ガンダムビルドファイターズ Evolution   作:さざなみイルカ

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【はじめに】


 さて、皆さん。
 突然ですが、皆さんはご自分のことが好きでしょうか?

 「はい」と答えた方は、ご自分のどんな部分が好きでしょうか?

 「いいえ」と答えた方は、他人に好かれるためにどんな工夫をされていますか?


 ここに、自分を愛すことができない2つの名前をもつ少女がいます。今回は、そんな彼女が自分という存在のささやかな一部分に気づくお話です。
 それに気が付いたとき、彼女にどんな変化が訪れるのでしょうか。

 楽しみですねぇ。




 おっと、お時間のようです。

 それでは!ガンプラバトル!レディィィィィ……ゴォォッ!!


 ~ガンダム専門店『G-MAX』星見店 眼帯店長・ストーカーより~



02話『城ヶ崎フォースの挑戦!シュヴァルベ・グレイズの脅威』
02話-01「2つの名前」


≪①≫

 

 

 さくらチョコレート・ラテ。

 

 そんな名前の春限定メニューを注文したとき、三石(みついし)怜奈(れな)は改めて感慨した。30代最後のクリスマスを独りで過ごしてから、もうすでに四ヶ月も経過しているということを。

 

 新年を迎えてから今日に至るまで、自分に浮いた話は一切ない。このまま、仕事だけを伴侶として40代を迎える羽目になるのは、ほぼ間違いない。そのことは、家族や友人よりも、他ならない彼女が一番に予感していることだった。

 今日、この喫茶店で待ち合わせしている相手だって、お見合いパーティで出会った公務員男性でもなければ、SNSで知り合った青年実業家でもない。自分の年齢半分以下の女子高生だった。

 

 しかし、彼女と数ヶ月ぶりに会うことを、怜奈は楽しみにしていた。編集者という仕事柄、いろんな作家と出会う機会があるが、とりわけ彼女には人間学的好奇心を刺激させてくれる魅力があるからだ。

 彼女と、また話せる。そう思うだけで、重労働なこの仕事の苦痛も、お一人様である不安も、全て忘れることができる。

 

 

 ふと、腰を下ろしたイスから、窓の外を眺めた。

 風が光るような暖かい晴れ空の下。ランドセルの子供達が、躑躅(つつじ)が咲く歩道を駆けていく。黄色い帽子を見て、新一年生だろうか。怜奈は思った。

 

 進学、進級。春は始まりの季節。もしかしたら、環境の変化が彼女の物語に新たな境地をもたらしたのかもしれない。

 数週間ぶりの更新に、新キャラクターの登場。描かれた主人公アクアの心理から、彼女の日常に新しい光が差し込んだのは、担当者の目から見て明らかだった。

 その原因を一番に“恋”だと仮定してしまうのは、三十路すぎても女は女のままである故かもしれない。いずれにしても、前会った時以上に面白い会話を期待してもいいだろう。

 

 

 約束の時間の10分前、彼女はやってきた。

 佐々波イルカ。本名、海嶋ミコト。怜奈が担当する、ケータイ小説家だ。

 

「ごめんなさい、待たせてしまって」

「いいのよ、私が勝手に早く来ただけなんだから。それより座って、座って。何か飲む?遠慮せずに注文してね」

 

 丸まるような小さいお辞儀をしながら座るミコトに、怜奈はテーブルのメニューを差し渡す。

 

 チェック柄のネクタイとスカートに、シックな印象の黒いブレザー。そんな制服に身を包む彼女は、まだ中学生時代のあどけなさが残る少女で、そのギャップが新高校1年生らしい初々しさを醸し出していた。

 そんな彼女と対面していると、やっぱり若さを羨まずにはいられない。

 

 メニューを眺めて、ミコトは何を注文する()()か悩んだ。2分迷った末、結局怜奈と同じものを店員に頼む。

 「遠慮しなくていい」と言われても、我を出すのを恐れる。それが海嶋ミコトという少女であり、彼女が佐々波イルカという仮面をつけて執筆する理由でもあった。自信がないのだ。

 

 

 今日の天気や、近況についてなど、怜奈は当たり障りのない話題から始めていった。細切れの問答から糸口を見出すと、会話は弾みだす。

 

 最初緊張で舌がぎこちなかったミコトが、自分から喋るようになってきたところで、怜奈は話の流れを本題の方に傾けていった。

 

「そうそう、『水の国のアクア』。更新したのね」

 

