喰霊-廻-   作:しなー

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第4話 -隔絶-

「―――これで終わりか」

 

 首を跳ね飛ばし、文字通り動かぬ死体となったカテゴリーDの体を踏みつけながら、同じく周りに横たわる遺体たちを見ながらそうひとりごつ。

 

 深夜の寝静まったオフィス街。車通りも極端に少なくなるこの辺りは、戦闘音がするとかなり響くのだが、もう既にその音は俺の耳に響かない。つまりは全員、俺以外の皆も状況終了したことを指している。

 

 俺が喫煙者だったら一服でもしてる場面だろうなと思いながら、足元に横たわるカテゴリーDを回収班が回収しやすいように配置し、予め決めていた合流ポイントへとやおら歩き出す。

 

 今日のお務めは何の危なげもなく終了した。

 

 人数も少なかったし、危険度は低くはなかったはずだが、何の問題もなく段取り通りに全てが進んだらしい。非常に良いことだ。

 

「―――こちら小野寺凛。状況終了」

 

 無線が空いたタイミングを見計らい、本部に一方を入れる。

 

『了解。ランデブーポイントに集合せよ』

 

「了解」

 

 二階堂から返ってくる無線に一言で返答すると、ウェストポーチから某ゼリー飲料を取り出し、それを一気に飲み干す。ペコペコだと主張してくる胃にそれが流れ落ちるが、これだけでは足らぬとばかりにグゥグゥお腹がなり始める。

 

 ホッと一息ついて自身が超絶ハラヘリ状態にあることに気が付いたので栄養補給したのだが、逆効果だったかもしれない。一度何かしら飯を入れてしまうと逆に飢餓感を増すことがあるが、今回がまさにそれだったらしい。

 

 近くにあったゴミ箱に未来だと某ウィダーの名前が使えなくなっているゼリー飲料をぶん投げる。黄泉あたりに見られたら小言を言われそうだが、まだ彼女はお務めをお休みしているので見られることは無いのでセーフだ。

 

「あ、凛ちゃん!お帰り!」

 

「ただいま。そっちも問題なかったみたいだな」

 

 合流地点にたどり着くと、神楽が近づいてくる。

 

「そりゃもう!楽勝でしたよ!」

 

「みたいだな、良くやったぞ神楽」

 

 実際本当に大したものだ。神楽なら大丈夫だろうという難易度の現場ではあったと思うが、それでも結構数が多かった筈だ。それを返り血の一つも浴びずに返り討ちにしてきたことが、シミ一つ無い制服を見れば一目で理解できる。

 

 俺も多分殆ど返り血は浴びていないので同じではあるのだが、よくもまぁスカートでそれが実現できるものだ。俺等男は基本的に特注のスーツを利用しているのでそこそこ動きやすいのだが、神楽とか黄泉は学校の制服で戦ってるのは単純にすごいと思う。

 

 ちなみに俺はガチで難易度が高そうな案件(例えば森での戦闘や屋上から建物に入る必要がある戦闘など)に関してはミリタリーショップ等で揃えた、徒手空拳スタイルにバッチリあったガッチガチの装備を来ていく。ちなみに今日はスーツである。

 

 犬だったらブンブン尻尾を振ってるだろうな、というのが分かる声色と表情で「褒めて褒めて」と言わんばかりの雰囲気をまとっている神楽。

 

 普段だったら頭の一つでもワシャワシャしてるかもしれないが、今日は戦闘後なのでそれはやめておく。流石にゾンビの頭を潰した手で彼女の絹のような髪に触れるのは流石にあれだろう(もちろんカテゴリーDに直接触ってはないけど)。

 

 ふっふーん!という効果音が一番似合うドヤ顔をする神楽。相変わらず憂いやつである。マジでこの子のこの太陽のような笑顔が曇る喰霊-零-という作品は、中々に罪な作品だと思う。

 

「集合まだだろうし、コンビニでも行かない?俺腹減っちゃった」

 

「賛成!でも凛ちゃんのお母さんご飯用意してるんじゃないの?」

 

「大丈夫。俺の胃のキャパシティを知らないわけではあるまい」

 

「30歳超えて同じ量食べ続けてたら、すぐにBMI30行きそうなくらい食べるもんね!」

 

「神楽さん神楽さん、もうちょい良い言い方を国語の時間に勉強してたりしません?日本の教育システムそこまで終わってないと思うんだけど」

 

 そんな朗らかな会話をしながら、無線で一本連絡を入れて合流地点を離れる。多分10分もすれば皆集まるだろうが、ここから徒歩数分の距離にコンビニがあることはリサーチ済みである。

 

 誰よりも仕事が早い俺達が数分抜けるのになんの文句も出るまい。成長期の男子は腹が減るものなのである。

 

「凛ちゃん私アイス食べたい!」

 

「おま、結構今外涼しいぞ」

 

「大丈夫!さあ行こう凛ちゃん!」

 

