喰霊-廻-   作:しなー

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第7話 -既成事実-

環境省に到着して、いつものように対策室に向かう。

 

昨日倒れたばっかりで仕事出来るか懸念だったが、やはり俺は体力お化けだったらしい。たった一晩爆睡したら大分体調も回復した。

 

本調子というにはまだまだだが、学校に行ったり事務仕事をするぐらいなら問題はない。今日は現場には出ないよう厳命されたが、気分良く仕事ができそうだった。

 

だが、対策室のドアを開けた瞬間、予想外の歓迎を受けることになった。

 

「凛ちゃん!大丈夫だったの?昨日倒れたって聞いて心配したよ!」

 

神楽が勢いよく駆け寄ってくる。その表情は心配と好奇心が入り混じっていて、神楽に似つかわしくない何やら複雑な顔をしていた。

 

「おつかれ神楽。ほとんど回復したよ」

 

「本当に?確かに昨日より顔色は良くなってる気がするけど……」

 

神楽が俺の顔をじっと見つめる。確かに昨日よりは調子が良い。

 

「うん、しっかり休んだから回復した」

 

「よかった!でもね凛ちゃん」

 

神楽が周りを見回して、それから声を落とす。

 

「昨日のこと、もう噂になってるよ?」

 

「昨日のこと?噂?」

 

何の噂だろうと思っていると、神楽が意味深な笑顔を浮かべる。

 

「冥さんが凛ちゃんの家に泊まったって!」

 

「……なんでぇ?」

 

思わず声が裏返る。思わず心の底からの声が出てしまった。なんでそんなことがもう噂になっているのか。

 

俺ら家族と冥さんぐらいしか知り得なくないかその情報……?なんで神楽が知ってるんだ?

 

「近所のおばさんが見たんだって!朝早く!冥さんが凛ちゃんの家から出てくるところを!」

 

「倒置法やめてね。あと落ち着いて。声デカいって」

 

神楽が興奮気味に説明する。さっき一瞬声潜めたの全く意味ないじゃん。もう対策室にいる全員にその声聞こえちゃってるよ?

 

確かに朝、冥さんが出ていく時迎えの車来てたし、玄関先で少し話したりしてたから、近所の人に見られるタイミングは十分にあった。あの時見られたのか。

 

「いやまぁ事実ではあるんだが、昨日送ってもらったときにお袋が……」

 

「それは知ってるよ。千景さんならやりそうだし凛ちゃんからは誘わないでしょ。でもね、一晩泊まったっていうのが大事なの!」

 

神楽の目がキラキラしている。まずい、こいつ完全に面白がっている。いや、それよりもだ。

 

「というかそもそもなんでお前、近所のおばさんが知ってる情報を持ってんの?」

 

問題はこれだ。マジで文字通り昨日の今日であるし、何故近所のオバちゃんからその情報を仕入れることが出来てるんだこの子は。

 

「おばさんの娘ちゃんとメル友だから!凛ちゃんの情報逐一送られてくるよ!」

 

「え、お前人の家の周辺でコミュニテイ築いてんの?俺も連絡先知らないよその人達?しかも俺監視されてない、それ?」

 

ほら!とそのEmailを見せてくる。確かに名前は隣の家の女の子だ。確か今年中学1年生とかだったか。何回か家族絡みで絡んだことぐらいならある。

 

元々この子コミュ力は高い側だったけど、喰霊-零-時点だと友達作るとか友達関係の維持に苦労してる側の子じゃなかったっけ……?なんで俺の家の隣の人と俺が知らない内に仲良くなってんの?

