喰霊-廻-   作:しなー

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この話が難産だった。
アニメを文章に起こすことの難しさよ。


第17話 -山彦-

 乾いた音が二つ響く。パン、パンという、両の手をたたき合わせた時に生じる音。

 

 黄泉が手をたたいて鳴らしたのは二回。よって鳴り響く音は二回のみのはずだが、黄泉への返礼のように追加で二回、音が鳴り響く。

 

 遠くから、時間差をつけて音が跳ね返ってくる。

 

 小さいころに山などでやったことがあるだろうか。周りには何もない、向こうに山しかない音が良く通る状況で、山に向かって叫び、音が跳ね返ってくるのを楽しむという遊びだ。

 

 やったことのある人は少ないかもしれない。だが、この音が跳ね返ってくる現象の名前ぐらいは誰でも知っているだろう。

 

 そう、山彦である。

 

 そして喰霊-零-の世界においては、それと同様の名を持つカテゴリーBが存在する。

 

「ここらへんじゃないみたいだね、黄泉」

 

「……うん。そうね」

 

 カテゴリーB、山彦。まさに山彦から名前が付けられた怨霊である。

 

 黄泉たちはまだその怨霊がこの丸の内周辺の通信障害の原因であることを知ってはいないが、黄泉と神楽は不自然に音が反響されるという異常な現象を利用して、カテゴリーBの位置を探し出そうと試みているのだ。

 

 だが、なかなか上手く探ることが出来ていない。まだ対象までの距離があることが先程の音の反射からうかがえる。つまりそれは自分たちの近くに敵がいないということで、別の場所を探索する必要がある。

 

「岩端さんたちのほうかな?」

 

「他行ってみましょ、神楽。……ほんと、こういう五感をフル活用する時にこそ凛が居てくれればって思うわね」

 

「……だよね。でも熱出しちゃってるわけだし、頼れな……っ!待って黄泉!近いよ!」

 

 突如神楽の携帯に入る最新の霊力分布図。

 

 それはまさに自分たちのすぐ近くに特異点が生じていることを示しており、その証拠に神楽の出した声が乱反射する。

 

 口に人差し指を当てて静かにするよう促す黄泉と、敵がいる状況でうかつにも大きめの声を出したことを恥じる神楽。しかしそのおかげで近くに敵がいることは確定した。

 

 あたりを見渡す。

 

 一見した限りではどこにも敵はいない。ただ朝の閑静なオフィス街が広がっているだけである。

 

―――さて、どこにいるのかしら。

 

「!?」

 

「こらー!何やってんだー!!」

 

 カテゴリーBに備えて腰を低くしていると、突如後ろから鳴り響くクラクション。ライトと盛大な音量にさらされて、黄泉と神楽は同時に後ろを向く。

 

 そこには後ろから近付いてきた、中型のトラックが一台。道路の真ん中で仁王立ちするという、事情を知らなければ間違いなく馬鹿な女子学生に見える行動をしている神楽と黄泉に腹を立ててクラクションを鳴らしている。

 

 その雰囲気から間違いなく関係者ではなく一般人。顔も見たことがないしまず間違いない。区画封鎖をしているはずであったが、どうやらトラックが紛れ込んでしまったようだ。

 

(とりあえずここから退避させないと―――)

 

 一般人に怪我をさせる訳にはいかない。そう思い避難誘導しようとするが―――

 

「……何!?耳をふさいで!」

 

 クラクションがその区画中に反響する。360度でサラウンドしているかのような、理解を超えた反響の仕方をして、異常なまでの騒音を生み出す。

 

 それは単に音が跳ね返ってきたなどのちゃちなものでは無い。

 

 反響し増幅された音は、実際に物理的な衝撃を伴って黄泉たちを襲う。

 

 増幅された音によって割れる高層ビルの窓ガラス。車のクラクション程度の音で割れるわけがない頑丈なそれが、何重にも増幅された音の衝撃に負けた結果、天空から降りしきる凶器となって襲い来る。

 

「―――乱紅蓮!」

 

 耳をふさいでうずくまりかけている神楽とは対照的に、黄泉は上を見上げて乱紅蓮を呼び出す。

 

