喰霊-廻-   作:しなー

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今回は回答編。賛否別れるかも。



第21話 -小野寺の真実-

「……は?」

 

 自分の口から出たとは思えないほどの間抜けな声。それが耳についてようやく、自分がその声を出したことに気が付く。

 

 イレギュラーとこいつはそういった。この世界に生まれるはずのないイレギュラーと。

 

 思わず瞬間的に言葉を失う。

 

 そして、次の瞬間にはこいつが言っていたことの意味を理解する。

 

「……!!」

 

『察したか。―――仮にも我々は神だ。お前がどういった存在なのかということぐらい、当然に把握している』

 

 絶句する。多分おれの今の顔は黄泉辺りに見られたら笑われ、バカにされること間違いなしだろう。

 

 それほどまでに衝撃を受けている。

 

 つまり、こいつは知っているということだ。

 

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「……知ってやがんのか」

 

『当たり前だ。―――我々は神。この世界の秩序と法を司る存在なのだから』

 

「……」

 

 再度絶句する。

 

 まさか、こんなこと想像すらしていなかったのだ。当然だろう。まさか、ばれているとは。

 

「……それで?そんな法と秩序の番人さんが俺の目の前に現れて何をするって?弱ったところを闇討ちか?」

 

 なんとかいつもの調子でそう語り掛ける。

 

 熱と動揺で万全ではないが、体裁ぐらいは整っているだろう。そういう訓練は常にしてきている。

 

『先程も言っただろう?そう邪険にするなと。私は単純にお前に興味があってきたのだ、小野寺凛』

 

 ……。興味があって、か。

 

 そんな言葉を使う輩にいい思い出がない。三途河しかり三途河しかり三途河しかり。碌な目にあわされた記憶がないのだが。

 

『お前がイレギュラー的な存在であることを我々は把握している。―――だが、何故お前が生まれたのか、何故お前が存在しているのか、我々には全く分からない。存在してはいけない存在であるお前がなぜ我々の世界に生まれ落ちたのか、全くわからないのだ。だから、お前に興味がある』

 

 淡々と語る神。

 

「万能の神様でもわからないことがあるんだな」

 

『我々神は万能ではない。私もまたシステムの一部にすぎん。だからお前に尋ねに来たのだが、お前も自分の出生についてはわからぬのであろう?』

 

「……まあな。むしろ俺も知りたいくらいだよ」

 

 これは本心だ。

 

 なぜ俺がこの世界に生まれ落ちたのか。誰がこの世界に連れてきたのか。

 

 偶然なのか、それとも誰かの意思が介入していたのか。

 

 俺の想像ではこの世界の神々が引っ張ってきた可能性が一番高かったのだが……どうやら、違うらしい。

 

「……俺の予想だとあんたらが俺を引っ張ってきたものだと思ってたんだけどな」

 

『それだけは無いと断言しよう。むしろ我々はお前にとっての敵対者だ。そう分類できる位置にいるのだから』

 

「敵対者、ね。邪険にするなと言った割には邪険にされる口実与えてんじゃないの?」

 

『我々、と言っただろう。私単体としてはお前に敵意は持ち合わせておらん。私の役割はあくまで選択を見守ることだ』

 

 ……こいつは土地神と名乗っていはいるが、こいつもまたシステムの一部。

 

 人間が定義する神とは乖離している。この世界に全知全能の神というのは存在しない。

 

 世界自体の意思みたいなものは当然存在する。例えば、九尾のシステムも世界の意思だ。人間の憎悪が限界点を突破すれば、その憎悪を世界がくみ取り、人間を滅ぼす。

 

 世界の浄化システムが九尾。世界が自分を守るためのシステムだ。

 

『世界を動物に例えればお前はこの世界という生物の中に生まれてしまった癌だ。よって世界はお前の存在を許せない。許してはならない。認めてしまえば世界自体が危ういことになりかねない』

 

「癌、ね」

 

『言い得て妙だろう?何故、何時できるか全くわからないものだというのに、取り除かなければ死に至るのだから。それが、この世界にとってのお前なのだ、小野寺凛よ』

 

「……俺は世界を壊すつもりも、壊すような実力もないけど?」

 

