喰霊-廻-   作:しなー

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遅くなりました。


第36話 -餓者髑髏7-

「大丈夫か、黄泉!」

 

「凛……」

 

「凛!来てくれたか!」

 

 邪魔な枝を切り落とし、へし折り、木の幹を足場としながら、森を駆け抜ける。

 

 体力の消耗なんてもんは全く考えずに鬱蒼とした森をチンパンジーよろしく動き回ること数分。

 

 ようやっとの思いで俺は対策室の現場本部に到着した。

 

 テント張りの建物の中に入ると、そこに居たのは、椅子に座り蹲る黄泉と、黄泉に寄り添い兼護衛をしている紀さん。そしてメディックの方々だ。

 

「悪い遅くなった。出血は……大分酷そうだな」

 

 止血に使っているタオルを見て大体の出血量を把握する。……これは大分酷い。確実にメディックの方々に縫って貰わなければならないだろう。

 

「いや、問題ない。出血が酷いように見えるが、今は処置がほとんど終わってるから大分落ち着いてる。最後は病院でやってもらわなきゃならないだろうが、もう大丈夫だ」

 

「それを聞いて安心しましたよ……。……痛むか?黄泉」

 

「麻酔効いてきたから大丈夫。明日以降が酷そうだけどね」

 

「よかった。お前が死んだんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたよ俺は」

 

 ふーっと胸をなでおろす。このレベルの災害であれば無線から聞いたことを頼りにして実際に現場に行ってみたら、数分の間に事態が急転して全く違う事態が起こってました!なんてこと珍しくもないから、本当に安心した。

 

 一分前まで話してた人が、次の瞬間には死んでいる。そんなのが起こっても全く不思議じゃないのが、この喰霊-零-の世界だ。あいも変わらず15,16ぐらいのガキが生き残るにはつらすぎる世界線である。

 

 現在カテゴリーBとは岩端さんと桜庭さんが戦って足止めをしてくれていること、黄泉の怪我の処置内容などについてさらっと紀さんと確認していると、黄泉のか細い声が耳に入る。

 

「……ごめん、へましちゃった」

 

 黄泉らしからぬ、元気さと自信に満ち溢れていないその声。

 

 紀さんから聞いた傷の深さだと、とてもじゃないが戦闘に耐えうるようなものではない。むしろ戦場に出てこられたら足手まといだと言いたくなるぐらいにはその傷は深く、出てくると言ったら殴ってでも止めてやろうと思うぐらいの深手だ。

 

 そんな傷を、この現場の筆頭担当者である自分が負ってしまったことに強い負い目があるのだろう。

 

 そんな心情がありありと伝わってくる声色であった。

 

「気にするな。後は俺が全部やるから、今は紀さんの言う事聞いて大人しくしてろ。絶対になんとかしてやる」

 

 本心9割、ハッタリ1割。黄泉を安心させる意図も混ぜつつ、そう言って微笑んでから俺は戦闘態勢に入る。

 

 近くにあった机に上着を脱いで無造作に置く。この季節に夜の森で上着を脱ぐのは少々寒いが、アップは十分に済ませてきているので、むしろこんなものがあっても無駄だ。

 

 黄泉があの糞ガキの息のかかっているであろうこの戦場でリタイアするのは非常に怖い一面もあるが、逆を返せば本部で紀さんとかに守られながら待機しててくれるということでもある。

 

 よくわからん森の中でいつの間にか堕ちられてるよりかは、俺の目の届く範囲で守ってもらっている方が心の衛生上良いという考え方もある。

 

 戦力である黄泉が抜けるのは対策室として痛手だが、喰霊-零-の時とは違って、この戦場にはそこそこ頼りになる戦力が結構居る。

 

 神楽も俺がもう一目置くほどに強くなっているし、他の室長候補たちもそこそこの戦力だ。服部嬢とは直に手合わせしたし、他の室長候補たちの戦いぶりも見たが、あいつらはこの戦場でくたばるようなタマではない。

 

