喰霊-廻-   作:しなー

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第3話 -継ぐ者、反る者-

 分家会議がようやく終わり、諫山奈落の家督継承発表という重い一言が会場に静寂をもたらしていた。

 

 緊張感に包まれていた会議室も、閉会を告げられるとともに徐々に解放された空気に変わり、分家の面々はその場を後にし始める。

 

 表情に動揺を浮かべたまま俯く者、他の当主にそっと視線を送り、ひそひそと話し始める者もいる。静かに退出しながらも、心の内に様々な思いを抱えている様子は、誰の目にも明らかだった。

 

 分家当主たちは三々五々に帰路につき始めていたが、その大半がこの場で黄泉への家督継承が発表されたことに少なからず動揺していることは一目瞭然だった。奈落の判断に異を唱える者こそ表立ってはいなかったが、何人かは明らかに納得していない様子で言葉も発さず、その場を去っていった。

 

 奈落さんの言葉が、ここにいる全員にどれほどの衝撃を与えたかは、彼らの表情からも窺える。黄泉を養子として迎え入れ獅子王を託している時点で、あらかた予想は出来ていただろう。だが、それが実際に宣言されるというのは話が別だ。

 

 血の繋がらない養子である黄泉が家督を継ぐことは、この血と伝統を重んじる業界においては受け入れ難いものがあるだろう。しかも現在黄泉は獅子王を振るえずお勤めにも出れない状態であり、かつその傍らには大戦果を上げた諫山の正当な血の継承者である冥がいる。

 

「頑張れよ」

 

 そう、黄泉に声を掛ける。

 

 この状況の中で、奈落はあえて今、家督の継承を宣言した。思う所はある。正直今じゃないだろと思ったし、黄泉に好意的な者ならば同じことを思ったに違いない。

 

 だが俺はそこには触れず、黄泉の肩に軽く手を置いて彼女を励ますように微笑んだ。黄泉は一瞬だけ驚いたように目を見開き、すぐにいつもの穏やかな表情に戻った。彼女は小さく頷き、抑えた声で返した。

 

「ありがとう、凛」

 

 その言葉は静かで、だが強い意志が感じられるものだった。黄泉の決意が伝わってくる中で、俺は安堵の気持ちとともに、彼女を支えなければならないという気持ちを新たにした。

 

 視線を横に向けると、黄泉のそばには飯綱紀之の姿があった。彼もまた、無言のまま黄泉を見つめている。

 

 ……大丈夫だとは思うが、念の為一つ確認しておくか。

 

「……賛成したんですよね?」

 

 俺は、軽く疑問を込めて紀さんにそう尋ねた。

 

 黄泉の継承に対する一部の反発を考えれば、あえてこのタイミングでの発表に紀之が賛成したのかどうか、確かめたくなるのも当然だった。

 

 賛成したのか、それとも流されただけなのか。後者なら思うところはあるぞ?と思いみやると、しかしその心配は杞憂で終わりそうだった。

 

「ああ」

 

 短い言葉とともに返答する紀さんの顔には、何も迷いはない。彼の中ではとっくに決着がついているとでもいうように、彼の目は曇ることなく俺を見返してきた。

 

 飯綱紀之もまた、黄泉と同じく覚悟を決めているのだろう。

 

 それに頷き返して、俺はその場を後にした。

 

 ……流石に蛇足が過ぎたか。

 

 身内で決めた決定に俺から何か言う資格はない。残念なことに俺と黄泉は戦友であって身内ではないのだから。

 

 ……それに。

 

(あんな面構え(かお)されちゃあなぁ)

 

ちょっとニヤけてしまう。覚悟を決めた男の顔ってやつは、やっぱり良いものだ。無粋なことを言わせない何かがある。

 

 喰霊-零-でもあれぐらいの男らしさ見せてくれてれば、結末は全くもって変わっただろうに。

 

 と思いつつ、それを俺が今を変えているのか、なんて他人事のように思ったりもした。

 

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 分家の者たちがそれぞれ会場を後にしていく中で、俺は奈落さんの姿を探して館内を歩き出した。

 

 いつもなら奈落さんは分家の人達と色々話したりしているが、今回は一番最初にあの場を後にしていたのだ(理由は察して余りある)。

 

 この広々とした館にはどこかしらに彼の姿があるはずだと思い、耳を澄ませながら進んでいると、奥の廊下から荒々しい声が聞こえてきた。

 

 その声の主は、果たして諫山幽だ。奈落さんの弟でありながら、彼とは正反対の気性を持った人物である幽は、黄泉の家督継承に強い反発を示しているようだった。気取られないように近づくと、幽が荒々しく口を開いているのが聞こえてきた。

 

「なぜ、黄泉に家督を譲るのですか兄上!血の繋がっていない養子に諫山家を任せるなど、到底納得できる話ではない!」

 

 彼の言葉には、怒りと苛立ちが露わに含まれていた。奈落さんの判断が信じられないと、彼の視線は強い憤りをもって奈落さんに向けられている。養子である黄泉に家督を譲ることは、同じ諫山である幽にとっては許容できないことなのだろう。