『本当にそう言えるのか?この世界が辿るべきであった運命と、お前が描いた筋書。一体どれだけ乖離している?』

 

「……」

 

 この世界は元の運命、つまりは奈落さんも冥さんも、舞さんも黄泉も死ぬあの世界からは随分と乖離している。

 

 この世界に漂う憎しみは、発露されるまでもなく、その大本自体が存在しなくなっている。かく言う、俺がつぶしたのだ。

 

 確かに、その観点に立てば俺はこの世界を壊していると言えなくはない。むしろ、俺が世界を作り上げてしまっているとも言える。

 

『我々からすればお前は異物だ。体内にあるだけで煩わしく、不快に感じる存在だ。それが運命を捻じ曲げているなど到底許せることではない。存在だけで有罪なのに、さらに罪を重ねているのだから』

 

「そりゃあ悪かったな。でも異物を排除しようともせず放置してたのはあんたらだろ?俺が癌だというのなら、早期対処が病には一番効果的だって知らなかったか?」

 

 多少バカにしたように笑いながら俺はそう言う。

 

 有害と言う割にはこいつらは何の対策も講じていない。害だというのなら切除するなりなんなりすればいい。

 

「それこそ生まれた時に不慮の事故かなんか起こすとか、そうじゃなくたって色々方法は考えられるだろうに。そうだな、例えば五体不満足に生まれ変わらせたり、例えば―――」

 

 そこまで言ったところで俺は話すのを中断する。

 

 いや、()()()()()()()()()話を中断させられたという方が正しい。

 

 話しながら、俺は一つの仮説に行き当たった。

 

『例えば、どうした?』

 

「おい、てめぇ。まさか……」

 

―――その仮説から、決して一つの仮説ではない、相当数の仮説が生まれてくる。

 

『ほう、流石に理解が早いな。お前が言いたいのはこうか?例えば、―――持って生まれた才能を使えないようにしてしまう、とかな』

 

 目の前が真っ白になるような錯覚にとらわれる。

 

 まさに、図星だったからだ。

 

『お前のその霊力量、人間の身には過ぎるものだ。今の退魔師で、いや、歴代の退魔師でもそれだけの化け物染みた霊力を持つ者など居やしない』

 

 世界が俺に対してなんの干渉も介入もしてきていないものだと、そう勘違いしていた。

 

 だが違う。本当は―――

 

『生まれた時からお前はこの世界に嫌われている。最も過酷な、最も成長の見込めない状態に落とされているのだ、小野寺凛。―――世界の抑止力は、お前の存在を決して認めはしない』

 

 

 俺は、()()()()()()()()()()、世界に干渉され続けていたのだ。

 

 

------------------------------------------------------------

 

『貴様も気が付いているだろう?貴様の中に眠るその霊力の桁違いさを』

 

「……あぁ」

 

『一般の家庭にお前を産み落としてもその霊力だ。間違いなく過去最高の退魔師として貴様は大成したであろう。どんな不遇な過程にあっても、お前の潜在能力ならば確実に貴様は最強の退魔師を名乗ることを許されたはずだ』

 

「……」

 

『だからお前は小野寺に生まれた。身体の才も大してなく、お前が何故か持つその霊力も完全に殺し切る唯一の家系である小野寺にな』

 

「……そういう、ことか」

 

 俺は以前、この霊力量が生まれ持って手に入ったチートなのではないかとそう考えたことがある。

 

 なぜならばこの霊力量は異常だ。黄泉5人分でも軽く足りないだけの量があると、黄泉に本気で僻まれたことだってあるぐらいなのだ。

 

 だが、小野寺の術式にはそんな大層な霊力があっても文字通り何の役にも立たない。

 

 なんせ、小野寺の霊力は本当に霊力を消費しない。俺は生まれてこの方、戦闘において持てる霊力の一割を消費したことすらない。

 

 それは俺が特別だとかそういう意味ではない。

 

 小野寺の術の性質上、膨大な霊力とは本当に()()()()()()()なのだ。

 

「一般家庭も含めて、ほかのどの家系と比べても一番俺の才能を活かせないのがここ小野寺だった……そういうことだな?」

 

『その通りだ。……お前が五体満足の赤子として生まれることは世界が気が付く前に決定していた。その上で受け皿に干渉するとなると、その候補は一つしかなかった。そう、()()()()()()()()()()なのだ』