 さっさと本部に戻って本部の警護にあたってもらおう。

 

 その他は全部、俺がやればいいだけだ。

 

「……そういうの言うの、本当なら年上の私の役目のはずなんだけどね。ほんと、憎らしいぐらい頼りになる弟分」

 

「誇りに思ってくれていいぞ。それを育てたのはお姉ちゃん(諌山黄泉)だ」

 

「それは、そうなのかもしれないけど……。大丈夫なの?まだ体調万全じゃないんでしょ?」

 

「体調は悪いけど、今の黄泉に刀を握ってもらうよりかは大分マシだよ」

 

 確かにまだまだ万全ではないが、右の腕を切り裂かれた黄泉が戦場に立つのの1000倍はマシだ。

 

 無い握力で刀握って獅子王が俺の方に飛んできても困るしな、と茶化すと、ほんっと憎たらしいやつねアンタはと言いながらも黄泉は起き上がらせていた上半身からふっと力を抜く。

 

 そしてそのまま目をつぶり、黄泉を支えるようにしていた紀さんに全力で体重を預ける。

 任せてくれた、ということだろう。

 

 自分で言うのもなんだが、俺が今信を置いてもらっているのはあの()()()()だという事実に、体の芯がジワリと熱を持つ。

 

 対策室のエースで、神楽の姉ちゃんで、死してなお俺が憧れた、あの神童にこうして無条件で信頼してもらえている。

 

 その事実と現実をこうして目の当たりにすると、何度経験しても本当に心が震えるものがある。

 

「何度も言うけど、後は任しとけ」

 

 バキッ、バキッと各関節を鳴らしてアップする。

 

 さっき全力で本部まで走っていたから結構体力を消耗した筈であるのに、謎の活力が体の芯から湧いてきて、心なし体が軽くなる。

 

 神楽たちと一緒に戦ってたときは大分セーブして動いてたからまだ体力には余裕があるのも事実だけど、それでもかのクラスのカテゴリーBと接戦を繰り広げていたのだから体力は相当に使っているのも事実。

 

 だというのに黄泉の所作一つでこれだけ活力が湧いてくるって、人体というのは本当に不思議だ。

 

―――さて、では行くか。

 

「紀さん、奴さんは今どこに?」

 

「南の方だ。こういう形で利用するのもあれだが、黄泉の血を辿ればたどり着くはずだ。今は一樹と岩端さんが黄泉を負傷させたカテゴリーBを相手取ってる。助けに行ってやってくれ」

 

「……ちょっと、それやばいじゃないですか!」

 

 待て待て待て。桜庭さんと岩畠さんがカテゴリーB相手取ってるだって!?

 

 あの二人は全然前線を張れるぐらいの実力あるし、仕事もバチバチにできるしで信頼してはいるんだが、微妙に不安なんだよな……。失礼だけどさ。

 

「任せたぞ」

 

「任せたわね、凛」

 

「あんたら呑気に言っちゃって……!報連相は徹底しろとあれほど……!了解です!」

 

 何故か悠々と構えている二人に力強く頷くと、俺は戦場へと向けて駆け出していく。

 

 頼むから無事でいてくれよあの二人……!

 

 

 

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「ふっざけんなオッサン!こいつこんなに強えなんて聞いてねぇぞ!」

 

「それだけ吠えられるんならまだ大丈夫そうだな桜庭ァ!おらまずは黙って体動しやがれ!」

 

 2m超えの大骸骨が変幻自在に飛び回り、予測不能な攻撃を仕掛け続ける中、短髪の青年が叫び、モヒカンの大男がそれに答える。

 

 短髪の青年―――桜庭一樹は、振り下ろされた強大な日本刀を自身の得物であるカバン式の退魔宝具で受け止めると、即座にそれを銃撃モードへと切り替え、元々スカスカなその体を、より蜂の巣に近づけるべくトリガーを引き絞る。

 

 ……はずが、とても骨だけで構成されたその巨躯からは想定もできないような速度で餓者髑髏はしゃがみ込んで桜庭の視界から消えると、華麗な動作で足払いを行い、桜庭の銃撃を空へと誘い、直撃を回避する。

 

―――なんつー動きしてんだ!

