ガンダムビルドファイターズ Evolution   作:さざなみイルカ

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【はじめに】


 さて、皆さん。
 突然ですが、メイジン・カワグチという名をご存じでしょうか?

 それは、半世紀以上前の第一次ガンプラブーム時に現れた天才モデラーの通称です。
 30年前、時のPPSE社がガンプラバトルの開闢をより彩るため、この名称を復活させました。それ以降、メイジン・カワグチの名は、最強のファイターとしての“実力”と最高のビルダーとしての“手腕”、その2つを併せ持つ者に引き継がれる名跡となりました。
 二代目以降、その名を継いだメイジン達は、各時代のガンプラバトルを象徴する顔となり、その振興の為に心血を惜しみなく注いできました。
 そのバトルは圧倒的かつ鮮やかで、その技術は芸術的かつ猛々しい。
 全盛期には全ての子供達が、メイジンの闘いに心を震わせその瞳に夢を映し宿した、とも言われています。
 いわば、メイジン・カワグチとは、ガンプラバトル界におけるスターなのです。


 さて。
 今私は、とある商業施設に期間限定で開催されている“ガンプラ・ミュージアム”に来ています。ここには、1980年代初頭から現在に至るまでのガンプラの変遷に纏わる様々な品が展示されています。
 当時300円で売り出された旧型のキッドを始め、ファーストグレード、ハイグレード、ハイグレードUC、マスターグレード、パーフェクトグレード、リアルグレード、BB、SD……。各種類を代表する組み立て済みガンプラとパッケージボックスは勿論、様々なガンプラ素材のサンプルに、一部生産機械、ヘクス状のバトルフィールド、プラフスキー粒子の拡大模型……そして、コマンドデバイザー。

 数ある展示物はどれも感慨に浸らせる逸品ですが、中でも一番心惹かれるのは、これ。歴代メイジン・カワグチの顔写真とそれぞれの使用ガンプラの模造品が展示された、“メイジンの間”。ここには、7体のレプリカと、6枚の肖像写真が飾られています。

 おや?レプリカと写真の数が合いませんね。何故でしょう。

 その理由は、七番目にその名を継いだこの人物にあります。七代目メイジン・カワグチ。―――またの名を“ダッチボーイ”。
 彼が自分の顔を撮られることを極端に拒んだ為、このような二つの展示品の帳尻が合わない状態になったのです。フードとキャップで常に顔を隠すほど、ダッチボーイは素顔を晒すことを嫌っていました。勿論、ダッチボーイという名も偽名です。

 数年前突如として世界大会に現れ、瞬く間に世界を席巻したそのダッチボーイは、歴代最年少でメイジンの名を継承しました。高等数学の応用によって洗練されたその“実力”は他の追随を許さず、独創的な世界観を創りだすその“手腕”はあらゆる者の想像を書き換え、その若さと才能に、ガンプラ界は大いなる期待を寄せました。

 しかし。
 彗星の如く現れた最年少のメイジンはある日、ガンプラ界から忽然と姿を消しました。

 何があったのでしょうか。

 巨大過ぎるその存在の消失にガンプラ界は戸惑い、惜しみ、嘆きました。しかし如何なる声にも失踪したメイジンは応えませんでした。

 そのため、現在メイジン・カワグチの席は空席となっています。


 消えた七代目メイジン。今、一体どこにいるのでしょう。そして、継承者不在の名跡はこの後どうなってしまうのでしょう。

 気になりますねぇ。



 おっと、お時間のようです。

 それでは!ガンプラバトル!レディィィィィ……ゴォォッ!!


 ~ガンダム専門店『G-MAX』星見店 眼帯店長・ストーカーより~



03話『難攻不落の大爆走!ゲドラフ・ポセイドン』
03話-01「GPB喫茶」


《①》

 

 

 それは遡ること半月前。

 

 

 高校生になったばかりの理穂は、私室で求人誌を開いていた。アルバイト求人が掲載された、無料のフリーペーパーである。

 

 家庭が経済的に行き詰っていたわけではないが、いつまでも小遣いをもらう立場には甘んじていられない。理穂の家は母子家庭だし、下には小学生の弟が2人いる。長女として模範を示すためにも、私用の金銭は自らの手で稼がねばならなかった。

