喰霊-廻-   作:しなー

45 / 78
遅くなりました。
対策室の話の続き、ではなかったりします。

前回までのあらすじ

土宮舞にリハビリの約束を交わし、剣輔も仲間となった。
しかし黄泉と紀之の喧嘩は激しくなる一方。室長の仲介で収まったはいいものの……。




第11話 -運命と偶然-

『凛、そっちはどうだ?』

 

「ばっちりですよ。観測地点としては上々ですね」

 

『りょーかい。それじゃあ、そこでしばらく待機しててくれ』

 

「承知しましたー。……本部の方、何度も言ってますけど、これ本当に俺必要あります?カズさん達だけで大丈夫でしょ」

 

『本部二階堂です。結論から言うと、あなたの離脱は認められません。万が一にも二人が本気で戦闘を始めたとき、止められるのは貴方だけなのですから』

 

「いや、そう言いますけど、そんな喧嘩しないでしょうに……。まさか桐さん、自分が恥ずかしい役回りをするのに、俺が待機なのはおかしいとか、そんな意味不明理論で道連れ作ってるわけじゃないでしょうね?」

 

『……ターゲットが来ます。私語は慎むべきかと』

 

「な、てめえ!冗談で言ったのに図星なのかよ!スリーサイズばらすぞコラァ!」

 

『!!小野寺凛、何故貴方が知って―――』

 

『二人ともうるさい!作戦中なんだから静かにしてよ!』

 

 無線越しに聞こえる二階堂桐の声に対して断固たる抗議を送っていると、神楽からの怒声が入る。

 

 無線の声は一方通行であるはずなので、なぜ神楽の声が入ったのか不思議ではあるのだが、ともかく怒られてしまったからには一度黙るしかない。

 

 ……ここまでで大部分の方がお気付きかとは思うが、現在喰霊-零-の五話でお馴染みの紀之と黄泉をくっつけよう大作戦の真っ最中である。

 

 昼下がりの公園。生徒や学生なら学校が終わって友達と遊びに行き始めるような、そんな時間帯。そんな中で俺たちは二人の恋愛事情に口どころか色々余計なものまでだすという蛇足にも蛇足過ぎる行為を行っている。

 

 おおむね原作どおりに進んではいるが、あえて違いを述べるならば、まず神楽が一発目に黄泉を襲う役として指定したのが俺であることと、この場に俺が居ることだろうか。

 

 そんなささいな変化くらいで、大きな流れの変化は存在しない。少々拍子抜けなくらいだ。

 

 なので原作以上の流れは見られないだろうと、今回は趣味の喫茶店巡りをすべく作戦の参加を拒否したのだが、神楽と何故か二階堂のせいで参加することになってしまったのだ。

 

 ・・・・・・桐さんのスリーサイズは本気でばらす所存である。俺と桐さんは結構仲が良かったりするが、まさかほんとにあんな幼稚な理由で作戦に加えられていたとは。

 

 どうせあの二人は俺らの介入がなくてもうまくやるのだから、今回の作戦がまるごと蛇足だ。それなのに訳のわからない理由で俺を使ってくれた桐さんには報いを受けてもらおう。いつも室長と共に無茶ぶりをしてくることのお返しをここでしてもなんら問題はあるまい。

 

 

 ……さて、そろそろ開始時刻か。

 

 先程からしっかりと紀さんの姿は目に入っている。原作通り、絶対座りにくいであろう椅子?に腰かけて本を読んでいる。絶対尻の骨が痛くなると思うし、あんなん格好つける以外に座る意味がないと思うのは俺だけだろうか。

 

「―――それじゃあ、作戦開始よ」

 

「二階堂桐、でます」

 

 無線越しに響く二人の声。ちらりと目線を向けると着飾った桐さんが紀さんのところへと歩いていくのが目に入る。

 

 うむ、全くもって原作通りだ。

 

 片手に持った缶コーヒーをすすりながら、少し離れたベンチに座ってその光景をぼんやりと眺める。

 

 今回俺に与えられている役割は遊撃。二人にばれないように臨機応変に動いて何らかの事態に対応をしろとのことだ。

 