 

 ピースが繋がる。

 

 俺は、小野寺として生を受けたことを非常に良かったと思っている。本当に両親にも環境にも恵まれたし、可愛い妹だってできた。

 

 もう一度生まれなおすとしてもここに生まれたい。そのぐらいにこの家族に俺は愛着を抱いている。

 

 ……だが。

 

 俺の才能的には。俺が退魔師として生きていく上では。最低の、宿り先だったということだ。

 

『それだけではない。お前が言う、早期対処など我々はいくらでも手を打っている』

 

 例えば、とこいつは続ける。

 

『お前は人生で異性から言い寄られたことがあるか?』

 

「……それ、この話に関係あんのか?」

 

『無いと思うか?』

 

「……何回かあるよ。それ以外は無いな」

 

『ふむ。それで?その子はどうなった』

 

「……あんたは俺の恋愛相談をしに来たのか?まぁ真面目に答えるとその子達はもう―――っ!!」

 

 そこまで言って俺は気が付く。

 

「―――おいてめぇら!まさか……!!」

 

 実は俺に言い寄ってくれた女の子達は数人いる。いや、数人って言い方は失礼に当たるか。

 

 俺に言い寄ってくれた、告白してくれた女の子は2人、いる。

 

 両方とも可愛い子で、好みのタイプであったことを覚えている。でも。

 

 もう既にこの世にはいないのだ。

 

 一人は告白の返事を待ってくれている間に交通事故で。一人は癌に侵されて助からない状態で告白してくれた。

 

 二人とは殆ど面識がなかったし、俺はその時余裕がなくて二人の気持ちにこたえることもできなかったが、普通に考えて異常だ。

 

 俺に告白をした女の子が死んでいるのだ。それも二人。

 

 こんなの、偶然とは思えない。

 

 殺しやがった。そう思って土地神を本気で睨みつけるが、土地神は首を振って否定する。

 

『落ち着け。我々が直接手を下したわけではない。原因と結果が逆なのだ。お前に告白をしたから死んだ、のではなく、死ぬ運命にあったからお前に恋心を抱けた、というのが正しい』

 

「……は、ぁ?」

 

 さっきから思考が追いつかない事ばかりだ。とてもじゃないが理解が追いつかない。

 

「死にかけじゃないと俺に惚れられないって?吊り橋効果のことでも言ってんのか?」

 

『全く違う。―――小野寺凛。種を滅ぼすにはどうすればいいと思う?』

 

「種を、滅ぼす?」

 

 またしても唐突な問いかけ。だが、おそらく今までの流れ的に意味はあるのだろう。

 

 思考を再度巡らせる。

 

 熱は既にどこかに行ってしまった。39℃を超えていることは間違いないが、今はそんなこと気にしている余裕がない。

 

「……俺が思うに、種族を滅ぼす方法は大きく分けて二つ考えられる」

 

 一本指を立てる。

 

「一つは真正面からの虐殺。その種という種を手段を問わずその代ですべて駆逐することだ」

 

 正直に言ってほぼほぼ不可能なことではあるが、殺しつくすと考えた時に間違いなく選択肢の一つにはなり得る。

 

「方法はなんでもいい。核をぶち込むもよし、毒を使うもよし。可能なら一人ひとり肉弾戦で潰していく、なんていうのもありだ」

 

 他にも内輪もめを誘発する、なんていうのもありだ。人間に限った方法ではあるが、一網打尽にすることもできる。

 

―――だが、これよりも確実な方法がある。

 

 行うことができればという枕詞は当然必要だが、どんな種でも、どんなに強い体や優れた知性を持つ種であろうとも間違いなく殺しつくすことのできる方法が。

 

 二つ目は、と言って指をさらに一本立てる。

 

「二つ目は種の保存を不可能にすること。つまりは子孫を残せなくすることだ」

 

 これは正直、かなり効く。

 

 相当なロングスパンで考えなければならないが、種を残せなくしてしまえば、その種はいずれ死に絶える。

 

 最後の世代なるものが誕生してしまうのだから、その世代が死に絶えればあとは自ずと消えさっていく。

 