 

「あ、そうそう!冥さんはもう来てるよ。ちょっと前に到着してた」

 

「聞けこら」

 

俺の言葉は完全にスルーして神楽はドアの向こうを指差す。ちょっと待てこいつ。色々ツッコミどころが豊富すぎてどっから対応したら良いか解んなくなってる。

 

諦めて指差す方向を見ると、ちょうど戻ったらしい冥さんがドアを開けて対策室に入ってくる。俺の視線に気づいて、軽く会釈をしてくる。

 

「冥さーん!」

 

神楽が大きな声で冥さんを呼ぶ。冥さんがこちらを見て、少し困惑した表情を見せる。

 

一時期とはいえ同じ職場で働いているのだ。多少なりとも冥さんと対策室メンバーとの間で絡みはある。

 

が、冥さんに積極的に絡みに行くメンバーは皆無と言っていい。まぁ理由はお察しの通りである。

 

業務連絡に雑談ぐらいはするが、胸襟を開いてサシで話す人間なんて皆無と言っていいだろう。皆大人であるため表面上は仲良く接しているが、室長と俺、地味に二階堂を除いて距離感を掴みかねてるというのが現状だ。

 

神楽も冥さんとは話してはいたが、特段親しげにガールズトークをしているという感じでもなかった。

 

なのでその神楽からいきなりこんな溌剌に絡みに来られて、何事か?という表情だろう。多分俺も同じ立場ならそんな顔になってるはずだ。

 

「こんばんは、神楽さん」

 

「こんばんは!ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

 

神楽が冥さんの前に立つ。このお転婆娘は恋愛系の話には貪欲なのだ。もう見境がなくなってる。喰霊-零-を見た人なら気軽に話しかけることなんて出来なそうな人間TOP1位に君臨するだろう諌山冥に、ガンガン詰め寄る神楽。そしてそんな神楽を必死こいて追いかける俺。

 

「昨日凛ちゃんの家に泊まったって本当ですか!?」

 

神楽の直球すぎる質問に、周りの空気は凍りつく。ちなみに俺も凍った。

 

そして意外なことに、冥さんが珍しく目に見えて動揺する。傍目から見るとあまりわからないかもだが、明らかに困惑の顔を浮かべている。「なんで知ってるんだ、こいつ」って目をしてる。

 

その話題に至る可能性はあると想定していただろうが、昨日の今日でとは予想していなかっただろうし、流石にここまで前のめりかつ直球で来るとは思ってなかったのだろう。

 

「ええと神楽さん、何の話でしょう?」

 

「とぼけても無駄ですよ!あの男がもうゲロりましたから!」

 

ビシッと俺を指差す神楽。人を指差すのはやめなさい、と人差し指を俺の顔からどけるが、どけると見えてくるのは冥さんのジトッとした目。

 

……いやごめんて。別に言いふらしたわけではないんだって。

 

「……近所の人に見られていたみたいで、神楽の耳に入ってしまったようです」

 

「……はい?それが何故神楽さんの耳に?」

 

ジト目かつ困惑した顔になる冥さん。ジト目はしてないが、それを除けば多分俺も同じような困惑顔をしているはずだ。

 

神楽が経緯を説明すると、それなら仕方ないという表情になった冥さんではあるが、やや鋭めの視線を向けてくる。

 

お前が初手もう少し頑張って誤魔化しておけとでも言いたげな目線だが、これはもうしょうがないと思う。早いか遅いかでしかないっすよ冥さん。

 

「本当なんですね!やっぱり!なんか通じ合ってるし!」

 

神楽が手を叩いて喜ぶ。アイコンタクトでのやり取りが余計に神楽の想像を駆り立ててしまったらしい。

 

……神楽に明確な攻撃の意思を抱いたのは初めてかもしれない。あとで絶対鼻からコーラ飲ませてやる。

 

「神楽さん、これは事情があって……」

 

「事情って何ですか?」

 

なんとか場を収めようとした冥さんに、好奇心旺盛な神楽が身を乗り出す。他の職員も神楽に期待するかのように聞き耳を立てているのがわかる。仕事しろてめぇら。

 

「いやだからだな神楽―――」

 

「しゃらっぷ、凛ちゃん!今私は冥さんとお話をしているの!冥さん、事情ってなんなんですか!?」

 

