなんだけど、凄く筋が良い。二年も本気で鍛えれば化けるぞお前」

 

 本当に驚いた表情を浮かべながら凜はそうこぼす。本心からの言葉ではあったが、残念ながらそれは剣輔の耳には届かずに空に消える。

 

「けどまだ甘いな。丸腰の相手に余裕を与えてるようじゃまだまだだ」

 

 繰り出された剣輔の小手への一撃を悠々とかわすと、あらぬ方向へと銃を構える。

 

(何だ?この人は何をして―――)

 

 瞬間、剣輔は理解する。その方向は適当に狙っているわけではなく、自分の意識外にある二人の方向を向いているのだと。

 

「……黄泉さん!!」

 

 攻めの手を緩めずに声を張り上げる。間に合ったかどうかはわからない。だが声をかけないことは明らかな愚策だ。

 

 同時に響く銃声。人間には見切ることが不可能な速度でそれは空を切って飛んでいく。

 

 銃弾を人間が見切ることは可能だろうか?

 

 答えは否。動体視力を徹底的に鍛えぬいたプロ野球選手ですら相手ピッチャーが投げる球を完全に見切れるわけではないのだ。もし全て完全に見切れる選手などが居れば打率は10割に近しくなるだろう。

 

 そう、ボクシングの頂点に立つ人間や他のスポーツの最上位に位置する人間ですら、人間が生み出す速度を完全に見切ることなど不可能なのだ。

 

 それなのになぜ人間がそれらよりも遥かに速い速度を生み出す銃弾を見切ることが出来るのだろうか。そんなことは不可能だ。

 

「まあ、普通なら、って枕詞が付いちゃうんだけどね」

 

 ひゅん、と音を立てて頬を何かが掠めていくのを凜は知覚する。それと同時にほほを伝う赤く熱い液体。完全によけたつもりだったが、皮一枚分計算を誤ってしまったらしい。

 

 ぐいっと流れてくる血を拭う。剣輔には何が起こったか分かっていないだろう。神楽も完璧に理解していないかもしれない。

 

 今行われた一連の流れを瞬時に理解することができたのはこの場で凜と黄泉だけだった。

 

(―――嘘だろ?) 

 

 二人に遅れて剣輔はようやく理解する。

 

 剣輔が凜が銃を放ったはずの方向を見ると、そこには刀を振りぬいた状態の黄泉が平然と佇んでいたのだ。

 

 その佇まいはとてもゴム弾を撃ち込まれた女には見えない、と剣輔は思う。そして、同時に察した。

 

 何度目の驚愕だろうか。目の前の男(小野寺凜)が異常だと思っていたが、この女(諌山黄泉)も大概以上だ。

 

 いくら本物の銃よりも速度で劣るとはいえ、銃弾を刀ではじき返すことが人間に可能なのか―――?

 

「剣輔君ぼさっとしないの!神楽も!」

 

 黄泉の一閃に見とれていた剣輔(味方)に喝を入れ、同じく見とれていた神楽()にも発破をかけて黄泉は駆けだす。

 

「嘘!?俺!?」

 

「そうよ凜!久々に本気で戦いましょ!」

 

 黄泉は凜に切りかかる。

 

 流石というべきその太刀筋。健介よりも鋭く、速く、そして重い。

 

 剣輔の攻撃をミリ単位で躱すという神業を行っていた凜も黄泉の攻撃は本気で躱しており、ミリ単位での回避などという余裕は欠片もなく後退している。

 

「てめ!本気かよ!」

 

「言ってるじゃない。(そんなもの)捨てて本気で来なさい、凜!」

 

 無理な体制で突きを躱した凜に、黄泉の膝が炸裂する。

 

 しっかりとガードをしてはいるが、その威力にガードした手は痺れ、凜の顔が僅かに歪む。

 

 重い一撃だ。先ほど戦っていた神楽にもこんな攻撃はしないだろう。

 

 とっさの判断で銃口を黄泉に向け、間髪入れずに即座に発射する。構えてから発射までの時間を何度足し合わせれば一秒に達するだろうかと思うほどの速撃ち。

 

 狙いは完璧。距離も近いから回避も困難。

 

 避けることなど不可能だ。これを避けるなど正気の沙汰ではない。

 

 だが、目の前の少女はそれ以上のことをやってのける。

 

 ゴム弾の威力がそこまでではないこと、黄泉が持つ木刀が市販品よりは耐久性があることを利用して、木刀の刃部分でゴム弾を受け止める。

 

 対象に対して直角ではなく鈍角に接触したゴム弾は、少しの衝撃を黄泉の木刀と腕に残して本来辿るべきだった軌道を逸らされ彼方へと飛んでゆく。

 

