喰霊-廻-   作:しなー

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第8話 -雪の匂い-

――――雪の匂いが濃い。

 

四季に対して時折詩的になる彼がこの現場に居たのなら、多分そう口にしただろうか。

 

本日の任務はカテゴリー C の対処。一寸先は文字通り闇である北関東の山道で、今回のオペレーションは行われた。

 

闇の中を縫って、ひらりひらりと舞い落ちる秋雪。その数は一つや 2 つではなく、山道に白く降り積もるほど。オペレーションの環境としては最低に近いと言っても問題ないだろう。

 

素人であれば一瞬で現在地点をロストして遭難してもおかしくはない。それにこの人工の明かり一つないような暗闇だ。ふとした拍子にカテゴリー C にその生命を狩られる可能性は非常に高い。

 

だが、この気温と山であるという悪条件を加味しても、このメンバーは過剰戦力が過ぎる。

 

岩端晃司が先頭、土宮神楽が補助、ナブー兄弟が後方の線を維持している。これだけでも過剰なのに、私もいる。油断するつもりはないが、この現場でミスが起きるとは考えにくい。

 

果たして、今回のカテゴリー C は数とこの雪山という条件が鬱陶しいだけで、予想していた通り大したことはなかった。

 

私と土宮神楽が居なくても問題なく現場の制圧は可能だったろう。この運営体制に関して物申したい部分はあるが、外様の私が口を出すことではない。それに、実害が全く出なかったという観点では評価するべきだろう。

 

土宮神楽の蹴りが雪煙を散らし、それに伴い吹き飛んだカテゴリー C に対してナブーの兄弟が銃器による掃射を行う。

 

白の静寂の中に響く不快な破裂音。腹の底まで響くその音に嫌悪感を感じながらも、撃ち漏らされてさまよう怨霊を私が切り捨てる。

 

重火器は遠距離の利便性には優れるが、隠密にはとことん向かない武器だ。サイレンサーをつければ音の軽減は可能だが、それでもこの口径の銃で消音は無理がある。

 

特にこの静寂が占める雪の山ではその音はよく響く。不快な音を響かせただけあり、次々にカテゴリー C が集まってくる。

 

「――――ふっ!」

 

カテゴリー C を一閃するために私も薙刀を振るう。その声が銃声にかき消されて、そして更にまたしても響く破裂音。

 

それを繰り返すこと 10 分弱。あっという間に状況は終了し、カテゴリー C の制圧は完了した。

 

「……一段落、といった所でしょうか」

 

かじかむ手を擦りながら、そう独りごつ。

 

小野寺家を訪れてから、二週間ほどが経った。

 

その間、私は対策室の業務にかなり馴染んだと、そう言って良いだろう。現場での連携、資料の照合、古い家伝と対策室側の台帳の突き合わせ。外様として距離を置かれていた空気はまだ残っているが、それでも以前ほど露骨ではない。

 

飯綱紀之のように、表面上以外は私に対して明確に距離を取っているものを除けば、信任を得ていると言って差し支えない。しかも、小野寺凛やおそらく諌山黄泉が元いたと思われるポジションに限りなく近い位置で、である

 

私が何かを確認すれば、二階堂桐は端末をこちらへ回す。岩端晃司は現場判断を求める時、まず私に視線を向ける。土宮神楽は相変わらず少し距離の詰め方がおかしいが、仕事中は素直に私の指示を聞くようになった。

 

そして小野寺凜は、あれ以降殆ど現場に出ていない。

 

倒れた影響もあるのだろう。室長の指示により最近の彼は現場で刀を振るうより、後方で無線を握り、複数の現場へ判断を飛ばすことが増えた。対策室の人間達もそれを自然に受け入れている。

 

彼が全体を見て、私達が現場を処理する。

 

その流れの中で、私はいつの間にか小野寺凜の補佐のような位置に置かれつつあった。望んで得た席ではある。分家やこの世界の内部で評価を積み直すためにも、対策室での実績は利用できる。

 

「それにしても、今日は楽な現場でしたね」

 

本来、環境省のような公的機関が前面に立つのは、大型かつ難易度の高い案件だ。民間の退魔師や私達のようなフリーランスに仕事が回るのは、対策室だけでは手が足りない時か、地域ごとの小規模案件を処理する時が多い。

 

しかもこの対策室の面々は、退魔師の中でも比較的エリート層が集まっている。一般の低級なエージェントとは、回される案件の重さが違うことも多い。

 

私が一時的に所属し始めてからの現場でも、それを感じることは多かった。特にこの数ヶ月はその傾向が続いていたようで、小野寺凜が倒れたのもそれが原因だろう。

 

今日のように 10 分そこらで対応が完了する現場は珍しい。

 

土宮神楽が持ってきてくれたホットココアを飲み、耳当てをつけ直しながら、降り積もる雪を眺める。

 

流石に寒い。まだ雪が降るには早い季節だろうに、シンシンと雪が降り注いでいる。

 

火傷しそうなほど熱いそれを一口含み、一息つく。文明の利器というのはありがたいものだ。

 