俺が助け舟を出そうとしたのを即座に遮る神楽。こっちを一切見ずに一刀両断。有無を言わさぬとはこのことである。

 

「あの……」

 

冥さんが言いよどんでいると、神楽がさらに畳み掛ける。

 

「冥さんって、凛ちゃんのこと好きなんですか?」

 

「せい!」

 

神楽の脳天にチョップをかます。手加減はしたが、当社比やや痛めのチョップが神楽の頭に炸裂する。

 

「いっっっっったーい!なにするの凛ちゃん!」

 

「神楽、もういいだろう。冥さんも困ってる」

 

「気になるんだもん!」

 

「何が気になるんだもん!だ、このお転婆娘が!そこに直れ、説教してやる」

 

「へんだ、凛ちゃんに怒られても怖くないもんね」

 

「雅楽さんに報告してやる」

 

「!?このチクリ魔!ていうか前から思ってたんだけど、凛ちゃんなんでうちの親とそんな仲いいの!?この前も私いない時にうち来てたよね?」

 

「俺のご近所とメアド交換してるやつに言われたくない!こら、暴れるな!」

 

ジタバタ暴れる神楽を羽交い締めにして確保し、部屋の外に連れ出す。お説教だ。雷をくれてやる。

 

---

 

「……昨日から嵐のようですね」

 

嵐のように騒ぎ立て、その後小野寺凜に連れて行かれる土宮神楽の後ろ姿を見ながら、ポツリと呟いてしまう。

 

その後思わずため息を一つ。小野寺千景といい、土宮神楽といい、自分を振り回すとは大したものだと思う。

 

……まさか土宮神楽からこの噂が広まることになるとは。

 

何もしなくてもいずれ広がるだろうとは思っていたが、まさかそれを行うのが土宮神楽だとは思っていなかった。

 

そもそも昨日時点で、環境省内部には「私と小野寺凜が懇ろなのではないか」という噂自体は広がっていたのだ。小野寺凜が仲良くしている一般職員に直接尋ねられたこともある。

 

そこに昨日の小野寺宅にお邪魔したという話。それを私も小野寺凜も否定しなかった。

 

事実としては何も無かったが、そう受け取る人間の方が少ないだろう。今話題の男の恋愛スキャンダルだ。俗な人間達にとっては垂涎物だろう。あとは定期的に燃料を焚べてやれば、周りが勝手に着火してくれる。

 

いずれ自分からこの手の噂をばらまく工作はしようと思っていたが、この様子だとその必要はもうないだろう。

 

私にとっての最高の追い風と言える。予期せずして一つのピースを埋めることが出来た。それはとんでもなく喜ばしいことだ。

 

ただ。

 

少しくらいは、噛みしめる時間があっても良かったのに。

 

(……まだ騒いでいる)

 

廊下から響く土宮神楽の声がする方向を向いてしまう。

 

未だに騒いでいる様子だし、この感じだと一般職員にも広まるのも時間の問題だろう。

 

「――――岩端さん。本日の現場は」

 

小野寺凜が居たら空気が死んでる、とでも表現するのだろうか。誰が何を喋ろうか手探りになっている状況。

 

そんな空気を切り替えるべく、私は岩端晃司へと仕事の話題を振る。神宮寺菖蒲や小野寺凜でもなければこの空気の中で先陣を切るのは難しいだろう。

 

「ん、ああ。つくばの辺りだ。局所的にカテゴリーCが湧き上がっているみたいでな。現地在住のエージェントが対応しているが、数が徐々に増えてきているようで俺等も駆り出される感じだな」

 

「……そんなに数が多いのですか?」

 

「エージェント一人では手に余る量だな。今なんとか抑えてくれてるらしい。今日は俺と神楽、ナブーとあんたの5人でこの現場に対応する」

 

「それでも過剰では?カテゴリーC相手にこのメンバーが赴く必要も無いかと思いますが」

 

