「こんにちは、ミナミ」
サマーフェスが終わって一週間。次の予定までプロジェクトルームで資格勉強しながら待っているとアーニャちゃんが部屋に入ってきました。
「こんにちは、アーニャちゃん」
微笑ましく挨拶してきたアーニャちゃんに私も挨拶を返します。
サマーフェス後はお仕事に一区切りがつき、私たちのユニット『ラブライカ』で活動することがあまりなかったので、こうしてアーニャちゃんと会うのは何だか久しぶりです。
「ミナミ、また勉強をやっているのですか。偉いですね。今日は何を勉強しているんですか?」
するとアーニャちゃんは私の勉強が気になったのか覗いてきました。
「簿記の勉強よ。ちょうど学校の講義で学んでてね。思い切って資格に挑戦しようと思っているの」
「ミナミはとても頑張り屋さんですね!」
アーニャちゃんは目をキラキラさせて見つめてきました。何だかアーニャちゃんにそう見つめられると妹に憧れられているお姉さんみたいで気持ちいいですね。一応私には弟はいますが、お姉ちゃんとして頼られたのが中学生くらいまででしたし。
「フムム……。それにしてもミナミ、ここに書いてあること難しくてチンプンカンプンです。これを覚えられたらアイドルとしてもっと輝けるのですか?」
「えっとね。会社とかではたらくんだったら必要かもしれないけど、アイドルだったらそんなに必要ないかもね」
「そうなんですか……。でしたらどうして頑張って勉強しているのですか?」
どうして勉強しているのか、か。
確かにこれはアイドル活動とはあまり関係ありませんし、そういう意味ではあまり効果のない勉強なのかもしれませんね。
「うーん、そうね。これってどちらかというと趣味に近いのかな。アイドルとか将来の夢とか関係なくこう今までやったことないにチャレンジするのが好きなのよね。そういう意味で資格勉強って何か新しいものが自分に身についたって感じがして気持ちいいのよ」
「
アーニャちゃんはそう大げさ気味に褒めてくれました。
そんなに大したことないのにそんなに言ってくれるだなんて、ちょっと照れてしまいます。
「ところでミナミ、いろんなことにチャレンジすることが好きって言っていましたが、もしかしてアイドル以外にもやってみたいことってあったのですか?」
するとアーニャちゃんがこんなことを聞いてきました。
そういうことを聞かれると何だか高校の時の進路希望調査を思い出してしまいますね。実を言うと高校生の時はアイドルになるだなんて思ってもいませんでした。
一応憧れというものはあったものの、他にもやってみたいと思っていたお仕事はたくさんありましたから。
「そうね……。もしアイドルじゃなかったら学校の先生をやっていたかもね」
「学校の先生ですか?」
「うん。人に物を教えるの好きだし、たくさんの教え子に慕われるってなったらとっても素敵だと思うの」
「なるほど。確かにミナミは子どものお世話をするのも似合っている気もします」
「そう? でも私はどちらかというと小学校というよりも高校の先生の方をやってみたいかな」
「えっ……、高校ですか……」
しかし私の答えを聞いたアーニャちゃんはなぜか驚いたような顔をしました。そんなに私が高校の先生になるのは意外だったのでしょうか。
「ダメですミナミ!! 先生になっちゃいけません!!」
「……え?」
どうしたんでしょうか。
急にアーニャちゃんは大声を上げて私の裾を握ってきました。私は何かおかしなことでも言ってしまったんでしょうか。
「えっと……、アーニャちゃん、どうしたの?」
私が事情を聞くと、アーニャちゃんは少し泣きそうになって答えました。
「だって……、だって……」
――
―――――
日が傾き空が紅に染まった時刻、授業が終わった教室で一人の生徒が机に向かっていた。
「山田くん、まだ教室に残っていたの?」
「あっ、美波先生」
彼に話しかけたのは今年この学校に赴任してきたばかりのミナミ教諭だった。
