喰霊-廻-   作:しなー

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第5話 -エンカウント-

「こんな遅い時間まで、お仕事なのですね」

 

 夜も10時を過ぎた時間帯。環境省はこの時間でも大量に職員が働いているわけだが、俺もその一例に漏れず、別部署のお姉様達とコーヒーを飲みながら雑談していた。

 

 そんな時分、まったく予想していなかった銀嶺の声が俺の鼓膜を震わせた。

 

 静かで主張していないのに、よく通るその声。雑談をしていた俺等三人は、それを切り上げて声の方向へと体を向ける。

 

 節電との名目で消されてしまった数少ない蛍光灯が照らす薄暗い空間の奥。闇が広がるオフィスの中に、諫山冥の姿があった。

 

「冥さん……?」

 

 思っても居なかった人物の登場に一瞬フリーズする俺。冥さんがここに居ることに驚いたのも勿論ある。だが、その出で立ちもフリーズに拍車をかけた。

 

 黒のテーラードジャケットに同色のタイトスカート。ぴしっと決まった仕立ての良いスーツは、彼女の凛とした佇まいを一層引き立てている。普段の着物姿とは違う、都会的な雰囲気だ。

 

 何というのだろう、バリキャリ女子というよりは、美人社長秘書的な雰囲気だ。二階堂桐というよりは神宮寺菖蒲に近い魅力といえば伝わるだろうか。

 

「わ、すごい綺麗な人」

 

「小野寺君知り合い?」

 

 そんな俺を置き去りにして、隣に居たお姉様二人がキャッキャし始める。人の母数が多い東京は、比例して美人どころが多い土地でもあるが、冥さんとか黄泉(あと神楽)みたいな図抜けた美人どころは流石に珍しい。

 

 環境省内にも綺麗なお姉様達は数多くいるが、芸能人レベルの容姿を持つ冥さんや黄泉は非常に目立つのだ(対策室は秘密部隊ではあるが、環境省に籍を置いて実際にその内部で活動している以上、周りの人達と関わりが 0 ではない。表向きに伝える用の部署名も持っている)。

 

 ちなみに俺と剣輔、紀さんもお姉様方からは人気があるらしい。隣にいるお姉様二人も、俺がコーヒー飲んで休憩していたら話しかけて来てくれたタチである。

 

 あともう一つちなんでおくと、俺がここに居るのは条例的に結構ギリギリな時間だし普通にこの時間まで高校生が働いているなんてありえないことだが、喰霊-零-の時代は 2008 年あたりの日本だ。

 

 異常にコンプラに煩くなっている昨今と異なり、そこらへんの法令遵守意識はカスみたいなものである。そして省庁って結構そこら辺一番雑だったりするからね。

 

「スーツもお似合いですね。始めてみました。今日はいつもの服装ではないので?」

 

 いつまでも呆けているわけには行かないので、俺らしく軽口から会話をスタートする。

 

「この時間と言え、環境省に出向くには流石に目立つでしょう」

 

「確かに。より目立っちゃいますもんね」

 

 マジマジとその姿を見る。普通のスーツを纏っている状態ですら目立っているのだ。これでいつもの着物姿だったら最早浮いた存在になるだろう。

 

 不躾な視線だと怒られそうなぐらいにはガン見していたのだが、意外なことに冥さんからの叱責はなかった。いつも通りのクールな表情で澄ましていらっしゃる。

 

 隣のお姉様達もその雰囲気に当てられたのか黙っちゃってるし、通りすがっていく男たちの視線が明らかに殺到している。……やっぱ目立つなこの人。

 

「お時間、少しよろしいでしょうか」

 

「勿論。ただ、ここに冥さんがいらっしゃる理由を聞いても?」

 

 俺としては別に断る理由がないので問題ないが、何故この人がここにいるのか?がまず気になる。

 

 俺の記憶が正しければ、この人が環境省に来たことは(少なくとも俺が対策室に属してからは)一度もなかったはずだ。二階堂桐がこの人に接触したときも対策室の外部での接触だったはず。

 

 フリーでやってるほうがぶっちゃけ稼げるし、気ままだししがらみもないので、俺も黄泉達を守りたいという動機さえなければフリーでやっていく方向を選ぶつもりだった。

 

 だが、この人がフリーを選んだのはそういう意図ではない。それは喰霊-零-を見ても明らかだ。というより黄泉が属してなかったらこの人、普通に対策室に入ってたのでは?と思ってすらいる。

 

「一時的ではありますが環境省からの要請を受けることにしたんです。黄泉が居ない間、少しでもサポートになればと思いまして」

 

 俺の疑問に素直に答えた冥さんではあったが、その言葉に俺は思わず眉を寄せた。……マジで?言っちゃ悪いが、この人がそんな理由で環境省に?