 

 どんな仕事をしようか。フリーペーパーのページを捲りながら理穂は、自分のニーズに合う求人を探した。一定の条件を満たしたものは丸で囲み、それ以上の求人が掲載されたページには付箋を貼った。

 ここまでに、十数件の記事と3つのページに目印を付けた彼女。ページを斜め読みしていたその目が、急にピタリと止まる。

 

 

 〈[GPB喫茶リリー・マルレーン]ガンダムヒロインの可愛い制服を着てお仕事してみませんか?〉

 〈来店されたお客様をお席までご案内したり、楽しくお話したり、時にはガンプラバトルを楽しんだり!?〉

 〈気軽にミッションしちゃいましょ~☆〉

 〈未経験者大歓迎!ガンプラバトル経験者はなお歓迎!〉

 

 高校生可。時給は最低でも900円。交通費支給。週2日で1日あたり4時間の勤務でもOK。勤務地も高校最寄りの駅から電車で二駅行った程度。

 

 以上の条件だけでも素晴らしかったが、理穂の気を引いたのは求人と一緒に掲載されている写真だった。綺麗な2人の女性店員のコスプレ姿。ミーア・キャンベルと、モニク・キャディラックだ。元がいいのか、片方は可憐で、もう片方は端麗だった。

 

 GPB喫茶とは、第二次ガンプラブーム中期に誕生した業態である。普通の飲食店のサービスに加え、一定金額以上飲食するとガンダムキャラクターにコスプレした店員とガンプラバトルができ、それに勝利すると景品がもらえる、といったサービスが取り入れられている。

 

 子供の頃、TVで紹介されていたGPB喫茶を見ては「自分が店員だったら誰々になりたい……」と、Ifの状況を密かに想像し楽しんだものである。

 

 ヒロインになりきって接客し、周囲から「可愛い」「可愛い」ともてはやされる。脳内の片隅で小さく潜在し続けた妄想は、時折頭の中いっぱいに拡散し、一時だけ彼女を虚ろな欲望の世界に誘った。

 違う自分になりたい。違う自分になって、長女としての義務やバカな幼馴染から開放され、チヤホヤされたい。理穂の密かな欲望だった。

 

 

「ま、まぁ……お給料はいいし。候補にいれておこう。候補に……」

 

 誰に聞かせるわけでない言い訳を述べながら、そのページに付箋を貼る理穂。

 その後も、他の候補を探し続けたが、彼女の頭からGPB喫茶の求人が離れることはなかった。

 

 フリーペーパー全てのページに目を通し終えたとき、彼女は冊子を閉じて小さく息をつく。

 さて、どうしようか。呟いて一瞬間を置いたが、結局例の記事が載ってるページを開いた。

 

 2人の美女の写る写真を凝視。彼女が見ていたのは、その女性店員達というよりも、その写真の向こうにある可能性上の未来の自分だった。

 

 もしかしたら自分も、彼女達みたいに可愛くなれるかもしれない。幼い頃から、家族にも幼馴染にも知られず密かに育み続けた妄想と欲望が、現実のものになるのかもしれない。

 そう思うと、彼女の目線は応募事項欄に吸い寄せられていった。

 

 まず、電話。その後、面接。

 

 自然に彼女の手はスマートフォンに伸びていく。

 

 

「姉ちゃん」

 

 急に、部屋の扉が開いた。ハヤトだ。

 

「うわぁッ!?」

 

 驚いた理穂は、伸びていた手を引っ込めた。

 姉の尋常じゃない様子に、ハヤトは怪訝そうな顔をする。

 

「何してんの?」

「な、なんでもいいでしょ!ていうか、ノックくらいしなさいよ!」

「ごめん」

 

「で、何か用?」

「冷蔵庫にあったプッチョンプリン食べていい?3個入りの」

「いいけど、あたしの分も残しておいてよね」

「は~い」

 

 ハヤトはドアを閉めて去った。

 

 危なかった。純心なハヤトは姉を嘲笑ったりしないだろうが、下手すればカイや幼馴染に情報が漏らす出所になりかねない。

 

 理穂はスマートフォンを手に取った。

 