 ぐいっと腕が引っ張られる。女子中学生ではあるが、舞蹴を軽々と振る神楽の力というのは案外強い。霊力にある補助があれば石の墓ぐらいだったら砕けるからねこの子。詳しくは喰霊本編の静流と喧嘩しているところを参照してくれればと思う。

 

 俺の腕を引き、楽しそうに俺に世間話をする神楽を見ながら。そしてそんな神楽と楽しく会話をしながらも、俺の心の片隅にはとある事実が漂い続けていた。

 

 

 

 

―――最近、神楽に勝てなくなってきた。

 

 

 

 

------------------------------------------------------------

 

「やった!また一本だよ凛ちゃん!」

 

「―――驚いた。今のはガチで反応出来なかったぞ」

 

 首に当てられた木刀の温度を最初に脊髄が、ついで脳がそれを認識する。ブワッと毛穴が開く感覚。獲った、と思った瞬間の一撃だったから、本当に反応が出来なかった。

 

 真剣だったら首が確実に飛んでいた。そうじゃなくても、寸止めしてもらわなければ、下手すれば今の一撃で死んでいた可能性も全然あった。達人クラスが使う木刀が首に当たるというのはそういうことだ。

 

―――3本目だ。俺が神楽に明確に取られたのは。

 

 背中を伝う嫌な汗が伝うのを感じる。死んでたかもしれないという恐怖もそうだが、俺が負けたという事実に心が反応しているのを感じる。

 

「とは言え凛ちゃんも一本かぁ……。黄泉にも言われてたのにまたやっちゃった」

 

 痛ったぁ、と言いながら肋の下辺りを抑える神楽。そこにあったのは、俺が貸したパーカーについたピンク色の塗料。直前までかなり激しく肉体がぶつかり合っていたのと、アドレナリンで一瞬気が付いていなかったようだが、俺が撃ったペイント弾が肝臓のある位置に着弾しているのが見える。

 

 体勢が崩れたふりをしたタイミングにピンポイントに撃ち抜いたのだが、ほぼ狙い通りの場所に着弾していた。そこで試合終了となる予定だったが、まさかタイミングを読み違えていたとは。

 

 最近これが良くある。瞬きしてしまった瞬間に懐に入られていたり、刀に意識をずらされた直後に良い前蹴りが飛んできたりだ。俺がよく使うミスディレクションや距離感を掴ませないフットワークなどを真似ているようだが、そのクオリティが全然低くない。むしろ俺が逆輸入することすらあるぐらいの精度で使ってくる。

 

 確実に強くなっている。それこそ数ヶ月前の神楽とは別人と言っても差し支えないぐらいに強さが増してきている。今でさえこれなのに、1年後の神楽の立ち位置はどこになっているのか―――

 

「ここは実弾だったら即死だよね?」

 

 ほんの少しぼうっとしたタイミングで、神楽の声で我に返る。撃たれた所をやや痛そうに擦りながら、撃たれた箇所について聞いてくる。

 

「いや、即死はしない可能性はある。そこはちょうど肝臓の辺りだから、適切な処置がすぐ出来なければ10分持たないんじゃないか?」

 

 肝臓は人体の25%もの血流が集まると言われる、実はめちゃくちゃ重要な臓器だ。アルコールの分解に使われるということぐらいしか知らない方も多いかもしれないが、人間の急所の一箇所である。小腸を撃たれるのとは話が全然違う。

 

「それだとほぼ相打ちだよね……。実弾の場合刀振り切れたか怪しいし」

 

「いや、とはいえ即死の可能性が高いのは圧倒的に俺だ。刃が付いる得物だったら振り切れてなくても多分死んでる。―――良くやった神楽。俺の負けだよ」

 

 そう言って微笑む俺。なんかちょっと誇らしい。あの小さかった神楽が、いや今でも俺より頭一つ以上小さい子が俺の命に手を届かせた。

 

 この体格差は平均身長の日本人男性が190cmの大男と戦うみたいなものだ。そんな少女に実戦なら俺はまず間違いなく殺されていたと言って問題ない。

 

「しかしまさか今ので負けるとはな。獲ったと思ったのに」

 

「う~。それは私もだよ。確実に勝ったと思ったのに~」

 

「互いに追い詰めたと思った時は気をつけなきゃいけないという教訓を得たな」 

 

 むー、とやや不満そうな神楽をなだめつつ、本日の訓練は終了とする。

 

 神楽は対策室に一度戻るらしい。一緒に行くか提案されたが、この後俺は土宮家に用事があったため、俺はこのまま帰ることにした。ちなみに神楽は土宮舞が復活して実家に戻ったものの、今日は帰らないらしい。

 

 居なくなったことを奈落さんと黄泉が寂しがったため、今だに神楽はかなりの頻度で諫山家に泊まっている。ここ最近は黄泉の腕のサポートも含めて諫山家に頻繁に泊まっているため、もうほぼ居候しているようなものだ。

 

 なので今日俺は今から土宮家に向かうわけだが、神楽は一緒しないのだ。ちなみに今日行くことも知らないかもしれない。呼び出してきたの舞さんだし。

 

