喰霊-廻-   作:しなー

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遅くなりました。


第33話 -餓者髑髏4-

 

「……追加でもう一体だって?……まじふざけんなよ」

 

「追加でもう一体?……めんどうだねぇ」

 

 でかい図体を捻って繰り出してきた刺突を俺はギリギリで回避する。

 

 意識を取られていたせいで少々危ないタイミングでの回避となってしまうが、傷つくどころか掠りさえせずに回避することに成功する。

 

 ……たまに、刺突は点の攻撃であるため回避しやすいだろうと勘違いする人間がいるが、逆であると声高らかに主張したい。突きを正確に回避できる人間は相当に腕が立つ。

 

 退魔師の大半は黄泉の刺突に晒されたら気が付く間もなくお陀仏することは間違いない。室長候補の人間だってまっとうに回避できるか怪しいものだ。

 

『応答が可能な室長候補は応答してください。小野寺凛、応答できますか?どうぞ』

 

 次の一手を考えながら回避を続けていると、俺にメンションのついた無線が入る。

 

「はいはい!何でございましょうか!オーバー!」

 

『現状の報告と、集合の可否を』

 

「現状神楽と共にカテゴリーBと交戦中!いつ集合出来るかは即答しかねる!オーバー!」

 

『……戦闘中?大丈夫なのですか?どうぞ』

 

「大丈夫だ!でもこれ以上人員は絶対によこさないでくれ!無駄な死人が出るぞ!オーバー!」

 

『―――了解しました。……時に小野寺凛。先程指示した戦場の制圧は終わったと認識してよろしいですか?どうぞ』

 

「悪い二階堂!剣輔に任せてきた!」

 

『―――な!?あなたは何をして―――!!』

 

「すまん!文句と処罰についてなら後で聞く!後は制圧に入るから違う奴に状況聴いてくれ!オーバー!」

 

 無線機から手を放し、神楽に切りかかっていた餓者髑髏の背骨に本気の後ろ回し蹴りを繰り出す。

 

 だが奴はまるで後ろに目があるかの如く、俺の一撃を肘で受け止めてくる。

 

 ゴキィという鈍い音。俺は足を霊力でコーティングしているためダメージゼロだが、もしかすると向こうにはダメージが入ったかもしれない。

 

 が、相手は怨霊だ。痛覚も存在しなければ自分の体に対するリミッターなんぞありはしない。その部位を壊しきれなければ有効打撃が入ったとは言えない。

 

 俺の攻撃を受け止めたその隙を狙い、キィン、と神楽の白銀の刀身が美しい鳴き声を上げる。

 

 次いで落ちるやつのあばら骨。その断面は見事というしかない美しさで、恐らくは黄泉ぐらいしかマネできるものはいないだろう技術に育っていることがうかがえる。少なくとも俺にこの美しい断面を作ることは無理だ。

 

 だが、そんな美しい一閃も決定打にならなければ意味がない。

 

 神楽は恐らく奴の腕を切断しようと狙ったのだろうが、こいつはその一撃を軽々と回避する。

 

「……めんどくせぇ。こいつ生前は結構な剣豪だったんじゃないか?」

 

「同感。今のままじゃ短期決戦とはいかなそう」

 

 何度ついたかわからないため息を俺はついてしまう。

 

 正直に言って、俺はまだ本調子ではない。

 

 というよりかはちょっと前に患った「世界からの妨害」とやらによる後遺症ががっつり残っているので、バリバリに体調不良だ。とても戦闘に来ていいような体調ではない。

 

 ちょっと前に服部嬢とやりあった時もあんまり動きたくなくてあんな感じの決着に持ち込んだっていうのに、こんな強い奴とやりあうことになるとは……。

 

 出来れば体力を温存したいので本気でやりたくはないんだが……。

 

 俺の想定としては、こいつら4体はモブに近い感じで、カテゴリーB火車ぐらいの勢いで簡単に除霊できると踏んでいた。

 

 そして俺が命をかけなければいけないのは本体。そう、今だ目覚めていないカテゴリーBの軍団にこそ対処しなければいけないんじゃないかと踏んでいたのだが……。

 