 記載された電話番号を1文字1文字慎重に打ち込んでいく。

 アルバイト希望の電話なんて初めてだということもあったが、何より、秘めたる欲求の満たしどころが見つかるかもしれないという逸る気持ちが、彼女を極限の緊張状態に追い込んでいた。

 

 全ての数字を打ち込んだ。

 

 あとは発信ボタンを押すだけだ。

 

 

「姉ちゃん」

 

 再び、扉が開く。今度はカイだ。

 

「うわぁッ!?」

 

 思わず、スマートフォンを胸に押し付け隠す。

 姉の行動に、カイは首を傾げた。

 

 

「何してんの?」

「な、なんでもいいでしょ!ていうか、アンタ達本当にノックしなさいよ!」

「ごめん」

 

「で、何か用?」

「俺もプッチョンプリン食べていい?あと2個しかないけど」

「いいわよ。最後のはあたしの分だから」

「はーい」

 

 カイが去り、扉が閉まったのを確認した理穂。大きく深呼吸して、鼓動のリズムを整える。

 

 ディスプレイ上の発信ボタンをタッチした。

 3回のコールの末、電話に出たのは女性だった。淡々として聞き取りやすく、品の感じられる声の持ち主だ。

 

 〈―――はい、GPB喫茶リリー・マルレーンです〉

 

「あ、あのっ!求人誌見て電話させていただきました!」

 

 〈アルバイトの応募ですね。店長に代わりますので少々お待ちください〉

 

「は、はい!」

 

 その後、理穂は店長を名乗る女性と通話し、面接の約束をとりつけた。

 

 〈では、仲吉さんが来られるのをお待ちしておりますね〉

 

 最後の言葉を「ありがとうございました」で返し、電話を切った。通話を終えた理穂の心臓は、まだ高鳴り続けている。まだ採用が決まったわけではないが、密かな夢が現実に近づきつつあることに、落ち着いてはいられない。

 

 深呼吸。

 

 肺の空気を入れ替え、新鮮な酸素が脳に届いたとき、張り詰めていた彼女の神経が、ようやく歓喜の感情を認識した。

 

「やった……やったっ!!」

 

 

「何がやったなんだ?」

 

「ギャアァぁッ!?」

 

 スプーンを口に銜えた城ヶ崎が、開いたドアの前で立っていた。

 

「ああアンタッ!いつからそこにいたのよッ!?」

「お前がどっかに電話してた途中から」

 

 銜えていたスプーンを取り出す城ヶ崎。

 

「だから、ノックしなさいよッ!!」

「したさ。でも返事なかったから入った」

「ったく……で、何の用?」

 

「プリンもらってるぞ。あと1個しかなかったけど……」

 

 刹那、彼の顔面にホビージ●パンの表紙を投げつけた。

 

「ぐはっ!」

 

「あたしの分は!?」

 

 

  ◇    ◆    ◇    ◆

 

 

 

 時は流れ、4月末。

 

 

 電車に乗っていた理穂は、窓の向こうを眺めた。初出勤の日に見た線路沿いの並木の桜は完全に散りきってしまい、空では燕が舞っている。

 住宅街の屋根から突き出たポール。それに繋がれた3匹の鯉のぼり達は、来週に控えたこどもの日を待ちながら、惜春の光の中で悠然と泳いでいる。

 

 ゴールデンウィーク1日目。理穂がバイトを始めて、2週間以上経過していた。

 

 定期券で自動改札機を通過し、地下通路を通って最寄りの出入り口を目指す理穂。始めて来たときは少し迷ったここも、今ではすっかりお馴染みの風景になった。

 出入り口を出た先にある大通りを外れ、やや人通りの乏しい裏道に行く。そこの雑居ビルの二階が、彼女の職場だ。

 

 年季が汚れと共に混在する狭い階段を上がると、その風景とは不釣り合いな立て看板が見えてくる。その脇には、ジオン公国の紋章が描かれた自動ドア。半開きのそれを通過すると一転、モノクロを基調としたブルーライトーの近未来的な景色が来訪者の視界に写る。

 ここがGPB喫茶“リリー・マルレーン”だ。

 

 カウンター脇にあるドアから、スタッフルームに入る理穂。

 彼女を出迎えたのは、事務所の机の上で注文書らしき物を書き込む女性の挨拶だった。

 

