ガンダムビルドファイターズ Evolution 作:さざなみイルカ
《⑦》
「フェアリーストラァァァイク!」
ほのかが放った次なる攻撃は、フェアリーのもつ最強の技だった。
光を凝縮したその右足は、大気を貫きながらポセイドンに迫る。
ブーメランやピストルが通用しない上、体術もまったく歯が立たないともなると、攻め方は限られる。フィールドもただただ平坦なだけの森なので、オブジェクトの利用も期待できない。
必殺技は苦肉の策だった。
それでも、ドン助は動じない。
ポセイドンは顔前面で両前腕を合わせた。そして、ビームシールドを展開する。
フェアリーストライクが直撃した。
しかし、その勢いはポセイドンの体重と腕力によって、エネルギーはビームシールドによって、それぞれ遮られた。
「ゴワス!」
腕を振り、妖精の華奢な身体を跳ね返す。バーニアを吹かせながら宙返りする敵機に、次なる攻撃を差し向ける。
「どす恋ミサァァァイルッ!」
12発のミサイルが快晴の青空に放たれた。熱源を求める弾頭達は、各々の軌道を描きながら目標へと飛ぶ。
フェアリーは咄嗟にハンドグレネードを
手元を離れたそれは、すぐに爆発。発生した熱と光と風が、最初に突っ込んできたミサイルを誘爆させ、後続の11発を妨げる無形の防御壁となる。
なんとか追撃は防げた。
フェアリーは着地し、相手に前面を向けたまま後退。距離をつくる。
「うー、参ったな…」
次の攻撃を窺いつつ、ほのかはこの劣勢に軽い唸りを上げる。
彼女を悩ませるのは、ゲドラフの強固な防御性能に阻まれるフェアリーのパワー不足だった。
単純な話だが、敵の耐久値を削れないということは、勝機もないということとほぼ同義である。
通常、相手が堅牢で自らの火力が乏しい場合、弱点を突いたり、防御体勢が困難な状況に追い込んだりするなどして、ダメージを与えていく。それは本来、ほのかとフェアリーノーベルが得意とする戦法であるはずだった。しかし、今の彼女にとってそれは困難だ。何故か。
城ヶ崎はその答えを知っている。
「ポセイドンの真に鉄壁たる所以は、その性能だけにあるんじゃない。それを操るドン助の揺るぎない
城ヶ崎は言った。隣の山田か、それとも、対戦相手のほのかに語ったものか定かではない。
ただ、それに言葉を返したのは、そのどちらでもなかった。
「慌てない、焦らない、無駄な動きもしない。ただ淡々と、それでいて悠然と、的確な対処をこなす。敵の奇策を許さない不動のバトルスタイル……そんなところか?」
先刻まで座っていたまどかが、彼の側まで歩み寄ってきた。手にはペットボトルのコーラ。新品だ。さっきまで口にしていたのは、もう飲み終えてしまったらしい。
プシュ、っという炭酸が空気中に抜ける音を耳にして、城ヶ崎は天敵の姉の方に視線を
「お前、よく飲むな」
二口三口と飲んで、まどかは言葉を返した。
「気にせず、モブらしく解説を続けてくれ。万ジョー」
「モブでも万ジョーでもねぇよ」
「彼は自分から攻めないのか?」
「攻めるさ。今にな。一度攻勢を始めたら、ヤツのノーベルなんてイチコロさ」
「ほぅ」
「心配してやらないのかよ?妹だろ」
「なんで私がアイツの敗北を気遣うんだ。むしろ、派手に負けてくれると私は気分がいい」
そう言って長髪眼鏡の蒼目少女は、再び黒い炭酸飲料を口に流し込んでいく。
「そうでごぜーますか…」
城ヶ崎は目線をドームに戻した。
ほのかの敗北を望んでいるのは、自分も同じはずだった。しかし、何故か彼女の発言には賛同できない。おそらく、彼女のようなタイプが苦手だからだろう。
計算高そうな女は嫌いだ。城ヶ崎はそう心に呟きつつ、試合観戦に意識を向けた。
間もなく、ドン助の攻勢が始まる。
「
黄色い魔人の双肩にある二枚の輪が合わさり、その身体を巨大な螺環に閉じ込める。唯一殻に納まらない脚部は、左右合体して頭足類の本体と化した。
アンモナイト型のMA。ドン助の作りしガンプラ究極秘技その2にあたる、
「ええっ!?何それ!?」
当然ながら、その姿に対戦相手は驚く。しかし、城ヶ崎の隣にいる同じ蒼い瞳をもった少女の反応は、意外と淡白だった。
「ほぉ、センス良いな」
呟くと、ふたたびコーラをぐびぐびと口に流していく。
「いくでゴワス!エンジン始動!走れ、ゲドラフ!愛の限り!!」
