喰霊-廻-   作:しなー

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第30話 -餓者髑髏1-

「遅くなりました」

 

 他の室長候補達に少しだけ遅れて、俺と黄泉は二階堂に指示された会議室にたどり着く。

 

 学校形式に机が整えられている会議室。

 

 この前会議に参加していた全員が集められているとみて間違いないだろう。100人規模で人が入る会議室がほぼほぼ全部埋まっている。

 

 各対策室の室長に、室長候補達。そしてその連れの一般退魔師に、事務員まで。

 

 うちのメンバーはカズさんとかナブーさん含めて全員居るのと、……あれ?

 

「冥さん?」

 

「遅かったですね」

 

 最前列の方に見知った白金の髪を持つ女性が座っていたので、隣に腰かけてみると案の定冥さんだった。

 

「何で冥さんがここに……って聞くだけ野暮ですね。冥さんまで導入されるいよいよの状況ってだけのことだ」

 

「そう取っていただいて問題ないかと。……それにしても貴方達二人は随分と遅かったのですね。会議の開始が随分遅延したものですが」

 

「ちょっと気になることがありましてね。この戦闘で必要になるかもしれないものだったので、ちょっとばかし調べ物をね」

 

 まぁ、空振りに終わったんだけど。流石に日比谷公園の封印が緩められているなんてことは無かったらしい。

 

 遠くに目を向けさせて足元をドカン、なんてことやってくるかと思ったんだけど、違ったみたいだ。

 

 俺なら多分やるんだけどなぁ。今回は当てが外れたらしい。

 

「それでは、全員が揃ったところで会議を進行したいと思います」

 

 俺と冥さんの雑談が終わった辺りで二階堂桐が会議をスタートさせる。 

 

「結論から申し上げます。栃木県北西部にカテゴリーAクラスに匹敵する怨霊が4体確認されました」

 

 淡々としながら、しかし通る声で二階堂桐はそう告げ、前方にある巨大なスクリーンに一枚の霊力分布図を映し出す。

 

 そこに映っていたのは先程まで俺達が見ていたものから一歩状況が()()された最新版の霊力分布図だ。

 

 途端にざわめき始める会議室。常に冷静であることが望まれるエージェント達ですらこの驚きようだ。この霊力分布図に映し出された怪異現象は、この退魔師界トップクラスの人間達をして異常だと言わしめる状況だということを示している。

 

 俺を挟んで冥さんと反対側に座る黄泉の表情ですら、明らかに以前より暗くなっていると言えばわかりやすいだろうか。

 

 流石にざわめきが収まらない。

 

 俺が事前に説明をしていた候補生たちは比較的落ち着いているようだが、今情報を知ったばかりの人間はとても冷静ではいられないのだろう。

 

「……カテゴリーAクラスっていうことは、カテゴリーAとは異なるとの認識でもいいんでしょうか?」

 

 ざわめきが収まらない中、俺が率先して質問をする。

 

 動揺していたいのは俺も同じだが、それよりも今は少しでも有益な情報を引き出す必要がある。

 

「その通りです。ただし、条件付きではカテゴリーAに昇格致します。こちらをご覧ください」

 

 その問いに対して答えるのは二階堂桐。あらかじめその疑問に対する回答は用意してあったのだろう。手早く画面を切り替えていく。

 

 二階堂の言葉に従って、画面を見やると、そこには一体の見なれぬ怨霊が写っていた。

 

「カテゴリーB、”餓者髑髏(がしゃどくろ)”。これが今回、皆さんのお相手になります」

 

 そこに映されているのは中世の浮世絵に描かれた、人の5倍ぐらいはあろうという体躯を持つ骸骨であった。

 

 一応俺らは一般教養みたいな感じで有名な怨霊の名前、一般に伝わる姿形、特徴程度なら頭に入れている。

 

 その上で俺は結構マイナーな所まで怨霊を知っている自信がある。同じく室長候補達もそうなのだろう。

 