「おはよう。リボンちゃん」

「おはようございます、店長」

 

 黒い艶やかな長髪に、ジオン軍の佐官服。ペンを持つ右手とは反対に大きな扇子を手放さない左手。デスクワーク中のため、いつもマントのように羽織っている大きなコートは背後の壁に掛けられている。

 『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』に登場する“宇宙の蜉蝣”シーマ・ガラハウに扮した、リリー・マルレーンの店長・柴摩(しま)アカネだ。

 

 大胆不敵かつ、非常に好戦的な女傑で知られるシーマの衣装を身に纏っている彼女だが、本物が持っているキャラクター性を再現できていない。

 その原因はアカネ自身の童顔だった。本家のシーマ・ガラハウの魅力は、完熟した女の魅力と、常に影を纏った陰惨な言動にある。しかし、彼女のシーマにはそのどちらもなく、代わりにあるのは、初々しい愛らしさと、牧歌的な陽気さだった。まさに正反対。そんなものだから、客と店の者からは“童顔シーマ様”とも呼ばれている。

 

 もしも、『STARDUST MEMORY』においてデラーズ閣下が彼女を正しい方向に導けたとしても、店長のようにはならない。もしも、これが閣下の成した技なら、デラーズはニュータイプよりも早く時間すら支配したことになるだろう。

 職場のある人がそんなジョークを言うと、アカネは爆笑し、大層歓喜した。彼女は見た目以上に年齢を積み重ねており、若く見られることが無条件で嬉しいのだ。

 その上、彼女はガンダムシリーズの熱烈なファンで、とりわけ『STARDUST MEMORY』が一番好きなのだ。自分の仮装をシーマに選んだのも、店の名前をリリー・マルレーンにした理由も、全てそれが理由だった。

 面接の日。理穂が1年戦争好きな父の影響で、『STARDUST MEMORY』全13話を3度も見せられた話をすると、彼女は「星の屑最終局面にて、ノイエ・ジールがソーラー・システムのコントロール艦を破壊するべく、ミラー表面を飛び駆けるシーン」の魅力を鼻息を荒くして熱く語りだした。そして、弟達の名前がホワイトベースのメンバーから付けられ、また自分も下手したら「セイラ」という名前が付けられたかもしれない(母親のおかげでそれは阻止された)というエピソードを話すと、即座に採用が渡された。

 この童顔シーマ様は生粋のガンダムマニアなのだ。

 

「あ、そうそう!ついにリボンちゃん用の衣装ができたわよ。更衣室に巴ちゃんいるから、出してもらって」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 理穂は会釈のような一礼をして更衣室に入る。

 

 アカネの言う通り、そこには華咲(はなさき) (ともえ)の姿があった。

 

「おはよう、仲吉」

 

 すらりとした長身に、しなやかな肢体。砂時計のように縊れた腰、豊満な胸。モデルのようなその身体をペーネミュンデ機関の士官服に包んだ彼女は、理穂に微笑みを与えつつ、ロッカーから何か取り出していた。赤毛のウィッグだ。店における彼女の役は、『機動戦士ガンダムMS IGLOO』のモニク・キャディラック特務大尉なのだ。

 

「おはようございます。巴さん」

 

 華咲 巴は、この店で半年以上働いている理穂の1つ上の先輩である。市内でも有名なお嬢様学校に通っているとだけあって、その言動は聡明で品を感じずにはいられない。

 

「あの、私の衣装ができたと聞いたんですが」

「ああ、それならあっちのハンガースタンドに。今出そう」

 

 巴は持っていたウィッグをロッカーの中に戻し、様々な衣装が吊るされているハンガースタンドに向かった。

 

「前使っていた衣装は寸法が合っていなかったからキツかっただろう」

 

 彩色豊かな衣装を掻き分けながら、巴は言う。

 

「はい。前の人が使ってたものらしくて、ぶかぶかでした」

「私も来たばかりの頃はそうだった」

「そうなんですか?でも、巴さんスタイル良いから何でも着こなせそう」

「私の場合、小さかったんだ。胸回りなんて特に」

「あ、そうでしたか。あはは……」

 