「山田くんは偉いわね。こんな時間になってまで勉強しているだなんて」
「そんなことないですよ。前のテストの成績が悪かったから次は頑張ろうと思っただけです」
「ふふっ、頑張り屋さんなんだから」
ミナミは山田少年の隣の机に腰かけると妖艶に微笑んだ。山田少年は艶やかな表情を見せてくる先生を見て不覚にも顔を赤くしてしまう。ミナミは全校の男子が憧れるほどの美女なのだからそれはしかたのないことだろう。
山田少年は赤面した顔を隠すように下を向き、雑念を払うかのように参考書に視線を移した。
しかし山田少年は集中して参考書を見ることができなかった。山田少年の横で、ミナミが前かがみになって山田少年の様子を見ていたのである。白いブラウスの隙間からちらりと覗かせるミナミの胸元は山田少年の煩悩を多いに刺激したのだ。
「山田くん。ココ、間違っているわよ」
「えっ! あっ、すみません!」
ミナミは色っぽく髪をかき上げ、間違っている箇所にその細くしなやかな指を置いた。
山田少年はそのしぐさに思わずどぎまぎしてしまう。真面目に勉強しなければいけないのに、
「もう、山田くん。さっきから間違えてばかりじゃない。もしかしてどこか具合でも悪いのかしら?」
「いえ、そんなことはありませんよ!」
山田少年はごまかすように声を上げた。
実際に彼は具合が悪いわけではない。むしろ男として元気でありあふれていた。
「でも何だかさっきから顔も赤くてきつそうよ。あれだったら保健室に行った方が……」
「だ、大丈夫です……」
山田少年の異変は知られるわけにはいかないもの。知られてしまっては彼への心証が大きく変わってしまう。
「でも……」
「だから大丈夫ですってば!」
しかし不覚というべきか、何度も心配してくるミナミに思いがけず山田少年は勢い余って立ち上がってしまった。
「あら……」
そうなると必然的にミナミの視線はある一点に集まってしまう。そう、山田少年の元気なところに。
「ち、違うんです。これはその……」
見られてしまった山田少年は慌ててミナミに背を向ける。彼は最低なところを憧れの先生に見せてしまった。彼の心は羞恥心でいっぱいになった。
「大丈夫よ、山田くん」
しかしミナミは彼に優しく微笑んだ。
「男の子だものね。そういう時だってあるわ。気にしないでお勉強の続き、しましょう?」
「せ、先生……」
そしてミナミは山田少年の耳元に顔を近づけた。ミナミの湿った息が山田少年の耳筋を刺激する。
「でも、その前に集中できるように気を落ち着かせないとダメね」
「えっ……?」
「山田くんは慌てることが多いみたいだから、落ち着けられるように特別指導、しなくちゃね」
「だ、ダメですよ先生……。そんなこと……、僕……、僕……」
「ふふっ、これは誰にも内緒よ♪」
<以下略>
―――――
――
「こうなるからダメです!」
いや! そうはならないからねアーニャちゃん!!
というよりも何なのかな、この回想。一気にアーニャちゃんのイメージ変わったよ?
「えっとアーニャちゃん? そう言ったことはないからね? それやったら終わりだからね? 生徒と先生は」
「でも私見ました! 日本の高校ではこういうことがあるってビデオで見ました!」
えぇ……、ビデオで見ちゃったやつかぁ……。
何でアーニャちゃんがそういうビデオ見たんだろうなぁ……。
「……ちなみにそのビデオってどこで見たの?」
「
えっ、まさかの智絵里ちゃん……?
あんな純真の塊ような智絵里ちゃんがアーニャちゃんとアレなビデオを見ただなんてあるはずが……。
うん……、きっと智絵里ちゃんのことだから、ビデオ屋さんで間違えて借りてきちゃったのを一緒に見ちゃったに違いない。きっとそうだわ。
「とにかくミナミ! 私はミナミにあんなことさせるわけにはいけません! しかも3
女の子が大きな声でそんなことを言ってはいけません!