 とはいえ原作でも遊撃が必要な場面などなかったし、いざとなったら神楽が飛んでいって泣き真似をしてくれるだろう。つまりは今回俺の出番は無し。

 

 本来なら何かあったときに動かなければならないのだろうが、別に俺が動かなければならないような状況は起きないとわかっているのだから気楽な役である。

 

「……本でも読むか」

 

 持ってきているカバンから本を取り出す。

 

 最近黄泉から勧められた、頭を空っぽにして読める系の恋愛携帯小説ものを借りて読んでいるのだが、これがなかなかに面白いのだ。

 

 スイーツ(笑)などといってよくバカにしていたものだが、流石女子高生の間で爆発的な人気を有しているだけはあるのだろう。

 

 時間の無駄だったと思わされるものも多数あるが、物によっては普通に感動させられて黄泉と語ることもしばしばだ。携帯小説は捨てたものではない。馬鹿にしている大人たちにも是非読んでほしいものだ。先入観で面白さと価値を決めてしまう輩も多いだろうが。

 

 ちなみにだが、黄泉がこういったものを読んでいたのは多少意外だった。

 

 神童だのなんだのと言われていてもやはり彼女は女子高生なのだなあと思わされた。そして、大人たちは彼女に年相応以上の姿を求めすぎているのだと、その瞬間に自覚させられた。

 

 自覚させられたと言っていることからわかるとは思うが、実の所それは俺も一緒で、これだけ近くにいるのに、彼女に理想像を重ね合わせてしまっていたのだ。

 

 彼女は確かに立派な人間だが、これは俺が反省すべきことだと思う。彼女はあくまでティーンの女の子で、完成された大人ではないのだ。頭ではわかっていたつもりだが、意識できていなかった。

 

「ま、それはいいか」

 

 俺の前ではあいつも年相応の振る舞いをするし、ほかの大人と違って俺はあいつにそこまで大きな期待を抱いていないからな。

 

 あいつが堕落すれば大人達は掌を返すだろう。当然、そうならない様に支えることが俺の使命ともいえることだが、別に堕落してしまったとしても俺の立場は変わらない。相変わらずあいつの味方でいるつもりだ。あいつがどんな選択をしようとも、俺は友達として、同僚として、そして弟的な立場からあいつを支えようと思っている。

 

「どこまで読んだっけ。確か妹が衝撃発言をして母親にぶっ叩かれたところまでだったか?」

 

 神楽の馬鹿が俺の栞を移動するという地味にむかつく悪戯をしてくるせいで、どこまで読んだかわからなくなってしまった。

 

 内容として覚えているのはそこら辺までだ。そんな文字列がある所を追ってページをめくっていると、体にピリッとした感覚が走った。

 

「……!?」

 

 体に走る不思議な感覚。別に痺れたという訳でもないし、ましてや電流を流されたわけでもない。

 

 気が付けたのは本当にたまたま。どこもおかしくないのに、なにやら感じる不思議な違和感。それがこの電流みたいな感覚の正体だ。

 

 俺は普通の人間に比べて、いや、黄泉たちに比べても感覚がだいぶ鋭敏だ。彼女らが気が付けないような匂いやその他諸々に気が付くことが出来たりする。

 

 それは経験の多さによることも多いのだが、今回は俺であっても、多分このベンチに座って本を読もうとしなければ気が付けなかったろう。

 

 そしてそれに加えてこれは多分―――

 

「これってあの時の……」

 

 本を置いて俺は立ち上がる。

 

 見覚えがある。いや、見覚えという言葉はおかしいか。

 

 感じ覚えとでも言えばいいのだろうか。この感覚、二つあるこの違和感を俺は覚えている。

 

 一つは何度も、つい最近も室長たちとの実験で味わっている感覚。

 

 そしてもう一つは、何年か前、冥さんと一緒に三森峠に行った時に感じた違和感。目の前にあるのに見つからない、意識できないという違和感だ。

 

 目をいったん閉じてから、ベンチの後ろの空間を眺め見る。

 

 ()()()()()()()()()()()()なんて別にいつも気にしないが、今回は殊更意識をしていなかった。 

 

「―――やあ。来てくれると思ったよ。なんでそう思ったのかは僕もわからないんだけどね」

 