「こいつでこんな強いってことは……。流石に本当に覚悟しなきゃかもな……」

 

 本体は、いや、無限に湧いてくるという髑髏の強さは正直計り知れないものになる。

 

 それこそこいつレベルが無限に湧き出して来るなら対策室の敗北はほぼほぼ確定だ。というより日本の敗北が確定すると言っても過言ではないだろう。

 

 戦闘においては刹那の時を如何に支配できるかが命だ。一瞬の判断と動きがそのまま生死に直結するし、そこを如何に奪い合えるかを争うのが俺らクラスの戦闘と言っても過言じゃないだろう。

 

 加えて体力もガッツリ落ちてしまっている。体力も落ちてて尚且つ体が十全に動かない今の体調では、無限に湧いてくるこいつらを相手にしての生存は望めない。というより不可能だ。

 

 まじでこんな糞な怨霊、なんでこんな土地に眠ってんだよ……。

 

―――最悪、俺が人身御供になることも考えるか。

 

 絶対にやりたくはない。やりたくはないが、いざとなったら覚悟しなければならないだろう。

 

 人身御供による命を賭した術の威力は、普通のそれと比べ物に等ならない。思いと命の詰まった術は、例え一般人だろうがカテゴリーAを封印できる可能性だって秘めている。

 

 一般人だろうがそれなのだ。況や俺たちをや、というやつである。

 

 そして俺の霊力は黄泉の軽く10倍はあるのだ。俺一人の魂と霊力を犠牲にすれば一つの都市ぐらいは簡単に壊滅させられるだろう。

 

 最悪それを活かせば、このくらいなら容易く……。

 

「ねぇ凛ちゃん」

 

「どうした神楽」

 

「なんか変なこと考えてない?」

 

 最悪のケースを考え始める俺に、不機嫌そうな神楽の声が降り注ぐ。

 

 その言葉にギクリとさせられる。

 

 横目で神楽の方を見ると、油断なく構えながら、相当に不満げな顔でジトっとした流し目を俺に送っている妹分姿が視界に入る。

 

 この馬鹿兄は……とでも言いたげな視線。結構本気で呆れている顔だ。

 

 その顔も可愛らしいのだが、その出来の悪い兄を見るような目はやめろ。

 

「そういうのホントに分かるんだからね」

 

「……」

 

「聞いてる?」

 

「……聞いてる聞いてる」

 

 最近、この子はやたらと鋭い。

 

 黄泉なんかは俺に全幅の信頼を置いてくれているみたいで、俺のやることを否定することはめったにないのだが、この子とついでに言えば剣輔も別だ。

 

 俺が体を張って何かやろうとしたり、ちょっと無理しようとしたりすると必ず気が付くのだ。

 

 俺のその思考の間を狙って踏み込んでくるカテゴリーB。

 

 その速度は驚異的ではあるが、命を危惧するようなレベルのものではない。

 

 振るわれた巨大な日本刀を両の手でしっかりと受け止める。

 

 確かにこいつの技量は脅威に値するものではあるが、だんだんこいつの癖というか、コツは掴めてきた。

 

 神楽もそうなのだろう。後退したカテゴリーBを見て刀の構えを解いている辺りから、よっぽどの油断をしない限り負けはないという確信を抱いているのが覗える。

 

「全く。そんなに私たちって頼りにならない?凛ちゃんって何処か黄泉の力ですら信じてない所あるもんね」

 

「……いや、そんなことは」

 

「あるよ。だって毎回一番危険な所は凛ちゃんがしっかり持っていくもん」

 

 カテゴリーBの攻撃を互いに捌きながら後退していると、神楽が再度ジト目を送ってくる。

 

「大事な所は絶対に自分以外には任せない。大局を左右する場面に登場するのはいっつも凛ちゃんだけ。―――それって、人を信頼しているって言えるの?」

 

 ギクッとさせられる。

 

 それは確かに、その通りだったからだ。

 

「ほら、図星って顔した!」

 

「ぐっ……!でも確かにそうかもしれん」

 

