ガンダムビルドファイターズ Evolution   作:さざなみイルカ

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02話-09「読者・海嶋ミコト」

 

 

≪⑨≫

 

 

 

 陽が傾いていた。山の陰に沈む太陽の光が西の空を赤く染め、東の空はそれよりも一足早く夜空の色を呈している。

 東西の間に、昼間の快晴に似た水色もある。そのため、この日この時間の空は、時間の昼・夕・夜が三層に連なった幻想的な色を地上の人々に見せていた。

 

 満悦なほのか。今日のバトルに勝利したことよりも、その後セグウェイに乗れたことの方がよほど面白かったらしい。

 

 満足気に感想を語る彼女の隣に付いて、ミコトは歩いていた。河川敷公園から駅までの道のり。帰路である。

 

 2人は電車通学だった。その上、帰る方面まで同じ。そのため、電車を降りるまで帰り道は同一だった。

 

 駅前交差点の信号で足を止められたとき、ミコトはほのかに訊きたかったある質問を口にした。

 

「友里さんって、ガンダムのアニメ観たことないって本当なの?」

 

 「原作アニメは殆ど観たことがない」。バトルの冒頭でそう話していた彼女。ミコトはその真偽が気になっていた。

 

 不意の質問に、少々戸惑う素振りを見せるほのか。いきなり過ぎたか、とミコトは自分が話を切り出すタイミングの不器用さを恥じた。

 

 しかし、彼女は変わらない表情で返答を返してくれた。

 

「そーだよ。ボク、原作ちゃんと観たことないんだ」

 

「そうだったんだ……」

 

 歩行者用の信号が青に変わる。

 

 横断歩道の白い縞の上を歩きながら、自分の努力が空振りであったことを実感した。彼女と会話するために、わざわざガンダムシリーズを勉強する必要も、それが上手くできなくて落ち込む理由も、特になかったのだ。

 

 だとすると、単純な疑問が一つ湧く。

 

「ガンダム知らないのに、どうしてガンプラバトルしてるの?」

 

 横断歩道を渡り、少し歩くと駅前ロータリーに差し掛かる。立ち並ぶバス停を迂回しながら、彼女達は歩みを進める。

 

「うーん……、家族がみんなやってたからかな。もっとも、ボクがちゃんと始めたのは去年の暮れからなんだけど」

 

 駅の入り口の階段を上りながら、彼女は話を続ける。

 

「ボクね、ちっちゃい頃ガンプラバトルしていたんだけど、上手くなれなくてやめちゃったんだ」

 

「……どうして再開しようと思ったの?」

 

「どうしてだろう……。きっと、またバトルしたいって気持ちが自分の中にあったんだと思う。ガンプラバトルって簡単じゃないけど、出来るようになるととっても楽しいんだ」

 

「そうなんだ……」

 

「あ」

 

 自動改札機に差し掛かる前、ほのかは急に立ち止まった。

 スマートフォンを取り出し、タッチパネルを数回操作して、その画面をミコトに見せる。

 

「ミコトちゃんこれ知ってる?」

 

 瞬間、ミコトの眉が小さく動いた。

 

 とある携帯小説投稿サイトである。

 開かれたページに大々的に表示されているそのタイトルは、彼女にとって馴染み深いものであるばかりか、その精神の分身ともいえる存在だった。

 

「『水の国のアクア』……」

 

 自らの作品の題名を呟くミコト。

 

 スマートフォンを見せていたほのかは、手を強く握りしめて嬉しそうに語りだした。

 

「これ、すっっっごく面白いんだよっ!感動する文章が沢山あるし!ボクが、ガンプラバトル始めようって思ったのも、この小説から勇気を貰ったからなんだ♪」

 

「勇気……?」

 

 それは、自分にはない要素。自分にないものを、『水の国のアクア』は彼女に与えた。

 ほのかの語る事実が信じられず、ミコトの動きと思考は一瞬だけ静止する。

 

「ボクね、ガンプラバトルをずっと避けてた。姉みたいに上手になれないのが嫌で、ずっと逃げてた。でも、この主人公が冒険に出る姿を見て、ボクも踏み出そうって思ったの。『水の国のアクア』は、ボクに前に出る勇気をくれたの」

 

 スマートフォンを抱きしめるほのか。

 

 真っ白になった頭の中で、ミコトは徐々に思考を取り戻していく。

 

 『水の国のアクア』が、自分の書いた文章が、彼女に影響を与えた―――?