 用事自体は大したものではない。土宮舞の体調はどんなもんだというのを確かめに行くのと、ちょっと手合わせをお願いするというだけである。もう大分動けるとのことだったので、喰霊-白叡-の力を是非味わわせていただこう。

 

 キョロキョロと周りを見渡す。知り合いはどうやら誰も居ないらしい。

 

 裏手にある水道にたどり着くと、蛇口を一気に開放する。しばらくそれを眺めた後、勢いよく流れてくる水に頭を突っ込む。

 

 髪だけじゃなく、その水圧の強さから背中も地面も蛇口自体すら濡らしていく。これから人に会うというのも忘れて一心不乱に水を浴び続ける。

 

 神楽の前では平静を装えてただろうか。

 

 後頭部を通って流れていく水は、俺の顔を写してはくれない。秋から冬に移りつつある肌寒い空気と、冷えた水。それを以ってしても沈下することの出来ない圧倒的な激情。今俺はどんな顔をしているだろう。鏡が無い環境だったことに感謝したのは今が初めてかもしれない。

 

「……」

 

 ガン、という音がする。水道の眼の前にある壁を俺が殴った音だった。思いの外強く殴っていたらしく、右手の皮膚がジンジンする。

 

―――一度や二度じゃない。三回だ。これはもう偶然じゃない。

 

 熱くなったときに水で冷やすのは案外本当に効果がある。しばらく水を浴びていると次第に頭が冷えてきた。

 

 水道から頭を離す。タオルすら今持っていないので、オールバックにする形で髪を簡単にまとめる。滴り落ちた水が上半身を伝ってズボンにまで到達してくるのが非常に不快だ。

 

 ……黄泉の気持ちが、文字通り痛いほど分かる。これは辛いものがあるな。

 

「才能か……」

 

 あの子には、誰よりも才能がある。あと数年で誰もが認めざるを得なくなっていくだろう。周りも勿論、彼女自身でさえ。それが紛れもない事実だ。そしてその才能が、俺を追い詰める。この感覚は、恐怖以外の何ものでもなかった。

 

 神楽の才能は圧倒的だ。それは努力だけでは手に入れられない種類のものだと、戦闘を重ねるごとに思い知らされる。使いたくない言葉ではあるが、そう認めざるを得ない。

 

 今日の木刀の一撃。瞬間的な判断力と俺の意識の合間を縫うような精密な動き。俺が持っていないものがそこにあった。

 

「……いつだろ」

 

 声に出したその問いは、虚空に消えていった。だが心の中で答えは出ている。追い越された、とはまだ言いたくないし言えないだろうが、そう遠くない未来、確実にそうなるのだろう。

 

 言葉にできる感情と、名状しがたい思いが胸の奥でじくじくと疼く。神楽に抜かされてもそんなに悔しく思わないんじゃないか?俺は泰然と構えていれば良い。才能が抜かしていくのは摂理であるのだから。男の俺には出来て神楽達女の子には出来ないことがある。だから、俺は俺の技能を磨いていけば良い。

 

 そう。考えていたが、

 

 ―――これは、怖いな。

 

 黄泉との手合わせでも、雅楽さんとの仕合でも感じたことのないものに、俺は今日初めて直面したらしい。想定はしていた筈だし人に敗北したのは両手の指じゃ足りないぐらいにあるはずだが、ここまで来るものだとは思ってなかった。

 

 蛇口をひねり、水を止めた。濡れた髪を軽く振って、水滴を飛ばす。冷えた風が当たる頭皮が、妙に気持ち悪い。

 

 ふと自分の手の震えに気づいた。冷たい水で冷えたせいか、それとも別の理由か。どちらにせよ、この震えは簡単には止まりそうにない。

 

「―――諦めんな。まだ終わりじゃない」

 

 神楽のあの一撃。俺の動きを見切り、意識の隙間に滑り込むあの精度。あれはただの偶然なんかじゃない。思い出すだけで胸の奥に重く沈む感覚がある。

 

 でも、それでいい。

 

 胸の奥に漂う重さの中に、小さな火が灯るのを感じる。悔しさ、恐怖、焦り―――それらすべてが、俺を動かす燃料になっている。神楽の才能に怯える俺がいる。けれど、それと同時に、あの子の成長を喜ぶ俺もいる。

 

 道端に落ちている枯葉を蹴り上げ、ふっとため息をついた。冷たい風が頬を撫でる。次に神楽と戦うとき、俺はどう動けるだろう。どれだけの成長を見せられるだろう。

 

 濡れた髪を乾かしもせず、メットを被りバイクに跨る。びしょ濡れの俺を異様な目で見てくる人達も居たが、そんなものは無視してスロットルをひねる。

 

 エンジンの振動が、まだ冷めきらない感情を少しずつ沈めていく。土宮邸までの道のりはそう遠くないが、この短い時間が今の俺には必要だった。濡れた服が身体に張り付き、じんわりと冷たさを感じる。

 

 それ(才能)は、俺が止まる理由にはなりはしない。

 

 視界に広がる街並みを眺めながら、俺はただスロットルを握り直し、少しだけスピードを上げた。

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