「……三途河」

 

 そう、ベンチの後ろには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だが、俺は全くそれを意識できていなかった。知識で知っていたし、目撃しているはずなのだが、それでも改めて意識しなければ気が付けなかったのだ。

 

 俺が、黄泉をして「野生動物」とまで言わしめる感覚を持つこの俺がである。

 

 ベンチに腰掛ける白髪の少年。これだけ目立つ人物を俺は見落としていたのだ。

 

 俺に向けているのは背だが、それでもこの存在感と、違和感が俺にこいつが誰なのかを明確に教えてくれる。

 

 俺に背を向けた状態でベンチに座っていたのは、俺の思った通りの人物。

 

 三途河カズヒロ。俺が、なんとしてでも殺すべき対象。

 

「おっと、そんなに殺気立たないでくれよ。君と会うからには武装をせざるを得ないけど、本当に戦う気はないんだ。それに、こんな昼間から目立つようなことをするつもりかい?」

 

「別に俺は構わないぞ。ここは環境省のお膝元だ。なにかあっても揉み消してくれるさ」

 

「君は本当に一貫してるんだね。無抵抗の相手を切ろうとすることに抵抗はないのかい?」

 

「愚問だな三途河。武士道だの騎士道だのからはかけ離れた存在なんだよ、俺は」

 

 そういいながらも俺は殺気を納める。

 

 怖じ気づいたとか、そういうわけでは決してない。本音を言うならば今すぐにでもこいつに切りかかって殺してやりたい。

 

 こいつは明確に俺の敵だ。俺の大切な人の親を殺しかけ、それに留まらず俺の周りに手を出そうとしている。

 

 それを決して許すわけにはいかない。俺はこいつを殺して平穏な日常を保たねばならないのだ。

 

「……ホント、今すぐ切りかかりたいのが本音なんだが」

 

「配慮痛み入るよ。君に飛び掛かられて無事でいられる保証はないからね」

 

「……よく言うぜ。こんだけ罠しかけといてぬけぬけと」

 あたりを見渡す。何故さっきまでの俺は気が付かなかったのだろうと思わされる程多量にある、ぱっと見ただけでもわかるかなり危険な霊的罠。

 

 下手をすれば十では済まない数が仕掛けられている。慣れている人間なら、ここに飛び込むのがいかに危険か一瞬で察知できるだろう。

 

 ……三途河がすぐ近くにいるとはいえ、流石の俺もここに飛び込んでどうなるか予想がつかない。

 

 一発で決められればいいが、外した時のリスクが高すぎる。細心の注意を払って飛び込んだとしても無事で済む確率は相当低いはずだ。

 

 ……それに、今回で言えば俺はこいつに成すすべなく殺されていてもおかしくはなかったのだ。

 

 完全に背後を取られていて、しかし気が付かずに本を読みだし始める。俺が敵なら速攻で首を刈っている。こいつとしてそれが俺を排除するには一番早い方法だろう。

 

 ……だが、こいつはそうしなかった。つまりそれは俺を害す意図がないということ。

 

 襲っても危険ならば話ぐらいは聞いてやる方が合理的だ。

 

 本音なら黄泉たちを呼んで総力戦をやりたいところだが、この罠の感じだと対策室にどれだけ被害が出るかわからない。解除するために今日は徹夜かもしれないな。

 

「随分と物騒なものを用意してやがる。これ、準備に相当時間かけたろ?」

 

「それはもう。君みたいな狂犬相手には細心の注意を払わなきゃいけないから本当に時間がかかったよ。……意識阻害をそうも簡単に外してくるとはね。発動させてくれすらしないんだから骨折り損のくたびれ儲けってやつだ」 

 

「こんだけあからさまに仕掛けといてよく言えたもんだ」

 

 罠に気が付いたことに意外そうな顔をしている三途河ではあるが、これに気が付けないことの方が異常だ。

 

 徹底的に鍛えているとはいえ、剣輔だとまだこれに気が付くのは辛い。しかし神楽や黄泉なら一瞬で看破できるレベルだ。 

 

「……それで?何の用だ?」

 

