喰霊-廻-   作:しなー

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遅くなりました。
剣輔君は原作(喰霊)主人公なのでお忘れの方ご注意。
……話が進まないなぁ。


第19話 -神楽とカテゴリーD-

「黄泉―。凛ちゃんはー?」

 

「少し見ないうちに寝たみたい。いまは寝息立てて寝てるわ」

 

 小野寺凛の家。私のうちや神楽の家のような裏の名家というだけではなく、表の名家でもある小野寺家。敷地も建物も広大で、とても4人で住むには相応しくないような広さの建物。

 

 家政婦や使用人も住んでいることから建物が余っているということはないみたいだが、それを補って余りある広さ。私たちの家も人のことは正直言えないが、流石の財力と言わざるを得ないだろう。

 

 そんな凛の家に、私達はお邪魔していた。

 

「もう寝ちゃったのかー。黄泉は学校早退して来てたんだよね?」

 

「うん、対策室の意向でね。熱も異常だし、もしかしたらってことで対策室から招集がかかったの」

 

「私達にも声をかけてくれればよかったのに」

 

「神楽達はまだ義務教育だから」

 

「関係ないよー!」

 

 ぶーっと膨れる神楽。最近腕に自信が出てきたのか、よく実戦でも前に立ちたいということが多くなってきた。

 

 いい心がけだけど、少し危ない。凛なんかはどんどん前に立たせてやれというけど、私は反対だ。

 

 確かに神楽は目覚ましい成長をしている。私もそれは理解しているし、その成長速度は私たちを越してしまうかもしれないと危惧するほどだ。

 

 けど、まだ精神的に成長しきっていない。

 

 変に達観しているこの熱出し男みたいになれとは言わないけれど、もう少し落ち着けるようになるべきだと思う。それにはもっと後ろで経験を積んでもらわないと。

 

「……ねえ黄泉、私って役に立ってる?」

 

「え?」

 

 憤慨したかと思ったら、一転して落ち込み始める神楽。

 

 どうしたというのだろう。

 

「何言ってるのよ今更」

 

 神楽の活躍はめざましい。凛をしてふざけた才能だと言わしめるほどだ。私もそれは感じているし、事実、将来退魔師を担っていくのはこの子だろう。

 

 それくらいのスペックを持っていて、それくらいの才能がある。

 

―――この子は伸びしろの塊だ。

 

 それこそ正直―――認めたくはないけど正直な話、私や凛を置いて成長していくだろう。

 

 だから、まだ凛や私程の戦績がないからと言って落ち込むことはないのに……。

 

「もしかして今朝冥姉さんに言われたこと気にしてるの?」

 

 そこでふと思い浮かぶことがあった。今朝の冥姉さんの言葉だ。

 

 正論で、何も言い返すことが出来なかった。今朝の言葉。平然とした顔をしていたから気にしていないかと思っていたのだけど、あの時は実感がわかなかっただけなのだろう。

 

「大丈夫よ。あれは神楽が気にすることじゃないから」

 

 あれは間違いなく私に宛てた言葉。

 

 私が、気にするべき言葉なのだ。

 

 にっこり笑って、神楽に微笑みかける。あの言葉は私の胸に重い楔を打ち込んだけど、そんなことはおくびにも出さないように。

 

「黄泉さん、氷枕作ってきました。……って凛さん寝たんですね」

 

 ちょうどいいタイミングで剣輔君が入ってくる。

 

 弐村剣輔。凛と神楽が偶然スカウトしてきた期待の新人。

 

 本当にいいタイミングで入ってきてくれた。これでこの話題を転換することが出来る。

 

「寝ちゃったみたい。作ってもらって悪いけど、要らなくなっちゃった」

 

「ウス。ここら辺に置いときます」

 

 そういって氷枕を棚の上に置く剣輔君。

 

 剣道をやっていたという彼は非常に筋がいい。凛とよくマンツーマンで訓練をしているみたいだけど、戦い方は私や神楽とまったく同じなため、よく教えてあげるのだ。

 

 そのおかげか最近はめきめき力を伸ばして、今は神楽の補助役として安心して任務を任せることが出来るようになってきた。

 