 だから、どうしても気になってしまい、二階堂の話を遮って質問を重ねる。

 

餓者髑髏(がしゃどくろ)だって?いや、ちょっと待ってくれ」

 

「何でしょうか帝綜左衛門さん」

 

「話を遮って申し訳ない。だが、餓者髑髏(がしゃどくろ)とは()()()の怨霊だったかと思うのですが」

 

「しかも昭和中期とかそこらよね、確か。元となったのはその絵らしいけど」

 

 帝さんの質問に、黄泉が補足を加える。

 

 餓者髑髏(がしゃどくろ)。名前は聞いたことがある。

 

 確か昭和中期に創作された、近代の怨霊と言う奴だ。

 

 怨霊というのは基本的に有名であればあるほど強い傾向にある。

 

 例えば天狗。阿修羅。九尾の狐や八岐大蛇なんかもそうだ。

 

 一般人にも認識されてしまうような怨霊というのはそれだけ力が強いことの証明であり、一般に伝説として残っているようなものはほぼほぼカテゴリーAになると認識していただいて問題ないだろう。

 

 時折一般人には認知されていなくてもとてつもない強さを誇る怨霊なんかも居たりはするが、正直結構稀だ。

 

 認知度=強さと、そう考えてもらって大丈夫なのが怨霊というものなのだが……。

 

「そんな最近作られたような怨霊がカテゴリーB?確かにとても考えにくいわね」

 

「それだよなぁ。そしてそもそも創作上の怨霊がなんでそんな山奥で発生するんだって話なんだよな」

 

 そもそも論、こいつは所詮創作の化け物なのだ。

 

 確かに創作から化物が生まれることは無くはない。事実念の籠った絵からなんかは普通に鬼が生まれることはあるし、他にも現代の映画に出てくるような化け物が、自殺スポットには現れたりすることもある。

 

 一回普通の怨霊退治だと思ってたら貞子に遭遇した時は流石の俺も叫びそうになった。

 

 人間の思念は形を成すことがあるのだ。だから餓者髑髏(がしゃどくろ)が生まれていてもおかしくはないのだが……。

 

「皆様の疑問は尤もかと。それにお答えできる資料がございます。こちらをご覧ください」

 

 二階堂桐の言葉と共に、再度画面が切り替わる。

 

「先程まで我々も餓者髑髏(がしゃどくろ)が創作上の怨霊だと考えておりましたが、それは事実ではございませんでした。……餓者髑髏(がしゃどくろ)には、元となった怨霊が存在しました」

 

 絵が切り替わる。そこに映っていたのは……

 

「カテゴリーA、”無限髑髏”。これを覚醒させないようにしていただくことが、今回の皆様の使命になります」

 

 浮世絵の一面を埋め尽くすかの如く描かれた、餓者髑髏(がしゃどくろ)の群れであった。

 

 

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 再度周囲がざわつく中、成程、と俺は納得する。

 

 無限髑髏は一般には知名度が非常に低いが、きちんと勉強している退魔師の中では結構知名度がある方の怨霊だ。

 

 多分勤勉な退魔師なら一、二回ぐらいは名前を聞くんじゃないだろうか。

 

 ガチもガチなカテゴリーA。危険度で言えば天狗や阿修羅なんかの伝説級の存在にこそ及ばないものの、普通に災害クラスの怨霊である。

 

 その危険性は何よりもその「数」にある。

 

 伝承によると、本当に「無限」に湧いてくるとのことなのだ。

 

 次から次へと、文字通り限り無く湧き続ける。だからこそ無限髑髏と、そう呼ばれるのだ。

 

 成程。その無限髑髏の正体は、大量の餓者髑髏だったという訳だ。これは笑えない。

 

「現在封印が破れたことが確認できている無限髑髏の一部、つまり餓者髑髏は4体。そしてこれが今回、皆様に討伐・封印していただきたい相手になります」

 

 またしても説明と共に画像が切り替わる。先程の霊力分布図だ。

 

