のほほ~んとダンジョンに行くのは間違っているだろうか 作:takubon
「とりゃぁ~」
『─────ッ!』
間の抜けた声と共に、真っ二つにされた芋虫の様なモンスターは、鼓膜を劈く様な甲高い鳴き声を上げる。斬り裂かれた体はブクブクと膨れ上がって破裂して紫と黒が混じったような色の体液を周囲に撒き散らす
「おっとっとぉ」
飛んで来る体液を大きく飛び退いて避けると、先ほどまでいた地面に体液が落ち、じゅぅっという音を響かせて異臭を漂わせる煙をあげながら溶けた。もし直撃すればただでは済まないだろう
「ふぃ~、危ない危ない」
『全く厄介な奴等どもだな』
「だねぇ~」
相棒のデルフリンガーに同意し、本音は周りを見渡す。その感想は異様につきる
辺りの地面のいたる所から煙が上がって熔解し、異臭が立ち込めている。見える範囲の殆どに先程本音が倒した芋虫型のモンスターが大量に蠢いてた
『ったく、斬っても斬ってもキリがねぇな。大丈夫か?相棒』
「うぃ!まだまだぁ~」
喝を入れるように(本音的に)声を上げ、本音はデルフリンガーを構え駆ける。向かう先は野営地を構えた一枚岩。一列に連なっているモンスターの横を並走し、岩の麓で飛び上がって壁に着地。そしてその壁をよじ登ろうとしている先頭の芋虫型のモンスター二匹に斬りかかった
『『─────ッッ!!』』
切り裂かれたモンスターは壁から離れ、同じく這い上がろうとしていたモンスター達を巻き込んで落下し、その途中でお馴染みの破裂。さらにそれを浴びた他のモンスターも誘爆する様に次々と破裂し、より広範囲に凶悪な溶解液がまき散らされた。その威力で、一枚岩の側面一辺が大きく抉られている。本音は壁から大きく飛びのいてその範囲の外へ逃げる事に成功していた
「よっとぉ。みんなぁー、大丈夫~?」
「あぁ!こっちは大丈夫だ!」
地面に着地した本音は岩の上を見上げながら問いかけると、崖際で溶解液から守る為盾を構えていた者達の一人から返事が返って来る。それに対し本音は笑顔を返して再びモンスターの大群へと斬りかかって行った
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
本音が岩の麓でモンスター達を倒していく中、一枚岩の上ではロキファミリアの団員達が忙しなく動き回っていた。相手は倒しても倒さずとも腐食液をまき散らして来る厄介過ぎるモンスター。頑丈な盾も一度の攻撃で使い物にならなくなり、崖際の盾隊はすぐに予備の物を持って来る様に叫ぶ。その間から身を覗かせ、いつ途切れるか定かでない黄緑の列に愚痴を零しながら矢を射る者。傷を癒す回復薬も湯水の様に消費されていくが、けが人は後を絶たない
「リヴェリア殿、手前はもう一度行って来るぞ。あやつだけには任せておけんからな」
そんな中、両腰に二本、両手に一本、背中に二本ずつ刀を携えた椿が指揮を取っているリヴェリアの前に現れた
「あぁ、頼む。我々もあと少しで魔法を放てる。それまで時間を稼いでくれ。だが無理はするな。彼にもそう伝えて欲しい」
「承知」
椿はそう言うと脚力を活かし盾隊を飛び越えて行った。それを見送ったリヴェリアは手に持った瓶の中身の液体【
数時間前にモンスター達に強襲されて現在に至るまでに野営地の被害はかなりのものとなった。見張りの者からの知らせから野営地に残っていた面々はいち早く行動し、迎撃の為いつもの盾隊を前衛とし、後方に弓矢・魔法部隊を配置する布陣を取ったが、本音が異変に気が付き指示を出すも一歩遅く、矢で攻撃されたモンスターが破裂
その結果、飛び散った体液が盾隊に直撃。盾と身を纏う装備は無残に溶かされ、直接浴びた皮膚は溶けて黒に近い紫に変色し、惨たらしい姿となった