 彼女は嫌味を言ったわけではない。先輩が公明正大な人柄であることを理解していた理穂だが、彼女の体型と自分の体型を比べると、軽く傷つかずにはいられない。

 

「見つかったぞ。これだ」

 

 白と赤紫。ミニスカートとブーツが付き、肩の部分が肌蹴たその衣装は、地球連合軍の制服であるのにも関わらず、少女的で可愛らしい。

 リリー・マルレーンで使われている衣装のほとんどはアカネの手製だが、どれも完成度が高い。しかも、店員に合わせて作るオーダーメイド式なので、着映えが良い。童顔シーマ様曰く「コスプレもガンプラバトルと一緒。手を掛けるほど美しく、強くなる」とのこと。強くなる意味は解らないが、とりあえず店長の被服製作技術はプロ級だということは理穂にも理解できた。

 

 

「ありがとうございます」

 

 服を受け取り、自分のロッカーを開く理穂。巴も自らのロッカーの前に戻り、ウィッグをセットする。

 2人のロッカーは隣同士だったので、自然と会話が発生した。

 

「この間の申請書の助言、ありがとうございます」

「ああ、構わないさ。学校からアルバイトの許可は下りたのか?」

「はい、なんとか」

 

 このアルバイトを始めた頃、理穂は仕事以外のことで悩みを抱えていた(バカな幼馴染のことではない。それはいつものことである)。

 理穂の通う高校は原則、アルバイトが禁止なのだ。ただし、アルバイトをする“正当な理由”がある者のみ、申請書を学校に提出することで許可される。母子家庭の理穂は、その“正当な理由”とやらを満たしているため、正直に書けば許可が下りるのは確実だった。

 理穂の悩みの種は、その用紙の1つの項目にあった。「アルバイトの内容」。風俗関係に誤解される恐れもあったが、それ以上にありのまま書くのは恥ずかしかった。何かの間違いで幼馴染にでも見られたら、最悪だ。死ぬ。灰になって死ぬ。かと言って適当に書いたら、申請に支障をきたしかねない。

 

 どうしようか悩んでいたとき、声を掛けてくれたのが巴だった。彼女は理穂の相談に乗ってくれるばかりか、申請書を書くのを手伝ってくれた。お陰で、GPB喫茶ではなく普通の飲食店で働いているかのような文章を項目に書き込むことができたのだ。

 

「あたし、あんまりこのアルバイトのこと、周囲に知られたくないんですよ」

「分かるな。私もそうだ。家族には隠している」

「ああ……やっぱり、巴さんは頼りになります」

 

 理穂に仕事のいろはを教えたのも彼女である。巴は要領がよく、仕事が早く、人をまとめるのも上手い。アカネからの信頼も絶大で、実質的なバイトリーダーだ。

 

 理穂は同僚の中で特に、彼女を慕っていた。頼りになるというのも勿論あるが、誰かを頼りにするという経験自体、理穂には新鮮だったのだ。

 理穂は物心ついた頃から、しっかり者だった。しっかり者でいるしかなかった。宿命と言ってもいい。いつも隣にいるのは、やや幻想めいた恋愛に憧れ、気の弱い女の子ばかり追いかけるバカ男子。後ろにいるのは、まだ十年も生きていないやんちゃな弟達。前を歩くはずの両親は共働きで、ある日片方とは死別。理穂は、生まれてから高校生になるまでの時間の殆どを、“頼られる存在”として過ごしてきた。

 しかし、巴といるときは違う。彼女は自分の先を行く存在で、いわば“姉”のような存在。それは自然と自分に“妹”“頼る存在”としての地位を与え、理穂の人生に新たなエッセンスを与えていたのだ。

 

 巴だけでない。

 

 理穂が赤紫色の連合軍テストパイロットの制服に身を包み、白いロングブーツを履き、金髪のウィッグを被ったとき、彼女は“姉”としての自分を忘れ、“妹”キャラに変身できるのだ。

 

 彼女の役はステラ。『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』のステラ・ルーシェである。

 

 

  ◇    ◆    ◇    ◆

 

 

「お還りなさいませ。少尉殿」

 

 来店した4人の大学生に、満面の笑顔を振りまく理穂(ステラ)

 