 上から襲い来る衝撃波と、ガラス片を乱紅蓮に受けさせることで回避する。

 

 果たして、次の瞬間に襲い来る衝撃とガラス片。その衝撃にトラックの屋根はひしゃげ、フレームは歪み、フロントガラスは飛び散る。

 

 黄泉たちにも襲い来る衝撃。しかしそれは間一髪で乱紅蓮が負担し、黄泉たちには何の被害も生じていない。一瞬遅かったらと二人の乙女の柔肌はずたずたに切り裂かれていたであろう奇跡的なタイミング。

 

 黄泉がこれを防ぐ手段を擁していたからこそいいものの、防衛手段を持たない神楽やほかのメンバーだったら、間違いなく致命的な損傷を負っていただろう。

 

「……あれは。カテゴリーB、山彦」

 

 黄泉は目を細めて先を見据える。

 

 そこに立つのはピエロのような、死神のような風貌の怨霊、山彦。今回の通信障害の原因と思われる怨霊である。

 

「あれが通信障害の原因?」

 

「交互に波状攻撃よ。いい?」

 

「おっけーポッキー!」

 

 わざわざ目の前に登場してくれたのならありがたい。遠慮なく倒させてもらうことにしようと、黄泉は攻撃を加える。

 

 一撃で両断しようとして放った斬撃。とても女子高生が放つとは思えないような鋭さを持つ一撃であり、大の大人でもこれをまともに受けることが出来る人間は稀有中の稀有である。

 

 だが、そんな鋭い一撃は、予想外の方法によってせき止められる。

 

「……何!?」

 

『……何!?』

 

 黄泉の表情が驚愕に染まる。浮かべるのは信じられないものを見た人間の表情。

 

 それも当然である。山彦が()()()()()姿()に変化し、それを受け止めたのだから。自分と違わぬ太刀筋で、自分と全く同じ姿かたちで、驚愕の表情と声も模倣しながら黄泉の一撃を山彦は受け止めたのだ。

 

「避けて!」

 

 そこに、神楽の波状攻撃が炸裂する。

 

 舞蹴拾弐号の圧縮空気を利用した、切断力を三倍まで高めた居合い。原作(喰霊)では弐村剣輔が使っても鎌鼬を鎌ごと一刀両断するほどの威力を見せたそれ。

 

 だが、それも黄泉と同様にして防がれる。

 

「……そんな!」

 

『……そんな!』

 

 寸分たがわぬ模倣。

 

「下がって!乱紅蓮、咆哮波!」

 

 正体不明の模倣に、このまま馬鹿正直に向かっていくのは分が悪いと判断したのか、黄泉が乱紅蓮による攻撃を加える。

 

 咆哮波は霊獣鵺が放つ、高密度の霊力波である。遠距離からの一撃であることに加え、それは鵺に特有の一撃。簡単に模倣は出来ないだろうと判断してそれを放ったのだが―――

 

「まさか!?」

 

 山彦が元の姿に一瞬戻り、黄色の閃光を吸収したかのような様子を見せる。

 

 それを見て、黄泉は山彦が何をしようとしているのか一瞬で察する。

 

 果たして、跳ね返される閃光。それはアスファルトをえぐりながら直進し、横に回避した黄泉のすれすれを通過していく。

 

 とっさに横に転がったが、当然黄泉は無傷。転がるときに多少どこか擦ったかもしれないが、咆哮波を跳ね返されてもその程度で済んでいる。

 

「黄泉!?」

 

「大丈夫!山彦を追って!」

 

 体勢を立て直しながら、そう神楽に指示する。

 

 その声にこたえて、神楽は跳躍する。ただ跳躍するだけではなく、その人間離れした跳躍力を、舞蹴の空圧によるサポートでさらに強化し、高く高く跳躍し、屋上へと降り立った。

 

(―――居た!)