「う、うん……、分かったわアーニャちゃん。私が悪かった。だからこの話はおしまい、ね?」
ああ……、何だか開けてはいけない扉を開けてしまったような感じです。正直、ショックがとてつもなく大きいです。
「でしたらミナミ、他にやってみたかったことはないのですか?」
「他に……ねぇ……」
すると再びアーニャちゃんはやってみたかったことについて聞いてきました。私のやりたかったことがそんなに気になるのでしょうか。
しかし先生以外にやってみたかったこととなると……。
「えっと、海女さんとか?」
「アマさん……ですか?」
「ええ、実家の広島のおばあちゃんが海女さんで、小さい時はおばあちゃんの跡を継ぐんだってよく言っていたの」
海女さんと言うと珍しいって言う人も多いかもしれませんが、私の家系は海に関わることが多かったことからあまり抵抗はありませんでした。父も海洋学者ですし、私の美波って名前もそうですし。
「アマさんってどういうお仕事なのですか?」
「海に潜ってお魚や貝を獲って暮らしている人のことかな」
「海に潜るお仕事ですか……」
――
――――
「ここらへんでいいかな」
その小さな船には海女歴二年のミナミの姿もあった。彼女はまだまだ海女としては新人ながらも、“美人すぎる海女さん”としてメディアに取り上げられ、地元ではちょっとした有名人でもあった。
また彼女自身もそう言ったことを鼻にかけず常に真面目で仕事に熱心であったため、同僚たちからもすこぶる評判がよかった。
「美波、行きます!」
ピチピチのスウェットスーツをまとったミナミは船を手繰っている女性に声をかけ、蒼く透き通る海の中へと身を投じた。
ミナミが漁を始めてから数刻、 彼女はすでに十分な量の海産物を獲ることができていた。滅多にないくらいの豊作とも言える。
実を言うとこの日彼女はいつもとは違う新しい場所で漁をしていた。そしてその場所が見事宝の山だったというわけだ。
「美波ちゃん今日はいっぱい獲れたね。今日はここらへんでやめとく?」
「いえ、まだまだ行けます!」
「そうかい。でもくれぐれも気をつけてね」
「はい!」
そこそこ潜ったとはいえ、まだまだ時間に余裕があった。それにせっかく見つけた新しい場所をもっと知りたいと言う打算もあり、ミナミは引き続き潜ることを選択した。
しかし、結果的にその選択は間違いであった。
再び海に飛び込んだミナミは海産物を獲りつつ、辺りの地形を覚えるように泳いだ。次回もまた来るのなら覚えておいて損はない。
すると、ミナミは地上にまで顔を出す岩礁を見つけた。その岩礁はちょうど人が数人腰かけられるくらいに大きく、休憩場所としては持ってこいの場所だった。
ミナミは朝からずっと潜りっぱなしであったため、少しだけ休もうとその岩礁に上がった。
しかしその時だった。
岩礁に寄りかかっていると、足に何かがひっかかったような感触を覚えたのだ。
ミナミはその違和感に思わず足元を見ると、大きなタコの触手が彼女の足に絡みついていたのだ。そう、この盛り上がった岩礁は大ダコの住処だったのである。
ミナミは必死にタコを引き剥がそうともがいてみるも、なかなか引き離すことができない。普通のタコだったならば容易に引き剥がすことはできただろう。しかしそのタコの足の太さと逞しさは尋常ではなく、長く潜った疲労も重なりミナミではどうすることもできなかった。
「そ、そんな……」
さらにタコはミナミの足だけでは物足りなかったのか、今度は残りの足も大きく広げて彼女の全身に絡み始めていった。大きなタコの足が彼女の腕に、胸に、腰にと絡みつく。
「い、いや……、やめて……」
ミナミはなおももがき続ける。しかしヌメヌメと彼女の肢体を這いずるその触手は力強く、思いのほか逃れるはできなかった。
「だ、ダメ……! そこは……、ぁん……!」
<以下略>
―――――
――
「ダメですミナミ! アマさんになってはいけません!」
「いくらなんでもそんなことにはならないよ!?」
どうしたら海女さんをそこまで曲解できるのでしょうか。アーニャちゃんってそんなにアレな子でしたっけ?
