仕事係替えがあって大変で(笑)
「それでは定刻になりましたので会議を始めたいと思います。司会進行は僭越ながら私、二階堂桐が務めさせていただきます」
仰々しい、正に閣僚の会議なんかで使われるような円型のテーブルが設置された、無駄に金がかかっていることが一目でわかる設えの部屋。
その部屋の司会進行が立つスペースに立つ二階堂桐が、凛とした声で忌々しいことに会議の始まりを告げる。
「まずは皆様、多忙の中お集りいただきまして誠にありがとうございます。室長である神宮寺に代わりましてまずは私から御礼を申し上げます」
そういって二階堂桐は頭を下げる。とても10代の少女とは思えぬ落ち着きだ。俺も歳不相応に落ち着いているとの自覚はあるが、あいつは別格というかなんというか。
そのまま会議特有の長ったらしい口上をサラッと述べ、一人一人に挨拶を促す二階堂女史。キャリアウーマン感が半端ないな。
……嫁の貰い手には苦労しそうだ。カズさん辺りが貰ってあげればいいのに。
なんてあほなことを考えている俺が居るのは虎ノ門の一等地に立つ某ビルの最上階の方にある会議室だ。
スーツをビシッと着込み「いくらかかってんだこれ?」と思うほど座り心地の良い椅子に腰を掛けて二階堂桐の司会進行を見守っている。
―――なんせ今日は全国室長候補会議。
先日行われると言われていたそれに俺は参加をしているわけだ。
ったく、めんどっちい。一応表面上は真面目に受けている様子を装っているが、正直帰りたくてたまらない。
世間話とかをしたくなかったので、開催時間マジでギリギリに会議室に入っていったのが功を奏して試合前のジャブとかを喰らうことはなかったが、「こいつ遅くね?」みたいな視線が凄い痛かった。
特に二階堂桐からは蔑みの目をはっきりと向けられたのが記憶に新しい。会議が終わったら説教を覚悟しなくてはならないだろう。
「……帝綜左衛門だ。よろしく頼む」
室長候補が一人一人(と言ってもそんな数はいないのだが)挨拶をする中、ひと際目立つ男が挨拶をはじめ、一瞬で終わらせた。
おお、帝綜左衛門だ。
少し長めの白髪に、知的な眼鏡。冷たい系の美貌が好みな女性にはたまらないクールで知性的かつ端正な顔立ち。
すらっとした長身と身のこなしは、無駄なく体を鍛えていることが伺える。これは一部の層の女性に人気でたまらないだろうなぁとか考えてしまう。
帝惣佐衛門。漫画のほうの喰霊に出てくる主要人物で、喰霊の世界ではちかい将来関東支部の室長に就任する男だ。
とは言え喰霊-零-だけをみていたひとだといっさいピンと来ない人物だろう。喰霊-零-には一切出てこないキャラクターだし。簡単に言うとこの男は、退魔師会で一番クラスに偉い家系の後継ぎ君だ。土宮より権力のある家の跡取りだと考えてくれればそれでいい。
東京支部、つまりは関東の室長は俺が継ぐという話になってはいるが、将来的に関西支部のトップになるのはこの男だ。
今は神宮司室長が関東支部の室長を務めているが、その前までは帝不死子(
そう、つまりは帝家が西と東を牛耳っていた訳だ。現在はトップが変わったと言えど、帝の影響力が無いわけではない。土宮はもちろん、諌山、飯綱なども帝の分家だ。大体の退魔師の大本が帝であり、それだけ影響力もあるという訳だ。
ちなみに小野寺はくっそ遠いが分家である。結構遠いのが小野寺の地位が低かった理由の一つだったりする(メインは強い退魔師がいなかったことだけど)。
「―――次に諌山黄泉さん。よろしくお願いいたします」
「はい」
帝君の挨拶が終わった後、黄泉に振られる。
「諌山黄泉です。あまり東京を出る機会が無く、初めてお会いする方が多いですが、これを機によろしくお願いいたします」
綺麗な声と綺麗なお辞儀で挨拶を終える黄泉。ちなみに黄泉はいつもの制服だ。
黄泉が挨拶をすると同時に、黄泉に一斉に視線が向けられる。
俺や黄泉はそこまで露出が多くない方の人間だし、関東圏以外にあまり顔が広くない存在だ。
だから初めて見る諌山の養女に皆興味津々なのであろうことが伺える。
ここに集っているのは各支部の現室長、そして室長候補。あとは付随で数人ずつといった感じの精鋭が多いため、物珍しさにざわざわするということはなかったが、皆がこれ程注目するのは帝に続いて二人目だ。