車輪が回転を始めると共に、アンモナイトの身体は緑の大地を滑り出す。轟音を上げ、木々をなぎ倒し、ブロンドの妖精に迫る。
避けられた。
すると、アンモナイトは車輪を左に捻り、身体についていた勢いを殺して方向転換する。
一連の動作は素早くない。むしろ、重い。だが、その重量感が見る者と対峙する者に強い威圧感を与えるのだ。
光芒が翔んだ。二閃。フェアリーのビームピストルである。
しかし、爆走するポセイドンに細い光軸など些末な攻撃に過ぎない。車輪の回転が二閃とも弾く。
再びアンモナイトの螺環が接近するとき、迎撃を断念したフェアリーは土を蹴って空中に身を逃がした。
「そこでゴワス!」
次の瞬間、アンモナイトの胴体部分にあたるポセイドンの足が、空飛ぶ妖精に向かって放たれた。
2本の鉄線で本体と繋がれたその足は、鋭く伸びた6本の爪でほのかの機体を捉える。ワイヤーレッグだ。
「きゃあっ!」
軽量体のノーベルを引き寄せたポセイドンは変型を解除。敵機を捕まえている足の代わりに、太い両腕で大地に立つ。
「このまま一気に勝負を決めてやるでゴワス!」
勝負の流れを掴んだドン助。ポセイドンのヒートクローが、陽炎を放ちながら静かに光る。
決着も、時間の問題だ。
◇ ◆ ◇ ◆
まどかは天才だった。それは、ガンプラバトルでも同様だ。
様々な技巧を産み出す豊かな発想と、状況を素早く見極める蒼い瞳。制作においては前者が、対戦においては後者が、それぞれ力を発揮したが、それらを最大限活かしたのは、機械のように精密な彼女の十指だった。
彼女は超人的な理数的頭脳の他に、優れた器用さの持ち主でもあったのだ。
その指先は想い描いた通りの機体を作り出し、数学的な分析に基づいた戦術戦法を可能にし、まどかの頭脳とバトルフィールドを繋げ、勝利を手繰り寄せた。
ダッチボーイと名乗っていた彼女には、代表的な2つの“武器”がある。
1つは、粒子形成情報の入力による粒子変容で彼女の使用するシュピーゲルの姿を変える“変身能力”。
これはバトルフィールドのオブジェクト形成プログラミングを応用した技で、ガンプラバトルが始まって十年目の段階で既に原理としては確立していた。
ただ、バトル中に一人のプレイヤーがオブジェクトと同等の物質を形成するために必要なプログラムを入力するのには、最低でも数分かかってしまうため、実戦では使える技術ではなかった。まして、バトルと平行して専門的数式をタイピングするなど、不可能に近い。
あるガンプラファイターはパートナーと協力し、片方がバトルを、もう片方がプログラミングを担当することで、機体の一部を別の武装に変化させる技術を、公式戦で使えないか試したことがあった。
結果は地区大会初戦敗退。
専門でプログラミングを担当する者がいたとしても1分以上の入力時間が必要な上、機体変化に成功してもそれが勝利に繋がる保証はない。それどころか、ガンプラに本来ない部位が追加されたことで性能や重心バランスに変化が起き、本来の性能を発揮出来なくさせてしまったのだ。
成功させれば、バトルフィールド上でガンプラを変幻自在に変身させる夢の技術。まどかは世界でただ一人、その夢を手中に納めたのだ。
優れた器用さをもつ彼女は、タイピングの入力速度も尋常ではなかった。一秒間に21文字。これは常人の40倍以上のスピードである。
しかも、数字に対して無類の頭脳をもっている彼女は、プログラミングを簡略化させる独自の数式を複数編み出していた。そのため、入力時間を格段に短縮させることに成功。機体の一部どころか、全身をまったく別の形につくり変えることすら、十秒間の内に成してしまっていた。
これはもはや、天才というより化け物である。
その気になれば、愛機を何にでも変身させられる彼女だったが、その技の用途を1つに限定した。それが、相手と同じ機体に変身させること―――ドッペル戦法である。
ダッチボーイはこの戦法を以て、向かってきた幾多の猛者達を同じ似姿で返り討ちにした。
同じ機体での敗北は、敗者に特別な意味を与える。ファイターとしての純粋な力量が劣っていることを、証明されてしまうのだ。性能に差があれば、「相性がわるかった」などと自分を慰めることも出来ただろうが、ドッペル戦法での敗北はそんな言い訳も赦されない。