 そして―――

 

「……そういうことか。結果と原因が逆転してる……。確かにその通りだ。これだろ、お前の聞きたかった回答は」

 

『聡明だな。その通りだ、小野寺凛』 

 

 ぱちぱちと拍手をしてくるのが本気で頭にくる。

 

 やつとしては感心しているらしいが、俺としては面白くない。本気で面白くないのだ。

 

『お前は異物だ。世界にとっての敵だ。―――そんな存在がこの世界に子を成せる訳があるまい』

 

 世界から嫌われた、世界の抑止力に阻まれた人間が、その世界で根を下ろせる訳がない。

 

 つまり、俺はこの世界で子を成すことができない。

 

 俺が異性から性的な興味を抱かれていないのはそれが原因だ。

 

 女性は強い男に惹かれる。それは優秀な遺伝子を自分の子孫として残したいからだという。

 

 俺の顔面がいかに整っていて、頭も悪くなくて、腕っぷしが強くても。いかに一見優秀そうに見えても。例え俺の遺伝子がいかに優秀でも。

 

―――俺と子を成すことは、世界の抑止力が許さないのだ。 

 

『よって我々が手を下さずともお前はそのうち最後の一人となる。この世界にとっての異物は、お前からすれば一生と感じる年月であろうと、我々からすれば一瞬と感じる時間のうちに消えてなくなるのだ』

 

 ……理解したよ。死ぬ運命にある女の子は別に俺が世界の抑止力に苛まれていようが何だろうが関係ないもんな。その子は死ぬんだ。抑止力なんかからは解放されてるだろうよ。

 

 だから、告白してくれた。好きになってくれたのだろう。

 

 発想の転換だが、多分俺に()()()()()興味を持ってくれている人間は死の運命にあると考えても悪くなさそうだ。

 

 ……聞いて回りたくはないけどな。

 

『他にも抑止力はお前に色々と重荷を課している』

 

「……あ?」

 

『疑問に思ったことはないか?お前の努力量で何故その程度の実力しか得ていない?何故お前は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?……全ての答えはそこにある』

 

 思ったことは何度もある。血反吐吐くような努力をしても黄泉に及ばないこともあった。神楽にもぬかされそうになっている。

 

 そして、戦闘になんてほぼ一切参加していない母親に俺は術の使い方で負けている。それも、結構圧倒的に。

 

 それを俺は才能の一言で片づけていた。そして、それは諦めなどでもなく、客観的な事実からそう判断していた。

 

 だが―――

 

「……つまりてめぇらは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、―――まさかそういいたいのか?」

 

『そういうことだ』

 

「―――クソ野郎がぁ!!!」

 

 血が、沸騰する。全身の血が一瞬にして蒸発するかの如く熱を持ち、体を駆け巡る。

 

 俺はベッドから飛び上がり、目の前の男に切りかかる。

 

『無駄だ。お前では私は殺せん』

 

「ふざけんな!俺が、どんな思いで!どんな覚悟でここまで来たと思ってやがる!!それをてめえら如きの勝手な都合で奪ってやがっただと!?ふざけんじゃねぇ!!」

 

 俺の攻撃は何度も何度も空を切る。

 

 切っているはずなのに、確実に刃はこの男に当たっているのに、すり抜けて完全に当たらない。

 

「てめえらにとって害だのなんだのと!そんなの俺が知ったことか!!てめぇらのただのエゴだろうが!!」

 

 当たらない。いや、当たるはずがない。

 

『止めろ。お前ならわかっているはずだ』

 

「……っつ!!クソが!」

 

 こいつは高位の存在。九尾や天狗と同じ、特殊な条件が揃わなければ倒すことは不可能な次元の存在なのだ。

 

 本気で、近くにあった椅子を蹴り飛ばす。

 

 ごん、というしっかりとした感触が骨まで響いてくる。

 

 壁にとてつもない勢いでぶつかり、騒音を立てて壊れる椅子。物に当たるなどガキのやることだが、今回ばかりはどうしても抑えきれなかった。

 

『落ち着いたか?』

 

「……落ち着いてると思うか?」

 

『とても思えんな。だが、言っただろう。私個人としてはお前に敵意はないのだ』

 