「ご承知の通り、この赤点が餓者髑髏の位置を示しています。そしてこの4点からほぼ等距離にあるこちらの地点に無限髑髏の封印が存在します」

 

 レーザーポインターで示された地点に目をやる。

 

 地図上は何もない所だが、恐らくは何か封印の起点になるものでも存在するのだろう。

 

 そしてその封印が壊された瞬間、その漏れ出た4体だけじゃなく、その奥に隠された全部が湧き出して出てくると。

 

「この地点に存在する祠。これを壊された瞬間、……いえ、ここに一体でも餓者髑髏が到着した瞬間、我々の敗北は確定すると考えてください」

 

 一切の甘さのない声で二階堂桐が断定する。

 

 そこに餓者髑髏を到達させてしまっているってことは、つまるところ討伐班が負けてるということを意味する。多分相対することになるのは俺達室長候補だ。

 

 そして負けているということは間違いなく死んでるということだろう。

 

 ほぼほぼ俺達超自然災害対策室の最高戦力が敗北する。つまり、俺達人類の敗北に近しい。

 

 実際はほかのメンバーが対応するだろうから即座に負け、という訳ではないが、それぐらいの責任が俺達にはのしかかっていると考えるべきだろう。

 

「質問。その内の一体でも結界にたどり着いたら終わりなんだろ?ならこんなとこで呑気に会議している暇なんてねぇんじゃねぇのか?」

 

 そんなことを考えていると、筋骨隆々の弓矢男が質問を繰り出す。

 

 確かに、こんなことをやっている場合じゃないかもしれない。場合によっては俺とかみたいな機動力に優れたやつがさっさと向かうべきじゃ……。

 

「ご安心を。脚の速いエージェントが足止めに成功しており、我々が出なければならないデッドラインまでは少なくとも半日の確保に成功しています」

 

 しかしその杞憂は二階堂によって否定される。どうやら手は打ってあるらしい。

 

 ……流石の手腕だ。原作(喰霊)時点でも二階堂桐が居れば、陰陽道からの襲撃等に対しても多少はマシな結末を迎えることが出来たのではないだろうか。

 

「餓者髑髏以外の敵は?」

 

「カテゴリーCが多々。計測するのも馬鹿らしい規模になります。室長候補以外のメンバーは全員、カテゴリーCの討伐に当たっていただきます」

 

「計測するのも馬鹿らしいって……。ホントにこれ、災害クラスの事件じゃないですか」

 

 下手を打てばこれは本当に国家だとか、政府に動いてもらわなければならないようなレベルの”災害”だ。

 

 俺たちの対応がマズければ、本当に国が終わりかねない。

 

「向かうメンバーは?」

 

「現在ここにいる戦闘員は全てになります。我々本部機能はこちらに残ることになりますが」

 

 くるりと後ろを振り向く。

 

 事務員等を除けば……大体50人か。こりゃあ大規模な戦いになりそうだ。

 

「それでは配置を発表します。まず緊急時の指揮役に―――」

 

 二階堂が堂々たる態度で配置を発表し始める。

 

 緊急時の指揮官として帝さん、次点で俺と黄泉が指名されたこと以外は特に特筆すべきところは無いが、どうやらこの戦い、冥さんも参戦するようである。

 

「冥さんも出るんですね」

 

「ええ。それだけの事態だということでしょう。……小耳に挟んだ話ですが、正直な所、餓者髑髏よりも単純なカテゴリーC以下の数のほうが問題かもしれないとのことです」

 

「……カテゴリーC以下が?一体何が起こってるんですか栃木の山奥で」

 

 ……ホントに何が起こってるんだ、栃木の山奥で。

 

 きな臭い。カテゴリーAクラスの封印が突発的に解けることは正直無いことではない。いや、ほぼほぼ無いんだが、どうやら10年に一度ぐらいはあり得るらしいのだ。

 

 俺の親父もその掃討戦に参加したことがある的な話をしていたし、あり得ないことではないのだろう。

 