 カテゴリーDを切ることにもあまり抵抗が無いらしく、神楽が切るべきそれはもっぱら凛か剣輔君が受け持つことになっている。

 

 霊力も強く、神楽は非常に得難い存在を獲得してきてくれたものだ。

 

「凛ちゃん大丈夫かなぁ……」

 

「多分大丈夫だろ。この人化物みたいに身体強いし」

 

 そういいながら空いたコップなどを回収する剣輔君。

 

 気の利く男の子だ。大人びているし、背伸びをしたがる中学生男子とはとても思えない。

 

「なんか、軽いね剣ちゃん」

 

「軽いっていうか、正直本当にこの人がダメになるのを想像できないっていうか……。まあそういう意味では軽いのか……?」

 

「いや疑問形で言われても」

 

「とにかく、この人なら大丈夫だと思うぞ。心配ではあるけど」

 

 ぽりぽりと頬を書きながらそう答える剣輔君。

 

 それは私としても同感だ。

 

 凛の熱は下手をしたら人の命を奪いかねないほどに高い。それこそあと1、2℃上がるだけで本当に命に関わる。

 

 それくらいの危機的状況だけど、この男が死ぬとはとても思えない。何となくそう思うのだ。

 

 ……そう、思いたいだけなのかもしれないけど。

 

「黄泉ちゃーん。それにお二人とも―。送りの車用意したよー」

 

「千景さん、わざわざありがとうございます」

 

 がらりと襖が空いて凛のお母さんが入ってくる。

 

 とても二児の母とは思えない若々しい女性。若々しいというよりは幼いといったほうが適切かもしれない。

 

 身長も神楽と同じくらいで可愛らしいし、顔立ちも女性というよりは女の子と言ってしまったほうが適切な表現になる。

 

 いつも着物を着ているからそれでなんとなく大人びて見えるけど、セーラー服とかを着たら大学生辺りがコスプレをしているくらいにしか見えないかもしれない。

 

 ……この人が高校一年生の時の子供が凛。そう考えると、凛がしばしば「うちの親父は犯罪者だから」という意味も多少わかってしまうというものだ。

 

「剣輔君も乗ってって。金田に送らせるから」

 

「ありがとうございます。……あの、すみません。さっきから誰も触れてくれてなかったんですけど、華蓮ちゃんが足から離れてくれないんですが」

 

 そう言われて剣輔君の足を見ると、ズボンをがっちりと握りしめて離さない華蓮ちゃんがそこには居た。

 

 神楽も私も気が付いていたのだけど、華蓮ちゃんが誰かしらから離れないのはいつもの事なので、ついついスルーしてしまっていた。

 

「けんちゃんまだいる」

 

「いや、俺明日もあるし……」

 

「……」

 

 無言で剣輔君を見つめる華蓮ちゃん。

 

 あの透明な眼に捕まるとどうしようも無くなってしまうのだ。私も神楽もそれで何度華蓮ちゃんが寝るまで付き合ってしまったことか。

 

 ……あの子は将来魔性の女になる資質を秘めていると思う。

 

「それじゃ千景さん、私たちは失礼しますね」

 

「千景さんじゃーねー!」

 

「ちょ、お前ら!見捨てんなよ!」

 

 結局この日は剣輔君を掴んで離さない華蓮ちゃんが寝るまで皆で楽しく遊んでしまった。

 

 

 そして、神楽にとっての試練の日は、そんな穏やかな一日の次の日だった。

 

 

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『本部より各移動へ。都内各所においてカテゴリーC多数出現中。各個に警戒。発見次第除霊措置されたし』

 

「次から次へうじゃうじゃと!一体どうなってんだ今日は!?」

 

 銃の炸裂する音が響く。

 

 薬莢が地面をたたき、硝煙の匂いが日常を満たし、非日常へと染め上げる。

 

 桜庭一騎は思う。一体これで何度目の発砲だろうか。少なくとも、10や20では済まない数、引き金を引いている。

 

 それでも一向に数が減らない。次々に湧き出て、次々に集まってくる。

 

「こっちは一掃した!次はどこだ!」

 

 別の場所では飯綱則之が携帯に向って叫び、指示を仰ぐ。

 

 傍らには馬の死骸が二つ。

 