 

 逃げた山彦を追って屋上に降り立つと、間髪入れずに切りかかる。

 

 先ほど山彦が見せた不思議な特性。こちらの姿、動き、そして技量までも写し取る驚異的な模倣。あれを使わせる前に切り伏せようと考えて切りかかったのだが、山彦は即座に神楽の姿、動きを写し取る。

 

「―――この!」

 

『―――この!』

 

「真似しないでよ!」

 

『真似しないでよ!』

 

 剣戟も、声色も。戦闘スタイルですらそっくりそのまま真似る山彦。

 

 振り下ろされる刀には刀で、振るわれる鞘には鞘で。ことごとくを本当に神楽がするかのように防いでいく。

 

 数瞬の会合。剣戟の逢瀬。まるで実力が伯仲したものの攻防。

 

 それを制したのは()()()()()()

 

「……っ!」

 

 互いの一撃が交差する。

 

 結果、神楽の左足に刻まれる裂傷。一筋の、命には決して至らない軽い傷だが、その痛みに神楽は思わず膝を崩してへ垂れ込んでしまう。

 

 そして同時に()()()()()()。神楽の一撃が、山彦を切り裂いたのだ。完膚なきまでに、真っ二つに。体を真っ二つに切り取られ、山彦は儚く脆く消え去っていく。

 

「大丈夫、神楽?」

 

「……黄泉。うん、平気。ちょっと力が抜けちゃっただけだから」

 

 へたり込んでいる神楽の元に、乱紅蓮に捕まってやってきた黄泉が声をかける。

 

「よかった。遅くなってごめん」

 

「ううん。大丈夫。下はどうなってるの?」

 

「岩端さんたちに任せてきたわ。凛が見当たらないのが不安なんだけど、それ以外は大丈夫そうね」

 

「凛ちゃんいないの?まさかやられてたりしないよね……?」

 

「凛に限ってそれはないといいたいけど、今は状況が状況だものね。私たちもさっさと切り上げ―――神楽!」

 

「!!」

 

 穏やかな雰囲気から一変。背中合わせに黄泉と神楽は刀を構える。

 

 気を抜いていた、と言わざるを得ない。二人の視界に移るのは十数の、下手をしたら数十にも達する数の山彦。

 

「間違えて私切らないでよ?」

 

「黄泉~!」

 

 茶化すように言う黄泉と、本気で心配そうな声を上げる神楽。

 

 余裕を見せてはいるものの、絶望的な状況だ。四方八方を自分たちと同じ見た目の、同士討ちの危険性が一気に跳ね上がる存在に囲まれている状態。しかもその一つ一つが技量までもある程度再現してきているとなるとその脅威度は言わずもがなである。

 

 どうしたものかと黄泉は考える。正面から突破するのはあまりにリスキーだ。たった一体の山彦を打倒するのに神楽がケガを負っている。それが二体いるだけでも脅威であるのに、目の前の数は文字通り桁違いなのだ。正面突破は無謀というほかないだろう。

 

 数瞬の逡巡。どこかに突破口があるはずだ。どこだ、どこに突破口が―――

 

「黄泉!咆哮波を!」

 

「……!乱紅蓮、咆哮波!」

 

 その言葉の意図を正確に、そして即座に理解した黄泉は、瞬時に頭上へと咆哮波を放たせる。

 

 空を貫く金色の光。当たれば鉄板ですらも貫通するであろう威力のそれが、一直線に雲へと向かって奔っていく。

 

 先程山彦に向けて放ったものよりも威力が高く、そして方向も全く異なるその一撃。先ほどは跳ね返されてしまった一撃だが、

 

 それに伴い辺りに押し寄せる霊的、物理的な衝撃。圧倒的霊気を有するそれはその場の霊気の乱れを引き起こし、山彦が模倣するのに必要であった霊的環境をたやすく破壊する。

 

 山彦は鏡のように相手を模倣し、そして鏡のように霊力を跳ね返したりもする。それによって黄泉と神楽はどうしようもない状況に落とされかけた。

 

 山彦のそれは場の霊力に作用しておこなわれていると言われている。場の霊力を使って自身を鏡写しにしたり、また相手の攻撃を鏡のごとく返したりするのだ。

 

 霊力場とは基本的に安定したものであり、滅多なことでは変動しえない。例えば小野寺凛が本気で暴れたとしても、諌山家の道場の霊力場を変化させることは難しい。小野寺凛の能力が特殊であることも多分に影響しているが、ともかく霊力場の変化とはそうそう起きるものでは無いのだ。