ああ……、結成したばかりの純粋だったアーニャちゃんはいったい
「しかしミナミ! 日本には古来から壺を使ってタコを捕まえると聞きます! ですからあんなことやこんなことに……」
「壺ってそういう意味じゃないからね!? というよりどこからそういうこと覚えたのかなアーニャちゃん!?」
「……これはチエリとの約束ですから話すことはできません」
また智絵里ちゃん!?
き、きっとアニマルビデオを借りようとして間違えちゃったんだよね……。うん……、そうよ……。
「ミナミ! もっと健全なお仕事はないのですか!?」
いや、学校の先生も海女さんも十分に健全なんだけどなぁ……。
それに他の職業と言われてもええっと……
「……お医者さんとか……かな」
――
―――――
ミナミ女医は今日も患者のために診断を行い、治療を施す。
「鈴木さん、検診の時間ですよ。とりあえず服、脱いじゃってくださいね」
<以下略>
―――――
――
「ダメですミナミ! とってもとってもエッチです!」
うん、さすがにこれはこうなるって知ってた。
咄嗟に思いついた職業をぽんっと言っちゃったけど、普通にこれそういう方面の想像は容易だもんね。
でもちょっと待ってほしいな。今回のアーニャちゃんの回想は普通っぽかったよね? なのに早々カットってどういうことかな? もはや私がそういうことしただけでエッチってことなのかな? それはちょっと私傷ついちゃうな。
「でもミナミ、私一つだけ分かったことがあります」
「分かったこと?」
するとアーニャちゃんはまじまじとした顔で私にそう言ってきました。
しかしここまでの話の流れのなかで分かったこととなると、普通に考えてろくな答えではありませんよね……。
『やっぱりミナミはエッチですね』なんて言われたら理不尽すぎて泣いてしまいます。
「それはミナミはアイドルなのが一番ということです。アイドルのミナミはとてもかわいくて輝いています」
「……えっ?」
けれどアーニャちゃんの口から出てきたのは思ってもない言葉でした。
「私ミナミとアイドルをやれてよかったです。こんなに素晴らしい相棒だから私も頑張っていこうって思えました。ミナミは私にとって自慢の相棒です。ですからこれからも一緒にアイドルやっていきましょうね」
「アーニャちゃん……」
さっきまでさんざん変なことばっかり言っていたからアーニャちゃんがおかしくなっちゃったのかと思っていましたが、やっぱりアーニャちゃんはアーニャちゃんでした。
もしかしたら何度も私のやりたいことを聞いては否定していたのも、私がアイドルとは関係ない勉強していたからアイドル以外に興味を持ってしまったのだと心配していたからなのかもしれません。そんなことないんですけどね。
ですが私もアーニャちゃんにそう言ってもらえてすごく嬉しいです。
サマーフェスでは迷惑をかけてしまいましたが、私からもよろしくね、アーニャちゃん。
「新田さんはいますか?」
なんてアーニャちゃんの言葉にしみじみとしていると、ふとドアが開かれました。
やってきたのは緑の制服がトレードマークの事務員千川ちひろさんでした。
「はい、何でしょうか?」
「新田さん。先日撮った青年誌向けのグラビア写真できあがりましたよ。それにしても新田さんはすごいですね。競泳水着を着ているだけなのにここまで煽情的に見えるだなんて。きっと男性読者はイチコロですよ。特にこのシャワーを浴びているところなんかは――」
「ミナミ! エッチなのはいけません! やっぱりアイドルもダメです!!」
とりあえず各担当Pのみなさんすみませんでした。