 形があるものがそれというだけで、実際にはその何十倍の数の怨霊を葬っている。

 

 対策室が総出でも駆除が間に合わないような異常事態。

 

 雑魚な怨霊とはいえ、大量に集まればそれは脅威となる。

 

 都内各地。

 

 都内は狭い。東北などに比べれば一体何分の一であろうか。

 

 地方と比べて敷地は断然狭い東京都内ではあるが、その雑多さ故、デットスペースが無数に存在する。

 

 人の目の届かない、暗い場所。そしてそんな場所にこそ怨霊は出現する。

 

 東京は狭いというが、実は人間が移動するには十二分に広い。

 

 そんな都内が今、怨霊であふれかえっていた。

 

 

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『神楽、そっちは?』

 

「カテゴリーCがたくさん!でもどうしてこんないっぺんに!』

 

『わからないわ。……とにかく、三人で手分けして除霊しましょう!一人で平気?』

 

「うん」

 

『じゃ、後で』

 

 ピッという音で電話が切れる。

 

 黄泉もカズちゃんも紀ちゃんもさっきから引っ切り無しに戦っている。

 

 それだというのに一向にカテゴリーCが減る気配が感じられない。

 

「異常だよ、こんなの……」

 

 倒しても倒しても溢れ出てくる。人の思念は無限だから、怨霊が生まれるのは確かに無限に生まれるけど、それにしたって普通はこんな数が出てくることは有り得ない。

 

 災害現場とか、よっぽど強い心霊スポットなら話は別なんだけど……

 

「……次は」

 

 黄泉と通話を終えた携帯に視線を落とす。

 

 次の霊力分布に強い冷気が示されているのは私の学校。

 

 ……私の学校!?

 

「急がないと……!」

 

 今はもう夕暮れだ。18時を過ぎ、部活動中の生徒も既に帰宅しているだろう。

 

 だが、一部の生徒や先生は残っているかもしれない。

 

 危険だろうという思考は常にしていて問題ないけど、大丈夫だろうという思考は決してしてはいけない。

 

 舞蹴を携え、私は自分の学校へと走り出した。

 

 

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「もうやっち。外真っ暗だよー」

 

「あとちょっとで1分切れそうだったのになー」

 

 シャワーを浴びながら、雑談する少女たち。

 

 時刻は19時近く。夏が近づき暑くなってきたこの時期であっても既に外は暗く、彼女たちは夜の学校の中にいた。

 

「簡単に切れたら苦労しないよー」

 

 おとなしそうな、穏やかな声で話す少女は真鍋美紅。土宮神楽のクラスメイトだ。

 

 茶髪の快活そうな少女は柳瀬千鶴。同じく土宮神楽のクラスメイトで、真鍋美紅同様水泳部に所属している。

 

 二人とも水泳部の練習が終わった後も居残りをして練習をしており、この時間になっているのだ。

 

「あ、切れた」

 

「え?」

 

「いったー!誰よパッチン留め落としたのー!」

 

 柳瀬千鶴が徐に足を上げる。

 

 パッチン留めを勢いよく踏んでしまったらしい足からは少なくない量の血が出ており、それが地面を赤く染めていた。

 

「大丈夫?直ぐ消毒したほうがいいよ」

 

「いったーい!美紅、保健室いこ保健室!」

 

 更衣室で軽い手当てをして、二人は夜の学校を歩き出す。

 

「もう皆帰っちゃってるよ。保健室、先生いないんじゃない?」

 

「いーよ絆創膏あれば」

 

「鍵しまってたら?」

 

「あ」

 

「もう」

 

 そう掛け合いをして微笑み合う二人。

 

「なんかさ、夜の学校ってなんか出そうで怖いよねー」

 

「やめてー」

 

「良くあるじゃん、昔自殺した生徒の霊が出るとかー」

 

「やーめーてー。……あれ?やっち、足、傷開いてる」

 

「え?」

 

 そういわれ、柳瀬千鶴が下を見るとそこにあったのは大きな血だまり。

 

 確かに柳瀬千鶴の傷も浅くはなかったが、流石にこれほどの大きな血だまりを作るような出血は無い。

 

 ではこれは?と思い廊下を見やると、そこあったのは点々と続く血の跡。

 