 

 まぁ確かに黄泉は怪我と家督の件などで室長と俺達が調整し、後 1 ヶ月は帰ってこないため、俺らの負担が増えていることは事実だ(強制的に休暇を取らせた)。だからサポートが居てくれるのは俺としてもありがたいのだが、それでもこの人がここに現れて俺等に合流するのは意外が過ぎるというものだ。

 

「いや、表向きの理由じゃなくてですね」

 

「…………………」

 

 腹芸は嫌いなので単刀直入に思ったことを言うと、背筋がヒヤリとする感覚に襲われる。最近は非常に冷えてきているが、それとはまた違った寒気。

 

 冥さんの表情は一見するとさほど変わらないが……やっべ、これ地味に冥さんが苛ついたときにする目だ。

 

「……本当にあなたは女からの好意を素直に受け取らない人ですね」

 

「お互い様というか、他の人なら全然素直に受け取るんですが……っていて」

 

 拳が俺の腹に突き刺さる。突き刺さると言っても、いつもほどに腰が入ったものでは無く、女と男がじゃれているワンカットで繰り出されるようなものなのでダウンする程ではない。多分周りのお姉様方が思っているよりは大分重い一撃ではあったけどね。つまり普通に痛い。

 

 時折やられる薙刀の柄部分でみぞおちを抉られるあの一撃と比べれば蚊に刺されたようなものである。しかし「ちょっとかわいらしい女の子パンチ」に見せかけてしっかりと体重を拳に乗せてくるのは流石冥さんといったところだろうか。

 

 しかも最近土宮の当主お二人にボコられたばかりでダメージもしっかり残っていたため、ちょっと効いたのは内緒である。

 

「……」

 

「?どうしました冥さん?」

 

 とは言えここで蹲るなんぞ男の恥。いつも通りの表情を頑張って貼り付け、特段パンチに関しては反応せずいたら、じっと冥さんが俺の目を見つめてくる。

 

 俺が今174cm程で冥さんが165cm程なので、ちょうど上目遣いになる角度である。相変わらず綺麗な顔立ちをしているなと思いつつも、この人は可愛い系というより綺麗系な人なので、真顔でじっと見つめられるとやや緊張を感じるのは内緒である。

 

「分家会議の時から気になっていたのですが……」

 

 そう言いながら冥が一歩近き、すっと手が伸ばして俺の目の下に触れる。

 

「―――御自分を少しは労ったほうが良いのでは?目の下に隈が出来ていますよ」

 

 俺の近くにいたお姉様二人と、コーヒーを買いに自販機の方まで訪れている数人の視線が、強くこちらに集まるのがわかる。

 

 頬に手が添えられるような形で、親指が俺の目元にふれる。優しく触れられた指。その仕草があまりに唐突で自然だったので、抵抗する間もなくドキッとして思わず固まってしまう。横にいたお姉様達がキャアと盛り上がる声が聞こえる。

 

「流石のあなたでも、黄泉の分まで仕事を引き受けているのですから。自分でも思わぬうちに負担とはかかるものです」

 

 確かな気遣いが込められたその声。この人が人前でこんなことをするってことは間違いなく何か意図があるのだろうとは思う。

 

「なので私にできることがあれば、協力させていただこうかと。―――いつも《良くして》貰っていますしね」

 

 親指で蠱惑的に俺の隈をなぞると、ゆったりとした動きで俺から離れる。本来ならキザな言い回しでもしたかった所だが、童貞臭さを出してしまってぎこちない動きしか出来なかったのがちょっと悔しい。

 

「早速にはなりますが、室長よりお仕事です。休憩中に申し訳ありませんが」

 

「え、ええ。わかりました、行きましょうか」

 

 そう言って俺を促す冥さん。さっき携帯が霊力分布図の更新を知らせる鳴動をしていたから、恐らくその依頼とやらはその霊力分布図に関わっているのだろう。

 

 もしかしたら既に下調べ済みかもしれないが、対策室の場所がわからないだろうと思い、俺から先に歩き出す。

 

 頑張ってね!なんて無駄なエールを送ってくるお姉様二人に愛想笑いを振りまき、対策室へと歩みを進めるのだった。

 

---

 

「やはり、いつものスタイルじゃないと動きにくいですね」

 

 踊るような軽やかさでカテゴリー C を切り裂いた冥さんが、ポツリとそう言葉を漏らす。

 

 冥さんが履いているタイトスカートは通常の OL が履くようなデザインのものである。いつもの着物に比べて股関節の稼働が制限される分、脚の可動域が狭くなってしまうのだろう。