 俺は確かに()()()()()()()()()()()()()

 

 勘違いして欲しくないのだが、この二人の能力を信用していないという訳では決してない。

 

 むしろこの二人の能力――特に神楽の――には、可能性という意味で俺以上の信用を置いてすらいる。

 

 だが。この二人が三途河の毒牙に掛からないという保証がこの世界には一切ないのだ。

 

 日常生活を送っていたとしてもその懸念は尽きないというのに、戦場なんて不確定要素の塊の場で、彼女たちにヤバい部分を任せるのはどうしても俺の根っこの部分が許してくれないのだ。

 

 万が一。日本人らしい考え方なのかもしれないが、どうしてもそれを考えてしまうのだ。

 

「危ないことをさせたくないっていうのは分かるよ凛ちゃん。私だって、黄泉にも凛ちゃんにも剣ちゃんにも、危ないことして欲しくないもん」

 

「……」

 

「でも、少しは信用してほしいかな」

 

 そう言って神楽が微笑む。

 

 思わずドキッとしてしまう程に綺麗で、慈愛に満ちた美しい笑み。

 

 その表情に、俺はとてつもない驚愕を覚える。その表情は俺が知る神楽より大分大人びていて、俺が知る神楽とは少しかけ離れて見えて……。

 

 だからきっと、避けることが出来なかったのであろう。

 

 その笑みに意識を取られていると、俺の腹部にとてつもない衝撃が走る。

 

 腹が爆発したと錯覚するほどの、まるで腹で爆弾が炸裂したと勘違いするほどの、そんな衝撃。

 

 咄嗟に術を使って腹を守り、尚且つ反射的に後ろに飛んだためにダメージは最小限で済んだが、それでも完全に無防備だった俺の体を少々吹っ飛ばすには十分な威力が込められていた。

 

 ほんの一瞬だけ息が足りなくなり、息が止まりながらも受け身を取って地面を転がる俺。

 

 餓者髑髏は不動の態勢を維持していた。

 

 流石に俺があの木偶の棒の攻撃をこれほど無様に喰らうとは考えられない。

 

 そしてそれ以外の外的要因。例えば第三者の介入の可能性もゼロだ。あの場に居たのは俺と神楽と餓者髑髏のみ。それは間違いがない。

 

 ……ということは。

 

 受け身をしっかり取り、いつでも戦闘を可能な態勢に戻った俺の目に映ったのは、明らかに俺を害したであろう美しい少女が、俺を蹴り飛ばした姿でたたずんでいる姿であった。

 

「……っ!ってめ、神楽!何しやがる!」

 

 あの野郎、マジで何しやがる!強制的に押し出された息を回復させ、神楽を睨みつける俺。

 

 とっさに術でガードしたとはいえ、直撃は直撃だ。痛みはあるし、苦しくもあるのだが、すぐに立ち上がるぐらいは朝飯前だ。

 

 およそ女子とは思えない威力の蹴りをかましてくれやがった神楽に一言物申すために元々俺がいた位置まで戻ろうと歩みを進める。

 

 俺から飛んで転がったために少し距離は離れたが、こんな距離などあって無いような物だ。俺はなんのけなしに目の前に貼られた結界を潜り抜けようとして――――

 

「ノウマク サンマンダ バザラダン カン ソワカ」

 

「!!」

 

 印を組んだ神楽が真言と共に術を行使する。

 

 術の行使には基本的には印と詠唱が必要だ。俺のように全く必要ないやつらもいるが、基本的には言霊を唱え、印を組む。

 

 だが、術を発動するのに必要な媒体が違ければ、同じ詠唱と同じ構えから、真言を唱えたということぐらいしか俺には分からないのだ。

 

「……神楽、お前」

 

「いい結界だったから利用させて貰っちゃった。流石の凛ちゃんもこれは破れないでしょ?」

 

 俺の歩みを、目の前に貼られた結界に阻害される。

 

 この結界は、俺達の前にこの餓者髑髏と戦ったエージェントが張ったもので、内側から外側への移動を阻害する効果があったものだったはずだ。

 