 真剣と鉛玉ならこうはいかなかったであろう攻防戦を、本番とは全く違うシチュエーションを利用して巧みに回避する黄泉。

 

 その応用力と戦闘スキルには凜も素直に舌を巻かざるを得なかった。

 

「……流石!」

 

「どうもっ……!」

 

 次いで振り下ろされる刀を、凜は何とかして受け止めなければならなかった。

 

 バックステップを行って距離を離しながらこの一撃を放ったために体は完全に後ろに流れてしまっている。

 

 態勢を立て直して刃を避けなければならないが、それをするには時間が足りなすぎる。

 

 小野寺の術さえ使えれば直ぐにでも持ち直せるのに、と思ってしまうが、この試合中は使わないとの縛りを加えているのだ。まさかそれを破るわけにはいくまい。

 

 心なしか、先ほどよりも黄泉の一撃は遅くなっている。無理に攻撃を繰り出しているのか、何かしらを狙っているのかは定かではないが、凛にとって好都合なのは間違いがない。

 

 振り下ろされる木刀を凝視し、銃のグリップで迎え撃つ。

 

 頭から股までを一刀両断されてしまいそうな錯覚を感じさせる一撃を、真横から弾き飛ばす。グリップを合わせ、叩きつけることで自分の身体に恐るべき威力を孕んだ物体が接触するのをなんとか避ける。

 

 神業と言って差し支えないその技。その証明に、周りからも感嘆の声が漏れ聞こえる。

 

 だが、相手は神童と呼ばれる少女だ。その程度で隙を見せるはずがない。

 

 再度凛は銃を構える。手加減なんて欠片もしている暇はない。それどころか自分がされているくらいなのだから、むしろ殺しに行くくらいの心構えでなければやられてしまう。

 

―――悪いけど……!

 

 狙うはこめかみ。ゴム弾とはいえ当たれば気絶を免れない可能性の高い部分。

 

 どういう訳かわからないが、先ほどから黄泉は本気だ。本気でこちらを打倒しに来ている。ぎりぎりで避けたからいいものの、当たったら無事では済まないのではないかというコースを軽々と狙って繰り出してくるのだ。

 

 生半可な気持ちで黄泉と相対していてはダメだと凛は判断する。この一撃で沈めるくらいの気概を見せなければ大怪我をさせられる。

 

 狙いなどつける必要はない。撃ちたいと思った所に銃を持っていけば中てられる。

 

 そう思い、凛は引き金を―――

 

「甘いわね」

 

 同時に響く衝撃。見れば黄泉の木刀の柄頭が銃口部分をしっかりと抑え込んでいた。

 

「っ……!まっず……!!」

 

 しっかりと腰の入った状態で柄頭に抑え込まれる銃口。

 

 銃口部分に物が詰まった状態で銃を撃つとどうなるだろうか?答えは簡単。その詰まったものが銃弾の威力でもってしても破壊できないようなものである場合、暴発するのだ。

 

 正確には腔発(こうはつ)と呼ばれるそれ。異常高圧になった銃の筒部分が破裂したり、弾倉が炸裂したりなど、鉄の塊を破裂させるほどの威力を持つ。

 

 今回はどうか。黄泉の木刀により完全に弾の出口が塞がれている。

 

 とはいえ、このまま撃って腔発が起きる可能性は少ないだろう。100%銃口が塞がれているわけではないし、黄泉の木刀がはじかれる可能性だって十二分にあるわけだし、そもそも拳銃で腔発は滅多に起こるものではないからだ。

 

 だが、

 

「―――ふっ!」

 

 トリガーにかける指の力を弱くした瞬間、凛の手から拳銃が弾き飛ばされる。

 

 一瞬の逡巡を起こしうる程度には考慮しなければならない可能性だった。万が一それが起こったとして、こんなところでまさか手を失う必要はないのだから。

 

「そこまで!」

 

 そして、そこで試合終了のコールがかかる。

 

 無駄に広い修練場の中に、神宮司菖蒲の優しいのに威厳がある声と、小野寺凛の手から弾き飛ばされた銃が地面に叩きつけられる音だけが響き渡り、この交流戦は終了した。

 




※詳しいあとがきは活動報告にて。
剣輔君登場回なんですが、輝いてたのは黄泉という。
ちょっと急ぎ投稿なので改定はいると思います。

あと一つ
「凛って神楽とか黄泉みたいな女性陣に好意を抱かれないのはおかしい」との疑問をいただきましたが、理由があってわざわざそう書いてるので心配なさらず。

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