諌山冥との接触から2週間程たったころのことだ。
事態が大きく動き始めた。
恐らく、この特異点の異常さに気が付けたのは、そしてこれからも気が付くのは俺だけだろう。
この表現だと少々正確ではないな。正確に言うなら、この特異点の異常な観測が
原作知識を持っているからこそ気づけた観測点の異常。
カテゴリーAに匹敵する怨霊が、カテゴリーBの怨霊の群れとはかなり離れた場所に1体出現し、そして精鋭部隊がそこに到着した時にそこにいたのはカテゴリーAではなく、カテゴリーDの軍団であったという事件がつい最近に起きたのだ。
カテゴリーDを精鋭班が全滅させたときにはカテゴリーAの反応が完全に消失したため、観測班が何らかの原因のせいで霊力分布の把握を間違えてしまったのだろうと結論付けられたその事件。
何故か上層部ですら勘違いとの結論で納得してしまったらしいのだが、俺はそれを見た瞬間に衝撃が走った。
これは、喰霊-零-で三途河が実際に一度使った手段に酷似しているのだ。
自らを囮として使用し周囲の注目を一気に集めさせることで戦力を攪乱させ、増援を目標に近づけないようにしてから何らかの目的を達成する。
今回のやり方は、その方法と手口がかなり似通っている気がするのだ。
観測班の間違いとか言い始めている輩がいるようだが、カテゴリDが全部倒された瞬間に三途河が消えればそれで簡単にこの前の状況は満たすことができる。
恐らく向かった精鋭たちはそこにカテゴリーDに紛れてカテゴリーAが居た事に気づいていないのだろう。
そのため(多分だけど)そいつらが観測班のせいにしているんじゃないだろうか。ちょっと精鋭で腕に覚えなんかがあったりするから三途河が居た事に気づいていない事に気づいていないのだろう。そして精鋭として派遣されてる輩だし、上の覚えもいいだろうから上もホイホイ信じてしまったんじゃないのか?
少々無理はあるかもしれないがそこそこには納得できる推論だろう。
ちなみにカテゴリーとは文字通り分類である。この業界においては怨霊を4つの区分に分類して呼称している。
カテゴリーDは人間を基とする怨霊、つまりはゾンビのようなものを指す。
カテゴリーCは比較的脅威とならないレベルの低級怨霊を指す。
カテゴリーBは脅威となるレベルの怨霊を指す。
カテゴリーAはかなりの脅威となるレベルの上級怨霊を指す。
カテゴリーBレベルで霊感無しのそれなりに鍛えている軍隊を壊滅させられるレベルと考えてもらって差し支えない。霊感がないとはいえ、それを補うゴーグルと特殊武装が支給されている軍隊がである。
だがそれでもカテゴリーBの中でも上位のほうになってくるとそのレベルの軍隊ではほぼ間違いなく太刀打ちできなくなってくる。ここから先は霊感持ちで特殊な訓練などを受けた部隊などでなければ対応ができなくなってくるのだ。ちなみに土宮神楽は(上位のものかどうかはわからないが)カテゴリーBを居合抜きで一刀両断していた。あれは今の俺からしても素直に称賛できるレベルだ。あんなの中学2年の女子がやっていいレベルの技じゃない。
さらにカテゴリーAなんかになってしまうと上位のカテゴリーBを討伐した部隊を、1分かからないなんてレベルではなく殲滅してしまうほどの実力を持つ。諌山黄泉が怨霊化したとき、カテゴリーAに分類されたのだが、彼女はカテゴリーBとの戦闘中に軽口を叩き始める余裕を持っているほどなので、カテゴリーAの実力はお察しというやつだろう。
ともあれ、その霊力分布図に異常があるとの報告を受けた時には俺も速攻で動こうとしたのだが、その戦いにおいては大した障害が発生しなかったらしく、俺が駆けつけるまでもなく除霊は完了してしまっていた。
今回は何事もなかったからよかったものの、これが喰霊-零-で神楽の母親が亡くなるその瞬間だったと考えると、ぞっとする。例え俺が三途河を倒せるだけの力を持っているとの仮定したとしても、地理的な条件のせいでその現場まで急行できなければ何の意味もないのだ。誰も救えない。ただの力の持ち腐れである。
あの襲撃の際のヒントは二つ。
時間は夜であるということ。これは喰霊-零-で神楽の両親が家を出た時の描写からも、神楽の母がやられて雅楽の腕に抱かれているシーンからも推測が可能だ。
また、神楽に「すぐに帰ってくるからね」と声をかけた際に神楽の服装が寝間着ではなかったため、恐らくは22時よりは前であるとも推測される。
そして、土宮家の党首とその伴侶が直々に動いていることからその案件はかなり巨大なもの。