あまりにも距離が近いから意識できていない面もあるのだが、諌山の名は全国の退魔師の中で知らないものが居ないほどには有名なのだ。
退魔師を名乗る者ならば絶対に名を知っている退魔師の家系というのが数個ある。
一つが帝。表世界でも名の知られた退魔師の顔とも言える一家。
もう一つが土宮。最強の退魔師の家系として知られる、武力でその地位を築き上げた一家。
この二つを知らない人間は潜りだろうと言われても仕方がないレベル感だ。普通の退魔師ならまず間違いなく知っている。
そして、諌山とは実はそれに準ずるレベルで出てくる家系なのだ。
なんでそんなに有名なのかは俺も詳しくないのだが、黄泉の強さもその一因であるし、多分宝刀獅子王の存在も大きい。
あの一振りは本当に稀有な一品だ。所有者の欲目もあるのだろうが、黄泉をして「これを超える刀を私は想像できない」と言わしめる刀で、千年の歴史の中で朽ちず折れず欠けてすらいない。あれはそんな奇跡の一振なのだ。
それを使うということはすなわち千年の歴史を背負うということ。そしてそれを認められている家系が諌山なのだ。そりゃ有名にもなるだろう。
なんてことを考えていると黄泉が話し終えた。
次は誰だ……と思って周りを見渡すと、俺以外は全員挨拶を終えていることに気がつく。……え?俺トリなの?
「それでは小野寺凛。挨拶を」
若干他の人にするよりも若干等閑な振り方で俺の番を告げてくる二階堂。
いや、若干じゃないな。完全に俺だけ呼び捨てだし、他の参加者の時と違って書類見ながら対応してやがるし、相当等閑だなあの野郎。
席配置で気が付くべきだったが、最初から俺をトリに持ってく予定だったなこの野郎。普通ホスト側が最初に挨拶するもんじゃないのかよ。
この前たまたま激写した、休日にちょっとオシャレして美味しそうにスイーツ食べてた二階堂桐の画像を対策室内で回覧してやる。絶対だ、絶対にだ。
まぁいいか。皆無難な挨拶しかしてないし、俺も適当でいいだろ。と思い立ち上がると、一斉に俺に突き刺さる視線。
銃口向けられても動じず悠々と対処できるぐらいには度胸があると自負しているが、こうもまじまじみられると流石に緊張してしまう。
「関東支部室長候補の小野寺凛です。何度かお会いした方もいらっしゃいますが、諌山黄泉と同じく殆どが初めましてになりますね」
緊張を表に出さないように努めながら、ぐるりと顔を見渡してそう言う。
帝さんは何回か、他の室長候補+αには一回だけ会ったことがあるが、それ以外はほぼ初対面だ。
結構昔にこんな感じの会議に親父と一緒に参加したことがあるから、向こうが俺の顔を知っている可能性は当然あるけど、直接話したことはない。
会ったっていっても数年前だし、ほぼ初対面に等しい感じであるからほぼほぼ皆さん初対面みたいな感じなんだけどね。
名乗ると、黄泉と同じく辺りが少しざわつく。そして一度会ったことのある奴らは驚いたという表情を隠しもせずに俺を見てくる。あの綜左衛門君さえその表情なのが面白い。
「本日より三日間よろしくお願いいたします」
何となく違和感を感じつつも、さっさと挨拶を終わらせて切り上げ、取り合えず無視して着席すしたのだが、大体みんな「本当にこいつが?」みたいな顔をしている。
はて。そんな顔をされる理由は大してないのだが。これで俺が華奢な美少女だった、とか言ったらその反応もわかるんだけどさ。
何故そんな驚いた顔をしているのか……と思っていると、「……あれがあのガキだと?見違えたな」みたいな声がちらほら聞こえてきた。
……ああ。なるほど。そういうことね。
俺はここ一年ぐらいで身長が20㎝ぐらいは伸びたので、昔の知り合いに会うと相当驚かれるのだが、まさに驚いている人たちはそれなのだろう。
……あそこに座ってる服部嬢よりもチビだったからな俺。同世代の女の子と比べてもチンチクリンだった小僧が、今や成人男性の平均を上回る背丈を持つ立派な青年になっているのだ。確かに俺でも驚くな。
「男子三日会わざれば……か」
驚きながら俺を見てくる帝綜左衛門。
三日ではないけど、それぐらい劇的な変化だったということだろう。