 

 与えられたのは自分だったはずなのに、それよりも前から、自分は彼女の背中を後押ししていた。彼女がガンプラバトルを再開するきっかけを作ったのは、自分。

 

 やはり、信じられない。

 

 ふと、ある言葉が彼女の記憶の中から蘇った。

 

 

 ――――「大上段に構えなくても、貴女は十分他人を惹きつけるものを持っているのよ」

 ――――「言うまでもないことだけど、イルカは貴女なの。これは、誰が拒もうと紛れもない事実なの。もっと自分に自信をもって」

 

 

 担当の三石怜奈が自分を励ましてくれたときの言葉。

 お世辞だと思っていた。しかし、それは自分に見えていなかった事実を教えてくれていたのだと、ミコトはこのときようやく気が付いた。

 

 『水の国のアクア』、佐々波イルカ。

 

 これが、自分の持つ“他人を惹きつけるもの”―――?

 

 

 

 カリスマ作家でもなければ、ファンタジー世界を冒険する主人公でもない、本当の自分。

 しかしそれでも、自分は佐々波イルカで、『水の国のアクア』の著者。隠していても、それは不変の事実、唯一の真実だった。

 

「その小説……」

 

 口が開いた。声が出た。震えるような声だった。緊張と懼れと喜びが交差して、彼女の声帯から発する声をぎこちないものにしていたのだ。

 

 自分が何を言うのか。次の一瞬が、ミコトには予想できない。

 

 真実を話して、ほのかの気を自分に向けさせるのか。もし、そうすればより彼女は自分に興味を持ってくれるかもしれない。二度と、芽生えかけた友情の消失を恐れる必要もなくなるかもしれない。

 

 

 真実を話して。真実を話せば。

 

 

 

「……私も大好き。いつも読んでる」

 

 瞬間、ほのかの表情は歓喜から感激に変化する。

 

「本当!?じゃあさ、新しく更新された話も読んだ!?」

 

 共通の趣味を見出したほのかは、喜びの限りミコトに詰め寄る。

 

 ミコトが答えると、彼女の質問が矢継ぎ早に飛んだ。最新話の感想、今までで一番好きなシーン、好きなキャラクター、今後の展開の考察―――。

 

 改札を通ってからホームに至るまで、2人の話題はアクアの冒険で満たされた。

 

 

 結局、ミコトは真実を語らなかった。自分が佐々波イルカであることを明かす勇気がなかったのかもしれない。しかし、それで良かった。

 彼女との談笑の中で、ミコトは感じた。ほのかは今、自分と話してくれている。佐々波イルカとしての自分でなく、海嶋ミコトとしての自分と。『水の国のアクア』の著者としてではなく、同じ小説を愉しむ友達として。そのことが、ミコトにとって途方もなく幸せだった。

 

 私はミコト。海嶋ミコト。本当は著者であっても、今は読者。ほのかの友達。

 

 

 電車に乗っても、会話の盛り上がりは一向に衰えない。充実した時間は瞬く間に過ぎ、降車する駅が近づいたことを、アナウンスで知る。

 

「あ、私次で降りないと」

「そっか。楽しかったのに。またお話させてね、ミコトちゃん」

「うん!ありがとう、友里さん」

「あっ、そうだ。それそれ。その“友里さん”っていうのやめて」

「えっ……?」

「ボク、自分の名前が好きだし、下の名前で呼ばれたいの。だから、ほのかって呼んで」

「え、あ……うん。ありがとう、ほのか……ちゃん」

「うん!ミコトちゃん!」

 

 間もなく、降車駅に到着する。車内で手を振るほのかと別れたミコトは、家を目指す。

 空は殆ど夕闇に染まりつつあった。その中で1つ、一番星が薄い夜空で光を放っていた。

 