 

 だが、当然例外もある。

 

 場を崩す目的での大量の霊力の使用や、圧倒的な霊力の使用、例えば乱紅蓮の咆哮波をそれ目的に使用したり大掛かりな法術などの高密度の霊力を使用すれば、ほんの一時的にではあるが霊力場を乱すことが出来る。

 

 殺生石のように東京全域クラスの範囲を乱すことなどできはしないし、霊力観測班には感知できないような本当に微弱な変化ではあるが、それでも一時的に立体駐車場の屋上の霊力を乱すことくらいならば造作もない。

 

 それを狙って、黄泉は咆哮波を放った。山彦に直接当てようとした先程の一撃とは違って真上に、霊力場を壊すことだけを考えての一撃を空へと放ったのだ。

 

 咆哮波が辺りの霊力場を急速に変化させる。そして霊場が一時的に崩されたことによって山彦の模倣が不安定となり、黄泉と神楽を忠実に再現していたその姿は、本体、黄泉、神楽と様々に姿を変えていく。

 

 寸分たがわぬ模倣が崩れる。乱戦になれば一瞬で本物と偽物の区別がつかなくなった先ほどまでとは明らかに異なり、偽物と本物の違いが明確になった。

 

 その時間はほんの一瞬。だが、たとえ一瞬であってもそれをこの二人がみすみす見逃すはずがない。

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

 互いを見失わぬように背中合わせになりながら山彦へと斬撃をお見舞いする。

 

 一瞬でもその連携が崩れれば互いの斬撃を邪魔するような綱渡りのタイミングの攻撃。それを二人は神がかりな連携をもって成し遂げる。

 

 その間わずか5秒弱。5秒に満たない時間で、数十居た山彦は灰燼に帰した。

 

 退治されたことを示すかのように、山彦が黒い影となって消え失せる。カテゴリーDなどのいわゆる動物を基にした怨霊は討伐後も形が残ることがあるが、基本的に怨霊とは霊力でできた肉体のない存在だ。そのため討伐すれば形は残らずに世界へと還元される。山彦もその例にもれず跡形もなく消え去った。

 

 顔を見合わせて笑いあう黄泉と神楽。苦難を乗り越え、安堵する二人に、美しく響く静かな、銀鈴の奏でるような凛として冷たい音で冷や水が如き冷たい声が届けられる。

 

「―――ご苦労さま」

 

「……冥姉さん」

 

「お久しぶりです」

 

 戦いを終えて安堵する二人に声をかけたのは諌山冥。

 

 諌山黄泉の義理の従姉にして退魔師でも有数の実力者。フリーでありながらも他県にまで名を轟かせるその腕前は、地方に点在する各支部の室長候補生達を凌ぐといわれるほど。

 

「冥さんもこの敵を追ってたんですか?」

 

 緊張した面持ちの黄泉とは異なり、明るい顔をした神楽が尋ねる。

 

 丸の内に通信障害が起きるなど。始業時間になってしまったら日本経済に与える影響は計り知れない。この事態が起こった時点で、株の下落はほぼ確定しているが、始業時間を超えても障害が残っていたら被害はそんなものでは無い。

 

 生じる時間にもよるが、下手をすれば世界の経済にも打撃を与えかねないような被害をもたらすであろう。それだけ東京の丸の内とは重要な地点なのだ。

 

 よってそれだけ重大な事態に、この女性が動かないとは思えない。情報を聞きつけて動いたのであろう。

 

 それを見越しての神楽の世間話にも近い問であったが、返ってきた答えは全く違うベクトルからのものであった。

 

「―――戦いを拝見しました。無駄が多いようですね」

 

「……!?」

 

「山彦が複数で行動する習性があるのはわかっていること」

 

「……すみません」

 

「もっと考えれば、街の被害も抑えられたかもしれません。より精進を」

 

 黄泉と神楽の戦いに対してダメ出しを加える。冷たく厳しい指摘ではあるが、同時に正しく正確な指摘。

 