 それは次第に大きさを増していき、ある1点へとたどり着く。

 

 男が倒れている血だまりへと。

 

「え……」

 

 二人は困惑する。

 

 一体何が起きているのか。

 

 これだけ大量の血を一般人が見ることは極めて珍しい。加えてそこに人が倒れている、などという状況、望んだとしても中々お目にかかれるものでは無い。

 

 人間が未知のものに相対したとき、最初に起こる現象は停止だ。

 

 認知が出来ないことによって思考が停止し、伴って体も動かなくなる。

 

 だが、人間の脳は優秀であり、情報の処理を一瞬行えなくなったように見えても、実は水面下で理解を進めている。

 

 そして、その脳が起きていることに対しての答えを導き出すと、そこには感情が生まれてくる。

 

 感情。つまりは喜び、悲しみ、怒り、そして恐怖などだ。

 

 そして今回、二人の脳が同時に導き出した回答は、恐怖を導き出すにふさわしいものであった。

 

「「……!」」

 

 二人は一目散に廊下を駆け出していく。

 

 曲がり角の暗闇から、自分たちの知る恩師の姿が現れたことにも気が付かずに。

 

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「見失った……?それとも狙いを誤ったか……?」

 

 夜の埠頭。

 

 頼れるものは街頭だけという薄暗い闇の中で、白銀の髪を持つ女性が佇んでいる。

 

 諌山冥。諌山の正当な後継者にして、同世代の退魔師の中でも随一の腕前を持つ女性。

 

 桃色の着物に、白銀の髪。

 

 百合をあしらった長髪は、処女雪のような、見るものを全て虜にするような美しさを誇る。

 

(明らかに反応があったはずなのに……)

 

 怪しい冷気の流れを追ってきたはずなのに、その気配は無くなってしまっている。

 

 気のせいだったのだろうか。だが、確かにこの位置に怪しい気配があったはずだ。

 

 そう考え、歩き出そうとした諌山冥に後ろから言葉がかけられる。 

 

「おや?今日は貴女一人なのかい?てっきり小野寺凛が付いているものと思っていたんだけど」

 

 振り向きざまに一閃。

 

 手ごたえを感じられるはずの一撃だったのだが、その一撃は空を切り、冥の眼前には霧散していく人型の蝶しか映らない。

 

「いきなり攻撃とは酷いな。死んじゃったらどうするんだい?」

 

「三途河カズヒロ……」

 

「名前を覚えてもらっていて光栄だよ、諌山冥。調子はどうだい?」

 

 赤のベストに白のシャツ。

 

 美しくも不気味な蝶を携えた、白髪の少年。

 

 諌山冥の視線の先に居たのは案の定というべきか、現在退魔師の一部の界隈では有名な名となっている少年、三途河カズヒロだった。

 

 冥はぎゅっと薙刀を握り締める。

 

 冥のプライドはこれを認めることを良しとはしないが、実は冥はこの男が苦手だった。

 

 何を考えているのか全く分からず、飄々としているこの少年になんとも言い難い苦手意識を抱いてしまう。

 

「今日は彼と一緒じゃないんだね。彼なら真っ先に僕の所に来るだろうと踏んでいたんだけど、あてが外れたかな」

 

「……私たちは常に一緒にいるわけではありませんが」

 

「あぁ、そういう意味じゃないよ。彼はストーカーみたいに僕の行く先に出没するから、今回も出てくるんじゃないかって思っただけさ」

 

 飄々とそう答える三途河。

 

 少し早とちりをしてしまったようだ。

 

 確かに聞く限り小野寺凛と三途河カズヒロの遭遇率は異常に高い。最初は冥も凛がこの少年と内通しているのではないかと疑ったものだ。

 

「ずいぶん固執しているのですね」

 

 三森峠での応酬で、この少年が小野寺凛に強い興味を持っているということを知った。

 

 その興味が退魔師としてなのか、殺生石の担い手としてなのか。どちらかは判断が付きかねるが、ともかくこの少年の興味の対象になるなど碌なことでは無い。

 

「別に固執しているわけじゃないさ。貴女たち退魔師の中で一番気になっているのは否定しないけどね」

 