 

 基本道具に文句を言うような人では無い冥さんだが、流石に戦いにくかったらしい。

 

「スカートじゃなくてズボンスタイルにすればよかったんじゃないですか?」と先ほど触れてみた所、カスを見る目をたっぷり向けられた後、しっかり無視されたことは内緒である。ついでにその一部始終を見ていた神楽に「凛ちゃんのバカ!」と膝を右足に入れられて、未だに傷んでいるのも秘密にしておいて欲しい。

 

「その服でそれだけ動ければ十分じゃないですか?俺がそれを履いたら戦闘力半分未満になれる自身がありますよ」

 

 とは言え冥さんの歩法というか足さばきは見事なものである。一流の退魔師に名を連ねるだけあり、戦い方は見ていて参考になる。

 

 この人は神楽とも黄泉とも全く異なる動きをしているため、目新しい。この服装でも問題なく動きを行えているのは流石と言わざるを得ない。

 

 俺なら多分破くか脱ぎ捨ててしまうと思う。黄泉とか神楽ならうまく戦えるかもしれないが、似たような感想は抱くんじゃないだろうか。

 

「試してみたらどうです?案外新たなものが見えるかもしれませんよ?」

 

「……見えませんし、見なくて大丈夫です」

 

 少しいたずらっぽい笑みを浮かべながらそう言ってくる冥さんを一蹴して、手にまとった霊力を霧散させる。

 

 神楽がこの場に居なくてよかった。最近黄泉の化粧道具を拝借した神楽が、俺と剣輔を女装させようと色々企んでやがるのだ。それを回避するのに必死だと言うのに、冥さんまで伏兵になるのはよして欲しい。

 

「ここは片付きましたね。やっぱ一人とは効率が段違いで助かります」

 

 馬鹿なことを考えてるうちに、どうやらここの怨霊は一通り片付いたらしい。今日も数が多かったが、これ以上は霊気も感じないし終わりと見てよいだろう。

 

「……この数はそうでしょうね。私も個人で対応していましたが、まさかここまでとは」

 

「面倒なのは俺等に回ってきますからね。お陰でもう 13 連勤ですよ。社会人時代より今口座にお金あるんじゃないかな」

 

「タフなのは知っていますが、自己管理はきちんとなさった方がよいかと。流石に顔に疲れが出ていますよ」

 

 ご忠告痛み入りますと、軽く流した俺にややムッとした表情を浮かべる冥さん。その後「……社会人?」と疑問を抱いた冥さんに「言葉の綾です」とこれまたサラッと流す俺。二桁万円前半しか口座になかったあの頃と比べれば、累積されたバイト代だけで既に超えてる気がする。

 

『こちら桜庭!凛、応答できるか!?』

 

 ザザッというノイズの後、左耳に無線越しのカズさんの声が響く。

 

「こちら小野寺。大丈夫ですよ。手が必要ですか?」

 

『話が早くて助かる!数が多すぎて何個か弾が切れちまった!補充に向かいたいから、そっち終わったら合流お願いできるか?』

 

「すぐ行きますよ。冥さんのお陰でさくっと片付きました」

 

『流石だねぇ諫山の令嬢様は。なるはやで合流頼むぜ!オーバー!』

 

「了解。死なないでくださいね、オーバー」

 

 無線を切り、冥さんにアイコンタクトを飛ばす。無線は基本的に周波数を変えない限りは同じ周波数に居る人全員に聞こえるようになっているため、冥さんにも同じ内容が共有されている状態だ。

 

「ということです」

 

「……。わかりました。行きましょう」

 

 言いたいことがあるが、飲み込みましたとでも言いたげな間を置いて、頷く冥さん。「自分の持ち場は自分に担当させたほうが良いのでは?」とでも言いたげな雰囲気だった。

 

 いつもの冥さんはもう少し自分の意見を主張するタイプだが、今日は少しおとなしい気がする。俺としても手伝って貰っている立場だから、別に全然主張してきてもらっても良いのだが、今回は俺のサポートというものあり、言葉を飲み込んだらしい。

 

 まぁ、環境省に協力することを決めた以上、立場を弁えているということなのだろうか。

 

 ともあれそこそこピンチそうではあったので、目線で合図して冥さんと俺は桜庭一樹の居るポイントへと駆け出していく。

 

 冥さんの服装的に走りにくいだろうと思い、やや緩めの速度で走る。後ろをちょいちょい振り返りながら飛ばしていたのだが、スカートを適宜抑えながら走る冥さんにちょっとぐっと来たのは内緒である。

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