 すっと目を細め、なにがあってもいいように重心を調節しながら、ゆったりとベンチに腰掛ける白髪の少年を凝視する。

 

「こんな対策室のお膝元にわざわざこんな時間に現れたんだ。それ相応のまともな話を持ってきたんだろうな?」

 

「それはもう。君にとってこれがまともな話になるかどうかはともかくとして、僕からは一つ真面目な話をさせてもらうつもりだよ」

 

 そう言って優雅に足を組む。13歳やそこらの外見だというのに、その落ち着きようと、こいつが持つ不思議な迫力のせいでどこか様になっているのが妙に癪だ。

 

「良かったら座ったらどうだい?今更ベンチに座ることを警戒したところで遅いだろう?」

 

「……癪だが、そうさせてもらうよ」

 

 俺もベンチに腰掛ける。念のために霊力を使用して背中を守りつつ、背面合わせにならない様にベンチに座った。

 

「うん、これでゆっくりお話が出来るね。……ああ、その無線は使ってくれてもいいけど、出来れば話が終わってからにして欲しいかな」

 

「別にいいが、お前本当に何を話しに来たんだ……?」

 

「気になるかい?まあ気になるだろうね。そんな中悪いんだけど、本題に入る前に余計な話をさせて貰おうかな。……小野寺凛、君も疑問に思ったと思うんだけど、なんで僕はこんなところで、こんな時間に君を待っていたと思う?」

 

「……は?」

 

 本題に入るのかと思いきや、いきなり投げかけられる三途河からの質問。

 

 相変わらず回りくどい奴だ。だが、確かにそれは気になっていたところではある。

 

 三途河の言う“こんな所”、それはつまり日比谷公園のことをさす。

 

 日比谷公園は直ぐ近くに環境省があり、俺たち対策室のお膝元と言って過言ではないような場所だ。

 

 霊的な設備も多量にあるし(今回はそれを逆手に取られてもいるようだが)、何より俺たちが直ぐに出向くことが可能な立地だ。

 

 今日に至っては対策室メンバーがほぼほぼ勢ぞろいだ。俺と黄泉が二人がかりなら倒せない敵を考える方が難しいし、神楽と、研修中とはいえ剣輔、そしてほかのメンバーも控えてる。

 

 そんな所で俺を待ち構えるというのはいささか不自然だ。それなら帰り道の暗がりとかで待っていた方が効率的というものだろう。

 

「不快なことに君に二回も完全に破られてしまっている認識阻害の術なんだけど、あれは二つの場所において特に強く作用するんだ。一つは未知の土地。想像しやすいと思うけど、何があって何がないのか全くわからないような場所だとこの術は最高のパフォーマンスを発揮する。それこそベテランでも一瞬で看破するのは無理だろうね」

 

「……二年くらい前にそれは身をもって体験させてもらったよ。それで?二つ目は?」

 

「二つ目は意外な場所さ。それは、自分にとって特に親しい、仕掛けられるのがあり得ないと認知している場所においてかなり強く作用するんだ。例えば君で言うこことかね。……人間はあり得ないと思うことに対しては認知が薄くなる。この法則が君たちにも適用されるのか確かめたかったんだけど、どうやら皆に当てはまるみたいだね」

 

 くすっと笑う三途河。正直イラッと来たが、態度と雰囲気には出さずにおとなしく話を聞く。

 

 俺は一般の退魔師が使えるような霊術に疎い。必死に勉強してはいるが、実際に使いながら学ぶのと、座学のみで学ぶのは知識の習得率が全く違う。

 

 だからこの術式の特徴、難度などは知っていても、実際に実感をもって効果を知っているわけでは無いのだ。

 

 ブラフの可能性もあるが、今の所黄泉から説明を受けたものとほとんど一致しているし、ただ単に実験していたというだけなのだろう。

 

 ……俺や対策室が使われたのは甚だ遺憾ではあるが。

 

「現に君以外はこれに気が付いていない。粒揃いの対策室のメンバーでさえこれなんだ。むしろ君が何で気が付けたかが一番の疑問だよ」

 

「お前の術の組み方が甘かったんだろ」

 

「君の背後を取れるような術式の組み方がかい?それならこの世の術式は九割九分九厘が塵芥のようなものになってしまうね」

 