 

 ……だが。正直、諫山幽の気持ちも分からなくはない。

 

 小野寺の家督に正直興味はないが、親父の兄貴が養子を連れてきて「小野寺当主にします!」って言い始めたら、流石に俺も苦言の一つは言うだろう。

 

 俺は黄泉をよく知っている。この人より広く深く彼女のことを理解している自信がある。どんなに彼女が素晴らしい人間なのか、獅子王を預けるに足る人物であるのか、俺らの命を預けていい人間なのかを理解している。

 

 そして俺は()()()()()()。だから納得できる。

 

 しかし、この人はわからない。年の離れた親戚の娘を理解する機会などほぼ無いし、獅子王を預けるに足るかを判断をする実力もないし、命を預ける機会など一切ないだろう。

 

 そしてこの人は()()()。しかも正当な、本物の。

 

 故に納得できる。この人の不満も、疑問も、憤りも。

 

 だが、奈落さんはその激しい言葉を一切気にすることなく、静かに幽を見つめ返した。そして、冷静でありながらも鋭い言葉で返答する。

 

(当主)が決めたことだ。諫山(お務め)から逃げたお前に、口を出す資格はない」

 

 奈落さんの声は、静かながらも一片の揺らぎもない。その目には幽を断固として拒む意思が浮かんでいた。幽の意見に耳を傾けるつもりなどないという強い意志。それが言葉の端々から伝わってくる。

 

「し、しかし!」

 

「跡継ぎとしてふさわしいと私が判断した。それだけだ」

 

 その短い言葉には、あらゆる疑念を断ち切るような重みがあった。奈落さんがどんな思いで黄泉に家督を託す決断を下したのか、その一端が垣間見える。

 

 幽はなおも納得がいかないようで、眉を歪めた表情を浮かべると、諦めきれない様子で呟いた。

 

「今回の作戦でも、娘の冥は無傷で戻り、戦果を上げました!それに対して黄泉は……」

 

「くどい!」

 

 幽の言葉が続く前に、奈落さんは無言のまま踵を返し、会話を終わらせるようにその場を立ち去った。無駄な議論に付き合うつもりなどないと、そう態度と言葉で示して奈落さんは堂々とした背中を見せて去っていく。

 

 手を震わせながら顔を落とし、ワナワナと震える諌山幽。ここが他人の、しかも自分より格上の人物の家でなければ何かしらの破壊に及んでいるだろう。

 

「冥!冥は居るか!」

 

 話が決裂したとなれば、もうこの場に1秒でも長く居たくないのだろう。怒気をにじませ大きな足音を立てながら、諌山幽は自分の娘の名前を呼び、出口の方へと歩いていく。

 

 ドタドタという人の家で立てるにはあまりに無礼な足音。

 

 それが十分に遠ざかり彼の声が聞こえなくなってから、俺は後ろに向かって声をかける。

 

「呼ばれてますよ。いいんですか?」

 

 その声を発すると、俺の死角となっている場所から人影がすっと出てくる。

 

 果たしてそこから出てきたのは予想通りの人物。銀嶺の髪に桜色の着物を着た恐ろしいほどの美人。この世界に転生してからは想像だにしていなかったが、見慣れた姿ではある。

 

「気づいていたのですね」

 

「……ええ。まぁ」

 

 というより隠す気は果たしてあったんだろうか。息遣いに僅かな足音。黄泉や神楽はわからないが、あれで俺に気づかれないつもりだったなら、ちょっとこの人らしくない。

 

 その表情を見やる。いつもと変わらぬ端正な顔立ち。この人の美に関するコンディションが崩れていたことを今まで見たことはないが、それは本日も一緒だった。本心なのか、虚勢なのか。

 

 まぁそれは良い。ともかく、この人が居たのに気がついたから声をかけたものの……。

 

「……」

 

「……」

 

 流石にちょっと気まずい。

 

 俺は常日頃から色んな人とどんな場面でも上辺の会話が出来るよう、様々な話題を仕入れて会話の想定をしている。だが、流石にこのシチュエーションに対応する会話デッキは持ち合わせていない。

 

「いつもとは違って大分歯切れが悪いですね」

 

「……そりゃまぁね」

 

 いやなんて声かけろっていうねん。

 

 ……アンタが思ってるより俺、アンタの裏側知ってるからな。

 

―――貴女が邪魔だったの!貴女が憎かったの!貴女が嫌いだったの!貴女が羨ましかったの!

 

―――居なくなればいいのに!消えればいいのに!潰れればいいのに!死ねばいいのに!