ちなみにだが、帝綜左衛門は年齢的に俺の一つ上で、つまりは黄泉と同い年である。
見た目的には俺よりもかなり大人びており、前回会った時も身長差が20㎝以上あったのだが、ようやく並べた。男として悔しいものがあったので、胸のすく思いである。
「―――さて、自己紹介も終わりましたので、これより今次会議の議題に移っていきたいと思います。」
普通だと自己紹介の後に簡単だがしっかり調べ上げた経歴を二階堂が付け加えて自己紹介を終わらす感じなんだが、ホスト側ということもあってか、俺と黄泉のそれは一言二言説明するだけで省略された。
二階堂が俺と黄泉の経歴を読み上げても同じ課に属してるわけだし、「身内自慢かー?なんだかなー」ってなることを考慮してなのだろう。気を使いすぎな老害を相手にするにはこういった配慮が大事だったりする。
……それに多分俺と黄泉の経歴って圧倒的だから、読み上げると本当に嫌味になる可能性あるしな。
さて、そろそろ意識を切り替えるか。
結論から言おう。
そんな大きな波乱は特になく終わったが、はっきり言って、会議はかなり面倒だった。
「―――以上で、今次会議を終了します。お疲れさまでした。明日、明後日は直接事件のあった現場に赴きますので、本日はゆっくり休んでください。尚、本日19時より当ビル30階”源氏の間”にて立食パーティーを開催しております。つきましては皆様の懇親を深めるべくこぞって参加頂きたく―――」
淡々と二階堂が会議の終わりを告げ、どうやら予定されているらしい懇親会の開催を告知している。
平然とした顔を装ってはいるが、正直疲れた。
純粋な疑問を解消するべく質問してきた人達が大半だったけど、こちらの揚げ足を取るべく質問をしてくる奴らも居て精神的疲労が半端ない。
帝さんは何故か俺に対して友好的なのでそこまでドギツイ質問はしてこなかった。室長候補の渕間君と服部ちゃんは相変わらず少し突っかかってきたけど、まぁそれはまだいい。
問題が帝の爺ちゃん(西側の現室長だ)とかその他室長とかだ。時折俺と黄泉を見定めるかのように質問を投げかけてきていたし、多分実際に目的としてはそれだった。好々爺然とした笑みを浮かべながらやりやがるあのジジイ。
さて、どう考えるか……なんてことを考えていたら現室長がやんわりと牽制してくれたり、実は今日さり気なく参加していた奈落さんが庇ってくれたりもした。
とは言えメインで質問攻めにはされてたのは俺らだから、毎回毎回フォローしてくれたってわけじゃないんだけどね。
「あー疲れた」
俺たち身内以外の全員が退室し、これまた金がかかっているであろう扉が閉まったのを確認すると、そう吐露する。いやはや本当に疲れた疲れた。
「完全に私たちを試しに来てたわねあの人達」
「このために室長候補会議っていう体裁にしたんだろうな。そうすりゃ俺や黄泉に質問をしたってなんらおかしくないからな」
上手いことやりやがる。
……値踏みしやがって。
「だが、見事だった。よくやったな二人とも」
「お義父さん」
「どうもです、奈落さん」
黄泉と二人で話していると、少し離れた位置に座っていた奈落さんが俺たちの前までやってきた。
「しかし凛は少し上手くやりすぎたな。恐らくだが、服部家からはいい意味で完全にマークされてしまっただろうな」
「……あーやっぱりですか」
がっはっはと豪快に笑う奈落さん。
今回、この会議に当たっては室長と黄泉、そして二階堂も交えて何度も何度も打ち合わせを重ねたのだ。
事が事だし、間違っても室長候補辺りが殺生石に呑まれてなんぞ欲しくはないので、この会議で伝えられる最大限のことを正確に伝えるために結構頑張った。
想定される質問も全部考えたし、その返しも考えて臨んだ訳だが……。
「成程。ちょっとやりすぎたか」
「少しは隙を見せてもよかったかもしれんな。帝の現当主殿も相当に興味をお持ちのようだ。もしかすると縁談が持ち込まれてもおかしくはないだろう。綜左衛門君の妹も参加しているようだしな」
「え?京子ちゃん来てるんですか?」
項垂れから一転。がばっと起き上がる俺。
「ふむ?興味があるのか?」
「異性としてではないですが、ちょっと。前回会った時からどのくらい成長してるのか少し楽しみで」