混乱する団員達はリヴェリアの指示の下、怪我人を担いで隊は一枚岩の上の野営地まで後退。後退する隊を守るため本音と椿が殿を務め、隊が下がったのを確認して一旦退避。その時、オラリオ最高峰の鍛冶師である椿が自ら打った刀も、刃の部分がボロボロになっていた事と、先程の溶解液を浴びた負傷者の惨状を見て団員達は一様に青ざめた。リヴェリアが指示を出すも、皆の動きはいつもの様にキレが無く、動きがぎこちないものとなってしまっていた
“みんなぁ~、いったんおちつこ~”
ロキ・ファミリアの団員達が動揺する中、いつもと変わらない声色が緊張の走る野営地に響いた。皆の視線がいつもののほほんとした笑みを浮かべている本音に集中する
“こういう時は深呼吸だよぉ~。ほら、吸って~吐いて~”
本音は大きく手を広げ息を吸い、手を下ろしながら息を吐く。気が付けば動きを止め、本音に習って団員達も深呼吸を取っていた。僅かだが気持ちが落ち着く
“ここにはでぃむなんやアイアイ達はいないけど、皆の指揮を取るあーちゃんがいる。かんちゃんもいるし、こるこるもいる、私もいる、でるるんもいる、みんなもいる。だからだいじょーぶ”
そののほほんとした声と表情が動揺した気持ちを静めていき、団員達の顔が先程までの狼狽した様子からしっかりとした冒険者の顔となっていく
“あのモンスター達を倒して、でぃむなん達に任されたここを守るぞぉ~”
『っ、おぉーッ!!』
本音と一緒に手を上に突き出し、団員達は皆気合の入った声が野営地に響き渡った
「(・・・全く、あれでは任された私の立つ瀬がないな)」
ともあれ今は眼前の敵だ、と意識を切り替えるリヴェリア。採取に行ったフィン達の事も気になるが、彼らとて同じファミリアの実力者達だ、心配はいらない。これは長年同じファミリアの仲間への信頼から来るものだった
「【──願うは、届く力】」
リヴェリアの耳が静かだが、それでいて力強さを秘めた詠唱を歌う声を捉える
「【──理想を追い求めるのはもう止めた。ただ守られるだけでいるのも止めた】」
自らの髪と同色の結晶が付いた杖を構えるその姿は、普段の様子とは全く違っていた
「【──抱くは、あの時この目にした憧れ。私も、私を信じてくれる笑顔の背中を守りたい】」
彼女の視線の先には、次々とモンスターに斬りかかる
「【──私には不相応なものだと承知の上で今一度願う】」
足元に広がる水色の魔法円(マッジック・サークル)が輝きを増し、魔力が膨れ上がる。そんな彼女の周りをゆっくりと風が舞い始めた
「【──来たれ、邪を穿つ吹き荒れる嵐よ】」
その風は徐々に強さを増していき、彼女を包みこんだ。最後にその魔法の名を述べ、詠唱は完成する
「【山嵐】!」
収束した風が四十八もの光玉となって彼女を中心に衛星の様に周る。そして指揮を取るように杖を前に掲げた
「・・・行って」
光玉はそれぞれ別々の軌道を描いて眼下に蠢くモンスター達に向かって行き、次々とその黄緑の体を貫き、風の刃で切り刻んで往く
絶命の間際に飛び散る腐食液も、本音と椿の周りを周る数個の光玉の風で弾かれ、野営地まで飛んで来るものも盾隊の前にある光玉が防いでいた。まさに攻防一体
「すごい・・・」
精神力(マインド)回復に努めている魔導士の一人が感嘆の声を漏らす。他の魔導士達も彼女──サラシキ・簪の魔法に目を奪われていた
「・・・っ」
「──かんちゃんッ!」
「!…いくよ、本音」
ふと、簪がほんの少しだけ顔を顰めた。それを見ていたのか、それとも感じ取ったのか、本音がこちらまで聞こえるように声を張り上げる。簪は頷くと杖を真っ直ぐに本音に向けた。すると、全ての光玉が本音の元へと向かって行く
「でるるん!」
『ほい来た!』
本音は自らの刀剣、デルフリンガーを天に掲げる。本音の元へ集まった光玉は、吸い込まれる様にその刀身に『吸収』されて行った。光玉が一つ吸収されるごとにその刀身は激しく輝き始め、薄暗い50層を照らす
『来た来たぁ!来たぜ相棒!』
眩い輝きを放つデルフリンガーから水色のオーラの様なものが纏わりつき、剣の様に形取った。その為、本音の持つ剣は一回り以上大きなものとなる。そんな本音の元へ、近くにいたモンスター達が囲むように一斉に襲い掛かった