ダッチボーイに対戦した者の中には、敗北をきっかけにガンプラバトルを辞めたものも少なくない。
ドッペル戦法がダッチボーイの迎撃の柱だとすれば、もう1つの“武器”は襲撃の柱だ。
粒子殺しの大刀――別名“プラフスキー・キラー”。シュピーゲル・ゲシュペンストに確認された唯一の手持ち武装だ。
見た目は普通の実剣長柄武器だが、その内に仕掛けられた秘密は、世界大会の強者たちを戦慄させた。
その名の通り、プラフスキー粒子を殺すのだ。
正確には、バトルシステムのプレイヤーコンソールの影響を受けた2次変換型粒子、つまり、バリア形成やアブソーブシステムなどによって変容させられた粒子を破壊し、元の1次変換粒子に戻すのである。
粒子変容が主流化していた当時にとって、この武装はこの上ない驚異だった。
ゲシュペンストの変身能力を警戒したモビルスーツ達はこのプラフスキー・キラーの刃によって、変容した粒子諸とも切り裂かれ散っていった。
時代の侵食者である。
ドッペル戦法とプラフスキー・キラー。この2つを以て、ダッチボーイは優勝トロフィーを最年少にしてその手に持った。
しかし、そのキャップとフードの下に隠れていたまどかの瞳はとても憂鬱な光を宿していた。
(つまらない……)
世界大会に出場した。しかし、優勝など求めていなかった。
世界の強豪が自分の作ったシュピーゲルを打ち破り、彼女に新しい景色を見せてくれると、まどかは期待していたのだ。
大会に出場する一年前、彼女は父親の腕を越えてしまい、行動範囲の中で自分より格上の実力者を失った。世界大会にいけば、何か新しい刺激と巡り会い、自分の脳に新しい何かをもたらしてくれる。そう信じていた。
しかし、それは間違いだった。世界から見た景色は、意外と陳腐で殺風景だということにまどかは気づいてしまった。
(こんなもののために、私はここに来たんじゃない)
新しい覇者を歓迎する声と紙吹雪の中、天辺に地球が刺さった金色の塔を見つめてまどかは舌打ちした。
そのとき、ガンプラバトルに見切りをつけようとすら、彼女は考えた。
煩わしい表彰式やインタビューを終え、控え室で別の格好に着替え、会場を後にしたまどか。
牛乳ビンの底のような眼鏡に、2本に結んだ長髪。優勝トロフィーは持って帰らず、後日自宅配送してもらうようにした。そのため、水色のシャツにスカートを身に付けた彼女を今大会の優勝者だとは、誰も気付かない。
ダッチボーイを出待ちするファンとマスコミの背中を素通りしたまどかは、会場郊外の公園を目指した。
公園の傍らの駐車場。1台の車のバンパーに
「優勝おめでとう、まどか」
娘の好物であるそれを向けて、父は言葉をかけた。
「ありがとう。父さん」
トロフィーよりも、彼女にとってよほど価値があるその飲み物を手に取るまどか。ヘアゴムを外し、眼鏡を普段のものと掛けかえ、コーラを飲む。
「あー、疲れた。閉会式長すぎだろ。お陰で脚が痛い」
「あはは。大金かけて開催している大会だから形式はしっかりとしておきたいんだよ」
「来年からは
「ヤジマ・エキサイト・シティっていう都市型商業施設に改装されるそうだよ」
「ふーん……」
公園の木々の向こう。ぽっこりと頭を出したスタジアムの屋根を、まどかは見つめた。
10年以上前に建設され、現在に至るまで改築と増築を繰り返されてきたガンプラバトルの“聖地”。しかし、その意味合いは来年からは過去のものとなる。時代の流れだが、必然のようにもまどかには思える。
「ところで、母さんとあのやかましい猿はどこだ?」
「コラコラ、妹のことを猿とか言わない。トイレに行ってる」
「戦場から帰還した姉上を迎えてもくれないのか。淋しいな」
心にもないことを呟く娘に、返答に窮した父は頭をかく。
「ところで、まどか。優勝トロフィーはいつ家に届くんだい?」
「1週間後だって」
優勝しても、まどかは淡白だった。彼女が欲しかったのは予想を超える敗北であって、勝利の栄光ではなかったのだ。まして、それを形にした代物など返納すらしたかった。
しかし、しなかった。出来なかったというのもあるが、理由が別にあったのだ。
「まどか、おかえり~」
妹である。妹と母親が車に戻ってきた。
まどかは、返事の代わりに