「お前が俺に敵意を持っているかどうかは正直どうでもいい。今の俺の興味は、お前らをどうやったら倒せるのかってとこに向いてる」

 

『面白いことを言う男だ。―――なら、まずはお前の対となる存在を倒さねばな』

 

「対、だと?」

 

『そうだ。対となる存在。それを倒せば世界に対する反逆ともなるだろう』

 

 少し、怒りが冷めてくる。

 

『この世界は最も自然にお前を排除する方法として、お前に対となる存在を宛がった。お前を最も自然に殺すため、そのためだけに。それが何か、お前には心当たりがあるのではないか?』

 

―――君と僕の邂逅は偶然じゃない。多分、これらは全て必然なんだ。

 

 遺憾ながら美しいと評するのがふさわしい、そんな声が俺の耳の中でリフレーンする。

 

―――僕は確信したよ。いずれ訪れる大きな転換点において僕らは必ず対峙することになる。恐らくは、いや、間違いなく敵同士としてね。

 

 あの公園で。あの時に三途河が話した内容。

 

―――僕の敵役は君で、君の敵役が僕なんだ。

 

「三途河、カズヒロ……!」

 

 そう。あいつは確かに言っていた。

 

 あいつも確証は得ていない様子だった。それを確かめるためにあいつは俺を待っていたのだから。

 

 だが、それでも薄々あいつは気が付いていた。俺の敵が自分で、自分の敵が俺なのだと。

 

『世界が選んだお前の敵、それがあの少年だ。お前とあの少年の間にどういう因果があるのかはわからんが、それが最も自然だと世界が判断したのだろう』

 

 もっとも、彼自身その自覚は無い筈だがと土地神は言う。

 

 ……納得がいった。

 

 世界の抑止力とやらは俺ではなくあいつにどうやら味方をしているらしい。

 

 俺という異分子が現れたおかげで土宮舞を救うことができたが、あいつの術の実力は異常の一言に尽きる。

 

 いくら殺生石のバックアップを得ていると言えども、13のガキが使えるような術ではないことを多々やらかしている。

 

 それが、()()()()()()()()()もあってのことというのなら納得だ。つまりはあいつに成長補正のチートがかかっているのだ。こっちは成長鈍化のデバフが付いているというのに。

 

 ……くそったれ。この世界はとことん俺に楽をさせてはくれないらしい。 

 

『世界は理に反しない方法で異物を排除する。例えば交通事故や風邪、不慮の事故などだ』

 

「……おい、まだあんのか。もうお腹いっぱいだぞ」

 

『今回のお前の症状も、世界の抑止力によるものだ』

 

「……この熱も、か」

 

 ベッドに戻りながら、そう返答する。

 

 こいつの話を聞きながら、そうじゃないかとは思っていたのだ。

 

『お前は既にこの世界で一個の生命として確立しつつある。それも普通の人間や退魔師などより遥かに深く強く。そんな存在を排除するのは並大抵の抑止力では不可能だ』

 

「……それで?」

 

『直接体調を害するなど普通は理に反すると言われてもおかしくはない。成長の阻害とは異なり、はっきり目に見えるレベルの干渉だからな。世界としてももうなりふり構っていられる段階ではなくなってきたのだ。―――これからは、お前を排除するために手段を選ばないだろう』

 

「……でもあいにくこの程度じゃ死にそうには無いけど?」

 

『その熱はあくまでも今後のための伏線だろう。お前を殺すために最も自然な状態を作るためのな』

 

「へぇ。随分と親切なんだな。敵側の俺に対してさ」

 

『何度も言わせるな。私はお前を別に敵視しているわけではない』

 

 三途河が俺の対。

 

 まるで原作(喰霊)の神楽と黄泉のようだ。

 

 思わず笑ってしまう。

 

 だけど、かなり納得がいった。

 

 恐らく俺の持つ狂戦士としての一面。あれも世界からの抑圧とやらを避けるために俺の防衛本能が作り出したものなのかもしれない。

 

 訓練中に不慮の事故で、なんていうことを避けるために。

 

 それに―――

 

「あんたとか殺生石に対して嫌な感じがするのも仮説が立てられた。多分、俺の体が警告してるんだろうな。俺を殺すものに近づくなってさ」

 