 いつか、ほのかに本当のことを話す日がくるのかもしれない。しかしそれまでは、海嶋ミコトとして、彼女と一緒にいたい。彼女との交流の中で、本当のことを話す勇気を培っていきたい。

 空で輝く一粒の星を見つめて、ミコトは思った。

 

 そのとき、意識が手元のトートバックに向いた。彼女から返されたハロが、その中に入っている。

 

 ミコトはそれを取り出し、電源を入れた。

 

 

 〈ミコト、タダイマ!ミコト、タダイマ!ハロ、ゲンキ!ハロ、フッカツ!〉

 

 ハロは元気に飛び跳ね、数日振りにその活発な姿を主人に見せてくれた。

 

 その姿に、ミコトの表情は綻んだ。

 

 

 

   ◇    ◆    ◇    ◆

 

 

 その日、ミコトはアクアの冒険をさらに書き進めた。

 

 フィリオに嘘をついた後、アクアは兄の手がかりとなる情報を入手する。港町から遥か西に進んだ内陸にある都市マクルフェで、兄の姿を見たという情報だった。

 

 アネスタからマクルフェに行くまでには汽車に乗っていくのが最も良いと知ったアクアは、高価な切符代を稼ぐためにモックウィンの紡績工場で働くことにする。紡績工場で働くのは、フィリオについた嘘に対して体裁を整えるためでもあった。

 

 しかし働いている最中、工場を視察に来ていたアネスタの市長がアクアの可憐さに惚れ、彼女を妾にしようと工場経営者と結託。経営が傾いた工場の援助と引き換えに、彼女を差し出すように工場経営者を動かした。

 

 危機的状況を迎えるアクア。そこに市長と工場の陰謀を嗅ぎ付けたフィリオが、迫る魔の手から彼女を救いだす。クリオや新聞屋の主人の手引きでなんとか郊外に脱出するも、市長と工場から追われるようになった2人はアネスタに戻れなくなってしまう。

 

 港町郊外の山小屋で、2人はその晩を越すことになった。

 

「ねぇ、どうして私が浚われそうになることに気付いたの?」

 

 小屋にあった毛布でそれぞれ身を包み、暖炉の火を挟んで会話する2人。

 

「あの工場は経営が傾く度に女を市長に差し出すのさ」

「そうなんだ……」

 

「お前、出稼ぎってのは嘘だろ?」

「えっ……。なんでわかったの?」

「俺は嘘つき。嘘つきフィリオ。嘘なんてすぐにわかる。紡績工場でミシンなんか使わねぇよ。働き出したのは最近なんだな?」

「うん」

 

「出稼ぎじゃないのに、どうしてあんなところで働いていたんだ?」

「汽車に乗って、マクルフェに行きたいの。兄が、そこにいるらしいから」

「兄?兄貴いたのか、お前」

「うん。本当は、兄を探しにここに来たの。でも、アネスタには帰れないし、切符を買うお金ももう……」

 

「だったら、歩いていくしかねぇだろ」

「えっ。でも遠いんじゃ……」

「3時間あればいける」

「えっ?」

「嘘だ。何日もかかるが行けないわけじゃない。それに、俺なら一番早くいける道のり知ってるしな」

「えっ、付いてきてくれるの?」

「俺もアネスタには戻れない。だったら、お前の兄貴探しに協力するよ」

「でも……」

「俺さ、外の世界が見たいんだ。親父が冒険した世界が嘘じゃないって、偽りじゃないって、この目で確かめたい。だから、お前についていくよ」

「ありがとう。でもフィリオ、本当にいいの?私みたいな素性の知れない人についていっても」

「どこの誰だろうと、お前はお前だ。何者だろうと、構わない」

「フィリオ……」

「さ、もう寝るぞ」

「うん、おやすみなさい」

 

 火を消し、眠りにつく2人。

 アクアは結局、自分が人魚であることを彼に明かせなかった。しかし、彼の言葉を信じた。いつか、自分の正体を告げられる日がくることを信じ夢の世界に落ちていく。

 

 かくして、2人は都市マクルフェを目指して旅をすることになる。

 

 

 

   ◇    ◆    ◇    ◆

 

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