少なくとも、カテゴリーBでもかなり巨大なものを投入してくると考えられる。しかも複数。またはカテゴリーBを各地に配置して戦力を分散し、土宮の二人を誘い込める状況を作り出してから三途河が登場するなどの可能性も考慮に入れる必要がある。
さまざまなことを考慮に入れて迅速にかつ緻密にそして大胆に動かなければならない。
色々と意識しているつもりであったが、それでも尚甘かった。紙の霊力分布図なんかで情報を逐一調べてるなんて悠長なことを言っていられる状況ではなかったのだ。
そう考えた俺は、
「―――という訳で携帯が欲しいんだ」
親におねだりをすることにした。
喰霊-零-の知識は当然伏せて話した。
正直スマホに比べちゃうと断然性能が劣るガラケーにほとんど魅力を感じてはいないのだが、それでも携帯があれば懸念がいくつか解消されるので親に熱弁中である。
金銭的にはお勤めの稼ぎがあるので問題はないはずだが、何よりこの時代で中学生が携帯電話を持つなんてことはほとんどないのに加えて、そもそも親世代があまり携帯なんて持っている時代じゃないというのが大きい。一応普及はしているのだが、古風な親だと見向きもしないのだ。あと数年もしたら必ず一人一台持つようになるというのに。
「さっきお父さんが子供にはまだ早いって言ったけど、そもそもこの業界で大人も子供もないと思うんだよね。俺なんか中学生だけどそこらの大人よりか前線に立って切り込んでるし、周りの中学生に比べて寝る時間も圧倒的に遅いし。俺の生活のレベルってどちらかといえば大人よりでしょ?それに倫理的問題で俺がそれを持つのが早いって主張はさ、たぶんだけど俺の安全面とかを気にしての話だよね?それなら尚の事持つべきだと思うんだよ」
案の定お前にはまだ早いと切り返してきた父にはこう返し、
「あんまお母さんにはなじみがないかもしれないんだけどさ、携帯電話ってすごい便利なんだよ。さっき話した霊力分布図の最新版がすぐに手に入るってメリットだけじゃなくてもしかして任務中に何かしらの問題が起きた時にもすぐに連絡が取りあえるし、なによりすぐに安否の確認ができるんだ。これがあればお母さんが俺が任務から無事に帰るのを確認するまで眠らないなんてことはなくて済むんだよね」
メリットがわかってなかった母親にはこう返す。なんてかわいくないガキなんだって指摘は無しで頼む。自覚しかないから。こんな子供やだわ。
ちなみに携帯とは関係がないけど、肋骨の件で親父とはすぐ仲直りしました。結構あっさり解決してたり。
むしろ問題は母親のほうで、愛しのパパンを思い切り怪我させた息子さんにしばらくご立腹のご様子でした。いや、正当な試合でのケガなんだから俺に責任はないだろって思ったりもしたんだけどさ。どうやら察するに最近俺も安定した収入源になってきたから2人目を計画していたらしく、それが潰されちゃったので少々虫の居所が悪かったみたいです。
今はむしろ昼間もべたべたできるから機嫌いいんですよママン。うちの母親は美人だけど結構アホの子要素たっぷりだったりする。
そんなこんなで
「凛。利便性はよく理解したが、それでもやはり有害なものがあると聞くからそれが心配だ」
との親父の心配には
「フィルタリング機能っていうのがあって、お父さんが許したものしか見れないように設定できるみたいだよ」
フィルタリングをあたかも知らないかのように推奨し、
「そうねぇ。知れば知るほどいいものそうねぇ。いっそ私たちも買ってしまおうかしら」
と某斜塔なんて目じゃないくらいには購入に傾いてる母親には
「家族で入ると家族割りでやすくなるんだ!」
とお前どこの営業マンだと突っ込みたくなるような口説き文句をぶつけておいた。
ダメ押しで
「お母さんがおなか痛くなって動けなくなったとしても、携帯があればすぐに救急車を呼べたりするかもしれない!」
と何かを連想させるワードも押し込み、親の快諾を勝ち取った。快諾とは言えないかもだけど。
結果として翌日俺は携帯を手に入れることに成功した。久々のガラケーで、しかも下手をすると開閉式じゃなかったかもしれないという年代の携帯には何やら不思議な感動があった。
ちなみにフィルタリングはがっつりかけられました。親父ェ……。
―――そしてその2週間後。
カテゴリーAの誤報なんてみんなが頭の片隅に置いて忘却してしまっていたころ。
その時は、やってきた。
話ほとんど進んでないのに長くなったな。
私学生なので平日の更新は不定期になりますね。
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