 多分、間違いないだろう。俺の防衛本能が近づくことを拒否しているのだ。

 

『ほう。そんなものを感じていたのか。やはりお前は規格外なのだな。ますます興味が湧いた』

 

「そりゃどうも。規格を決めてる側に言われても正直嬉しくはないけどな」

 

 少し調子を取り戻してきて、軽口をたたく余裕が出てきた。

 

「それで?こんだけ親切に色々教えてくれたわけだけど、あんたは見返りとして俺に何を求めるんだ?まさか本当に親切心で教えてくれたってわけじゃないだろ?」

 

 神とやらに俺は良い印象を持っていない。それは今日の1件でより強固なものとなった。

 

『それもあるが、最初から言っているだろう。私はお前に興味があるのだ、と』

 

 興味、ね。

 

 それは何をすれば満たされるものなんだか。

 

『―――取引をしないか、小野寺凛』

 

「取引?言っとくけど、フェアな取引は求めないでくれよ?あんたらは俺から色々奪ってきたんだ。俺が答えてやる義理はないぞ」

 

『わかっている。お前にとって決して不利になるものではないと約束しよう』

 

「……聞こうか」

 

『何。そう難しい話ではない。本当に簡単な話だ。

―――試練を乗り越えて見せろ。小野寺凛よ』

 

「……」

 

『当然ただでとは言わん。―――1つだけ、お前に奇跡をやろう。一晩だけの、泡沫の奇跡だがな』

 

 

 

 

 

------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

「……そんなことが、可能なのか?」

 

 提案された奇跡。それは俺にとって願ってもないものだった。

 

 俺の願いを叶えるためには喉から手が出るほど欲しい、そんな奇跡だ。だが、実現可能だとはとても思えない。土地神にそんな能力があるなんて聞いたことがない。

 

『可能だ。お前は言わば理にのっとった世界の抑止力に圧迫され続けているようなものだ。それを緩めてやるだけでいい』

 

「言うは易いだろうけど……。それに、あんたらは俺に直接干渉できないんだろ?そんなことしたら理とやらが……」

 

『だから、一晩だ。それだけしか私が世界の抑止力を無効化できん』

 

 一晩。ほんとに泡沫の奇跡だな。これだけはく奪しておいて、返すのは一瞬なんてな。

 

 けど、

 

「……成程。乗った。面白そうだ」

 

 乗るに決まってる。

 

「再度聞くけどデメリットは無いんだな?」

 

『約束しよう。お前は言霊を発するだけでいい』

 

 そう言うと土地神は壁に向かって歩いていく。

 

『さらばだ、小野寺凛よ。お前の選択、楽しみにしている』

 

「選択ってももう決まってるけどな。さっき言ったとおりだ。あんたの読み通りにはならないよ」

 

『期待しよう。―――そして試練を超えて()()となれ、小野寺凛よ』

 

 そう言って土地神は壁の中に消えていく。

 

 唐突に現れて唐突に消えていった。

 

 ……嵐のような時間だったな。

 

 布団に倒れこむ。話に夢中になっていたせいで体があちこち悲鳴を上げている。あれだけの熱を出しながら暴れまわったんだから当然か。

 

 どっと熱による不調も押し寄せてくる。先ほどまでの頭の冴えが嘘のようだ。

 

「―――あーだる」

 

 緊張から解放された影響か、瞼がどんどん重くなってくる。

 

 ……世界の抑止力、か。

 

 本当に俺の人生、一筋縄じゃ行かないらしい。

 

 2度目の人生って言ったらチートを得てハーレムになるのがお約束だろうに、そのどっちも世界公認で剥奪されているというのだから驚きだ。

 

「……寝るか」

 

 ゆっくり瞼を閉じる。

 

 先ほどの話を反芻しながら、意識をまどろみの中へと落としていった。

 

 

 

……ちなみに、目を覚ました後、部屋の惨状について両親から問い詰められたのは言うまでもない。




今まで何人かが疑問に思ってくれてたことの多くが明かされる回です。
初期から暖めてた設定です。早く解放したくて堪らなかった(笑)
伏線(この回答にはたどり着けないと思うけど)は結構散りばめてたので、この話を見たあとに見直してみるといいかもしれない。

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