 山彦が厄介であるのは確かだが、それでもその習性は有名なもの。それを応用して使えなかったのは明らかに黄泉と神楽の過失であり、改善すべき点であることは間違いがないのだ。

 

 その指摘に対して下を向いて唇をかむ黄泉と、何故か多少驚いた顔をして呆けている神楽。その正しい指摘に言い返す言葉もなく黄泉はなんとも言えない感情を抱くが、神楽はそのような指摘をされて面食らっているのだろうか。

 

 そんな二人を尻目に冥は鵺へと近づき、どこか愛おし気に、白い指がその逞しくも滑らかな毛を撫でる。

 

「―――鵺。諌山家に伝わる霊獣。その強い力は資質の優れたものが適切に扱わねば腐らせてしまう。霊獣を相続する家系にあるからと言って、継承する資格はありませんよ」

 

「……っ」

 

 黄泉が唇をかみしめる。その通り過ぎて、反論ができなかったからだ。

 

「ぐうの音も出ない正論ですね。俺が言われたら泣きそうです」

 

 ふと、諌山冥の後ろから声が届く。

 

「……凛」

 

「凛ちゃん!」

 

「よ。遅くなって悪いな黄泉、神楽。怪我は……あるみたいだな。大丈夫か?」

 

 ごほごほとせき込みながら現れる小野寺凛。

 

 柔らかそうな黒髪に、その髪の持ち主らしく柔和で小動物的な整った顔立ち。

 

 背は黄泉や冥よりも10cm以上高く、体の線は細いもののしっかり鍛えられており、その立ち振る舞いや歩き方は16歳と思えないほどに洗練されている。

 

「随分な重役出勤ですね。もう対象は除霊されていますよ」

 

「……うげ、俺に飛び火しますか」

 

 冷たいまなざしを向ける冥に、素でいやそうな顔をする凛。

 

 自分自身がこの戦場において全く役に立っていないことを自覚しているため、冥の言葉は耳が痛いのである。

 

「飛び火、という言い方はおかしいでしょう?事実、貴方は責められるに値するほどのことをしているのですから」

 

「うっ……。ごもっともで……。本当に正論ってやつは……」

 

 咳込みながら、母親に叱られるこどもみたいな顔をする凛。

 

 正論に反論するのは非常に難しいものだ。赤信号は決してわたるべきではない、という正論に対して、反論ができないことを考えれば非常にわかりやすいだろう。

 

「察するに体調がすぐれないようですが、この業界においてそれは所詮言い訳。貴方の双肩に並みの退魔師では背負えない重責がかかっていることを理解すべきです」

 

「……すみません。一応理解はしてるんですけどね」

 

 少なくとも、凛が死ねば周りの誰かが必ず死ぬことは確定している。

 

 数の大小は定かでないが、凛の死は周囲の死への十分条件になりうるのだ。

 

 自覚はしているが、それだけだ。このシビアな世界ではその自覚を実行に移せなければ何の意味もない。

 

「ならいっそう精進を。貴方の力でできる範囲はこんなものではないでしょう?」

 

 そういって冥は車のフロントガラスを二度軽く叩く。そこにあるのはほぼ無傷の車体。原作(喰霊-零-)では損傷していたはずの車たちはそこに存在しなかった。

 

「……そう言えば車が壊れてないわね。凛、貴方がやってくれたの?」

 

「うん。ちょいちょいと衝撃避けを車の上にね。咄嗟だったから一撃しか防げないような強度の奴しか作れなかったけど」

 

 せき込みながらそう答える凛。

 

 凛は車の上に小野寺の霊力で薄い防御壁を作り、それに咆哮波による衝撃を代替させたのだ。

 

 本来なら咆哮波による衝撃は車をひしゃげさせるほどのものであり、大破と言って全く過言ではない状態におかれるはずだったのだが、多少傷がついたり凹む程度で済まされている。

 

 屋上にたどり着いたのが丁度咆哮波を放とうとしている瞬間であり、一瞬しか霊力を練ることができなかったので完璧には防ぎきれなかったが、最小限には抑えることができた。

 

 証拠隠滅のために動いている班としても大助かりであろう。自分たちとしても報告が楽になる。

 

「便利なものですね、小野寺の霊術は」

 