撤収作業に 5 ~ 10 分時間がかかるとのことだったので、少し一人で森の中を歩く。

 

「確かここら辺に……」

 

遺物の捜索も頼まれている。見つからなくても現場さえ収まっていれば問題ないとの連絡を受けているが、見つけるに越したことはないだろう。

 

実は一度この林道には足を踏み入れた事がある。あの騒動のために最終的に餓者髑髏を選定したが、ここにある遺物も候補の一つだった。

 

妖術使い――滝夜叉姫。もし復活すれば餓者髑髏どころの被害では済まない、正真正銘のカテゴリー A だ。

 

果たして、この現場に私が居るのは偶然なのだろうか。記憶が確かであるならば、この辺りに遺物はあったはずだ。……と思い足を運ぶと、雪と枯れた枝に覆われて見えにくくなった参道が口を開けているのが見えた。

 

今日ぐらいはスカートではなくズボンを履いてくれば良かったか、と後悔しつつも、枝で肌が傷つかぬよう、ゆっくりと枝をかき分けて進む。

 

果たして見えてくるのは古びた鳥居。

 

鳥居は低く、古社は痩せている。屋根に積もる雪の重みが、長い年月をかけてひしゃげさせたのだろう。もはや屋根としての役割を果たさず、頭上に白を掲げた状態で、その石標は建っていた。

 

私は手袋の指先で、石標の面に積もった雪を払う。

 

刻まれた文字はかすれて読めない。だが、この石標の下に格納されている骨壺は本物だ。朽ちかけの注連縄。既に壊れているが結界を張ったであろう形跡。

 

ここが「本物の災厄」を閉じ込めてきた場所だと、我々退魔師なら直感的にわかるだろう。

 

「……?」

 

言葉には出来ない小さな違和感。匂いとも言いかえられる、直感の一種。どこに違和感があるのかはわからない。だが、何故か引っかかるそんな感覚。

 

厚いデニールを物ともせずタイツ越しに伝わる冷たい感覚を無視し、雪に膝をつき、手袋の甲で雪をかき分ける。

 

白の下から、口の縁に沿った薄い擦れ跡が現れる。

 

新しいものではない。

 

少なくとも、今日明日に誰かがここを開いたというほど明確な跡ではなかった。雪と風で削られ、苔に半ば埋もれた古い擦過痕。私自身が以前ここを調べた時につけたものかもしれないし、それより前からあったものかもしれない。

 

ただ。

 

「……動いた?」

 

思わず出たつぶやきと、それにより生じた白い吐息が空に散る。

 

石標そのものが動いたようにも見えるし、そうでないようにも見える。蓋も、結界の残骸も、下に眠る骨壺も、目に見える範囲では以前と大きく変わらない。

 

そもそも、この石標を最後に確認したのは一年以上前だ。山の中に放置されている以上、風雨や雪、地震、あるいは木の根の伸長によって多少のずれが生じることは十分にあり得る。

 

もし誰かがこれを見つけたのだとしても、これはそもそも死んでいる。今この状態を確認しても、封じられているものが目覚めたわけではない。

 

いずれにせよ、特段気にすることでもないだろう。

 

『冥さーん!どこですかー?撤収するって!』

 

無線越しに土宮神楽の声が響いた。

 

相変わらず声が大きい。無線であることを加味しても、もう少し音量を落とすべきだろう。

 

「こちら諫山冥。少し周囲を確認していました。すぐ戻ります」

 

『了解です!あ、凛ちゃんが、もし遺物を見つけてたら報告ほしいです、って言ってました!』

 

「……承知しました」

 

一拍置いて返す。この場を見ているわけでもないのに、タイミングの良い男だ。

 

これを報告するかも決めていなかったタイミングでの連絡。こういうのを持っていると言うのだろうか。

 

私はもう一度、滝夜叉姫の石標へと目を向ける。

 

白に均された古社は、先ほどと何も変わらない。鳥居も、石標も、朽ちた注連縄も、そこにあるだけだ。以前とも変わらない。はずだ。

 

「……気のせいなら、良いのですが」

 

呟きは、雪に吸われて消えた。

 

私は膝についた雪を払い、枝で肌を傷つけぬよう来た道を戻る。

 

木々の向こうに、対策室の車両のライトが見えた。白い闇の中で、土宮神楽がこちらに向かって大きく手を振っている。

 

その向こうで、岩端晃司が煙草を咥えかけて、神楽に何か言われたのか渋々としまうのが見えた。ナブー兄弟は撤収用のケースを積み込み、無線では小野寺凜の声が淡々と次の現場状況を整理している。

 

小野寺凛が現場に出なくても、対策室は回りはじめている。激務ではあるが滞りなく、処理でき始めている。

 

諌山黄泉が、居た頃のように。

 

車両の扉を開ける直前、ふと背後を振り返る。

 

古社はもう、雪と闇に隠れて見えなかった。

 

ただ一瞬だけ。

 

白い森の奥で、青い何かが揺れたような気がした。

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