 GPB喫茶では、こう言って客を迎える。来るものは皆、無条件で少尉の階級が与えられるが、会員証を提示して来店した客はその色によってさらに上の階級で呼ばれる(サービス内容に変化はない)。

 

「きゃっ、ステラだー♪」

「可愛い~」

 

 4人の内、2人は女性。残りの男性は以前にも来店したことがある。地元大学の模型サークルの人達だ。

 年上の女性たちの黄色い声は、接客するステラの内心に少なからず染み込んだ。営業スマイルの下で、歓喜に悶える理穂。綻びそうな表情を顔の筋肉で押さえつつ、その少尉達を席に案内する。

 

 オーダーを訊くと、理穂はすぐさま厨房スタッフにそれを伝えにいく。

 

 料理が出来上がると、理穂はそれを4人の少尉の席に持っていく。

 

「はい。ごはん……」

「わぁ!ありがとう、ステラ♪よーし、お礼になでなでしてあげる!」

 

 1人の女子大生が言った。それを、隣の男性が窘める。

 

「こらっ、お触りは禁止なんだぞ?」

「え~?いいじゃん」

 

 そんな彼らを見て、理穂はあえてこう言った。

 

「なでなで……?」

 

 人差し指で唇の下を押さえ、小首を傾げる。我ながらあざとい演技だと理穂は感じていたが、「今の私はステラだから」などと自分に言い聞かせて、女性たちにより初々しさをアピールした。

 

 当然、女性たちはより歓声を上げる。

 

「きゃぁぁぁ~~~!可愛いっっ!」

「ね、ちょっとだけなでなでしてもいい?いいでしょ?」

 

 早くしてくれ。カモン。カモン、プリーズ。理穂も求めていた。

 

 ステラらしくコクリと頷いてしゃがみ、テーブルの淵に顎を乗せる。上目遣いも忘れない。

 

 すると、1人の女性がその金髪を優しく擦り、もう一人の女性も待ちきれずステラの頭に手を伸ばす。男性はさすがに躊躇っていたが、1人は「やべ、めちゃくちゃ可愛い……」と呟き笑い、もう1人は羨ましいと声を上げていた。

 

 まるで、気分は仔猫のようだった。愛玩動物になった感覚を持ち帰り、理穂はカウンターに戻る。

 

 ステラは良い。コスチュームに身を包んだ理穂は、何度も思った。

 

 劇中、主人公・シンに好意を寄せていたステラだが、その存在の本質はシンが遠い過去に失った妹の投影だ。つまり、ステラは妹としてのキャラクター要素を強く持っている。彼女になりきれば、理穂は自然と仲吉家長女としての自分を忘れられた。

 ここには、小学生の弟達も、小学生レベルの幼馴染もいない。普段の自分を捨て去った理穂(ステラ)は、働きながらも至福の時を満喫していた。

 

 やがて、新しい客が来店する。大柄の男性だ。彼はその手に会員証を持っていた。色は黒。店で発行いている中では最高位のものだ。

 

「お還りなさいませ。大佐」

「ウム、ありがとう。おや?新人さんでゴワスか?」

 

 張った頬に、表情の変化に薄い四角い目。坊主刈りの頭と、ポッコリと前に出たお腹が特徴的な男性。アキバ系という雰囲気は微塵にもなく、どれかというと、健康優良児の成長形態と形容するのが妥当かもしれない。

 

 役になりきるか、まずは普通の接客でいくか迷ったが、後者を選んだ。

 

「はい。最近入りました」

「そうでゴワしたか。おいどんも最近ご無沙汰だったでゴワしたからな~。あ、テーブル席を所望するでゴワス。このあと友人が2人くるでゴワス。オーダーも、彼らが来てからでお願いするでゴワス」

「はい、かしこまりました」

 

 大佐の要求通り、テーブル席に案内する理穂。自前のガンプラを取り出し眺めている彼に水を運ぶと、理穂はおあいそを宣言した客のお会計に入った。

 

「では、お気をつけて。いってらっしゃいませ」

 

 店を去る客を見送った理穂。出入り口脇のレジを去ろうとしたとき、呼びかけられた。

 

「あの、すいません」

 