「そぉーおーりゃぁー!!」
『『『『─────ッッ!?』』』』
本音はデルフリンガーを地面と水平に構えそのままぐるりと一回転。本音を取り囲んでいたモンスター達は水色の刃から生じた一陣の風に斬り裂かれると同時に消滅していった。上から見ると、本音を中心に円状に数十M(ミドル)のモンスター達が完全に消滅している。他にも、椿が太刀を用いて倒したお蔭で野営地の一枚岩の麓のモンスター達はほぼ殲滅したと言えるものとなっていた。が、まだ麓から数十M行った所には黄緑の大群が見え、蠢きながらこちらに向かってきている
「うっ・・・」
「っと、大丈夫か」
簪が目眩を起こした様にぐらつき、倒れそうになるのをリヴェリアが優しく支える。彼女は頷くも、その顔色は少し悪い。どうやら軽い精神疲弊(マインド・ダウン)になっているようだ
魔法とは自らの精神力を消費して行使される。それは体力と同じように限界があり、尽きかけるか尽きると起きるのがマインド・ダウンを起こして気絶する。モンスターが溢れるダンジョンで気絶は即ち命を落とす事に直結するのだ
「全く、まだ回復した精神力(マインド)が馴染んでいない状態で魔法を使うなど、無茶をする」
簪の近くに転がっている空の瓶を見て嘆息するリヴェリア。精神力(マインド)は自然に回復するのを待つ以外に、ポーションで回復する事が出来るが、飲んでからすぐに魔法を使うと回復したマインドが体に馴染んでいない為、魔法の行使後にマインド・ダウンを起こしてしまう
「すみま、せん・・・」
バツが悪そうに眉をハの字にさせる簪。それを見たリヴェリアは嘆息しつつも優しく慈愛の微笑を浮かべた
簪が無茶をしてまで魔法を使った訳は自分達が一緒にいるからという訳ではなく、今も眼下で戦っている同じファミリアの仲間達の為だ
「だが、今の魔法のお蔭でかなり数を減らす事が出来た。ありがとう」
それを分かっているリヴェリアは、後は私に任せろとばかりに簪に向けて同性でも見惚れてしまう様な勝気な笑みを浮かべた。頷く簪を他の団員に任せ、リヴェリアは白銀の杖を手に翡翠色の瞳を眼前の黄緑の大群に向ける
「(私も負けていられないな)────【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風(うず)を巻け】」
この戦場で誰よりも美しく在る彼女の玲瓏な声が響き渡る。足元に展開された魔法円が翡翠色に輝き、同色の光の粒子が舞う
「【閉ざされる光、凍てつく大地】」
他のエルフ等の魔導師達も詠唱を紡ぎ始め、本日二度目の一斉砲撃の準備をする。リヴェリア達の詠唱を背に、最後の時間稼ぎの為のほほん達は剣を振るい近づけまいと群がる敵を蹴散らしていく
「【吹雪け、三度の厳冬───我が名はアールヴ】!」
先頭に立つリヴェリアの詠唱の終わりを皮切りに、他の魔導士達も続々と魔法の行使過程を終える。魔法の完成を知らせる膨大な魔力が膨れ上がるのを察知すると、本音達は攻撃を切り上げて素早く安全圏まで後退する
「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」
氷、炎、雷等、様々な属性の壮絶な魔法攻撃が雨あられの様にモンスターの大群に降り注ぐ。芋虫型のその体は極寒の吹雪に凍てつき、あるいは燃えて感電して爆散する
魔法を打ち終わった後に残るのは爆発によって抉れ地形が変わってしまった大地と残火と氷。そして、もうまばらに数えるほどしかない黄緑の粒だけだった
魔法を撃ち終わった魔導士達や、他の団員達が歓声を上げる。達成感と興奮に包まれる野営地。残ったモンスターも瞬く間に本音達が殲滅して野営地に戻ると、ロキファミリアの団員達と一緒に喜び合い、51層に続く大穴からフィン達も帰還したのはそのすぐ後だった