 そう言われると多少反論しにくい。茶化したものの、こいつの腕は癪なことに、甚だ遺憾ながら身をもって知っている。

 

 こいつの言う通り、なぜ俺が気が付けたのか疑問だ。

 

「……ん?というかそれならなんでお前わざわざ人払いの結界を用意して俺のこと待ってたんだ?」

 

 一つ疑問が浮かんだので隠さずに投げかける。

 

 俺のことを待っていたのなら、そもそも人払いの結界を仕掛けること自体おかしい。気づいてもらうことと人払いの結界を張ることは矛盾しかしていないのだから。

 

 俺と話がしたいのなら、殺されるかもしれないが、どこかに呼び出した方が確実だ。気が付かれない可能性が異常に高いこんな状況を作り出して待っているなんて非効率的すぎるし、正気の沙汰には思えない。

 

「殺生石に脳細胞まで侵されたか?行動が矛盾しすぎだろ」

 

「そうだね。殺生石のくだりは無視するとして、君の疑問はもっともだ」

 

「なら何故?」

 

「……少し、思うところがあってね。君に賭けてみたのさ」

 

 そう答える三途河。

 

 警戒を解かぬまま後ろをちらりと見る。

 

 殺しにかかってくる可能性がある男が背中越しにいるとは思えないほど無警戒な状態で椅子に腰かけ、その顔には憂いとも取れるような不思議な表情を浮かべている。

 

「実はここで今日の本題にもつながるんだ。……今日から三日間、同じ術式をここで張ってみて、それで君に会えたらこの話をしようと思っていたんだ。会えなかったら仕方がない。もし会えたなら、それは偶然じゃないと思ってね」

 

 お互いに振り向いた状態で視線が交差する。

 

 こいつと俺が会ったのは偶然だ。俺がこのベンチに座らなければ会えていなかったわけだし、そもそも俺は日比谷公園にあまり来ない。黄泉と紀さんの作戦に参加しなければここに来ることなど無かったのだ。

 

 だから、偶然。あくまでもこれは偶然なのだ。

 

 だが……

 

「君と僕の間では偶然で済ませるには少しおかしすぎることが多いのは自覚しているだろう?三年前のあの戦いで、君はなんで生きているんだい?間違いなく殺せると踏んだ量のカテゴリーCを僕は君に放ったし、事実死にかけたろう?それに、なんであれだけ距離が離れたところから僕を見つけられたんだい?土宮と交戦中だったとはいえ、あの広大な森の中だ。土地勘もない暗い森の中を走って()()()()目的地に辿り着くなんてあり得ないと僕は思うな」

 

 暗い森、慣れない土地。確かにその通りだ。いくら森に慣れているとはいえ、あの暗い森の中を俺は躊躇わずに駆け抜けることが出来た。それは偏に殺生石の反応を辿ることが出来たからだ。

 

「疑問に思っているのはまだあるよ。二年くらい前かな。あの隧道にどうして君は現れたんだい?都道府県は日本に47 個もあるんだ。しかも心霊スポットに限れば都道府県の数なんて目じゃないくらいに跳ね上がる。それにあそこは正確には君たち東京の対策室の人間が派遣される範囲外のはずだろう?なぜ、君はあそこに現れた?何故僕と遭遇できた?」

 

 こいつ(三途河)にしては珍しく、少し興奮気味の声音で捲し立ててくる。

 

 同意してやるのは何となく嫌だが、それでもその疑問点には同意せざるを得ない。

 

 一個一個の出来事なら偶然で済まされる。だが、その偶然が起こり得る確率が低すぎる事象が俺とこいつの間では重なりすぎている。

 

「でもまだ僕は確証を持てなかった。可能性は限りなく低いけれども、これだけならただの偶然で片付いてしまうからね。……だから、ここで君を待つことにしたんだ。誰に言うこともなく、人払いの結界を張ってね。……結果はどうだい?君は僕に気が付いた。何のヒントもなく、僕を探り当てたんだ」

 

「……それで?」

 

「せっかちだな君は。まぁいいや、結論から言おうか。―――君と僕の邂逅は偶然じゃない。多分、これらは全て必然なんだ」

 