 

 虚を取られ仰向けに体勢を崩されながらも、銃弾を誤って発射してしまい自分や味方に弾が当たることが無いようトリガーから手を離し、桜庭は尻もちと同時に心の中で何度目かわからない悪態をつく。

 

 道中で現れていたカテゴリーCは、正直大したことはなかった。そこいらによくいるような、吹けば飛ぶようなカテゴリーCといった所だったのだが、眼の前のこいつは別格だ。本当に強い。強すぎると言ってもいい。

 

「おぉおおお――――!!!」

 

 体勢を崩した桜庭に攻撃を行おうとしていた餓者髑髏。だが、自分の間合いに入ってきた大男を回避するため、その矛先をそちらへと向け直す。

 

 耳障りな甲高い音を立てて回転する巨大なドリルが、これまた巨大な体から餓者髑髏へと振り下ろされる。

 

 速度も重さも得物の質も、全てが即死級のその一撃。だが、餓者髑髏はそれを全く脅威であるとなど感じていないのであろう。

 

 その一撃を、人間であれば筋肉や皮膚などが削がれるであろう紙一重の見切りで回避し、煽るようにくるくるとその体を翻す。

 

―――舐めやがって。

 

 そう思いながらも油断なく徒手空拳の要領でドリルを振り抜き、一歩一歩餓者髑髏を攻め立てる。

 

 攻めて、攻めて、相手に攻撃のスキなど与えない。

 

 起き上がった桜庭一樹も加わり、二重の方位で前から後ろから横から上から様々な角度から攻め立て続ける。

 

 だが、当たらない。カスリすらしない。

 

 岩端晃司は軍隊(正確には傭兵だが)上がりの戦闘のプロである。

 

 霊能力者としての実力は正直低レベルではあるが、こと肉弾戦に至っては並の退魔師以上の実力があることは、その肉体を見ても明らかであろう。

 

「……っが!!」

 

 不意をついてその鍛え抜かれた肉体を、圧倒的な鋭さを持った打撃が撃ち抜く。鳩尾。奥に神経の詰まった、人間の急所の一つだ。

 

 怨霊にその証明を求めても甲斐無きことではあるが、どこに一体退魔師随一の筋肉量を誇る岩端の腹筋の鎧を貫けるだけの膂力があるのか。

 

 横隔膜まで届いたその衝撃は、岩端から呼吸を奪い、視界すらも一瞬明転させる。

 

 たかが一瞬、されど一瞬。戦闘中の一秒は、世界に存在するどの一秒よりも長いとは小野寺凛の言葉であるが、まさにその通りだと刹那の間に岩端は思考する。

 

 攻めに転じていたはずの自分が、気がついた瞬間には、まさに相手が首を落とそうとしているその瞬間を目撃している。

 

 一瞬意識を飛ばしただけでこの有様だ。ドリルを振り抜いたところまでは鮮明に覚えているというのに、どうして自分がこうなっているのか全くわからない。

 

 わかるのは今自分が死にかけているという事実と、その事実を引き起こしたであろう腹の鈍痛だけだ。

 

 自分の命の灯火は、その鉄が振り抜かれれば消えてしまう。そんな状況に追い込まれた岩端の頭上を、重みのある何かが通り抜ける。

 

 メキッという骨に何らかのダメージが入る音。そしてノックバックする光景が目に入る。

 

 今まで圧倒的優位に立ち、こちらを苦しめ続けていた怨霊が、その状態を仰け反らせて、明らかに隙を晒している。これとない好機。

 

 そして、その状態を作り出した男がその好機を見逃すはずがなかった。

 

 ノックバックから一瞬で復帰し、その男を刀を持たぬ手で近寄らせまいと振り抜いた餓者髑髏。明らかな苦し紛れの一撃。甘く、拙い。

 