ファンの一人としては結構会うのを楽しみにしていたので、なかなか感慨深かったのを覚えている。
「そっか。凛はあったことあるんだもんね」
「うん。帝さんとは違って一回だけだけど」
親父に連れていかれた会議みたいなので一回だけ会ったことがあったハズだ。帝さんの両親が亡くなったばっかの時だったから、あまり話しかけられなかったけど。
「お話し中の所失礼いたします。お疲れさまでした。お二人にはこの後懇親会に参加していただきますので、準備をお願い致します」
そんな会話をしていると現れる二階堂。
三時間にも及ぶ長丁場だったにもかかわらず、疲労の色を一切見せていないのは流石と言わざるを得ないだろう。
「……懇親会って聞いてないんだけど俺」
「言ってませんから」
「てめ!最近俺の扱い等閑だよね!?明らか適当になってないか!?」
「気のせいです。前もって言っていた通り、諌山黄泉にはドレスを用意してあります。小野寺凛はそのままの服装で結構ですので、1900に必ず集合してください。時間厳守です」
「へいへい。でも懇親会って何するんです?普通に立食でお話するだけ?」
「その通りです」
「不参加って選択肢はなしなの?」
「当然です」
「出来れば出たくないんだけど」
「不可能です」
本心から訴えてみるが、目の前のターミネーターは表情一つ変えずに俺の意見を突っぱねる。
……くっそこの21歳彼氏なし女め。絶対この前のパフェ食ってる写真は流出させてやる。
「ちなみに奈落さんは参加するんですか?」
「一応参加する予定だ。私が居るだけでも多少は抑止力になるだろうからな。本当なら土宮殿にも出てもらいたかったのだが……」
実はの話をすると、奈落さんは今回の会議に呼ばれた人間ではない。あくまで呼ばれているのは対策室の人間であり、そこを引退した奈落さんには関係のない話だったのだが、どうにかしてねじ込んだらしい。
黄泉の家で話した際に「私も動こう」とは言ってくれていたのだが、その内容の一つがこれだ。
他にも明日行われるという大人だけの会議とやらに土宮雅楽殿を巻き込んだり、他にも色々動いてくれているらしい。「最近お義父さんが生き生きしてて面白い」とは黄泉の言だ。
「いえ、十分ですよ。お気持ちだけでありがたいです」
「む、そうか。何かあったら遠慮せず頼ってくれて構わないから、覚えておくといい」
「ありがとうございます」
微笑ながら頭を撫でてくる奈落さん。
……でけぇなあ。背丈的には同じだし、武力で言ったら既に比べるまでもないというのに、なんというか、敵わないなーって思わされて、そしてそれが嫌じゃないっていう不思議。
やっぱ大人なんだよなぁ。こういう所が。
そして奈落さんに完全に孫扱いされている俺であった。
「さて、そろそろ向かうとするか。黄泉は着替えがあるのだろう?それに凛も乾杯という大役を任されているのだ。身なりをもう一度整えなおしなさい」
「え?」
「ん?」
「あっ」
上からそれぞれ困惑する俺、意外そうな顔をする奈落さん、やべっという顔をする黄泉。一言、というよりもはや一文字なのだが、そこに込められたそれぞれの思いが一瞬でわかるというものだ。
「おい二階堂。なんだって?」
「……」
「目をそらすな目を」
「……」
無言で目をそらす二階堂に、役職の差も忘れてタメ語でにじりよる。……この野郎。絶対この前スリーサイズばらしたことを根に持ってやがる。
黄泉に目を向けるも、あちゃー見たいな顔をして笑っている。
再度無言で二階堂の端正な顔立ちに睨みを利かせる俺。そして携帯を弄りながらそれを完全に無視する二階堂。
三十秒ぐらいの硬直が続く。この女、明らかに俺に対しての遠慮が無くなってやがる。
そんな硬直を破ったのは、今までニコニコしながら俺たちのやり取りを見ていた室長だった。
「言ってなかったけど、乾杯の音頭は凛ちゃんに任せることになってるの。よろしくね」
妖艶な笑みで、頬に手を当てながらそう告げる室長。
……いや、よろしくね、じゃないんですけど。
ちなみにであるが、室長会議が終わり、色々ゴタゴタが終わったその後。
二階堂桐の女の子らしい一面を切り取った珍しい写真が、何者かによって対策室中にばらまかれたのは当然ながら言うまでもないことであった。