「では、あなた方の関係は?ただの退魔師と怨霊にしては随分と仲がよろしいようですが」

 

「ただの退魔師とその敵対者だよ。訂正を入れるなら僕が怨霊ではないってことぐらいかな」

 

 嘘だと冥は思う。固執していないというには強い興味を持ちすぎている。

 

―――私を殺した後の反応を知りたがるなんて、固執以外のなんだというのだ。

 

「何故彼なのです」

 

「面白いから、って答えで満足してもらえるかい?」

 

「真面目に話す気は無い、と」

 

「嘘は言ってないつもりだよ。……でもそうだね。貴女が満足する答えを一つ返しておくなら」

 

 明らかにまともに答える気が無い三途河が、意味ありげに一拍置いて、

 

「多分、僕と彼の関係は貴女が思っているより大分複雑なものなんだ。あくまでも僕の想像だけど、彼と僕の間には普通じゃ説明できない類の力が働いてる」

 

 そう述べる。

 

 その回答に冥は言葉を失う。驚いたというよりは理解が出来なかったためだ。

 

「……普通じゃ説明できない?」

 

「そうだね。例えばこの石みたいな、人間じゃどうしようもできない力かな。あくまでも僕の予想に過ぎないから、あまり話したくはなかったんだけどね」

 

「私がそれを信じると?」

 

「不真面目な回答に聞こえたのなら勘弁して貰いたいな。これでも本当に真面目に回答したつもりなんだ」

 

 胸に手を当て、気取った仕草でそう答える三途河。

 

 諌山冥は閉口する。目の前の少年が、本気で言っているのかそれともふざけて言っているのかが全く分からなかったからだ。

 

 不気味な少年だと本当に思う。得体のしれない相手というものがここまで気味の悪いものであるとは思わなかった。

 

「こちらからも質問をいいかい?ここに小野寺凛が来ていないということは、彼は各地の掃討に当たっているのかな?」

 

「現在療養中だと聞きます」

 

「療養中?」

 

「ええ、私はそう聞いています」

 

 そう回答する。

 

 敵に身内が弱っているとう情報を流すのはどうかとも思うが、小野寺凛が風邪をひいて倒れているという情報は別に秘匿も隠ぺいもされていない。退魔師のネットワークが少しでもあればわかることだ。

 

 この少年にそれがあるかわからないが、この少年には隠しても意味が無いだろう。それに、実は本人から隠ぺいはしなくていいという伝言を受け取ってもいるのだから、わざわざ隠す理由もない。

 

「珍しいこともあるものだね。怪我でもしたのかい?」

 

「風邪だと聞いています」

 

「風邪だって?それは面白い冗句だね。今年聞いた中でも一番かもしれないよ」

 

 心底意外だという顔で驚く三途河カズヒロ。

 

「……そんなに驚くことでもないでしょう」

 

 驚くことではないと言いつつも心の中では少しばかり同意してしまう。冥も三途河と同じく、凛が倒れる姿を想像できていなかったからだ。

 

「そうかい?なんとなく彼がダウンしている姿が想像できなくてね」

 

 不敵な笑みを常に浮かべている彼にしては珍しく、くつくつと可笑しそうに笑う。

 

 普通の人間なら倒れるような怪我を負いながら平然と戦闘を続けるような男だ。確かに風邪ごときに負ける姿が信じがたいのは同意できる。

 

 同意は出来るし、共感もできるが、

 

「単刀直入に聞きます。何が目的ですか」

 

 この男と話していたいとはとても思えない。

 

 聞きたいことが無いわけではないが、それを聞いたところでまともに答えるとは思わないし、実りがあるとも思えない。

 

「相変わらずせっかちだね。もう少し余裕を持ってもいいんじゃないかい?」

 

「これだけの災害をまき散らしている元凶が何を言っているのです」

 

「正確には僕じゃなくて殺生石が元凶だけどね。……とはいえ君達退魔師からすれば同じことか」

 

 かちゃり、と音を立てて薙刀が再度構えられる。

 

 これ以上無駄に話すつもりはない。さっさと要件を言えという意思表示。

 

 刃は時として言葉よりも雄弁である。常に敵対という指向性を帯びてしまっているが、その方向に関してだけは他の何よりもわかりやすい言語となる。

 