 そう言い切る。

 

 俺たちは必然的に、何かの意思に導かれるように出会っているのだと、そう言っているのだろう。

 

「僕は確信したよ。いずれ訪れる大きな転換点において僕らは必ず対峙することになる。恐らくは、いや、間違いなく敵同士としてね」

 

 そう言って三途河は一呼吸を置く。

 

 先程から無線に色々と会話が入ってきているが、全く頭に入ってこない。

 

「僕の敵役は君で、君の敵役が僕なんだ。君の存在が生んだ影響が僕の、僕が生んだ影響が全て君の敵になる。そしてそれは驚くほど脅威的な存在になる。僕としてはできれば戦いたくは無いんだ」

 

 だから、と三途河は続ける。

 

「―――確認がしたいんだ。小野寺凛、君は僕の敵かい?」

 

「愚問だな。俺は明確にお前の敵だよ」

 

「そうだね。君は僕の敵だ。……でもそれは、僕が君の周りには一切手を出さないと約束したとしてもかい?」

 

「……!!」 

 

 一瞬、言葉に詰まる。

 

「君は僕と近しい人間じゃないかと思ってるんだ。君は基本的に自分の周り以外はどうでもいいと思っている。……違うかな?」

 

 違くない。似ていると言われるのは心外だが、そこに関しては間違った推測ではない。

 

 家族や対策室の面々。学校で一緒の仲の良い奴ら。基本的に俺はそいつら以外は死のうが苦しもうが大して気にしない。

 

 流石に目の前で死にそうになっていたらためらいなく助けるが、殺害予告を出された見ず知らずの人間を助けてやるお人好しではないのだ。

 

「目的の為なら人を殺めることも厭わない……。君はそんな人間だろう?なら、この僕の話は魅力的に映るはずだ」

 

 それも両方間違ってはいない。事実魅力的かそうでないかと言われれば前者だし、平和のために俺はこいつを何度も殺めようとしている。

 

「この前提の上でもう一度聞かせて貰おうかな。―――小野寺凛。君は、僕の敵かい?」

 

 蠱惑的な、人を惑わすような優しい音色で、三途河は俺に語り掛けてくる。

 

 脳髄に溶け込むかのような、優しく、そしてどこか不気味な響きを持った囁き。

 

―――どちらなのだろう。

 

 警戒を保ちながらも目を閉じ、思考の奥へと潜っていく。

 

 ただ、騙そうとしているのか、それとも本気なのか。

 

 刹那の瞬間にあらゆる可能性をはじき出し続ける。

 

 本当か嘘か。その信憑性、ほかの可能性、その可能性における俺の対応。

 

 希望的観測も、絶望的観測も、現実的観測も全て頭の中に叩き出して並べてゆく。

 

 はっきり言ってしまおう。こいつの話は俺にとってある程度魅力的だ。

 

 こいつが本当に黄泉達を狙わないというのならば、それだけで俺の存在意義は果たされたに近い。

 

 俺がこいつからこの提案を引き出せたということは、こいつが俺に対して負けを認めたということと同義。これを承諾した時点で俺はこいつに対する勝者となる。

 

 ある意味で三途河を倒すことに成功したということだ。

 

 だが、

 

「――それでも俺はお前の敵だよ、三途河」

 

 頭の中でいろんなことを計算した。多分、可能性はほぼほぼ網羅したし、それに対する俺の対応なども全て考えつくせたと思う。

 

 でも、やはりこいつは俺の敵になる運命からは逃れられない。

 

 こいつが生きている限り、どうあってもこいつが生み出す災害と俺たちは必ず相対することになる筈だ。

 

 そう、こいつの交渉は実の所何の意味もなさない。

 

 多分こいつは本気で言っている。本気で、俺達と敵対する気はないのだと、そう言っているのだ。

 

 だが、それは所詮一時的なものに過ぎない。もしこいつが俺達を標的にせずに目標を達成したとしよう。

 

 それすなわち九尾が復活しているということ。そして、九尾クラスの大災害が相手ならば、俺達が出ていかないでいられるわけがない。

 