 けど、俺は一つの確証的な考えを持っていた。

 

 会議に参加する前にも考えたが、この戦いには三途河が絡んでいる。

 

 間違いない、いや、ほぼ100%だろう。こんな未曾有の事態、奴が絡んでいないなんてことが俺には想像がつかない。

 

 最終決戦を仕掛けてきたと考えて対応をするべきだ。もし本部の命令に背くことになったとしても、俺は奴の一歩先を考えて行動しなければならない。

 

「出発は1400になります。それまで各自戦闘準備を整えてください」

 

「「「「了解」」」」

 

 二階堂桐の言葉に、俺達は三々五々準備を整えるべく立ち上がる。

 

 ……何人、救えるかな今回は。

 

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「んじゃ行きますよ。しっかりシートベルト締めてくださいね」

 

「……貴方確かまだ16歳でしたよね?運転できるのですか……?」

 

「大丈夫です。大型まで運転できる免許持ってますんで」

 

 黒塗りのクラウンを滑らかに発進させ、俺は首都高速へと車を進めて行く。

 

 次第に冬の様相を呈しつつある風に吹かれる窓ガラスを眺めながら、ウインカーを点灯して首都高へと合流する。

 

 今俺達が乗っているのは対策室保有の魔改造クラウンだ。栃木へと向かう対策室のジープの後ろを追いかけているという状態だ。

 

「ホントに凛ちゃんって多才だよね。いつ練習したの?車の運転なんて」

 

「前世、かな?」

 

「そうやってまた適当こく」

 

 助手席に諌山冥、後ろに神楽、黄泉、剣輔という異色のメンバーをそろえたクラウンが、100km/hに到達する。

 

 流石3.5リッターエンジン。加速が半端ない。

 

「……本当に随分手馴れてますね」

 

 珍しく本当に心配そうな顔をした冥さんが、俺の偽造免許証を見ながらそう呟く。

 

 安心してください。大型トラックまで運転できる、国が偽造を認めてる最強の偽造免許証ですから。

 

「一応大型も俺練習してるんですよね。イザって時運転できるように」

 

「アンタの想定するイザって時ってホントなんなんすか」

 

 呆れたような声が剣輔から降り注いでくる。最近俺に対する当たりがきつくなってきたのを俺は見逃してないからね。

 

「バイクならわかるけどねぇ。流石に私も車の免許までは取ってないわ」

 

「でも車は運転出来て損は無いと思うぞ。こういう機会もあることだしさ」

 

 追い越し車線に入ったジープの後ろを、同じく追い越し車線に入ることで追尾する。

 

 そこに見えるのは堂々たる恰好で運転する岩端さんと、紀さんカズさん。そして室長候補のあいつらだ。

 

 今回はかなり急な出動だったせいで、車の確保が正直上手くいかなかったのだ。

 

 何やってんだよお上……って感じではあるが、これだけ大規模な作戦なんて中々無い訳だし、仕方ない部分もあるのだろう。

 

 二時間もすれば適切な準備は整うとのことではあったが、それでは遅いということで急遽俺がドライバーに選出されたという訳である。

 

「……」

 

 神楽たちは俺の運転で旅館まで行っているので、俺の運転の腕は知っているのだが、助手席に乗る冥さんは俺の運転の腕など知る訳もないので、かなり不安そうな表情だ。

 

 珍しい表情なので眼福である。

 

 冥さんも運転が出来た筈だが、今回は対策室の車なので俺が運転させてもらっているのだ。

 

 本当は緊急時のことも考えてバイクで行きたかったのだが、行きの交通状況に問題がないことは確認済みなので、今回は車で向かっている。

 

「……大体二時間か。結構遠いな」

 

「……事故を起こさないでくださいね」

 

 さっきからちょいちょい心配そうなコメントを入れてくる冥さん。

 

 案外この人、子供とか出来たら過保護になるタイプなのかもしれないな、なんて思いながら俺は高速を流し続けるのであった。

 

 


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