小学校に上がって以降、姉妹の会話は口論を除いて殆ど無いに等しい。ほのかは一方的に話しかけてくるが、まどかはそれを無視するか、批判や皮肉で返しているのでこうなったのだ。
まどかに、血を分けた実の妹と仲良くする気など毛頭ない。むしろ、嫌いでいたかった。
「まどかも帰ってきたし、ゴハン食べに行こ!ゴハン!もう、お腹ペコペコ」
「こら、ほのか。他に言うことないの?」
「うーんとね……、おめでと」
母に
まどかは気にしなかった。ほのかが祝いの食事を目当てに優勝戦を観にきたことくらい、簡単に察しがつく。
「ねぇー、早くゴハン食べにいこうよー。おーとーおーさーん」
父の片腕を引き、右に左に揺れる猿。父はもう片方の手で頭を掻いて苦笑する。
「……じゃあ、どこに食べにいく?」
「バイキング行きたい!」
「まどかに訊いているんだよ。まどかのお祝いなんだから」
「えー!?いいじゃん!どうせ、コーラが飲めたらどこでもいいでしょ?ねぇ~、バイキング行こーよ。バーイーキーンーグー」
「ああ、もう。まどかはどうしたい?」
どうでもいい。それが、まどかの返事だった。
「やった!じゃあ、決まりだね!それじゃあ、レッツゴー♪」
歓喜に拳を挙げ、車に乗り込むほのか。呆れる母親が後に続いて助手席に入る。
さっきの返事が本心なのか、諦めなのか、まどか自身にも分からない。ただ、甘える妹に困る父の表情を見ていると、自我を殺さずにはいられなかった。
父はとかく優しすぎる。誰のことも拒みはしない。ワガママな妹も、歪んだ自分も。故に、誰からも愛される。しかし、彼を巡って対立も起きやすい。
その対立を目の当たりにして困惑、あるいは悲しむ父の顔を、まどかは見たくなかった。そのため、父の前での妹との喧嘩は避けたかった。
妹はそんな姉の心境を知ってか知らずか、家族での決めごとになるといつも父にすがる。父の前でなら、姉から譲歩を引き出せると学習しているのかもしれない。
忌々しいことだが、まどかにはそれ以外、あるいはそれ以上に危惧することがあった。
甘え上手な妹に、父が奪われる脅威である。
「……なぁ、父さん」
「なんだい?まどか」
運転席に乗り込もうとする父を呼び止めた。
「トロフィー、父さんの部屋に飾っていいよ」
「えっ、でもそれは……」
「私の功績?いいや、私にガンプラバトルを教えてくれた父さんの功績だ。その方がいい。それに、欲しかったんだろう。あのトロフィー」
父が若い頃、親友・時雨津浪とあの栄光を目指していたことをまどかは知っていた。
まどかの勝ち取ったあの賞杯が、その夢の代替になるかどうかはわからない。少なくとも、その努力の実りの1つ、その証明として意味があるのではないかと、まどかには思えた。
これが、まどかが優勝トロフィーを受け取った理由だった。
まどかは、この大会でガンプラバトルに見切りをつけていた。
しかし、彼女はこの後にも4度大会に出場し、ことごとく優勝する。彼女が見切りをつけたはずのガンプラバトルに数年も付き合い続けたのは、父の存在、そして妹への脅威があったからだ。
生まれつき甘え上手な妹。そんな彼女に父が奪われるかもしれないという脅威。それに対抗できるのは、父が生涯を賭け愛したガンプラしかなかったのだ。
ガンプラだけが、妹の脅威から自分の父を守ってくれる。
まどかの本当の敵は、世界大会にはいなかった。
◇ ◆ ◇ ◆
熱された6本の爪が、フェアリーの装甲を静かに蝕んでいく。
両腕ごと掴まれたノーベルは、身体を右に左に動かして必死にもがく。しかし、ポセイドンの身体はびくともせず、そのヒートクローが外れることも決してない。
「抵抗しても無駄でゴワス!バーサーカーシステムを搭載していないそのノーベルの力で、おいどんのポセイドンから逃れるなんて不可能でゴワス!」
「ううー。そっかー……」
さすがに観念したのか、フェアリーはもがくのをやめた。
しかし、次の瞬間。何か閃いた様子で手を叩いた。
「あっ、そうだ!ボクにはこれがあったんだ!」
足下の荷物から何かを取り出したほのか。コマンドデバイザーにスキャンさせると、そのまま粒子ドームにそれを投げ入れた。
〈乱入ペナルティ!70%!〉
稲妻が、境界を越えた新たなる来訪者を迎えた。
◇ ◆ ◇ ◆