学園都市にあるごく普通のアパート。
そこに彼は住んでいた。
現在は朝の六時である。
部屋の中ではベランダの窓から入り込む朝日をめいいっぱい浴びながら、朝食の卵かけご飯を食べる彼の姿が見える。
テレビから映し出されているニュース番組では、ついこの間起きたセブンスミストの爆発事件についてが報道されている。
因みに犯人は無事捕まったようだ。
「ニュースを見たところ、大した事件もなさそうだなー…今日もパトロールから始めるか」
そんなことを呟きながら、彼はリモコンでテレビの電源を消し、すでに食べ終わった朝食の皿を流しに置いて、そのまま洗面所に移動して歯磨きをした。
口の中がスッキリとした彼は再びリビングに戻り、服を着替える。
頭にタスキを巻いて、お気に入りのシャツの上に白い学ランを羽織る、これが彼の正装だ。
「よし、いくか」
ヒーローとしての彼の日課が始まる。
彼がパトロールを始めて五時間が経った頃、ある廃屋の付近で事件が起きていた。
一人の少女と男子生徒が不良に襲われていたのだ。
男子生徒の方は殴る蹴るの暴行の嵐を受けたのか、全身ボロボロのまま地面に倒れて気を失っている。
少女の方は膝や肘に擦り傷があるも、まだまだ無事そうだ。
しかしそれも時間の問題である。
ニタニタと笑いながら三人の男が少女に迫り寄っている、少女は恐怖で足がすくんで動けないのか、顔を引きつらせてその場に立ち尽くすだけだ。
「ま、恨むんなら自分を恨むんだな」
「そうだぜ、何もできないくせに、正義の味方気取って割り込んできた奴が悪い」
この少女は本来、この件とは何の関係もなかった。
しかし偶然、今現在気を失っている男子生徒がこの男達に殴られているのを目撃したのだ。
正直怖かった、見なかったことにしてその場をこっそり通り過ぎようとも考えた、しかしどうしてもほっとけず、勇気を出して男達を仲裁しようとした。
当然、男達は聞き入れはしなかった。
それどころか暴力のターゲットに自分も加えられてしまったのだ。
だが悪い事ばかりではない、この街の治安維持組織の一つである
しかしその友人も、男達のリーダーと思われる男と戦っているため、今はこの場にいない。
結構苦戦していた、すぐには来られないだろう。少なくとも…この少女がこの男達の毒牙に晒されるまでは。
「ぎゃはははは!ほんと馬鹿だよなこのガキ!ヒーローなんてこの世にいねぇんだよ!そんなこともわからねぇのか⁉︎」
男の一人の下品な笑い声が聞こえてきた。
「ガキだからわかんねぇんだろ、まだ頭ん中が花畑なのさ」
「そっか、そっか。なら俺達がちゃんとわからせてやらないとな!
俺達みたいなものを怒らせると、どうなるかってのをよぉ‼︎」
男達は更に少女に迫り寄った。
もう既に手を伸ばせば届きそうな距離にいるが、それでも何もしないのは、この少女をもっと怖がらせるためだろう。
少女は悔しかった。
自分が勇気を振り絞って行った行動を笑われたのもそうだが、何より目の前の男達が…こんな最低の男達が笑っていることが、悪事を働いて尚笑続けていることがこの上なく悔しかった。
同時に、少女は自分の無力さを恨んだ。
もし…もし自分に能力があればどうなっただろうか?
もし自分に強力な能力があれば、目の前で行われているこんな悪事、自分の力で止めることができるのに…
今まで能力に憧れを抱いたことは数え切れない程あったが、今ほど能力を欲したことは無いだろう。
だが彼女は無能力者だ。
たった今、突然能力に目覚めるなど、そんな都合のいいことは起きはしない。
彼女にはもう、祈るしかなかった。
存在するはずもないヒーローの存在を。
(もし…この世にいるんなら…)
恐怖の中…目の前に伸びる手が、自分に触れようとする時、彼女は心の底から叫んだ。
「助けて…!ヒーロー‼︎」
瞬間、少女の姿が消えた。
男達は目を見開いて少女の行方を追った。
ギョロギョロと慌てて動くその眼球は、少女のいた場所から、右に十数メートル程離れた位置を見て止まった。
そこには一人の男が立っていた。
男の両腕にはさっきの少女が抱えられている。
少女は戸惑っていた。無理もない、ついさっきまで男達に襲われる寸前だった自分が、次の瞬間には抱えられているのだから、それもお姫様抱っこの様な状態で。
頭の中は混乱しているが、この…今自分を抱えている人が、自分を助けてくれたのはなんとなく分かった。
鍛えられた逞しい腕…袖を通さずに羽織っている白い学ランが、マントの様にヒラヒラとはためいている。
恰好は全く違うのだが…少女は目の前のその姿を見て、漫画や映画に出てくるあのスーパーマンを連想した。
少女は優しく地面に降ろされた。
そのまま白い学ランの男は移動し、男達の前に立ち塞がった。
「テメェは誰だ⁉︎」
男の一人が叫んだ。
白い学ランの男はまっすぐと視線を男達に向けながら、気の抜けるような声でこう言った。
「趣味でヒーローをやっている者だ」
その声と、何処と無くやる気が無さそうに見える顔で、男達の怒りは爆発した。
「趣味でヒーローをやってるだと⁉︎ふざけてんじゃねぇぞ‼︎」
「いや、結構本気なんだけど…」
「その顔で何が本気だぁ⁉︎」
男達は青筋を浮かべながら白い学ランの男を睨みつけた。
「ほんと今日はむかつくぜ、ヒーロー気取りの馬鹿が二人も絡んでくるんだからよぉ‼︎」
「だったら俺達が教えてやるぜ‼︎夢見がちな馬鹿に、現実ってやつを‼︎」
三人の男達はそれぞれ、発火能力、風力操作、念動力を用いてヒーローを名乗る男に襲いかかった。
対するヒーローを名乗る男は、ゆっくりと、ただ拳を硬く握った。
「泣いて謝って!後悔しやがーー」
「ほんのりすごいパンチ」
「ビブルチッ!」
ほんの一瞬の出来事だった。
三人の男達はヒーローを名乗る男の拳から放たれた謎の衝撃波によって、情けない悲鳴をあげながらメートル単位で吹っ飛ばされた。
ヒーローは突き出した拳と気絶した男達を眺め、突然その場で項垂れた。
「また…ワンパンで終わっちまった」
「へ‼︎?へ⁉︎」
少女は呆然と、目の前の光景を眺めていた。
何が起こったのかもわからない、気がつけばあの男達は白目を向いて倒れていたのだ。
(いや、あんまり期待はしてなかったけど、でも三人まとめてワンパンで倒されるってのはどうだよ)
ヒーローは未だに項垂れたままである、その上何かをブツブツと呟いている。
「・・・・・」
頭の中はまだ少し混乱しているが、少女の心は強く高揚していた。
自然と笑みが零れた。目から涙が頬に伝わってきた。
泣きながら笑う少女はゆっくりと呟いた。
「……本当にいたんだ、ヒーローって…」
まるで暗闇の中から、暖かな陽光の中へと救い出されたような気分だった。