 餓者髑髏がその結界内に居ることを俺達はそれで察知したわけだが……。

 

「ちょっと書き換えちゃった。私が解くか、死ぬまでこの結界内には誰も入れないし、この結界からは誰も出れない」

 

「馬鹿!何やってやがるお前!」

 

 ぶち破ってやろうと目の前の結界に後ろ回し蹴りをぶち込む。

 

 人の頭ぐらいならミンチに出来る程の威力で繰り出したのだが、その結界は一切びくともしない。

 

 先ほども語ったが、人身御供にはカテゴリーAをも抑えることもできるような代物だ。そしてこの結界は、あのエージェントが自分の命の際に発動させた、意図したか意図せずかはわからないが、人身御供となって発生した結界だ。

 

 

 そんなものを、俺が蹴り程度で破れる筈がない。

 

 蹴りを入れた俺の足がジンジンと痛む。

 

 多分俺の攻撃の中で一番攻撃力の高い攻撃は今の一撃だ。これを超える攻撃力の攻撃となると一つしかないのだが、まだ未完成だし、そもそもそれでも恐らくは―――いや、間違いなく壊すことなどできやしない。

 

「行って凛ちゃん。本部には凛ちゃんが必要だよ。それに、私が負けないことはさっきまでの戦いでわかったでしょ?」

 

「それは!そうだけど!」

 

「大丈夫だよ凛ちゃん。―――私、強いから」

 

「神楽―――!」

 

 そう言い残すと、神楽は餓者髑髏へと切りかかる。

 

 踏み込んで間合いを詰め、そして刃を振るう。その一連の動きは見事の一言で、惚れ惚れする程の美しさだ。

 

 その一連の流れの美しさが、神楽の実力を如実に示していて、俺が神楽の提案を断る理由が無いことを雄弁に語っていた。

 

「……剣輔といいお前といい。俺の目の外で勝手に成長してやがって」

 

 自分の言葉に、自分に対する嘲笑が込み上げてくる。

 

 嫉妬、妬み。圧倒的な勢いで下から突き上げてくるこいつらに対して、かすかという言葉では弱すぎるほどに抱いてしまっている感情。

 

 それを今も抱いてしまっている自分を認めたくなくて、そしてそれを言葉にして認めたのが恥ずかしくてたまらなかったからだ。

 

「―――神楽。ここは任せていいんだな?」

 

「―――勿論。手伝えるなら手伝ってもいいけど?」

 

 挑発的な笑み。自分の張った結界を、俺が壊せるわけがないと、手助けなんて出来るわけがないと確証を持っているからこそ抱けたであろうその不敵な表情。

 

 ……生意気に育っちゃってくれてまぁ。

 

 ……剣輔といいお前といい。ほんと仕方ないやつ等だ。

 

 わかったよ。

 

「任せたぞ、神楽」

 

「OKポッキー!」

 

 そんな締まらない掛け声を背に、俺は中央へと走り出す。

 

 自分の位置が正直そんなに把握できていないが、俺の位置感覚が向こうに走れば問題ないはずだと告げている。

 

 全力で走りながら、後ろを振り向く。

 

 目に映るのは、戦闘のエキスパートであるエージェントがあっさり死ぬ程のとんでもない戦場だというのに、のんきに片手を俺に向かって振っている土宮神楽の姿。

 

―――ほんとまぁ、生意気に育ってくれちゃって。

 

 カチッと、無線を対策室に向けて接続する。

 

 ……まともに事情を説明するのは非常に面倒だな。

 

 現場一個を剣輔に投げて、ここも神楽に丸投げする。

 

 いくら向こうから言い出したこととは言え、ちょっとばかし正直に告げるのは気が引ける。

 

 少々逡巡してから、俺は対策室に言葉を投げかける。

 

 嘘には、ならないだろう。

 

 

 

 

「小野寺凛より対策室。()()()()()B()()()()()()。事後処理に土宮神楽を残し、今より合流する」

 

 

 

 






毎回似たような締め方になって申し訳ない。

次回、神楽覚醒。

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