「不便なところも多々ありますけどね。こういう場面ではどんな術よりも役に立ちます」

 

 ほぼほぼ無傷の車を見やる。

 

 原作(喰霊-零-)では車はひしゃげ、フロントガラスどころかバンパーにもダメージが残っているような車があったというのに、多少被害が出た程度で防ぎきっている。

 

 他の霊術を使えないという制約はあるが、やはり便利な能力だ。自分に母親程の霊力の扱いのセンスがあればもっと様々なことができたであろうに。

 

「……ともあれ、敵も片付いたことですし、そろそろ帰りましょうか。俺、早く帰って寝たいです」

 

 時刻は7:20。まだ学校が始まる時間ではないし、街に繰り出すにしても早い時間ではあるが、体調的に辛いものがある。

 

 流石にそろそろ凛としても辛くなってきた。インフルエンザクラスの熱を出しながら走り回り、霊術も使用しているのだ。それで平然としていられるのは創作物の中の人間くらいだろう。

 

「そうね。長居してもどうなるってわけじゃないし、神楽の手当てもしないとだから早く帰りましょうか」

 

「うん。切り口がきれいだから大丈夫だろうけど、跡が残らないようにしないと。凛ちゃんは栄養とってしっかり寝るんだよ?」

 

「わかってる。お粥でも食べてゆっくり寝かせてもらうよ」

 

 いわれずとも、布団に倒れれば即座に就寝できる自信がある。風邪の時はいくら寝ても寝たりないものだ。

 

 さて帰ろうかと欠伸をしながら一歩を踏み出すと同時に、凛が膝から崩れ落ちる。

 

 べちゃっと受け身もろくに取れずに地面に倒れ伏せる凛。運動神経お化けとも呼ばれる凛からすればありえない光景に、冥ですら目を見開いて驚きの表情を受かべる。

 

「凛!」

 

「凛ちゃん!」

 

 普段の姿からは想像もつかない凛の元に、神楽と黄泉は急いで駆け寄る。

 

「うわ熱い!これ普通じゃないよ黄泉!」

 

「……そうね。こんな熱で戦場に出てくるって本当に貴方は馬鹿ね」

 

「……馬鹿とは失礼だな。けど、否定はできないかも」

 

 地面に両手をついて立ち上がる凛。その両腕はぷるぷると震えていて、相当に辛いのだということがわかる。

 

「……見ていられませんね。黄泉、鵺を。彼を下まで運びましょう。私が彼に肩を貸します」

 

 立ち上がろうとする凛の腕を首に回して背負う形で掬い上げる冥。

 

 その光景に黄泉は一瞬あっけにとられるが、直ぐに持ち直し、乱紅蓮に指示を出す。

 

「乱紅蓮、しゃがみなさい。……冥姉さん、どうぞ」

 

「ありがとうございます。本当に、困った男ですね、貴方は」

 

 鵺に掴まりながら呆れた視線を凛に向ける冥。

 

「面目ないです。でも今日はどうしてもこなくちゃならない理由がありまして……」

 

「自らと他人の命を危険にさらしてもですか?随分と高尚な理由ですね」

 

「それを言われると弱いんですけど……」

 

「冥姉さん、凛。しっかり掴まってください。神楽も掴まって。出るわよ」

 

「うん!」

 

「頼むわ黄泉」

 

 その言葉と同時に、乱紅蓮は空へと昇っていく。

 

 空を翔る霊獣、鵺。その圧倒的な体躯と能力は、味方であれば本当に心強いものだ。

 

「まったく、本当に」

 

 その背中で、ぽつりと冥が言葉を漏らす。

 

「―――()()()()()()()()()()()()()()。なんて運の悪い男なのでしょうか」

 

 そしてクスリとほほ笑む。見るものを魅了する、黒い笑顔で。

 

「―――楽しみですね。その時は、すぐそこに」

 

 そう呟いた冥の言葉は、乱紅蓮が起こす風の流れに遮られ、誰にも届くことはなかったのだった。




たぶんのちに文章の訂正入ります。
こうしたほうがいいんでね?って表現とか、どんどんくれるとうれしいです。
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