 今日、怜奈が佐々波イルカである少女と会った理由。それは、彼女に書籍化第二弾の話を持ち掛けるためだった。インターネット上では現在、『水の国のアクア』が来年にアニメ化されることが噂されている。実際、アクアの人気をより広いキャラクタービジネスにつなげようとする動きがあり、怜奈の勤めるアナハイム出版社も、二匹目の鰌を狙いたかったのだ。

 

「私も読ませてもらったわよ」

「どうでしたか?」

「面白いっていう以上に、開放感を感じたわ。閉じていた窓を一気に開いたような。話の内容も、情景も、前作より明るくなったわね。あ、そうそう。また、読者カードも出版社に返ってきていたわ」

 

 厚さ3㎝くらいの、手紙の束をミコトに手渡す。書籍化された前作に付録されていた読者アンケートのハガキである。サイトの方にも好評が殺到しているが、読者の中には手書き文章で感想を著者に伝えたいファンもいるのだ。

 

 『水の国のアクアと虹色の真珠』に描かれた深海の世界は、モチーフとなった西洋童話の影響があってか、仄かにメルヘンチックな色があった。アクアが出会った仲間も敵も、みんな海洋生物をキャラクター化したもので、作風も幻想的な雰囲気が感じられた。

 しかし、今回の新作は少し違う。アクアが脚を踏み入れた地上世界は、現実性を纏っていた。港町は華やかだが、スラムなどもあって、前作までになかった影を作り出している。街を徘徊する不法就労者の描写なんて、前作まででは考えられない要素だ。

 

 水の国とは違う地上世界の光景に、アクアは戸惑い、胸中の不安をさらに深める。果てには、後にクリオを浚う海賊の一員に絡まれ、人身売買に売り飛ばされそうにすらなる。

 そんな中、アクアは一人の少年に助けられる。それが、今作最大の目玉にして、ファン達の話題の的、新キャラクター・フィリオだ。自らを“嘘つき”と名乗るその少年に、心惹かれるアクア。影ある世界で出会った、希望という“光”。

 

 今作の変化は、読者を裏切るどころか、さらなる期待を膨らませた。童話的少女の世界から、明も暗もある実社会に踏み出した人魚姫の冒険が、ティーンエイジャーの感性を捉えたのだろう。

 

「ネットの感想を見ると、フィリオに関する書き込みが多いわね」

 

 今まで、アクアの仲間に人間はいなかった。物語の焦点も、成長と友情に絞られていた。

 ファンの中には、恋愛の出現を嘱望する者も少なくなかった。登場したフィリオは、その待望を叶えてくれる存在なのではないかとほとんど読者は期待しただろう。

 

「彼のモチーフは、ピーターパンとオオカミ少年かしら?」

「はい」

「モデルはいるの?」

「えっ……?」

 

「ミコトちゃんって、自分の実体験を物語にしているじゃない?だったら、彼のモデルがいるんじゃないかって」

「あ、その……」

 

 言いよどんだミコトは、飲み物に手を伸ばす。一口飲んで、返答した。

 

「はい」

「どんな人?」

 

 怜奈はつい、テーブルに身を乗り出してしまった。

 

「最近知り合った人で……」

「うんうん、それで?」

「同じ学校の女の子です」

「えっ、女の子?」

 

 怜奈は前に出すぎていた首を引っ込めた。

 

「はい。どうかしましたか?」

「いや。てっきり佐々波さんにも春が訪れたのかなーって……あはは」

「いえいえ、そんなんじゃないですよ」

 

「最後のシーンなんて、まさに恋に落ちたような描写だったのに」

「あれは、その子と初めて会った日の別れ際の気持ちをそのまま書いただけなんです」

「へぇ。その子、どんな子なの?」

「ガンプラバトルをしている子なんですけど……」

「女の子なのに珍しいわね。ガンプラなんて」

 

 ひと昔前はかなりの人気を博していたらしいが、今はどうなのだろう。特に女子の間で流行ってそうなイメージはないが。怜奈は、あまりその手のことは詳しくなかった。

 ただ、叔母夫婦の家が模型店で、遊びにいく度にそういったバトルを見る機会はある。従兄弟は、元世界大会優勝者だとか何とか。

 

「とっても、不思議な女の子なんです。子供みたいに元気で無邪気な人柄なのに、どこか頼れる一面があって。もしかしたら、私の持っていないものをたくさん持っているから、羨ましいのかもしれません」

 

 語るミコトの表情は、嬉しそうだが、どこか切なくもあった。

 