 それを難なく避けると、簡単に刀を振れない位置まで肉薄し、カポエイラの要領で蹴りをかます。またしても響く骨に何かしらのダメージが入る音。

 

 キレイに決まった、そう思える一撃だったが、当たってから体勢を立て直した小野寺凛は明らかに苦い顔をしている。

 

 決めきれなかった、そう如実に語っている顔だ。

 

「……こいつも明らかに強いな。……大丈夫かおっさんども!」

 

「だーれーがーおっさんだ!俺はまだ10代だ!」

 

「助かったぜ凛。危うく三途の川を渡るところだった」

 

 今だ痛みを主張する鳩尾を擦りながら、小野寺凛の近くへと寄っていく岩端。そして桜庭一樹。

 

「間に合って何より。怪我は大丈夫?」

 

「俺もおっさんも問題ねぇ。さっきキツイの一発もらってたみたいだけどな」

 

「人のこと言えるのか桜庭ァ。お前こそ痔が裂けてケツが4つに割れそうなきれいな尻もちついてたじゃないか」 

 

「俺は痔じゃねぇ!勝手なキャラ設定すんな!」

 

「はは、そんな減らず口叩けるってことは怪我もなさそうだね。良かった良かった」

 

 カポエイラで地面に着いた手についた土をパンパンと払い落としながら、小野寺凛は笑う。

 

 少し土や、軽く擦り切れて汚れたスーツ。だが、致命傷になりそうな大きな傷はない。ひとまずは安心してよさそうだ。

 

「結構強そうだな、あれ」

 

「大分強いぞ。お前の姉貴分ほどじゃないがな」

 

「おっさんにケツ狙われるよりはマシだが、俺はもう相手したくないね。命がいくつあっても足りそうにねぇ」

 

 減らず口を叩きながらも油断なく目の前の相手を見据える三人。

 

「お前が来たってことは任せていいのか?凛」

 

「いいよ。そのために来たんだし。それより本部に戻って警備固めてあげてよ。黄泉抜けちゃうわけだし」

 

「ありがとよ。お言葉に甘えてそうすることにする。俺らじゃ正直役者が不足してたんだ」

 

「任された。……ま、俺じゃ役不足かもだけどね」

 

「相変わらず可愛くねぇガキだなお前は。だけどその減らず口が頼もしいぜ。任せたぜ、凛」

 

 あいよ、と答えて拳骨と拳骨を軽く合わせる凛と桜庭。

 

「テントに黄泉と紀さんがいる。今の指揮系統どうなってるか正直俺もわかってないから、紀さんから聞いて」

 

「わかった。死ぬなよ、凛」

 

 そう言って走り抜けていった桜庭と岩端。走り抜けていく姿を見ても、大した外傷はないらしい。 

 

「……僥倖僥倖。こいつ相手に怪我なしって相当すごいよおっさんたち」

 

 何様だ!と桜庭一樹あたりからツッコミが来そうな発言をしながら、背中が見えなくなるまで二人を見届ける凛。

 

 その凛がそれを見届けるのを律義に待っていたのだろうか。

 

 凛がその視線を二人から外し、餓者髑髏に目線を戻すと、餓者髑髏はゆっくりと刀を構え始める。 

 

「……へぇ。意外と武人なのかね、あんたら」

 

 合わせて、凛も構える。

 

 怨霊如きにスポーツマンシップや、武士道を求めるのはお門違いでしかないと思っている凛だが、こいつらにはもしかしたらそれに近しいものがあるのだろうか。

 

 前のカテゴリーBでも思ったことだが、もしかしたらこいつらはそこそこ有名な武人だったのかもしれない。そしてその中でも、こいつは先程戦ったカテゴリーBよりも強そうな気配がぷんぷんする。

 

 体力は十分。気力は十二分。相手にも不足なし。

 

―――さて、できれば俺が役不足であってほしいものだ。 

 

 そう思いながら、足に霊力を乗せて地面を蹴り、カテゴリーBへと小野寺凛は肉薄した。




次回以降、月イチ更新目指します。

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