 入れ替わりで来店した客。そう判断した理穂は振り返って、お決まりのセリフを全開の笑顔と共に放つ。

 

「お還りなさいま……」

 

 会員証の有無を確かめるつもりだった。来客した客は持っていない。しかしその代わり、その客の手には指貫グローブがはめられている。

 

 理穂が知る限りで、こんな中二臭い代物を身に着けている奴なんて、ダ●ゴを除けば、1人しか心当たりがない。

 

 固まった。身体のあらゆる神経が凝結し、血の気が急速に引いていく。

 

「何やってんだ、お前……」

 

 赤みがかった茶髪のエアリーヘアに、黒光りする皮ジャン。この場に最も来てほしくない男が、自分の仕事のことを最も知られたくない男が今、ステラの目の前に立っている。

 

 そう、城ヶ崎だ。隣に山田を連れている。

 

 幼馴染の訝しげな視線を受けて、ようやく神経が回復した理穂。エクステンデットの能力を最大限フル回転させ、この状況の打開策を瞬時に練る。

 

 ◆プラン(A) 意味不明な外国人になりすましてその場から逃げ出す(南こ●り式対処法)

 ◆プラン(B) 殺虫剤ぶっかまして目を潰し、トイレに閉じ込める(ト●ティ式対処法・改)

 ◆プラン(C) とりあえず殺害する(王道的対処法)

 ◆プラン(D) 役になりきってその場を乗り切る(リリー・マルレーン式対処法)

 

 プラン(A)は室外のみ有効なので不可。プラン(B)は殺虫剤がないし、トイレも遠いので無理。プラン(C)が一平和的だが、一撃で敵を仕留める力が、月刊ホビージ●パンにあるとは思えない。1月の増刊号なら何とか出来たかもしれないが。

 必然、プラン(D)が対処法として選ばれた。

 

「えっ、どなたでしょうか?」

 

 まず、シラを切った。

 

「いや、リボンだろ。お前、こんなとこで働いてるのかよ?」

 

「知らないッ!!お前なんか知らないッ!!」

 

 妹キャラを捨てて、エクステンデットになるステラ。願わくば、本当に記憶処理されてしまいたい気分だった。彼女にとって、今日ほどロゴスやファントムペインのやり方を支持したことはない。

 

 原作ならば、自分を覚えていないと言い張るステラにシンはショックを受けるのだが、こっちの(シン)(すすむ)はハートが強かった。

 

 彼は憮然として呪文のように何かを語りだした。

 

「……小学1年生『白馬の王子様が早く迎えに来ますように』。小学2年生『中川先生のお嫁さんになれますように』。小学3年生『運命の人と出会えますように』……」

 

「!!?」

 

 その呪文を、理穂は知っていた。というより、何故それを城ヶ崎が知っているのかが理解できなかった。

 状況を唯一分かっていない山田が、彼に尋ねた。

 

「なんだじぇ?それ」

「恋に恋する少女の七夕の短冊に秘めた願いの数々。小学4年生『篠原君とデートできますように』。小学5年生『篠原君と松木さんが別れますように』。小学6年生『篠原君が消……」

「言うなァッッ!!」

 

 断末魔と共に、彼の顔面にホビージ●パン6月号を叩きつけた。

 

「ぐはっ!」

 

「何、人の黒歴史暴露してんのよッ!!この最低男!!」

「やっぱリボンじゃねーか……」

「ああそうよッ!!アルバイトしてんのよッ!!あたしだって、たまにはちやほやされたいのよッ!!悪い!?死ねか!?アンタが死ね!!」

 

 薬が切れたせいか、キャラ崩壊を引き起こすエクステンデット。その怒号に、店中の視線が出入り口に集まる。客の1人が、3人の元に歩み寄ってくる。焼き立てパンのようなふっくらした頬と、特に腹の脂肪分が豊富な恰幅が特徴の大佐だ。

 

「何やってるでゴワスか?進」

「おお、ドン助。先についていたのか」

 

「へっ?アンタの知り合いなの?彼」

「おう。コイツこそ、我が城ヶ崎フォースが誇る最高のガンプラビルダー。ナンバー05、碇ドン助だ」

 

 

  ◇    ◆    ◇    ◆

 

 

 

 

 

 

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