 確かに、フィリオのキャラクター性を見る限り、そのモデルとなった女の子は、ミコトとは異なる種の人間性を持っているのだろう。しかし、他人よりも自分を低く評価する傾向がある彼女にとって、「自分にない要素」を持つ人物がそれほど珍しくないだろうし、それだけの理由で特別な存在として小説に投影されているとは考えづらい。

 その女の子には、特別な魅力がある。そして、ミコトは鋭すぎる感受性でそれを感知したのではないか。怜奈はそう推察した。

 

「これから、アクアとフィリオはどうなっていく予定なの?」

「いえ、実は……」

 

 ミコトはまたも言葉を詰まらせた。視線を窓の下方に逸らす。表情が少し曇り始めた。

 

「まだ、考えていないんです。と、いうより思いつかないんです」

「どうして?」

「フィリオの人柄は、私にとってもまだよく解らないんです。作者なのに。ごめんなさい」

「それは、モデルとなった女の子のことをまだよく知らないから……なのかしら?」

 

 ミコトは小さく頷いた。

 その指先は、ラテが半分残るマグカップの取っ手をいじっている。

 

「正直、次の展開も考えられないんです。原稿もまったく進められなくて」

 

 作家は、時として本人の想定をも超えるアイディアを、感性の土壌から芽吹かせる。芽吹いた奇跡の萌芽を、どう育てればいいのか。その答えを見つけるのは容易ではない。

 若き女子高生作家は、今まさにその問題に直面していたのだった。

 

 怜奈は察した。担当編集者として、自分の為すべきことを。

 

「ミコトちゃん自身、こうしたいっていう願望もないの?」

 

 それは、彼女の心境の整理を手伝うことだった。心の中の乱雑を解消することで、作家は自らにとって最良の答えを自力で見つけるのだ。

 それは、出版社員の仕事というよりはカウンセラーの領分だが、怜奈は長年の経験上、これが有効な手段と確信していた。

 

「……はい。アクアには、幸せになって欲しいっていうのはあるんですが」

「そう……。アクアは、フィリオとまた会いたいと思っているのよね?」

「はい」

「それは、ミコトちゃんが、その女の子に対してもそう思っていることなのよね?」

「はい」

「彼女といる時間は楽しかった?」

「はい」

 

 その質問に返答したとき、ミコトの表情から晴れ間が少しずつ戻ってきた。

 

「ガンプラバトルを見た後、ケーキを食べに行ったんです。好きなお菓子の話なんかもして……。あんなに楽しく話せたの、久しぶりで」

 

「そう。彼女のこと、もっと知りたい?」

「はい」

 

 さっきよりも、声の調子に力が入っていた。怜奈は、そっとミコトに微笑みを投げかける。

 

「だったら、彼女ともっと話してみたら?彼女のことを知れば、フィリオの人柄も見えてくるだろうし」

「それはわかっているんです。でも……」

「でも?」

「彼女に声をかけて、何を話せばいいのかわからなくて……」

「普通にしてれば大丈夫じゃないの?」

「そうかもしれませんけど……」

「ケーキを食べたときは上手く話せたんじゃないの?」

「あの時は向こうから話題を振ってくれたので……」

 

 怜奈は思った。

 もしかしたら、彼女の中で「喜ばれない話題を持たずに、話しかけるのは罪」という意識があるのかもしれない。過去に親から受けた虐待から、自分の存在価値を見失った彼女にとって、ありのままの自分で他人に臨むことは、迷惑行為以外の何物でもないのかもしれない。

 

「ねえ、ミコトちゃん。大上段に構えなくても、貴女は十分他人を惹きつけるものを持っているのよ?私だけじゃなく、『水の国のアクア』を読む多くのファンの存在が、それを証明しているわ」

「でもそれは、佐々波イルカっていう、謎の作家の小説だからです。私の実名を出していたら、こんなに読者は増えなかったはずです」

「でも、貴女の文章力と創作能力がないと、『水の国のアクア』自体、存在しなかったのよ?言うまでもないことだけど、イルカは貴女なの。これは、誰が拒もうと紛れもない事実なの。もっと自分に自信をもって」

 

「……はい」

 

 彼女は頷いた。

 

 理解は、してくれたようだ。しかし、納得することは、その深層心理にある過去の闇が許さないのだろう。彼女の表情はまた曇り始めていた。

 

 

 二つの名前を持つ少女。片方を自分と認められるようになり、もう片方を愛することができるようにならない限り、アクアにハッピーエンドは訪れないかもしれない。

 

 

 

  ◇    ◆    ◇    ◆

 

 

 

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