「俺も詳しくはないんだが、この辺りは大妖怪の"封印"とやらがあるらしい。万が一には備えておきたいんだとよ」

 

あの場所か、と私は思う。事を起こすために餓者髑髏以外の怨霊にも、複数当たりはつけていた。そのうちの一つだ。

 

封印ではなく、墓。大妖怪ではなく、妖術使い――滝夜叉姫。もし復活すれば餓者髑髏どころの被害では済まないだろう。だが、それは問題ない。

 

「まあ今日は周囲に現れたCの討伐ぐらいだ。諫山の令嬢さんにはちょいと物足りないかもな?」

 

「ありがたいご評価で」

 

確かにあれは警戒するべきものだろうが、あれはあくまで墓だ。実物も見に行ったが、既に力を失っていた。

 

利用するのは「物理的に不可能」かつ「危険過大」。だから私は、その札を切らなかった。

 

そんなものに警戒して、たかだかカテゴリーC討伐に5人も派遣するその無駄さが人手不足の一因だろうとも思うがあくまで私は外様だ。

 

その言葉は胸にしまい、適当に首肯する。対策室のメンバーの心象を下げることのメリットは今の所私にない。無駄な反発は避けるのが懸命だろう。

 

「それで?いつ出発するのです?」

 

「1時間後ってとこだ。凛が室長と話をつけてくる手筈になってる。今日のオペレーターは凛がやるらしい」

 

「……彼が?」

 

「あいつは器用だからな。結構卒なくこなすぜ」

 

「今日ぐらい休めばいいと思いますが」

 

「俺も同感だな。だが餓者髑髏戦から復帰してないエージェントも多くてな。今日は現場も多いみたいだし、優秀なオペレーターが居るのはありがたい」

 

「……そうですね」

 

これも言っても詮無きことだろう。そもそも本日出勤している時点で色々と言いたいことはあるが、この場でそれを掘り下げても意味はない。

 

その後30分ほどして髪の毛をぐちゃぐちゃにされた土宮神楽と、下手人であろう小野寺凜、そして二階堂桐と神宮寺菖蒲が対策室に入ってくる。

 

「それじゃ皆、今日の現場についての説明をするわね。今話題沸騰中の凛ちゃん、説明をどうぞ」

 

「……室長、あんた良くこの場でぶちこめんな」

 

ぎょっとした顔をして神宮寺菖蒲を見た後、現場の説明を淡々と始める小野寺凜。と、何故かその隣で正座させられている土宮神楽。不満げな顔をしているが、従っては居るようだ。

 

おおよそ岩端晃司から聞いたものと同じ説明。違った点としては、滝夜叉姫に関する説明が詳細に成された点だろうか。

 

その説明を聞いて、各々出発の準備を行う。

 

本日は諫山の車で向かったり、小野寺凜のバイクに同行するのではなく、対策室のジープに同乗させて貰う予定だ。

 

「……?」

 

外に出た途端、肌に当たる冷気。それにぷるっと体が震える。

 

17時を超えて暗くなり、本格的に冷えてきている。―――だが、来るときはこんなに寒かっただろうか?

 

「冥さーん!行きますよ―!」

 

「すみません、今参ります」

 

土宮神楽の誘導に従い、ジープに乗り込む。運転席に乗り込む岩端晃司と、私の隣に座ろうとして岩端晃司により助手席に座らされる土宮神楽。

 

続きが聞きたくて仕方がなさそうにこちらを見て、視線を落とし、また窓を見るというのを繰り返している。

 

……私に話しかけたかったようだが、岩端晃司により妨害されたようだ。小野寺凜に絞られたように見えたが、凝りては居ないらしい。

 

―――騒がしいのは得意じゃないので、その配慮は助かりますね。

 

精神を整えながら到着を待とう。

 

エンジンの一定の唸り、タイヤが路面の継ぎ目を拾う振動を感じながら、私は目を閉じた。

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