 つまりはどのみち俺達はこいつのせいで苦しめられることになる。こいつが直接俺達に手を出さなくても、俺達は間接的に被害を受けることになるのだ。

 

 そう。こいつが母親のことを諦めない限り、先の条件は交渉の材料足りえないのだ。

 

「……やっぱり、君はそっちを選ぶんだね」

 

「ああ。九尾の後継者を探すって目的も捨てるなら見逃してやってもいいぜ」

 

「それは無理な相談だね。なにせそれが僕の生きる意味なんだから」

 

 そう言って三途河は立ち上がる。

 

「交渉は決裂だね。君に狙われるのは出来れば避けたかったんだけど、仕方ないか」

 

「おい、俺の周りに手を出したら殺すぞ」

 

「それも無理な相談だ。君の周りには石に適応するだけの素質がある人間が多すぎる。……君も含めてね。最近、()()()()()()()ようじゃないか。焦燥、嫉妬……いい感情だね。三年前の君では持ち合わせていなかった、負の感情だ」

 

「お前、何を言って―――」

 

「―――人除けの結界はね、応用すればこういう風にも使えるみたいなんだ」

 

 ふと、気が付く。

 

 元々木の色をしていたはずのベンチ。それが青黒くなっている。これは一体どうなって―――

 

「な―――!?」

 

 頭が理解をすると同時に、間髪入れずにベンチから距離を取る。

 

 それは、見覚えのある生物だった。

 

 俺が座っていたベンチをびっしりと覆う青と黒のコントラストが美しい蝶々。

 

 俺は絶句する。いつの間に仕掛けられていたのか。

 

 思考をかき乱されながらも、一部では冷静に俺がされたことの分析を行う。

 

 人除けの結界、応用。確かにこいつはそう言っていた。

 

 ……。

 

 まさか、こいつ……!

 

「そうだよ。最初から仕込ませて貰ってたんだ。仰々しいほどの罠も、これを隠すためのフェイクさ」

 

 思わず歯を噛みしめてしまう。やられた。こいつの方が数枚上手だった。

 

 今回、この公園に仕掛けられたトラップの数々。それは確かに俺を食い止めるための意味もあるのだろう。

 

 だが、真の目的はそれでは無かった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()から認識を逸らすために、過剰なまでの罠を用意したのだ。

 

 俺は罠と、後ろのこいつに意識を割き続けなければならない。

 

 加えて話される内容が内容だ。()()()()()()()()()()()()意識があまり回らなかった。

 

 せいぜいが背中の防御くらいだ。自分の甘さに反吐が出る。

 

「……五感全部に阻害をかける術なんて聞いたことないぞ」

 

「僕が作ったからね。巫蠱術による微量の毒と、術式の組み合わせで出来るんだ。唯一の弱点としては、この蝶の読心能力を使うには今みたいに認知阻害を解除しなければ不可能ってことぐらいかな」

 

 飄々と言ってのける三途河。

 

 ……大した野郎だ。こんな術を使える奴を、俺は三人と知らない。

 

 擬態を解かれて自由となった蝶達は三途河に付き従うように、守るように周りを飛び始める。

 

 それが、どうも俺を煽っているかのように見えて苛立ちを加速する。

 

「交渉が成功したならこの術は解かないで済んだんだけどね。……はあ。また一つ手札を切っちゃったな」

 

 さも残念そうに言う三途河。

 

 本当に残念なのかもしれないが、それよりもこちらの敗北感の方が圧倒的に強い。

 

 ……まあいい。過程は0点だが、結果としてはオーライだ。

 

 黄泉に死ぬほど特訓させられたのが功を奏して、術式の特徴は掴んだ。これでこいつの認知阻害の術はあらかた攻略した。これは次回以降不利な状況を回避できる要素になる。

 

「じゃあね小野寺凛。残念だけど、君は正面から相手取ることにするよ」

 

「ああじゃあな三途河。今日は見逃してやるよ」

 

 と、いうか罠の関係上、逃げるというのなら見逃すしかないのだが。

 

 蝶に包まれたかと思うと、相変わらず訳が分からないうちに消えていく三途河。

 

 ……これだけはどうやっているのかがわからない。阻害と違ってこれは殆ど原理が理解できないから、巫蠱術の方の技なのだろうか。

 