 

 頭の中であのセリフがリフレインする。

 

 泰然としているというかどこか凡人とは隔絶した雰囲気をもった、厳しい人。喰霊-零-をみた視聴者も、家督にこだわりがあるのはわかるが、それを一番とはしておらず腹に一物抱えている強い人……ぐらいのイメージの方が多かったのではないだろうか。

 

 遅いか早いかでしか無いと冷静に言っていた彼女だが、その実、腹の奥底では煮えたぎるような激情を抱えていた。あのシーンの迫力に飲まれた人は俺一人ではないだろう。

 

 今も内心穏やかじゃないはずだ。

 

 風が凪いだように平静を装っているが、恐らくそうじゃないことは歴史(喰霊-零-)が物語っている。

 

 何と声をかけようか迷っていると、再び諌山幽の声が遠くから聞こえてくる。まだ激昂は収まっていないらしい。

 

 ふとそちらに意識を向けるのと同時に、冥がこちらに歩み寄ってくる。幽の怒声が微かに廊下を震わせる中、冥は一歩俺に近づいた。その所作は音もなく、影が忍び寄るようだった。

 

「聞いても良いですか?」

 

 静かな声が耳に届く。

 

「なんでしょう?」

 

 思わず身構えながら返すと、冥は一瞬だけ目を伏せた。そして、真っ直ぐ俺を見据える。

 

「―――貴方は、どう思うのですか?」

 

 ……これまたド直球で来たなと驚く。そんなに真っ直ぐ聞かれるとは思ってなかった。もっと遠回しに探りを入れながら聞いてくるかと思ってたのに。

 

 けれど、目の前の冥は一切の揺らぎを見せずに俺を見ている。こうなった以上、逃げるわけにもいかないし、下手な誤魔化しをするのはあまり好きではない。

 

 正直に話すか。俺は小さく息をつき、話し始める。

 

「……小野寺凛として述べるなら」

 

 答える前に一拍。言葉を選ぶ時間が必要だった。

 

「理解も納得もできます。正直、諫山の重みは俺には分からないし、分かれない。―――ただ。その前提の上だとしても、俺は黄泉なら相応しいとそう思ってます」

 

 背負わせるにはまだ若すぎるとは思う。もっといつも見せてくれる少女としての表情を、楽しんで欲しいと思う俺はやっぱり生粋の退魔師ではないのだろう。

 

 けど、アイツは凄いやつなのだ。アイツがやると言っている。なら出来ると、俺は思う。

 

「……」

 

 俺の返答に対する諫山冥の返答は沈黙だった。そりゃそうだろうなと思う。俺が同じ立場だったとしてこの回答をされたとしても、「やっぱりお前はその回答するよね」としか思わないから。

 

 だがこれは俺の偽りの無い本心なのだ。贔屓目無しに彼女なら出来ると思っている。

 

―――でも。

 

「……もし俺が諫山だったなら」

 

 これを言うべきか――俺は少し迷った。多分反応は返ってこないし、言っても言わなくても変わらなそうな気はする。完全なる蛇足というやつだ。

 

 だから口にするのをためらったのだが、何となくこの二律背反として存在している方の本心を伝えるべきだともそう思ったのだ。

 

「納得も、理解すらできないかもしれません。諫山の重みを分かってて、誰より分かれるから。―――だからこそ、その前提の上なら俺の回答は……」

 

 納得なんて、多分できない。俺ならそんなお利口さんでいることは多分無理だ。

 

 そこまでは流石に口に出さなかった。だが、冥も俺が言わんとすることは確実に察したであろう。

 

「……」

 

 返ってきたのは沈黙。その表情は、どこか微かな変化を見せているようでいて、掴みどころがない。彼女の瞳は淡々としているように見えたが、その奥には激情を秘めているのだろうか。

 

 俺の言葉がどこまで彼女に響いたのか。あるいは何も響かなかったのか。今の仮定を話して何か意味があったのか。答えは冥自身しか知らない。俺はそのまま黙って彼女の反応を待ったが、答えは返ってこなかった。

 

「……そろそろ行きましょうか。お父上もいよいよお待ちかねのようですし」

 

 しばしの沈黙が降りた所で、俺はそう提案する。冥の表情に変化はない。ただ、わずかに視線を横に動かしただけだった。

 

「行きましょう」

 

 やおら顔を上げると冥さんは俺の言葉に答えるように足を動かし始めた。

 

 俺もその後ろについて歩き出す。……動揺は見られない。こういう時ぐらいちょっとぐらい隙を見せても良いだろうに、相変わらず隙のない人だ。

 

 3人で住むにはあまりにでかい諫山家。その廊下を数歩歩いたところで、思い立ってふと口を開く。

 

「俺からも一ついいですか?」

 

「なんでしょう?」

 

 その問いに冥は初めて足を止める。その横顔はいつも通り冷静で、何一つ揺らぎは見えない。

 

 ふと思ったことを問いかけようとして、すぐ口を噤む。

 

「―――いや、なんでもないです。行きましょう」

 

 そんな俺の様子に、怪訝そうな顔をする諌山冥。久しぶりに表情が崩れたなと思いながらも、尋ねかけた言葉を俺は飲み込み、諌山冥に先んじて歩き出す。

 

―――さっき隠れてたのって、もしかして気づいてほしかったんですか?

 

 なんてことを直接聞くのは、流石に野暮がすぎるだろうと思い直したのであった。

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