「目的なんてないさ。―――ただ、何となくここに惹かれただけなんだ。だからさっきの質問に対する答えを僕は持ち合わせていない」

 

 感慨深げに、左目の石に触れる三途河。

 

「そう、何となくなんだ。だたそれだけなんだよ」

 

「何を言っているのです?」

 

 冥は本気で首をかしげる。また誤魔化そうとしているのか。だが、この少年の誤魔化し方にしてはユーモアが無い。

 

「さあ。僕にもよくわからないんだ。僕は何を言っているのだろうね」

 

「成程。まともに答えるつもりはないのですね」

 

「そういう訳じゃないんだけどな。でも信じてくれないのも仕方がないね。理屈で説明できないものは人を納得させるに値する説得力を付加できないからね」

 

 どこか楽しんだ表情を浮かべる三途河。

 

 わからないと言いながらも、その感覚を、その未知さを楽しんでいる、そんな表情だった。

 

「……!!待て!」

 

 突如、前触れもなく諌山冥は三途河に対して切りかかる。

 

 一瞬で距離を詰め、横一文字に薙刀を振るう。華麗で美麗な一閃。

 

 得体のしれない相手が故に迂闊な接近戦は挑みたくなかったが、仕方がない。

 

 完全に獲ったと思わされるようなタイミングの一撃。並みならば気が付かぬうちにあの世行の鋭い一撃。

 

 だが、

 

「逃げるのですか!」 

 

『逃げるんじゃないさ。帰るだけだよ』

 

 切られて人型に二つに分かれた青い光の蝶が空を舞う。死の調を思わせる不気味でありながら見惚れるほど美しいその蝶々。

 

  切り裂いたそれには実体がなく。華麗に舞うそれはつまり、冥の一撃が当たらなかったことを雄弁に語っていた。

 

 逃げる気配を感じたために切りかかったが、どうやら一歩遅かったようだ。

 

「ちょこまかと……!」

 

『今回は普通にお暇するよ。これ以上ここにいても知りたいことが知れるわけでも無いみたいだし、本当に用事があったわけじゃないからね』

 

 また同じ言葉を繰り返す。用事があってきたわけではないと。

 

 ふざけるな、と冥は思う。用事がなくこれだけの災害を巻き起こすなど、まともでは無い。

 

 まともでは無いのは十二分に知っていたが、それにしても馬鹿げている。

 

「待て!」

 

『待てと言われて、と返すのはあまりに芸が無いかな?―――じゃあね諌山冥』

 

 その言葉とともに、蝶が空へと完全に舞っていく。伴って消える不思議な圧力。

 

「……逃げたか」

 

 冥は三途河が完全にこの場から去ったことを確信して構えていた薙刀をおろす。

 

 何もせずに消えていった。つまりは本当に、なんの用事もなくここに現れたというのだろうか。

 

 拍子抜けしながらもふう、と一息ついて、近くの石に座り込む。

 

 途端に感じるヒヤリとする服の感覚。知らずのうちに冷や汗をかいていたことに今更ながら気が付く。

 

 どうやら自分は自分で思っている以上に緊張をしていたらしい。

 

 ()()()()()()()()とどこか冥の本能に近い部分が警鐘を鳴らしているかのようだった。

 

(出来れば、あまり相対したくはないですね)

 

 認めたくはないが、諌山冥は何処かあの少年に苦手意識があることを自覚していた。

 

 土宮家の当主を下している少年だ。勝てないなどと言うつもりは毛頭ないが、相対しないに越したことはない。

 

 あのまま戦闘になっていたら、下手をすると計画が頓挫するところだった。

 

 しっとりと汗をかいた自分の手のひらを見つめる。

 

 計画はもう実行段階に来ている。

 

 自分の計画だとばれないよう細心の注意を払った。事が起きても自分の仕業だとは絶対に気が付かれない自信がある。

 

 あとは目覚めるのを待つだけでいい。もっとも、あと一週間も猶予はないだろうが。

 

「このタイミングで倒れるとは、運が無いですね」

 

 ぽつりと、冥が呟いた言葉。それは暗闇のしじまへと浸透し、煙が霧散するかの如く闇の中へと消えていった。

 


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