 これは対策を取っておかないとダメな術式なんだけどなあ。いかんせん巫蠱術に関する資料が少なすぎて、俺達でも巫蠱術は対策出来ていないのが現状なのだ。

 

―――焦燥と嫉妬、ね。

 

 恐らくは紀さんが投げを食らったのであろう。アヒルが潰されたときに出すような声がインカム越しに聞こえてくる。

 

 その声を聴いて、この茶番劇が終わったことを察知し、俺はインカムに向かって話しかけるのであった。

 

「こちら遊撃隊より全員へ。日比谷公園にて解除に半日以上はかかりそうな霊的罠を発見。支給ポイントDまで急行されたし。……お二人の一件も終わったことですし、これからは残業デートとしゃれこみましょうか」

 

 

 

 

------------------------------------------------------------

 

 月光で照らされた建物の上で、銀が輝く。

 

 煌めく銀。その奔流は、流麗と表現するのが適切な美しさを持っており、そして同時に苛烈と表現すべき激しさも持ち合わせながらカテゴリーCを切り裂いていった。

 

 万人が洗練されていると疑いを持たないその剣筋。

 

 その美しい剣技を振るった女性、諌山冥は、静かに建物の屋上へと降り立った。

 

 地上20m近くはある建物の屋上。そこに彼女は階段で登るでも、エレベーターで昇るでもなく降り立ったのであった。

 

 今回の依頼は低級の怨霊の駆除。簡単な依頼だった。こんなもの、最近対策室に入った新人だって出来るだろうと冥は思う。

 

 一息入れる。戦いの後に一呼吸を入れるのは、大体の武人ならばやる動作の一つであった。

 

「月が、綺麗ですね」

 

 屋上から月を眺めて、唐突にそう呟いてしまった。

 

 今日は月がきれいだ。いつも見る夜空より、はるかに輝いて見える。

 

 それは、恐らく自分の心境も反映されているのだろう。この、晴れ晴れとした心境が。

 

 I love you.をこう訳したのは夏目漱石だったか。

 

―――なら、私はどんな英文を月が綺麗だと訳したのだろう。

 

 直ぐには思いつかないが、わかることが一つだけある。

 

 それはきっと、美しくない文章だ。

 

「感謝します、小野寺凛。貴方のおかげで舞台は整った」

 

 そう言って冥は妖艶に笑う。

 

 見るものを破滅に導くような、艶やかで艶めかしい笑み。何も彼女を知らない男がこれを見たのならば、その艶に一瞬で心奪われるだろう笑みを、冥は浮かべる。

 

 瞳の奥に狂気の色をチラつかせながら、冥は笑う。

 

 この為に二年近くも小野寺凛を利用してきた。

 

 彼との時間が楽しくなかったと言えば嘘になる。それを目当てに会っていたのもあるのだから。

 

 だが、真の目的はただ一つ。このような戦場を見つけること。好条件の揃った、自分が起因となって起きた事件であることがばれないような場所を探し当てること。

 

「結果がどうなるのかは私にもわからない。このカードを切ったら、一体どうなるのでしょう?」

 

 自分の指を見ながら、そう呟く。 

 

 本当に冥にはこの先の展開が読めていない。

 

 一つだけ確実に言えるのは、このカードを切ることで対策室も、そして自分でさえもかなりリスキーな目に遭うということだけ。

 

 ただ、土宮雅楽不在の一か月後に合わせてカードを切るのだから、恐らく最も重い役割は、()()の相手は黄泉に任される。

 

 小野寺凛を見て嫉妬した。

 

 諌山黄泉を見て憎悪した。

 

 自分より若くて、経験も少ないはずなのに、自分よりも上にいる。

 

 だからこの戦場で、この死線で、自分の価値を証明する。二人より上だと。そして、あわよくば。

 

「さあ、ゲームをしましょう。―――黄泉。運が悪ければ、ここで死んでもよろしくてよ?」

 

 月光が照らす都会の街並みの中で。

 

 一つの陰謀が、動き始めた。

 

 




一万時超えたぜ。
だから長くなるのだよ。更新スパンが。
一話一話の切り方ってすごい難しい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。